刑事物語 東京の迷路
今回は日活の「刑事物語シリーズ」(60~61年)である。全10作で、基本1時間に満たないSPだ。
東映の「警視庁物語シリーズ」(56~64年)を意識していると思われるが、こちらは親子刑事が物語の中心となっている。
主役の佐藤源造刑事に益田喜頓、息子の佐藤保郎刑事に青山恭二というのが基本だが、変わらないのは二人の名前だけ。というのも源造刑事は所轄のベテランというのは毎回一緒だが、それが城南暑だったり隅田署だったりするのである。保郎刑事も源造と同じ署の時もあれば、本庁所属で源造より偉い部長刑事だったりする時もあるようだ。
益田喜頓と言えば、ひょろっとした爺さんのイメージが強く本作もそういったイメージで見てしまうが、当時まだ50歳であった。36年に川田義雄(晴久)、坊屋三郎、芝利英と「あきれたぼういず」を結成。元々コメディの人なのだが、個人的にはあまりそういうイメージはなかった。芝は坊屋の実弟だが、応招され31歳で戦死。川田は50歳の若さで病死しているが、益田と坊屋は長生きしたイメージがある。
青山恭二は日活で70本を越える作品に出演しており、主演作も多いのだが、早くに引退したこともあり、あまり語られることのない役者である。55年に東宝ニューフェースに合格し、東宝からデビューしたのだが、翌56年に日活に移籍している。「銀座旋風児」や「銀座無頼帖」といった小林旭の主演シリーズに助演で出演することが多く、クレジット順位も3~4番手と高かったのだが、あまり印象に残っていない気がする。
さて、その第1作「刑事物語 東京の迷路」(60年)だが、実はキャストが違う。保郎役は青山ではなく待田京介なのである。城南署の南刑事(関口悦郎)が殺され、城南署に捜査本部が置かれる。同僚だった源造はもちろん本庁からは保郎も派遣され捜査にあたる。保郎と南は警察学校の同期だったのである。その容疑者となるのが、ホステスのマリ(香月美奈子)やその婚約者である元ヤクザの君塚(青山恭二)だった。そう、青山は更生した若者の役で出演しており、クレジット順も青山が3番手で待田が4番手になっている。これは、この1作目だけなのだが、何故かは不明である。真犯人役は浜村純だが(浜村淳ではない)、実は喜頓より年上だったりするのだ(当時53歳)。喜頓同様にひょろっとした爺さんのイメージだが、本作では結構走らされている(吹替かもしれんが)。
第2作は「刑事物語 殺人者を追え」(60年)からは前述のとおり青山恭二が佐藤保郎刑事役に定着する。今回は本庁の部長刑事という設定で、源造は三原署の刑事になっている。ゲストは筑波久子、稲垣美穂子、深江章喜、野呂圭介、榎木兵衛、若水ヤエ子など前作よりはお馴染みの顔が多い。ちなみにタイトルは殺人者と書いて「ころし」と読む。
第3作は「刑事物語 灰色の暴走」では、1作目の保郎役だった待田京介が犯人役で登場する。待田と上野山功一、武藤章生が深夜の信用金庫に侵入。金庫を開けている間にパトカーが到着し、上野山と武藤は主犯格の弘松三郎の車で逃走するが、待田は乗り遅れ弟分である沢本忠雄のいるガソリンスタンドに逃げ込むという話。お馴染みの名前が並ぶが他にも清川虹子、楠侑子、中川姿子などが出演している。
非行少女
今回は和泉雅子繋がりで「非行少女」(63年)である。彼女の初期代表作と言ってもいいと思う。まあ個人的には最近まで見たことはなかったけれども。
舞台は石川県で、原作は森山啓の「三郎と若枝」。15歳の北若枝(和泉雅子)は学校にも通わず怪しげなバーで小銭稼ぎをしていたが、酔客に絡まれるのに嫌気が差して店を飛び出した。東京で仕事に失敗して内灘町に還って来た21歳の沢田三郎(浜田光夫)は、町会議員の立候補を控えた長兄太郎(小池朝雄)への引け目と、職安通いの肩身の狭い毎日を送っていた。そんな幼馴染の二人が、金沢の街で再会するところからドラマは始まる。和泉は当時、設定どおりの15歳で、浜田は20歳だった。小池とはとても兄弟に見えないが、実年齢では12歳差と思ったほどの差はない。太郎と三郎なので、間には画面には登場しない二郎がいるのだろう。撮影は実際に内灘町でも行われたようで、原作では触れられていない内灘闘争が話に絡められている。ちなみに内灘闘争とは、53年に現在の内灘町で起きたアメリカ軍の試射場に対する反対運動である。
他の出演者だが香月美奈子、杉山俊夫、高原駿雄、浜村純、高田敏江、佐々木すみ江、佐藤オリエ、小林昭二、野呂圭介、藤岡重慶、鈴木瑞穂、北林谷栄、小林トシ子、沢村貞子、小夜福子、小沢昭一など。制服姿で登場するのが佐藤オリエだが、最初はわからなかった。まだ俳優座養成所におり、おそらく初の映画出演だったと思われる。
監督の浦山桐郎は前年の「キューポラのある街」で監督デビュー。本作が2本目となる。「キューポラ」は吉永小百合と浜田光夫の黄金コンビであったが、こちらは和泉と浜田の組み合わせなので珍しく感じる。まあ吉永小百合に「非行少女」つまりは汚れ役ををやらせるわけにはいかないということかもしれない。じゃあ和泉雅子ならいいのかということになるが、彼女は本作での演技力が認められ、エランドール新人賞や、ソビエト連邦時代のモスクワ映画祭金賞を受賞したのである。
浦山は寡作で知られ、映画監督作品は10本しかない。次作が69年「私が棄てた女」なので、この6年後となる。その主演女優である小林トシ江を自宅において、特訓したというエピソードは有名。「非行少女」に出演している小林トシ子はもちろん別人。トシ江は新人だが、トシ子は「カルメン故郷に帰る」(51年)で高峰秀子の相棒のストリッパー役で有名な女優だ。
浦山の監督作では「青春の門」(75年)が有名だが、最終作となったのは「夢千代日記」(85年)で、主演はデビュー作「キューポラのある街」でのヒロインであった吉永小百合であった。その弟役だった市川好郎も出演している。浦山はこの「夢千代日記」を完成させた後、急性心不全にて亡くなったのである。54歳の若さであった。
花と果実
今回も前回とは何の関係もな作品で、共通点は日活であるということくらいである。手っ取り早く、ネット上に転がっている作品を見たりしているのでこうなってしまうのである。
というわけで「花と果実」(67年)である。日活青春映画御用達ともいえる石坂洋次郎原作の青春もので、主演は和泉雅子と杉良太郎である。当時としては和泉雅子の方が年下だが格上の存在なので、彼女の方が主演扱いである。ただ、本作においては二人の恋愛模様が描かれており、ダブル主演と言ってもよいと思う。
ストーリーと言っても、和泉演じる淡路島出身の女子大生・村上のぶ子とその恋人である杉良演じる中畑五郎のイチャイチャぶりが描かれているとしか言いようがない。特に大きな事件が起きるわけでもない。ひたすら最初から最後まで明るい和泉とひたすら三枚目な杉良。ここまで三枚目な彼も珍しく感じるが、これが後1~2年後だったら、出演を拒否していたのではないだろうか。ちなみに、解説などではのぶ子は女子大に通っているとなっているが、どう見ても共学で五郎も同じ大学の同級生と思われる。一緒に授業受けたりしているし。
杉良太郎は65年に歌手としてデビュー。66年に日活と契約し俳優活動もスタート。本作は恐らく3本目の出演映画で、初のメインキャストである。映画デビューとなる「続・東京流れ者 海は真っ赤な恋の色」(66年)では、クレジット順こそ5番目であったが、主演は渡哲也でヒロインは同じ新人の橘和子とお馴染みの松原智恵子。杉は組長の息子で松原に惚れている見習い船員というものだった。二本目の「渡哲也の嵐を呼ぶ男」では、16番目に後退し、役柄もバンドのサックス奏者というものだった。
そんな杉が3本目にして主演となったのは、おそらく同67年に始まった杉が主役のNHK時代劇「文吾捕物絵図」があったからだろうと思われる。テレビによってある程度売れてきたので、本作での抜擢に繋がったのだろうと予想。和泉雅子とのコンビは、あまり印象にはなかったので、珍しいと思ってしまったが、改めて調べると今回のようなカップル役は少なくとも3本はあり、相手役というわけでではない共演も数本あったのである。ただ、日活後のテレビドラマで共演することがほとんどなかったので、珍しいという印象になってしまったと思う。
さて、他の出演者だが、山本陽子、和田浩治、大坂志郎、藤竜也、松山省二、奈良岡朋子、小山明子、有島一郎などである。山本陽子は和泉雅子が下宿している長谷川家の娘で、内気なお嬢様の役。有島と奈良岡が和泉の両親で、藤竜也が兄で、大坂が杉良の父だ。あとモデル役で、山本リンダが出ているがノンクレジットだ。
あと本作は翌68年にテレビドラマ化されており、20回にわたり放送された。主演ののぶ子は映画と同じく和泉雅子が演じているが、五郎役は関口宏になっている。他の出演者は役柄は不明だが、山内賢、小橋玲子、中原ひとみ、河原崎健三、横山道代、山田吾一、浪花千栄子、小高雄二など。ゲストとして映画にも出演している小山明子、松山省二の名があるが映画と同役かどうかは不明だ。
天使が俺を追い駈ける
前回まで松竹のサスペンスものが続いいていたが、今回は何の関連性もなく日活の喜劇「天使が俺を追い駈ける」(61年)である。
主演は三木のり平で、ヒロイン役が当時15歳の吉永小百合である。15歳といっても既に日活には入社しており、大ブレイク一歩手前といった頃であろうか。美人というよりは可愛いという頃だが、十分に完成されており、もしリアルタイムで見ていたなら、自分もサユリストになっていたかもしれないと思えるほどである。
大体のあらすじだが、友人の借金を押し付けられてしまった化粧品会社のセールスマン・三本木六平(三木のり平)は絶望し、自殺しようとするがその勇気はなく、ガス自殺を図っても、すぐに窓を開けてしまう。そこへ見知らぬ男がその窓から飛び込んでくる。その男・ヌーベルの獏(八波むと志)は殺人請負株式会社の殺し屋で六平は自分を殺してもらう契約をする。しかし、その直後から六平に幸運が続く。大金が手に入り、務めている会社ビルのエレバーターガールである久美(吉永小百合)とも親しくなる。だんだん死ぬ気が無くなって行く六平だったが、殺し屋の国際会議では六平を殺すことを殺し屋の腕比べの大会にすることが決議されるのだった。次々現れる殺し屋から何とか逃れ、ラストは久美とハッピーエンドを迎えるという喜劇である。
他の出演者だが、千葉信男、小園蓉子、和田悦子、嵯峨善平、逗子とんぼなどで有名な役者はそれほど出ていない。左とん平がかなりチョイ役で出演している。和田悦子は和田浩治の実姉で、本作では六平の部屋の階下に住み女性を演じている。
吉永小百合にとって、初めてのキスシーンということだが、のり平のおでこにチュとするだけである。かなり嫌がっていたとのり平本人は語っていたようだ。
当初、殺し屋・獏を演じているのが誰かわからなかったのだが、そういえば出演者クレジットは三木のり平、吉永小百合の次は八波むと志(東宝)となっていたことを思い出した。初めて動く八波むと志を見たかもしれない。由利徹、南利明と「脱線トリオ」を組んでいた人という知識はあったのだが、この三年後に亡くなってしまうので、リアルタイムで見た記憶はなかったのである。
おそらく唯一の日活出演作だと思うが、そもそも何で八波が(東宝)付で本作に出演しているのかと言えば、それはのり平との関係性によるものだろう。エノケンこと榎本健一率いる「雲の上団五郎一座」にてのり平とコンビのような関係だったのが八波なのである。「雲の上団五郎一座」も名前だけで、その中身は知らなかったのだ。そう言えば、最近ここで話題にしていた佐田啓二と同じくらいの年齢で亡くなったのでは、と思い改めて調べてみた。佐田啓二…1926年12月9日生まれ、八波むと志…1926年12月1日生まれで、何と8日違いであった。亡くなったのは八波…1964年1月で、佐田は1964年8月と7カ月違い。つまり共に37歳で、死因も同じ交通事故死である。違うのは八波は自分で運転していて電停に激突したのだが、佐田は運転しておらず4人で同乗していて彼だけが亡くなったのである。追い越しによる事故となっていたらしいが、最近になって運転手の居眠りだったと息子の中井貴一が明かしている。
多分共演はなかったと思うのだが、八波も俳優業が油の乗っていた時期だっただけに、いずれは佐田主演のシリアス作品に八波が出演というケースもあったかもしれない。後半話が変わってしまった。
黒の奔流
前回から干支が一回りした72年の作品「黒の奔流」である。原作は松本清張なので、当然のようにサスペンスだが、原作タイトルは「種族同盟」といい、短編である。何となくだが「黒の奔流」の方が松本清張っぽい気がする。「黒の××」だと大映の黒シリーズを思い出すが、時代が違う(62~64年)し、黒シリーズに松本清張原作作品はない。そもそも72年だと大映作品が存在しない(71年に潰れたので)。
話の概要は以下のとおり。多摩川に面した渓谷沿いの旅館の女中・貝塚藤江(岡田茉莉子)は、宿泊していたコンツェルンの御曹司・阿部達彦(穂積隆信)を崖から突き落とした容疑で逮捕された。弁護士の矢野武(山崎努)は、恩師の若宮弁護士(松村達雄)を介して、この事件の国選弁護人となる。矢野は、敗色濃厚と思われた事件を逆転無罪に持ち込めば、弁護士としての名声も上がり、若宮の娘・朋子(松坂慶子)をものにできるのではと考えていた。矢野は有力な証拠・証人を見つけ、ついには藤江の無罪判決を勝ち取り、目論見通り朋子との結婚話も進む。他方、藤江は矢野の事務所に勤め始め、感謝の気持ちはやがて愛情へと変わっていくのだった。
本作は原作とはかなり違った設定となっている。原作の「私」は矢野武という名が付き、容疑者も男性だったのを女性に変えている。また、結婚相手の設定なども付け加えられている。
主人公は山崎努の演じる矢野だが、トップクレジットは岡田茉莉子である。当時39歳で、あまりイメージにないが、スタートは東宝ニューフェイスの3期生で51年にデビューしている。57年から松竹に移籍し、有馬稲子と共に松竹の二枚看板として活躍した。
山﨑努は当時36歳。映画デビューは60年で、黒澤映画「天国と地獄」(63年)の誘拐犯役で一気に有名となった。当たり役となる「必殺仕置人」の念仏の鉄は73年のことなので、恐らく本作の直後に坊主頭になったのであろう。弁護士ドラマといえば、法廷で検事とやり合うのがお決まりのシーンだが、本作で検事を演じるのは佐藤慶である。山﨑努対佐藤慶と言えば、どうしても「新・必殺仕置人」(77年)の最終話を思い出すのは自分だけではないだろう。
藤江の矢野に対する感情は時代に強まって行く。そして藤江は事件の「真相」を告白するのだった。以下ネタバレになるが、藤江と阿部が二人で渓谷の道を歩いていると、突然阿部が藤江に襲い掛かる。つまり、レイプしたのだが、事後阿部は数万円を藤江に投げつけるように渡し、立ち去ろうとする。「ひどい」と追いかけ藤江は安部を押すような形となる。すると阿部は崖から下に真っ逆さま。まあ、偶発的な事故のようなものなのだが、事実とすれば「無罪」ではなくなる可能性も出てくる。藤江の存在に悩む矢野に助手の由基子(谷口香)は、事故に見せかけて殺せばいいと提案するのだった。矢野は藤江を湖に誘い出しボートで水上へ出るのだが、藤江は刃物を隠し持っていたのである。ラストは「先生を殺して私も死ぬ」みたいな展開になるのだった。
他の出演者だが、中村伸郎、玉川伊佐男、岡本茉莉、菅井きん、谷村昌彦、石山雄大など。
本作は映画化はこの1度だけだが、テレビドラマ化は3度されている。いずれも原作と違い被告人を女性に設定している。79年版は「種族同盟」をタイトルの一部に用いているが、02年版と09年版は「黒の奔流」をタイトルに用いている。
最後の切札
佐田啓二繋がりで、今回は普通に本人が出演している「最後の切札」(60年)という作品である。
原作は白崎秀雄「肉の僕」という妙なタイトルの小説で、橋本忍が脚色し、野村芳太郎が監督を務める。佐田啓二は自分から見ると物心ついた時には既に亡くなっていたので、よく考えるとその出演作品を見たことがほとんどなかったりするのだ。「君の名は」とか一連の小津作品とか正統派二枚目としての佐田啓二しかイメージのなかったので、本作のような悪党を演じることもあったんだなあと改めて思った。
冒頭、芥川龍之介の三男・芥川也寸志の劇伴にのって、主役の佐田啓二は画面いっぱいのデカイ字でクレジットされる。続く芳村真理、日比野恵子、小田切みきらは通常サイズに戻るがトメである桑野みゆきも佐田同様にデカイ字でクレジットされる。イヤでもこの二人の名がインプットされる。
佐田が演じる立野駿介は、表向きは妻も子もいる小さな洋品店の店主だが、裏ではゆすりたかり等で金をせしめている悪党である。今回のターゲットは新興宗教団体「不滅教会」あった。まあ現代では宗教ネタはタブー視されているような傾向があるが、この時代では結構普通に登場している印象がある。
立野の相棒である吉村を演じるのは宮口精二である。佐田もそうだが、この人も全く悪人に見えない。まあそれが狙いかもしれないが。よく考えると「七人の侍」(54年)で、最も腕の立つ久蔵を演じてからまだ6年しか経っていない。黒澤マジックで強そうに見えたが、現代劇では吹けば飛びそうなやせ細った初老の男という感じなのである。当時47歳だが、もっと上に見える。
逆に「不滅教会」の面々はちょっと怪しい。理事の星野(加藤嘉)とか会計担当の越村(殿山泰司)とか、新聞種を恐れる彼らは立野や吉村に金を渡したりした。
また、立野は複数の女と付き合いそこからも金をせしめていた。女優の田鶴子(日比野恵子)、女給の民江(芳村真理)、歌手志願の園子(桑野みゆき)といった面々だ。この中では立野は最も園子への思い入れが強かった。日比野恵子は52年に二代目ミス日本(初代は山本富士子)に輝き、新東宝に入社し、主に時代劇で活躍するが58年に退社。59年には歌舞伎座プロと契約し松竹作品に出演するようになる。しかし、61年には引退してしまうのである。ちなみに、横浜平沼高校時代は岸惠子、小園蓉子と同級生であった。芳村真理はファッションモデルとして活躍していたが、60年辺りから女優業に進出。つまり、本作は女優業を始めたばかりの頃だったわけである。ただ、肌に合わないという理由で60年代後半には女優は廃業している。
話を戻すと、立野は「不滅教会」から分かれた「誠心会」の中塚(河野秋武)と斎藤(三井弘次)から支部長だった竹川の死に疑問があると言うネタを仕入れた。立野はその田舎である那須まで行って、土葬されているのを確かめた。遺体解剖すれば、殺人事件に発展すると彼は確信する。一方で不滅教会も立野の行動に気付き尾行され始める。また園子も立野の下から離れていった。追い込まれた立野は墓を暴くしかないと二人の人足(西村晃、小池朝雄)を雇い、墓を掘ったが遺体は既になかった。星野に先手を打たれたと立野は悟った。こうなると金が必要になってくると考え、立野は二人を置いて逃げ出すのだが、追いかける人足の投げたスコップが立野の首に突き刺さる。一方、東京では立野の言葉に乗せられた斎藤が星野を刺殺していた。
全編を通して感じるのは「暑さ」である。真夏の撮影なのか演出なのか不明だが、出演者たち特に佐田は終始汗をかいている。そのじっとり感が伝わってくる作品である。あと前回の「左ききの狙撃者」と同じ出演者が多い。西村晃、加藤嘉、三井弘次、佐藤慶、浜村純などである。
左ききの狙撃者 東京湾
「左ききの狙撃者 東京湾」(62年)というサスペンス映画を見た。本作は佐田啓二が「企画」としてクレジットされている(多分)唯一の作品。ちなみに、本人は出演していない。実はプロデューサーへの転身を考えていたというような証言もあるので、こういった作品があっても不思議ではないようだ。
冒頭で佐伯という中年男性(浜村純)が射殺される。近くのビルの屋上から狙い、犯人は左ききであると予想された。捜査にあたる荒巻捜査課長(細川俊夫)、鈴木捜査主任(織田政雄)、澄川刑事(西村晃)、若手の秋根刑事(石崎二郎)たち。この澄川、秋根両刑事を中心に物語は進む。実は秋根は澄川の妹であるゆき子(榊ひろみ)と交際中であった。その後、射殺された佐伯は麻薬取締官で囮捜査中だったことが明かされる。背景に麻薬組織が絡んでおり、武山(佐藤慶)という男が浮上する。その尾行中に澄川はかつての戦友だった井上(玉川伊佐男)と再会する。澄川にとって井上は命の恩人であったが、彼は優秀な左利きの狙撃手でもあった。澄川は井上をマークするが、井上も麻薬団のボス小川(加藤嘉)から澄川が刑事で佐伯殺しを追っていることを聞かされ、井上に澄川殺しを命じる。しかし、井上に澄川は殺せず、井上も「自首するので一日猶予をくれ」と頼み、澄川もそれを吞む。井上は小川から報酬を受け取ると小川の子分や張り込みの刑事たちを巻いて、故郷である尾道行の列車に飛び乗った。しかし、その列車には澄川が乗っていた。
というような展開なので、西村晃が主役と言えそうだが、トップクレジットは石崎二郎である。誰やねんという人も多いと思う。しかも(第一回作品)となっており、映画デビュー作でもあった。この人については父が佐分利信であるということくらいしかわからなかった。しかも映画はどうやら、この一作のみ。テレビの方はどうかと言えば、この61~62年くらいに「東京の侍たち」など数本の主演ドラマがあったようだ。その後はゲスト出演ばかりで「ウルトラQ」「白い牙」「太陽にほえろ」といった自分が見たことあるドラマにも出演していたようだが、記憶にない。76年あたりまで出演記録があるが、その辺りで引退したということだろう。
クレジット的には、次に榊ひろみ、葵京子となっている。榊は当時20歳で、SKD(松竹歌劇団)の出身。66年に荒木一郎と結婚し引退するが、69年に離婚すると女優に復帰した。その後82年までは活動していた。葵京子は詳しいプロフィールは不明だが、60年代に活躍していた女優である。本作では井上の少し頭の弱い奥さん役である。
その次に物語の中心となる西村晃と玉川伊佐男の名がある。西村の方がずっと年長に見えるが、玉川が40歳、西村が39歳で玉川が1歳上である。西村はその後のイメージもあるが、まだ40前だったことに驚く。玉川は普段は名バイブレーヤーという感じで、本作の様にストーリーの中心にいるのは珍しい。ただ、両名ともウィキペディアの出演映画の項目では、本作の名は挙がっていない。それだけ知られざる作品ということだろうか。あと、玉川と佐藤慶と言えばドラマ「大都会 闘いの日々」(76年)では捜査4課の課長代理と課長で、渡哲也の上司を演じていた。冒頭で殺される浜村純はどう見ても麻薬捜査官には見えない。まあ見えないから囮としてはいいのだろうけれども。
佐田啓二はこの二年後に亡くなるので、「企画」作品は本作のみに留まったのだろうか。主任役の織田政雄も二年後に脳溢血で倒れ、復帰に四年程費やすことになる。
復讐の歌が聞える
今年は予告した通り、映画を中心に取り上げて行こうと思う。で新年第1弾にふさわしく?「復讐の歌が聞える」(68年)である。原作は石原慎太郎の「青い殺人者」で、石原自らが脚本を担当している。製作は松竹と俳優座で、出演者のほとんどが当時、俳優座に所属していた。監督は山根成之、貞永方久のW新人監督という珍しい体制をしいていた。
主演は原田芳雄で、これが映画デビュー作である。と言っても既に28歳だったのだが、本作においては刑務所に入れられたという設定上あまり若くない方が良いのである。刑期7年というのは原田に合わせたのかもしれないが。会社を奪われ、父兄妹も死に追いやられた。自身は収監された男の復讐劇である。
冒頭は出所する原田演じる竹中克己と看守の東野英治郎のシーンから始まる。東野の出番はこれだけである。一人歩く竹中の後を付ける謎の車。そのまま竹中は日光へ行き、翌日滝へ身を投げたという新聞報道がある。
それから1年が経ち協立産業の内山(阿部希郎)と徳田(横森久)が殺害される。続けて杉吉(織本順吉)はレストランで毒殺、大森(永田靖)は病院で刺殺、工事現場で安川(中村敦夫)はクレーンで宙づりにされ、下へ落される。これらを社長の城所(内田良平)は麻薬を製造させている工場の人間の仕業と考え、柴野(矢野宣)ら三人を島木(大木正司)に射殺させる。実はこのシーン予告では原田が三人を射殺している。このように予告や解説とは違うところが若干ある。ポスターには永井智雄の名があるが出演していないし(カットされた可能性もあるが)。三人射殺の後で、社をクビになって占い師をしていた上田(菅貫太郎)が殺されたので、犯人は工場の人間ではなかったと悟り城所は島木と高木(袋正)に相川(可知靖之)の消息を探すように命じる。冒頭で竹中の後を付けていたのは彼である。居所を探し当てた島木と高木が見たのは♠Aのカードであった。本編では犠牲者の傍に置かれるトランプのカードが♠2から始まっていたが、最初の犠牲者は相川だったようだ。直後二人も水死体で発見される。ちなみに原田と中村敦夫、菅貫太郎らはこの数年後に俳優座の体制を批判し離脱することになる。
ここまでで12人だが、復讐の対象者はなんと24人。こういった復讐劇ではせいぜい4~5人くらいをじっくりとという感じだが、間髪入れずにサクサクと殺していく。偽装自殺しているとはいえ、ここまでやったら警察もわかりそうなものだが、協立産業自体が悪徳会社のため警察に事情を話すことも出来ない。
次々と死者が出ても仕事は中止できないと城所は予定通り丸谷(浜田寅彦)ら三人を式根島に送るが、その軽飛行機のパイロットが竹中だった。燃料は後5分だと告げ、竹中は三人を残して脱出する。式根島に先行していた富田(福田豊土)はスキューバダイビングしているところ海中で竹中の餌食となる。その後三人が殺され、ここで葉子(鵬アリサ)が登場。竹中の兄の死に大きく関わっていたらしい。彼女は熱湯しか出ないホテルの風呂に閉じ込められる。
残り4人となり、城所は竹中と電話で交渉し4億を支払うことを約束するがケースには爆弾を仕掛けたのである。しかし見破られ、井上(山崎直衛)が爆死。竹中の妹の自殺に関わっていた三島(滝田裕介)、城所の叔父でもある加賀(松本克平)も亡き者にした竹中は城所と直接対決に臨む。彼の妻である由起子(岩本多代)は、元は竹中の婚約者。しかし、城所の悪事については何も知らずカードも♠Qが残っていたのでどうかなと思っていたが復讐の対象者ではなかった。あれだけ簡単に20名もの人間を殺してきたのに、城所だけは正面からの肉弾戦なのである。
こうして見ると俳優座って悪役顔が少ない気がした。内田良平は俳優座ではないし、菅貫も若い頃は悪役にはみえないし。モノクロなので、大量殺人といってもスプラッター感は薄く、まあ面白く見ることはできる。
2025年回顧録 その2
前回の続きである。このタイミングでブリジット・バルドー(91)の訃報が入って来たので、海外スターも少しだけ。ジーン・ハックマン(95)、リチャード・チェンバレン(90)、ロバート・レッドフォード(89)、ダイアン・キートン(79)、ヴァル・キルマー(65)、コニー・フランシス(86)、オジー・オズボーン(76)、ロバータ・フラッグ(86)など。海外の様子はわからないので、失礼ながらハックマンとか健在だったんだと思ったりした。また、チェンバレンやレッドフォードよりもっと上の世代だと何故か思っていた。
日本に戻り歌手部門である。俳優兼歌手と言った感じだったのが、いしだあゆみ(76)で、上條恒彦(85)もその部類だったといえようか。いしだあゆみは児童劇団の出身で、同期に中山千夏がいたとか。歌手としては64年に16歳の時にデビューしているが、すぐには売れなかった。しばらく歌手と役者を兼任していたのだが、68年からは歌手に専念。その暮れに出した「ブルーライト・ヨコハマ」が大ヒットしたのは周知だと思うが、実に26枚目のシングルだったとはあまり知られていない気がする。73年頃から女優業を再開しているが、次第に女優業がメインにシフトしていった。
他にも橋幸夫(82)、三浦洸一(97)、アイ・ジョージ(91)、久保浩(78)、白根一男(88)、ビリーバンバンの兄である菅原孝(81)、ペドロ&カプリシャスのペドロ梅村(83)、ピンキーとキラーズのジョージ浜野(88)、ゴールデンカップスのエディ藩(77)など。
アイ・ジョージは本名・石松譲司と言い、アイは本名(石松)のイニシャルである。外国人に見えたが日本人とフィリピン人のハーフである。当初は黒田春雄を名乗っていた。90年代あたりから表舞台に出てくることほとんどなかったようだ。久保浩のヒットは60年代に集中しており、個人的に歌手としての馴染みはないのだが、実は不良番長シリーズに出演している。シリーズラストの方である第14作「のら犬機動隊」15作「一網打尽」16作「骨まででしゃぶれ」でいずれも梅宮辰夫率いるカポネ団の一員としての出演なのである(役名は毎回違う)。ただ演技仕事はこれら以外にほとんどなく、テレビも「懐かしのヒット曲」的な番組に出るくらいだったのではないだろうか。ジョージ浜野の訃報を発表したのはピンキーこと今陽子であった。これでキラーズで健在なのはルイス高野だけとなった。ゴールデンカップスは08年にデイブ平尾、20年にマモルマヌーとルイズルイス加部が亡くなっており、健在なのはミッキー吉野だけとなった。
6歳のときに「黒猫のタンゴ」を大ヒットさせたのが皆川おさむ(62)である。3歳でひばり児童合唱団に入団しているが、その創設者が彼の伯母(皆川和子)だったからである。声変わりしてからは一般人だったと言ってよいと思うが、後にひばり児童合唱団の代表に就任。歌手活動も99年に「だんご3兄弟」のカバーソングを発表。現役じゃないからと断ったそうだが、結局説得に応じたという。08年にもアニメ「ケロロ軍曹」のED「ケロ猫のタンゴ」を発表していた。
後はスポーツ界。何と言っても野球界のスーパースターだった長島茂雄(89)。サッカー界ではJリーグ前のスター釜本邦茂(81)、ゴルフ界ではジャンボこと尾崎将司(78)、角界から歌手に転向して成功した増位山太志郎(74)など。それぞれに合掌。
大晦日なので、本年の更新はこれで終了である。来年は映画ネタ中心でいこうかなと漠然と思っている。など。基本週二を目指しているが休日に書き溜められればという感じになりそう。つまり週一のケースが増えるかもしれない。ではまた。
2025年回顧録
年末なので、恒例の回顧録である。と言っても今年亡くなった有名人を挙げて行くだけなのだが。カッコつき数字が没年齢である。
まずは俳優部門。露口茂(93)は、やはり「太陽にほえろ」の山さんのイメージ。まあ約14年も演じていれば、そうなってしまうだろう。俳優座養成所の7期生で、同期は田中邦衛、山本学、井川比佐志、藤巻潤、藤岡重慶、水野久美、大山のぶ代、富士真奈美など。60年に劇団俳優小劇場の旗揚げに参加した。95年を最後に表舞台に現れることはなかった。前述の俳優小劇場の同じ旗揚げメンバーで、露口とは「木曽街道いそぎ旅」(73年)で共に主演を演じたのが山口崇(88)である。本名は岑芳と書いて「たかよし」と読む。主演ドラマも多いが、「大岡越前」で徳川吉宗役を30年近く演じており、そのイメージが強いのではないだろうか。露口とは古くからの付き合いであったが、奇しくも同じ今年の4月に亡くなっている。
下條アトム(78)と言えば、やはりその名前(本名)が話題になるが、父・正巳によって名付けられたもので、「鉄腕アトム」から来ているものではない(連載前であった)。少年時代に実在するアトム君として手塚治虫と対面したことがあるという。高校卒業後に父の所属する劇団民藝の俳優教室に通い出したが、生意気過ぎてクビになったという。その劇団民藝に所属しながら、日活映画作品に顔を出していたのが吉行和子(90)である。兄が作家の吉行淳之介であることは知られていたと思うが、実母の美容家・あぐりがモデルとなったNHKの連続テレビ小説「あぐり」が放送されたことで、父のエイスケを含め、一家揃って有名人になった気がする。結婚歴はあるが、4年ほどで離婚し、以降はずっと独身であった。
民藝と言えば、日活だが吉永小百合、松原智恵子と共に三人娘と言われていたのが和泉雅子(77)である。10歳で劇団若草に入団し、その後金語楼劇団へ。NHKの「ジェスチャー」に柳家金語楼に随伴した際に共演の水の江滝子にスカウトされ、14歳で日活入りすることになった。小学生の頃から南極越冬隊への憧れがあり、83年にドキュメンタリー番組のレポーターとして南極に同行。それをきっかけに北極点への挑戦を思い立ち、以降は冒険家として活動するようになった。寒さに耐えられるよう皮下脂肪をつけるため、自ら美人女優であることを辞め、太っていったのである。今世紀に入ってからは女優として活動することはあまりなかった。
大映で美人女優として活動したのが藤村志保(86)である。和泉が日活入りした翌年に「破戒」でデビューしている。23歳という遅いデビューであった。「破戒」と言えば島崎藤村であり、芸名はここから来ている(志保は役名)。本名は薄操(すすきみさお)と言い逆に芸名っぽい。「若親分千両肌」(67年)では、前述の山口崇と共演。本作の監督である池広一夫(95)も今年亡くなっている。
その藤村と「二人日和」(05年)で夫婦役を演じたのが栗塚旭(88)である。「新選組血風録」(65年)の土方歳三役で人気になり、以後「用心棒」シリーズなど70年代初頭までは多くの時代劇で主演を演じた。個人的にはこの人が主演ではなくなってから時代劇を見るようになり、仕事量を減らしたこともあったのかリアルタイムで栗塚を見たことがほぼほぼなかった。「暴れん坊将軍」にセミレギュラーで出演していたようだが、王道な時代劇はあまり見ないこともあり、既に引退したのかと思っていたくらいである。
そして仲代達矢(92)。有名なエピソードだが、「七人の侍」(54年)にセリフもない歩いている侍の役で出演した際、何度もNGを出され、有名になっても黒澤映画には絶対に出ないと誓ったという。その後すぐに頭角を表し、「人間の条件」シリーズ(59~61年)では主演に抜擢されるまでになった。そして黒沢映画「用心棒」(61年)のオファーは予定通りきっぱり断った。しかし、直接黒澤に説得され出演を決めている。黒澤が当時の事を覚えていたことも決め手になったようだ。90歳を超えても精力的に活動していたが、11月に帰らぬ人となった。
他に川辺久造(92)、芦屋小雁(91)、沢竜二(89)、中山麻理(77)、中島ゆたか(73)など。ベテラン勢ばかりだが、その中では遠野なぎこ(45)の若さが目立っている。それぞれに合掌。