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続・日々コラム・・・

Shen Teh n Shui Ta = hen na TeTSuShi・・・

17年前に戻れるものならと思うのです。


戻ったからと言って天災はやってくるのですけれども・・・。

阪神大震災は直下型、本当に突然、夜明けの5時46分でした。


不意打ちでなければ、準備さえできていれば、と思います。

ナマズが羨ましいです。


今年と同じ、火曜日の朝でした。

いまと違って、成人の日が1月15日で、その振り替え休日が月曜、つまり連休明けの火曜日でした。


町は、というか土木建築関係のものは、見事に何事もなかったように、作りなおされました。

同時に様々なものが失われて、いま風化されつつあります。


17年なんて、あっという間。


17歳のころはそんなことは思ってなかったんですけどね。


時間が過ぎていくのが年々早くなります。

野球部にいたこともあるんです。


それに、一応ずっと運動部にはいっていましたので、いわゆる「体育会系」の封建的なシゴキも経験してます。


まだ、「水飲むな」で、「ウサギ飛び」とかやっていた時代ですから、大変なものです。


ま、そういう稽古場、いまでもありますけど・・・。


なんでも根性論にしてしまうと、合理的ではないと言われがちです。


なので、社会人になっても、「明らかに無駄」とか「意味がない」という命令に出くわしたとき、今の時代は簡単に拒否することができるのかもしれません。


しかし、結構、本当に無駄かどうかってのは、頭で考えたんじゃ正確じゃないことって多いと思います。


営業成績の棒グラフが、いやだいやだと思っていても、実はそれがモチベーションになっていたりするわけです。


見栄や虚栄心や、恥をかきたくない、という気持ちが、ほんのちょっとの努力をひきだしていたり、それが他の人とのわずかな差になったりするものです。


ある営業研修で得たことですが、「売上ノルマが達成できそうにないから、自分で商品買って調整した」という場合、まったく不合理なわけです。


でもこれは、そのときのノルマがどうこうという事ではなく、日常の意識の高さにつながるということです。


「そこまではやらなくてもいい」 と言われると甘えてしまいます。

「そこまでやれ」といわれると、反発しても引き締まります。


そういうとこで生じるほんのちょっとの差の積み重ねが、飽和状態の中では大事なのだということです。


意識の差。これを引っ張りだすにはいろんな手段があります。


おだてるだけでもだめ、おどすだけでもだめ。


でも、人って大人になると、「褒められたい」よりも「恥かきたくない」が強くなったりするもんです。


私、東京では、クリスマスツリーは飾っても、仏壇を常備していないありがちな仏教徒です。

それでも、けっこう真面目な信者というか、教えはそれなりに理解したつもりです。


宗派としては、浄土真宗・本願寺派、なんです。


京都にいつもお墓参りにだけは行っております。

自分の名前のお墓も、(いつも変な気分なのですけど)あったりします。


しかしながら、死んだら寺(仏教)、めでたい時は神社(神道)、楽しそうならクリスマスでもハロウィンでも、っていうのが、多くの日本人的な日常なのだと思います。


仏教徒以外のキリスト教やイスラム教とかの信者の人は、日本では絶対数は少なくても、日々の生活浸透度が違いますよね。


私は、それでも浄土真宗は結構気に入っていて、日常生活で困ってもそこに頼ったりもしませんが、書物をよんだり、お経をきいているだけで、なんとなく落ち着いていろいろ救われる気分になったりします。


ところで、今抱えている二つの作品が、仏教に関係しています。


一つは、大田垣蓮月。

彼女は、真言宗です。

これは密教ですから、かなりよく私にはわかってません。

その彼女と関わりの深かった、富岡鉄斎をモデルにした役やってます。

絶対にこの理解をしておかないといかんと思っています。


もう一つは宮澤賢治。

賢治は、日蓮宗の熱心な信者で、父に改宗をせまります。

その父上の宗派が、浄土真宗で私と同じ。

たしかに、余命短い賢治にとって、看取ってくれるかもしれない家族が信じていない宗派だと、たしかに辛いかもしれません。


しかし同じ仏教で、これだけ違うわけですから、これは一口に「寺」とか「坊さん」とか言えないですね。


私が死んだら、今だったら急なので、適当に違う宗派で葬られてしまうかもしれないので、浄土真宗のお寺を近所に探しておこうと思います。


お世話になっているお寺や、演劇に理解あって協力してくれる素敵な住職さんとかは、いくつかあるのですけれども、一応宗派は違うんですね。


東京(千葉ですけど)では、浄土真宗はなかなか少ないんです。

普段から接していられるお坊さんもなかなkいませんしね。

小澤征爾さんがニューイヤーを指揮した年にウイーンに行きました。


小澤さんのブロマイド売ってました。
草間彌生さんの展覧会やってました。
岡山のデパートの天満屋がなぜか日本料理屋として営業してました。


天満屋さんはともかく、日本人として誇らしいときでした。


ウイーン(オーストリア)が、他の国と一番違うと思ったのは、そこにいる日本人の若者が、とても上品で落ちついて見えたこと。
おそらく留学生とかだったのでしょう、観光客にありがちな間抜けさが無くて、さまになっていました。

ま、みなさん、ウイーン留学するくらいなので、おぼっちゃまとお嬢様なんでしょう。
日本では、優秀なエリートなんでしょう。


しかし小澤征爾の国からきたとはいえ、世界はかなり厳しいわけです。

日本の文化をつたえるならともかく、ヨーロッパ文化に挑戦するわけだから、層が厚いわけです。
猿がピアノ弾いていれば珍しがられますが、日本人じゃ珍しくもない。


世界に出るということ、本場に出かけると言うことは、少々の実力者なら掃いて捨てるほどいます。
そこでどんなサバイバルができるか、その勝負なんだと思います。


老舗デパートの天満屋さんが和食のレストランになっているのもある意味そのひとつ。
そこで個性を発揮して評価を高める人もいれば、ただ、自己満足だけで帰国する人もいます。
そして大きな挫折をした人もいます。


サッカーや野球などスポーツをみても、いま、本当に日本人が世界で活躍する時代です。
なので簡単にみえてしまいますが、本来大変なことです。


掃いて捨てるほどいる才能の中から、日本人がもっている強みとは何か、というと僕は二つあると思います。


一つは、成熟した独自の文化をもっていること。
もう一つは、平和で豊かなこと。


日本文化は尊敬してもらっています。しかし「世界」を語る日本のアーティストは、それをちゃんとふまえていないケースが多いと思います。
お箸がつかえないで、ナイフとフォークで曲芸やって食べてるみたいな感じ。これじゃ、海外ではダメです。

先人がやったことの物真似もダメです。すぐ見透かされます。


あとは、兵隊にとられるでも無し、住む家も食べ物も、とりあえず留学までさせてくれる親がいるってもの、アーティストやスポーツ選手にとっては恵まれたことです。


日本人が世界で活躍する為の環境は、これまで100年の先輩が挫折しながらも切り開いてくれました。
信用も得ていると思います。円高でもあります。

僕らは絶対に許されなかった、社会背景の理解がいまはあります。


羨ましいです。これからが楽しみです。

同時に、中途半端な「漁夫の利」さらいは、認めたくないなあと思います。

熾烈なサバイバルから這い上がった苦労なく、気安く 『世界』 をかたってほしくないとも思います。

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自殺された方の数が14年連続で3万人越え。

交通事故死はずいぶん減ったとはいえ8千人。

ゼロでもいいはずなのに、不思議と安定しているこの数字がいつもおそろしく感じます。


人の運命は誰にもわかりません。

昨年、本当にたくさん、予想していなかった方々が亡くなられてしまいました。

かの大震災では、直接の友人知人にご不幸はなかったのですけれども、若い方、同世代の人の訃報を聞きました。


上り坂、下り坂、そして人生の3つ目の坂は『まさか』。

どんなことが起こっても、踏ん張って生きている知恵や理屈はもっていても、予想の出来ない状況になることだってあります。

そして、自分ではどすることもできなものもあります。


神様が世の中にいたとしたら、あ、この世にいないから神様か・・・


神じゃないかもしれないけど、僕らの運命を決めているメンバーがいるとしたら、

それはたぶん、神様仏様のような人格者じゃなくて、結構シビアな査察官なんじゃないかと思います。


上の写真は、ずいぶん昔にイタリアのコモの湖畔で撮影したものです。

(これでも仕事中です)

後ろのBMWは愛車です、ってのは嘘で、レンタカーです。

このレンタカー、このあと木端微塵になるのです。


遠路、モナコに移動する途中で、スリップ事故を起こしてしまいました。

当時、レーサーのライセンスももっていたのですけど(1997年まで)

高速道路でスピンしたのは後にも先にもこれが初めて。

このときに、猛スピードの大型トラックが隣の車線をクラクション慣らしながら走り抜けて行きました。


このトラックと同じ車線にいたら・・・。

1/2の確率です。

後になって思い出しても、背筋がぞっとします。


そして、どうして僕はこのとき助かったのだろう、と考えたとき、

誰かが、「こいつはまだ必要だ。この世に必要とされている。」

と判断してくれたんじゃないかと思いました。


なので、勝手に二つの自信を持ちました。


僕は、死ぬような事故には合わない。

僕は、何かに必要とされている。


なので、少々辛くても逃げ出すのはもったいないと考えうようになりました。

聞きかじった人権の理論で、自殺の反対、否定の主張もしてきました。

厳しいことも申しました。


しかし最近、齢を重ねて、「生き疲れ」ってあるんだろうなあ、と思うようになりました。

ひとそれぞれ、運命に身をゆだねながら、抗いながら、生きているんだと思います。

亡くなられた方の気持ちなんて、他人が分かるはずもありません。


どこで終わろうとも、それぞれの人の人生を尊重してあげたいと思います。

10年くらい前、携帯『圏外』の夜を、宮城県の山奥で過ごしたとき、ちょっときになって深夜に公衆電話から留守電をチェックしてみました。


すると、当時のマネージャーから、10件以上のだんだんエスカレートするメッセージが入っていて、最後は非情通告、完全破断という大問題。

翌日、「なんのために携帯電話があるんですか」と、叱られた思い出があります。


ついこの間、また携帯『圏外』の夜を過ごしたときは、こちらが待っている返事があったので、朝電波を求めて移動し、慌ててメールチェックしました。


するとしかし、待っているメールが入っていなかったんですね。


これ、携帯『圏外』の場所にいなかったら、一晩中、イライラして連絡を待つとこだったので、ストレスにならずに助かったといえば助かったわけです。


まあ、悪い情報やニュースは、知らない時間が長い方が幸せなのかもしれません。


でも知らないと、かなり愚か者になってしまいます。


いま、いつでもどこでもなんでも情報が否応なしにはいってしまう時代です。

はいってこないと、悪いしらせかと思ったりします。

便利ですけど、体がもてばいいですけど・・・。

ーだが、人間がある激烈な心の衝動をうけてその心が四分五裂の苦に苛まれるとき、これを逃れるには自暴自棄の態度が一番宜いのです。それよりもなお深い絶望に遭っては自己反虐ということが、やっと残っている勇気を喚び起こすのです―
(岡本かの子、の今やってる台本)


祝宴を盛り上げるようなパフォーマンスをやるのは、芸人さんの領域だと思う。

芸術家っていうなら、その傍らで塞いでいる人に伝えて、状況を変えてあげられる言葉や行動をもっていなければいけないんじゃないかな。

それは、芸の技術を磨くよりも、全人格をもって接しないと、恐ろしく軽薄なものになる。

どっかで習った技術だけ、上達してるアーティストが多い。

いま、『民衆と芸術』という近過去の原点を考えてみるとき、日本でいう民衆とか被抑圧者というのは、階級ではなくて、その時置かれているその人の状況の事だと思うわけですね。

その状況を変えてあがげられるものを発信し続けることが、本当のアーティストではないだろかと。

技術だけ上達した、能天気な商業パフォーマーが多いから、みんな寿命が短いんだとも思うわけですけれどね。

習い事や学芸会の延長にあるものじゃ、身内しか喜ばないよ。
どっかで見た事のあるようなものじゃ、先人には適わないよ。

お金になることや、華やか活動ばかりがもてはやされている。
自慢している。

のたれ死ぬ覚悟がないから、迫力も説得力もない。


芸術家が恵まれた時代だからこその弊害。

若者に向けてのメッセージ、なんてことをやり出したら説教親父の始まりなんですけど、馬鹿ものから生きる知恵をひとつ。


他人の失敗や嘘は「許せ」ということです。
「怒る」ってのもエネルギーなんですけれども、結局、その場しのぎの力にしかならなりません。ずっと持続できるパワーではないし、脅しや威嚇では相手に効果があるのは最初だけです。つあり、慣れてしまいます。
「怒る」のはマイナスのことなんです。自分も嫌になります。その場の雰囲気も悪くなって、その修復に余計な時間を取られます。


逆に「許す」ということは、プラスのことです。
自分も相手も周りも、長い目でみれば上手く馴染みだすものです。
そしてリーダーとして、自分こそができることだったりするわけです。
「寛容」は賢い知恵です。
自分をぶつけて、相手を叩きのめして、とりあえず溜飲を下げようとしても損するだけ。人を変えることは難しいですけれども、「許す」「見逃す」というのは、自分で出来ることです。


相手は結構自分で気付いて、反省しているものです。
追い詰めてトドメを刺す必要はありません。
逆に、ネズミにかまれちゃ損ですから。



と言う話をリーダー研修でやってます。
御用命よろしく。m(__)m

大阪で、あるセレクトショップにご挨拶に行ったら、大昔の友人(同級生)が作ったブランドの商品が並んでいました。


もともと、そんなに親しかったわけでもなく、いまは連絡先もしりませんが、

「すげ~、まだ続けてたんだ」

という感動があり、誇らしく思いました。


それになによりも商品が、『個性的でオシャレ』だったので、悔しいけどこっそり購入してやろうかと思いました。


試着したら僕のためにあるような色デザイン、そしてサイズ。


ところが、値段見てびっくり!!

ユニクロなら30人前!

値段も昔のバブルのころに近いものでした。


もちろん購入は見送ったのですけれども、それは彼にとってマイナスではないかもしれません。

つまり、ここに 『欲しい』 憧れる思うファンが誕生したわけです。

『手に入らないけれども欲しい』とおもっている人の数が、ブランド力を高めるんです。


イタリアのフェラーリとか、ドイツのポルシェには憧れますが、たとえば日独伊産業同盟で、国からイタリアとドイツの車には95%の補助金とガソリン代の助成が出る!とかなって、マツダやスズキのエコカーよりも安くなって、そこらじゅうの誰もが、ヒートテックのように使っていたら、それは魅力なくなります。


手に入らないからこそ、夢も価値も膨らむわけです。


日独伊産業同盟はないとしても、たとえばそんな憧れのものを、本当に頑張って手に入れたとします。

しかし嬉しいのは、たぶん最初だけで、途中から飽きてしまうんじゃないかとも思います。

よくあるパターンです。


でも、手に入らないまま、買えないまま諦めてしまうことよりも、必死で欲しがって、頑張ってこそ味わえるものって大事だと思うんですよね。


奴の服買えるように頑張ります。

お金の問題だけじゃないんです。

あれ着て似合う男になっていれば、自ずと手に入るんだと思います。


いいものを欲しがって、自分を高めていきたいと思います。



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連日の両国。

『ある日の蓮月尼』今日は稽古始め。

芸術が爆発した岡本太郎の母であり、数奇な恋愛人生を歩んだ、かの、岡本かの子さんの戯曲です。

久しぶりに読んで面白い作品、名作にまた間違って『出演』させていただきます。
話の筋もさることながら、珠玉の言葉が、次々と僕の前に出てきます。
自分のセリフじゃないんですけど、聞きいってしまいます。

岡本かの子の生き方ここにありと言う感じで、なんか完全に虜になってしまいそうです。


蓮月尼さんとは、大田垣蓮月さんという江戸時代後期の実在した尼僧。

僕にとっては馴染みのある京都のお話ですけれども、言葉はほとんど標準語です。

私も、実在の人物なのですけれども、なんと恐れ多くも最後の文人『富岡鉄斎』の若き日を、“想像で”やってみます。

一年前とおなじ、画家、芸術家の話。

二年前とおなじ、京都の話。

頼りがいのある皆様とまたご一緒できて嬉しい限りです。

問題は、同時進行している気が狂いそうなほどたくさんの仕事と作業と、立ちはだかる壁、問題、それに負けない事。

今の僕の命綱は、とっても細い状態なのですけど、切れない事を祈ります。

富岡鉄斎は、幕末から明治・大正と90歳まで生きた人ですから、あやかりたいものです。

ま、無駄に長く生きてもしかたないのですけれども。