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行く河の流れ

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

 興味深い話があるのでそのページをリンクする。フォトン・ベルトについてだ。
 フォトン・ベルトとは宇宙の彼方に存在する高次元の電磁波エネルギーである。1996年ハッブル宇宙望遠鏡により撮影に成功した。そこに地球が2012年12月23日にそこに突入するというのである。
 科学的に「時間」を研究しているアメリカ人のテレス・マッケンナ氏によれば2012年12月23日に時間が消えるという。科学的根拠をを基に様々なデータをコンピューター・シミュレーションすると「タイム・ウェーブ・ゼロ」という日がその日に当たるというのだ。
 さらに中米に栄えたマヤ文明の中で使用されていた「マヤ暦」でいう「最後の日」に当たるのがその前日の2012年12月22日なのだという。
 地球がフォトン・ベルトに突入すると、人間の存在の仕方が変わるという。人間の霊的存在と半物質の状態で生きられる人しか生きられないと。そこで注目される思想家がルドルフ・シュタイナーだというのである。
 とにかく、「1999年7の月 恐怖の大王が降ってくる・・・」のノストラダムスの大予言的な話かも知れないが知っておくことは自由。ちなみに僕はノストラダムスのこの予言は時期の誤差こそあれ「9.11」として的中していると思っている。

『宇宙の法則研究会 緊急特別インタビュー 「フォトン・ベルト」がもたらす地球大変動』
http://www.net-g.com/photon/reset.html
 僕らが持ってる眼鏡はなんで歪んじゃったのか?
 子どもの頃にみた夕焼けはもうこの世界に存在しないのか?
 きっとあの頃のまま在るんだ
 でも僕らが持ってる眼鏡が歪んじゃったから
 ただそれだけの理由でみることができなくなっちゃっただけなんだ
 きっとあの頃のままなんだ
 また見ることができるかなぁ
 君に何を話したろう
 僕は覚えていない
 かつての思い出を漂って
 君と向き合った日々をたぐる
 君は僕にいろいろな話をしてくれた
 僕は全部覚えている
 不思議なくらい鮮明な映像で
 僕の存在が映し出す
 もういい
 もうたくさんだ
 その記憶に窒息しそうになるんだ
 WBCの優勝後の選手達のコメントが続々と届いている。その中で僕が見つけた共通点がある。それは「このチームは最高で、もっとこのチームでやりたい。解散するのが寂しい」というイチロー選手の言葉に代表されるように、優勝したことへの達成感よりもチームを愛おしく思う気持ちがどの選手からも聞かれるということである。

 僕はここに優勝するに足るチームの条件を観る。僕は二度、野球の大会で優勝したことがある。
 一度目は中学生最後の大会である「倉敷市長杯」である。暑い夏休みの真っ直中に行われる大会。県大会にも繋がっていかないが、中学三年生最後の大会ということで相当な思い入れのある大会であった。この大会の為に夏休みは一日中休みなしで練習に明け暮れていた。もちろん目標は「優勝する為」なのだが、僕らのチームは他の大会で優勝などしたことがなく、「優勝する」という明確なビジョンは描ききれてはいなかった。
 大会の一回戦からなんとか勝ち進んでいく。準々決勝では最終回に逆転して勝利するなど、このチームの力を越えたような、なにか他のチームのような感覚に襲われていた。
 準決勝には常にこの年代で優勝してきて、今大会も優勝候補のチームと対戦した。行き詰まる投手戦の結果、延長戦で僕の二塁打で勝ち越すことに成功。決勝進出を果たした。
 明日は決勝戦というバスの中で、ピッチャーの友達が一番後ろの席に座って言った。
「あぁ、明日でおしまいかぁ・・・」
 僕はハッとした。僕をはじめチームのみんなも同じ気持ちを持っていたからである。明日勝てば「優勝」に手が届く。手にしたことのない栄光を前にむしろそれを手にする如何に関わらず、このチームで三年間がんばってきた日々が終わるのである。「優勝」を手にすることよりもチームが解散することへの寂しさの方が大きくなっていたのである。
 決勝戦では負ける気がしなかった。勝敗を越えたところで野球をこのチームで楽しんだのだと思う。
 二度目の優勝はニカラグアで経験した。今度は選手としてではなく、コーチとしてなのだが詳しい話はまた別の機会に譲ろう。
 ともかく、この感情こそが「勝者の条件」と言えるのではないだろうか。技術レベル、大会規模の差こそあれ、今回WBCに参加した日本代表のチームにはこの感情が生まれ「勝者の条件」が備わり、勝つべくして勝ったと僕は思うのである。
 
 WBCで日本代表がキューバ代表を破り世界一に輝いた。王監督が宙を舞い選手が互いに喜びを爆発させる。日本本土では春分の日で祝日ということもあいまって国民はテレビの前で熱狂した。
 勝負は時の運の要素も存分にある。特にレベルの拮抗した相手だと余計にそうだ。日本代表は運良く初代優勝国となった。しかし何よりも今回の日本代表の試合は「面白かった」のだ。野球の醍醐味である一点の重みをこれほどまでに感じた試合は通常の国内のペナントレースでは近年、観ることのできないものであった。選手は一点を取ることに執念を燃やし、点を取ればチーム一丸となって喜びを爆発させた。
 素直に面白い試合で盛り上がって、野球の楽しさを発見できた大会であった。
 あなたはすべてを知っている
 この世界のなんたるかを
 この宇宙の本当のことを
 でもあなたは決してそのことを言わない
 知らない振りを決め込み
 人の言葉に戯けて踊ってみせる
 そして人が満足するまで踊ってみせた後で
 すっとナイフを鞘から抜くのだ
 予選を通じて、どうも予定が合わずに全くどの試合も見ることができていなかった。僕のWBCはこの準決勝の日本対韓国の試合から始まった。
 予選を通じて韓国には2度も惜敗を喫している。しかし、大会のルールだと、この韓国との試合に勝てば決勝に進出できてしまう。大会運営上の様々な問題が浮き彫りになっているが、それはともかく選手達がその国を背負って闘うことの面白さといえば単純に男性としての感覚から「燃える」のである。
 均衡を破ったのは福留の2ランホームラン。再三のチャンスを逸してきただけにようやく取った先制点だった。それを導いたのが先発の上原である。見方のチャンスを逃した次のイニングでも凄まじいテンポの良さと驚異的なコントロール、さらに迫力ある球威で韓国打線を押さえつけた。まさに芸術的なモノを感じさせるパフォーマンスであった。
 東京から岡山に帰った。気忙しい。落ち着かない。
 いつもは珈琲を煎れ、自分の部屋の椅子に腰掛けて本を読み、時折窓の外の緑を楽しむ心の余裕があるのだが、全くない。まず、腰を下ろせない。何かに追われるように何かをしている。でも何もしていない。
 かつて生活をしていた場の恐ろしさを感じた。当時は見るモノすべてが魅力的であった。しかし今は心がトゲトゲして逆撫でされているように跳ね回っている。今回は3日間という短い間だったから、今、禁断症状が出て警告を鳴らしているのかもしれない。
 この禁断症状が出なくなった時こそ僕が僕じゃなくなる時なのかもしれない。
 彼女はバックを漁りだした。何が入っているのか不思議なくらい大きなバック。いつも持ち歩いている。実際いろいろなモノが入っている。
 彼女は絵を勉強している専門学校生だった。その学校を卒業してこの春から故郷の北海道へ帰る。ずっと東京の池袋で勉強をしていた。
 大きなバックかおもむろにスケッチブックを取り出した。黒のサインペンで殴り書きしたような模様を見せてくれた。
「これ何?」
「ハイエナ」
 そこに書かれたモノはとてもそんな動物には見えなかった。ただ熱っぽい黒い線が乱雑に暴れていた。
「これね。電車降りたときにホームで向こうからハイエナがこっちに向かってくるのが見えたの。書かなきゃって思ってそこにあるイスに座ってとにかく書かなきゃって書かなきゃって思って。それで書いたの」
 僕の目にも見えた。そのスケッチブックの中でこちらに向かって突進してくる多数のハイエナの姿。
 彼女は構わずページをめくると、これは電車の中の風景。ベンチシートに座っていて対面におじいさんが座っている。と、その横に車窓から窓を向いてちょこんと座って外の景色を眺めるハイエナが描かれていた。なんとも愛らしい。この絵も同様に書き殴ったような線なのだが今度は昼下がりのあったかい空気を感じた。
 彼女はスケッチブックを愛おしそうに眺めながら強い決意を感じる静かな声でつぶやいた。
 「私、北海道を描かなきゃいけない・・・」
 彼女が観る北海道はどんなだろう。まだ観ぬその絵に想いを馳せる。
 久しぶりの東京。泊まっている施設の窓のカーテンを開けると薄暗い夜空にそびえ立つビルが見える。表面は黒光りしており、最上階へと続く壁には青い光がデコレーションしてある。数ヶ月前テレビで見たビルだ。スーツ姿の大群が押しかけ、カメラを持った人たちがフラッシュをひっきりなしに浴びせている。テレビからは騒然とした空気なのだが、そこには熱気が無く、乾いていた。
 何か現実を見たくなり焦点を逸らすと雨が降っている。地面が濡れる程度の軽い霧雨とでも言おうか。まだまだ冷たい雨。
 カーテンを閉め、部屋の天井を見上げ、目を閉じた。SF映画を見ているようだ。