『奥の細道』の序。
「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人なり。舟の上に生涯をうかべ、馬の口をとらへて老いをむかふる者は、日々旅にして旅を栖(すみか)とす」
「音楽家」「建築家」「作曲家」「画家」「革命家」「政治家」「小説家」「芸術家」等々、いろいろな「家」がある。僕はこの「家」というモノはなぜ「家」と付くのだろうと不思議に思っていた。その家系が代々その職業についているわけでもない。
友人とよく行くバーで話をしていた。彼は言う。
「僕は音楽に仕える。帰るべき所は音楽だ。ずっと指揮をしてきたが『指揮者』というには違和感があった。それは野球で言えばポジションのことなんだ。名札に過ぎない。場所をどこに移しても自分の帰るべき場所は音楽だって気づいたんだ」
「音楽を栖(すみか)とす」か。だから「音楽家」なんだ!音楽を使って収入を得るとか、音楽を使って云々・・・ではなく音楽を家とし、それに仕える。道具としてではなく自分より上位に置くべきモノ。
冒頭の松尾芭蕉『奥の細道』の序文がその時、僕の頭に浮かんでいた。そして繰り返し反芻した。芭蕉は俳句を芸術にまで高めた大家だが、もしかしたら、それは二次的産物で本当は「旅家」だったのかもしれない。二杯目に頼んだ赤ワインがそんな空想を抱かせた。
ベンジャミン・フルフォード著。この著書の中で「クレプトクラシー」という言葉が出てくる。一つの政治形態を表す言葉である。
この言葉を説明した部分を引用する。
<クラプトクラシー(kleptocracy)>
「クレプトクラシーとは、政権の一つの形であり、それは文学的な表現で「泥棒国家」を意味する。それはまた、政治腐敗の最終形態であり、そこには見せかけの誠実さも残っておらず、政府はその支配を永続かつ強化するためだけに存在する」
民主党の一議員の大失態でそれを暴く好機をも逃してしまった。我々は尚も「民主主義」で「自由」で「人権が尊重された」国に生きているという錯覚を信じ、現実を知らされないまま流れていく。
この言葉を説明した部分を引用する。
<クラプトクラシー(kleptocracy)>
「クレプトクラシーとは、政権の一つの形であり、それは文学的な表現で「泥棒国家」を意味する。それはまた、政治腐敗の最終形態であり、そこには見せかけの誠実さも残っておらず、政府はその支配を永続かつ強化するためだけに存在する」
民主党の一議員の大失態でそれを暴く好機をも逃してしまった。我々は尚も「民主主義」で「自由」で「人権が尊重された」国に生きているという錯覚を信じ、現実を知らされないまま流れていく。
レジから見る社会は絶望を感じさせる
すでにこの国は崩壊している
この国だけじゃないのかもな
人間の薄汚さ、卑怯さ、傲慢さが僕を絶望の淵に追いやる
生まれるのは反感のみ
そんなの小さいことだよと飲み込む胆力もない
振り子のように反動としての共感すら持ち合わせていない
いにしえの伝説のように大洪水ですべてを洗い流してくれたなら
すでにこの国は崩壊している
この国だけじゃないのかもな
人間の薄汚さ、卑怯さ、傲慢さが僕を絶望の淵に追いやる
生まれるのは反感のみ
そんなの小さいことだよと飲み込む胆力もない
振り子のように反動としての共感すら持ち合わせていない
いにしえの伝説のように大洪水ですべてを洗い流してくれたなら
古川薫氏の著書で新潮選書を読んだ。吉田松陰の松下村塾ではどうやって開塾に至ったのか、 どんな人が学んでいたのか、何を学んでいたのかを資料を基に紹介してくれている。また門下生から見た松陰像もあり少しずつ彼がどういう人物であったのかが分かってきた。
松陰はとても優しい人柄で明治まで生き残った門下生が証言するに塾生に話しかける言葉も丁寧だったようである。
彼の書いた文が口語訳されずにそのままこの本には記されている。松陰そのものの息づかいが聞こえるようで感情移入して読むことができた。
松陰の印象に残る言葉がある。
「妄りに人の師となるべからず。又妄りに人を師とすべからず。必ず真に教ふべきことありて師となり、真に学ぶべきことありて師とすべし」
松陰は塾生を「諸友」と呼んでいた。学問と人間に向ける謙虚な姿勢を観ることができる。
松陰はとても優しい人柄で明治まで生き残った門下生が証言するに塾生に話しかける言葉も丁寧だったようである。
彼の書いた文が口語訳されずにそのままこの本には記されている。松陰そのものの息づかいが聞こえるようで感情移入して読むことができた。
松陰の印象に残る言葉がある。
「妄りに人の師となるべからず。又妄りに人を師とすべからず。必ず真に教ふべきことありて師となり、真に学ぶべきことありて師とすべし」
松陰は塾生を「諸友」と呼んでいた。学問と人間に向ける謙虚な姿勢を観ることができる。
童門冬二氏が吉田松陰の主著「講孟余話』を彼なりの解釈で読んだ本である。
松陰が実際に松下村塾を経営したのはわずか一年数ヶ月に過ぎない。著者は「教育界における大きな驚異」と述べている。
松陰は長州藩の萩の松下の邑で松下村塾を引き継いだ。そして松下村塾の目的を天下に表明する。「日本を変えるような人材を生みたい」と。それは学問を修めて立身出世する人間を育てるような教育ではない。今でも塾通いは「良い成績→いい学校への入学→良い会社→良い給料と良いポスト=安定した人生」を目的とする人が多い。塾のそもそもの目的が「成績の向上」なのだから、目的は達成しているわけであるが。
一つ、僕の目を引く興味深いエピソードが記されていたので引用したい。
『人の道については、古代の聖人(孔子)と賢者(孟子)が説き尽くし、行い尽くしている。いまの学者がいっていることは、ほとんど聖賢の書物を見て口真似をするだけだ。別に、聖賢を越えるような新しい発見や見識があるわけではない。そう考えれば、いま師と呼ばれる人物も、弟と呼ばれる存在も、ともに、「聖賢の門人」といっていい。そうであれば、その門人同士が「自分は師である」「自分は弟である」などと区分をして考えること自体がおかしい。すべて「聖賢の門人」という意味では立場は同じである』
松下村塾において松陰はこの説を実行し自らを「僕(ぼく)』と称した。『学問の僕』つまり学問に仕えるという意味である。
僕はこれを知り反省した。「教師」になろうとしていた。否、僕も「学問の僕」なのである。そして必死に道を追究しながら皆と共に学んでいく。
松陰が実際に松下村塾を経営したのはわずか一年数ヶ月に過ぎない。著者は「教育界における大きな驚異」と述べている。
松陰は長州藩の萩の松下の邑で松下村塾を引き継いだ。そして松下村塾の目的を天下に表明する。「日本を変えるような人材を生みたい」と。それは学問を修めて立身出世する人間を育てるような教育ではない。今でも塾通いは「良い成績→いい学校への入学→良い会社→良い給料と良いポスト=安定した人生」を目的とする人が多い。塾のそもそもの目的が「成績の向上」なのだから、目的は達成しているわけであるが。
一つ、僕の目を引く興味深いエピソードが記されていたので引用したい。
『人の道については、古代の聖人(孔子)と賢者(孟子)が説き尽くし、行い尽くしている。いまの学者がいっていることは、ほとんど聖賢の書物を見て口真似をするだけだ。別に、聖賢を越えるような新しい発見や見識があるわけではない。そう考えれば、いま師と呼ばれる人物も、弟と呼ばれる存在も、ともに、「聖賢の門人」といっていい。そうであれば、その門人同士が「自分は師である」「自分は弟である」などと区分をして考えること自体がおかしい。すべて「聖賢の門人」という意味では立場は同じである』
松下村塾において松陰はこの説を実行し自らを「僕(ぼく)』と称した。『学問の僕』つまり学問に仕えるという意味である。
僕はこれを知り反省した。「教師」になろうとしていた。否、僕も「学問の僕」なのである。そして必死に道を追究しながら皆と共に学んでいく。
以前読んだ『ヤクザ・リセッション』が面白かったので、また同様の著者ベンジャミン・フルフォードの本を読もうと思い図書館で借りた。
彼はカナダのジャーナリストで日本にも留学経験がある。日本に造詣が深い。むしろ外国人だからこそ書くことができる「ほんとうの現実」を伝えてくれる。日本には記者クラブという談合組織が本当のことをうやむやにしているという。
日本で外国人特派員協会会長を務めたハンデルスブラッド紙(オランダ)のハンス・ヴァン・デル・ルフト氏の言葉を紹介している。
「欧米では“ジャーナリスト“と言えば、記者、論説委員、編集委員など報道に携わるあらゆる人間を指します。ところが日本のメディアの記者は自らを決してジャーナリストとは言いません。この国では、それはフリーランスの記者を意味します」
日本人で「ジャーナリスト」として活躍する寺澤有氏の言葉も紹介して、フリーランスと記者との違いを説 明している。
「基本的に、私たちフリーランスと新聞記者はお互いに違う職業だと思っています。彼らの商売は、いわば政府や役所が税金で集めた情報をタダで貰い、それを再販制度で守られた定価で売ることですから、実にいい商売だと思いますね」
マスコミが知っているのに書かないことは「無いこと」とされる。我々一般人には知りようもない世界で一部の人間が利権を貪っている。そんな「タブー」に踏み込んでいくのがジャーナリストなのだが、マスコミは沈黙を続け今日も壮大な「フィクション」は造られていく。
彼はカナダのジャーナリストで日本にも留学経験がある。日本に造詣が深い。むしろ外国人だからこそ書くことができる「ほんとうの現実」を伝えてくれる。日本には記者クラブという談合組織が本当のことをうやむやにしているという。
日本で外国人特派員協会会長を務めたハンデルスブラッド紙(オランダ)のハンス・ヴァン・デル・ルフト氏の言葉を紹介している。
「欧米では“ジャーナリスト“と言えば、記者、論説委員、編集委員など報道に携わるあらゆる人間を指します。ところが日本のメディアの記者は自らを決してジャーナリストとは言いません。この国では、それはフリーランスの記者を意味します」
日本人で「ジャーナリスト」として活躍する寺澤有氏の言葉も紹介して、フリーランスと記者との違いを説 明している。
「基本的に、私たちフリーランスと新聞記者はお互いに違う職業だと思っています。彼らの商売は、いわば政府や役所が税金で集めた情報をタダで貰い、それを再販制度で守られた定価で売ることですから、実にいい商売だと思いますね」
マスコミが知っているのに書かないことは「無いこと」とされる。我々一般人には知りようもない世界で一部の人間が利権を貪っている。そんな「タブー」に踏み込んでいくのがジャーナリストなのだが、マスコミは沈黙を続け今日も壮大な「フィクション」は造られていく。
やはり様々な本を読んでいても今のところ『論語』にすべて通じている。読まずには先に進めない。
『論語』は短い言葉の断片が集められ成っている。先人達はその言葉をどのように身に落ち着かせていたのか。これから深めていくのが楽しみである。
子曰 朝聞道 夕死可矣
朝、真実の正しい道が聞けたらな、その晩に死んでもいい。
生きる意味を考えていると腑に落ちる 。ただ生きるだけ、生きていればという立場だと理解は難しい言葉だ。『論語』の言葉をしっかり自分なりに受け止めていきたい。
『論語』は短い言葉の断片が集められ成っている。先人達はその言葉をどのように身に落ち着かせていたのか。これから深めていくのが楽しみである。
子曰 朝聞道 夕死可矣
朝、真実の正しい道が聞けたらな、その晩に死んでもいい。
生きる意味を考えていると腑に落ちる 。ただ生きるだけ、生きていればという立場だと理解は難しい言葉だ。『論語』の言葉をしっかり自分なりに受け止めていきたい。
お昼過ぎに友人から電話があった。仕事で岡山県北の津山へ向かっていたらしいのだが、急遽山口に行くことになったらしい。夜に着けばいいらしいので、昼は空いている。
備中国分寺に行き、五重塔を見た。補修はされているのだろうが、浮いてしまった木材はなく、田園風景とも溶け合って綺麗な中にも重みを感じた。軒下には兎、龍、虎などの木の彫刻があり繊細さも兼ね備えている。人間に静かに訴えかけてくる主張を感じる。
その後、倉敷の方面へ車を走らせた。イオン倉敷ショッピングセンターが見えてきた。本当に巨大なショッピングモールだ。駐車場は車で埋まり、店の中は人であふれかえっている。平日だというのに・・・。商業的には大成功の商業施設だろう。
まるでテレビを見ているように、音と色の狂宴に感覚が中毒を起こしてしまうようだ。その中で僕の感性は麻痺しそうになる。何度ここに来てもここの空気には馴染めない。
備中国分寺に行き、五重塔を見た。補修はされているのだろうが、浮いてしまった木材はなく、田園風景とも溶け合って綺麗な中にも重みを感じた。軒下には兎、龍、虎などの木の彫刻があり繊細さも兼ね備えている。人間に静かに訴えかけてくる主張を感じる。
その後、倉敷の方面へ車を走らせた。イオン倉敷ショッピングセンターが見えてきた。本当に巨大なショッピングモールだ。駐車場は車で埋まり、店の中は人であふれかえっている。平日だというのに・・・。商業的には大成功の商業施設だろう。
まるでテレビを見ているように、音と色の狂宴に感覚が中毒を起こしてしまうようだ。その中で僕の感性は麻痺しそうになる。何度ここに来てもここの空気には馴染めない。
素晴らしい本に出会った。明星大学教授の高橋史朗先生の著書である。僕はこの大学の通信教育学部に在籍しているのだが、夏のスクーリングの科目「道徳教育の研究」で高橋先生が講義された。僕は他の科目を履修しており、その講義を受けることができなかった。友達によると「ものすごく感動する授業だった」とのこと。悔やまれていた。
専門書を読みながら感動体験をしたのは初めてだった。先生は「心の教育」の必要性を説き、現代の教育の危機を乗り越えるために全人的・包括的なホリスティック教育を提案している。
この本の中で、松尾直子さんが描く面白い学園構想が紹介されている。「互いの違いから学び合う、喜びの共同創造の場」としての新しい学校カリキュラム構想で「学びの楽園構想」と名付けられている。「愛」「真理」「叡知」を三本柱に据え以下のような方針と方法で実践化を構想している。以下引用してみる。
「学びの楽園構想」
<理念>
愛と真理と叡知に基づいて、一人一人の個性・創造性を調和の中で育み、人も自然も科学技術も調和する新たな生き方を共に創造し、社会に提案していく学校
(1)愛-愛とは互いの違いを乗り超える深いつながりの感覚-
〔指針〕
一つの物差しを絶対視して押しつけ合うことなく、お互いの違いを尊重し、違いの根底にある同じ人・命としてのつながりを深く感じていく。教師は情報や人の媒介役をつとめ、”皆が先生、皆が生徒“となる。自由に意見を分かち合い、絶えず柔軟に、多様な感じ方・考え方・生き方・価値観を、互いに学び合っていく。
〔方法〕
1.自分以外の存在との目に見えないつながりを、イメージ・ワークを通して ハートで感じ、思いやり・共感を育てる。
2.子ども、親、教師の間で、心のワークショップ、カウンセリングなどを行 い、常に心のつながりを確かめ合うコミュニケーションをとる。
3.年齢の違う子ども同士や、お年寄り、障害者とのふれあいなどを通して、立 場の違う人への共感や思いやり、助け合いの心などを育てる。
4.子どもたちと共に学校内に森や牧場を作り、自然との深いつながりを楽しく 体得する。
5.農業を行い、自分で育て収穫したものを調理して食べ、命のつながり、自然 の恵みの大切さを体感する。
(2)真理-多様な現象界の根底には、すべてに通じる自然の法則性がある-
〔指針〕
物事の表面的な現れだけにとらわれず、現象を生み出している目には見えない根を探る視点を大切にする。
〔方法〕
1.古神道や聖なる幾何学等から、現象界の普遍性を学ぶ。
2.太鼓の叡知と多様な分野の最新情報を融合し、別々な分野の間のつながりを 見出し、人・科学技術・自然の調和の中で、各分野の特殊性を活かす術を学 ぶ。
(3)叡知-深く優れた知性で実社会のさまざまな状況の本質を見通し、現実に 対処する-
〔指針〕
実社会の現実を子どもたちに自分の目で見てもらい、そこで感じた子どもたちなりの感性やアイディアメッセージを大切にし、それをさらに発展・研究し、社会に発表できるような場を与えていく。
〔方法〕
1.実社会の多様な分野で活躍している人々を先生に迎え、社会の現場へ見学や 実習にも出かけて行き、現実社会では何が起こっているのかを学ぶ。
2.それらの体験を基に、子どもたち自らで、「私ならこうする」というイメー ジ・ワークと話し合いを行い、自分なりの社会への関わり方を感じ、考え る。
3.子どもたちなりの感想やアイディアをさらに発展させるための環境・情報を 豊かに与え、その成果を社会に発表する場を積極的に設ける。
専門書を読みながら感動体験をしたのは初めてだった。先生は「心の教育」の必要性を説き、現代の教育の危機を乗り越えるために全人的・包括的なホリスティック教育を提案している。
この本の中で、松尾直子さんが描く面白い学園構想が紹介されている。「互いの違いから学び合う、喜びの共同創造の場」としての新しい学校カリキュラム構想で「学びの楽園構想」と名付けられている。「愛」「真理」「叡知」を三本柱に据え以下のような方針と方法で実践化を構想している。以下引用してみる。
「学びの楽園構想」
<理念>
愛と真理と叡知に基づいて、一人一人の個性・創造性を調和の中で育み、人も自然も科学技術も調和する新たな生き方を共に創造し、社会に提案していく学校
(1)愛-愛とは互いの違いを乗り超える深いつながりの感覚-
〔指針〕
一つの物差しを絶対視して押しつけ合うことなく、お互いの違いを尊重し、違いの根底にある同じ人・命としてのつながりを深く感じていく。教師は情報や人の媒介役をつとめ、”皆が先生、皆が生徒“となる。自由に意見を分かち合い、絶えず柔軟に、多様な感じ方・考え方・生き方・価値観を、互いに学び合っていく。
〔方法〕
1.自分以外の存在との目に見えないつながりを、イメージ・ワークを通して ハートで感じ、思いやり・共感を育てる。
2.子ども、親、教師の間で、心のワークショップ、カウンセリングなどを行 い、常に心のつながりを確かめ合うコミュニケーションをとる。
3.年齢の違う子ども同士や、お年寄り、障害者とのふれあいなどを通して、立 場の違う人への共感や思いやり、助け合いの心などを育てる。
4.子どもたちと共に学校内に森や牧場を作り、自然との深いつながりを楽しく 体得する。
5.農業を行い、自分で育て収穫したものを調理して食べ、命のつながり、自然 の恵みの大切さを体感する。
(2)真理-多様な現象界の根底には、すべてに通じる自然の法則性がある-
〔指針〕
物事の表面的な現れだけにとらわれず、現象を生み出している目には見えない根を探る視点を大切にする。
〔方法〕
1.古神道や聖なる幾何学等から、現象界の普遍性を学ぶ。
2.太鼓の叡知と多様な分野の最新情報を融合し、別々な分野の間のつながりを 見出し、人・科学技術・自然の調和の中で、各分野の特殊性を活かす術を学 ぶ。
(3)叡知-深く優れた知性で実社会のさまざまな状況の本質を見通し、現実に 対処する-
〔指針〕
実社会の現実を子どもたちに自分の目で見てもらい、そこで感じた子どもたちなりの感性やアイディアメッセージを大切にし、それをさらに発展・研究し、社会に発表できるような場を与えていく。
〔方法〕
1.実社会の多様な分野で活躍している人々を先生に迎え、社会の現場へ見学や 実習にも出かけて行き、現実社会では何が起こっているのかを学ぶ。
2.それらの体験を基に、子どもたち自らで、「私ならこうする」というイメー ジ・ワークと話し合いを行い、自分なりの社会への関わり方を感じ、考え る。
3.子どもたちなりの感想やアイディアをさらに発展させるための環境・情報を 豊かに与え、その成果を社会に発表する場を積極的に設ける。
空は抜けるように青い。とても暖かいので久しぶりにバイクに乗ることにした。田園風景を横目に、気持ちよく走ると心地よい風が頬を切っていく。こんな天気だからだろう。同じことを考える人がたくさんいた。気持ちよさそうに走るバイクとすれ違い、屋根をオープンにした車と横に並んで走る。急に暖かくなってピョコピョコ頭を出してきたツクシのように道路に活気があった。
目的地は特に決めていなかったのだが、「足守」に行くことにした。以前通り過ぎたときに綺麗な町並みがあったので、少し歩いてみようと思ったのだ。
バイクを市の駐車場に置き、一人プラプラと散歩した。そこに小学校の校舎が現れたのだが、その正面にとても素敵な木造の建物があった。どうやらそこは無料で見学できるようだ。門をくぐり中に入って説明書きを読んでみると、この建物は武家屋敷だったようだ。ものすごく綺麗だ。土間の方にまわり、パッと部屋の方に目をやると手前の襖から奥の襖へと綺麗なグラデ ーションの額のようにあり、一番奥の部屋の掛け軸がその中心にあった。土間にいて結構距離があるのに、視線が吸い込まれて、その掛け軸の前にいるようだった。
全体の造りもとてもよかった。確かに隙間がある。現代の生活に慣れていればこの家で生活するのはとても苦痛に感じるだろう。しかし、この家自体の佇まいには品があり魅力的なものだった。
自分の住処もこのような軒下のある木造の家で四季を感じながら生きていけたらと思う。
目的地は特に決めていなかったのだが、「足守」に行くことにした。以前通り過ぎたときに綺麗な町並みがあったので、少し歩いてみようと思ったのだ。
バイクを市の駐車場に置き、一人プラプラと散歩した。そこに小学校の校舎が現れたのだが、その正面にとても素敵な木造の建物があった。どうやらそこは無料で見学できるようだ。門をくぐり中に入って説明書きを読んでみると、この建物は武家屋敷だったようだ。ものすごく綺麗だ。土間の方にまわり、パッと部屋の方に目をやると手前の襖から奥の襖へと綺麗なグラデ ーションの額のようにあり、一番奥の部屋の掛け軸がその中心にあった。土間にいて結構距離があるのに、視線が吸い込まれて、その掛け軸の前にいるようだった。
全体の造りもとてもよかった。確かに隙間がある。現代の生活に慣れていればこの家で生活するのはとても苦痛に感じるだろう。しかし、この家自体の佇まいには品があり魅力的なものだった。
自分の住処もこのような軒下のある木造の家で四季を感じながら生きていけたらと思う。