「勝者の条件」について | 行く河の流れ

行く河の流れ

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

 WBCの優勝後の選手達のコメントが続々と届いている。その中で僕が見つけた共通点がある。それは「このチームは最高で、もっとこのチームでやりたい。解散するのが寂しい」というイチロー選手の言葉に代表されるように、優勝したことへの達成感よりもチームを愛おしく思う気持ちがどの選手からも聞かれるということである。

 僕はここに優勝するに足るチームの条件を観る。僕は二度、野球の大会で優勝したことがある。
 一度目は中学生最後の大会である「倉敷市長杯」である。暑い夏休みの真っ直中に行われる大会。県大会にも繋がっていかないが、中学三年生最後の大会ということで相当な思い入れのある大会であった。この大会の為に夏休みは一日中休みなしで練習に明け暮れていた。もちろん目標は「優勝する為」なのだが、僕らのチームは他の大会で優勝などしたことがなく、「優勝する」という明確なビジョンは描ききれてはいなかった。
 大会の一回戦からなんとか勝ち進んでいく。準々決勝では最終回に逆転して勝利するなど、このチームの力を越えたような、なにか他のチームのような感覚に襲われていた。
 準決勝には常にこの年代で優勝してきて、今大会も優勝候補のチームと対戦した。行き詰まる投手戦の結果、延長戦で僕の二塁打で勝ち越すことに成功。決勝進出を果たした。
 明日は決勝戦というバスの中で、ピッチャーの友達が一番後ろの席に座って言った。
「あぁ、明日でおしまいかぁ・・・」
 僕はハッとした。僕をはじめチームのみんなも同じ気持ちを持っていたからである。明日勝てば「優勝」に手が届く。手にしたことのない栄光を前にむしろそれを手にする如何に関わらず、このチームで三年間がんばってきた日々が終わるのである。「優勝」を手にすることよりもチームが解散することへの寂しさの方が大きくなっていたのである。
 決勝戦では負ける気がしなかった。勝敗を越えたところで野球をこのチームで楽しんだのだと思う。
 二度目の優勝はニカラグアで経験した。今度は選手としてではなく、コーチとしてなのだが詳しい話はまた別の機会に譲ろう。
 ともかく、この感情こそが「勝者の条件」と言えるのではないだろうか。技術レベル、大会規模の差こそあれ、今回WBCに参加した日本代表のチームにはこの感情が生まれ「勝者の条件」が備わり、勝つべくして勝ったと僕は思うのである。