new暴れん坊商人~視覚障害者の呟き~ -48ページ目

結婚指輪

わしは左手の薬指に結婚指輪をしている。
26歳の時に結婚してからずっとしている。
よってこれがないとどうにも落ち着かないのである。
 
今日、粗大ゴミの日でダンボールも出せるのでまとめていた。
すると何かの拍子に左手の薬指から指輪が酢ポンと取れたような気がした。
触ってみるとやはりどこかにいってしまっていた。

わしはあせった。
このままなくなってしまったらどうしようと冷や汗が出た。
近くにいた妻に
「どうしよう。指輪がとれてどっかにいってしもうた。」
と半べそ状態である。
「落ち着きんさい。探してみるけぇ。」
と妻が周りをぐるりと見渡す。
「お父さん、ちょっと先を触ってみんさい。」
と妻の声。
声がする所の床を触るとあったあった、わしの指輪があったのである。
ほんまによかった。
お母さん、ありがとう。
これからもなくさないように気をつけねば。

アンテナ取り替えかぁ?

前にも書いたかしらん?
昨年の11月くらいから気温の低い朝、地上はデジタル放送のチャンネルが電波が弱いとのメッセージが出て雑音や画面のビラビラで移らないことがあった。
その後、今まで様子を見ていると、気温が0度近い朝のみ9時から10時まで映りが悪く昼間から夜にかけて何事もなかったようにキレイに移りだすのである。
 
このことを不動産屋経由で大家さんに伝えてもらったところ、近所に住む大家さんの親戚が電器や水道に詳しいので見てもらい、それでもだめなら他の電器業者に見てもらうように言われた。
そこで早速その親戚のおっちゃんに来てもらって様子を離す。
そして知り合いの電器屋に聞いてもらったところ、
「気温が低いから映りが悪くなることはない。テレビがおかしいんじゃぁないのぉ?」
と行ったとの子と。
2階のテレビも1階のテレビもまったく同じ条件の気温の朝に同じチャンネルが写らなくなるのでテレビのせいではないのである。
よって、わしが直接アンテナ取り付け専門業者にきてもらってどこが原因なのかを聞いてみた。
すると、昔からついているアンテナが古く、ブースターも取り付けられていないので受診電波が弱く転校や気温などの条件によって受診状況が不安定になっているとのこと。
アンテナを付け替えてブースターをアンテナと分配器の間にかませば改善するとあっけなく言われた。
けんどそのアンテナ取り付けとブースター取り付けで41000円かかるとのこと。
たっけーー。
そこでここに引っ越してきた時にいろいろとやってもらった電器関連の業者に電話しあらたにシビアなところで見積もりをとってもらうことにした。
その見積書を不動産屋に見せて支払いをどうしたらいいかを聞いてみることとする。
うまくいけば大家さんと折半してその半額を両親と折半する。
そうすれば1家族で1万円くらいで新しいアンテナ設置ができるあんばいである。
さあてどうなることやら。

ノートパソコンのファン

最近4年前に購入したSONYのノートパソコンのVIOのCPUのファンがうるさい。
購入した当時からけっこう音はしていたのだが最近ちと「ガリガリ、ギュンギュン」と変な音がするのである。
購入して以来、一度もファンの排気口を掃除したことがないので中に埃がたまってからまっているのかなぁ?
自分で分解して掃除するなんてことはようせんので、ぐぐって見つけたパソコン修理業者に分解掃除はいくらくらいするのかメールで問い合わせをしてみた。

分解掃除だけで5000円とのこと。
けんどもしファンの部分が何か磨耗していたり主軸が折れていたりするとメーカーに送って部品を交換せねばならず数万円はかかるとのことである。
そこまでする必要はないかとしばらく様子をみてみようとほおっておいた。
今日、このブログを入力している時は、前のような異音がしなくなってもとにもどっていた。
なんじゃらほい。
きまぐれなやつじゃのぅ。
あと2~3年はがんばってくれよ。
VIOくん。

白杖の石突のその後

白杖は必需品なので今日の会社休み、朝一番に視覚障害関連の用具専門販売業者「ジオム社」に電話で注文した。
この「ジオム社」はわしが9年前に大阪の視覚障害リハビリテーションセンターで始めて白杖やその他点字器などを購入した業者である。
その後、何かにつけてここの業者にお願いをしている。
受付のお姉さんも親切で丁寧な応対が気に入っているのである。
 
さて肝心の石突じゃが、前回注文した商品のちびり具合が激しすぎる事を言うと、他の利用者からも同じような意見が出ていて、製造業者に素材を丈夫なものにするようにお願いをしているとのこと。
この石突が直径3センチであり、他にも5センチと7センチの2種類があるとのこと。
あまりにも大きいと重くなり使い勝手が悪くなるので前回と同じものを2個注文した。
1個1400円で配送量コミで3000円也。
白杖自体は6年前に購入したグラスファイバー製で4500円。
直杖でこれはしょうしょうのことでは折れず、何度か車のバンパーに突っ込みひわったが原型をとどめている。
もう一本は折りたたみ式の5段折のものを一組持っている。
これは主に会社内で使用している。

今日、早速に発想してくれるので明日には到着する。
この機敏さが助かるのである。
これでまたもとのように歩きやすくなるのぉ。

白鷺あいあい会

9年前にここ姫路に転居してきた時に知った「白鷺あいあい会」の元代表から電話があった。
今は若い人が増えて完全会員登録制にして補助金ももらってちいと本格的な活動をするとのこと。
それでわしもその会員として登録してもええかとの問い合わせであった。
当初はいろいろな行事にわしも参加していたが、主な活動日が平日の金曜日であることもありここ数年はあまりかかわっていなかった。
子供達も大きくなり同じ四角に障害を持つ仲間達とともにいろいろな体験をするのもええかなと思う。
今度久しぶりに顔を出してみようと思うのでした。

白杖の石突

会社からの帰り道、信号待ちの時に白杖の石突を触ってみる。
すると数ヶ月前に新しいやつに換えたばかりなのに随分ちびていた。

昨年5月に今の一戸建てに引っ越して会社までの距離が徒歩20分となったのだがそれにしてもちびるのが速すぎる。
10月ゴロに新しいのにやり換えてまだ4ヶ月も経っていないのである。
この石突が軟弱なのか?
それとも通勤時の道がでこぼこしていてちびるのが速いのか?
今度新しい石突を注文する時にはもっと頑丈なやつを頼もうと思うのでした。
 
明日は会社が休み。
例のコーチン具のブログをちいと本気で聞いてやろうかなぁ?

糖尿病献身に行く

昨年11月の人間ドッグで指摘された糖尿病と高脂血しょうと胆石。
12月に入り、近くの内科に結果を持って行き、再度血液検査とCTスキャンで精密検査をする。
糖尿病と診断されインシュリンの分泌を促すための経口薬をもらい服用。
そして今日薬がなくなったので定期健診に行った。
 
今日は朝食をとっての食後2時間の血糖値を測定する。
その前に尿検査と血圧測定。
尿検査は食後のためブドウ糖がプラス。
血圧が下が80で上が152と高め。
血糖値は150であった。
 
異常と指摘された時は空腹時でも170の血糖値であったので改善はされているのだが、空腹時が70~110、食後2時間が140以下が正常とのことでちょっと高めであった。
3週間分の薬をもらい糖尿病の手帳に過去の結果を記入してもらい終了。
先生の診察はなかった。
 
年末年始にちと食いすぎたのか?
アルコールは休みの日、週に2階しか飲んでいない。
肝機能はどうなっているのかなぁ?
脂肪肝はどうなっているのかなぁ?
胆石をとかす薬も飲んでいるが堪能の中はどうなったのかなぁ?
2月か3月に血液検査をしてもらいヘモグロビンナンチャラを測定するんだろうなぁ?

最近はいたってお腹は快調。
お腹がすいてから飯を食う感触が蘇ってきた。
食後もお腹がグルグルとまともに消化してくれている感覚が心地よい。
あとはもう少し運動をせにゃあいけんのかなぁ?
どうしても仕事の時は一日ずっと座ってパソコンパシパシしているので運動不足になるのはしょうがないのか?
まあ、もうちとがんばんべぇ。

コーチン具

先日の休みに本屋さんで妻が「セルフコーチン具」に関する本を購入した。
「お父さんもインターネットでコーチン具について勉強して私にも教えてね。」
と妻に頼まれた手前、ググッてみるといろいろなサイトを発見。
その中でも野口嘉則さんのブログが聞きやすい内容であった。
 
仕事・家庭・友達関係にも即、役立つような具体例も書かれてあり興味をそそられるものであった。
今年の目標を決めるのにも、そして目標を達成するためにもこのブログを聞くとええような気がする。
2001年から書き始めて、毎日のように投稿されていて聞き応えがある。
よっしゃ、毎日コツコツと聞いちゃるかぁと思うのでした。

阪神大震災

今日の朝、6時前に目が覚めた。
ラジオをつけるとちょうど15年前の阪神大震災が起きた時間であり、
「黙祷をささげます。」
との言葉が流れていた。
 
その当時わしは岡山県の笠岡市に住んでいた。
まだ目が見えていて笠岡の店舗に勤務していた。
長男は5歳、長女は1際で家族4人一つの部屋に川の字で寝ていた。
ガクンときた縦の揺れに吃驚して瞬間的に二人の子供の上に覆いかぶさっていた。
揺れもおさまり店の近くに住んでいたので7時過ぎに出勤した。
売場の棚に並べている商品がのきなみ床に落ち、洗剤や醤油などの掃除に清掃のおばちゃんがおおわらわであった。
 
食堂に行きテレビをつけるとまだ何が起きているのかわからず明るくなるにつれて判明する被害の大きさにアナウンサーがあわてていた。
その時の高速道路が落ちビルが崩壊している様子を今でもよく覚えている。
 
あれから15年。
随分と月日が経ったがいまだにその時の被害者が苦悩の日々をすごしているのだと思う。
今一度生きるという命の重さについて考えなければいけないと思うのでした。

甥の結婚

11日にわしの実の姉ちゃんが娘二人とここわしと両親の2世帯一戸建てにやってきた。
その時に姉ちゃんの長女が今年の11月に結婚するとのことである。
わしの親戚と妻の親戚の間では第1号の結婚である。
つまり結婚して子供ができればひい孫ってことになるのである。

その結婚式にはわしの両親にとっては外孫になるので行く事はないがわしと妻はおじ、おばとして出席せねばならないと思う。
考えればわしもそんな年になったのかなぁ?
息子も今年20歳ということはもう少しすれば結婚するのか?
そして子供ができればわしも妻もおじいちゃん、おばあちゃんとなるのか?
それはそれでええのかもしれん。
子供達が自立していっちょまえになればそれほどうれしいことはない。
それまではもうひとがんばりせねばと思うのでした。