私がいま住んでいる家の風呂場の窓からは、中庭が見え、育ちすぎた南天の株を透かして枝の伸びすぎた木蓮の木が見えます。

朝方、風呂に入っていると、きょっ、きょっ、と耳慣れない鳥の鳴き声が聞こえてきました。
立上がって窓の外をよくみると、屋根の下と窓がらすの上の出っ張りになったところに、一羽の鳥が器用に掴まっていて、あちこちを見ています。
背中はブルーグレーに見えました、お腹はやや赤い色、ははあ、ツグミだなと思いました(後で調べるとアカハラでした。ツグミと全然違うのですが、その後の行動からツグミと思ったのです。)

辺りを警戒しつつ、木蓮の枝にとまり、下の枝におりてゆき、ヤツデの葉の陰から、滅多に掃除されることがない積もりに積もった地面の朽ち葉をひっくり返す音がしました。
虫を探しているのでしょう。
だんだんにこちらに近づいてきて、見えるようになりました。
くちばしで勢いよく落葉をはねっ返し、あらわになった黒土を一心に見つめては、ときどき何かをついばみます。小さな虫か、それともただ仕種だけか、それは見えません。

こちらは南天の枝に隠れているので、派手に動かなければ相手をおどろかす気遣いはありません。
はねっ返してはつつき、ついついと軽くはねるように歩いてはまた朽ちた葉をひっくり返しにかかります。
なんとも可愛らしいものですが、これでお腹がいっぱいになるのかと気にかかります。
朝は静かです、アカハラの仕事以外に音はありません。

風呂の中は湯気が立ちこめ、南天の青い葉を透かした光が、湯気をやわらかく染めます。
この時間が私はすきなのです、自然光の時間、古いオランダ絵画の光を感じます。

突然、サイレンに似たけたたましい音が頭上から落ちてきて、静けさを突き破りました。
ヒヨドリです、木蓮の枝の高くに二羽が交互に鳴き、さらに別のところからも鳴き声が、屋根の上に一羽、それだけでない椎の木の梢の辺りからも一羽、計四羽の来襲です。
アカハラはさっと顔を上げて、木蓮の低い枝に乗ると、いままでのきょっ、きょっではなく、
ぴゃっ、か、きやっ、とでも言うような高い声で警告します。

両者とも体を膨らまし、威嚇しています。
しかし、奇妙なものです。
ヒヨドリはおもに木になる実を食べますし、アカハラは地面の虫をつつきます。
餌の取り合いにはならないのです。
もちろん、ヒヨドリも虫を食べる雑食性の鳥ですが、地面をほじくり返すことはありません。

いったい、何のために威嚇しあっているのか、と思いますが、お互いがお互いのことをよく知っているはずもないのです。
ただ、先にいたアカハラが追い出そうと警戒して鳴き、ヒヨドリが数で圧しようとする、それだけなのです。
何分間続いたでしょう。

いつの間にか、ウグイスがどこからか飛んできて、南天の枝から枝に渡り、低木のサツキの枝におり、地面にとまると、こちらが地面の虫をつついています。

アカハラもヒヨドリも、ウグイスにはお構いなしです。
ついでにメジロも飛んできました、こちらは虫は食べません。

なんだか中庭が混戦模様になってきました。
アカハラとヒヨドリは両者一歩も譲らずさえずり合戦、ウグイスは鬼の目を盗んで虫取り、メジロは何だか知らないけど紛れ込んだだけ。

どうなるかと固唾を飲んで見守っていると、意外な結末になりました。
急に両者の鳥は黙り、きょとんとしています。
つきものが落ちたような顔をしている、膨らんでもいない。

いったい何があったのか、全く分かりません。
それでも、合戦は終わったのです。
アカハラは再び地面に向かい、ヒヨドリはしばらく枝にとまっていましたが、じきに飛び去りました。
ウグイスやメジロもいつの間にか姿を消しています。

中庭は一羽のアカハラが朽ち葉をひっくり返す音が聞こえます。

風呂から上がるころには、アカハラもどこかに飛び去り、
黒い朽ち葉が派手に散らかり、
木蓮の白骨に似た枝がむだに大きく広がるばかり。

アカハラのお腹がいっぱいになったのか、それが気がかりでした。