前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト -23ページ目

東京大空襲から78年

東京大空襲から78年。語り部も多くは他界され、すっかりリアルな体験を聞く機会も少なくなりましたね。

私の父は神戸の中心街に住んでいたため、3月17日を始め何度も、母は明石で川崎航空機工場の近くに住んでいたため、6月の3度にわたる大空襲を中心に幾度もの空襲を経験しました。78年前のことです。母の住んでいた家が焼けたので祖父が作った掘建て小屋で戦後しばらくを過ごしたといいます。台風で屋根が飛びそうになった、なんてことをよく祖父母から聞かされました。そんな母も四年前に逝き、私の身内で戦争を知る人間も少なくなりました。

思い出してみると、小学校の恩師はよく、戦争の話をしてくださいました。垂水駅の近くでグラマンに砲撃されたこと、その時、乗員の顔が見えたこと、高射砲がB29に届かなくて悔しかったこと、などなど。その話をするときの本当に悔しそうな表情をよく覚えています。おそらくあの世代のあの悔しい気持ちが戦後の日本を引っ張ったのでしょう。

写真は神戸市ウェブサイトより。乗員たちはリスクのほぼない安全圏から人々を殺戮したと思うと本当になんとも言えないですね。



ワーケーションに向くホテル、向かないホテル

ここのところ全国旅行支援を使ってちょこちょこワーケーションをやっているのだけれど、ワーケーションしやすいお宿としづらいお宿がある。一番良かったのは道後温泉の老舗旅館が若い世代向けにオープンしたhakuroという温泉宿。ここはワーケーションしやすいスペースがあり、しかも宿泊者用のソフトドリンクが無料で提供される。和光か広島から近ければ定宿にしたいぐらい(残念ながらどちらからも遠い)。
他方、いくら高級だったり人気の宿でも、ワーケーションには向かないところもある。その定番は昔ながらの和室の温泉旅館。PCで作業をしていると腰痛になる。
先日泊ったのもそういう宿だが、実は温泉の湯上り処というのがあり、そこは快適なワークスペースだった。
また、和光市にもある某スー〇ーホテルも要注意。部屋の種類によっては部屋にデスクがなく、また、ワークスペースもアルコールを提供していたりしてそうなると騒がしい。デスクのない部屋は昼間仕事をして、夜は寝るだけ、という出張には向くのだろう。
ちなみに、デスクが広めの部屋もあるので、それならまあ、仕事にはなる。なので私はデスク付きの部屋を取るようにしている。
まあ、そもそもワーケーションと言っても儲かるわけではないので、旅行支援が終わり、定価になったらちょっと無理かな。とも思う。





名張のお菓子でおもてなし条例とYASHINBO

17日は名張出張でしたが、その際に名張市内のお菓子屋さんの名物を結集したパッケージ「YASNBO」を頂戴しました。なかなか楽しいセットです。
お伊勢参り中継地として栄えた名張市はお菓子のまちとして知られていますが、平成28年12月にはお菓子の産業振興のために「『食べてだあこ』名張のお菓子でおもてなし条例」が制定されました。「地元の日本酒で乾杯条例」など、地域の産業振興のための条例は各地にありますが、名張の条例はまちの特徴が出ていて楽しいですね。ちなみに、きっかけは県菓子工業組合名張支部が市と市議会に市内の菓子産業の振興を要望したことで、市議会の女性市議6人が中心になって条例を策定したとのこと。
地場産品や名物、名所などで産業振興を目指す条例は議員立法に向いているため、全国で制定が相次いでいるものの、「方言」を使用した条例はほとんどありません。
ちなみに、冒頭の「やしんぼ」は名張の言葉で「食いしん坊」のこと。名張の人々の地の言葉を大切にする感性が伝わってくるではありませんか。

セットのお菓子のひとつをいただきましたが、意外にも今風の洋のテイストが入ったハイカラな逸品でした。
地域福祉の先進地として厚労関係に知れ渡る名張ですが、「YASINBO」もまた、地域の方々の知恵が詰まった楽しい取り組みとして、エンジョイさせていただいたところです。ごちそうさまでした。







限界集落で朽ちる文化財

文化財が朽ちている。首都圏や京都奈良にいると全く感じないが、地方の文化財は確実に朽ちている。江戸時代や明治時代に名人が彫った寺院や神社の彫刻の数々が虫に食われ、腐食し、どんどん失われているのを日々感じている。
東日本の神社はシンプルかつ直線的な建物が多いが、中四国地方では名人作の彫刻が随所にある。それらは一度失われるともう、復活は無理だろう。
そして、従来は地域の方々の寄進で維持されていかであろうこの種の建物だが、地域が限界集落化すると、もはやそれらを守る術はない。
私が行政にいたときには、市内の富士塚の傷みが問題になっていた。いわゆる「宗教絡み」ということで、文化財指定して手当てをする、という算段が教育委員会で進んでいるはずだ。
ただ、難しいのは小さな自治体に多数の宗教絡みの文化財があるケース。本来、神社を宗教として意識する機会はさほどないはずだが、行政的には宗教として慎重に扱わざるを得ず、文化財として神社の建物の修繕のお手伝いをするのは容易ではない。
仮に文化財指定して管理するにしても手間も予算も膨大である。
例えばとりあえず立体スキャンしてデータ化するなどの手法も考えられるだろうが、今のところほぼ、無策である。
かくして地方の限界集落のお堂の彫刻は急速に朽ちている。

写真は徳島県内のお堂。











あの神山町に(少しだけ)行って来た

奇跡の町、なんてことも言われる徳島県神山町。
地方創生のお手本として今さらを紹介するのもややこっぱずかしいぐらい有名な町である。
この、超有名なまちを1度は訪問してみたいと思いつつ、なかなか実現できなかった。神山は和光市からも遠いし、今仕事の拠点にしている広島からも遠い。
また、神山は、すでに様々な媒体や論文で紹介されているため、取材に行く、と言うのも、意外にハードルが高い。ところが、である。
別件の論文執筆準備のために徳島、愛媛に出張することとなった。本題については後日、論文と言う形でご紹介できると思うので、それは省く。
いずれにしてもこの絶好のチャンスを逃すわけにはいかない、ということで同僚の竹下智教授とともにごくごく短時間ではあるが、神山の空気を吸ってみることにした。
なんとなくとても山奥の山裾にあるまちと言うイメージがあったが意外にも、徳島市内などからアクセスがそんなに不便ではなかった。また、確かに山あいにはあるが谷がわりと開けており、その雰囲気は明るい。
訪れたのは、この1年、仕事で大変お世話になった人材育成コンサルタントで自分史制作コンサルタントでもある松坂智美さんがオフィスを構える、神山バレーサテライトオフィスコンプレックス。神山の奇跡の中心地の1つである。
このオフィスは、神山の躍進を牽引してきたNPO法人グリーンバレーが運営する、このまち唯一のコワーキングスペースである。
施設に入ってまず感じたのは、あたたかみのある薪ストーブの存在感である。普通のシェアオフィスにはないニオイというか独特の空気感が面白い。
もともとは工場だったと言うこの場所には、様々な企業や個人事業者が集まるほか、4月に開校する神山まるごと高専の設立準備室、3Dプリンター等を備える神山メイカースペースもある。
勝手に集落の中に、忽然とおしゃれな一角がある、と思っていたが、建物は周囲に溶け込んでいる。ここで働く松坂さんは、1年半ほど前までは東京にいた。今でも、仕事のかなりの部分は首都圏とつながっていると言う。
一方で、現在楽しく取り組んでいるのは、地域密着型の自分史に関わる仕事である。松坂さんは地域で活躍するさまざまなキーパーソンにもヒアリングを行い、神山の元気や活気の源泉を探っているという。
なんだかワクワクするような神山ライフの楽しさについてもいろいろ伺ったが、私もそれを聞いていてちょっと欲が出てきた。それは、神山のまだあまり紹介されていない側面を何らかの形でまとめてみたいというものだ。
ごく短時間の訪問だったので、私はまだ神山の魅力についてほとんど知らない。ただ1つ気づいたのは、これだけ有名でもてはやされている神山ではあるが、意外にその成功は等身大だと言うことだ。
神山では、地方創生界隈では知らない人はいない、神山塾と言う地域人材育成のプログラムを行っており、実は今募集中である。
いわゆる求職者支援制度を活用した地域滞在型の職業訓練である。失業保険の給付要件を満たす方で興味がある方はリンク先をご覧いただきたい。もしかしたら、人生を変える6月になるかもしれない。
一般の方にはワーケーションのスキームもある。
ちなみに、今話題の神山まるごと高専の合格発表もつい先日終わったばかり。なんと一般入試は9倍と言う高倍率だった。4月には、いよいよ第1期生が入学する。若い高専生たちが地域からどのような刺激を受け、地域に刺激を与えるか、考えただけでもワクワクする。