広島の献花は歴史的なシーン
大量殺人は基本的に離れたところから行われ、実際に人々が苦しんだり死んだりするシーンやその実感と殺人者には距離があります。人が死ぬ決断をすることはあっても、実際に実感を持って殺すことは決してない立場の人々には、あの展示で一人ひとりの死や破壊の現場の様子と向き合うことの意義は大きい。
いろいろ言う人はいるけれど、歴史的なシーンだと思う。
追記
主要7カ国(G7)首脳らは5月20日、広島平和記念資料館(原爆資料館)を訪れた際に芳名録に記帳するとともに、メッセージを記載しました。核保有国を含む首脳らが原爆資料館を訪問し、展示を見学した上で書かれたメッセージであることが重要です。中身が十分かどうかというと、意見は分かれるかもしれません。少なくとも、私はどなたのメッセージも踏み込み不足と感じました。ただ、一方で歴史的な瞬間であるのは事実です。
もとより、メッセージは事前に各国の立場で練られたものであろうことは明らかですが…。
なお、外務省が発表した本文と訳文は下記の通りです。
岸田文雄首相(日本)
歴史に残るG7サミットの機会に議長として各国首脳と共に「核兵器のない世界」をめざすためにここに集う。
マクロン大統領(フランス)
感情と共感の念をもって広島で犠牲となった方々を追悼する責務に貢献し、平和のために行動することだけが、私たちに課せられた使命です。
Avec émotion et compassion, il nous appartient de contribuer au devoir de mémoire des victimes d'Hiroshima et d'agir en faveur de la paix, seul combat qui mérite d'être mené.
バイデン大統領(米国)
この資料館で語られる物語が、平和な未来を築くことへの私たち全員の義務を思い出させてくれますように。世界から核兵器を最終的に、そして、永久になくせる日に向けて、共に進んでいきましょう。信念を貫きましょう!
May the stories of this Museum remind us all of our obligations to build a future of peace. Together-let us continue to make progress toward the day when we can finally and forever rid the world of nuclear weapons. Keep the faith!
トルドー首相(カナダ)
多数の犠牲になった命、被爆者の声にならない悲嘆、広島と長崎の人々の計り知れない苦悩に、カナダは厳粛なる弔慰と敬意を表します。貴方(あなた)の体験は我々の心に永遠に刻まれることでしょう。
Canada pays solemn tribute to the many lives lost, the unspeakable grief of the Hibakusha, and the immense suffering of the people of Hiroshima and Nagasaki. Votre histoire restera à jamais gravée dans notre conscience collective.
ショルツ首相(ドイツ)
この場所は、想像を絶する苦しみを思い起こさせる。私たちは今日ここでパートナーたちとともに、この上なく強い決意で平和と自由を守っていくとの約束を新たにする。核の戦争は決して再び繰り返されてはならない。
Dieser Ort erinnert an unfassbares Leid. Heute erneuern wir hier gemeinsam mit unseren Partnern das Versprechen, Frieden und Freiheit mit aller Entschlossenheit zu schützen. Ein nuklearer Krieg darf nie wieder geführt werden.
メローニ首相(イタリア)
本日、少し立ち止まり、祈りを捧(ささ)げましょう。本日、闇が凌駕(りょうが)するものは何もないということを覚えておきましょう。本日、過去を思い起こして、希望に満ちた未来を共に描きましょう。
Oggi ci fermiamo e restiamo in preghiera. Oggi ricordiamo che l'oscurità non ha avuto la meglio. Oggi ricordiamo il passato per costruire, insieme, un futuro di speranza.
スナク首相(英国)
シェイクスピアは、「悲しみを言葉に出せ」と説いている。しかし、原爆の閃光(せんこう)に照らされ、言葉は通じない。広島と長崎の人々の恐怖と苦しみは、どんな言葉を用いても言い表すことができない。しかし、私たちが、心と魂を込めて言えることは、繰り返さないということだ。
Shakespeare tells us to "give sorrow words". Yet language fails in the light of the bomb's flash. No words can describe the horror and suffering of the people of Hiroshima and Nagasaki. But what we can say, with all our hearts, and all our souls, is no more.
ミシェルEU大統領
80年近く前、この地は大いなる悲劇に見舞われました。このことは、われわれG7が実際何を守ろうとしているのか、なぜそれを守りたいのか、改めて思い起こさせます。それは、平和と自由。なぜならば、それらは人類が最も渇望するものだからです。
An immense tragedy took place here almost 80 years ago. It reminds us what we -as G7- are defending. And why we are defending it. Peace and freedom. Because it's what all human beings want most.
フォンデアライエン欧州委員長
広島で起きたことは、今なお人類を苦しめています。これは戦争がもたらす重い代償と、平和を守り堅持するというわれわれの終わりなき義務をはっきりと思い起こさせるものです。
What happened in Hiroshima is still today haunting humanity. It is a stark reminder of the terrible cost of war - and our everlasting duty to protect and preserve peace.
(NHKのツイッター動画よりキャプチャー)
統一地方選を国政政党目線で総括すると…国政妄想大会
私の持論(地方のことは地方が地域の論理で決めるべき。国政政党はあくまでも地方選の選択肢の一つ)とは異なるけれど、統一地方選を国政政党目線で総括してみた。

出所 朝日新聞選挙サイト(統一地方選特集)より、3つの画像を並べて作成。なので、著作権者は朝日新聞
1.統一地方選の朝日新聞集計サイトのデータを並べてみた~立憲はむしろ勝っているのに蓮〇さん、もしや数字が読めないの?
見やすいように、統一地方選の朝日新聞集計サイトのデータを並べてみた。国政政党の地方での浸透度を見るには、この3つを並べてみるのが分かりやすい。
自民立憲国民は公認を取らないケースも往々にしてあるので、この数字だけで見るわけにはいかないけれど、立憲は今回特別に地方選に注力したわけではないのに、全体的に当選者が増えている。これで、なぜ地方選の勝利宣言をして挙党一致で国政選挙に臨まないのか謎。地方選など眼中にないか、主導権争いが優先なのか、どちらか。
国政選挙は競り負けたり、単純な選挙区事情なので、執行部を引きずり下ろすような話ではない。どちらにせよ蓮舫氏らが内紛を仕掛けるのをやめない場合に当事者を追い出せるか否かが中長期的に見た立憲の最重要課題だろう。
2.維新は依然、都市型
維新は野党第一党を目指して、着実に地方選で議席を伸ばした。ただ、地方部では立憲の方が圧倒的に強く、維新は数字で明らかなように、今のところ、都市型の政党と言える。
何より、維新は在阪放送局をうまく取り込んだので、その電波が届く範囲にはめっぽう強い。このデータでは見えないが、都道府県別のデータを見ると、それが明確に現れる。
3.組織政党は組織の高齢化が課題
共産はだいたい2割減。何よりも組織の高齢化が響いている。その上で、浮動票がほぼ入らなくなってきているのが致命的。
公明は横ばい。練馬の変が話題になったものの、あれは当選ラインを読み違えたというもの。
ちなみに、自民は国内の労組&一部の宗教組織以外のほぼあらゆる組織を「政治連盟」とか屁理屈を言いながら実質的に傘下に収める「日本の体制そのもの」と言ってもいい組織政党なので、組織の高齢化には長年悩んでいる。
社民とれいわはマーケット的に競合するが、れいわに食われたというより、依存する組織の退潮や人材不足が響いている。
4.フリーの全共闘世代を奪い合う参政、れいわ
参政とれいわは、マーケット的に所得の平均値を挟んで線対照的な関係だが、参政の方が全共闘世代の無党派を取り込んでいるイメージ。あくまでも街頭演説の動画を見た上でのイメージ。組織外の全共闘世代はオルタナティブを好む傾向があるので、参政、れいわはそれにうまく反応している。
5.マーケット的に誰がやってもうまく行かない国民。そして労組の選挙動員力の低下
国民は維新と被りが大きく、割りを食った。マーケット的には非常にしんどいところ(レッドオーシャン)にいるので、誰がやっても打開策は全くない中で、玉木さんのパーソナリティで踏ん張っている。
労組系の政党は、労組の派閥争いの影響が大きいが、労組の組織率だけでは読み取れない、労組の選挙動員力の低下と組織の高齢化が痛くて、国内の労組以外のほとんどの組織を実質的に束ねる自民には対抗し得ないのが実態。
自民に対抗するには、浮動票が取れる維新の方が強く、野党第一党は維新になる可能性が高まっている。
6.今後の展開は、立憲の内紛をしり目に、西を中心に都市部では維新が自民に肉薄
まあ、個人の感想ですけど、この三つの表を比較すると、当面の国政政党のバトルは、立憲vs維新の野党第一党争いが中心になるべきところ、立憲が内紛で多忙なので、今のところそうはなりえないのがおもしろいところ。傘下組織の高齢化でじり貧の自民と維新がこれから本格的に全国の都市部で競合する。もとより、あっさり挑戦を跳ね返された名古屋の例でわかるように、大阪の再現は容易ではないが、第1世代が組織から去り、第二世代維新がうまくイメージを改善して無党派のうち真ん中から右側をごっそり取れば、少なくとも立憲をあっさり抜き去ると思われる。
立憲が内紛を克服できるなら、維新とのバトルは長くなるけれど、その際、維新側の鍵は第一世代が必要以上に介入しないことに尽きる。奈良県知事選の公認事件のようなことがまたあると、イメージは下がる。橋下氏が「公認ということは維新スピリッツは承知しているということだ」とか言い放って、あっさり山下氏を受け入れてウイングの広さを見せつければよかったのだ。
え、都民ファースト?まだいたの?となりそうだけれど、都民ファーストはどちらかというと地域政党としての命脈はあるので、これは別途地域政党として論評すべき勢力なのかな、と思います。あくまでも国政政党の今後を考える妄想大会なので、地域政党については今回は議論しません。また後日。
ようやく村田清風記念館へ
本当に長い間、行きたいと思いつつ、遠くて行けなかった山口県長門市の村田清風記念館を訪問する機会を得た。
私が敬愛する江戸期の先人のひとりである。
村田清風は、5代にわたる長州藩主に断続的に仕え、長州藩の財政改革と軍備再編を行い、維新回天以前に藩の基盤を強化した、長州藩士である。
14歳で藩校である明倫館に入学すると、当初は片道20キロを徒歩で通った(その後、能力を認められ入寮)。
清風は、藩主に登用されては厳しい緊縮財政策を推進し、反発する勢力にそれを妨害されて志半ばで藩政の場を去ること4回。
その後、藩主毛利敬親の信任を得て藩政改革を主導し、藩士の商人からの借金のある種の棒引き策を推進しつつ、防長三白(米、塩、紙)の生産増を推進するとともに特産物である蝋の専売制穂廃止、商人による自由な取引を許した。その代わり、商人に対しては運上銀を課税した。結果的に蝋の生産は増え、防長四白と呼ばれるまでになった。さらに、下関という交通の要衝に越荷方を設置した。これは藩が下関で運営する金融兼倉庫業である。その際には今でいう民間活力を活用し、豪商の白石正一郎や中野半左衛門らを登用した。
清風が偉いのは金の使い方まで考えていた点であり、越荷方による儲けは藩の軍制改革にも充てられた。近代的な鉄砲を中心とした戦術への改革や、天保4年(1843年)の阿武郡羽賀台での軍事演習もよく知られている。
また、吉田松陰との交流も有名であり、松陰は清風を師と仰いだという。ちなみに、清風は捉えられた松陰を救おうとしたがこれは成功しなかったという。
なお、清風は若い頃、江戸で塙保己一から兵法や海防策を学んだというから埼玉にも縁がないとも言えない。
清風は、知名度的には長州の有名人という位置づけに止まるが、(その是非は別として)維新回天は清風なしにはあり得なかった、という大変重要な人物である。薩摩でいえば調所広郷の立ち位置に相当する。
彼の愛した素朴な屋敷は現在も記念館の隣に保存されており、今にも清風が現れそうな雰囲気だが、その屋敷は屋根が傷み、特に雨漏りの様子が痛々しかった。
また、記念館は展示が今風に一新されており、マンガを交えて大変わかりやすい展示になっている。お子さんと訪問してもきっと楽しいはず。
初めての健康麻雀(笑)
和光市政で起きていたこと/起きていること(リンク追加)
ここ2年あまり行われている、統合型地域包括支援センターへの一部議員(実質一人)の中傷事案を中心として、和光市政で現在起きていることについて、公益の観点から背景を説明します。
このセンターがオープンしたのは平成30年5月1日です。
(先般逮捕された和光市元部長に、今でいう地域包括ケアの重層的支援体制整備を私が指示したのが平成29年の春から夏ごろのことでした。)
元部長が在職中に事業化は進みましたが、平成30年4月から元部長は教育委員会へ異動という人事を実施しました。これは、職員から元部長のパワハラを受けている、という申告があり、調査を行ったものの、具体的な事実関係の認定ができなかったためです。事実認定ができなかった理由は、被害を申告した職員が全員、具体的な証言を固辞したことによります。
訴訟リスクの観点から、いきなり懲戒処分とはせず、まず人事異動を行い、経過観察を行うことにしたものです(これを市議会の百条委員会は顧問弁護士に事実関係のヒアリングを行わないまま「パワハラを放置した」と断定しました。調査を十分に行わない非常識さに驚きました。放置などなかったのですが、被害を訴えた職員は、自分たちが一切リスクを負わずに、市の100%リスク負担で処理することを望んでいたために、上記の処理を不満に思ったようです。このような無責任体質が一部の職員にはあります)。
市の統合型センター担当はその後、平成31年4月に課長などの体制を一新しました。
同年(=令和元年)5月、課長ら担当者はセンター側に「統合型地域包括センターが機能をはたしていない」という指摘をしたそうです(市長としては、当時その指摘をした事実は当該職員当人からの報告もなく不知)。
また、後(令和3年5月ヒアリングで保健師が説明。このヒアリング以前はこの説明は不知)に担当保健師からは統合型センターの法人側の書類の不備などが多く非常に迷惑していた、という説明がありました。なお、このヒアリングを当該保健師はパワハラであると議会に説明したが、当該保健師に後で述べる職務命令違反事案とその後の問題に関して実施したものです。
6月7日にはセンター側から「統合型の継続は困難」との意思表明があったそうです(市長にはしばらく報告されず)。
6月14日には元部長が逮捕されました。
この後、統合型センターの市の担当管理職・担当者から、統合型センターはうまく行っておらず、撤退したがっている、という説明が私にありました(夏ごろだったとは記憶しています)。元部長の逮捕で市としては混迷を極めていた時期です。
7月には運営法人から書面で撤退の意思表明が行われました。この頃から、センターの運営法人は市の担当者の事業への理解のなさを踏まえて事業継続は困難と考え、統合型を引き継ぎうる法人を探す作業を行ったものの、適切な法人が見つからなかった、と後に法人側から知らされました。
12月には、運営法人から撤退の意思表明が撤回されました(職員から私へは撤退撤回の意思表明があったとの報告なし)。
令和2年1月、統合型センターの高齢者事案のケアプラン作成件数が他地区と比較して少なく、ケアプランの改善率が悪い、という市の担当課長の指摘があり、センターの職員を名指ししてセンター長の人事に具体的に介入する発言をした、と法人側は指摘しています。
一方で、私にはこの点の報告は職員からはありませんでした。
2月20日、私には無断で市の担当職員が統合型センターの終了に関する打診を法人側にしました。具体的には高齢部門、生活困窮部門を切り離し、別の法人に委ねたい、というものです。
その後、私には「統合型の運営法人が撤退するので、あとの体制を考えている。統合型センターは連携型の運営に移行して重層支援に取り組みたい」という説明がありました。
私としては運営できないものは仕方がないので、事業としてはいわゆる先祖返りだが、仕方がないだろう、と考え、その説明を追認しました。
この時点で、私は法人の撤退の意思は自発的なものであり、その意思は固いと受け止めていました。当時、当該職員は「運営法人は統合型の運営がうまく行かず撤退したがっている。施設は市(役所)に寄付して撤退する」と私に報告していました。
また、この間、統合型地域包括支援センターは重要政策であることから、私は現地視察をしたいと何度もリクエストしましたが、担当は言を左右にして日程調整を行わず、結果的に一度も視察は実現しませんでした。
4月1日付の市の定例人事異動内示(3月の議会終了後)の後に、統合型の運営法人の理事長が市役所に来所された際に市長室に立ち寄り、市長(私)と面会し、統合型の運営状況(苦戦しているも、成果が出ていないわけではないこと、私が受けている報告は現場の実態を反映していない、ということ)と職員による追い出し工作について知らされました。
この事実関係を踏まえて、統合型の運営法人が市に施設を寄付して撤退、という状況になった場合、統合型の運営法人からの訴訟リスク(市職員による不当な行為に関するもの)が当然のことながら発生すること、また、勝手に行われた理不尽な追い出し工作に結果的に加担することになる、ということを踏まえ、対応を検討しました。
事実関係を知っていない状況であれば、そのまま運営法人の移管を行うことになったと思われますが、事の真相を知ってしまった以上、職員の職責を無視した行為を是認し、不当な事業者への行為に加担するわけにはいかず、運営法人の移管は中止するとともに、当該職員を一般的な人事異動内示期の後ではあるが、やむなく異動させることにしました。
その後、同年の6月定例会で市役所職員出身の富沢勝広議員がこの人事異動を指して、市長はパワハラをしていると言われても仕方がない、という趣旨の一般質問を行いました(議事録に載っています)。富沢勝広議員が職員に言われて質問を行ったのか、あるいは自らの意思で質問を行ったのかは不明です。
その後、出所は不明ですが、元部長が起こした事件の関連情報が市内部の調査に報告されるのではなく富沢勝広議員の知るところとなり、富沢勝広議員が、私たち執行部が事実関係を知る前に市議会の一般質問で追及する、ということが同じ6月議会で行われました。
また、安保議員は、統合型は成果が出ておらず、統合型センターの失策でこれまで助かった人が助からなくなっている(人が死んでいる)、という趣旨の一般質問を同じ6月定例会で行いました(議事録に載っています)。
統合型の運営法人は、死者の件はこの法人の関与前のことである、という認識であり、この一般質問を侮辱行為あるいは名誉棄損行為である、と問題視し、抗議文を作成しました(詳細は運営法人ウェブサイト参照)。
抗議文が市役所に迷惑をかけぬように、法人側はある職員に念のため送付し、その職員は市として表現をやわらかいものにする提案を行い、念のため担当部長に共有しました。
経緯は不明ですが、ある職員が(何らかのタイミングで)部長のいない隙に、部長の机上を漁り、ファイルしてあった上記の書類(表現を柔らかくする提案)を発見しコピー、安保議員にコピーを手渡しました。
安保議員は不正に入手されたそのコピーを持って市長室に乗り込んできました。そして、市職員が安保批判をやらせている、という趣旨の抗議を行いました。
実際には市職員がやらせているのではなく、法人として安保議員の的外れな批判に抗議を行う意図のものでした。これは運営法人のウェブサイトをご覧いただければ多くの方にはご理解いただけるはずです。
では、なぜ安保議員は、運営法人に取材してことの事実を公平に把握する、という基本的な行為を怠ったのでしょうか。その理由は私にはわかりません。
その後も、安保議員と統合型地域包括支援センター運営法人とのコミュニケーションはなく、安保議員は市議会で批判的な発言を繰り返しました。なぜ、安保議員は一方的な話だけをうのみにして、双方にヒアリングを行うなどの常識的な調査を怠るのかは不明です。議員の行為としては大変軽率かつ不当です。
また、公平なヒアリングを行わない安保議員がその後、市議会の百条委員会の委員長として元部長の事件の調査を行ったことも特筆すべきことです。
ちなみに、百条委員会は市の内部調査を担当し市の動きを逐一把握している立場にある市の顧問弁護士へのヒアリングすら行っていません(内部調査以前から、市として顧問弁護士に法律相談)。ましてや、関連事件が行われた時期に元部長が在籍していた厚生労働省への問い合わせも行っていませんし、警察にも問い合わせをしていません。要するにまともな調査すら行っていないのが百条委員会であり、一方的な調査の結果が委員会の報告書です。
この事実は市民の皆様に知っていただきたいところです。
百条委員会が始まった後も、安保議員は市議会一般質問で、市職員が盗み出した書類を踏まえて、市職員が安保議員批判を法人にやらせている、という趣旨の「批判」を展開しました。
なお、この批判は私の退任後も続いています。
さて、冒頭に申し上げた、この自ら職務を適切に行わないだけでなく、上司に適切な報告を怠った職員の人事異動はパワハラではなく、必要な事務です。
業務上の契約の相手方に迷惑をかけないために必要な行為です。
また、当然のことながら、この職員は人事異動で反省するものと考えていました。
しかしながら、その逆で今もこの職員は市政を混乱させています。そもそも、職員の政治行為は禁止されていますので、当該職員の行為は違法行為あるいは少なくともグレーゾーンであると言えます。
また、その職員となんらかの関係を結び、職員の政治行為や書類の窃盗行為を容認するばかりでなく、それを利用して運営法人や私への攻撃を続けている安保議員の姿勢に当初は驚くばかりでしたが、市政の正常化のためには問題の本質を市民の皆様につまびらかにする必要があると考えるに至りました。
また、統合型地域包括支援センターは、実務を逮捕された元部長が担当しましたが、その事実とは関係なく、これからの超高齢社会においては非常に重要な政策であると考えています。現在、市議会では、安保議員とせいぜいもう一人の議員が統合型地域包括支援センターを批判しています。しかし、継続的にごく一部ではあっても、議員が適切な理由なく徹底的に攻撃をするということによる、センター職員への精神的な被害は計り知れません。
併せて、必要な人事上の措置をあたかもパワハラであるように一般質問で発言した富沢勝広議員の行為は不見識です。
今回の一連の事件に関する論点整理を公表した背景にあるのは、これまでの捻じ曲げられてきた議論では明らかにならなかった事実を明確にすることが公益に資するためです。
また、この一連の職員の行為について、明らかにすることにより、再発防止の一助となることも申し添えます。
市民各位のご理解をお願い申し上げます。
*お詫び 下記の部分について記憶違いの部分がありました。「2月17日に、それまでに職員から受けていた範囲の報告を踏まえた決裁文書の内容で決裁した。それを踏まえて職員が2月20日に法人側に打診した」と読み替えていただきたく存じます。お詫びして訂正します。
「一方で、私にはこの点の報告は職員からはありませんでした。
2月20日、私には無断で市の担当職員が統合型センターの終了に関する打診を法人側にしました。具体的には高齢部門、生活困窮部門を切り離し、別の法人に委ねたい、というものです。
その後、私には「統合型の運営法人が撤退するので、あとの体制を考えている。統合型センターは連携型の運営に移行して重層支援に取り組みたい」という説明がありました。
私としては運営できないものは仕方がないので、事業としてはいわゆる先祖返りだが、仕方がないだろう、と考え、その説明を追認しました。」
**資料として、当該社会福祉法人から令和2年に市議会に提出された抗議文をリンクします。







