前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト

前和光市長の松本武洋です。
和光市政での経験を活かして、地方創生や地方自治の研究や教育を通じて世の中のお役に立つべく、教員として地方の現場を歩いています。
市政の現場は離れましたが、和光市を全力応援しています。

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「投票したい候補者がいないから棄権する」という人、フレーミングをどうぞ

「投票したい候補者がいないから棄権する」という人は、実は最悪の事態を防ぐ行動をしていない。つまり、「投票したい人がいない」と思ったら、そのときこそ鼻をつまんで、ではなく、思考を変えて投票すべきだ、ということを発想の転換のツールを使いながら一緒に軽く考えてみましょう。
「誰も支持できない」「まともな候補がいない」
そういう気持ちで選挙を棄権する人は少なくありません。元候補者としても身につまされます。実際の調査を見ても、「適当な候補者・政党がいなかった」「投票したい党・人がいない」が棄権理由のトップクラスに入ります。
でも、ここでちょっと考えてみてください。
「投票したい人がいない」=「誰が勝っても同じ」ではありません。
むしろ、 あなたが本当に「最悪だ」と思う候補・勢力が勝つ可能性が高いときにこそ、「マシな方」に票を入れる(戦略的投票)ことが、最悪の事態を少しでも防ぐ現実的な手段になります。
「本命がいないから棄権」するのは、自分の倫理的一貫性(「嫌いな人に票を入れたくない」)を守るための選択です。
でもそれは同時に、自分がより嫌いな勢力が勝つ確率を高めてしまう選択でもあることが重要です。
これは「感情的・表現的棄権」の典型。
「私は手を汚したくない」「関わりたくない」という心理的逃げ道を選んでいるだけで、結果として、後悔の重さは「投票しなかったせいで最悪の結果になった」方が大きいこともあります。
実際、後でこう言いたくなるようなケースも多い。
「嫌いなAよりマシなBに投票しておけばよかった…」
「棄権したなきゃよかったかも…」
「投票したい人がいない」と思ったからこそ視点を変えてみる。
「一番いやな選択肢にしないために、誰にでもいいから『マシな方』に1票入れる」
これで十分です。
あなたの票は「完璧な理想」を選ぶものかもしれないが、実は最悪を少しでも遠ざけるためのツールという見方もできます。
そして、棄権は「何もしない」ことじゃない。 最悪を許容する積極的な選択という見方ができます。
こういう発想の転換をフレーミングと言います。
選挙で「誰も支持できない」と思ったとき、 このを思い出してみてください。
「投票したい人がいないからこそ、最悪を防ぐために投票する」
それが、感情に流されず、現実を少しでもマシにするライフハックの一歩です。



画像のグラフは「平成 26 年 12 月執行衆議院議員選挙に関する世論調査の概要について」(都選管)

東京中心の言論ばかりがまかり通るのはなぜ~たとえばNHKこそ地方移転したら?

東京に住む国政政治家たちが国政の政策を競い、東京中心のマスコミがそれを批評する。
地方の疲弊や苦難は置き去りになる。
なんで司会者たちは討論でその点に重点的に触れさせる番組構成をしないのか、それは司会者も東京の生活しか知らないから。
広島時代、雲南市の湯村温泉が好きで、調査がてらよく行った。竹下登元総理が代用教員を務めていた掛合という山深い地域にも行ったことがある。冬の掛合は雪も深いし寒い。ああ、こういう地域の暮らしから「ふるさと創生」という発想が出たんだな、と勝手に合点した。もちろん、そこに膨大な距離の無料の自動車専用道路があったり、都会の目線から見ると、いろいろ考えさせられるお金の使い方をしている、とは思う。しかし、それが地域の生活を支えているのも事実なのである。
今、国会議員も二代目三代目が当たり前で、その生活の拠点は多くの場合東京にある。
そりゃ地方は置き去りになるわけである。
円安で農業の資材やガソリンは値上がりし、公共事業も諸掛りの値上げで以前のようにはできない。
いっそのこと、NHKは本部を岡山市、広島市以外の中国地方にでも移したらどうか。電波なんかどこから出ても同じなんだから。

湯村温泉の夜。冬場は雪に閉ざされることも。

高市さんの為替相場観がトンチンカンな理由

ボートマッチを使い分けよう

ボートマッチ(votematch)のvoteは投票、matchは調和する、の意。有権者が、自分と各政党の考え方がどれだけ一致しているかを測定することのできるサービス。インターネット上でアンケートに回答すると、自分の考え方に近い政党を知ることができる。
出典 小学館デジタル大辞泉

我が国において、ボートマッチはメディア各社が読者サービスとして展開している。

似たようなものと思いがちだが、実は各社が独自の方法で実施しており、その設計も大きく異なる。

2026総選挙で各社が用意したボートマッチを簡易的に分析してみた。

 

1. 共同通信
「政治入門のための簡易クイズ」。政党内の最多回答(最頻値)とユーザー答えの完全一致のみで判定する「完全一致方式」を採用。専門家の協力は質問内容の監修が主で、最もシンプルで直感的だが、政治の多様性やニュアンスはほぼ捨象された「ザル設計」。
2. 朝日新聞「データ重視の議論素材提供ツール」。独自候補者アンケートを基に「距離」モデルで一致度を算出。多大学からなる大規模監修チームが関与し、豊富なデータと網羅性が強みだが、方法論は比較的簡便で「方向性」の考慮は限定的という「荒っぽさ」も残る。
3. 読売新聞
比較的「高精度な意思決定支援ツール」。計量政治学の第一人者・日野愛郎教授が単独監修。「距離」に「方向性」を加味した精緻なアルゴリズムと、ユーザーが重要争点を選べるカスタマイズ機能を持ち、方法論的に最も手堅く精密な設計。
4.日本経済新聞(VETA社協力)
「トレードオフを測る次世代型ツール」。従来の一問一答形式を捨て、「コンジョイント分析」という新手法を導入。仮想政党間の選択を繰り返すことで政策の優先順位を測定し、現実の投票判断に近い総合選好を引き出す、革新的だが回答負荷が高い設計。


これらのボートマッチは、「入門」「データ提供」「精密測定」「次世代シミュレーション」 という4つの異なる目的と哲学に基づいて設計されている。ユーザーは自分の知りたいことや関心の深さに応じて使い分けることができ、複数を比較することでより多角的な政治的視点が得られる。
一方で、欧米のボートマッチ(Vote Advice Applications: VAAs)は、日本よりも歴史が長く、学術的研究と実践が緊密に連携しているのが最大の特徴。日本の状況としては、「透明性・説明責任」へのコミットメントが課題。欧米の主要VAAsは、日本以上に 「どのように作ったか」の開示 に力を入れている。例として、「ホワイトペーパー」の公開、つまり、質問の選択理由、尺度の構成方法、政党位置の算出方法、統計モデルなどを詳細に記した技術文書を公開することが標準的である。また、監修者リストだけでなく、「方法論」そのものが前面に出ている。日本の議論が「どの先生が監修したか」に注目しがちなのに対し、欧米では 「我々はこの政治理論に基づき、この統計手法を用いた」 という方法論自体の説明が信頼性の根幹となっている。

いずれの結果も、あくまで自動計算された「指標」 に過ぎない。理想的な使い方としては、表示された一致度の数字そのものではなく、「なぜ自分はこの政策に賛成(or反対)なのか」「不一致と出た政党の主張の根拠は何か」 を自分で考え、調べ、最終的な判断を自分自身で行うことである。
ボートマッチは、有権者にとって便利な「答え合わせ」の道具ではなく、政治について、そして、自分自身の考えについて、より深く考察するための強力な「問いかけ」のツールとして活用すれば、見えなかったものが見えてくるかもしれない。

 

AI時代、ジャパンファンドの論理矛盾は10分で中学生でも論破できる

ジャパンファンドについては、前提として、外為特会の米国債中心の運用は「為替介入」という政策目的に適した選択。流動性と安全性が最優先であり、リスクを取って利回りを上げることが目的ではない。日銀ETFは、「株価下支え」という金融政策の手段。分散投資ではなく、意図的に日本株に集中。資産運用の効率性が目的ではない、という話がある。

もしそのような役割を維持しつつなお、本当に2%も改善余地があるなら、財務省は何をしていたのか、日銀の金融市場局は無能なのか、会計検査院は何も指摘しなかったのか、数百兆円規模で年2%の損失を垂れ流していたのか、という議論が出てくる。

これはAIを援用すれば中学生でもわかる時代なのである。

推進派は、以下の3つを同時に主張。① 既存の運用は不十分で、2%も改善余地がある 、② 各ファンドの本来の政策目的(為替介入、金融政策)は維持する 、③ 財務省・日銀・会計検査院の職務遂行は適切である、というもの。しかし、この3つは論理的には不可能なんだよね。これをトリレンマという。

なぜなら、①と②が正しければ → ③は間違い(重大な職務怠慢あり)、②と③が正しければ → ①は間違い(改善余地などない)、①と③が正しければ → ②は間違い(政策目的を犠牲にする)、となり、どの2つを選んでも、残り1つが否定されてしまう。従来なら、いさ氏の説明で通ってしまうだろうが…。

AIの時代とは、政治家が正直でなければならない時代でもある。数の力や強弁で論理を捻じ曲げても、中学生が使うAIに論理的矛盾を簡単に指摘されてしまう。できもしないジャパンファンドを主張するのは恥ずかしいからやめた方がいい。
もちろん、運良く実現することはないとは限らないが、再現性はない。

今まではごまかせたことがごまかせない時代である。ガアガアいって、多数の力や集票力の力で事実を捻じ曲げても、誰もがAIで論理矛盾を突いてくる。

ちなみに、上記のような内容を以前なら、何時間かかけて書いたところだが、いまとなっては、ものの10分*である。

 

*AIと対話しながら、もちろんファクトチェックをしつつ、ちゃちゃっとまとめたものです。中学生でもやれます。

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