前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト

前和光市長の松本武洋です。
和光市政での経験を活かして、地方創生や地方自治の研究や教育を通じて世の中のお役に立つべく、教員として地方の現場を歩いています。
市政の現場は離れましたが、和光市を全力応援しています。

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あれから15回目の3月11日ですね

あれから15年になろうとする2月中旬、相馬市内を少しだけ訪問してきました。

訪問先は相馬市の沿岸エリアにある「みなとオアシスそうま港」と駅周辺です。

みなとオアシスそうま港は、「相馬港周辺に位置し、東日本大震災からの復興拠点として、震災経験の伝承や防災意識の向上、さらにはイベント開催を通した交流人口の拡大が期待されています」とのこと*。

福島県の沖合は寒流と暖流が交わる豊かな漁場として知られ、獲れる魚介類は「常磐もの」と呼ばれ、築地市場でも高値で取引されていました。

東日本大震災にともなう福島第一原子力発電所の事故後は試験操業が行われ、10年が経過した2021年3月31日にようやく試験操業が終了したとのことです。

今回訪問した「相馬復興市民市場(浜の駅松川浦)」は、相馬市と相馬市の漁業関連企業などが手を組み、第三セクターとして相馬市民市場株式会社を設立し、2020年10月に、復興事業のシンボルとして、オープンしました。私も市長時代にお世話になった立谷秀淸前相馬市長(全国市長会前会長)が取り組まれた政策の一つです。相馬市内の産品と新鮮な魚介類がそろい、地元のみならず県外ナンバーの車もたくさん来ていました。

ちなみに、浜の駅には昼過ぎに到着しましたが、食事処は長蛇の列で、弁当もすべて売り切れ。恐るべき人気です。

さすがに食事抜きはきついので、駅近くのお寿司屋さんでランチを食べてきました。

この施設のほか、原釜尾浜防災緑地を少し散策してきました。

何より驚いたのは、浜野駅松川浦の賑わいです。私も最近は福島産の魚介類を積極的に食べていますが、多くの人々が食べて応援の段階を越えて、純粋に楽しみに来ているのが印象的でした。

たまたまお目にかかった地元の方と少し話をしてきました。

復興の特需の時にたくさんの単身用を中心としたアパートが建てられたものの、復興需要が終わり、市内の不動産は空き部屋が目立っているようで、当時投資した地主さんには資金繰りが詰まり、安値で売り出している方もおられるようです。

この方が不動産事業に関係している方だったために、このような話でしたが、復興が少しずつ進むなかではいろいろと課題が出てくるものですね。

一方で復興特需の頃にたくさんの他の地域の人々が入り込み、治安面で心配な事案があったそうですが、最近は極めて平和になりました、とのこと。

今回はほんのわずかの時間の滞在でしたが、遠からず、じっくりと東日本大震災のエリアを訪問したいところです。

結びに、被災地域の益々の復興をお祈り申し上げます。

 

*みなとオアシス公式ウェブサイトより

 

河津桜の物語、それはたった70年前の原木に始まった

ここのところ、河津桜ブームの松本です。

先日、本場である河津に続き、三浦半島(三崎口)の河津桜も見てきました。公園とかではなく、沿道に咲いているので、強烈な人の数と車でなかなかの混乱でしたが、地元も慣れていて、1回千円の臨時駐車場をやったり、交通整理の人も多くて、毎年のイベント感が強いですね。

ここの河津桜の歴史は意外に浅く、地元有志の方が「三浦海岸まちなみ事業協議会」を設立し、街路や線路沿いの土手に「河津桜」を植栽し始めたのは平成11年から。そして、平成14年から「桜まつり」を始めたとのこと。今では、三浦半島の春を告げる菜花とのコントラストが本当に美しい、季節のイベントになっています。

こちらは三浦の河津桜

 

さて、和光市です。市内には桜の時期には全市的に桜が見られ、とても楽しいです。市長の時には、和光樹林公園のあらたな桜の名所をということで新たに植樹を行いましたし、理研の桜も植えました。野木さんの時にできた桜坂公園もいい感じなんですが、河津桜を含む早咲きの桜の大きな名所は市内にはないんですよね(樹林公園の大島桜系は少し早い)。どこかの区画整理や街路樹の整備では、徹底的に河津桜などの早咲きの桜が満開になる地域を作ってもいいかもしれません。

あるいは老朽化した街路樹の代替としても考えられます。

ちなみに、河津桜の原木は、静岡県河津町田中の河津川で発見され、昭和30年に町内在住の方が川のほとりで芽吹いていた1mほどの野生の苗を偶然見付け、ご自宅の庭に移植したのが始まりとされています(河津の看板に書いてありました)。要するにたった70年前に1本の木から始まったのが河津桜まつりに繋がっている、というのが面白いところです。

そして、三崎口に至ってはたったの十数年ですから、やってみる価値はあるでしょう。

和光に限らず、神宮外苑も含め、街路樹の巨木化と老朽化は通行人への被害リスクなど問題が多いのですが、樹木を切ることには市民感情的に抵抗が大きいです。その際に、あらたな街路樹のビジョンを示して代替わりをする、というのがひとつの解決策になるのではないかというのが持論です。

その点、河津桜は中木で大きくなりすぎないことから、公共的な植樹にはソメイヨシノより向いていますし、寒い時期にピンクの花が満開になる姿は春への思いを高め、歓迎されるのではないかと思います。

三浦半島の三崎口周辺の河津桜もさほど歴史はないですが、大勢のお客さんでにぎわいます。桜の数は千本。無理な数ではありません。ちなみに、河津の川沿いの地域でもそれより少し少ないぐらいの規模感です。

花を見ながら、いろいろなことを妄想するのも楽しいものですね。

それと、これは思いつきなので、深く考ないで読んでくださいね。中木の早咲きの桜は河津桜である必要すらないですから。

ちなみに、河津桜の苗木はソメイヨシノよりはお高いですが、以前は県外不出だったとのことです。

和光市なら、という妄想ですが、「いいな」と思った人、地元でやってみてください。生きていたらいずれ見に行きますので。

 

本場の河津桜

新進党・民主党運動の終焉

2大政党制を目指した小選挙区比例代表並立制の産物である新進党・民主党運動が今回の選挙で明確に終わりを告げました。野党サイドはそういうリセット感を持って再編を図っていくことになろうかと思います。与党は世代交代は当面なく、野党には世代交代というチャンスが訪れているというのが野党の希望というか伸び代で、これをどう活かしていくか、というところに今後の焦点があります。野田さんが生き残ったのは野党としてはまずかったでしょうね。野田さんは自分の選挙については強すぎるが、野党再編では構造的にも不要な人物でしょう。小沢、岡田各氏などの落選は野党側にはグッドニュース。
そして、今回、最も明確になったのは、連合という大企業労組を中心とした組織が社会の不満を吸収する装置として、終わっている、というところかもしれません。一方で、立憲の候補は連合に頼らないと選挙の組み立て、いや、ポスターすら貼れない現状は変わらず。そういう意味で、野党サイドは第二新進党みたいな構造が一番可能性としてはあるが、これ、あまり受けないと思います。いずれにせよ、玉木国民民主の動きが一つの鍵になります。
与党側はというと、自民は構造が温存されたので、改革を期待するなら維新なんですが、与党内ではあまり重い位置にはいません。ということで、維新が仮に構造的な改革を頑張るにしても、高市さんがそれを自分ごと、いや、自民ごととして頑張らない限り、停滞は続く。うまくチーム高市が形成されていくことを期待するしかありません。そして、チームみらいが意外にいい位置にいる。彼らは与党をうまく動かせるでしょうか。
おそらく次の選挙はほぼ四年後ということになりますが、当面、期待を込めて高市さんを応援しましょう。

「投票したい候補者がいないから棄権する」という人、フレーミングをどうぞ

「投票したい候補者がいないから棄権する」という人は、実は最悪の事態を防ぐ行動をしていない。つまり、「投票したい人がいない」と思ったら、そのときこそ鼻をつまんで、ではなく、思考を変えて投票すべきだ、ということを発想の転換のツールを使いながら一緒に軽く考えてみましょう。
「誰も支持できない」「まともな候補がいない」
そういう気持ちで選挙を棄権する人は少なくありません。元候補者としても身につまされます。実際の調査を見ても、「適当な候補者・政党がいなかった」「投票したい党・人がいない」が棄権理由のトップクラスに入ります。
でも、ここでちょっと考えてみてください。
「投票したい人がいない」=「誰が勝っても同じ」ではありません。
むしろ、 あなたが本当に「最悪だ」と思う候補・勢力が勝つ可能性が高いときにこそ、「マシな方」に票を入れる(戦略的投票)ことが、最悪の事態を少しでも防ぐ現実的な手段になります。
「本命がいないから棄権」するのは、自分の倫理的一貫性(「嫌いな人に票を入れたくない」)を守るための選択です。
でもそれは同時に、自分がより嫌いな勢力が勝つ確率を高めてしまう選択でもあることが重要です。
これは「感情的・表現的棄権」の典型。
「私は手を汚したくない」「関わりたくない」という心理的逃げ道を選んでいるだけで、結果として、後悔の重さは「投票しなかったせいで最悪の結果になった」方が大きいこともあります。
実際、後でこう言いたくなるようなケースも多い。
「嫌いなAよりマシなBに投票しておけばよかった…」
「棄権したなきゃよかったかも…」
「投票したい人がいない」と思ったからこそ視点を変えてみる。
「一番いやな選択肢にしないために、誰にでもいいから『マシな方』に1票入れる」
これで十分です。
あなたの票は「完璧な理想」を選ぶものかもしれないが、実は最悪を少しでも遠ざけるためのツールという見方もできます。
そして、棄権は「何もしない」ことじゃない。 最悪を許容する積極的な選択という見方ができます。
こういう発想の転換をフレーミングと言います。
選挙で「誰も支持できない」と思ったとき、 このを思い出してみてください。
「投票したい人がいないからこそ、最悪を防ぐために投票する」
それが、感情に流されず、現実を少しでもマシにするライフハックの一歩です。



画像のグラフは「平成 26 年 12 月執行衆議院議員選挙に関する世論調査の概要について」(都選管)

東京中心の言論ばかりがまかり通るのはなぜ~たとえばNHKこそ地方移転したら?

東京に住む国政政治家たちが国政の政策を競い、東京中心のマスコミがそれを批評する。
地方の疲弊や苦難は置き去りになる。
なんで司会者たちは討論でその点に重点的に触れさせる番組構成をしないのか、それは司会者も東京の生活しか知らないから。
広島時代、雲南市の湯村温泉が好きで、調査がてらよく行った。竹下登元総理が代用教員を務めていた掛合という山深い地域にも行ったことがある。冬の掛合は雪も深いし寒い。ああ、こういう地域の暮らしから「ふるさと創生」という発想が出たんだな、と勝手に合点した。もちろん、そこに膨大な距離の無料の自動車専用道路があったり、都会の目線から見ると、いろいろ考えさせられるお金の使い方をしている、とは思う。しかし、それが地域の生活を支えているのも事実なのである。
今、国会議員も二代目三代目が当たり前で、その生活の拠点は多くの場合東京にある。
そりゃ地方は置き去りになるわけである。
円安で農業の資材やガソリンは値上がりし、公共事業も諸掛りの値上げで以前のようにはできない。
いっそのこと、NHKは本部を岡山市、広島市以外の中国地方にでも移したらどうか。電波なんかどこから出ても同じなんだから。

湯村温泉の夜。冬場は雪に閉ざされることも。

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