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takacciの「見た・観た・聴いた・読んだ」

音楽に関すること、観たこと、読んだことへの感想などを書いていきます。(文中敬称略) 2019年4月より別サイトで掲載していた写真の記事も同居させましたが、20年7月に元に戻しました。

本ブログの無断転載はお断り致します。

日時: 1月20日13:30開演

場所: タワーホール船堀

指揮: 小久保大輔

曲目: イーゴリ公序曲、シェエラザード、カリンニコフ交響曲第1

 

前半のステージにおける演奏は集中に欠けていたと思う。居眠りが出てしまい、それから目覚めて「さあ、これからちゃんと聴くぞ!」と思っても再びまどろんでしまう。如何にも型通りの表情付けと金管の「入り」の悪さによる眠気に違いない。シェエラザードはもともと好きになれない曲。それでも会場に向かったのは、前回の演奏会を聴いた印象が良かった、と記憶していたからだ。(前回の演奏会への感想はこちら) 

 

休憩後のカリンニコフはここ二か月内に別のアマオケで聴いたことがあり、民謡風の主題で始まる親しみやすい曲、との印象を持っていた。とは言ってもさほど主題の展開に深みがあったという印象は無くて、前半のような演奏が続いたらどうなることかと思った。しかし多くのアマオケを聴いてきた経験から、前プログラムは良くなくてもメインはがらっと変わって良くなることが多いと思っているので、期待もしつつ後半開始を待った。

 

そしてカリンニコフは大いに楽しんだ。良かった。前回ほかの楽団で聴いた時より曲全体を楽しめた。正直なところ、最後の曲でこのように良い体験ができるのなら私は満足だ。アンコールには次回7月に演奏するグラズノフのバレエ曲四季からの一曲が予告披露され、これも良い演奏だった。さすがグラズノフに入れ込んでいる楽団の演奏は気合の入り方が違う。

実話を映画化したと聞いた映画。

筋ジストロフィー症の主人公が医師・病院の方針に従わず自分の信ずる生き方を貫こうとする。それを貫くには共感して介助してくれるボランティアが必要となる。最初は奇異に見えるその関係が徐々に腑に落ちてくるようになり、引き込まれていった。

 

主役の大泉洋が好演。

 

細かい面を見ればリアルさを欠く場面はあったにせよ、期待にたがわぬ良い映画だった。

この日は川崎で行われたモーツアルトのレクイエムの演奏会とこの演奏会が最終候補に残り、演奏される曲目と家の用事の時間帯の関連からこちらを選んだ。先般ザッツ管弦楽団の演奏会で11番の交響曲を聴いて強い印象を受けたので、7番はどのような曲なのか、生演奏を聴いてみたい、という思いがあった。

 

日時、場所: 1月12日(土)18:00、習志野文化ホールにて

演奏者: 金子健志指揮千葉フィルハーモニー管弦楽団

演目: チャイコフスキー「1812年」、ショスタコーヴィチ第7番

 

二曲とも左右のステージ袖に金管のバンダが配置される大音響の曲だったが、ただやみくもに大きな音が演奏されるようなことは無く、しっかりとコントロールされた演奏だった。お見事。特に第7番の終盤には思いがけず客席最後列からもバンダ第3群が鳴り始めたのでびっくり。どの群もきっちりとした音出しであり、実に金管楽器のシャワーを四方から浴びているかのような、滅多に経験できないような音場となった。7番は何回かFMやテレビ放送を通じて耳にしているはずの曲でありながら、実は何もこの曲の実像を理解していなかったということを思い知らされた。90分ほど掛ったと思われるこの曲は、途中でさずがに聴き疲れ、「もう終わってくれないかな。」と思うこともあったけれど、今後聴いて行けば構造も頭に入るだろうから違う感じで聴けるようになるだろう。但し11番と同様に重苦しい音楽であり、同じくらいの長さであればマーラーの方がずうっと好きだ。

 

演奏会のアンケートには「千葉フィルを聴いたのは初めて」と書いたけれど、帰宅後調べてみたら前回のサマーコンサートでアルプス交響曲を聴かせて頂いていることが分かった。大きな編成の曲にチャレンジしている楽団? その時も長大なアルプス交響曲を楽しむことができた、という印象を持てたうえに、今回ショスタコの7番の好演。凄いなあ。千葉高、船橋高、千葉女子高の卒業生が中心になって創立されたそうであるが、何か底知れない感じのする楽団だった。次回は「新世界」とコープランドの3番をやるそうだ。

 

習志野文化ホールは津田沼駅南口にあり、交通至便のショッピングモールと同じ建物内にあった。しかし初めての私には入り口が分かりにくく、モール内を入り口を探して行ったり来たり。正解は建物の外の階段を登っていくのだった。会がはねた後、外は雨が降っていた。会場に多くいらしていたお年寄りたちは、あの雨ざらしの階段を降りるのに難儀したことだろう。

日時場所: 1月6日14:時、かつしかシンフォニーヒルズモーツァルトホール

指揮: 藤田淳平

曲目: チャイコフスキープログラム

・オネーギンよりポロネーズ

・バイオリン協奏曲

・「悲愴」

 

穴のあるパートが無く、どのパートもしっかり歌うことのできる気持ちの良いオーケストラだった。全体的に全合奏の時の音は大きめ。今回を含む15回の演奏会の中で7回にチャイコフスキーを演奏してきたと言うから相当な思い入れがあるのだろう、協奏曲の伴奏も含め良い演奏を聴かせていただいた。

 

協奏曲のソロを弾いたのはこの楽団のコンサートマスターであり、音楽の専門教育を受けたことの無い自分が信頼できる仲間とこの曲を演奏できる喜びを、自らプログラムの曲目解説に書き込んでいた。滑り出しを聴いて「おお、これなら!」と思わされたけれど、後半は厳しそうだった。弾き切るにはスタミナも要るようだ。

 

この楽団は未就学児の入場制限をしておらず、この点はどうなるのかと注目していた。私の印象で言うと、幼稚園児くらいになれば頑張っておとなしくするけど、それ以前の子供たちは無理! 少なくとも私は小さな子供が泣き声を上げ始めると集中して聴けなくなった。これが楽団の信じるやり方であり、入場料が無料であればこのまま続けても良いだろうけど、一応入場料1000円としているのであるからそれなりの聴く環境を提供するべきでは? 或いはチラシをはじめとする広報媒体に未就学児もOKの演奏会だよ、ともっとはっきりと示さないと。 (私は承知の上で行ったので文句言わない) 休憩時間に「小さい子供が騒ぎ始めたら即座に追い出さなきゃだめだよ!」と関係者に強く詰め寄る人を目撃。あの人は未就学児OKの演奏会だということを知らなかったのだろうか。少なくとも演奏会場では見たくない光景だった。

1月5日19:15、豊洲シビックセンターホールにて

曲目: オールモーツアルトプログラム

・クラリネット協奏曲、ピアノ協奏曲23、ジュピター

指揮: 山上紘生

クラ独奏: フロリアン・ゲオルク・ミュールベルガー

P独奏: 嘉屋翔太

 

300席と小さなホールであり、このオケの演奏会も5回を数えるに至ったことを考えると、「入場無料自由席」とチラシに書かれていても、ちょいと不安を持って出掛けるようになってきた。それで少し早めに行ったのだが問題なく入場できた。但し中央の席はかぶりつきの数列を除いて関係者招待席となっており、かぶりつきか左右の壁側の席を選ぶしかなかった。招待席はガラガラではなくそこそこの入りになったとは言えども、空席がかなりあったのだから、ある程度時間が経ったら開放してくれればいいのに、と思わないでもなかった。

 

クラリネット協では独奏のウィーンフォルクスオパー首席奏者が見事な演奏を披露してくれて、どっぷりと音楽に浸る時間を味わえた。さすがのハイレベル。ハラハラする独奏だとこうは行かない。

 

P協での高校3年生による独奏も板についてきた感じで、これまでのベストを更新?した印象。

アンコールでトルコ行進曲を弾き始め、いいね!と思っていたのも束の間、ジャズ風のパラフレーズが次々に飛び出して来てびっくり。原曲とジャズを行ったり来たりしながらご機嫌な演奏を聴かせてくれた。クラリネットパートには第一回の時と同じパターンで、前曲で独奏を務めた人が入ってトップを吹いていた。私はクラリネットが顔を出す場面で耳をそばだて「違い」を楽しんだ。

 

休憩時間のこと、席を立ちロビーに向かおうとすると、本日の「出」を終え客席に移る途中のクラリネット独奏者と擦れ違って面食らった。ここは本日の演奏に敬意を表して挨拶すべきかどうか、と瞬間的に迷う。私はいつも通りひるんでしまい、挨拶しない方を選んだのだが、どうだったのだろう。演奏を終えたら放っておかれる方がリラックスできて良かっただろう、というのが今現在の考えです

 

ジュピターでは第4楽章の熱演に興奮。あちこちで雄たけびが沸き上がる感のある終結部の魅力をまざまざと感じさせられたのだった。ハイドンまでの音楽史にはない情熱の高揚感。ベートーベンのドラマチックな展開に先駆的役割を果たしたような、しかしそれとはかなり異質で似ていないような、というようなことを考えさせられた。

今日のオーケストラの編成は、ジュピターのフーガにおける対比を気に掛けたのか、2ndバイオリンが強化されていた印象。そのせいもあってだろう、1stの方の音量が小さめだったかな、と感じたが、全くの素人が感じたことなので頼りに出来る感想ではない。

 

次回は3月31日。山上さんと嘉屋君の卒業記念プログラムをやるそうだ。

12月にテレビで紹介されていたこのコンサートだが、これが創設された頃はワクワクしてテレビ中継を観ていたものだけど、私の興味の中心が歌曲や宗教合唱曲に移ったあとは観なくなっていた。12月の紹介を見て、「正月なのだからたまにはにぎにぎしいアリアの歌合戦を聴くのもいいか」と興味を喚起されチケットの販売状況を調べてみたら、意外にお安い値建ての席(三階席)に空きがあった。安い席には舞台が見にくい、音が聞こえにくい、などのデメリットが付き物だけれど、東京文化会館の五階席でも結構聞こえるのだから、NHKホールの3階席なら何とか聞こえるのではないか、もし良くない席だったとしても割りと名の通ったイベントに居合わせることができるだけでも楽しそうじゃないか、などと考えて安い席を購入した。

 

実際に着席してみると、舞台は谷底に見える、という感じだった。舞台奥から合唱、オーケストラ(沼尻竜典指揮、東フィル)、歌手が歌い演技する舞台の順に配置されており、歌手の声はビンビン響いてくるもののオケは上澄みのように控えめな音量、合唱は大勢いるのに良く聞こえない。たぶん舞台奥に行くほど低くなっている天井のせいだろう。一階席であれば後方の席でも、奥の合唱の声が真っ直ぐ届くのだろうと思う。三階席ではオーケストラによるワルキューレの騎行でさえ上澄みの音のように芯のない音として届いてきた。しかしこういうのは予め有り得ることとして考えていたので問題ない。十分楽しむことができた。それにしてもヘンデルからイタリアオペラ、ワーグナーまで、いいとこ取りの名曲集を次々にそつなく演奏するプロのオーケストラというのは流石だ。

 

演奏会は真ん中にイル・デーブの演奏を挟んで前半と後半に分かれていたけれど休憩なし。私は後半でボエームを歌った砂川涼子とサンサーンスを歌った藤村実穂子が抑えるところをきちんと抑えていて素晴らしいと思った。でも全体的に見ると、クライマックスに自らを投げうつように声を爆発させる人にブラボーが多かったようだ。
 

12月26日(水)、文京シビックセンターにて

指揮: 佐藤雄一

曲目: 「白鳥の湖」抜粋、マーラーの「巨人」

 

応募したのかどうか、定かでなかったので驚いたが、一月ほど前にこの演奏会の招待状が届き、曲目が好きな曲なので聴きに行く。しかし自らのブログを検索してみたら、確かに前回の演奏会を聴きに行き、感想を書いていることが分かった。聴いた後にアンケートを残したから送ってくださったに違いない。

 

今回も前回と同じように、プログラムを拝見して「ああ、これは学生のクラブ活動の一環なのだ。」と強く感じたのだから、どんなにかその印象が強烈なのか、自分でも驚くくらいだった。

 

白鳥の湖は前回の演奏会同様金管が強めでメロディーラインが聞こえなくなることが多かった。この曲の開始前に指揮者が登場し握手を求めた際、指揮者が差し出した手に気付かぬほど緊張していたコンサートマスターだが、ヴァイオリンとチェロが交互に長いソロを弾く場面では上々の滑り出しを聴かせた。しかしそれでもあのソロはアマチュアには長くて執拗なソロなのだろう、後半になるとチェロともども厳しそうだった。

 

マーラーの巨人の出だし、バンダの演奏はメロメロであり、この長大な曲はこれから一体どうなるのかと暗い気持ちになった。しかしそのあと、何がきっかけになったのか全く分からないけれど、急速に素晴らしい響きが鳴り始めたのである。どうして楽器群のバランスまで良くなったのだろう。とにかくそれから曲の最後までは通して素晴らしい演奏だった。「巨人」を堪能できた。

 

アンコールはノリノリで、最後は全員が総立ちで演奏を締め括ったが、さすがにチェロに立って演奏させるのは酷だったのではないだろうか。バランスも「白鳥」の時のバランスに戻ってしまっていた。

 

 

 

 

 

12月24日14時より、すみだトリフォニーホールにて

指揮: 冨平恭平

曲目: オール・リヒャルト・シュトラウス・プログラム

  ・ウィーンフィルのためのファンファーレ

  ・交響的幻想曲「影のない女」

  ・ドン・ファン

  ・ツァラトゥストラ

 

この演奏会を聴きに行ったのは私にとってチャレンジの意味合いが強かった。最近少しR.Straussの良さが分かってきたような気になっており、先般千葉フィルで聴いたアルプス交響曲は楽しむことができた。その延長でCDを一枚買って更なる勉強?を試みたものの、一度通して聴いただけで、その後二度と聞かなくなっていた。今般、実力派のハモンさんから招待券を頂いたことだし、行けばシュトラウスの良さを再認識できるのではないか、と思ってトリフォニーに行ったのである。

 

一曲目のファンファーレは景気の良い音色が楽しめた。

「影のない女」には歯が立たず居眠りがちに。せっかくパイプオルガンが入ったのに、私には何処で鳴ったのかも分からないまま終了。馬の耳に念仏状態だった。ドン・ファンは幾度となくあの英雄的なテーマが繰り返されるが分かったが、曲全体の良さが分かったとは思えなかった。

 

そして最後の「ツァラトゥストラ」。これは大いに楽しんで聴き終えた。素晴らしかった。プログラムの曲目紹介に「究極の出オチ曲として有名」と紹介されていたけど、そもそもその冒頭の部分でさえ、私は今まできちんと聞けていなかったことが分かった。あのトランペットの輝かしい咆哮に先立ち、割りと長い時間コントラバスがもごもご動いていたのだとは! これではテレビで例の「宇宙の旅」を観ていたり、ながらでホームオーディオを流しておいても聞き逃してしまうわけだ。テレビの小さなスピーカー、音量を絞った安オーディオ装置では聞こえてこない音域だ。これはきちんとしたオーディオを除くと、しっかりした生演奏でしか味わえない音だ。やはり生演奏は良い。ハモンのパートソロ能力も素晴らしい。

冒頭のみならず、長い作品ながら盛りだくさんで内容の濃い作品であり、今後はもう少し聴く機会を増やしていこう、という気持ちを持つに至った。

 

もう一言。ハモンのチラシ、プログラムにイラストを提供している露木茜さん、いつもほっこりする夢のあるイラストを披露してくれてありがとうございます。

 

12月23日19時、すみだトリフォニーホールにて

指揮: 原田幸一郎

曲目: マイスタージンガー前奏曲、グラン・デュオ・コンチェルタンテ、ショスタコ5

 

素晴らしい出来の演奏会だった。この指揮者の紡ぎ出す音楽は室内楽でバイオリンを弾いている時もアマチュアオーケストラの指揮をする時も一貫して磨き抜かれている。前回の同じ楽団の演奏会の後、条件が許せば次も是非聴きに行きたいと思っていたから聴けて良かった。表現が的確。楽器間の音量バランスも良く、聞こえるべき声部が聴き取りにくいところが無かった。すでに解散してしまった東京クァルテットの演奏は何度もFM放送で聴いたことがあるけど、当時私はまだその良さを理解できないでいた。フォイヤーヴェルクの前回の演奏会、それからテレビの室内楽演奏に出演したときの演奏を聴いて、素晴らしい音楽家だと分かったけれど、今回の演奏を聴いて彼のスタイルがここでも貫徹されていることが分かり、ますますファンになった。

 

アマチュアでも半年じっくり練習すればここまで来られるものなのかと感嘆。

一方、メンバー表によるとトランペットとトロンボーンは全員賛助出演者となっていた。いまどきこの楽器奏者が居ないアマオケなんて考えられないから、これは・・・・。 弦楽器群にはそれぞれのトレーナーが入って一緒に演奏。指導者とその教え子が一体となって最良の音楽を目指してるのだろう。

 

同じ日の日中に聴いた「ノット」はこれと対照的な音楽活動をしているように見えたので、いろいろと考えさせられ勉強になった一日だった。

日時、会場: 2018年12月23日14時、豊洲シビックセンターホール

指揮: 山上紘生

曲目: 「皇帝」、「英雄」

 

皇帝では独奏を開成高校3年生が担当。第1回のメンデルスゾーン、第2回のベートーベン1に引き続いての登場であり、来春3月の第6回は卒業記念プログラムとなる予定だそうだ。この日の「皇帝」ではピアノの音量が小編成のオーケストラを抑えてしまい全体の進行が分かりにくくなって、私はうとうとしている時間が長くなった。しかし楽団は楽団名にもあるように演奏家同士の結びつきを大切にした活動を旨としているのだから、たぶんそういう普段の活動の延長として演奏会を無料で公開しているのであり、それが嫌なら聴きに行かなければよい、というだけのことだ。私は断然聴きに行く方を選択する。

 

「英雄」では1stVn6、2nd5、Va3、Vc2、Cb1という編成のバランスが気になった。パート同士が掛け合うことの多いこの曲で、中低声部がヴァイオリンにこの数で張り合うのは難しそう。プログラムによると、正月に予定されている第5回演奏会(オールモーツアルトプログラム)の練習を並行して行っているので練習が足りてないかも、と書かれており、弦楽中声部の表現に不足を感じたのもこれのためかと思われた。そもそもこんな小編成で英雄を演奏するということが大変そうであり、それを危なげなく演奏し切ったことに拍手である。豊洲は私の準地元。大好きな英雄をこんな身近で聴くことができ、それも終盤は盛り上がりに乗せていただくことができた。ありがたいことだ。ついに文化果つるところの豊洲にも英雄交響曲(古い言い方!^^;> )が鳴り響いたのである。