井山名人の快挙
井山裕太名人が18日に中国の重慶市で開催された日本、中国、韓国のトップ棋士3人による大会で優勝を飾った。中国の古力九段と韓国のイセドル九段は数々の国際棋戦で優勝経験を有する強豪である。この二人をまだ国際大会で優勝経験がない井山名人が打ち負かしたのである。日本の棋士が国際棋戦で優勝するのは、1999年に依田九段がテレビ囲碁アジア選手権千で優勝して以来ではなかろうか。
井山名人は棋士となって間もなくから、日本一よりも世界一の棋士を目指すと公言して来た。今回それが実現した事はまことに喜ばしい。これを契機に、国際棋戦での優勝経験をどんどん重ねて貰う事を期待したい。
福島原発1号機の核燃料のメルトダウン
これまで核燃料のメルトダウンは部分的だとしていた東京電力が、福島原発1号機の核燃料全てがメルトダウンして原子炉の底に落下し、さらに底を突き破って原子炉に穴が開いていると発表した。もしアメリカで原子力発電所 がメルトダウン を起こしたとしたら地球を突き抜けて中国 まで熔けていってしまうのではないかと言うブラックジョークが、「チャイナシンドローム」として有名になったのが思い出される。福島原発1号機のメルトダウンした核燃料がさらに格納容器にも穴を開け、地中深くにまで入ったかどうかは、今のところ分からない。しかし、メルトダウンした核燃料が核爆発を起こさなかった事が奇跡のように思われる。
浜岡原発の停止を決めた中部電力が、火力発電用燃料の購入に年間2千数百億円か掛かると述べていた。しかし、一旦核爆発を起こしたら何十兆ないしは何百兆円もの被害が生じる事を思えば燃料費位安いものだ。原発がクリーンで低コストの発電方式だと言う話を信じる人は、福島原発の事故以降激減した事だろう。原発依存を基本として来た日本のエネルギー政策は、脱原発に向けて舵を切らなければならない。そうでないと将来、国民に非常に高コストでダーティーな発電で得た電力を強いる事になる。
第66期囲碁本因坊戦七番勝負第1局
痛みは続く
随分和らいで来て痛む時間帯や場所が減ったが、まだ治まらない。以前は左腕から肩に掛けて全体が痛んだが最近は上腕部に限られるようになり、痛む時間も一日を通じて数時間程度にはなった。しかし、痛みだすとズキーン、ズキーンと強い痛みが波状攻撃を仕掛けて来る。鎮痛剤も効かないが温めると楽になるので、温度を上げた部屋にこもって目をつぶってじっと耐えるのみである。外出の際はシャツの上から使い捨てカイロを上腕部に貼り付けて凌いでいる。
パソコンの買い替え
痛さを表現する言葉が少ない
ブログを再開したとたんに、義母の他界、お通夜、葬儀と続いた。痛む左腕を押さえながら忙しい日々を送っているうちに疲れてしまい再びブログを中断してしまった。発病から一ヶ月も経つのに軽くはなったものの、未だ痛みが去らず気分が落ち込む。
私が今まで経験した強い痛みは、平成7年から9年に掛けて7、8回発作を起こした胆石痛と今回の帯状疱疹痛とである。両者の痛さの種類は全く異なり、胆石痛は胆嚢を握り潰すような、鈍痛が極度に強まったような痛さである。一方今回の帯状疱疹痛は皮膚を針や刃物で突き刺すような鋭い痛さである。どちらも耐え難い痛さである事には変わりがない。
「他人(ひと)の痛みは100年でも辛抱できる」と言う言葉があるが、これは痛みに苦しむ人が自分の痛さを他人に的確に伝えることが出来ないもどかしさを表現したものだと言う気がする。痛さの種類や程度を表現する言葉には激痛、劇痛、疼痛、鈍痛位しかなく、多種多様の痛さに対応する言葉がないのが不思議に思われる。
キム・ヨナに感謝とお詫び
井山名人の十段位獲得
疼痛に耐える日々でした
急にブログを中断してご心配を掛けました。
発端は左腕のチクチク、ピリピリした痛みでした。思い当たるような事は何もなく、湿布をしたり、暖めたり、冷やしたり、電子鍼を打ってみたりしてみましたが次第に痛みが強くなるばかりでした。3日目の午前中に整形外科医を訪れると、頚椎の歪により神経が刺激されているのではないかとの診断で、鎮痛薬を貰って帰りました。ところがその午後から左腕から左肩にかけて帯状に赤い発疹が出て、帯状疱疹だと直感しました。その夜になると痛みが激痛となりましたが翌日は日曜日で、月曜に整形外科医を再訪し、発疹を見せると帯状疱疹なので専門医に見せた方が良いと宝塚市立病院の皮膚科を紹介して貰いました。翌日、紹介状を持って病院に行き診察を受けると即入院となった次第でした。8日間毎日3回抗ウイルス薬の点滴を受けた後退院となりました。その後も鎮痛剤では押さえられない痛みが続きましたが、昨日辺りから漸く痛みが和らいで来ました。
帯状疱疹と言う病気は幼い頃にかかった水疱瘡が治ったあと、神経節に隠れ住んだ病原ウイルスが、老化や体力低下の時期を見計らって増殖し皮膚と神経を攻撃する病気だそうです。私には水疱瘡にかかった記憶がないので、多分5歳未満でかかったのでしょう。すると70年間も隠れ住んでいたウイルスが暴れ出したことになり、その執念深さには呆れます。ともあれ、この病気は疼痛との闘いです。勿論病状には個人差があるようですが。私は重症だったようです。処方された作用機構の異なる2種類の鎮痛薬と、ビタミンB12を飲み続けながら、発病から3週間経った今も左腕に突き刺すような痛みを感じつつ暮らしています。