暇老身辺雑記 -14ページ目

紅葉谷道から六甲登頂

 先週、魚屋道経由で六甲に登ったが、昨日は有馬から紅葉谷コースを辿った。記録を見ると、07426日以来で5年半振りとなる。このコースは六甲有馬ロープウエイが開設された70年に整備されたそうだ。鉄塔建設の際に出来た小道がハイカーのために活用されたのだろう。名の通り紅葉の頃が最適のコースであるが、平日のため行き合ったハイカーは約40人と少なかった。終着点は極楽茶屋跡でそこからロープウエイの山上駅がごく近い。

 ロープウエイで下山し紅葉で有名な瑞宝寺公園に立ち寄ったが、あと1週間ほどで見頃になりそうな感じであった。

 先週漬けたぐみ酒はもう飲めるようになった。ぐみの酸味と渋み、氷砂糖の甘味が調和し、ぐみのフレッシュな香りがして上々の出来である。

久し振りの六甲登山

 昨日、ほぼ3年振りに有馬から魚屋道(ととやみち)経由で六甲に登った。このルートは江戸時代から明治時代にかけて神戸市東灘区の住吉や魚崎の浜に揚がった魚を商人が肩に担いで有馬まで運んでいたので、このように呼ばれている。有馬の鳥地獄・虫地獄近くにある登山口から山頂まで約4.7kmの道程となっている。禍々しい地獄のネーミングは往時、炭酸ガスが噴出していたため、付近で鳥や虫の死骸が多く見られた事に基づいている。

 平日だったために、登る途中で行き会った人達は全部で約40人と少なかった。そのうちの一人はマウンテンバイクにまたがって降りていた。駆け足の人、ノルディックスタイルの人、熊避けの鈴を響かせながら歩く人など楽しみ方は様々であった。ちなみに六甲山系に熊は生息していない。

 山頂の一角にある岩に座って、持参の日本酒を飲む。私にとっての至福のひと時である。何人かが近くを通り過ぎて行くが、カップ酒を呷る老人などホームレスか徘徊者にしか見えないのだろう。声を掛ける人など誰もいないので、自分の世界に没入出来るのが有難い。

 山頂付近にはアリマグミの木が沢山あり、たわわに実をつけていた。大きくて大豆位、小さいので小豆位の大きさで目立たないため、ぐみと気付く人は少ないようだ。5分程で1合ほどの実が採れたので持ち帰り、焼酎に付けてぐみ酒にした。2週間ほどで飲みごろになる予定だ。

篠山の音楽醸造酒

 篠山市を訪れる観光客が歩くメインストリートである呉羽町の道路沿いに、「鳳鳴酒造」の酒蔵があり、自由に見学出来るようになっている。建物は筑後約200年だそうだが長年の風雪に耐えて来ただけあって、安定感があり老朽した感じなど全くない。最近はここでの醸造は殆ど行われず、篠山口近くにある工場で専ら生産しているらしい。

 「鳳鳴酒造」が全国的に有名になったのは、酒造桶に音楽振動を与えながら醸す音楽醸造酒がマスコミに取り上げられてからである。酒蔵では各種日本酒が販売されていたが、音楽醸造酒は「夢のとびら」と名付けられ、モーツアルト、ベートーベン及びデカンショ節で醸した3種類が並んでいた。音楽振動で酒の味が変わるとも思えないが、着想が面白い。酒蔵の中にはピアノが置かれ、演奏時の写真を飾られていた。デカンショ節で醸した「夢のとびら」を買って帰り試飲したが心なしかまろやかな良いお酒であった。

丹波篠山の川北地区の枝豆

 篠山市の川北地区の黒豆の枝豆は美味しい事で有名である。その事は知っていたが、どこ産の枝豆でも大差あるまいと思い、これまで食べた事がなかった。一昨日篠山を訪れ、立ち寄った八百屋で川北産はほかのとは全く美味しさが違うと言われ、半信半疑で買って帰った。値段は他地区産の約2倍であった。茹でて食べてみると粒が一際大きく、味も確かに上々であった。

 篠山で産出する黒豆枝豆の僅か2~3%が川北地区産だそうだ。したがって、売っている店も少ないが、今後買うのはこれに決めた。

 川北地区の粘土質の土壌と、畑を吹き抜ける風の具合が黒豆の生育に最適なのだそうだ。そう言えばフランスのどこの畑の葡萄でも同じように見えるが、ロマネ・コンティの畑の葡萄で醸したワインは1本何十万円もするが、その隣のヴォーヌ・ロマネの畑の葡萄のワインは1万円強で買える。植物の生育には人智では測り知れない神秘的なものがあるようなのを改めて感じた。

島田荘司著「アルカトラズ幻想」㈱文芸春秋

 ワシントンD.C.の森の中で2件の猟奇殺人事件が相次いで発生する。間もなく犯人は検挙され、アルカトラズ刑務所で懲役に服する事になる。入所後数日で脱獄に成功するものの異世界に迷い込む。そんな筋立てである。

 著者の着想の非凡さと構想の見事さには感服する。主人公が異世界に迷い込むあたりから感じた何か釈然としないものが、エピローグでの記述で腑に落ちる。

天文学、古代生物学、進化論、重力理論などがちりばめられているので少し読みにくい面はあるが、一般的な推理小説の範疇を超えた面白い読み物と言う印象だった。

伊藤計劃・円城塔著「屍者の帝国」河出書房新社

 幾つかの新聞の書評欄で取り上げられ話題の書だとの触れ込みで、書店に大量に平積みされていた。早世した伊藤計劃が残したプロローグだけの遺作を芥川賞作家の円城塔が書きついで完成させたエンターメント長編との惹句も興味を惹かれた。伊藤計劃の著書「虐殺器官」が面白かった記憶もあり、本書を購って帰り期待して読み始めた。しかし、7分の1程読んだところで、残りを読む気がしなくなってしまった。理由は内容にリアリティーが全く感じられないためだった。

 小説は全て虚構の世界の物語だが、それを現実の世界のように描き出すのが作家の技である。たとえSFでも、いかにも現実に起こりそうだと読者に感じさせることが必要だと私は考える。

 本書は、フランケンシュタインが試みた屍体をロボットのように動かす技術が進歩して19世紀末に広く実用化されるようになった状況を記述している。屍体の脳にプログラムをインストールする事により、単純労働をさせるのが可能になったとの説明である。これに私は強烈な拒絶感を抱いてしまった。屍体を有効利用すると言う考え方について行けないのである。また屍体の腐敗を防ぐ処理法、屍体を動かすエネルギー源などには何の説明もないのにも失望した。

 と言う訳で、この記事は読後感ではなく、読書中途断念報告なのである。

マルク・エルスベルグ著「ブラックアウト」角川文庫

 イタリアとスウェーデンで起こった停電がヨーロッパ全土に波及する。それに伴って、上下水道、鉄道、電話、金融機関、商業、工業、畜産業その他もろもろが壊滅状態に追い込まれて行く。原子力発電所にも次々と危機が押し寄せる。さらに北米でも大規模停電が発生する。

 イタリアの元ハッカーのIT技術者が停電の発端が各戸に取り付けられたスマートメーターの操作による電力の需給アンバランスの発生だと気付く。彼は電力会社や警察にその事を伝えようとするが、まともに取り合って貰えない。伝手を頼ってハーグにあるインターポールに辿り着き、ようやくその面からの捜査が開始される。やがて、狂信的な無政府主義者達のテロリスト集団が停電の実行犯である事が判明する。

 上下巻約1000ページにわたる壮大な物語はサスペンスに満ち、記述には迫力がある。しかし登場人物が多く、また、多くの都市に場面が切り替わるため、読むのが楽ではなかった。登場人物は多分100人近いので、カタカナの名前を覚えるだけでも一苦労であった。

 本書を読んで改めて感じるのは、現在の人類のライフラインの根幹は電力である事と、知的な面(機械の制御、データの通信や保存)ではコンピュータに頼り切っていると言う事である。ここに目を付けたテロリスト達は電力制御用コンピューターシステムに入り込みマルウエアを仕込むだけで都市機能や国家機能を崩壊に導く。セキュリティーソフトのファイアウオールも新種のマルウエアには無力なのである。

 爆弾テロや航空機乗っ取りテロは被害が限定的だが、ITテロは瞬時に大陸全域を破壊するだけの力を発揮できるのだ。

萩の花

 散歩していて、萩がたわわに咲いているのを見た。相変わらず残暑が続いているものの、秋はもうすぐそこまで来ているのを感じた。そう言えば、樹々の緑も一段と濃くなったようだ。錦秋への態勢を整え始めているのだろう。

宮部みゆき著「模倣犯」小学館2001年刊

 上巻721ページ、下巻698ページ、それも細かい字で2段組みの大冊であり、読み終えてやれやれと言う気分になった。面白いが冗長と言うのが率直な感想である。

 連続殺人事件を巡り、捜査する警察側、加害者側、被害者側、報道側それぞれの内情が詳細過ぎる程綿密に記述される。

 本著は週刊ポストに4年間近く連載されたそうだ。あとがきによると当初の予定が約2倍に延びたとの事である。しかし予定通りにとどめた方が良い作品に仕上がったように思われる。嵩増しのような文章が多過ぎる感が否めない。

 このところ、著者の作品を何冊か読んで来たが、本書で打ち止めにしようと言う気になった。

宮部みゆき著「あやし」人物往来社刊

 著者の創り上げる宮部ワールドにすっかりはまったようで、先日の「ばんば憑き」と同時刊行された本書をアッと言う間に読了した。江戸怪異譚9篇が収められ、ほとんどが人間の執念、怨念をテーマとし、この世で最も怖いのは人間だと感じさせる内容となっている。異性への愛情が強ければ強い程、その気持ちが裏切られた際の恨みが深まる事を示唆する話が多い。また、昨今大いに話題となっている「いじめ」の江戸版のような話も含まれている。

 おしなべて言えば、人間の業の深さを描いた物語集である。