今回は「イスラーム文化」の発展について。

 

 

「イスラーム」の「普遍性」に着眼した問題。

 

「イスラーム」という概念は決して特定の地域の特色を指す言葉ではなく、

 

あらゆる「空間」を横断する概念であることに気づかされる問題。

 

 

そういうわけで、アイキャッチはスペインの古都 トレド。

 

「トレド」にもたらされたイスラーム文献は、

 

「バグダード」の「知恵の館」において古代ギリシア文献がアラビア語に翻訳されたものであり、

 

ヨーロッパの人間が、古代ギリシア文明を学んだのは、イスラームを経由してであった。

 

 

 

【ニューカマー ナポレオンさん】

 

 

ここで新しいお友達を紹介。(笑)

 

 

添削希望者のHNナポレオンさんです。

 

 

東大志望の高校2年生だそうです。意識たけぇ!!!

 

 

解答を3パターンも送ってきやがりました(笑)

 

 

今後とも気合いマックスで送ってきてね~!

 

 

 

【東大 2011 大問1 問題文】

 

 

歴史上、異なる文化間の接触や交流は、ときに軋轢を伴うこともあったが、文化や生活様式の多様化や変容に大きく貢献してきた。

 

 

たとえば7世紀以降にアラブ・イスラーム文化圏が拡大するなかでも、新たな支配領域や周辺の他地域から異なる文化が受け入れられ、発展していった。

 

 

そして、そこで育まれたものは、さらに他地域へ影響を及ぼしていった。

 

 

13世紀までにアラブ・イスラーム文化圏をめぐって生じたそれらの動きを、解答欄(イ)に17行以内で論じなさい。

 

 

その際に、次の8つの語句を必ず一度は用い、その語句に下線を付しなさい。

 

 

【語群】

 

インド 医学 アッバース朝 イブン=シーナ一 代数学 トレド シチリア島 アリストテレス

 

 

 

 

 

【参考になる他大学のリード文】

 

 

 

まずこの【東大 2011】の第一問を見たときに、

 

ピンときたのが、【一橋 2018】の論述問題。

 

 

イスラーム文化との接触を果たした「ヨーロッパ側視点」の問題。

 

一橋は「空間革命」というキャッチ‐な概念とは何かを受験生に問うのである。

 

 

一橋大 2018年 「空間革命」

 

 

 

【記事より抜粋】

 

 

人間は自分の「空間」についてある一定の意識をもっているが、

 

これは大きな歴史的変遷に左右されるものである。

 

 

(中略)

 

クリストファー・コロンブスがコペルニクスの出現を待っていなかったと同様に、歴史的な諸力も学問を待ってはいけない。

 

歴史の力の新しい前進によって、新たなエネルギーの爆発によって新しい土地、新しい海が人間の全体意識の範囲のうちに入ってくるたびにごとに、歴史的存在の空間も変わってゆく。

 

そして、政治的・歴史的な活動の新たな尺度と次元が、新しい学問、新しい秩序が、新たに生まれた、あるいは再生した民族の新しい生が始まるのだ。

 

この拡大・発展がひじょうに根深くまた思いがけないものであるために、ただ人間の標準や尺度、外敵な地平だけでなく空間概念そのものの構造まで変わってしまうということでもある。ここにおいて空間革命ということが問題になりうる。(原文ママ)

 

 

 

【注釈】

 

ヨーロッパ人の経済的な活動領域が、「地中海」に及んだことによって、これまで自給自足的な社会であった中世ヨーロッパに、商業の復活が訪れ、都市という生活空間が形成されたらしい。生活空間の拡大によって、空間がもつ従来の価値観が変容していく。そして、その変容こそが歴史的なダイナミズムなのであると。

 

 

リード文の人間の標準・尺度の変化というのは、異文化に触れることによって生じる文化的パラダイムシフトのこと。

 

イスラーム世界との接触は、古代ギリシアの学術の逆輸入をもたらしたよね。ゲルマン人がキリスト教に洗脳されてるころ、アラブ人はギリシア語をアラビア語に翻訳してアリストテレス研究に夢中だった。

 

リード文の「再生した民族の新しい生が始まるのだ。」とは、再生した民族=ギリシア人、新しい生=神学とアリストテレス哲学の融合と解釈可能。

 

 

 

【問題文から解法を考える】

 

 

①問題文より

 

たとえば7世紀以降にアラブ・イスラーム文化圏が拡大するなかでも、

 

新たな支配領域や周辺の他地域から異なる文化が受け入れられ、発展していった。

 

 

 

 

まずは、地理的な名称の明記は当然マストであって、

 

その中でも語群にあるものは優先度が高い。

 

 

語群のインド・アリストテレス・アッバース朝・シチリア・トレドより、

 

インダス川流域、ビザンツ帝国、バグダート・イベリア半島、地中海に注目したい。

 

 

【インドについて】

 

 

ここで、「インド」ではなく「インダス川流域」としたのは、インド地域のイスラーム化は「ガズナ朝」・「ゴール朝」の時代であって、インド(とりわけ北インド)のイスラーム化は「トルコ系」・「アフガン系」の民族の業績であるからである。

 

 

問題文の「アラブ・イスラーム文化」という表現の意図を汲み取りたいところ。

 

 

そしてインド地域から受容したのは、「ゼロの概念」。「ゼロの概念」を公に使用たのは「代数学」の「フワーリズミー」であることはよく知られていて、世界的にアラビア数字が使用されるのも「代数学」がラテン語に翻訳されることにより、ローマ数字が数学界から姿を消すのである。

 

「ゼロの概念」により、数学の発展に寄与したこと、「ゼロ」を含むアラビア数字が世界的に使用されること、これらは「イスラーム文化」が「普遍的」であることを示す最たる例である。

 

 

 

 

【ビザンツ帝国について】

 

 

ここで「ビザンツ帝国」を挙げたのは、当然「イスラーム帝国」と「ギリシア語文献」との出会いである。

 

ビザンツ帝国の失地として具体的に挙げるべきは、「シリア」と「エジプト」であろう。ポリスの衰退以降、ギリシア文化は「ヘレニズム時代」を経てイスラームに継承されるわけだが、ヘレニズ時代を象徴する王朝と言えば、「プトレマイオス朝エジプト」・「セレウコス朝シリア」が挙げられる。

 

 

エジプト・シリアを含む「地中海世界」の公用語は「ギリシア語」であって、ビザンツ帝国のヘラクレイオス帝の時代(7世紀)においても、ギリシア語が公用語として公に認められるのはよく知られている。

 

 

 

【バグダートについて】

 

 

さて、「イスラーム文化の発展」と「異文化交流」を可能にしたものは何であろう。

 

 

それはご存知、「翻訳活動」なのである。まず文化を「受容」するためには、「アラビア語」に翻訳しなければならないのであって、そこで大いに機能したのが、「バグダート」の「知恵の館」だ。

 

 

「知恵の館」のルーツは、エジプトの「アレクサンドリア」の「ムセイオン」であり、アッバース朝5代カリフ・「ハールン=アッラシード」の時代に「ムセイオン」の資料をバグダートに移し、以降、ギリシア語文献の「アラビア語翻訳」が盛んになったと言われている。

 

 

知恵の館は多くの学者を輩出し、その代表が「代数学」のフワーリズミー、「医学典範」のイブン=シーナーだ。

 

 

当然、「アラビア語翻訳」するには、ヨーロッパ圏の人間の協力が不可欠であって、知恵の館ではネストリウス派のキリスト教徒が活躍したのである。

 

 

啓典の民よ、万歳。

 

 

 

② 問題文より

 

 

そして、そこで育まれたものは、さらに他地域へ影響を及ぼしていった。

 

 

 

 

アラビア語に咀嚼された学問は、12世紀になると、ヨーロッパへ伝播していく。ヨーロッパ側からの視点で話せば、「12世紀のルネサンス」、「ギリシア文化の逆輸入」、である。ヨーロッパ人の活動範囲の拡大に伴って、「イスラーム文化」との出会いを果たすわけだ。

 

 

ここでいう「ヨーロッパ人の活動範囲の拡大」とは、「十字軍運動」や「国土回復運動」を指していて、「十字軍運動」では「地中海」「国土回復運動」においては「イベリア半島」での活動範囲を拡大していくのである。

 

 

また、「イスラーム文化」というのは、先述した通り、「諸地域の文化」を「継承」し「発展」したものである。

 

 

 

【地中海・シチリア島について】

 

 

シチリア王国の都パレルモの宮廷ではイスラーム教徒が重要な役割を果たした。「知恵の館」でギリシア語からアラビア語に翻訳された古代のギリシアの文献が伝えられており、パレルモなどでアラビア語からラテン語への翻訳が行われた。

 

12~13世紀は中世ヨーロッパ大学が誕生する時代であるが、南イタリアのサレルノ大学は「医学」の専門学校からその歴史が始まっており、事実シチリア島におけるイスラーム教徒の影響は大きい。

 

 

 

【イベリア半島・トレド】

 

 

12世紀、イブン=ルシュドはムワヒッド朝(イベリア半島)の国家事業として「アリストテレス哲学」のアラビア語翻訳に従事していた。「スーフィズム」に対抗するように、イスラーム神学の理論体系化を目指したというわけだ。

 

ムワヒッド朝とキリスト教徒の抗争が激化すると、アリストテレス研究もろとも国外追放されてしまうわけだが、ルシュドの研究の成果は「トレド」において「ラテン語翻訳」されることによって、ヨーロッパ地位に「アリストテレス哲学」が知れ渡っていくのだ。

 

 

 

【解答のポイント】

 

①イスラーム文化の発展には、「アラブ語」への「翻訳活動」が欠かせなったこと。

 

②翻訳活動が盛んになる背景として7世紀以降のアラブ人による征服事業を挙げる。

 

③シリア・エジプトがヘレニズム文化の遺地であったこと。

 

④アレクサンドリアの「ムセイオン」が「知恵の館」の建設に寄与したこと。

 

⑤「知恵の館」から多くの学者を輩出したこと。

 

⑥また、インド起源の「ゼロの概念」を使用し、アラビア数字が世界的に普及したこと。

 

⑦一方で、イスラーム文化が他地域へ影響を及ぼしたが、その際にも「翻訳活動」が不可欠であったこと。

 

⑧その翻訳活動が盛んになる背景として12世紀以降のキリスト教徒の活動圏の拡大を挙げる。

 

⑨「ラテン語」の翻訳活動の場が、地中海のシチリア島・イベリア半島の「トレド」であったこと。

 

⑩「13世紀」に関しては、イスラーム輸入のアリストテレス哲学がスコラ哲学の発展に寄与した旨を記述すると良い。

 

 

とりあえず、この10点を今回のポイントにしたい。

 

 

 

【ナポレオンさん解答①】

 

イスラーム勢力は支配圏拡大に伴って、古代オリエントのヘレニズム文化を継承しつつ、そこにアジア・アフリカなどの文化を織り交ぜ、国際 色豊かな独自の文化を形成していった。人々は、東方アジアから伝来した米・サトウキビなどの農産物を商品作物として栽培し、地域経済はさ らに豊かにしたり、街中ではローマの文化の影響を受けた浴場を開いたりしていた。そして、9~11世紀にイスラーム最盛期を築いたアッバース 朝では、異民族に対する寛容な政治によって、国際交易がさらに加速した。イスラームの偉大な学者、イブン=シーナーが、アリストテレスの 文献を基に、後にヨーロッパ学問の基礎となるイスラーム哲学を大成し、さらにイスラーム医学の担い手としても活躍し、後のギリシア医学の 発展に貢献した。同じ頃、インド数字を基にしてアラビア数字が生まれ、フワーリズミーによる代数学も発展した。そんな中、11世紀から行わ れた十字軍遠征により、東西交易がさらに活発化し、これらの文化が西方へ伝来していった。トレドやシチリア島では、多くのアラビア語文献 がラテン語に翻訳され、ここからイスラーム文化は西ヨーロッパ文化に形を変え、受け継がれることとなった。

 

 

 

 

国際交易の活発化によって、どのような影響があったのかが見えづらい。論述は「原因」と「結果」を伴ってこそだ。

 

 

ヨーロッパの地理的拡大→ヨーロッパ文化の変容という「因果関係」を結末にもっていくのであれば、イスラームの地理的拡大→イスラーム文化の変容という「因果関係」を先に挙げた方が、まとまりが良いだろう。そしてそれを可能にしたのが、「アラビア語」・「ラテン語」の「翻訳活動」ね。

 

 

 

「地理的拡大」→「文化の変容」、「翻訳活動がその媒体」!

 

 

っていう「普遍性」を分かってますよアピール大事。

 

 

 

さらに言うと、「自分の解答のみ」を他人に見せた時に、「問題文」の内容を当ててもらえるか、ということをしてみると良い。(これ、現代文の論述でも使える練習法)

 

 

この解答だと、「国際交易による文化の伝播」がテーマっぽい。

 

 

問題文にあるのは、あくまで「新たな支配領域や周辺の他地域から異なる文化が受け入れられ、発展していった。」である。

 

 

そして「外来の学問」を独自の文化と呼べるかは・・。うーん。

 

 

 

 

【ナポレオンさん解答②】

 

7世紀以降、勢力を拡大し続けたアラブ・イスラーム圏は、西方はイベリア半島から、東方はインド北部に至るまでを一時支配下に置いた。その過程で、多様な文化圏と出会ったことは、アラブ・イスラーム文化圏に大きな影響を及ぼした。アッバース朝下で都のバグダードに置かれた知恵の館では、ビザンツ帝国から流入したギリシャ医学・哲学に関する書物がアラブ語に翻訳され、アラブ圏に「外来の学問」が発達する契機となった。アリストテレス哲学を研究したイブン=ルシュドや、医学を研究したイブン=シーナーはこの時代を象徴する人物である。また、インドから取り入れたゼロの概念は、フワーリズミーの研究をはじめとする幾何学の発展にも寄与した。このように、アラブ・イスラーム文化圏は学術的に類を見ないほど発展し、遂に西欧諸国に大きな影響を与えることとなった。イベリア半島のトレドや、シチリアのパレルモでは、アラビア語で書かれたギリシア語文献や、先進的なアラビア科学に関する文献がラテン語へと翻訳されるようになった。このことや、当時盛んになっていたムスリム商人との東方交易が一因となり、西欧では「12世紀ルネサンス」が起こることとなった。

 

 

解答①にはなかった、「アラビア語翻訳」の言及があって、グレート。やっぱこれは欠かせないね。

 

ていうか、この解答、かなりいい。(笑)

 

 

「ビザンツ帝国」というのが、ややザックリ感否めないかな。

 

ビザンツ帝国から獲得した「シリア・エジプト」と書いた方が、ヘレニズムを経由してる感が強くてベターかと。

 

 

 

【ナポレオンさん解答③】

 

7世紀にアラビア半島で成立したイスラム教は各地に信仰を拡大し、ウマイヤ朝の時代には、東は中央アジアから西は北アフリカやイベリア半島 に至る巨大な帝国を築いた。この過程で、布教と同時に、交易などでも交流のあったインドや、征服地のギリシアの文化を寛容に取り入れた。 インドから伝わった数字やゼロの概念によってアラビア数字が確立、フワーリズミーらの代数学の発展を促した。また、ギリシアから取り入れ た医学、哲学、科学などの文献は、バグダードに建設された知恵の館を中心にアラビア語に翻訳され、イスラムの学問の発展に大きく貢献し た。特にアリストテレス哲学の研究は熱心に行われ、医学者のイブン=シーナーを始め多くの学者に影響を与えた。さらに、アッバース朝の時 代にタラス河畔の戦いを通じて唐から製紙法が伝わったことは、学問の発展をより一層活発化させた。こうして発展したイスラーム文明は、十 字軍などで地中海交易が盛んになったことが契機となって、西欧にも伝えられ、イベリア半島のトレド、シチリア島のパレルモを中心にギリシ ア語やアラビア語文献のラテン語訳が進められるなど、西ヨーロッパ文明の発展にもつながった。

 

 

 

征服地のギリシアの文化を寛容に取り入れた。

 

この表現を解答②にぶち込めたらグッドだよね。

 

 

さらに、アッバース朝の時 代にタラス河畔の戦いを通じて唐から製紙法が伝わったことは、学問の発展をより一層活発化させた。

 

わかる。製紙法は書きたいよね。書くとしたら、代数学と一緒に盛り込むと良い。製紙法と印刷術が西伝することによって、イスラーム学問が西欧に伝わるわけだけど、とりわけアラビア数字の普及は半端なかった。

 

製紙法によってイスラーム文化の発展という「因果関係」より、製紙法によってイスラーム文化が西伝したっていう「因果関係」のほうが良いかな。紙はメディアなので。

 

 

 

 

とりあえず、今日はここまでです。。。。(笑)

 

長かった。。。。(笑)

 

 

 

 

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