相変わらず雇用情勢は厳しい。世界同時不況から景気は回復してきたが失業率は高止まりしたままだ。ところが、障害者雇用に関してはこの数年間ずっと上昇傾向が続いている。特に大企業の健闘が目立つ。非正規雇用を増やし正社員の賃金も低く抑えるなど、このところ企業の評判はあまりかんばしくないが、ここは評価してもいいだろう。
厚生労働省が発表した2010年6月時点の状況によると、民間企業に雇用されている障害者は約34万人で前年より3.1%増加し過去最高となった。従業員56人以上の企業に適用される法定雇用率(1.8%)を達成している企業はまだ47%と低いが、従業員1000人以上の企業を見ると、6年前に雇用率を達成している企業が30%未満だったのが今年は55%を超えた。
障害者に特別に配慮した子会社を設立して親会社の雇用率にカウントできる「特例子会社」制度を利用する企業が増えているのも大きな理由だ。最近は都会のオフィス内に特例子会社を設け、これまでオフィス労働とはほとんど縁のなかった知的障害者を雇用する例が目立つ。印刷物の作製や事務補助、パソコンの設定、郵便物の仕分けなど障害特性に合った仕事を企業側が用意し、職場内で障害者が孤立しないようグループで働ける環境を整えている。
障害者にとっては、福祉施設では月に1万~2万円の工賃しか得られなかったのが、最低賃金を超える収入を得て経済的自立が可能になる。企業の中で働くことで刺激を受け、生きがいや精神的成長が促される。補助金を得る立場から税金を納める立場になることで社会全体のコスト軽減にもつながる--などメリットは大きい。
一方、企業側からは「社内が活気づいた」「明るくなった」との声をよく聞く。激しい競争の中で合理化と効率化を過度に求められ社員のメンタルヘルスやモチベーションに深刻な影響をもたらしている職場は多い。そこに新規採用された「働くことに素朴な喜びを全身で表す障害者」(ある大企業の役員)が目に見えない効用をもたらしているというのだ。大企業を対象にしたアンケートでは、一人でも知的障害者を雇用した実績のある企業ほど「もっと大勢雇用したい」という意欲が強いとの結果もある。
世界各国の障害者雇用を見渡しても、都心のオフィスでたくさんの知的障害者が働いている光景が見られるのは最近の日本くらいではないか。多数の障害者を雇用してきた企業が不況下でも業績を伸ばしたという例がいくつもある。チャンスは思わぬところにある。
毎日新聞 2010年10月30日 2時30分