Sweetness In Her Spark、Stretching Outといった「TFCのジェラルド」的な曲もしっかりあるのだけど、どこか慎ましげで、やはり儚い。こぼれ落ちそうな音の滴を、こぼさぬように丁寧にすくい取っているようなサウンド・プロダクション。そんな表現をしたくなるような、きらめく美しさがこのアルバムにはある。TFCと比べるとギターサウンドはやや後退し、代わりに管楽器(特にフルート)やシンセがキーサウンドとなっている。ジェラルドの紡ぐ職人的メロディーとは非常に相性が良く、極上のメロウへと昇華させている。
1曲は良明さん作のwho's gonna be reborn first?クールな変拍子と不穏な響きのサックスがねっとりと絡み合う。この、いきなりのぶっ飛び具合。挨拶代わりの1曲としては最高にかっこいい。良明さんのもう一つの曲Masque-Riderは一転して、大人のメランコリアを渋い味わいで聴かせる。
ズシリと響く四つ打ちドラムミングに、遠雷のようなギター、そしてキラキラなグロッケンのイントロで始まる、リードトラックのWe Take Care Of Our Ownがいち早く公開となり、それを聴いたときは前々作「Magic」、前作「Workin' On The Dreams」から続いてきたスタジアム・ロック的エッセンスを上手くブレンドした、抜けの良いロックンロール・アルバムになるに違いないと確信した。というのもこのWe Take Care~のわかりやすさといったらないからだ。ループなビートにはねるメロディー、一度聴いたら忘れないほどキャッチーなサビ、今のボスは自分のキャリアを振り返る中で、この路線に表現欲求を見いだしているんだなと強く思わせる、そんな1曲だと思ったのだ。
Shackled And Drawn、Death To My Hometownなど、どこか哀愁漂うメロディーとボスの声はよく合う。でも、こういう表現スタイルが取られたのは、単なる相性と言うよりは、ブルースの表現欲求に寄るところが大きい。
それは、雑誌や本人の言葉からたびたび語られているとおり「怒り」だ。冒頭のWe Take Care~では「俺たちは自分たちでなんとかしなければならない」と、何度も叫ぶ。誰かに救いを求めてもどうにもならない現実が目の前にあるからだ。リーマン・ショックによって浮き彫りになった、社会格差。金持ちが上手く責任逃れを済ませていく中で、貧困層はますます劣化へと進んでいくアメリカ。それは何もアメリカに限ったことではないが、そんな現状を一個人の怒りとして表現しようとしたら自然とこういう骨太なスタイルに行き着いたのだろうと思う。
以前からステージでは披露されていた、Land Of Hope And Dreamsも今回スタジオ・ヴァージョンを収録。サックスは、あのクラレス・クレモンズ。この曲はE Street Bandと再び組むことになったときに書き下ろされた曲らしいが、僕も大好きな曲だ。「希望と夢の国」なんて、やや青臭いように思われるかもしれないが、勝者だろうが敗者だろうか、善人だろうが悪人だろうが、全ての人を乗せて列車を走らせてやるとブルースに歌われると、やっぱりたまらない。
ギタリストらしく、ギターとの相性の良いグッドメロディーを基調にするという所は変わらなくても、表現スタイルは驚くほど多彩になっている。そして、深みを増している。浮遊するシンセ音に柔らかなメロディーが展開していくチルウェイヴっぽいSummer Days、ニュー・ウェーヴの影響を感じさせるTo Who Knows Where、ブルースやジャズの香りを漂わせるAppetiteなど、振れ幅の大きいサウンドに挑戦しているが、アルバムのトータル感を損なうことなく、前作よりもずっとイハという「人間」が感じられる作品になっている。
いきなり8分超えのRiding My Bicycle (From Ragnvalsbekken To Sørkedalen)でアルバムは幕を開ける。重厚なビートとハンドクラップ、聖歌隊のようなコーラスとインパクトも十分。確かに降り注ぐような多幸感はアーケイド・ファイアに通じるものがあるかもしれないが、僕はむしろ同じ北欧はデンマークのMewが描いているような、陶酔的な音世界を彼らも作り出そうとしているように感じる。
個人的ハイライトは壮大なスケールのWeathervanes And Chemicals泣きのメロディーにトライバルなビートが徐々に展開していくFool,Dear Sisterの中盤の3曲の流れ。今後格段の成長を見せたり、大化けするような感はないが、安定感は十分。このキラキラしたポップネス、いつまでも失わずに!
オープニングはもろガレージ・サーフなBeach Sluts。サビへの傾れ込み方がリバを彷彿とさせる。続くBack To The Graveは暗黒世界のBeach Boysのよう。ノイジーなギターと清涼感のあるメロディーがぎりぎりのバランスを保っている。デビューシングルである、イントロのギターリフがクラシカルなかっこよさを見せるThis One's Differentはやはり出色の出来。クールに風を切っていくような、疾走感が心地よい・・・