Wrecking Ball/Bruce Springsteen | Surf’s-Up

Surf’s-Up

音楽の話を中心に。時にノスタルジックに

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 ブルース・スプリングスティーン、3年ぶり通算17作目。

 ズシリと響く四つ打ちドラムミングに、遠雷のようなギター、そしてキラキラなグロッケンのイントロで始まる、リードトラックのWe Take Care Of Our Ownがいち早く公開となり、それを聴いたときは前々作「Magic」、前作「Workin' On The Dreams」から続いてきたスタジアム・ロック的エッセンスを上手くブレンドした、抜けの良いロックンロール・アルバムになるに違いないと確信した。というのもこのWe Take Care~のわかりやすさといったらないからだ。ループなビートにはねるメロディー、一度聴いたら忘れないほどキャッチーなサビ、今のボスは自分のキャリアを振り返る中で、この路線に表現欲求を見いだしているんだなと強く思わせる、そんな1曲だと思ったのだ。


 しかし、その予想は見事に外れた。確かに前作のようなポップさを維持しつつも、グッと骨っぽいサウンドに回帰している。フォークやアイリッシュ・トラッドなど土着的なテイストが強くなった。近作での軽やかに風を吹かせるようなブルースも個人的には好きだが、今作のはまり具合、王道感はとてつもないすごみを感じさせる。


 高校生の頃、The Poguesにはまっていたので、アイリッシュ・トラッド風なナンバーにやはり心惹かれる。


Shackled And Drawn、Death To My Hometownなど、どこか哀愁漂うメロディーとボスの声はよく合う。でも、こういう表現スタイルが取られたのは、単なる相性と言うよりは、ブルースの表現欲求に寄るところが大きい。


 それは、雑誌や本人の言葉からたびたび語られているとおり「怒り」だ。冒頭のWe Take Care~では「俺たちは自分たちでなんとかしなければならない」と、何度も叫ぶ。誰かに救いを求めてもどうにもならない現実が目の前にあるからだ。リーマン・ショックによって浮き彫りになった、社会格差。金持ちが上手く責任逃れを済ませていく中で、貧困層はますます劣化へと進んでいくアメリカ。それは何もアメリカに限ったことではないが、そんな現状を一個人の怒りとして表現しようとしたら自然とこういう骨太なスタイルに行き着いたのだろうと思う。


 個人的に着目したいのは、元々メロディーセンスに定評のあるブルースであるが、齢60を超えてなお、円熟と進化を見せていることだ。これだけ「怒り」のアルバムと呼ばれているにもかかわらず、聞き終わった後に重々しさを残さないのは、根幹である「良い曲を書く」という課題をクリアしているからだと思う。例えば、祈りとも悟りとも取れるようなシンプルな言葉を、丁寧に紡いでいるRocky Ground。サンプリングや女性のラップなど異色のナンバーに仕上がっているが、一番耳に残るのは繰り返されるサビの優しげなメロディー。


 以前からステージでは披露されていた、Land Of Hope And Dreamsも今回スタジオ・ヴァージョンを収録。サックスは、あのクラレス・クレモンズ。この曲はE Street Bandと再び組むことになったときに書き下ろされた曲らしいが、僕も大好きな曲だ。「希望と夢の国」なんて、やや青臭いように思われるかもしれないが、勝者だろうが敗者だろうか、善人だろうが悪人だろうが、全ての人を乗せて列車を走らせてやるとブルースに歌われると、やっぱりたまらない。


 トータルで見ると、ブルースのルーツ的なもの、クラシカルなスタイルのものに加えて、新しいスタイルにも挑戦しているといった感で、人によっては詰め込み過ぎと思われるかもしれない。しかし、音楽のプリミティヴな力強さが未だ失われていないことを感じるには、これくらいやってるほうがダイレクトに伝わるような気がする。


 ★★★★(13/05/12)