心理カウンセラーの魔法の子育て

心理カウンセラーの魔法の子育て

心理カウンセラーから見た子育てのポイントと、ただの日記。NLPやコーチング、潜在意識など、最新の心理学理論を子育てに活用しましょう。


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今日は前々回の続きで、「子供に友達ができない」の家系の文化編です。

 

このテーマは、原理を説明すると奥が深いテーマですので、感覚的に理解してもらった方が早いと思います。

 

 

ですのでまずは実験してみましょう。

 

お母さん(お父さん)であるあなた自身がやってみてください。

 

 

1)子供の頃の自分に戻ったつもりでいてください。

 

 

2)そして小学校時代のクラスメートの誰か選んで、自分の家に遊びに誘おうと思ってください。

 

 

3)そういった想像した時にどんな感覚がするでしょうか? 喜びやワクワクが出てきますか? それともストレスが出てきますか?

 

 

4)友達を家に呼ぶとお父さんお母さんはどんな反応をするでしょうか? 喜んでいますか? あるいは内心では歓迎されていない感じがしますか?

 

 

 

以上です。

 

 

このワークをやってみて、なんとなくストレスを感じたり、友達を家に入れるのは両親から歓迎されていないような感覚を感じたとしたら、

 

それは意識化されていない家系の文化(家系の信念)として、家族の共有する心の中に、他者に対する心理的な警戒心や壁があるのかもしれません。

 

 

あるいは人様に来てもらうにはきっちりとしないと…という信念があって、緊張を生み出すのかもしれません。

 

 

こういった家系の文化(家系の信念)は代々引き継がれ、家族の無意識の奥底で共有され、個人の行動を制限しています。

 

 

スマホの背景で作動しているOS(iOSやアンドロイド)のようなもので、個人の心(アプリ)ほどには意識されませんが、

 

意識されないがゆえに抵抗もできず、心の奥底で大きな影響を受けているものです。

 

 

そして、このような家族の心(OS)は、自我の弱い子供時代にはより強く影響します。

 

 

本人の心は友達と仲良くしたいのに、なぜか心を開くことに制限がかかってしまって馴染めない。

 

でも、自分では何が起こっているのか分からない。

 

そういうことが良くあります。

 

(家系の信念がどうであれ、あまり影響を受けないタイプの子もいます)

 

 

こういった影響が出ている場合にできる最善の方法は、ご両親、つまり私達自身の信念を見直して他者への抵抗感を少しでも解消することです。

 

 

信念は共有されるので、親である私達の緊張がゆるみ、他者に対してオープンになると、子供も自然にオープンになって行きます。

 

 

カウンセリングや心理療法を使ってお母さんの心の制限を外して行くと、お母さんの肩こりや体の緊張がゆるみ、気持ちものびのびとして行き、

 

そうすると、大人しくて人見知りだった子供が気付けばふざけたりバカをするようになり、

 

友達と楽しそうに遊ぶようになった。

 

そういうケースはとても多いものです。

 

 

家系や家族は信念は体の緊張のレベルで共有されます。

 

ですので、

 

 

・大人の私達の信念はどうだろうか?

 

 

・家族の全体としての雰囲気はどうだろうか?

 緊張していないだろうか?

 

 

・家に他者を受け入れる準備ができているだろうか?

 

 

その辺りを意識してみてください。

 

子供の心そのものを修正しようとするよりも遥かに確実な変化が期待できます。

 

 

 

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みなさん、こんにちは。

 

カウンセラーの佐原です。

 

久しぶりの更新になりますが、皆様はお元気にされていますか?

 

 

前回の記事「子供が学校で友達ができない馴染めないという時、何が起こっているのか?内向型編」はいろいろと反響を頂きました。

 

それほど子供達の友達付き合いを心配されているお母様方(お父様方)が多いということですね。

 

 

友達ができずに我が子が学校で悲しい思いをしているとしたら、それは心が痛みますよね。

 

 

前回のテーマである「内向型」の場合は、それを悪いものとせずに、良きものとして支持して、心を充電しやすいようにサポートしてあげよう、というお話でした。

 

 

頂いたメールを読ませて頂くと、

 

お子さんを無理に直そうとせずに見守ることで、

 

その問題を通じて、お子さんの自我が力強く成長しいく様子が伺えたり。

 

 

すんなりと友達ができたというゴールでは無いにせよ、その経験からお子さん自身が自分が何者であるかを知り、社会との関わり方を探って試行錯誤し、

 

その中で自立心を育てていらっしゃる様子が伝わってきました。

 

 

素晴らしいですね。

 

 

友達と馴染めないという経験から必要な果実を得ることが大切で、それは必ずしも大人が期待するような「友達ができた」という結果ではないのかもしれません。

 

お子さんはその環境の被害者ではなく、たくましく社会と向き合っていました。

 

 

これこそがこの体験で得られる果実ですね。

 

 

大人である私達は「友達ができた=成功」「友達ができない=失敗」などと安易なフレームをはめることで、この子達の豊かな体験の手触りを奪わないように注意したいものです。

 

 

そのためにも、お子さんが得ているものの大きさもよく意識して見ておきましょう。

 

 

私も子を持つ親として子どもたちの様子を見ていて思うことがあります。

 

「この子は私の想像を超えている」

 

「この子は私の知らない方法で問題を解決する」と。

 

 

そう思うことが、よくあります。

 

ですので、私はあまり心配せずに、

 

出来事に不要な意味を与えずにまっすぐに関わっていく子どもたちの素直さの力をできる限り信頼して見守るようにしています。

 

 

 

「もしかするとこの子は私が思っているよりも大きいのかもしれない。」

 

 

この仮説を持って子どもたちに接すると、本当に大人の私達の想像もしないような頼もしい突破力を見せてくれたりします。

 

 

私達の古いフレームでは捉えきれない豊かな才能や性質をこの子達は持っていて、

 

その才能に確かな名前が与えられるのは、もっともっと後になってのことかもしれません。

 

 

 

*****

 

長くなったので、一旦切って「子供が友達と馴染めない 家系編」は次の記事にしますね。

 

 

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みなさん、こんにちは。

カウンセラーの佐原です。

 

先日は大阪での台風。

 

関西の方はご無事だったでしょうか?

 

うちは家と車が葉っぱまみれになるくらいで済んでいます。

 

対面カウンセリングも台風当日をお休みにしただけで、翌日からは通常通り行っています。

 

ご心配頂いた方、ありがとうございます。

 

 

そしてその後は北海道での地震。

 

今も断水が続いていたりライフラインが復旧していないようで、我慢の日々が続きますね。

 

被災された方には心よりお見舞い申し上げます。

 

そして早く復旧して日常が取り戻されることを祈っています。

 

 

********

 

 

さて、本題。

 

 

今日は子育て中のお母様方からいただくことが多いご相談として、

 

「子供に友達ができない。」

 

「子供が学校でひとりぼっちで孤立してる。」

 

というテーマについてお話したいと思います。

 

 

愛する我が子が幼稚園や学校で友達と馴染めずに孤立していると聞くだけでも、親としては心配でたまらなくなりますよね。

 

心が痛みます。

 

 

なんとか力になれないか、解決方法は無いかと、ひたすらにスマホで検索していらしゃるお母様方も多いようです。

 

 

そこで今日は、友達ができないことや孤立について、実際のカウンセリングや心理療法の現場では、どのような原因が明らかにされているのか。

 

そして、どのように解決されていっているのかをお伝えしたいと思います。

 

悩み解消のイメージを掴んでいただけたら幸いです。

 

 

【うちの子は人見知りで内気なんです…】

 

 

「うちの子が友達と馴染めないんです…」と言う場合、様々な原因が考えられますが、まず見て行きますのが、

 

もしかしたらその子は、過度な内向型ではないか?という点です。

 

 

はあ…。

 

と、味気ない返事が返って来そうなのが目に浮かびますが(笑)

 

この内向型というものをちゃんと理解すると、かなりの人間理解につながりますので、是非学んでくださいね。

 

 

内向型というのは、意識を内側に向ける度合いが多い性質のことを言います。

 

 

読書に熱中して心の中で空想を広げることで自分の内面の中だけで遊んだり、

 

考え事をしてアイデアを広げたりすることが好きなタイプです。

 

そういったお子様は(大人の内向型もそうですが)自分の外にいる友達やおもちゃの遊びよりも、内面での一人遊びに強い興味を示します。

 

 

実は私も生粋のこのタイプです。

 

読書を通じて得た知恵を自分の内面で深めて再編集したり、

 

現実の体験を何度も反芻してそこから気づきや知恵や学びを抽出して人に伝えたりすることは得意ですが、

 

そのためには困ったことに、自分の内面で活動する時間が人よりもかなり余分に必要なのです…。

 

 

内向型は外向型に比べて情報を処理する脳の回路が複雑になっていることが脳科学的にわかって来ています。

 

情報が通る神経のルートがかなり長いのです。

 

 

そのため、1つの体験をした時、外向型はすぐにその経験と刺激を処理して次の行動に移ったり、次のことに好奇心を向けますが、

 

内向型はまだその体験の情報処理が終わっておらず、内面で体験の処理をしようと、意識が内側に向き、心の中で出来事を反芻したりしています。

 

 

「うちの子は動きがのんびりしてる。なんでもっとシャキシャキ動けないの?」

 

↑内向型だから次の動作に入る前に情報処理に時間がかかるのです。

 

 

「ほら!またボーっとしてる!」

 

↑今、脳の中は情報処理中です。実はものすごいスピードで情報が回っています。

 

この子にとって非常に大事な作業中なのでちょっと待ってあげてくださいね。

 

 

幼稚園や学校などで子どもたちは、強制的に集団の中に入り友達とのやり取りに外側の刺激をたくさん受けます。

 

更に授業でも新しい情報がたくさん脳にインプットされます。

 

そうすると、内的処理に深さと丁寧さが必要な(つまり時間が必要な)内向型の脳は勝手に、内的処理モードに切り替わろうとします。

 

心が勝手に一人になりたがるのです。

 

静かに一人になって心の内側の処理に集中できる環境を、脳が求めているのです。

 

【内向型は常に時間が足りない】

 

つまり、内向型というのは普通の学校生活を送っていると、常に内向活動の時間が足りない状態にいるということです。

 

その結果、内向型人間は無意識に友達から誘われることを心のどこかで少し恐れていたりします。

 

「学校終わってから、遊ぼうよ。」と言われると、嬉しい半面、内的処理の時間が取れずに新しい刺激が入ることに脳はストレスを感じるのです。

 

 

でも、なかなかお友達にそういう事情を理解してもらうこともできませんし、

 

そもそも本人も自分に何が起こっているのかを理解できていませんし、理解できた所でそれを言語がして伝える力もまだ整っていません。

 

 

だからなんとなく生きづらいし、自分は周りと違うなと漠然とした辛さを感じているものです。

 

 

カウンセリングをしていても内向型のクライアントさんに過去のお話を聞くと、

 

「考えてみると自分の人生は、いかに一人になるかということばかりを考えて生きてきてた」

 

という方が少なくありません。

 

【内向型と外向型ではエネルギーの充電方法が違う】

 

また、もう1つ大切な点として、内向型と外向型ではエネルギーの充電方法が違います。

 

 

外向型は遊びなどの外からの刺激でエネルギーを充電するのに対して、

 

内向型は外的な刺激を可能な限り減らして、内面の深い自分とつながることでエネルギーを充電します。

 

 

大人でもそうですが、土日の休み全てに遊びの予定を入れても大丈夫なのが外向型、

 

最低でも1日は一人で家でまったりする日を作らないとしんどくなってしまうのが内向型です。

 

 

このあたりはお子さんの(そして自分自身の)扱い方をマスターする上でとても大切です。

 

パートナーや友人との違いを尊重する上でも役立ちますので、是非理解しておいてくださいね。

 

こちらのブログに詳しく記事にしていますので、良かったら読んでみてください。

 

>>『あなたは決して人嫌いではない』内向型と外向型の違いについて

 

 

もちろん内向と外向というのははっきりとどちらか一方に、区別できるものではありません。

 

内向の極みと外向の極みの間には緩やかなグラデーションがあって、そこにそれぞれの個性が分布されているようなイメージです。

 

 

 

超内向ーーそこそこ内向ーー普通ーーそこそこ外向型ーー超外向型

 

 

 

 

そこそこ内向くらいですと、そこまで問題ではないのですが、内向の傾向が強いお子さんは、

 

朝起きて内向モードから、学校に行って友達と会う超外向的な世界へのチェンジに戸惑います。

 

まだ自分の心の中でゆっくり考えごとをしたりとどまっていたいのに、無理やり外に出される感覚です。

 

彼ら(彼女ら)は内向きのベクトルのエネルギーは非常に強いく、それを内的思考を深めたり空想を広げるのに使うことはできるのですが、

 

外側に向けて押し出す力は弱いため、覇気のある外向型の子に圧倒されてしまいます。

 

 

友達と関わる場合でもまずは外側で人間関係に何が起こっているのかを観察して内的に理解した後に、行動に出ようとします。

 

内的な納得→行動というプロセスに、少し時間がかかる上に、外への出力のエネルギーも弱いのです。

 

 

このあたりは意識して鍛えていくと、外へ向ける力も強くしていくことができます。

 

ただ、そのためには十分に内的活動の時間を取って自分とつながり、エネルギーが充電されている必要があります。

 

 

【まとめ】

 

いかがでしたでしょうか?

 

内向型のポイントをまとめると3点です。

 

・内向型は情報処理に時間がかかるために、一人の時間を多く必要としている。

 

そのためにグズグズしていたり、ぼーっとしているように見えます。

 

・内向型は一人になり自分とつながることでエネルギーをチャージする。

 

そのため無理に外に出そうとすると自分とつながれなくなり、むしろ弱くなるので注意です。

 

・内向型の子供は家での内向モードから学校での外向モードにチェンジする所で戸惑い、失敗しているケースが多い。

 

このあたりは意識の向け方を理解して、外側モードの自分を鍛えていくことで変わって行ける部分です。

 

 

以上、3点を覚えておいてくださいね。

 

 

もしあなたのお子さんが

 

家でゆっくり本を読んでりして過ごしていて、本人は友達と遊ばないことをそれほど悩んでいないという場合は、内向型のケースの可能性が高いです。

 

 

でも外向型の親は当然ですがそれが理解できないために不安になります。

 

そのため、「外で遊びなさい!」「友達と遊びなさい!」と叱責し、子供の性質を悪いものとしてしまう傾向にあります。

 

 

内向型という性質を理解し、子供自身にもその性質の扱い方を理解させた上で、エネルギーを外に向けるモードも訓練したり、

 

 

いかに自分とつながる内向の時間を確保しながら、学校という社会生活を全うしていくか?という課題を、親子で一緒に考え取り組んで行くことが、今のところ理想と言えます。

 

 

・一人になりたい時には遊びを上手に断わりながらも、友達としてつながるにはどうすればよいか?を模索する。

 

 

・内向という性質を友達にも理解してもらって悪気が無いことを伝える。

 

 

・たくさんの友達よりも、波長の合う友達を一人でも良いから作ることを意識する。(多くの内向型は数少ない友達との深いつながりを求めます)

 

 

・本人も自分の性質を悪いものとしてではなく、良いものとして捉えられるようにしてあげる。

 

 

・内向を治すのではなく、しっかり集中して内向させることでエネルギーのチャージや情報処理を促す。

 

 

・その結果、外向モードになる時間とエネルギーも確保できるので、意識を外側に強く出していく訓練をする。

 

 

といったところを意識していただくと良いと思います。

 

 

ポイントは

 

内向を悪いものとして外向に変えるのではなく、

 

内向の性質を理解して正しく内向のメカニズムを機能させ、その上で外向の使い方もマスターして行くことです。

 

 

ゴールは外向型になった息子さんではなく、内向型としての自己肯定感を持ちながら、外向キャラもしっかり強く育っている状態です。

 

 

内向性によって自分の内的世界を探索し、思索し空想を広げ、卓越した創造性を発揮しながらも、鍛え抜かれた外向性によってそれを外に発表していくことができる。

 

 

それが成熟して人格が完成された内向性のイメージです。

 

 

成熟した先には、その人が内向型か内向型かどちらかも分からなくなっています。

 

どちらの極もマスターし、統合されたのです。

 

 

これはまだまだ先のお話ですが、子育て中の皆様は、まずは内向型の性質を理解して、それをマスターする所から始めてくださいね。

 

 

子供は自分の性質をありのままに両親に受け止め肯定してもらっているだけでも、随分と強くなるものです。

 

そして内向型は自分の合う環境が用意されると素晴らし力を発揮するものです。

 

しっかり意識的に充電させてあげながら、外向のスイッチも作って行きましょう。

 

 

 

次回は「子供に友達ができない」というテーマについて、更にほかの原因も見て、深めていきたいと思います。

 

 

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みなさん、こんにちは。

カウンセラーの佐原です。

 

お盆が終わると急に涼しくなりましたね。

 

皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

 

 

私は先週はお盆休みを取って、久しぶりに兵庫県の実家に帰省して、頭が呆けてくるくらいにゆっくりしきました。

 

 

猛暑のために外に出る気も起こらず、

 

家で父と株や経済や今後の社会の未来や働き方について、あれやこれやと語り合っていたら、

 

「あんたら話が良く合うなー。」と母に呆れられました(笑)

 

 

そう言えば、そんな風に父と話せるようになったのは最近のことです。

 

男というものは主(あるじ)になりたがるもので、1つの家に主が二人というのはバランスしないものなのでしょうね。

 

青年期には折り合いの悪い時期もありました。

 

 

それから私も歳を取り、カウンセリングの仕事を通じて、何人ものクライアントさんのセッションの中で、

 

親子というものがどれほどに深くつながり、もつれ、影響し合うものなのかを見せていただき、

 

そしてそのもつれも苦しみも愛情によってできているのだとクライアントさん自信に体感して頂き、ほどいていくお手伝いをする中で同時に私の中でもいろいろとほどけていったようです。

 

 

気づけば父も自分も随分とお互いが緩んでいて、穏やかな愛情が呼吸するみたいに自然に行き来するようになっていました。

 

 

今では、お互いが良い話し相手です。

 

 

****

 

 

また、帰省中にこんなことがありました。

 

 

家でテレビを見ていると外で遊んでいた娘が帰ってきて、

 

 

「ばあば。バケツどこ~?」と母に話しかけていました。

 

 

「バケツ? 何に使うん?」

 

 

「泥遊びするんや。」

 

 

どうやら今、姪っ子達と公園で砂遊びをしていて、そこに水を流して泥遊びにしよう目論んでいたようです。

 

 

「泥遊び? ええ~。も~。止めとき。汚いのに。あかんで。バケツ持って行ったらあかんで。止めとき。」と母。

 

 

「え~。服汚さへんから。」

 

 

「あかんあかん。ダメやで。止めときよ。バケツ無いで。」

 

 

 

そんなやり取りをみて、あ~。こんなだったな~と。

 

自分もこんな風に反対されてたなと懐かしく思いました。

 

 

母が止める理由も「なんとなくややこしいことになりそう」くらいの根拠しか無いのが子供心に分かってたな~と(笑)

 

 

そして、それでもそうした母の姿は、しっかりと自分の心に内面化され、

 

何かワクワクするような衝動が心から溢れ出す度に、

 

意味のない軽はずみな遊び心に身を任せようとする度に、

 

この声が冷水を浴びせ、燃え始めた心の火を鎮火させていたのでした。

 

 

セラピーではこういった声を取り除くことで無意識の制限を解消し、自由を獲得して行くようなことを行います。

 

 

今ではもうこういった声は自分の中には無くなり、娘と母のやり取りも特に反応することなく、懐かしく、微笑ましく見ていることができるようになりました。

 

 

でももし今も自分の中に制限がかかっていたとしたら、

 

この母の言葉を聞くとイラッとしたり、心に何かしらのざわつく反応が起こっていたことでしょう。

 

あるいは母に言われる前に、発作的に娘を叱っていたかもしれません。

 

 

 

親の価値観や禁止というものは、とても根深く、そして無意識的に機能するものです。

 

 

「何もやりたいことが見つからないんです…」と訴えるクライアントさんの心の奥を探って行くと、自分が自由にすると嫌な顔をする母の姿が出て来ることがほとんどです。

 

 

本当の所は、

 

何もやりたいことが無い、

 

のではなく、

 

母親を嫌な気分にさせずにできることの中に私のやりたいことが無い、

 

ということだったりします。

 

 

両親が良しとする範疇の中に、自分のやりたいことがあるとは限りません。

 

 

多くの人にとって本当にやりたいこととは、両親によって禁止され、そちらへ行かないようにと柵を立てられた、その柵の向こう側の世界に用意されているようです。

 

 

その柵がどれだけ高いのか低いのか、柵に棘があるのか無いのか、見張りの猛獣までいるのかいないのか、それはご家庭によって様々ですが、

 

誰もがその柵を自分の意志で乗り越えて、行動を勝ち取り、未開の地を冒険し、何かしらの果実をもぎ取ることを求められています。

 

 

そしてちゃんと冒険して果実を手に入れりことができたら、もしかするとまた両親のいる安全地帯に戻って、その果実を両親に見せてあげることができるかもしれません。

 

 

その時両親は何と言うでしょうか。

 

 

柵を超えて禁止を犯したことの罪よりも、それを乗り越えて果実を持ち帰った子供のたくましい成長や果実の美しさに、

 

喜びの表情を見せてくれると嬉しいものですね。

 

 

「綺麗だね」と。

 

 

でも、ただ禁止を破ったことに不快感を表し、不機嫌になり、やはり変わらずに怒り出すかもしれません。

 

それは悲しいことですね。

 

 

でも大切なのは、

 

それを選ぶ力は自分には無い

 

ということです。

 

 

綺麗なものとして和解の物語を完結できるかできないのか、それは両親の反応によるものであって、私達にはそれを選ぶ権利も力も無いのです。

 

 

でも、それでも私達は柵を超えねばなりません。

 

 

自分の内側のニーズに忠実に従い、与えられた人生を自分のものとするために、両親の禁止を破らなければなりません。

 

 

 

「お前はちゃんと柵を超えたのか?」

 

 

と、

 

どうやら私達は何歳になっても、人生によってそれを問われているようです。

 

 

人生が上手くいかないとき、人は無意識に柵の中だけを自分の人生だと定義して、その中だけの行動でなんとかできるはずともがいています。

 

 

「その中での頑張りには限界が来ているよ?」と、人生は様々な出来事を使って、それを教えてくれます。

 

そして、

 

 

「柵の外に出よ!」と、

 

 

優しく、時に厳しく、私達の背中を押してくれています。

 

 

*****

 

さてさて、先の娘のお話。

 

 

ばあばにバケツを断られた娘は何も言わずに一人玄関を出て、

 

しばらく庭をうろうろしながら、バケツの代わりになるようなものを探している様子でした。

 

 

そしてバケツの代わりにジョウロを見つけて、それを持って黙って公園に向かったようです。

 

 

鬼の寝ている間に、子供は宝をこっそり持ち出し、

 

公園で待つ仲間のもとへ。

 

 

その時に味わう罪悪感もグッと飲み下して、彼女は大人になって行くのでしょう。

 

 

父としては、次回はもっと恐ろしくてチャレンジングな柵を立ててやろうと思っています(笑)

 

 


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朝目が覚めると、

 

シャー シャー シャー シャー

 

という不思議な音が、3階の子供部屋から聞こえてくる。

 

 

なにこの音?

 

何かの掃除でもしてるんかな…?

 

 

しばらくすると上の娘がリビングに下りて来た。

 

 

「のん。このシャーシャー言うの何の音? ひなは何をしとん?」

 

 

「あー。ひなな。貯金箱からお金出そうと思って、貯金箱振ってる音。

 

今日お祭り行くお金まで貯金箱に入れてもたんやって。」

 

 

て、

 

「貯金箱を振ってる音か(笑)

 

あいつおもろいなー。」

 

 

「うん。ひな、YouTubeで貯金箱のお金の出し方調べてたもん」

 

って、止めてくれ(笑)おこずかいあげたくなるわ…。

 

そんなやり取りをしている間も、

 

シャー シャー シャー シャーと、健気な音が続いております。

 

 

そしてその後子供たちに、「ベランダの瓶に泳がせるから、金魚すくいで金魚すくって来て」とお願いすると、

 

 

これ。

 

 

 

 

すくい過ぎやろ…。

 

 

32匹て…。

 

 

上手すぎるやろ…。

 

 

と、日々贅沢に突っ込みどころを垂れ流しながら、子供たちの夏休みは続いております。

 

 

 

 


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先日の話。

 

小6の娘がやけに不機嫌で、

 

「は~。」と重たいため息を繰り返している。

 

 

身体全身で「不機嫌」というものを表しているようです。

 

 

「ひな。どうしたん?」

 

 

「嫌やわ~。ほんま嫌やわ~。ひな学校辞めたい…。」

 

 

「ほう? どうしたんや?」

 

 

「あんな、席替えしてな。◯◯ちゃんとも◯◯ちゃんともめっちゃ離れてもた。 ほんで近くは知らない子ばっかりで全然面白くないんや。」

 

 

なんだそんなことか…と思いつつ。それは口に出さずに。

 

 

「そっか。◯◯ちゃんと離れたんやな。まあ、同じクラスなんやし、ええやん? 新しい周りの子も、話してみると楽しいかもしれへんで。」

 

 

「全然楽しくない。だって電車の話ばっかりやもん…。」

 

 

「電車か…。男の子なんやな。」

 

 

「もう嫌や。ひな学校辞めたい。」

 

 

「う~ん。辞めたい言うてもなぁ。小学校、義務教育やからなぁ…。まあ、辞めれないことは無いみたいだけど。」

 

 

「嫌や。ほんま辞めたい。」と、えらい怒っています。

 

 

「うん。辞めてもええけど、ひな自分で先生に言いや。ととよう言わんで。

 

席替えの結果が嫌やから学校辞めさせますとか、無理やわ~。

 

ひなが自分で言うんやで。先生。ちょっと話があります。今の席が楽しくないから学校辞めたいと思います。て。」

 

 

「え~。ととが言うてよ。連絡帳に書いて。」

 

 

 

連絡帳に書いて…て(笑)

 

 

思わず、ぷっと吹き出してしまいました。

 

 

「連絡帳に、「学校辞めさせたいと思います。」とか、無いわ~。」

 

 

「え~。書いてよ~。」

 

 

と、まあ、そんな感じでその日は終わったのですが、

 

 

それから数週間したある夜。

 

 

娘は何やらえらいご機嫌な様子で、ニコニコしています。

 

 

「ひな、どうしたん? えらいご機嫌やん?」

 

 

 

「うんー。ひな、今、学校めっちゃ楽しいんや(*^^*)」

 

 

 

「え…? あんたさん…。学校辞める言うてはりましたやん…。」

 

 

 

「え~。 今の席の子ら、めっちゃ面白いんや。ひな、もう土日の休みが嫌なんや。日曜日が憎たらしい。もったいないんや。早よ月曜日が来てほしいんわー。」


 

周りと打ち解けてみたら、楽しい子達だったようです。


 

「はぁ。それは、よろしいですなぁ…。」


 

「早よ。明日が来うへんかな~。」

 

 

僕の心の中↓

 

学校辞めたい言うてたのに(笑)学校辞めたい言うてたのに(笑)学校辞めたい言うてたのに(笑)学校辞めたい言うてたのに(笑)学校辞めたい言うてたのに(笑)学校辞めたい言うてたのに(笑)学校辞めたい言うてたのに(笑)学校辞めたい言うてたのに(笑)学校辞めたい言うてたのに(笑)学校辞めたい言うてたのに(笑)

 

 

ほんと、どの口が言うてるねん…ですね。

 

 

 

面白いものです。

 

 

でも人の心って、そんなものですよね。

 

節操もなく、状況によってコロコロ変わります。

 

とても良く分かります。

 

 

娘にとってあの時の「嫌だ」も本当だし、「学校辞めたい」も本当だし、

 

そして今の「学校楽しい」も本当で、「早よ明日が来うへんかな~」も本当。

 

 

これくらい節操無く感情は揺れ動くものだし、そうあっていい。

 

そこに一貫性など求めなくて良いですよね。

 

むしろそのコロコロ変わる一貫性の無さの中に人間の面白さはあるなと、思います。

 

 

 

もしここに教訓があるとすれば、それは、

 

 

「嫌だ。」という不満を無理に良いものに変えようとする必要は無いということですね。

 

 

「嫌だ。」に抵抗して、無理に「学校楽しい」に変えようとすると、

 

その戦いの力学によって、「嫌だ。」はよりいっそう強く「嫌だ。」というポジションに留まろうとしてしまいます。

 

 

でも、「嫌だ。」に丁寧に寄り添ってみたり、それをむしろ広げてみたり展開させてみると、

 

「嫌だ。」もやがてどこかでコメディの色合いを帯び、ポジティブな魅力を発揮し始めます。

 

 

「連絡帳に書いてよ~。」みたいな、素敵なネタになって僕を喜ばせてくれます(笑)

 

 

こういう体験を通じて、娘自身も、自分の中の不満やネガティブ感情で遊ぶという感覚や、感情との上手な付き合い方や距離のとり方を学んで行ってくれます。

 

 

 

そしてもう1つの教訓は、

 

 

・結論を急がずに宙吊りのまま置いておく

 

 

ということですね。

 

 

学校嫌なん? 辞めたいん? なんで嫌なん? どうするん? 考え方変えられない? と、突き詰めて結論を出そうとせずに、

 

 

「へ~。嫌なんや~。辞めたいんやな。そっか~。」

 

 

で、止めておいて良いんですね。

 

 

もし、どうしてもそれを突き詰めたり、なんとかポジティブな気持ちに変えたいという気持ちが出てくるとすれば、それは、

 

 

親である私達の中に「不安」が出てきているということですね。

 

 

自分の心が不安が落ち着かないから、落ち着かせるためになんとか子供の気持ちを変えたくなっているということですね。

 

 

つまり本当は、子どもの問題ではなく親の問題なのです。

 

 

その場合は、子供をなんとかしようとせずに、自分自身の気持ちに触れて

 

「あぁ。この子が学校を嫌がると、私は不安になるんだな…。」

 

と自分の感情を深めて、寄り添ってあげてくださいね。

 

 

 

子供たちはただ今の気持ちをまっすぐに表しているだけで、その真っ直ぐさには子供たちの生命力が現れているだけで、

 

そこに「良い」や「悪い」は無いんですね。

 

 

結論や結果を出そうとせずに、ただ、

 

「そっか~。」と受け止めて、そのままにしておくと、その真っ直ぐな生命力は勝手に次の展開へと動き出して行ってくれます。

 

 

「今、めっちゃ学校楽しいねん。」と、

 

 

新たな場所へと動いて行ってくれます。

 

 

 

天気のように、心は移り変わりますからね。

 

その一貫性の無さを楽しみ、

 

重い意味を与えずに、

 

 

雨の日は雨の日で、

 

晴れの日は晴れの日で、

 

それぞれに趣があるなと心を遊ばせてあげると、生命は萎縮することなくのびのびと拡大し、次へと進んで行ってくれます。

 

 

こぼれた水が広がるように、それは思いもよらない自由な形を描いて広がっていくもののようです。

 

 


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皆さん、こんにちは。

カウンセラーの佐原です。

先日は大阪で大きな地震がありましたね。


僕の地元なのでご心配いただいたようで、たくさんの方からメールをいただきました。
気にかけてくださって、ありがとうございます。

とても温かい気持ちになりました。

大阪の皆さんは大丈夫でしたか。

怪我なく過ごされていたら幸いです。

そして、お亡くなりになった方のご冥福をお祈りします。


うちは幸い誰も怪我することなく、物一つ壊れることなく、無事で過ごせております。 


僕はといえばそんな騒ぎの中、東京に出張しておりまして(今も東京なのですが)

ですので、僕もテレビで被害状況を見る他なく、

 

ヘリからの中継で自分の見慣れた地元を見るのは何とも言えない感覚で、

本当のところ自分にとって何が大切なのか、それを思い知る時間となりました。


地震の揺れの最中、「ひな!テーブルの下に隠れ!」という妻の声に、娘は慌ててインコのソラのカゴを手にとって、テーブルの下に入ったそうです。

それぞれに守るべきものがあるのですね。



夜になって改めて、電話で娘の地震体験を受け止めました。

娘は興奮覚めやらぬ感じで話してくれました。


「あんな。最初にドーーン!って、でっかい巨人がコケたみたいな音がしてな。」って…。


世界観、独特やな…。

 

ちょっと微笑ましくなりました。


もうこれ以上、でっかい巨人がコケないことを祈ります。



上の娘とも話しました。


「のん。死ぬなよ。」


「うん。死なへんで。絶対死なへん気がしてきた。もう慣れて来て全然怖くなくなってきたんや。」


妻は、

「はいはい。もうええから。切るでー。」



と、どこをどの角度から踏み込んでもシリアスにはなり得ず、どうしても覆らない鉄壁の日常感の頼もしいこと。


分厚い膜のように包まれていて、現実に何が起ころうとも牧歌的な膜の中で優しくバウンドして衝撃が吸収されていく。

 

 

思えば自分はずっと昔からいつもその膜に守られていたように思います。


いつもそれがあって、どんな衝撃も優しく処理されて、良い方向に流れていく。


あの優しく分厚い膜。

 

 

あれは何でしょう?

 


おそらく僕が人に与えられる最良のものも、それなのだなと思いました。


あの優しい膜からはみ出てはぐれてしまって心細く震えている人を、一人ひとりまた優しい膜の中に帰って行けるようにセラピーします。

 

元々、そんな膜と縁が無い方には、僕の膜の中に招待します。

 

 

 

なんか分からないけど幸せ感が続く。とか。

 

なにかに守られている気がして感謝が溢れてくる。とか。

 

何があるって訳じゃないんですけど、安心感があるんですよね。とか。

 

 

それは、きっと元いた優しい膜の中に入って行けたってことですよね。

 

 

僕が大切に守りたいと思っているものもその柔らかい膜です。

 

 

それはご先祖の代より引き継がれたもので、

 

どんな自然災害も決定的には奪えなかったもので、今も皆さんの周りを優しく包んでいます。

 


 

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みなさん、こんにちは。

カウンセラーの佐原です。

 

梅雨入りして蒸し暑いなと思ったら、寒いくらいの夜があったり、なんだかよくわからないことになっていますが、

 

皆様はいかがお過ごしでしょうか。
 

 

僕はやたら気力が充実していて、ガツガツ仕事をしております。

 

こちらの子育てブログでは、久しぶりになってしまいました。


 

中2と小6にまで成長した娘たちは今、

 

スマホアプリの「Tik Tok」にハマっています。

 

 

皆さんはご存知ですかね。「Tik Tok」

 

動画の自撮りをアップするコミュニティアプリで、インスタの動画版みたいなものですかね。

 

 

音楽に合わせて、口パクで歌ったり振り付けを踊ったりして、その動画をアップしては、いいね!とか押します。

 

 

 

何度も見せてもらったのですが、

 

 

何が面白いのか、さっぱり分かりません…(笑)

 

 

でも、その「分からなさ」が逆に新鮮で、

 

女の子が自分の美を追求していくことの楽しさというのは、これほどナチュラルに備わっているものなんだな、と、


 

そこに人間の自然を見て、

 

天によって人間はどのように設計されているのか、その意図を読み解き、その先にはどういう未来があるのかを想像したりしています。

 

 

 

「Tik Tokばっかりせんと、公文の宿題しーや。」と、親としてたしなめるわけですが、

 

でも本当のところ、ある種の勉強よりもTik Tokをやっている方が、はるかに勉強になるだろうな、とも思っている自分もいます。

 

 

体や顔の表情筋をフルに使って振り付けを踊り、その動画をすぐに見てみることで、自分にフィードバックを与える。

 

 

そうすると無意識は勝手に細かい筋肉の使い方を学習し、魅力を最大化させる方法を習得します。

 

 

更に、内的にどんな感覚の時に、周りに自分がどのように見えているのかというデータも無意識下に集積して行っています。

 

それは、特殊な感性と自意識と自信を作ります。

 

 

今の20代の若い子たちと話していると、私たち昭和世代が持っているようなある種の「恥」だったり、

まっすぐと身体表現をすることへの恐れのようなものを全く共有していないことに驚きます。
 

 

私達は、どこか自分というものが知り尽くせないものであり、

 

自分の姿や無意識が周りにどのように映っているのか、見られているのか、

 

その「分からなさ」に恐れ、恥じ入っている部分があります。

 

(カセットテープで初めて自分の声を聞いたときの、驚きを今でも覚えています。)

 

 

でも自分が赤ちゃんの頃から、動画で動く自分を見て育った世代には、

 

自分というものが人からどう見えるのか、そこが完全に開発され尽くしていて、恥を残しておくべき未開の地がありません。

 

 

私達が持っているような湿気た自意識を彼ら彼女らは持ち合わせておらず、とてもさっぱりとしていて(それは味気ないほどにさっぱりとしていて)そして自由です。

 

 

これ。完全にニュータイプです。

 

 

(そしてこれは完全に余談ですが、谷崎潤一郎的?昭和的?な文脈で言うと、その未開の地(陰影)にこそエロスが宿っており、

 

それゆえ新しい世代の男性は女性にエロスというものを感じることが以前より難しくなっているようにも感じます。)

 

 

それでも、新しい時代の自意識の軽さは、不要な恐れを背負うこと無く、軽やかに行動し、コミュニケートして新しい社会を作っていくのでしょう。

 

 

エロスというものを女性の抑制された影の中にではなく、開放された輝きの中に見出すことで、ほんとうの意味でぼ女性開放は成就していくのかもしれません。

 

 

いずれにせよ、新しいテクノロジーは私達の感性や自己意識を確実に(そして不可逆的に)変化させていきます。

 

 

だから、私は親として、親的な文法に従って、「Tik Tokばっかりやってないで、勉強しーやー。」と言うものの、

 

 

その一方で、Tik Tokのようなテクノロジーによって開発され尽くした娘の自意識や感性が、

 

どのように世界を捉え、何に価値を見出していくのか、そこにこそ勉強以上の可能性を見ています。

 

 

そして、そんなニュータイプになった彼女達からこそ、昭和世代の私達が学ぶことがあるような気がしています。

 

これは今はまだ予感のようなものですけど。

 

 

でも、「勉強しなさい!」というのが、彼女たちを私たち昭和世代の古いパラダイムに縛り付ける足かせになっていないか、

 

 

彼女の発している表情やエネルギーが軽やかなままでいるかどうか、そこは常に意識しています。

 

 

彼女たちが生きる時代は私達が体験したことの無い未来です。

 

 

そこでは私達の経験則からくる教訓こそが毒になる可能性もあるということに、謙虚でいたいですね。


 

どちらかというと、学ぶのは私達の方なのではないか?


 

それくらいの感覚でいたほうが、これからの変化の時代のスピードに上手く乗っていける気がしています。

 

 

 

 


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みなさん、こんにちは。

 

カウンセラーの佐原です。

 

お久しぶりです。

 

最近、寒の戻り凄まじいですね。

今朝も寒っ!ってなって目が冷めました。


今日から娘達も新学期らしくて、昨晩はクラス分けがどうなるか。

仲良しの◯◯ちゃんと一緒になれるかどうかが心配なようで、

 

「もー明日学校行きたくないわ〜。」とぐねぐねしながら言っていました。

 

「一緒になれるかどうかで今後のひなの人生が決まるんやで。先生がそれを決めるんやで。」と、えらい思い詰めています。



僕も適当にアドバイスをします↓

 

「そういう時はひな。最悪を考えてみ。◯◯ちゃんが東京に引っ越してしまって、もうなかなか会えへんねん。どうする?」


「うわ〜。それめっちゃ悲しい…。嫌や…。(´・ω・`)」


「そやろ。でも明日はどうや? 最悪でも違うクラスになるだけやな。どんな感じ?」


「えへへへへへ(*´∀`*) クラス違っても一緒に帰れるし。ダンスでも一緒やし。公文でも会えるし。」



って、めっちゃ単純やな…。

 

そんなんでええんか…。

お父さんカウンセラーとして自信をもらうわ。

 

子供の心はシンプルで面白いな。

 

 

上の娘もナーバスになっていたので同じように言うと、

 

「でもそんなん現実ちゃうし…。」って、

 

 

お前はリアリストか!
 

僕に似てしまって気の毒に…。

 

 

最悪を想像して、現状と対比させるやり方。

 

どうやら、心がシンプルな子には役立つみたいですね。

 

何かの折に使ってみてくださいね。

 

 

 


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みなさん、こんにちは。

 

カウンセラーの佐原です。

 

いやー。温かくなってきましたね。

 

 

 

あちこちで春を感じられる大好きな季節がやってまいりました。

 

 

昨日は良い天気だったので久しぶりに近所を散歩したのですが、

 

春の日差しを受けた草花や街路樹からウキウキとするようなエネルギーが感じ取れて、こちらまで嬉しくなりました。

 

 

さあ、春だぞ。春が来たぞ。花開くぞ、と。

 

 

そう言っているようでした。

 

 

草花も木々たちも、小動物達もみんな目覚めはじめたようですね。

 

負けてはいられませんね。私もそろそろ冬眠から目覚めようと思います(ブログ放置しすぎの言い訳をええ感じに詩的に表現したぞ!)

 

 

 

ということで、久しぶりの更新です。

 

 

今日のお話しは、お子さんがコミュニケーション上手になるために、つまり人と上手くつながる能力を育むために、

 

赤ちゃんの間にやってほしいことです。

 

 

うちの娘達はもう赤ちゃんではなくて、中1と小5でして、鏡の前で日々TWICEのダンスを踊っておりますが、

 

今日のお話しは対象年齢をぐっと下げて、赤ちゃんのお話しです。

 

 

私の周りでも昨年くらいから赤ちゃんの出産ラッシュですので、新お母さんに参考にしていただければと思います。

 

 

個々数年、企業が新入社員に求める能力でもトップに選ばれているのが「コミュニケーション能力」ですね。

 

それを我が子に与えるために何ができるのか。

 

そういうお話しです。

 

【コミュニケーション力は言語能力ではない】

 

コミュニケーション能力というとその人の言語能力を指すように思われていますが、

 

実際にはそれ以前に、

 

人とつながる感覚を形成できるか、

 

とか、

 

信頼感を育める力があるか、

 

というものがベースにあります。

 

 

人とつながる力がベースで、その上に言語の表現力が乗っているイメージです。

 

 

そして、それぞれに対応している脳の部位が違っています。

 

 

言語能力=大脳新皮質

 

つながる力=脳幹や辺縁系

 

 

言語能力は大人になってからいくらでも鍛えられますが、人とつながる力、信頼を育む力は幼い頃の体験がとても大切になります。

 

 

特に以下の3つを注意していただけたらと思います。

 

 

【人とつながる力を育むための3つの】

 

 

1)赤ちゃんが物を舐める体験を奪わないでください

 

 

赤ちゃんは物を見て触れて認識するだけではなく、口に入れて舐めることでも認識しようとしますね。

 

この舐めるという体験は舌の感覚を育て、それがやがて内蔵感覚の発達へとつながります。

 

そしてその内臓感覚こそが人が相手とつながる感覚の土台を創っていると言われています。

 

 

自分の本心を打ち明けて話すことを腹を割って話すと言いますね。

 

そのように腹で人とつながる感覚を作るのが、腹とつながっている舌の感覚学習によってだというのです。

 

 

舐めた時の舌の感覚や味で対象を知ろうとすることが、やがては他者と深くつながる感覚や相手を知るという実感のベースになっていくのです。

 

 

これ、知らなかったですよね。

 

赤ちゃんのうちは舐めることで対象を体験しようとしますから、その体験をあまり奪わないようにしてくださいね。

 

むしろ様々な感触のものを舐める体験を与えてあげるのも良いと思います。(もちろん衛生上の問題や誤嚥などの危険が無いようにしてくださいね。)

 

 

2)スキンシップはたっぷりと

 

 

皮膚は「露出した脳」と言われています。

 

皮膚にどんな刺激が与えらたかは赤ちゃんの脳や情緒の発達にとってとても大切です。

 

 

退屈な皮膚体験にならないように、たくさんハグしたり触れ合って心地よい刺激を与えてあげてくださいね。

 

快の身体感覚によって他者を体験できるようにしてあげてください。

 

 

スキンシップによって分泌される脳内物質であるオキシトシンは、ストレスを緩和し愛情や落ち着きをもたらし、また身体の成長を促すと言われています。

 

 

皮膚=露出した脳に沢山の良い刺激を与えることで、他者というものが信頼できる快の存在であることを身体レベルで学んでもらいましょう。

 

 

3)非言語のコミュニケーションを楽しみましょう

 

 

人が他者とエネルギー的につながる感覚。

 

相手と無意識レベルでつながって一体感を生み出す感覚を、心理の世界ではラポール(架け橋)と言います。

 

 

このラポールを形成する力は生きていくためにとても大切で、

 

 

ラポールが形成された状態での沈黙はとても心地よい安心感があるものです。

 

ラポールが形成されていない状態での沈黙はとても気まずいものです。

 

 

ラポールの形成が上手な人は、誰からでもすぐに好かれます。

 

無意識に(非言語に)「私はあなたの味方ですよ!」と伝えているからです。

 

 

ラポールの形成が苦手な人は、いくら話しても冷たい印象しか残らなくて、なかなか人に好かれない傾向にあります。

 

 

 

ではラポールを形成する力はどこで育まれるのでしょうか。

 

 

それは、お互いに顔を見合わせ、目を見て微笑み合い、仕草の真似っこをして、

 

そうやって相手と言葉を介さずにコミュニケーションを取ることで磨かれていきます。

 

 

赤ちゃんは言葉を使わないので、「思い」や「表情」や「声色」や「皮膚感覚」のようなレベルでやり取りができますね。

 

 

そういった経験が、言語を越えて他者とつながる力を育んでくれます。

 

ということで、

 

まとめておきましょう。

 

 

1)赤ちゃんが物を舐める体験を奪わないでください。

 

2)スキンシップはたっぷりと。

 

3)非言語のコミュニケーションを楽しみましょう

 

 

 

以上3点を意識していただければ、他者とつながるためのベースとなる能力が豊かに育まれていきます。

 

 

言語でのコミュニケーションはそのベースの上に乗っかるもので、そこは後からでもいくらでも学習が可能です。

 

 

でも、言葉をいくら巧みに使えても、身体感覚でつながることができていないと、

 

いくら話しても親密になった気がしない、

 

どこか場にふさわしくないようなセンスのない発言をしてしまう、

 

ということになりかねませんので、

 

 

赤ちゃんのうちに沢山触れて見て思いを注いで、つながって楽しんでくださいね。

 

 

僕も赤ちゃんに戻れるなら、もっといろんな物をベロベロ舐めてたら良かったって思います(笑)

 

 

ではでは、

 

読んで頂いてありがとうございました。

 

皆さんのこの季節が楽しい日々でありますように。

 

 

 

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