田中はどうしても金が必要だった。

1000万。

それだけの金が来週までに揃わないと田中の経営する小さな会社はつぶれてしまうのだ。

友人、親戚、恩師…
借りれる金は借りつくした。

頼れる者はもういない。
かといって自分の力だけではどうする事もできない。
田中は完全に追い詰められていた。
銀行強盗でもするか…?


そんなとき、偶然インターネットで見つけたのが「完全犯罪屋」であった。

完全犯罪屋。
店の説明を読むとその名の通り、完全犯罪をサービスとする店のようである。

田中はわらをも掴む思いで、完全犯罪屋に完全犯罪を依頼することにした。



完全犯罪屋には、専用の依頼フォームがあった。
名前は住所は明かさなくてもよく、
入力は「メールアドレス」「依頼内容」の二つだけである。

田中はメールアドレスを入力し、依頼内容を
「現金1000万円を足がつかぬように、3日以内に手に入れる」
とした。


翌日、田中がフォームに入力したメールアドレスに次のようなメールが届いた。

「ご依頼、ありがとうございます。
私どものモットーは「完全犯罪の遂行」。
必ずクリアーな方法で現金を奪って見せます。
絶対に足はつきません。
ご依頼に対するお支払いですが、
お客様の設定された期限が3日以内ということなので、現金強奪の通常料金100万円プラス機嫌の指定料金10万円で合計110万円になります。
お支払いは下に記した口座へお振込みください。
振込みを確認した日から3日以内に完全犯罪を遂行します。」


田中はこの「完全犯罪屋」に全てを託す事にし、なけなしの金を振り込んだ。


振込みから1時間後、田中のもとに完全犯罪屋からメールが届いた。


「ご依頼主様。
足をつけずに現金を強奪する事に成功しました。
ありがとうございます。
これこそ、完全犯罪です。」
「ダイヤモンドか警備員、さあどっちだ?」

事件が起きたのは昨日の深夜。
ある博物館からダイヤモンドが盗まれたのだ。
幸い、警戒中のパトカーが犯人が奪った博物館の車を発見し、あるごみ焼却場まで追い詰める事ができた。
犯人は武装している恐れがあり、うかつには近寄れず、緊迫した時間が流れた。
そして一夜明けた今朝、警察にこんな電話が入ったのだ。

「ダイヤモンドは頂いた。盗む際、邪魔をした警備員も俺の手の中にある。
つまりこちらには人質がいるという事だ。
俺の目的はダイヤモンドではない。現金だ。3億円用意しろ。
そこでお前らに選択権をやる。3億円と引き換えにダイヤモンドか警備員、どちらかを返してやる。
どちらを選んだ場合も、残った一方は焼却炉で燃やす。
午後3時までに決めろ。」


警察は悩んだ。
犯人が盗んだダイヤモンドは時価10億円はする代物だった。
ダイヤモンドを取り返した場合警備員は死ぬ事になり、そのような事は世間が許さないだろう。
かといってみすみす10億円を灰にしてしまい、さらに3億円払ってしまっては犯人の思う壺ではないか。

悩んだ結果、警察はダイヤはあきらめ、警備員を取り戻す事にした。
倫理上、こうするしかない事は誰もがわかっていたことだ。

やがて犯人から再び電話がかかってきた。

「さて、3時になったがどちらにするか決めたか?」

「警備員を返してくれ。人命には代えられん。ただし、無傷で返すんだ。」

「よし分かった。先に警備員を開放する。」


やがて両手を挙げた警備員が焼却場の中から歩いてきた。
警備員を介抱すると、警察は犯人に向ってメガホンで言った。

「バカなやつめ!!先に人質を返してしまったら金は手に入らんぞ!!」

しかし、犯人からは何の返答もない。
恐る恐る武装した警官が焼却場の中に突入してみると、そこには誰もいなかった。


「しまった!犯人の目的はもともとダイヤモンドだったのだ!まんまと逃げられた!!」


警察は必至で犯人を追ったが、結局捕まえる事はできなかった。


開放された警備員は、警察の要求どおり無傷だったのでその日のうちに家に帰された。
家に帰ると妻が心配そうな顔で駆け寄ってきた。

「あなた、大変でしたね。怪我はありませんか?」

「うん。大丈夫だ。一時はどうなる事かと思ったが、とっさの機転で何とかなったよ。」

そう言うと警備員は制服のポケットからダイヤモンドを取り出し、微笑んだ。

「警察もバカだな。まぁ、倫理上こうするしかない事は誰もがわかっていたことだが。」
どうもいい気分ではない。
階段を上りながら田中は思った。
前にいる高校生がスカートを覗かれないようにお尻を押さえているのだ。
田中には覗く気など無い。
が、いかにも田中が覗こうとしている態になっている。
田中はチョット小走りになるとゆっくりと歩く女子高生を追い抜いた。

よし、コレで安心だ。お互いに無駄な心配をしなくてすむ。

が、階段で走るのは中年の体には少々堪えた。
少しばてていると、後ろから走る音が聞こえる。
さてはさっきの女子高生か?
そう思ってチラッと振り返ると、それは年老いた老人だった。
老人は田中をひょいっと追い越すと、軽快に階段を駆け上がっていった。元気のいい老人だと見送っていると、老人が走っていく先に3~4人の人ごみが見える。
見るとさっきの老人もその輪に加わっているようだ。
なんだろう?
田中は好奇心から足を速めた。


その輪の中心には小さな男の子がいた。
どうやら泣いているようだ。
周りの大人たちは男の子を泣き止まそうとしているのだ。

と、思ったが、どうやら違うようだ。
男の子を囲んだ大人たちが男の子を泣かせているのだ。
見るとさっきの老人が男の子の服を掴んで引きずろうとしている。

「おい!なにをしてるんだ!」

田中は階段を駆け上がり、男の子に駆け寄った。
が、田中がたどり着こうというときに、
なんと、先ほどの老人が男の子を蹴飛ばして階段から転げ落としたではないか!
男の子は泣きながら勢いよく転げ落ちていき、やがて見えなくなった。

「なんと言うことだ…!なんてことを…!」

田中は男の子を追おうとした。
が、さっき追い抜いた女子高生が道を阻んでいる。

「どけ!今のを見なかったのか?!小さな子が階段から落ちたんだぞ!」

田中は叫ぶように言った。
が、女子高生はどこうとしない。
そのうちに男の子を囲んでいた大人たちが逃げるように階段を駆け上がっていった。

「まて!!」

田中は卑劣な大人たちを追いかけた。
階段を登りきると、大人たちが奥のドアに入っていくのが見えた。

「逃がさないぞ!」

田中は出せる力を全て出して走ると大人たちが逃げ込んだドアを開けた。




そこは、天国だった。




田中は車を運転していた。
だいぶ酔ってはいたが急ぎの用が出来たので仕方がなかった。
時計を見ると午後10時を回ったところだ。

ふと見るとパトカーのランプが見える。
どうやら検問のようだ。
急いでいる時に限って…ついていない。

パトカーの前で車を止めると警官が駆け寄ってくる。

「飲酒運転の検問です。この機械に息を吐いてください。」

田中は指示に従った。
機械は反応しなかった。

「はい、OKです。お急ぎの中すいませんでした。」

そう言うと警官は田中の車を通した。


運転しながら田中はつぶやく。

「はぁ、こっちは急いでるってのに検問とはな。酒を飲んでなくてよかった。それにしても自分の運転する車に酔うとは、なんとも情け無いものだなぁ…」





今日から新しい生活が始まる。
新しい街、新しい会社、新しい仲間。
きっと楽しい日々が待っているのだろう。

田中は家を出た。


最寄の駅から電車に乗る。
会社までは電車で三十分ほどだ。
運よく座れた田中は一息つくと周りを見渡した。


なんと言うか、活気が無い車内。


もちろん朝の電車であるから、眠そうな顔をしたサラリーマンばかりであるのはなんら不思議な事ではないのだが…
元気が無いというか、気の抜けたような人達ばかりだ。

「何だ、この陰気な電車は。こっちは新しい生活でワクワクしてるってのに。毎日こんな感じなのかな…」


電車を降りた田中は気を取り直して会社へと向った。
澄み切った空気、さわやかな太陽、すがすがしい小鳥の声。
田中は意気揚々と歩いた。

会社までの10分程の道のり、
田中は何人ものサラリーマンを追い抜いた。
決して早歩きをしているわけではないのだが…
皆ゆっくり、うつむきかげんで歩いているのだ。
中には立ち止まってため息をついている者もいる。


「今日は月曜だから特別に気乗りがしないのかな…」


会社に着くと係の者に連れられて自分の部署へ行き、部長に挨拶をした。そして自分のデスクにつくと周りの同僚に簡単に自己紹介をした。
係の人、部長、同僚。
どれをとっても活気が無い…
暗く、生気を感じない…


一体なんなのだ。


電車から感じていた事だった。

この街はなんなんだ。
全く生気を感じない…

俺は今新しい生活を向かえ、こんなにもやる気と希望に満ちているというのに。
こんな空気ではこちらまで消沈してしまうではないか…


その時だ。
隣に座っていた同僚が目の前の自分のデスクにドンッと頭を突くとつぶやくように言った。




「死にたい…」




するとどうだ、ソレが合図だったかのように周りの同僚が次々につぶやきだした。




「死にたい…死にたい…」




気がつくと田中を除く全ての社員が同じように頭をデスクに打ちつけながら「死にたい」と何度もつぶやいている。



「いったい…なんなんだ!?」



田中は底知れぬ恐怖を感じた。
今までにこのような状況に出くわしたことなどない。




「死にたい…死にたい…!」




田中はたまらなくなって立ち上がると部屋を飛び出した。

廊下に出ると…
「死にたい」という声はより一層大きく聞こえた。
下の階の人々も同じ事をつぶやいているようだ…
田中は両手で耳をふさぐと夢中で階段を駆け上がった。


階段を登りきり、屋上の扉を開ける。
太陽の光と共に田中の耳に届いたのは…





「死にたい…死にたい…」





街、全体…街全体がそうつぶやいているのだ…



「なんだんだ!?この街はどうなっているのだ!?」


端っこにある手すりまで駆け寄ると、下を見下ろしながら田中は叫んだ。


その時。
田中は思い出した。


死にたい…?
そうだ。
俺は、死んだのだ。

俺は屋上から飛び降りて死んだのだ。
全ての事が嫌になって死んだ…

死んだはず…
なぜ、こうして生きているのだ…?




田中が困惑していると…
屋上の隅から一人の老人が歩いてきた。




「俺は…俺は…ココはどこなんだ?」



田中にはその老人が全てを知っているように思えた。


老人は答えた。



「ココは天国だよ。」


「天国?!」


「そう、天国。
まぁ人によっては地獄とも言えるか…」


老人はゆっくりとした口調で話した。


「人は死ぬと自分と同じ人間がいる世界に行くのだ。
心の優しい人間は心の優しい人ばかりが生活する街にゆく。
逆に乱暴な人間は乱暴なものばかり集まった世界にゆくのだ。」


「自分と同じ人間…」


「そうだ。この街を見ろ。お前がたくさんいるぞ。
皆絶望し、死ぬ事ばかりを考えている。」


そう言うと老人はゆっくりと立ち去った。


田中は呆然とたちつくした。

街からは絶望の声が響き続けている…



涙が出てくる。
とめどもなく、涙が出てくる。

「俺は…俺は…」



涙が止まらない…




「田中さん!」




その声で田中は目を覚ました。
見るとそこには医者や看護師が…

「気がつかれましたか!ココは病院です。あなたはビルから落ちたのです。運よく木がクッションになったおかげで足の骨折と打撲だけですんだのです。」


意識がもうろうとしている。
ふと、横のベッドを見ると小さな子供が苦しそうにしている。そばにいる両親はしっかりと子供の手を握りしめ祈るようにしている。


医者が言う。

「田中さん!あなたは自ら命を絶とうとしたのです!
もうこんな事は二度としないと、もう二度と死のうなんて考えないと、私に約束してください!」


田中はゆっくりと目線を医者に向けると
なにか決心したかのように深くうなずいた。




ダクは2体の人造人間は完成させた。

長年の研究の成果だ。
まだまだ人間と同じレベルとまでは行かないが、原人ほどの知能は有している。
ダクは2体の人造人間をそれぞれAとEと名づけた。

アダムとイヴの誕生は大きく報道され、各国の研究者達がAとEを元にした新しい人造人間開発に次々と乗り出した。

世界は人造人間でいっぱいになった。

が、そのうちに倫理的な問題から人造人間の製造に意義を唱えるものたちが現れた。
この問題は瞬く間に大きくなり、政府は人造人間製造を禁止する事にきめた。
今まで製作された人造人間は全て破棄されることになった。

ダクはどうしてもIとEを手放したくなかった。
そして、二人を違う星に隠す事を思いついた。


ダクはアダムとイヴと共に宇宙船に乗り込み、旅をした。
1年ほどたっただろうか。
銀河系の端にきれいな星を見つけた。

早速その星に降り立ってみる。
この星なら水も大気もあるから二人が住むのにぴったりだろう。
ダクはアダムとイヴをその青い星に置くと、少しはなれたところに宇宙船を止め、命が続く限りアダムとイヴの成長を観察する事にした。



何万年もの年月がたった。




宇宙研究の第一人者である田中は天体望遠鏡を覗いていた。
見慣れた風景。
が、何かおかしいところがある。なんだろう?

「あ!」

田中は小さい声を上げると、宇宙研究所に電話をかけた。

「もしもし、田中だが。
今、月を見ていて気がついたのだが、月の表面にはドアのようなものがあるのだ。もしかしたら月は巨大な宇宙船なのかもしれない。」
最近田中には見たくも無い幽霊が見える。

それは決まって朝の電車の中であった。
その男の霊は前々から田中が思いを寄せていた女性の横に立っているのだ。なんとも嫌なものだ…


田中は友人の勧めである霊媒師のところに行く事にした。


「それじゃあ、君は霊が見えない体質になりたいというのだね?」

田中が霊感の強さを説明すると霊媒師は真剣な顔つきでそう言った。

「はい。僕は幽霊なんか見たくないんです。どうか僕から霊感を奪ってください。」

「見ると君の霊感は普通の人とさほど代わらない。
毎朝見るというその霊。君に見えて他の人に見えていない霊はきっとその霊だけだろう。その霊さえ気にならなければ何も問題は無いんだがね。」

「いえ、それが気になるのです。お願いです、僕から霊感を取り除いてください。もし、あなたにできないというのなら他をあたりますが…」

霊媒師は少し黙るとこう言った。

「霊感を取り去る事は可能だ。だが、それにはちょっとしたリスクが伴う事があるぞ?」

「リスク?」

「そうだ。霊感というものは誰にでもあるのだ。
そうだな、例えば標準値を50とすると君の霊感はせいぜい55といったところ。もしも霊感を取り除くとなると、君の霊感は0になってしまう。君は普通の人よりも霊感が50低くなってしまう事になるのだ。」

「つまり、普通の人よりももっと霊が見えにくくなるということですね?それで構いません。僕は霊など見る必要は無いのです。」

「そうか、そこまで言うのなら君から霊感を取り払ってやろう。」


そう言うと霊媒師はなにやら呪文のようなものを唱えはじめた。
30分ほどだろうか。
一通り呪文が終わると、「これで霊感は全て取り除かれた」、と田中は家に帰された。


次の日の朝。
いつもの車両に乗ると、すぐに思いを寄せる女性を探した。

彼女はいつものようにドアの近くに立っていた。
横にもう男の霊はいない。
田中はウキウキしてきた。
もう霊は見えないのだ。

いつもの駅で電車を降り、改札を出て大通りに出る。
…すると、そこには恐ろしい光景があった。



人が、いない。



いつもなら波のように人がいるのに…大通りにはちらほらとしか人がいないのだ。一体どういうことだ…

あの霊媒師め!
何かおかしなことをしやがったのだな!?
田中は霊媒師のところへ怒鳴り込んだ。

「一体どういうことだ?!
俺は生きている人間まで見えなくしろとは言って無いぞ!!」

すると霊媒師はゆっくりとした口調でこういった。

「言ったでしょう?リスクがある、と。
そしてこうも言った。“誰にでも霊感はあるのだ”と。

きみが昨日まで街で見かけていた多くの人達。
君は彼らのうち、たった一人でもいい。
一人でも「生きていると確信」していた人はいたか?
君はなぜ彼らが生きていると思っていたのだ?

彼らは誰にでも見える霊。普通の人が持つ霊感で見える霊。
言わばエキストラなのだよ。」

「エキストラの霊だと!!??一体何の為に…!!!??」

すると霊媒師は不気味に微笑みながこう言った。

「人が多くいるように感じたほうが楽しいだろ?」
ヒロシは田中に蹴り飛ばされてうずくまった。


ヒロシは中学2年にして身長が170cmある。
それに比べて田中は155cm。
ヒロシのほうがずっと体格が良いのに、いじめられているのはヒロシの方だった。

「どうした、ヒロシ?お前はホントによわっちいな!」

そういって田中がヒロシの髪の毛を引っ張ると周りにいた田中の仲間がゲラゲラと笑った。

「痛い!痛い…!」

「うるせえ!」

そういうと田中はもう一発蹴りを入れた。

「おい!何をしてる!?」

騒ぎを聞きつけた教師が駆けつけてきた。

「へっ!今日はこんぐらいにしてやるよ。また明日な。」

そう言うと田中はペッとヒロシにつばを吐きかけてその場を去った。




田中はヒロシの事が気に入らなかった。
これと言った理由は無い。
なにか、こう、生理的にムカムカするのだ。

ヒロシに手を出し始めたのはヒロシに出逢って1週間、中学に入学してすぐの事だった。
はじめはちょっかいを出す程度だったが、やがてそれがエスカレートし、1年の夏には暴力を振るうようになっていた。
が、そんな田中に対してヒロシは一度たりとも仕返しをした事がなかった。ヒロシのその姿勢は時として不気味に感じられた。



ある日の事だ。
田中はある空き地でヒロシを痛めつけていた。
いつものようにヒロシは田中にされるがまま。

「ほらほら、どうしたんだ?もう立てないのか?」

「はぁはぁ…」

「なんだ?その目は?!おい、ヒロシ!お前いつから俺の事そんな目で見れるようになったんだよ?!」

「…」

「何とか言ってみろ!」

田中はヒロシを踏みつけた。

「痛い…痛い…」

自分より大きな体をしているくせにやられ放題のヒロシ。
そんなヒロシを見下ろしながら、田中は初めてこう思った。

なんでこいつは何もしてこないんだろう…?

田中はヒロシを踏みつけていた足を上げるとヒロシにたずねた。

「お前は何で何もしてこないんだ?俺よりも大きな体しといて情けなくないのか?」

するとヒロシはうつむいたままこう言った。

「僕は君にひどい事をしてしまったから…だからこれで君の気がすむなら…」

「ひどい事…?」

ヒロシが俺にひどい事をした事があっただろうか?
田中は考えた。が、何も思い当たらない。

「ひどい事ってなんだよ?俺は何も覚えが無いぞ!」

田中がそう言うとヒロシは黙ってしまった。

「おい、てめぇ!なに訳の分からないこと言ってんだよ!?」

そう言って田中がヒロシをまた殴りつけようとすると、
ヒロシはフッと頭を上げて田中を見据えた。

「う…」

殴る直前で田中の動きは止まった。

「…田中君…実はね…」

沈黙を破ってヒロシは話出した。

「実はね、僕、生まれた時から前世の記憶があるんだ…」

「前世の記憶…?」

「そうなんだ。信じられないかも知れないけどホントなんだ…」

「だ、だったらなんだってんだよ!?」

「前世でね、僕は田中君にひどい事をしてしまったんだ。
ちょうど君が今僕にしているような事をさ…
だからね、僕は現世で君に償わなきゃならないんだよ…」


こいつはなにを言っているんだろう?
はじめはそう思った田中だったが、ヒロシのただならぬ様子がソレが真実である事を物語っていた。
ヒロシが言っている事が本当だとすれば、ヒロシの事が気に食わないのも納得できる。生まれながらに恨みを持っていたということだ。

が、田中にはソレが真実であってもそうでなくてもどちらでも良かった。とにかく田中はヒロシが気に食わないのだ。

「そうかそうか。お前は俺にいじめられる為に今生きていると言うのだな?よしよし、じゃあお前の使命を果たさせてやるよ!」

そう言うと田中は近くに落ちていた鉄の棒を拾った。
そしてヒロシめがけて振り下ろした。
田中は背中に当てるつもりだったがヒロシが身をかがめたため、鉄の棒はヒロシの頭に当たった。
ヒロシは頭から血を流して倒れた。


しまった!つい興奮してやりすぎてしまった!


田中は棒をその場に落とすとヒロシにかけよる。

「お、おい…大丈夫か…?!」

ヒロシの目はウツロだ。

「ヤバイ…どうしよう…」

田中がうろたえていると…
突然ヒロシの目がパッと開いた。

「ひ、ヒロシ…お前…大丈夫か…?」

ヒロシは田中の言葉が聞こえなかったように空中を見つめながらスゥっと立ち上がった。

「今頭を殴られて、僕の前世の前世を思い出したよ。
前前世…俺は理不尽な殺されかたをした。前世では俺を殺したヤツに仕返しをしてやろうと思ったが果たせなかったんだ。
そして現世…俺の使命は俺を殺したヤツへの仕返しだ…危うく間違えるところだった…」

そう言うと、
ヒロシは落ちていた鉄の棒をゆっくりと拾い
自分よりも小さな田中をゆっくりと見下ろした。
ある日の事、自宅でのんびりしている田中の家に一本の電話がかかってきた。

「はい、田中ですが。」

「もしもし、田中さん。実は、あなたにチョットお話が。」

「セールスだな。切るぞ。」

「いえいえ、セールスではありません。実はあたし、見たんですよ。」

「え?」


電話の女は妙な含みをもった言い方をした。

「見ていたって、何を?」

「見てしまったんですよ。」

「一体何のことだ?悪ふざけに付き合っている時間は無い。」

「そうですか。あなたがお聞きにならないのならこの事はあなたの周囲の人にお話することにします。」

「なに?!」

この女は何を言っているのだろう?
何を見たというのだろう?
いたずらだろうか…?


…いや、まてよ。


田中は一昨日浮気相手と会っていた事を思い出した。
ははーん。この女、ソレをネタにゆすろうというのだな。
もしもこの事が妻にバレたら…
妻との間にはには来年子供が生まれるのだ…
絶対にバレる訳にはいかない。


「なるほど、わかった。見たのか。で、いくら欲しいんだ?」

「10万円でどうでしょう?」

「10万か…高いな。」

「あなたを救って差し上げるのです。正当な報酬でしょう?」

「正当な報酬ね…よし、わかった。払おうじゃないか。
いつ、どこで払えばいい?」

「今日の午後5時に公園に来てください。」

「よし、わかった。」


ついてない。
田中は思った。
田中も不倫をよい事と割り切っていたわけではなかった。
来年生まれてくる妻と自分の子供の為に浮気相手との関係は打ち切ろうと決意し、一昨日は最後の密会だったのだ。
よりによって最後を目撃されるとは…
午後五時になり指定された公園へ行くと、そこには老婆が立っていた。
田中はこんな老婆が恐喝などするものなのだなと少し驚いた。

そこで田中はあることに気がついた。


こんな老婆が夜のホテル街にいるだろうか?
本当に自分達を目撃したのだろうか?


さては…
このババア、浮気現場を目撃したってのは全部でっち上げだな!?
そもそもこいつは「見た」と言っただけで何を見たかは言っていない。人は「見た」と言われれば心当たりの一つや二つあるものだ。こいつはそこにつけ込んだというわけだ。新手の詐欺に違いない!
危うく騙されるところだ!


「田中さん、来てくれましたね。早速お話しましょう。」

「残念だったな!金は払わんぞ!!まんまと騙されるところだ。」

「なにを言ってるのですか?」

「もういい、分かってるんだ!!本当は何も見て無いんだろ!?」

「見ました。」

「じゃあいつだ?!いつ見たのだ?!言ってみろ!!」

「昨晩です。」

「ははは!!昨晩だと!?昨日は一日中家にいたよ!!
馬鹿にすんじゃねぇ!!」

そういうと田中は老婆を突き飛ばした。
老婆は力なく倒れた。

「ざまあみろ!!」

そう捨て台詞を残すと、田中は公園を後にした。




「全くふざけやがって。この俺を騙そうとするなん…」

道を歩く田中の背中に突然激痛が走った。
振り向くと浮気相手だった女がナイフで田中の背中を刺しているではないか。
「よくも私を散々もてあそんでおいてアッサリ捨ててくれたわね!!」
女は背中からナイフを抜くと、何度も何度も刺した。





田中は死んだ。





起き上がり服についた砂を払いながら老婆は呟く。

「私の夢占いは100発100注。
10万円で命が助かるなんで安いもんなのに。
結局、田中さんの最期は昨晩私が見た通りになってしまったわね…」










「おめでとうございます!あなたの論文が世界一権威のある賞の最優秀賞に選ばれました。」


研究者の田中は3ヶ月ほど前、ある論文を発表していたのだ。

「本当ですか?!わぁ夢じゃないか!間違いないのですか?」

「はい間違いございません。つきましては詳しい説明をさせていただきたいので、これからお宅へ伺ってもよろしいでしょうか?」


1時間ほどするときちっとした身なりの男が家に来た。

「先生、この度はおめでとうございます。
早速ですが受賞にあたっての説明をさせていただきます。
まずは懸賞金の1億円ですが、小切手でのお支払いになります。」

そうだ、この賞には1億円の懸賞金が付いていたのだ。
ソレを思い出すと田中はますます興奮した。

「ええ、もちろん小切手でもかまいません。」

「ありがとうございます。そこで、受賞にあたってのルールなのですが…」

そういうと男は冊子を取り出した。

「こちらに書いてありますように、この賞を受賞した事は口外してはいけないことになっています。と言うのも、この賞には多額の懸賞金が付いているからです。この賞は表向きには懸賞金は付いていない事になっていることはご存知ですよね?」

そう、この賞は表向きには懸賞金は無い事になっている。一部の専門家や研究者の間でだけに懸賞金の額が公開されているのだ。

「懸賞金は研究者の研究意欲をより一層引き出すためのものです。
もしも賞を受賞した事を一般に口外してしまうと、報道によって懸賞金の授受が明らかにされてしまう恐れがあります。そうなると、懸賞金欲しさにろくでもない論文を送ってくる連中が増え、厳正な審査ができなくなってしまうのです。」

「なるほど。」

「そこでお尋ねしますが、この賞を受賞した事を内密にする事を承諾していただけるでしょうか?」

「うむ…」

田中は少し考えたがソレを承諾した。

私は自分の研究が成し遂げられ、専門家によって認められた事だけで満足だと思った。

田中が承諾書にサインをすると男は帰っていった。



「私があの賞を受賞か…」


田中は満足げに呟いた。
好評はされないので世に自分の名前は出ない。
だが、私は満足だ。
1億円という大金も手に入る。
その金でまた新しい研究を始められるぞ!


…いや…しかし…
田中は考えた。
私は名誉になどに執着は無い。
…無いと思ってきたが…自分の功績が誰にも知られない…
それもさびしい気がする。

田中は考えると電話を取った。

「もしもし、田中ですが。先ほどの話ですがね、やはり承諾を取り消したいんです。」

「受賞を公表するのですね?そうなりますと1億円は受け取れなくなりますが?」

「かまいません。」





数日後、
賞の審査員の1人は「田中、賞受賞」の記事を読みながら思いにふけっていた。

「この賞は60年の歴史があるが、誰も1億円受け取っていない。
1億円…こんな大金をたった一枚の新聞記事で諦めてしまうのだから。
結局みんな名誉がほしいのだ。人に認められたいのだ。」

そう呟くと「人と名誉」と題された自分の論文のページに一行書き加えた。