田中の店に強盗が入った。

「このバッグに金を詰めろ。早くしないとこの包丁でひとつきにするぞ。」


深夜のコンビニ。他に客はいない。
田中はかつて経験したことのないシチュエーションに戸惑っていた。

「おいお前。聞いているのか。早くしないと殺すぞ。」

「はあ。」

田中が気のない返事をすると強盗は田中の目の前に出刃包丁を付き出した。

「おい、殺すぞ。わかっているのか」

「はあ。しかし、いままで殺されたことがないからなあ。殺されるということがどんなことなのかわからない。殺されるのと金を渡すのはどっちがいいのか、ちょっと悩ませてください。」

そういうと田中は腕組みをしてブツブツやりはじめた。

「ふうむ。面倒な店に入ってしまった。」



しばらくすると田中は言った。


「おまたせしておりますが、やはり殺されるという事のリスクを測りかねるのです。たぶんその包丁でヤラれると痛いんだと思いますがどうせいつかは死ぬわけで、その時は多かれ少なかれ痛かったり苦しかったりするんじゃないかなあ、と。私には家族がいますが、まあ保険とかもあるので私がいなくなっても路頭に迷うことはない。私自身はどうかというと特にやり残したこともないのでここであなたに殺されても、まあそんなものかなと。」


「ふうむ。俺は金を出さないのであれば殺すぞと脅しているのだ。しかしこうも覚悟されてしまうとやりにくくて構わん。もういい。他の店をあたる。」


そう言うと強盗は去っていった。
店を背に走りながら強盗はつぶやく。

「無気力と言うべきか、死を恐れぬ堂々たる態度というべきか。」
ほんの小さな動作が地球規模の影響をおよぼすことがある。



科学者の田中は次のような論文を発表した。



カラスが鳴くと他のカラスも鳴く。
犬が鳴くと他の犬も鳴く。
これは会話をしているわけではない。
大気を動かしているのだ。
カラスも犬も喉が渇くと鳴き声を上げ、その波動で大気を揺らし雨を降らすのだ。



この論文は世界中に広まり、その稚拙な内容を皆がバカにした。
「なんとバカバカしい。およそ科学者とは思えない内容だ。」



その後世界は長い日照りに見舞われた。
作物は枯れ、水は枯れ。人々は途方に暮れていた。

「天気ばかりはコントロールすることができん。こう日照りが続けば人類は全滅してしまう。何とかならないものか。」

そんな中ある国の大統領が田中の論文を思い出し田中を官邸に招いた。

「田中さん。あなたは鳴き声が天候を操るという論文を発表した。
発表当時みなはあなたをバカにしたが、御存知の通り今は世界の危機です。
どうかお力添えをいただけないか。」

田中は答えた。

「大丈夫。もう2,3日でこの日照りは終わります。」



果たして、3日後に大雨が降った。
人々は喜び、田中を称賛した。



雨空を見上げなから田中はつぶやいた。

「やはり私の仮説は正しかった。天候をコントロールするのは鳴き声だけではない。
私が論文を発表して世界中が"バカバカしい"とつぶやいたがこの波動が日照りを呼んだようだ。
それが収まって雨が降ったが。。
今や救世主扱いされているからな、このことは黙っておくか。」
青年は今まさに銀行に押し入ろうとしていた。
右手には包丁、左手にはバッグ。
だが最後の最後で思いきれず、車の中で自問自答を繰り返していた。

そこに天空から悪魔が舞い降りてきて青年の耳元で囁いた。」

「おいお前。何を悩んでいるんだ。ここまで来たら実行あるのみ。
客が少ない今しかチャンスは無いぞ。さあ、ぐずぐずせず押し入るんだ。金が欲しいんだろう?」

青年はその声に驚きあたりをキョロキョロと見回した。

「無駄だ。お前に俺の姿は見えんしお前にしか俺の声は聞こえん。
俺は悪魔なのだ。さあ、俺にお前の悪行をみせてくれ。」

青年は再びまわりを見渡すと包丁をしまい、車のエンジンをかけると銀行の敷地から出て行った。

「ち。臆病者め。」



悪魔は飛び去った。


青年は車を飛ばしながらつぶやいた。

「さっきから変な声がする。事故で耳がやられて手術費欲しさで銀行を襲おうとしたがどうやら音が聞こえるようになったようだ。もう一度病院で診てもらうか。」
ある日田中の前にひとりの男が現れた。

「やあ、僕は未来の君だ。」

その男は田中と同じ年くらいの田中よりも小柄な男だった。

「未来の俺だと?」

「そうさ。未来の世界にはタイムマシンがあるのだ。それで戻ってきたのだよ。
実は君にお金を借りたくてね。」

そう言うとその男は片手を差し出した。

「ちょっと待て。仮に、仮にだ。お前が未来から来たとして、俺に全然似ていないじゃないか。
だいいち、歳だって同じくらいだろう。」

「いやいや、そうか。この時代ではまだ未来の概念がしっかり確立していないのだな。
わかりやすく言うと僕は君の来世だ。君は80で死ぬがその後僕になって生まれ変わる。
この時代では来世など一部の宗教でしか信じられていないようだが僕の時代では科学的に証明されているのだ」

「ふうむ。どうも信じられん。そもそもなぜ未来の俺が金を借りに来るのだ」

「事業に失敗したのだ。結局は自分のためになるのだから金を貸してほしい。」

「新手の詐欺かなんかだろ。こんなことで騙されてたまるか。」

田中はそう突き放した。

「そうか。わかった。ではもう頼まない。だが君は自分自身をたすけなかったことを将来必ず後悔することになる。」

その男はそう言うと田中に背を向けた。

「ちょっと待て」

田中はそう呼びかけると少しだまり、財布から10万円ほどの金を取り出した。

「これでいいか。仮に騙されたとしてもこのくらいの金ならあきらめが付く。」

「10万か。これじゃ足りないが、まあこの時代の僕に大きな負担をかけるわけにもいかないからな。」

その男は10万を受け取ると去っていった。




田中は男の背中を見送りながら立ち尽くしていた。
なんとも言えぬ気持ちだった。
未来というのは確実に存在するものだからこんなことがあっても不思議ではないが、
それにしても過去の自分に金を借りるとはなんとも不自然だ。やはり騙されたのだろうか。


「あの。」



後ろから肩を叩かれ、振り向くと初老の女性が立っている。

「私は来来世のあなたですが、ちょっとお金に困っていて・・・」
俺は人よりめっぽう足が速い。
だから普通に競走しても勝負にならずつまらないのだ。

よし、なにかハンデをやろう。
そうだな。俺は飯をたらふく食い、満腹の状態で走ってやろう。

俺がスタートしたら追いかけろ。俺を捕まえたらお前の勝ちだ。



店主を見つめながらそう心の中でつぶやくと
田中はカネを払わずに定食屋からかけ出した。
それまでに増して人々は体型を気にするようになっていた。


今までありとあらゆるダイエットフードが発売されたがどれ一つとして絶対的なものはなかった。


そんな中、ある画期的な食品が開発された。


全食感型形状記憶ガム。


この素材を使えばどんな食感でもガムとして再現できる。
例えばクッキーそっくりなサクサクとした食感をガムで再現することができ、その食感は噛んでも噛んでもなくなることはない。
クッキーそのものを食べている感覚を得ることはできるがいくら食べても体に吸収されないというわけだ。

このガムは瞬く間に世に広まった。
ポテトチップス食感のガム、ステーキ食感のガム、アイスクリーム食感のガム。
人は吸収されない食品をひたすら噛み続けた。



やがてこのガムは飽きられることになる。
消費者の中に「噛むだけではなく、やはり飲み込みたい」という欲求がでてきたのだ。



そこで新しい商品が登場した。



胃袋カバー。



これは飲み込んだ食品を胃袋に到達させないという代物だ。
薄手の袋を口の中に入れ、飲み込んだものは全てその袋の中に入る。
食事が終われば食べ物のカスがたまった袋を口から取り出す。




味や食感を堪能しつつも食べたものが体に吸収されないとあって、この商品はヒットした。
人々は食事が終わると口から食べ物が詰まった袋を取り出した。



しかしこの商品もやがて飽きられることになる。
「満腹感がほしい」という欲求が満たされないからだ。




そこで新しい商品が登場した。



全自動脂肪コントローラー。



ランドセルのような形状の機械を背負い、そこから伸びたチューブを脇腹に装着する。
機械は常に脂肪の値を計測し、一定値以上になるとチューブから脂肪を抽出して吸い取る。
これなら好きなものを好きなだけ食べても機械が体脂肪を最適に調整してくれる。



食欲を満たしながら体型を維持できるとあって、この商品はヒットした。
人々は機械を背負い、脇にチューブをさして生活した。



果たして、体型を維持したいという人々の要求はかなった。



しかし、冷たい機械を背負い、チューブを取り付けられたその姿には
美しさなど微塵も感じられないのであった。
「本日より一切の親切を禁止する。」


大統領である田中は新しい法律を発表した。


「今の社会は他人をあてにしすぎる。誰かが助けてくれるかもしれない。
そんな甘えがあるからいつまでも自立できず足を引っ張る者が出てくる。
動物社会を見ろ。一切の親切行為は見受けられない。
それでも皆たくましく生き、ついていけないものは淘汰される。
我々政府は他人の親切をのらりくらり待つだけの者を養うだけの余力はないのだ。」


国民からは反対意見や抗議が殺到した。
だが田中はこれを一切受け付けず、かくして親切禁止法は施行された。


前を歩く人が財布を落としても拾ってはいけない。
電車の中で席を譲ってはいけない。
道に迷った人に道を教えてはいけない。

友達にノートを見せてはいけない。
雨の日に傘に入れてあげてはいけない。
募金活動をしてはいけない。


ありとあらゆる親切が禁止された。
これに反すると通報され、処罰を受けた。




果たして社会はしっかり者だらけになった。
自分のことは自分でできる者達が作る社会。
彼らは協力することはあれど一切親切行為は行わない。
それぞれの役割を決めて1つの物事を進めることはあっても、
他人のパートを手助けすることは一切しない。
こうして社会は瞬く間に発展していった。



その反面、自分の力だけでは社会の動きについていけない者達が大量に発生した。
彼らは職につけず、中には餓死してしまうものもいた。
それでも社会の動きは止まらず、発展は続いた。

やがて世界の人口は親切があった頃の1/2まで減った。



田中はふと親切がまだこの世界にあった頃のことを思い出していた。
あの頃は、そう、例えて言うならば草野球チームのようだった。
上手い人もいれば下手な人もいる。
そして今の社会はプロ野球チームだ。
上手い人しかいない。下手な人は排除される。
だからより強いチームになれるのだ。


「でも・・・」


田中は思った。
国民は協力をすることはできるがかばい合ったり助けあったりすることができない。
個人個人の力は高いが、チームとしての団結力が弱いのではないか。
田中は一抹の不安を感じていた。




ふと、空を見上げると1台のUFOが浮かんでいる。
地球のものではない。
やがて、数は増え、
敵意を見せるその物体は空を覆い尽くした。


地上には高度な文明と、その中で暮らす人間がいる。
自立した人間。自分の身を守ることには長けている人間が。
世の中の著作物のなんと不謹慎なことか。
田中は憤りを感じていた。
新聞、雑誌の特集記事、テレビ番組。
どれをとっても低俗で下品。

特に嫌いなのがサスペンスドラマだ。
架空の話とはいえ、あれは人を簡単に殺しすぎる。

憎悪に支配された主人公が次々に人を殺していくストーリーを一種のエンターテイメントとして放送する。
そしてそれを一般の家庭が団欒しながら眺めている、という画はぞっとするものがある。
第一、真似をしだす輩もいるだろうし、社会に悪影響をおよぼすこともあるはずだ。
最近話題になったサスペンスで「喫煙者を憎む男がタバコに火薬を仕込んで無差別に人を殺害する」というものがあり話題になった。
田中はそのストーリーを耳にしてからどうもタバコを吸う気になれずにいた。







広告代理店のその男はカバンから札束を出すとその小説家に手渡した。

「先生、ありがとうございました。これは約束のお金です。
政府のある筋から保険制度の見直しに際して喫煙者を減らす施策をと言い使っていましたが、広告やキャンペーンだけでは効果が薄く。
今回執筆していただいた推理小説をドラマ化することで喫煙者が徐々に減少傾向にあります。火薬入りのタバコで無差別殺人というのがすばらしい。
私たちは誇大な情報を流すわけにも実際にテロを起こすわけにもいきませんがフィクションの小説なら許される。架空の話ほど扱いやすく影響力のある物はありません。」


田中の夢は空を飛ぶことだった。

飛行機のような交通手段ではない。
ゴミゴミとした喧騒の街から自由な大空へと飛び立つのだ。



長年研究を重ねた結果、田中はついに飛行石を発明した。
この飛行石を握ると空を自由に飛び回ることができる。

田中は広い草原に行くと飛行石を強く握りしめた。
するとどうだ。
体がふわりと浮かび上がった。

「成功だ。ついにやったぞ!これでいつでも自由に空を飛びまわれる」

田中は喜びのあまり、うっかり飛行石を手放してしまった。
その瞬間田中の体は地面にたたきつけられた。
幸い2mほどしか上昇していなかったのでけがをすることはなかったが
今後飛行石を使う上で注意しなければいけないだろう。



コツを掴むと田中は飛行石を使い世界中を飛び回った。
それは素晴らしい体験だった。
爽快な風、美しい景色、そしてなによりも自由だった。



瞬く間に飛行石は世界中に広まった。
田中は大金持ちになった。





飛行石を発明して20年。
田中は地上1000mに浮かぶ自宅の窓から外を眺めていた。
外の景色はすっかり変わった。
人は今、空で生活をしている。
技術の発達で建物だけではなく、動物や植物も空に浮かべるようになっていた。
テレビでは連日、空人口増加による問題を報道している。



田中は飛行石を握りしめて外へ出た。
少し騒がしい。どうやら交通事故のようだ。
空の世界でも交通事故はある。



田中はなにか満たされない気持ちでいた。




ふと、下を見ると、そこには何もない一面の平原が広がっていた。
かつてそこにはビル群があり何百万人もの人が生活をしていた。
今そこには何もない。
が、それが田中には自由に思えた。
それはちょうど空に憧れていた頃の心境だった。


救急車が田中の横を通り過ぎた。先ほどの事故で怪我人が出たらしい。


田中はふーっと息を吐くと
救急車のサイレンの音を背中に聞きながら飛行石を握る右手をゆっくりと開いた。
田中は精神科に入院していた。
もう3年になる。

本当に精神を病んでいたわけではない。
ある事件の加害者として罪をなすりつけられ、
精神異常者として病院に無理やり押し込まれたのだ。


「もう三年ですね。そろそろあなたの精神状態も正常に近づいてきたのではないですか」

医者が言った。

「はい。私はもう正常です。だからここから出してください。」

田中は懇願した。

「ふむ。ではテストをしよう。このテストをパスすればアタナは晴れて自由です。
この三年、あなたは外界から遮断されていた。私達医者とスタッフ以外の人間とは一切コミュニケーションを取らずに生活していました。
そこで、無作為に選んだ家に電話をしてもらいその受け答えを観察させてもらいます。」

「電話をすればいいんですね。」

「ただ電話をするだけではありません。電話の先の相手に心をひらいてもらうことを条件とします。
例えば、そうだな。銀行の口座情報を聞き出すというのはどうでしょう。」

「口座情報ですか。それはなかなか・・・」

「無理ならばあと三年待つことです。」


そう言うと医者はおもむろに電話帳を開き先頭の番号に電話をかけた。
そしてコール音がなると受話器を田中に渡した。

「はい」

出たのは老人だった。


この老人を信用させれば、うまく騙すことが出来れば俺は自由になれる。
なんとかこの老人の親族になりすまして口座情報を引き出そう。
田中は深く呼吸をすると言った。

「もしもし、俺だけど、俺」