カップルセラピー
日曜。私は午前中に友達とのブランチに出かけ、オットはScreen porchの床のペンキを塗っていた。
ブランチの後はCostcoへいつもの買い物へ寄り、家に戻るとオットはTVでBarcelona の決勝の録画を観ていた。しばらく一緒に観てるとオットが、
「どう?テニスしたくなった?5時半にマシーン予約してあるよ」って言ってきた。
彼は最近自分でガットを張り替えるのがマイブームで、いろんなガットをネットで取り寄せて、人のガットまで変えて遊んでいる。で、私のガットももれなく変えちゃっていて、先日久しぶりにコレを使ったらとても使いずらかった。『あのさ私のガット、嫌なんだよね。元のナチュラルに戻してくれる?』というと、
『そういうだろうと思ったから、今朝張り替えてあるよ』
ってことで、断る理由もないので、また日曜もテニスしてきた。
オットはバックハンドを練習したいので、バックへの集中練習。私は今はリーグに入ってないから別にどうでもいいんで、彼のヒッティングパートナーって事で。
私はやりすぎるとダメなんで、ゲーム練習はしなかった。あっち走ってこっち走ってってのはまだかなぁ。30分ほどストロークやボレーの練習して、その後はマシーンでショットの練習。マシーンはいい。なんかひたすら打つって事が癒しになる。
私とオットはテニスとかスカッシュをする時ってほとんど話さない。黙々と打つって感じ。
途中、娘からテキストが入ったので、↓のお父さんの写真を送ってみた『ママのボールボーイって』。娘曰く、『Have a nice Couple Therapy』って。
確かに。
ちらつく親父の顔
来月、長男がやっと大学を卒業する。
コミカレで3年、今の大学に編入して3年目の大仕事だった。この子、卒業まであと何年かかるんだろうって思った時もあるけど、今の大学に編入して2年目からは、クラス(Credit)を多くとらず、一つ一つのクラスの成績をよくしようと彼なりにがんばったらしい。2015―2016の秋のクラスからは、テストや論文に集中するべく、自分なりに効率よく勉強したそうだ。
彼は小さい頃から、なんでも自分で決めて行動する子だった。悪い道へも良い道へも、どんどん突っ走るタイプ。かと思えば、おもちゃを譲ってもらえなかったら、力ずくて奪おうとせず、他の面白そうなものを差し出して『コレと交換して』ってオファーを出して成功している子だった。
サッカーは5歳から、テニスは7歳から始めた。ドイツに越したばかりの5歳で突っ込んだ地元サッカーチームでは、言葉も分からないのによくやっていた。周りとの距離の取り方が上手い子だから、直ぐに友達がいっぱいできて、言葉もあっと言う間に覚えてしまった。
17歳でその好環境からアメリカに連れてきたときは本当に申し訳なかった。
皆がそれぞれ辛い別れを経験してアメリカに渡ったが、子供達3人はそれぞれよく頑張って心の葛藤を乗り越えてくれたと思う。特に、長男はこちらの高校3年への転入だったから一番大変だったはず。サッカーを通して直ぐに学校での自分の位置を確保したが、学業は二の次。それでもいいと私とオットは思っていた。
その後、高校は普通に卒業できたが、良い大学にそのまま入学できるだけのGPAは獲得できていなかったので、先ずはコミカレでGPAをあげることからのスタートだった。途中までは私もオットも引っ張ったり押したりアメやムチを与えたりしてきたが、図に乗ってきたので途中からはお金を出すのもやめた。一度はバラ色の一人暮らしを経験した彼にとって、実家に戻らざるを得なかったシチュエーションは良い薬となり、スパートをかけて大学編入の切符をやっと手に入れた。
そして3年。やっと卒業できるところまでこぎつけた。
今の世の中、特に男子。アメリカの普通の大学を卒業したところで、安泰な将来が約束されているわけではない。学歴がすべてではないが、学歴社会の世の中なのは否めない。職種によっては、大学卒業証書がなくては履歴書で引っかかりもしない。
以前オットが息子にこう言った。
『僕は今まで沢山の人を面接してきた。特にアメリカ人は、自分を売り込むことが上手くて、こちらもまんまと乗せられる時もある。雇ってみたら、EXELもまともに使えない話にならない人が多くいる。いいか、僕たちがみているのは、不器用でもいいから一つの仕事を最後までやり遂げられる根気なんだ。何年かかってもいいから大学だけは絶対に卒業しろ。あきらめるな』
息子は、父親の様なexpat になる気もないし、オットも長男には向いていないと思っている。息子はもっと人と関わる仕事に付きたいし、それはそれで何の問題もない。オットが言いたいのは、仕事をポンポン変えるような人になって欲しくないという事。
以前、息子から面白い話を聞かされた。
ある日、長男は今のウェイターのバイトがしんどくなり、マネージャーにたんか切って辞めてきてしまった。しかしその夜、夢に父親が出てきて«なんで辞めたんだ!»と喝を入れられた。(実に笑える)«Screwed!I got it!/クソ、わかったよ!» ってことで、次の日直ぐにまたマネージャーのところにいき、昨日の話を撤回してもらったそうだ。
バイト自体は大したことはしていないのだが、チェーン店で、実家近くのコミカレに通っていた時からのバイト先のマネージャーが、引っ越し先の大学近くのチェーン店にわざわざ電話して彼を紹介してくれた経緯がある。結局彼はいまでもそこでバイトしていて、雪が降って他のバイト達が誰もお店に駆けつけられない時も息子が行って店を開けたりと、あんたがマネージャー?って事をしている。彼はバイトの仕切りだけではなく、厨房のメキシカンのコックさん達とも仲がいいので、いつもマネージャーに内緒で、お持ち帰りの特別弁当をもらって帰宅するらしい。
もう一つあった。
『今さ、クラスのプロジェクトでリーダーやってるんだけど、いい加減な子供たち(あんたもでしょ?)が多くてなかなか仕事がそろわないんだ。ムカついてぶん殴ってやりたくなる時もある。なんでこいつらと仕事しなくちゃいけないんだって、しょっちゅう思う。で、パパの顔が浮かんだんだ。あぁ、パパって、こんな事が毎日あるんだろうなって。よく20年以上も同じ仕事してるよ、すごいなって思うよ』
これは、ある時フッと私に漏らした事だけど、お父さんに伝えてあげたらウンウンてうなずいて聞いてた。俺もまんざらじゃないなって思ったのかな?オットもそうだけど、長男も家ではぼそっとしかモノをいわないから、おしゃべりの次男と違ってなかなか会話が進まないんだな。
まぁ、延々続くと思われた彼の学生生活もやっと終わりそうだ。終わりが近づきだして『大学院に行ってもいいかな』とか言い出した時はびっくりしたけど、今はとりあえず卒業して、一息つきたいそうだ。
まだまだ25歳だしね。今のうちにいろいろと経験したらいいんだよ。
水漏れの悪夢
数か月前、近所のSの家で、大規模な水漏れ事件があった。
彼女の家は、アメリカによくある作りで、2階にランドリールームがある。2階にあると、シャワーから洗濯機、そして乾燥機からそれぞれのベッドルームのクローゼットに近くて便利っていうのが理由。
因みに、我が家はサッカーや泥遊びをして汚い男たちがガレージから入ってくるのに、洗濯物をわざわざ2階に持っていかれたら、そこいら中が汚くなるので、ガレージから家に入ってすぐのところにランドリールームがあるこの家を購入した。
話をSの家へ戻す。
2月の頭のある日、そのFront Load(前面にドアがある洗濯機)の洗濯機のドアが突然バーン!と大きな音とともに開いてしまい、なのに洗濯機が作動したままで、2階がすべて水浸しになってしまった事があった。彼女は寝ていて、バーンって音はうろ覚えで聞こえたらしいが、まさか洗濯機だとは思わなかったそうだ。
で、起きて自分の部屋を出た時、そこには目を疑う光景があった。廊下が向こうまで一面光っていて、ぴちゃって足が濡れて「心臓発作起こしそうな」ほど、クラクラしたらしい。
2階は彼女のベッドルームを抜かしてすべて水浸し。一階へおりると、キッチンの天井のライトから水がしたたり落ちてきていた。水はガレージ側へ流れていたらしく、ガレージの天井から壁をつたって水がどんどん流れていた。
とにかく、次の日保険会社が直ぐに家に入り、彼らが手配したRestoration(床などの修復をする人達)のクルーが、その日のうちに38個の大きな扇風機と、6個の除湿器を家に持ち込み、1週間かけて家の中をまずは乾かすところから始まった。時は2月初め。外は寒いので窓を開けられない故、乾燥に時間が掛かっていた。その間、2階の床(すべてHard Wood)をひっぺがえし、その下の板の取り換えが始まった。はじめの数日は、彼女たちもまだ家に住んでいたが、大型送風機が余りにうるさくて、途中からホテルに逃げていた。私の中にいれてもらったけど、湿気と騒音とで気が狂いそうになった。
この間、彼女に我が家のランドリールームを開放していてあげた。彼女の息子二人のラクロスの洗濯物が一杯なのは想像ついたし、初日に水浸しだった床をふいたバスタオルなどの大きな山もあった。私自身、食洗器が壊れた時よりも、洗濯機が使えなかった時の方が数倍大変だったのを覚えているので、真っ先に彼女にオファーした。
ウチの次男も協力的で、乾燥機が終わったら、彼女の家に届けにいってあげていた。こういう時は、恐縮している彼女が来るのをまつより、こちらから引き取りに行ってあげたほうが預けやすいからね。喜んでくれて私もとてもうれしかった。
なんてったって、2階の床が入らない限り、新しい洗濯機も入れられない。しかも、保険が絡んでいるから、これらが中々進まない。結局、保険会社が肩代わりした額は$40,000。これにはまだホテル代は含まれていない。保険会社は、洗濯機を欠陥商品として、製造元のLGを訴えることになったらしい。どうなるんだろう。
とにかく、床を張り替えるっていうのは面倒なプロセスで、一か所だけを張り替えればいいだけでなく、つながっているすべての床を同じ色にするため、1階部分はすべてを一度削り、色を塗ってワックスを塗ってって、この工程が9日掛かる。劇薬を使用するので、もちろん家に立ち入れない。
その後、やっと入居出来たかと思ったら、今度は一階に欠陥部分があり、また一角をやり直さなければいけない事態に陥った。また「5日ほど家を空けてくれ」と言われた。
彼女の苦悩はこれで終わらない。
私がマイアミでテニス観戦中に、彼女からテキストが入った。丁度この頃、彼女たちがこの2度目の床の修理の件で、またホテルにいっていると思っていたところだった。
『カナダにいる兄が今朝、心臓発作でなくなったの。今から家族みんなで車でいくので、家をまた1週間留守にするの。郵便はLがみてくれるけど、床の業者は私たちが戻ってくる3日前くらいから作業を始めることになったの。Schatziには言っておくわね』って事だった。
テキストじゃなんだから、直ぐ電話をしたら、本当にもう運転中だった。2日くらいかけていくって事だった。(帰りはなんと38時間、給油だけでぶっちぎり走行して帰ってきた)
カナダから帰って来ても、ここの自宅はまだ2度目の床の修理が終わってないから入れない。郵便をとりに来ただけで、そのまま彼女たちはまたホテルに数日泊りに行った。その時、ちょっと立ち話しただけだったけど、心身ともに疲れているはずなのに、4人ともよく頑張ってる感じがけな気だった。
そして先週火曜日の夜、予定通り彼女たちはやっと家に戻れたようで、夜、彼女の家の中の明かりをみてうれしく思った。
2月から続く水漏れ騒ぎから、家族の不幸と続いていて、本当に疲れている様子だったので、次の日は顔を合わさず、お花だけ届けてきた。彼女は家に帰ってくるのもいつも7時過ぎで遅いから、帰ってくる前に子供に渡しておいた。『みんなよく頑張ってるね。これ、ママが帰ってきたら目につくように、キッチンカウンターに置いといてね』って伝えておいた。
隣のロリーも、Sが帰ってきたのが分かったので、マフィンを焼いて届けに行ってきたそうだ。みんな気になるんだよね。
この水漏れ事件にはまだ続きがあって、水曜日に業者が冷蔵庫のホースを蛇口につないだところ(※冷蔵庫の氷と飲料水への供給の為のホース)、今度はそこから水漏れして、しばらくしてから冷蔵庫の前の方に水たまりができているのを発見したそうだ。これは明らかに業者のミス。
はっきり言って、これってジョークですか?って感じ。アメリカではよくある事だが、家電の質が悪いとか、修理工や取り付け工事をする人がいい加減ってことが、飽きれるほどよくある。
彼女の苦悩はここで終わって欲しい。
彼女の家は、アメリカによくある作りで、2階にランドリールームがある。2階にあると、シャワーから洗濯機、そして乾燥機からそれぞれのベッドルームのクローゼットに近くて便利っていうのが理由。
因みに、我が家はサッカーや泥遊びをして汚い男たちがガレージから入ってくるのに、洗濯物をわざわざ2階に持っていかれたら、そこいら中が汚くなるので、ガレージから家に入ってすぐのところにランドリールームがあるこの家を購入した。
話をSの家へ戻す。
2月の頭のある日、そのFront Load(前面にドアがある洗濯機)の洗濯機のドアが突然バーン!と大きな音とともに開いてしまい、なのに洗濯機が作動したままで、2階がすべて水浸しになってしまった事があった。彼女は寝ていて、バーンって音はうろ覚えで聞こえたらしいが、まさか洗濯機だとは思わなかったそうだ。
で、起きて自分の部屋を出た時、そこには目を疑う光景があった。廊下が向こうまで一面光っていて、ぴちゃって足が濡れて「心臓発作起こしそうな」ほど、クラクラしたらしい。
2階は彼女のベッドルームを抜かしてすべて水浸し。一階へおりると、キッチンの天井のライトから水がしたたり落ちてきていた。水はガレージ側へ流れていたらしく、ガレージの天井から壁をつたって水がどんどん流れていた。
とにかく、次の日保険会社が直ぐに家に入り、彼らが手配したRestoration(床などの修復をする人達)のクルーが、その日のうちに38個の大きな扇風機と、6個の除湿器を家に持ち込み、1週間かけて家の中をまずは乾かすところから始まった。時は2月初め。外は寒いので窓を開けられない故、乾燥に時間が掛かっていた。その間、2階の床(すべてHard Wood)をひっぺがえし、その下の板の取り換えが始まった。はじめの数日は、彼女たちもまだ家に住んでいたが、大型送風機が余りにうるさくて、途中からホテルに逃げていた。私の中にいれてもらったけど、湿気と騒音とで気が狂いそうになった。
この間、彼女に我が家のランドリールームを開放していてあげた。彼女の息子二人のラクロスの洗濯物が一杯なのは想像ついたし、初日に水浸しだった床をふいたバスタオルなどの大きな山もあった。私自身、食洗器が壊れた時よりも、洗濯機が使えなかった時の方が数倍大変だったのを覚えているので、真っ先に彼女にオファーした。
ウチの次男も協力的で、乾燥機が終わったら、彼女の家に届けにいってあげていた。こういう時は、恐縮している彼女が来るのをまつより、こちらから引き取りに行ってあげたほうが預けやすいからね。喜んでくれて私もとてもうれしかった。
なんてったって、2階の床が入らない限り、新しい洗濯機も入れられない。しかも、保険が絡んでいるから、これらが中々進まない。結局、保険会社が肩代わりした額は$40,000。これにはまだホテル代は含まれていない。保険会社は、洗濯機を欠陥商品として、製造元のLGを訴えることになったらしい。どうなるんだろう。
とにかく、床を張り替えるっていうのは面倒なプロセスで、一か所だけを張り替えればいいだけでなく、つながっているすべての床を同じ色にするため、1階部分はすべてを一度削り、色を塗ってワックスを塗ってって、この工程が9日掛かる。劇薬を使用するので、もちろん家に立ち入れない。
その後、やっと入居出来たかと思ったら、今度は一階に欠陥部分があり、また一角をやり直さなければいけない事態に陥った。また「5日ほど家を空けてくれ」と言われた。
彼女の苦悩はこれで終わらない。
私がマイアミでテニス観戦中に、彼女からテキストが入った。丁度この頃、彼女たちがこの2度目の床の修理の件で、またホテルにいっていると思っていたところだった。
『カナダにいる兄が今朝、心臓発作でなくなったの。今から家族みんなで車でいくので、家をまた1週間留守にするの。郵便はLがみてくれるけど、床の業者は私たちが戻ってくる3日前くらいから作業を始めることになったの。Schatziには言っておくわね』って事だった。
テキストじゃなんだから、直ぐ電話をしたら、本当にもう運転中だった。2日くらいかけていくって事だった。(帰りはなんと38時間、給油だけでぶっちぎり走行して帰ってきた)
カナダから帰って来ても、ここの自宅はまだ2度目の床の修理が終わってないから入れない。郵便をとりに来ただけで、そのまま彼女たちはまたホテルに数日泊りに行った。その時、ちょっと立ち話しただけだったけど、心身ともに疲れているはずなのに、4人ともよく頑張ってる感じがけな気だった。
そして先週火曜日の夜、予定通り彼女たちはやっと家に戻れたようで、夜、彼女の家の中の明かりをみてうれしく思った。
2月から続く水漏れ騒ぎから、家族の不幸と続いていて、本当に疲れている様子だったので、次の日は顔を合わさず、お花だけ届けてきた。彼女は家に帰ってくるのもいつも7時過ぎで遅いから、帰ってくる前に子供に渡しておいた。『みんなよく頑張ってるね。これ、ママが帰ってきたら目につくように、キッチンカウンターに置いといてね』って伝えておいた。
隣のロリーも、Sが帰ってきたのが分かったので、マフィンを焼いて届けに行ってきたそうだ。みんな気になるんだよね。
この水漏れ事件にはまだ続きがあって、水曜日に業者が冷蔵庫のホースを蛇口につないだところ(※冷蔵庫の氷と飲料水への供給の為のホース)、今度はそこから水漏れして、しばらくしてから冷蔵庫の前の方に水たまりができているのを発見したそうだ。これは明らかに業者のミス。
はっきり言って、これってジョークですか?って感じ。アメリカではよくある事だが、家電の質が悪いとか、修理工や取り付け工事をする人がいい加減ってことが、飽きれるほどよくある。
彼女の苦悩はここで終わって欲しい。
ざわざわ
熊本の地震には不意打ちを食らった感じだった。
次は関東…って思っていた矢先の地震。私だけがそう思っていただけかもしれないが、電話をした母も驚いていた。つくづく、日本って本当に地震が多い国なんだなって思った。私の近所の友達は慌てて、『Schatziの実家の近くじゃないらしいけど、津波が起きたかもって思って心配!』って電話があった。
地震がない国のひとからみたら、地震=津波って思っちゃうのも無理ないか。今回は津波はないらしいよって言ったら落ち着いてた。折しも、ドイツの友達が誕生日だったので電話すると、『Schatziの実家からは遠いから大丈夫かなと思って電話しなかった』って言われた。日本の地震って大きいねって、こちらも驚いていた。地面が揺れるってことが想像しがたいようだ。
連日ネットでニュースをみている。映像はとても衝撃的で、いろいろと考えさせられる。
過酷な状況なのに、避難所の炊き出しや給水車の前で、きちんと並んで順番をまつ被災者の方々をみてグッときた。この怒りや苦悩をどこかにぶつけたとしてもどうにもならない。現実問題、食べ物と水の確保が一番大事で、疲れや不安で身も心もグダグダ なんだろうけど、それでもしっかりと立って並んでいる人々をみて誇らしくおもった。とても気丈な日本人をすばらしいと思った。
余震がおさまり、早く復旧にこぎつけられることを願うばかり。
次は関東…って思っていた矢先の地震。私だけがそう思っていただけかもしれないが、電話をした母も驚いていた。つくづく、日本って本当に地震が多い国なんだなって思った。私の近所の友達は慌てて、『Schatziの実家の近くじゃないらしいけど、津波が起きたかもって思って心配!』って電話があった。
地震がない国のひとからみたら、地震=津波って思っちゃうのも無理ないか。今回は津波はないらしいよって言ったら落ち着いてた。折しも、ドイツの友達が誕生日だったので電話すると、『Schatziの実家からは遠いから大丈夫かなと思って電話しなかった』って言われた。日本の地震って大きいねって、こちらも驚いていた。地面が揺れるってことが想像しがたいようだ。
連日ネットでニュースをみている。映像はとても衝撃的で、いろいろと考えさせられる。
過酷な状況なのに、避難所の炊き出しや給水車の前で、きちんと並んで順番をまつ被災者の方々をみてグッときた。この怒りや苦悩をどこかにぶつけたとしてもどうにもならない。現実問題、食べ物と水の確保が一番大事で、疲れや不安で身も心もグダグダ なんだろうけど、それでもしっかりと立って並んでいる人々をみて誇らしくおもった。とても気丈な日本人をすばらしいと思った。
余震がおさまり、早く復旧にこぎつけられることを願うばかり。
comedy night
土曜の夜は、7組のカップルでComedy Clubへ行った。アメリカで初めての体験。
こういうイベントをキャッチしてふってくれる友達がいるってありがたい。なかなか大変なんだよね、企画遂行って。
話が来た時、友達はYoutubeのリンクを送ってくれたんだけど、ワザと見ないで行ってみた。オットもこういうのは初めてで半信半疑。ドイツのコメディークラブは何度か行ったことがあるんだけど、ドイツのユーモアって硬いんだよね。言葉もカクカクしてるから、滑らかさが命のコメディーには合わない。ジョークにならない皮肉も堅くってつまんないのさ。
って、私とオットの意見なんだけどね。
とにかく昨日は4組でまずはコメディークラブ横のレストランで食事し、他の友達とクラブ前で合流してなかに入る。
このコメディアン、彼はここ出身じゃないんだけど、なんと初めてステージに立ったのはこの劇場だったんだそう。彼は50代後半かな?
彼のスタイルはObservation comedy っていうんだそうだが、下ネタ&ドラッグから、時事を交えた弾丸トーク。テンポがとにかくよくてノンストップ。言いたい放題なんだけど、コメディアンって頭いいよね。素晴らしくかき回しまくっても、ちゃんとつじつまが合ってて最高!
彼はバリトンの太い声で畳み掛けるように喋りまくるんだけど、突然レ・ミゼラブルのジャン=バルジャン風で話を終わらせる。
もうお客さん笑いっぱなし!私もこんなに1時間以上笑い続けたのは人生で初めて。椅子から転げ落ちるかと思った。今日は痰がからんでしょうがないったらありゃしない。
1時間強のショーの後は、これまた大勢でそのまま地下のバーへ流れ込んで飲みまくった。もう大騒ぎだった。
英気を養ったオットは(彼は飲まなかった)また出張で今さっきドイツへ旅立った。全く忙しい人だね。
私は今日は庭仕事だ。


