娘に呆れたけど、ウチはウチ
先月私と日本で過ごしたあと、娘家族はドイツに上陸していたが、そのAirbnbのHeizung(暖房)が夜になると切れちゃって、それも週末だから大家からの連絡なしで凍えて過ごし、その後も大家は来たけどどうしても夜になるとアパート全館がトラブルらしく、そんなところには子供たちと居れないってんで、彼女の友達ラウラの両親の家、つまり、私の友達エリザベート夫婦の家に移り住んでいた。
元々はエリザベート夫婦が1か月旅行で不在中に娘たちが住めば~って言われていたらしいんだけど、それは断っていた。でも結局は彼女たちが留守中に住まわせてもらっていたわけで。
その後、その古い建物(ドイツだからね、中をリフォームしていても築150年だと)のairbnbからの家賃1か月分の返金はなかったけど、来年2月からのレントは解約できたと。今は振り出しに戻って次の住処を見つけるのに大変なんだそうな。
この子たち、つめが甘いんだよね。そもそも友達や家族がいるところに、自分たちの意思で移り住むって感覚が私とオットにはわからない。私たち家族が日本からドイツ、ドイツからアメリカに家族で移り住んだときは仕事が絡んでの事。巨額な引っ越し費用などもすべて会社もちだったわけで。知り合いも家族もいない国に移り住む覚悟は娘たちのソレとはまったくの別ものだった。
私もオットも今回の彼女たちの行動には一切口出ししていない。彼女たちから「誰々と会ったよ~」とか写真が送られてきたら返信してはいたけど、娘も娘で、エリザベートの家にairbnbから移った時も事後報告だったしね。でも、この時はひとこと言わせてもらった。
「あなたの友達のツテを使うのはあなたのやり方なんだからご自由に。でも、今回はそこから飛んで私の大事なサークルであるエリザベートを使った。私たちが培ってきたフレンドシップを壊すようなことは絶対しないでね。あなたたちの(ラウラ)フレンドシップが続いているのも、私とエリザベートが長年育んできたもの。それをこうやってあてにして壊さないのよ。
そして、古巣に戻ったんだから、あなたの苦手な人付き合いをちゃんとしなさい。昔のご近所さんのところに自分の子供たちを連れて挨拶に行きなさい。そういうしがらみが嫌でairbnbに行ったんだろうけど、ほらごらんなさい。結局はそう簡単に自分が思っていたように上手くいくもんじゃない。その場その場で臨機応変に対処するしかない。あなたは子供たちを作ったんだから、ちゃんと責任もって彼女たちのためにしっかりした人付き合いをしなさい」
冗談じゃない。娘たちの行動で私の大事な付き合いを壊されたらたまったもんじゃない!勘弁してくれだ。
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そして先週末に彼女たちはドイツから戻ってくることになっていた。ニュールンベルグからパリ経由でNCへ。
ニュールンベルを経ったところで「パリでの乗り換えが1時間でギリギリだけど、こちらから何も連絡なかったら乗り継ぎが上手くいったって思ってね」とテキストが入っていて、まぁ上手くいったのかな、こっちの夕方5時ごろのお迎えねって思っていたところに、『乗れなかった。私のUSビザがないことで皆が乗れなかった。パリの大使館に行くより、ミュンヘンに行きたいからレンタカーでドイツに戻る』と連絡が入った。
『は?あなた、海外旅行行ったことないの?それとも馬鹿なの?』とは言わなかったけど(帰ってきて面と向かって言う予定。電話越しではキツ過ぎるから言いませんよ)。詳しいことは会った時に聞くけど、どうも本人は『デンマークのパスポートで出国し、帰国の際にはデンマークパスポートと、私は市民権持ってますよって証明でアメリカ入国』ってシナリオだったらしい。彼女は市民権を取ってはあるけど、パスポート習得は間に合わなかったんだろう。どうも、この方法をどっかから聞いていたらしい。よくわかんないけど。
あのね、それができるんならパスポートの存在はなんなのよ?二重国籍の人はパスポート二つ持ってウロウロしてはるけど、審査が厳しいのは、出国より入国。住んでいる国からの出国はパスポート持っていなけりゃ飛べないからそこで不備はわかる。問題は旅行先から帰国する際だ。アメリカの場合はグリーンカード(GS)、パスポート、入国ビザの内どれかが必要。娘は市民権を取った際にGSを返還していて、パスポートを習得しなければいけなかったわけで。もしくは、ドイツからパリ経由での帰国の際に仮のビザ(ESTA)やパスポートを習得しておけば良かったわけで。
お婿ちゃんは仕事があるからひと足先に上の娘だけ連れて今日帰国する。オットが迎えにいき、私は明日孫の面倒で日中は翻弄されそう。
あぁ、はやくドイツでもテキサスでもどこへでも移住してくれ。いい加減に子供たちに振り回されるのは疲れた。
ほんとだよね、ママ。
分かるよその気持ち。
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と、そんな呆れた彼女たちのドラマは置いておき、この週末は毎年恒例、11&12月合同誕生パーティへ。
最近夜食べすぎるとムカムカするのでペプシド飲んで参戦。太田胃散にしようと思ったら、あれは飲食2時間後に飲むと良いってのに気が付いてそのままで。帰ってきてちゃんと飲みました。
この仲間で集まると気が楽でとにかく楽しい。
今年も5人一緒に年を取りました。
ファイアーボールの一気飲み、しちゃうよね~~
私とビルがいつも競い合う。ウチのオットはこれ苦手。甘いんだよね。
今回はスピリッツ系だけにとどめておいた。ワインは一杯だけ。ワインは翌日の頭痛につながるお年頃。
プラス、ペプシドと太田胃散で私の胃は守られました。この宴が終わればあとは可愛いもんだ、テニスと仕事関係のパーティーだけ。あっちはここまで飲まないだろうからね。
なんだかもう2024が終わりって感じ。
タララララ~ら ら~ら~ら~~~♪![]()
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ストレスレスなサンクスギビング2024
鴨が1羽だけってのにまずラクさを感じ、あらゆるサイドディッシュもいつもと量が全く違うのにこれまた余裕を感じた。冷蔵庫内も余裕だ。いいねいいね〜
ウチの鴨スタッフィングは北欧式でドライプルーン。りんごと紫玉ねぎと一緒に突っ込む。鴨脂と旨みをプルーンが吸ってくれて美味しいのよ。
ゆっくりと脂を落とす。1羽だから時間少なくして5時間にしたけど、いつも通り6時間でもよかったな。脇の下あたりの脂の落ち具合が甘かった。これでもトレーに流れて落ちる脂を3回も捨てたんだけどね。その都度トレーにはお湯を張るのを忘れずに。
クーパー用のGuts、レバーなども同時に忘れず。
いつも紫キャベツの煮込みは瓶詰めを買ってたんだけど、丁度フレッシュなのが家にまるまるあったから自分で作ってみたら美味しかった!ちょっと歯ごたえを残して作ったらこれが当たり。35年目にして始めて知った事実😝義母はいつも出来合いのをバケツサイズで買ってたから、私も出来あいを買うもんだと思ってたの。今年のクリスマスも自分で作る!昨日はテーブル写真撮った後に出し忘れに気がついて並べたので写真撮ってなかった。
我が家は1時のお昼に食べた。もうこんな重いもの夜なんて食べられない。今回は時間の余裕→気持ちの余裕→グレービーまで美味しくできた。
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デザートは変わり種でBanoffee pie イギリスのバノフィパイ。
ドルチェ デ レッチェがあったら簡単に作れるんだけど、家には普通の練乳しかなかったからまずは2時間鍋で煮てトフィー作りから。ドイツにいたときは容易に手に入らなかったから自分でこうやって作ってたなー
グラハムクラッカーと溶かしバターをブレンダーに突っ込んで砕いたものを15分焼いたのがクラストで。
クラスト、トフィー、バナナスライス、生クリームと順番に。超簡単。
夕方、お隣からパンプキンパイとアップルパイのお裾分けを貰ったんだけど食べれないわ😅
バノフィパイメインで、貰ったアップルパイのアップルだけ添えて食べた。
そこへ他の近所から「デザートのパイ食べに来ない〜?」ってお誘いがかかり、ゲップ出しながら「一杯飲みに行く〜」って遊びに行った。
彼女のNJに住むお母さんも来てて再会。男達はフットボール🏈見てたわ。ゲームが終わるまでいて、8時くらいにお暇。
素晴らしくストレスレスなサンクスギビングだった。結婚当時の様。もう大人数はきつい年頃なのよ。こうやって、ゆくゆくはレストランでホリデーディナーってのも良いし、なんならこんな重いもの食べなくても良いわ😆
昨日いっぱい食べて飲んだから、今日はこれからいつもの仲間とダブルスへ。身体が重い。。。
鹿に要注意の季節がまたやってきた
近所でよく出くわす、おそらく同じ鹿の家族。子鹿も成長してきて色も変わってきた。
昨日は笑った。いつものようにクーパーが立ち止まり、右側の家の前庭でフリーズしてる親子😄
クリスマスの電飾鹿かと思ったわ😂
左側には相変わらずもたついて渡り損ねた1匹がいる。早くわたんなさーい!
車の往来が3台くらい立て続けにあったから、手を振ってスローダウンするように促したけど、これ暗くなったらヤバいよ。
丁度去年のこのサンクスギビングの翌日に次男が派手に事故ったからね。ここじゃないけど。
近年鹿の繁殖が強くて、事故はもちろん、農作物の被害が酷いらしい。ここいらでは森などの広い土地をわざわざ所有してハンティングを個人で楽しむ人が結構いるんだけど、オットのテニス仲間も狩りの時期になるとテニスのリーグは無理って人がいる。
彼も鹿が多すぎて食べきれないって言ってた😅仕留めたら知り合いの精肉店に持ち込んで解体してパウチしてもらってるんだと。
とにかく鹿には要注意の時期だ!
夜はなるべく高速道は運転するべからずだ。
こまったね、ってクーパーも言ってます
当たりだったローストラム
昨日、まだ次男がいたお昼にサンデーローストをした。久しぶりにラム🐑で。
コスコで買ったラムラック。
売り場の冷蔵庫でガサゴソやってるお兄ちゃんがいて、彼は一つ一つ厳選して次々にカートに入れていた。私もそこに参戦して選び始めたけど、彼が何を見て選んでいるのか気になって、何が決めてか聞いてみた。
彼はケータリングをしているシェフ。「ここのコスコはxxのコスコよりグラム$2安いんだよ。だからこっちにくるんだ。見極めるのは肋骨が一本でも少ないやつ。それだけ肉が多い。なるべく厚みのあるものがもちろんベスト」。
どれも大体7〜8本の骨で、ケータリングもレストランも、この良いラムだったら3本が一人前で$30取れると😳
で、彼に二つ選んでもらった。
ミントソースにしたかったけど、丁度生のローズマリーが家にあったからニンニクとで1時間常温マリネ。
450度で25分Bakeの10分Rest medium/well で。
美味しかった!また買ってくる!
ラムって焼いている時の脂の臭いが苦手なんだけど、骨付きは焼き時間が短いから我慢できるわ。
mix doubles 優勝と、引越しはあり得ないなーと再確認
この週末は毎年恒例・クラブ内のダブルストーナメントだった。
いつもミックスダブルスは金曜の夕方から始まる。
去年は膝のケガで初めて出れなかったから2年ぶりのトーナメント!
じゃじゃ~ん、みごと優勝![]()
4ペア中だから大したことなかったんだけど勝ちは勝ちよ(笑)
クーパーのフォトボンブ写真![]()
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※ 今年のミックス参加者は少なかった。12ゲームトータル、先に7ゲーム先取した方が勝ち。6-6の場合は5ポイントタイブレってフォーマット
金曜夕方次男が家に帰ってきてくれたので、大手を振って試合に専念できた。ありがとうです、次男君。
私とオットペアはadvanced mix doublesで優勝、友達のMとLは中級で優勝。旦那さんのLはウチのオットと同じチームでうまいんだけど、奥さんのMがまだ初級なので下のランクの部門に出場。Lが四方八方走りまくってたし、Mもどんどんうまくなってるから私たちはウカウカしていられない。先週末は彼らから「練習に付き合って~」ってことでプレーしたけど、向上心のある人達とプレーするのはとっても楽しい。ポジティブなエネルギーを貰えるっていうのかな、とっても楽しかった。
彼らの試合が終わるのをまって![]()
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動かないととにかく寒い夜だった。皆さんお疲れ様~~
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明けて翌日は晴天&極寒の朝9時始まりの男子ダブルス。
1ペアが出場辞退したので、急遽ウチの次男ともう一人オットの友達のDとの即席ペアで出場することに。
寒いけどお日様がでていたのでプレーをする分には気持ちよかったらしい。ただ観ている方は寒かった!
オットのペアはここ10年くらいこのトーナメントでペアをいつも組んでいるB。
奥さんのLと一緒に朝9時から観戦。
女子ダブルスも時間差で始まり、続々とプレーヤーや観客が登場。いつものテニス仲間やほかのクラブからの参加者もいて、一年に一度会うって人もいる。とにかくソーシャルイベントだからいろんな人とのキャッチアップで忙しいんだわ。
すごいのが、男子で86才と82才のペア!86才のピーターペアはオットペア相手になんとタイブレで勝っちゃった。ピーターは学生時代からプレーしてるらしく、プレイスメントがとにかくうまい。因みにこのピーターと奥さん(78才)のミックスダブルスは私達と前日対戦していて、まぁこちらはすみません、私達が勝ちました。お年を召した彼らとプレーするのは結構難しいの。
パワーでプレーしたら彼らはイチコロになっちゃって、それじゃソーシャルテニスじゃなくて味気ない。だから、上手くあちらを立てながら、しかしこっちが勝ちますよってプレーは結構難しいのだ。テニスはジェントルマンのスポーツですからね。ミックスダブルスは上品に勝利を得ましたよ。
男子ダブルスもあちらに華を持たせた試合ができたらしい。こういうのが楽しいのよ。男子は皆かれらに敬意を表していて見ていてほほえましかった。これこそ生涯テニスだよねって話。
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と、裏舞台では、クーパーのシッターをするはずだった次男もプレーしてるから、私はクーパーを迎えに行ってここでソーシャルさせたり家にまた連れて帰ったりととにかく近所をウロついた土曜だった。
午後3時ごろにはオットだけコートに残して皆で帰宅。6時間以上コートサイドでソーシャルは楽しかったけど疲れた~~~
昨日はオットだけでなく、私も次男もクーパーも夜9時には就寝 ![]()
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で、ここでまたしても感じたわ。ウチはオットがこのテニスサークルに嫌気がさすまでここからの引っ越しはありえないなと。私はどこへ行ってもすぐに自分の輪を作れるんだけど、オットはムリなんだよね。
まぁ、逆を言えば、私がいつ死んでも彼はここで安心して生活していけるなって事でもある。
とにかく当分引っ越しはありえないなと確信したのだった。

























