週刊さんでいリターンズ -22ページ目

週刊さんでいリターンズ

起業系コメントが面倒になったので(わしはまだ病院にいたいんだお)、コメントは承認制にしました。基本知ってる人のコメント以外は承認しませんのであしからず。1日10人も見にこないブログで営業しても効果は少なかろうになあ、ご苦労さま。まあ、頑張ってくれ。

こばわ。

とりあえず別のところで目標を書いていたのだが、超短期目標に立てた

STG:来週のCPX準備は一人で行う。

1回目は、致命的ではないぬけがあったが準備は一人でやった。
2回目は、その前よりはちょっとまずいぬけがあったが準備は一人でやった。

・・・。目標達成と言えば達成だが、何かが違う。
週をまたいだが・・・3回目の明日は1つもぬけがなく準備を一人でやることが目標。

それに付随した書類は、昨日は一人でできた。
・・・ちょっとしたぬけがあったが。

そして、それとは別のPCとノートPCを両方使いながら入力作業をしている時、ものすごく窮屈そうな作業姿勢で行っていたところ、3年目の若いPTに、「大丈夫ですか?」と心配されることが多かったのだが、

「今までの病院が劣悪な仕事環境だったから慣れてます」と流しながらも、自分なりにノートPCの向きや置く場所を変えて、それなりに何とかしていたつもりだったのが、その若いPTに、

「こうした方がもっと楽だと思いますよ」

と、作業ウィンドウの位置を置いてあったノートPCから隠れない場所に変えられた時に、

「本当だ!●●さん、あったまいいなあ!!」

と、ヘレン・ケラーがヲーターする勢いで本気で叫んだところ、大笑いされた。

わしが清々しいほどのバカなんだよ。

本日の結論:バカはどこまで行ってもバカ。

ところが、早々に勤務日数を増やさないか?という話がでているよ。
10年もPTやってりゃそれなりに役に立つのは当たり前だが、クビになるほどのバカではなかったのでよかったお。
ペグ(PEG=Percutaneous Endoscopic Gastronomy)。
この胃ろう増設術は、わしがいた病院で行われていた唯一の内科オペだ。気切は病室で行うので、オペのうちに入っていないはず。

最近の流れでは、胃ろうが延命治療のシンボルのようになっているように思う。

確かに、療養病棟における昼ご飯の時間には、車いす上で胃ろうを受けている患者さんがずらりと並んでいる光景は珍しくはないが異様だ。一般の方が初めて見たらある種のショックを受けると思う。

しかし、介護問題云々をとりあげるTVのプログラムでで、「意識がなくなったら胃ろうはしないでほしい」という意見を見聞きするたびに、何とも言えない違和感を感じる。

生き物として
「食べられなくなったら死にたい」
というのはわかるし、間違っていない。事実ぼけてない人が、食欲がなくなったと思うと突然なくなったというようなケースも数例見た。

しかしながら、わしがいた病院ではどちらかというと、胃ろうが増設が言われ始める時は、まだ治療の効果を狙うことが多かった。そして延命目的だとしても意志はともかく、意識はあることが多い。意識がなくなる方が先で見込みの少ない延命治療であれば、管理費は高くなるが、逆流誤嚥のリスクがないIVH(中心静脈栄養)が推奨されるはず。

つまるところ、一般の方が希望するような、「意識がないなら胃ろうにしないで」というそのままのケースは、ほとんど見ないから、おっしゃることはわかるが、実際を知らんのだなあ、という違和感につながる。

ところが、先週の国営放送ときたら、そんなことを吹っ飛ばすような内容を持ってきたぞ。

人工呼吸器をつけた患者さんのケース。
これは介護するご家族さんにとって明らかに胃ろうより大変だと思う。しかし、ご家族の負担の話より何より、患者さん本人の言葉に考えさせられた。大意としては、

「一人で死んでいくという道もあるのだろうが、生きていればみんな(註:たぶん家族のこと)と一緒だし」

そうだなあ。
B’zの歌詞でいうと、「死ぬなら一人だ 生きるなら一人じゃない(RUN)」
ということだな。

本日の結論は、死生観については正解はないからオチはつけない。

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」。
本日発売の話題の新刊、読了。

読むのを楽しみにしている方に申し訳ないのでネタばらしはしない。
いわゆる「ハルキスト」(すごい名称だ)の方にとっては、多分期待ははずしません。ここ数作と比較しても”村上春樹度”が高く、85%(そのココロは本を読んでくださいな)に受け入れられるのではないかと。または、彼の示唆するところを「何を今更」と思う方もいらっしゃるかもしれない。

読後の感想を一言で言うと、いい本だと思う。

いい本の基準は人それぞれだろうが、わしがいい本だと思うのは、抽象的に言うと読んだ後に頭の中が広がるような感じを持てる本、もう少しわかりやすく言うと、言葉は簡単でありながら、人が生きる意味を考えさせてくれる本だ。

かつてのわし周辺の村上春樹を嫌いな人に限って言うならば、英語で言うとアウトキャスト側だった。つまり人が示す人生観を受け入れることを嫌う、かといって自分で人生観を組み立てられるかと言えば本人は組み立てているつもりなんだろうが、実はそう思わされているだけ。

他人の意見にケチつけるだけの「つくる」ことなんてできない人間だが、本人にはその自覚はない。まあ、わし自身がクズと呼ばれるアウトキャストすれすれの会社のいいなり人間か、会社の言いなり人間すれすれのアウトキャストだからなあ。類友だよ。

ところが、最近のわしってば、自分の身の丈を越えた「”本当に”自分の頭でものを考えられる」人間の群れに混じることが多くなり、そういう人たちを尊敬しつつ(嫉妬はしない、する余裕がない)自分はそうではないことを痛感する。これはなかなかに”きつい”。

そんなこんなを考えさせられた。

ところで、村上春樹が嫌いだと言う人の意見には、「何がよいかわからない」とか「そんなに女性がイージーにからむはずがない(ある種の妬みだ)」とか「淡々としすぎ」とかいろいろあると思うが、「何を言っているのかわからない」という意見は聞いたことがないと思う。ようするに、書いてある文章の意味は通る、正しく簡潔な日本語を使っている。多分、現存する日本人作家の中でも最高位にすんなり読める文章だと思う。そのため普通の本読みであればあっという間に読み終われるから、多分今日一杯で3回ぐらい読み直していろいろ考えている方がいると思う。わしもこれから2回目を読むつもり。

日本語を正しく使うのは、作家だから当たり前と思うかもしれないが、そうでもない。ここ数年の○○賞の××さんとか、同じ賞の△△さんとか。嗚呼、それは他の作家さんを貶めようという意味ではなく自分で論文を書いた上での反省ですよ・・・

最近のわしのブログってば、内容の薄さや偏りうんぬんよりも、読みにくいダメな日本語になりやすいから自己嫌悪を感じて時々過去の文章をいじったりするが、それでもまだまだ(涙)

「自己満足なんだから、自分の好きなように書けばいい」と言う意見もブログ上では目にするけどさ、”自己満足だからこそ”、あまりにみっともない糞文章をオンライン上残したくないね、わしならね。

でもって、人の書き捨てG行為を覗き見る趣味もない。だから自己満足の何だかわからん文章は全く読みたくない。そういう方には主義の違いと思って近寄らないし、わしのことをわかってもらえなくても全く構わない。

書き手がプロかどうかという問題ではない。つまるところ、わしは見せつけプレイも放置プレイも好きではない、非常にノーマル指向な人間なだけだと思っていたのですが、わしはひょっとして多数派ではないのか?と言う考えに至ったところがこの本から得た収穫かもしれない。

★本日の結論
論文のためにも日本語を勉強しないと、というわたしは確か日本文学科出身ではなかったか。
今日は花祭り。

病院併設の大学、いや正確にはわしが勤める病院が大学併設の病院なのだがそれはおいといて、大学は入学式だったのだろうか、応援団のエールがかすかに聞こえた。

桜はもう散ったが、若人の人生はこれから。
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↑先日の画像よりは気に入っているジャカランダ並木。


閑話休題。

今日もGW明けから本格化する仕事のお手伝いをした。
ものすごくショックを受けたこと。わしの痛めた方の握力は、70代健常女性より劣っている。
なーるーほーどー。これが、「健常」ということか。

今の職場では、同僚がものすごおく優しいからいい職場だなあ、と思ったのだが、それは同僚の元々の性格と、上品な職場という背景はあるだろう。しかしわしの側の要因としては、新入りだからでもなく女性だからでもなく、高齢な病人だから配慮されていると思われる。わしが世話をする側であってもその条件であれば格別な配慮をすると思う。

そこに気づいたのならば、成り上がれ。じゃなくて健常レベルまではいずり上がれや>わし
もちろん、精神論で闇雲で無駄な努力をしない、科学の婆だから。


ところで同僚と話しているうちにやはりPTは負けず嫌いであることを再認識したw

それでいい。そういう職場じゃなくちゃ、嫌だ。

当面の目標は、期日は7月一杯までで、今現在の半分お客のような状況ではなく、
ほんとうにほんとうにほんとうに、

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ライオンだ、ではなくて。独り立ちした戦力となることだ。

せっかく画像を入れたのでまたアフリカで見た動物の話だが。
ライオンは、雌は基本は子供を含めた群れ。雄は基本は単独で行動していた。(若い雄は2頭での行動することもあり)

象も同じ。
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象は信念を曲げない。
道を渡ると決めたら車がどんなに溜まっていようが絶対に渡る。
素敵だ。思わず浮かんだフレーズは、我々世代には懐かしいアレだ。

アフリカ象が好きっ!
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桜ももうほとんど終わった。
アフリカにも、「ジャカランタ」という似た木がある。満開の時はさくらのような形態で、藤よりももっと派手な紫だ。10月にタンザニアに行った時まさにシーズンで、ところどころ散った後の紫の絨毯が出来ていた。夢のように鮮やかな花だった。もう一度ジャカランタ並木を見たい。

分類では、シソ目のノウゼンカズラ科だそうで、葉はネムノキのような複葉が基本なのか・・・今さっき知った。そういえば確かに桐に似ていた。


それはおいといて。

仕事もいよいよお客様から戦闘員になりつつある。月曜は、一日ほぼ立ちっぱなしでいたら、足指と、重心がかかるところに痛みが出た。とほほ、このぐらいでへばっているようでは先が思いやられるぜ・・・

それから、通常の臨床以外の仕事準備にかかっている。そこで健常高齢者とお話しする機会がある。

一般に、病院に来られる患者さんは、年齢よりも体力が劣っている。それは病気で体力が失われたのか、体力がなかったから病気になったのか、もちろん両方とも当てはまる場合もあるだろうが、どちらにしても病気を持っていて体力が年齢以上、ということはほぼない。

ところが、健常高齢者の場合は、年齢水準よりも20歳以上若い体力を持つというのは珍しいことではない。それは標準の計算がどうなっているのだろうかと思うのだが、(病気を持つ人といっしょくたに平均を取っていたら、健康でいられるための年齢相応の体力としては全然あてにならない自己満足のための数値であるから)思うだけでなくて、明日職場で調べろよ>自分、と自分に課題が帰ってきた。うわあ。


相変わらずすぐに話がそれてしまうのだが、そうじゃなくて。
身体年齢がお若い高齢者の方の話なのだが。

当然、我々としては、何が良かったから身体機能が保てているのかを知りたい。そして、つい、「何か目標をもって動いていらっしゃるのですか?」と尋ねてしまう我々。

その場にいらした健常高齢者からそろって聞かれたお言葉は、

「目標・・・ないわねえ」

あははは。「何か原因があるから健康なのだ」と考えるのは、我々の悪い癖かもしれない。
たぶんね、顔がきれいに生まれる人がいるように、健康エリートとして生まれる方がいらっしゃるのよ。

残念ながら、癌の家系の方は癌になりやすいし、糖尿の家系の方は糖尿になりやすい、これはもう遺伝子レベルの問題で、快楽に任せて生きているとまず逃げられない。

わしも糖尿の血統で、毎晩つまみと晩酌をして、だらだら太ったら境界型糖尿病まで行った。ものすごく運動してようやくまあ健常なレベルに戻したが、今でも甘いものを食べた後の2時間後の血糖値は110を越えているので安全とは言えない。・・・快楽にまかせてはいけない、というと日本人の場合非科学的なダイエットや怪しい食品に走りやすいのだが、その関連は触れたくないので止める。(その関連のコメントは削除します)

わしら、こういう仕事をしていると、つい「目標を持つこと」に過剰な幻想を持ってしまうのであるが、どんな世界にも天才、エリートというのはいて、天才は凡人が努力したものをすっ飛ばしているのだなあ、と改めて思った。とほほほ。

まあ、健康面でいってもこの歳から持病を持ってしまったわしはあらゆる面で凡人だわなあ、ま、仕事柄人並み以上に努力はするが、ぼろぼろになるまで無理はもうしない、たぶん。


野生のダチョウ。
確かに飛べないのにもこもこと野暮ったい羽はぼろっちい。

が、ダチョウが羽をなびかせて広い草原を全速力で走る姿を見たら、高村光太郎は「ぼろぼろな駝鳥」とは言うまい。が、あの羽の意味はますますわからなくなるかもしれない。

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セレンゲティ(タンザニア)。
土地の言葉で「果てしない平原」という意味だと聞いた。

実際は、草も木も動物もいる割と表情豊かなところではあるが、場所によってはもし朝起きた時にいきなりここに放り出されて「地球は滅びました」と宇宙人の扮装した人に述べられたら、信じてしまうかもしれないぐらいに、一般日本人では想像がつかないかもしれないような土地である。

もし、この草原で一人で放置されたら、レンジャー部隊でもない限りは間違いなく次の日の朝日は拝めないと思う。

もちろん、何か他の生き物に食い殺されるという意味ですよ、ふっふっふ。

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油断すると、その辺にライオンだまりがあったりするんでね。まー、こいつらオスはハイエナが狩ったものを横取りしたりしてるそうだが。
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立派なバオバブ。星の王子様は、地球が割れるのではないかと心配するであろうか。
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こばわ。

はだがづばっでいばず。
たけだてづやどばでをすどぅどいいがんぢででぃでばず。

♪ぐでえだづぶ、ばぢどぉ♪

おぎがぜでぎだいどがざんでんでづ。

・・・読みにくいから普通にやりますが、花粉症がひどい。
本当に何年振りかよくわかんないが今年は格別だ。大体、病院に勤めている時は通勤時間中には多少くしゃみしていてもどういう訳か臨床中は大丈夫だった。花粉症は気合でなんとかなるものなのかよくわからんが。(いや、普通ならないだろう)

病院では「花粉症の薬を出しますか?」と主治医に言われたが、
「ぜんぜー、私はTh1/Th2バランス仮説を支持します」
と言ったところで笑われた。皆まで言わんでもわかるさすが某大学病院クオリティ。

高い薬でTh2に傾けたところをなぜ余計な金かけてまたTh1に戻さにゃいかんのだ。
おかげでどこも痛くない。ちょっと二次性の痛みはあるが、自分で治せるよ。
腫れるよか鼻垂らした武田鉄矢になってるぐらいで済むならこれでいい。

それにしても、お陰様でいろいろな方から応援いただいてありがたいことだ。
そして改めて、お世話になった大学とわしとはあまり合わないことがわかった。
原因は、わしの頭が足りないか、育ちが悪いことだと思いますよ、いや、多少謙譲の気持ちはありますが、事実そんなものかと。

これから勤めるところも、本来ならわしの頭で入れるところではないし、所属長は業界で大権威の方らしいので、ラボの博士課程の先輩は「いつも厳しい顔をされてますよね」と恐れていたが、わしにとってはとても優しい穏やかな紳士にしか見えない。プレゼンもとても好意的に聞いて頂いたし、期待して下さっているのがわかる。

それを相方みかんに言ったら、
「また、前の教授みたいにだまされてるんじゃないのかー?入ったらいじめられたりして」
というので、

「いや、それはないと思うな。考えてみ、あなた会社にいた次長(退職済み)があなたに無礼なこと言ってきた時に相手した?」

「・・・しなかった」

「でしょ?」

相方みかんは管理職として入社した初日、そこの次長さん(相方の部下。その後退職した)が、相方に仕事についての説明をしていた。ところが、説明する仕事がなくなってしまったらしく、突然相方にコピー取りを頼んだらしい。

相方は既に彼の話っぷりを聞いて、「これはダメな次長」とわかったので「普通、自分が仕事がない時に上司にコピーを頼まないよなあ」と呆れながらも顔に出さずにコピーを取ったとか。


あれだけわしを叩きまくった恩師である教授は、わしを教育の場である研究室に入れてしまった以上、修了させる義務があるから叩きまくっただけで、いじめの意味はなかったと思う。それが証拠に修了が決まった後は、ちゃらっともわしを相手にしてない。年明けから本審査まで毎日あったメールが、今は一通もない。

「まともな人はね、自分より下等な生物を相手にしないでしょ。だからいじめはない(きっぱり)学校じゃなくて仕事なんだからダメならクビ切ればいいだけだもん」

そうだなあ、と妙に納得してもらった。

しかし、待て。
わしの今度の職場内での立場は「下等生物」ということか。

本日の結論:早く人間になりたい。



あ゛-。
また腎臓やっちまった。左腰が痛い。多分まだ血尿はでてない。(と思ったらしっかり出ていた・・・)

ところで先週の患者さん、わしより年下の4×歳 AMI(急性心筋梗塞)。
発症前日、徹夜明けの早朝ゴルフ。午前中より飲酒しながらラウンド回る。
前日より胸部痛あるが、肺気腫のための痛みと自己判断して一日過ごす。
改善ないため、来院、血液検査にてCK↑↑トロポニンT↑↑、緊急入院にて心筋シンチと冠動脈血管造影施行、LCX#14完全閉塞、LAD50%閉塞。

「肺気腫だと思ったらさー、心臓だって言われてびっくりだよー」
「心筋梗塞で済んでよかったですよー。これで体力なかったら突然死です(きっぱし)」

と、いきなりびびらしたった。(←こらこら)

まあ、その前に昼に飲む酒のうまさがどれだけ素晴らしいかについて、患者さんとしみじみ話し合ってはいたが(←こらこら×2)

と言うわけで、多分腎臓をやっちまったのは、温泉旅行がかえって悪かったと思う。寒いのと暖めるのと温度差あったり、いつも以上に酒飲んだし美味い物食って消化器の負担もあったし。

気持ちいいことが、体にいいとは限らないし、体によさそうなことが本当に体にいいとは限らない。

しかっし体力落ちたからジムでのエルゴ負荷が落ちてかなんわなー。
一気には無理だから週に5Wぐらいずつのつもりで上げていこう。腎臓も長引くからまあぼちぼちで。歳やからしゃーない。




「私を知らないで」白河三兎

うーん。悪くはない。が、良くも悪くもメルヘンだなあ・・・
「プールの底に眠る」と同じく、ハードな生い立ち競演な話。
ハードだからといって精神的ヒッキーになっていいってもんじゃないと思うの。
どんな生い立ちでも幸せになる権利はあるから、その権利を投げるのはやだな。


「伏」桜庭一樹

うーん。悪くはない。が、桜庭一樹のいつもの攻撃力が感じられない。
多分、「贋作」の世界観よりも、本物(滝沢馬琴著)を面白く読んだからだろうなあ。
NHKの人形劇も面白かったし、子供の頃に読んだ童話も面白かったし、
あと一応日本文学科だから、ある程度原文でも読んでるから。
原文だと面白く感じてしまうというエセ日本文学科のヲタ気質は認める。
信乃が死んでないところに桜庭さんもヲタだろうと仲間意識を勝手に感じますw

「うさぎパン」瀧羽麻子

うーん。悪くはない。が、この生い立ちでこの女の子の精神状態って普通なのかなあ。
すまん、うちは今思えば経済的には恵まれている方だったが、中学から高校時代の家庭環境は、多分普通でなかったので継母をもつ高校生が、ここまで大人なことに共感しない。


それはさておき、確かに女の子というよりおばさんはパンが好きだと思う。フロインドリーブのパンやクッキーが食べたくなったよ。広尾にもあると知った時は大喜びでした。週末買いに行こうかな。

ちなみに題名で思い出したのは、尾道の「ネコノテパン工場」。
(ステマじゃないのでリンクは貼らない)
ちっさな道端にちっさな案内板があって、それに従いちっさなちっさな店にたどり着いた。
フレンチトーストが美味しかったよ。
店の前で犬を連れてたむろっていたおじいさまが、
「ここは日本一おいしいパン屋だよ」
と、にこにこと話していた。

街に愛されるパン屋さんていいですよね。うちの町のパン屋さんはご主人が亡くなって閉店してしまったの(涙)


本筋から外れましたが、まあそういうことで。

週末は湯治に出ておりましたが、旅先で見た夢がすごかった。

主人公(男)を俯瞰しているわたし、という図で主人公はなぜか「明暗」(夏目漱石)の津田。
津田が清子に会いに行くと、そこでなぜか「失楽園」(渡辺淳一)の凜子に出会う。

BGM、急に軽いものに変化する。
ええええっ、ギャルゲーかよ、しかも熟女モノ?、誰得?いうところで目が覚めた。

渡辺淳一先生だってあのお歳だからこそ寧ろコギャルゲーをプレイすると思うぞ。熟女好きなのは余程のマザコンだよ(←出典:某エロライター)

本日の結論:熟女ギャルゲーなんてどんな罰ゲーム。