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夏至の花、シアタークラシックス


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夏至の日に手に入れた花をドライフラワーなどにして保存しておくと、

夏の間のお守りになるそうです。

なので21日の夜、勤め帰りにドライフラワー向きの千日紅とペパーミントが

入ったグラスブーケを買ってみました。

写真の右側の緑色の花?のように見える植物の名前がわかりませんが。

誰かわかる人いらしたら教えて下さい。(笑)


この夏も無事に過ごせますように。

出来たら旅をしてみたいのですが、可能かどうか?


翌22日、シアタークラシックスの公演『6つの小品集』を中目黒ウッディシアターで観ました。

開演15分前に衣装をつけながら本音をぶちまける女優のお話。

盲目だった女性がコンビニで少年に殴られたショックで視力を取り戻す物語を

一人芝居で表現する『盲目』。

「眼の見えない女を殴るような少年を育てた社会は、私に就職させなかった社会と同じ」

という締めのセリフ。


友人の紹介で初めて二人で食事をする男女の心理を独白する『気まずい沈黙』

「彼は有名人の知り合いの名前をあげ、彼らとの関係を話しはじめた」

退屈した女性は「急に帰らなければならなくなった理由」を考えはじめますが―。


子供を望みながら持てなかった43歳のグラフィックデザイナーの女性が

いいかげんなボーイフレンドの子を妊娠した17歳の少女と出会い、男の子を引き取る

『共通するものなにもなし』。

先日、女性の中絶を扱った渡辺淳一の短編を読んだばかりですのでとても気になる

お芝居でした。


少女はいわば「子供を捨てる」わけなのですが、彼女なりにちゃんと

考えた上の決断であることが語られます。

日本では「子供が産めないからって人の子をもらうなんて」とか「自分の子は

どんなに苦労しても育てるべきだ」という意識が根強いけれど。


私はいろいろな事情があって子供は持ちませんでした。で今のところ、現実に

照らしてみるとこれは「正解」でした。奇妙なことに残念な「正解」なのです。

これからは私みたいなダメな?女でも、シングルファザーやシングルマザーでも

子供を育てられる国にしていった方がいいのではないでしょうか。


自分の子供は持てなくても、自分の後から来る人々のことを考えて

生きていきたいなと思っています。


以前にシアタークラシックスの公演に出演された女優さんが、

三田地里穂先生の選ばれる芝居は派手さはないのに、なぜか観た後

いつまでも記憶に残ると言っていました。

今回もいつまでも忘れられない、宝物になる観劇でした。








着物でプッチーニ?



カルチャースクールの歌のクラスに通い始めて一年。先日初めて歌の発表会で独唱しました。子供の頃に楽器を習っていたわけでもない私は楽譜が読めません。20歳ぐらいで声優になりたいなんてアホ?を言っていたころちょっとレッスンしてはみたものの『コールユーブンゲン』で挫折したまま。

今も月2回のクラスに休まず通うのがやっと。それなのに無謀にもプッチーニの『トゥーランドット』から『誰も寝てはならぬ』を歌いました。ただしイタリア語は口がまわらないので、本田美奈子が歌っていた日本語歌詞です。なんと申しましょうか、今のご時世にぴったりの国会議事堂で歌いたい?歌詞なので。




本田美奈子の『誰も寝てはならぬ』はこちら。

http://www.youtube.com/watch?v=ilOPO383pvY




いつものクラスとは別に伴奏合わせをして何とかなるかなあと思い始めた時、はたと何を着て歌ったものかという問題が浮上。先生に相談すると歌う時は仁王立ちになることもあるからボトムは足まで隠れる長さで、肩が出るデザインの方が首が楽だとか。声楽の舞台に立つ人が肩の出たロングドレスを着ているのはダテじゃないのですね。

足まで隠れる服というと着物しか持ってない私。大胆にも母が父とのお見合いの時着たという説のあるラメの入った縫い取りお召にいくらか光る素材の半幅の帯。プッチーニでも『蝶々夫人』ではないから着物はどうか?とも思ったのですが『トゥーランドット』も東洋が舞台のお話だからとこじつけて。



私の脳内には時々本物なのかどうか定かでない歴史上の人物が現れて奇妙なアドバイスをします。「♪憎しみの炎、星さえこがして人は~」と歌うところでは燃える大坂城をイメージせよと言うのは真田幸村。「♪心の奥の愛に目をつぶらないで~」と歌う時は我々のことを思い出してほしいというのは徳川光圀と朱舜水。ちなみに幸村も光圀も観光地でおもてなしをなさっている方々とは別人です。



高いところに立つとやっぱり緊張して、練習で心がけていたことが真っ白に―なかなか思う通りには行かないものですね。でも平和への思いを表現したいという気持ちだけは出せたかな。



歌い終わった後、友人の一人から豪華な花束を頂きました。この友人は若い頃芸能界にいたこともある美貌の持ち主。彼女の近くの席に偶然座っていたうちの両親は「実以の友達にこんなきれいな人がいたのか?!」とひそかに腰をぬかしておりました。







ちなみに母は1月の大腸がん手術の後、再発予防の抗癌剤を半年間服用し続けるはずだったのですが、「白血球の数が減り過ぎる」ということで服用中止となりました。代わりに検査を三か月ごとに受けて対処するとのこと。今のところは元気で家事もしていますが「もしも再発したら」と思うと不安です。



私の一番よく似ている肉親は読書好きでテレビの時代劇をよく視ていた父方の祖母ですが、歌や芝居に興味があるのは母方の血らしいのです。母が子供の頃に亡くなった母方の祖父はラジオでオペラをよく聴いていたといいますし、祖母の方は素人芝居で『金色夜叉』の間貫一に扮したとか。興味はあっても演じ手や歌い手になる才能はわが家系になさそうですが―そんなわけで今回、母に舞台で歌っているところを見せることができてよかったと思っています。ただ母の方はそんな娘の心は知らず、「こういうのって親は行かなきゃいけないの?」と面倒くさがっておりました。父はうまくもないのに目立つかっこうで歌っていた私を心配して「発表会に出た他の人が着てたようなドレスを買ってやってもいい」(そんなに金がないのなら)と言い出しました。

歌の先生からは「黒のロングスカートは一つ持っておくと重宝するわよ」と言われているので次の発表会までに買っておこうと思っています。




















ナイジェリア・大河ドラマ―安倍首相へ、歴史に名を遺したいなら

ナイジェリアの女生徒拉致に生々しい恐ろしさを感じています。遠い国のこととは思えません。この星に住むすべての女性に関わることではないでしょうか。この事件の背景にはナイジェリア政府による「掃討作戦」がボコ・ハラムを潜伏化させ、より危険に変質させたことがあるとか。武力行使は平和への道ではないのです。

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/nigeria_kidnap/?1400057271



ナイジェリアと聞くと昨年9月に観たシアタークラシックスの公演『セブン』を思い出します。登場した7人の女性の一人はナイジェリアの大統領候補の娘、ハフサット・アビオラでした。政敵の陰謀で両親の命を奪われても「私はパパやママがなぜ死んだかは問題ではないの。問題は彼らがどう生きたかよ」と語り、男社会に反発するだけではなく対話することによって少女たちの運命を切り開いているアビオラ。彼女も今、心を痛めているにちがいありません。一刻も早く拉致された女生徒たちが救出されますように。


日本も今、ナイジェリアのことを心配している場合ではないかもしれません。

現政権が民主主義を無視したやり方で集団的自衛権行使へ向けて動いています。

「平和主義に国民主権に男女平等、それに東アジアの国との友好とかみんなこの間の戦争に運悪く負けたからしかたなく受け入れては来たが本当はこの国はそういう国じゃないんだぞ。神の国で神のためなら命もささげるのがこの国の民で女は男に従うんだ!」

そんな上からのいやな声が聞こえるような。




2016年のNHKの大河ドラマに真田幸村が選ばれたというニュース。故郷の英雄が全国的スターになることはお祝いすべきかもしれません。

幸村と真田一族の知恵と勇気は心から尊敬しています。でも私は複雑な思いでいます。

幸村のファンと真田一族を愛する上田市民の熱意が通じたのならおめでたいことです。

でも国営放送の方々が「この国の民は豊臣秀頼のために命をささげた幸村のようになるべきだ」と考えている現れだとしたら―考えすぎでしょうか。




ある報道によればでは安倍首相は歴史に名を遺すことにご執心だとのこと。

それならば首相、この道から引き返してください。近隣諸国との歴史の傷をちゃんと見つめ、武力ではなく外交力、医療や技術の協力で問題を解決してください。そうしたらノーベル平和賞をもねらえるかもしれません。100年後の国営放送の日曜夜八時の主役はあなたかもしれません。





上田城址公園にて


上田城址公園の白い藤

真田上田祭りの翌日、ホテルをチェックアウトした後、上田城址公園に向かいました。

スロープ状の低い棚で白い藤が咲き始めていました。目線と同じ位置で花が見られる

藤棚は他で見たことがありません。藤を見る時に怖いのは花にむらがるハチ。でも10時前と早い時間だったせいかハチもいなくて、顔を近づけて甘い香りも楽しむことができました。真田神社にお参りして家族の健康と自分の将来について祈ります。お守り売り場にあったスワロフスキーの金色の六文銭ストラップお守りがとてもきれいだったのですが前日、戦国マーケットで散財したので断念。自分の好みからいうとスワロフスキーでほしいのは武田菱か三つ鱗。

なお社殿前のテーブルには「真田幸村をNHK大河ドラマに」運動の署名の帳簿がおかれていました。署名しようかな?と思いましたがしませんでした。なんというのでしょうか? 幸村のドラマができたらできたで喜んで視るかもしれません。でも…国営放送日曜夜8時の主人公になるというのはなんとなく「体制に取りこまれる」ということでもあるように思えるのです。幸村や真田一族は自分よりも強い何か、政治体制や世の中の動きと向き合って流されずに負けずに生きる人々一人ひとりの心にそっと寄り添うヒーローでいてほしい―そんな気がして。




10時を過ぎると大手門前に『信州上田おもてなし武将隊』の真田幸村公と猿飛佐助・和緋(かずひ)さんがお見えになりました。幸村公の高らかな笑い声、扇をひらく音。今回の旅の最大の目的は幸村公にお目にかかって花押を頂く―つまりサインを頂くこと。

「武蔵の国から参りました」とごあいさつして用意しておいた小さなアルバムの裏表紙に

サインを頂き、数枚の幸村公の写真―と申しましても2年程前に買ったキューピーストラップの幸村公と我が家にあるやはりキューピーの上杉謙信や平清盛と撮ったものですが―

をお渡ししたらカラカラと笑って下さいました。11時からの幸村公がご案内してくださる「ぶらり散歩」に参加することにして石垣にはえる宝石のような新緑を見ながら待機。





おもてなし武将隊の真田幸村公

この「ぶらり散歩」は大変有意義でした。知らないことばかりだったのです。戦国期の石垣と江戸期の石垣の積み方のちがいがはっきりわかる場所のこと。国際的に有名な上田出身の人物は1915年には世界ではじめて化学物質による人工癌の発生に成功。した山極勝三郎であること。海外からの観光客の中には山極は知っていても「上田合戦って何、真田幸村って誰」という人もいるとか。天守閣はなくても下の駐車場から櫓門を見上げるととても高くてこの城の堅固さと壮大さを実感できること。何より驚いたのは二の丸橋の下の昔は堀の中、今はケヤキ並木となっているところに1972年まで上田交通真田傍陽線(さなだそえひせん)という鉄道の駅があったこと。











上田城址公園のケヤキの新緑とヤマブキの花

散歩が終わった後、八重桜の写真を撮っていたら通りがかりの男性が「向こうのチューリップが咲いているところにウコンという桜が満開ですよ」と教えてくれたので行ってみました。するとそれがその人のいう桜なのかどうかはわかりませんがまさに最も美しい盛りの2本の八重桜の下にベンチのある場所がありました。ベンチに腰をおろして花を眺めているとウグイスの声が聞こえてきました。桜の下のベンチは私の住む武蔵の国?にもありますが、ウグイスの声はなかなか聴くことはできません。何だか真田一族の魂が導いてくれたような気がいたしました。本当に輝くようなすてきな時間でした。






上田真田祭り

427日、GW恒例の墓参のため長野新幹線に乗りました。

昨年秋に友人と戸隠に行ったついでに除草剤を撒いておいたおかげで雑草の生育はおそれていたほどひどくありませんでした。墓のある寺を預かっているお宅へ挨拶した後、しなの鉄道で上田へ。



いつもは5月の憲法記念日から子供の日あたりに行くのですが、今年は歌の発表会に出る関係で4月末にしました。宿泊も通常は長野なのですがちょうど『上田真田祭り』の日でしたので上田に泊まることにしました。このお祭りの見物ははじめてです。今年は真田幸村公の大阪入城400年とあって例年より大規模な開催とのこと。



白い馬の武将
真田祭りの武者行列




宿に荷物を預けて駅前通りを昇っていきますとちょうど市街地の中央交差点に差し掛かった時、タイミングよく真田隊の行列が通りました。甲冑姿の多くの人々はもちろん、生きている馬を間近に見ることもなかなか得られない機会です。




武者行列の皆さんが休憩に入ったので交差点を曲がり「戦国マーケット」や真田氏と縁のある沼田や上越や大阪の物産市場でショッピング。いわゆる戦国グッズとか歴史グッズと呼ばれる品々に興味はあるのですがたいていネットでしか売っていません。品物を手に取って買える貴重なチャンスです。でもやはりTシャツの類は4000円代と私にとっては高価でしかも似合うかどうか疑問ですので手がでませんでした。家紋の入った帆布製のトートバッグと自分の手持ちの着物に合いそうな六文銭と桜がワンポイントで入った足袋ソックスを購入。観光資料と物産コーナーで上越市製造の袋入り梅こんぶ茶を買っている時、旅行者らしい老婦人が「この辺、食堂ってないんですか?」と販売員の人に尋ねていました。確かにこの近くにはコーヒー専門店が一件あるだけなのです。「駅の前の通りまで歩けばあるんですけどね」とわけ知り顔に言う私。上田は私の故郷ではありませんが墓参の度に通るのでいくらかは知っています。


織田ノブにゃが公


 買い物の後は真田幸丸くんをはじめとするゆるキャラがいる商店街へ。案内チラシには十数名のゆるキャラが来るとありましたが数名しかみかけませんでした。みな午前中で帰ってしまったのでしょうか? 一方チラシには出ていなかった織田のぶニャが公がおわしましたので写真を撮らせて頂きました。私はいわゆるPCゲームはしないのですけどお名前とお顔だけは知っていたのです。



戦国マーケット。六文銭のTシャツが

真田幸丸クン



 中央交差点に設けられたステージでは大阪の陣の決戦劇が上演されていましたが人だかりがして見えないので音だけ聴きながら歩き回っていました。のどがかわいたので無料サービスのお水は頂きましたが不思議と空腹はおぼえず、お昼は抜いてしまいました。

太鼓の音がなりひびいて、甲冑姿の人が行きかう楽しい祭りでした。



宿へ戻る途中、商店街の工芸店の店先で赤備え?のミネラルウォーターを見かけたので思わず買いました。



ミネラルウォーターも赤備え




ロビーにいた穴山小助くんと三好清海入道くん


ホテルにチェックイン。ダブルの部屋をシングル使用で予約していたのですが畳敷きの六畳間にダブルベッドなのにびっくり。でも何だか実家にでも帰ったような気分になれて個人的には気に入りました。祭りが終わって暮れていく城下町のすてきな風情を味わいながら上田駅まで歩き、ファミレスで地元の友人と夕食。

8時になるのを待って貴重品をフロントに預け、宿の温泉を利用しました。大浴場は一つしかなく、男性、女性の利用できる時間が決められているのです。風呂上りに廊下やロビーの壁にたくさん掲示されている著名な映画監督や俳優たちの写真やサインを眺めました。翌日、おもてなし武将隊の真田幸村公から伺ったのですが、上田では映画の撮影がよく行われるのだそうです。晴天が多い土地なので撮影のスケジュールがたてやすいとか。





ラファエル前派展鑑賞と毛利庭園

現在は既に終了していますが3月31日、六本木で「ラファエル前派展」を鑑賞しました。

5%消費税最後の日とあって、「混雑していたらどうしよう」と思いましたが、

皆さんショッピングの方が忙しいのか、さほどではありませんでした。

でもミレーの「オフィーリア」の前にはやはり人だかりがしていました。 

先日天皇皇后両陛下がごらんになり「思ったより小さい絵」と感想を述べられた

とのこと。モデルの女性を浴槽につけて描いたといいますから、

等身大ぐらいの大きさがありそうに思っていましたが小さな絵でした。


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私が一番見たかったのは上の「ベアタ・ベアトリクス」です。

かなり以前に『美の巨人たち』という番組で「気絶するほど美しい女」と

いうフレーズで紹介されていました。

うつ気味になったり、疲れを感じている時、目にするとなぐさめを得られる

絵なのです。

眼を閉じた女性の表情、髪の美しさ、緑の服、鳩が加えている白いけし―

どれも心をひかれます。

ロセッティが妻のエリザベス・シダルの死後、彼女の思い出に捧げて描いた作品。

あるミステリー小説では彼がアヘンチンキで自殺したエリザベスの死に顔を

スケッチしたことになっていました。


ミュージアムショップでは絵の中に登場する花や鳥をかたどった

ブレスレットやストラップが気になりましたが安いものでも2000円以上しますので

手がでません。



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展覧会鑑賞後、毛利庭園でお花見しました。池の周りを歩き、

桜を満喫。

のどが渇きましたが庭園に面したカフェの飲み物は高すぎる気がしましたので

六本木ヒルズの外へ出てミネラルウォーターを買いました。


長野から上越への旅その3




大河ドラマ『風林火山』のセットの龍の絵

謙信が愛用した杯だそうです
おみやげの笹だんご―笹の香りがすてき

今回、上越市へ行ってみようと思った理由の一つは、この地が生んだ作家小川未明のことをもっと知りたいと思ったからです。2月上旬に『文豪怪談傑作選―小川未明集』を読みました。保育園の頃絵本や紙芝居で読んでもらった童話の作家としてしか記憶していませんでしたが、上記の本を読んで貧しさや醜さなどの人間の真実を鋭く描きとっているのに驚いたのです。あの『赤いろうそくと人魚』も入っていました。幸せに育つよう期待して人の手に託された人魚の子が金に眼のくらんだ育ての親に売られ、ついには町がほろんでしまう―童話というより怪談ですね。

スタッフの女性が「もうすぐ未明の童話の朗読と映像上映がありますからごらんになってください」と案内してくださったので、館内の「ビックブックシアター」へ入りました。上映されたのは猫の母子の物語『どこかに生きながら』と病弱な少年の幻想を描いた『金の輪』。

どちらも童話という形を取りながら生きていく厳しさと死をしっかりととらえています。



小川未明記念館のミュージアムショップでは「赤いろうそく」と「絵を描いたろうそく」

が売られていて、さすが?と思いました。そのうちおもてなし未明さんとか人魚さんとか

―はだめかしら。



御親切な御夫婦に高田駅まで出るバスの停留所を教えてもらい、バスを降りる時は支払に手間取って運転手さんに渋い顔をされ―上越市の皆様ご迷惑をおかけしました。



直江津から特急「はくたか」で越後湯沢へ。はくたかの車内販売でおみやげに「笹団子」を買いました。越後湯沢から上越新幹線で東京へ帰りましたが、日曜の夕方とあってとても混んでいてびっくり。直江津から信越線と長野新幹線で帰るべきでしたね。



家に帰って家族で「笹団子」をいただきました。笹の葉の香りに旅の疲れも癒されます。

『越後上越おもてなし武将隊』のホームページやネット公開の映像も視ました。あの謙信公、舞台にたった経験でもおありなのか、戦国武将にふさわしいとてもよく通る声の持ち主です。またどこかでお会いできたらいいな。









長野から上越への旅その2


大河ドラマ『天地人』のセット

謙信公と春日山城展にあった姫様の衣装

越後上越おもてなし武将隊の「本陣」の上越市埋蔵文化センターを案内してくださった女武者みつさんのお話では春日山城の本丸までは雪があるから登れないけれど、春日山神社までの道路は雪かきがされているとのことでしたので折りたたみのロングブーツを履いているのを幸い、曇り空と雪を眺めながら歩いて行ってみました。大河ドラマ『天と地と』を記念してできたという謙信公の銅像に拝謁、神社にお参り。母の抗ガン剤治療がつつがなく進むことと、今後の人生を祈りました。

おみくじをひいたら「学業は危うし、全力を尽くせ」とのこと。語学力をあげる必要を感じているので耳が痛い神からのおつげ。帰る途中のどがちょっとかわいたので春日山城跡の入り口にわいている謙信公の御前清水を手ですくって頂きました。

神社から埋蔵文化センターに戻るとおもてなし武将隊の謙信公が「この後どこをたずねるのじゃ」とおっしゃいますので「小川未明記念館へ行こうかと」言いますとお館様自らバスの時刻表を調べてくださいます。なんだかおそれおおいようなもったいないような。

結局タクシーで行くことになったのですが、「寒いから車が来るまで中で待っているように」と行って下さり、タクシーが出る時には建物の外に出てきて手を振って送ってくださいます。とても心が温かくなりました。私自身も観光ではありませんが接客の仕事をしています。この「おもてなし」の精神から学ばなくては。


2014年2月上越埋蔵文化センターの展示

長野から上越へその1




越後上越おもてなし武将隊の旗
信越線の妙高号(もと特急あさま)

1月末に母が大腸がん手術のために入院しました。切り取られた大きなガンは何だか夜中に

巨大化して怪獣か超獣になりそうな地球防衛軍系の組織に届けた方が良さそうな(苦笑)

感じのシロモノ。それでも2週間ほどで退院することができました。ただあと半年間は

抗がん剤を服用しなければならないとのことです。

その後で従妹の結婚式に家族を代表して出席するために長野へ。昨年末からこれまでいろいろとあって疲れてしまいました。

ブログももっと書きたいのですがなかなか落ち着いてパソコンに向かうゆとりがなくて。



でも楽しいこともありました。

2月に従妹の結婚式のため2泊したメルパルク長野はとてもすてきなホテルで部屋の窓から雪化粧した長野駅が見えました。最上階の大浴場でもゆったりくつろぐことができましたし。次に長野へ行く時もリピートしようかな?

披露宴の翌日、関東へ帰る前にちょっと脚を伸ばして―というか伸ばしている脚の方が長いか―信越線で直江津へ行きました。長野駅812分の妙高1号は90年代に上野と長野間を走っていた特急あさまのよもぎ色の車両。懐かしかった!



直江津駅からタクシーで上越市埋蔵文化センターへ。『越後上越おもてなし武将隊』の女武者みつさんがあたたかく迎えてくださいました。披露宴用の着物の入った大きなキャスター付リュックを預かっていただいて、『謙信公と春日山城展』をゆっくり鑑賞。『おもてなし武将隊』の方々が案内する春日山城址の映像や大河ドラマ『風林火山』や『天地人』のセットなどなど。写真撮影がOKだったので謙信が愛用した春日山杯の写真を撮らせていただきました。



高田城や埋蔵文化財についての展示もひとまわり観た後、エントランスにもどるとそこにはなんとなんと先程の映像に出演していらしたおもてなし武将隊の謙信公がいらっしゃいました。そこでもしも会えたらと用意しておいた自家製のキューピー謙信とテディ信玄の写真を献上?いたしました。サインも握手もしていただいて―キャイーン、キャピキャピ。我ながら腐女子?







テディベアがほしい…かも

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週末のデパートの特設テディベア・ミュージアムを見てきました。我ながら精神年齢幼いなと思いつつ。
ワーグナーの支持者だったバイエルン王ルートヴィッヒ2世にちなんだテディ君は白で縁取られたブルーのマントをつけていました。
でも私が気になるのはシュタイフ社製やプーさんやパディントンではありません。
子供の頃、淡い黄色で胴体と耳の裏が赤のチェックの大きなくまのぬいぐるみを父に買ってもらいました。目玉が茶色のガラス、鼻の周りが白く、口が赤いフェルト。
東京に進学した後手放してしまったけれど、近年ときどきあのくまちゃんが恋しくなるのです。夢に出てきたこともあります。
今年に入ってからいくらかあの子に似たガラス玉の眼で鼻の周りが白いクマのぬいぐるみが目につくようになりました。昔持っていたのほど大きくないのを一つ買おうかという気もするのですが踏み切れません。
伊東のテディベア・ミュージアムにも一度行きたいと思っています。