2008年6月~9月の抗癌剤治療、10月の重粒子線照射の経過観察として、
2009年1月に放医研で定期検診を行った。私の評価は、
仙骨・腸骨の骨転移は縮小方向
・左肺上葉(これまで未照射)に微かに再々発が疑われる
血液、肺臓炎、呼吸機能はほぼ回復レベル
で、あるが、
「再々発の評価」と「仙骨の再発リスク」については医師との間に認識のズレがあった。
転移性肺癌の1寛解例に関する研究、のブログ-ct090122

上図は左肺上葉の怪しい場所。2007年3月の発病時に3cm程度の転移が有った患部である。
初回治療で寬解後、2008年6頃には2cm程度まで再発。その後シスジェムで9月頃に再度寬解。

ここに異常陰影が「ある」という点については皆同意である。医師の見立てでは
・大きさは小豆かコーヒー豆程度。
・3mmスライスのCTなので、分解能以下の大きさ(1~2mm)の変化は比較できない。
 (まだ排除されている途中かも知れない。もっと大きくなるまで判らない)
故に「引き続き経過観察」という判断になる。

私は肺CT画像は上下にスキャンし、パラパラ漫画の要領で血管の流れの中で観る。
スライス断面は検査毎に異なるので「静止画」で断面を測っても微妙な変化は判らない。

前後のスライス断面と腫瘍が大きかった頃の相対形状から大きさを類推する。私は、
・小豆大(2008年11月)からコーヒー豆程度に増大した。
・骨盤照射から3ヶ月経過し、照射野の毛細血管も回復した頃ではないだろうか?
故に「ゆるい抗癌剤治療を再開したい」と判断をした。

更に一般論として、抗癌剤は「始めたら一気に多量に、、」が原則である。
腫瘍内科医は充分観測できる大きさになるまで待ち、ガツンとやりたがる。

しかしながら私の腫瘍は相当に成長が速く、数cm程度の大きさになると
あっと言う間に手が付けられなくなる。それを抗癌剤で抑えるのは相当に苦労する。

この1カ所を特に気にしている訳では無いが、現状で観測にかかってない他の患部も
含め「活性」に転じていると考えられる。だとすれば有る程度は抗癌剤が効くと期待できる。

「再々発の評価」と「抗癌剤開始の種類、時期」の両面で医師と私の意見は食い違ったが、
結局2月9日から入院し、ゾメタ(4週に1回)+ジェム(単剤3週に1回)を開始した。
2009年1月には肺機能検査も行った。下図は胸部CTと単純X線の画像である。
この1年近くの画像上の推移は先日の記事を参照頂きたい。
転移性肺癌の1寛解例に関する研究、のブログ-lung090122

放医研ではPETの集積剤としてメチオニンというアミノ酸を試験している。
治験扱いの為、費用はタダで済むが、外部発表の権利は放医研に属する。その為、
本ブログで画像を掲載する事はできないが、PETでも左肺患部の集積は消失している。

ただ、肺繊維化が残っている付近は2008年4月の重粒子照射から9ヶ月が経過したにも
関わらず、淡く集積信号があり、軽い放射線性の炎症が続いている事を示唆している。

症状としては2008年12月上旬に「笑いすぎた」のをきっかけに2週間近く咳が続いた。
1週間ほど咳止めを飲み、沈静化後は咳や息切れなどの症状は全くない。

本来、肺機能検査は3ヶ月から半年おきには行うが、私の場合昨年の夏から骨転移が増悪し、
検査を受けられる状態では無かった。2008年3月から約10ヶ月ぶりの検査となった。

検査結果の推移はそれぞれ、
・肺活量(ゆっくり吐いた肺活量)及び努力肺活量(急いで吐いた時の肺活量):
 4.4L及び4.2Lから、3.8L及び3.4Lに低下。

・1秒率(1秒間に吐ける努力肺活量の割合):気道の狭さや気管支の炎症の指標
 81%から、81%と変化無し。

・気速V50、V25、及びV50/V25:肺活量50%,25%の時の呼気の流速、及びその比、
 細い気道の閉塞状況の指標。特にV50/V25が3以上だと末梢部分の病変を示唆する。
 V50=3.5L/s, V25=1.4L/s, V50/V25=2.5から、
 V50=2.8L/s, V25=1.2L/s, V50/V25=2.3に低下。

・クロージングボリューム:N2濃度曲線のIV相体積。末梢気道の閉塞などで増加。
 0.5Lから、0.65Lに悪化。

・残気量:吐き切れない量。N2洗い出し方で測定。
 1.9Lから、1.1Lに減少。(全肺気量の低下の原因)

・CO肺拡散能:肺繊維化などがあると酸素取り込み能が低下し減少する。
 基準値は25-30[mL/min/mmHg]程度。
 23[mL/min/mmHg]から、18[mL/min/mmHg]へ低下。

一言でいえば、心配する程の悪化ではないが、全般に20%程度の肺機能低下が示唆される。
主な原因は肺末梢野の閉塞や繊維化と考えて良さそうだが、その程度はCT画像から
想像されるよりも悪く、むしろPETで炎症が疑われる体積に依存している様に見える。

この10ヶ月の間、約半年間は寝たきり状態で、かつ、4ヶ月間の抗癌剤治療を実施した。
それらを考慮すればむしろ良好とも言えるが、今後運動等で回復をはかりたい。

重要な事は、私の容態や季節効果(真冬は多少肺機能が落ちる)を割り引いても、
肺のど真ん中の3cm大の腫瘍を撃ち抜くと、重粒子でも10~20%程度の「損傷」が起こった、
という事実である。画像上どんなに良好に見えても油断は禁物である。
本ブログは治療「内容」の紹介が主な目的なので、がんセンターの主治医については
あまり言及して来なかった。公的機関の職員ではあるが非管理職だったので人物特定もしていない。
私は「能力のある医師」と評価しているが、ご判断は読者それぞれにお任せする。

当ブログは私目線で書かれている為、私の意見が通った場面が幾つか登場するが、
実際には私と主治医の判断は、恐らく90%以上は一致したと思う。通常は殆どモメない。

残り10%のうち5%ぐらいは「両者ともに判らない」事であったと思う。
最後の5%のうち、3%は主治医が正しく、2%は私が正しかった、、、という感じだったと思う。

通常の仕事でも合理的、効率的に議論を行うと、こういう比率になると思う。
重要な事の1つは「判らない5%」を正しく「判らない」と共通認識する事だと思う。

私が主治医より優位だった2%は主に放射線や統計、データ処理などの分野であるし、
癌や抗癌剤については主治医に圧倒的なアドバンテージがあった。

が、この「2% vs 3%」のせめぎ合いはお互いの性格が似ている事もあり、かなり揉めた。
看護師やレジデントがケンカをしていると勘違いし、確認に来ることもあった。
(勿論、他の患者には一貫して親切・丁寧な事は主治医の名誉の為に保証します、、)


ただ、実は私の主治医は現在は、がんセンター中央病院から異動し、
既に他病院に移っています(東病院でもありません)。

大した問題ではないので触れずにいましたが、万一、本ブログを見てがんセンター中央病院を
検討する患者さんが居ると問題なので、念のため御報告する事に致しました。
癌治療法に関する幾つかの質問について、私が考えていることを記載しておきたい。
世間話程度に考えて頂けると幸いである。まず、質問項目は、

・仙骨患部は、もしもリニアック照射だったら結果はどうだったか?
・温熱療法はどうか?間質性肺炎などの副作用はないか?
・血管内治療はどうか?骨転移にも適応がある様だが?
・ゾメタはどうか?と、いうもの。
ゾメタについては実は現在実行中なので追って報告する予定である。ここでは省略する。

一口に「肺内多発転移」と言っても下図に示すように様相はかなり異なり、選択肢も異なる。
(腺癌様画像はハンフリーさんのブログからの無断転載である。何卒お許し頂ければと存じます。
 http://a-y-g.blogspot.com/2008_10_01_archive.html
転移性肺癌の1寛解例に関する研究、のブログ-hs090303


・血管内治療は私も検討しており、関空の近くのIGTゲートクリニックには予約の電話を
 した事もある。昨年の春頃だったが、外来相談は約2週間待ちであった。
 血管塞栓術は全国の病院で行われているが、IGT病院は「詰めるビーズが細かい」との宣伝文句。
 「とにかく話を聞いてみよう」と思ったが、その頃から骨盤の患部が増悪しキャンセルした。

・図の様な腺癌様患部には塞栓術は恐らく適応にならない。私の骨転移の様に広範に張り出した
 患部にも効果は無いと思う。塞栓すべき血管が特定できないのでやむ得ない。

・他方、図の扁平上皮癌的な患部には適応があるかも知れない。特に図の私の例は血節が近く、
 ラジオ波ではアンテナによる出血が懸念される。やや根治性に劣るかもしれないが、
 やるとすればむしろカテーテル塞栓術だろうと考えている。

・温熱療法は原理的には見込みがあると思っているが、現状の機器では殆ど利益が無いと
 感じている。マイクロ波は放射線とは異なり、間質性肺炎などを増悪させるとは
 考えられていない。が、もしも私だったら既に肺炎の所見等があれば避けると思う。
 明確な根拠は無いが、大してメリットの無い治療の為に思わぬ不利益が出るのは避けたい。

・仙骨転移に対してはリニアックでは(有害事象の制限から)30Gyが限度である。
 私の癌は放射線にも感受性が高いが、それでも恐らく半分くらいに縮小するのが限界で
 あったと思う。半年制御がせいぜいだったろうと想像している。
(勿論、重粒子であっても局所制御できる可能性は低いと思っている。追加処置を検討中。)
いつもの様に「癌番組」としては全く見るべき点は無かった。

ただ、番組に登場した福岡在住の内山さんの亡くなり方が少し気になった。
調べてみると御本人のホームページが存在した。個人の経過をこのブログで取り上げるのは
初めてであるし、不謹慎かも知れないが、重大な示唆に富んでいる。思い切って紹介する。
http://ucchi-skio.cocolog-nifty.com/blog/

2007年1月:九州がんセンターで確定診断。右下葉に2cm大腫瘤+肺門部リンパ節転移疑い。
     ステージIIaと判断、即手術。右肺全摘。リンパ郭清。術後の痛みに苦しむ。
   2月:縦隔リンパ節への転移も「あった」との事。ステージIIIa「だった」との説明。
     化学療法UFTもしくはS-1を検討。後日、
     「下葉は腺癌、肺門部は大細胞癌」との説明を受ける。候補のレジメンは
     「シスプラチン+イリノテカン」を提示される。
   3月:化学療法スタート「シスプラチン+イリノテカン」。吐き気に苦しむ。
     途中「ベッドが空かない」との理由で度々間延び。
   5月:抗癌剤治療4コース終了。

2008年2月:郭清したリンパ節に転移疑い。PET検査後「転移あり」との診断。
   4月:肺門部への60Gy照射とシスプラチン+エトポシドによる放射線化学療法スタート。
   6月:放射線化学療法4コース終了
   7月:左肺、全身の骨にも転移疑い。疼痛に苦しむ。
   8月:カルセドとゾメタ投与開始。
   9月:ボルタレンを諦め、MSコンチンによる疼痛制御。
   10月:カルセドに左肺はレスポンスせず。ドセタキセルに変更。
   11月:脳転移7個。30Gy全脳照射実施。
   12月:右胸にポート設置。ジェムザールに変更。

2009年1月:24時間モルヒネからオキシコンチンに変更。退院。
   2月2日永眠。

個々の局面に対し具体的な疑問や批判は山の様にあるが、あえて伏せたいと思う。
ただ、もしも私だったら、「何ひとつagreeしない」事だけは述べておきたい。

九州がんセンターの担当医とそれを指導する立場にあった者には猛省を御願いしたい。
診断、外科、緩和、抗癌剤、放射線、看護、、全てにおいて人事とシステムの
抜本的な改善が必要だと、内山さんの事例は教えてくれていると考える。

番組に登場した内山さんは体力も気力も充実した方であったと思う。
もしも同じ様な目に遭ったら、私だったら1年も保たなかったと思う。
本当に残念だったと思います。お悔やみの言葉もありません、、、。
2008月10月の重粒子線、骨盤照射部の3ヶ月後の画像を以下に示す。
・仙骨部の経過:著明に改善しているが骨の再石灰化はまだ。
転移性肺癌の1寛解例に関する研究、のブログ-b090123

・骨盤部の経過:この辺りも経過良好。痛みは完全に消失。
転移性肺癌の1寛解例に関する研究、のブログ-b2090123

臀部に若干のしびれが残ってはいるが、日常生活や睡眠に支障は無くなった。
ただし、全力ダッシュやゴルフは念のため自粛中。

骨が溶け、神経も壊死?した様な患部の痛みが無くなったのは意外な感じがする。
仮に癌が完全に消失しても、なんらかの障害か痛みは残ると思っていたのだが、
年明け以降は殆ど問題無く活動できている。

(坐骨の嚢胞水?を除き)その他転移を疑う所見も無い。とにかく経過観察。
私自身は酒もタバコも常飲しないので詳しい事は判らないが、依存症の定義は素人が
イメージするよりも広いらしい。WHOのガイドラインによると以下の3項目に
当てはまると「アルコール依存症」という事になる様である。

・アルコールを摂取したいという強い欲望あるいは強迫感。
・アルコール使用の開始、終了、あるいは使用量が制御困難。
・アルコールの中止もしくは減量などの離脱が困難。
・アルコール量の増大、耐性。
・アルコールを(仕事や家族などの重要事項よりも)優先。
・有害な結果が起きているにもかかわらず、いぜんとしてアルコールを使用する。

一般的なアル中のイメージである「大酒を飲んで暴れる」のとは異なり、
「なんとなく毎日飲む」程度の人も要注意なのである。
中川元大臣の場合も報道から伺えるだけでも、少なくとも5項目は該当する。

ただし今回大問題になったのは彼が大臣であったからで、私の認識では「普通の」人
の中にも相当数のアルコール依存症「患者」は居る。

私のフィーリングで言えば、肺癌を告知され抗癌剤治療を開始しても尚、喫煙者の
7割以上は禁煙できない。飲酒もだいたい同程度だろうと思っている。アルコール、
タバコ、そしてギャンブルの依存症患者は癌になっても「結局やめられない」様である。

疫学的調査や治療効果の低下をどんなに説明しても、また本人の意志の強さ等にも
全く関係なく、やめられない、のである。癌が簡単に「治らない」のと同じ様に、
依存症からは抜けられない。

今、政治的・経済的な懸念や評価は洪水の様になされているが、私はそれに加え、
もう一つの懸念を持って眺めている。色々と疑惑はあるが、彼の父親は58歳で
自殺したとされ、死因にはアルコールと睡眠導入剤も噂されている。

自民党は即刻解散すべきと思うし、中川氏にも2度と政界に戻って欲しくはないが、
何度も死にかけた立場から、是非とも自殺だけは防いで欲しいと思っている。
2009年1月下旬から2月上旬にかけて重粒子照射後3ヶ月検診を受診。
威張る訳では無いですが私ぐらいになると検査項目が多く、放医研とがんセンター
での分割検査となり、かつ、保険等の制約から2週間くらいかかりました。

結論から言うと「左上葉に再発疑いはあるものの、結果は良好」。

・肺  :PETで左上葉の転移部に微かに再集積か?。胸水無し。要経過観察。
     2008年4月左下葉照射部の肺臓炎は回復傾向。かなりすっきりした感じ。

・腰  :著明に縮小。照射3ヶ月目で正常部位に近いレベルまで回復。ただし仙骨は溶けたまま。

・坐骨 :MRIの生信号で、股関節に嚢胞水?の様な共鳴信号アリ。要経過観察。

・骨転移:骨シンチでは転移なし。ただ、私の骨転移は全く見えない実績があるので要注意。

・脳  :転移なし。ただし軽い目眩と耳鳴りは継続。いつか出るハズ。

・心臓 :少量の心嚢水。今回減少傾向。癌性とは認めず。心機能に影響する程度ではない。
     頻脈も100回/分から80回/分に回復傾向。

・肺機能:肺活量4.4L(2008年3月)から3.8L(2009年1月)に減少。それでも標準値は維持。
     肺照射や疼痛、抗癌剤治療など、この1年間の経過を考えれば良すぎるくらい。

・血液 :ほぼ回復。

・症状 :腰、大腿部の痛みは寛解。臀部の痺れは残留(ガムテープを10cmくらい貼った感じ)。
     咳、息切れ等なし。手首、首、肩、等の痛みはほぼ解消。
     照射部の筋肉がやや「堅い」感じ。「放射線によるタンパク質の固化」との事。

放医研、がんセンター共に「治療は必要無い」との評価となったが、
これまでの経過からがんセンターでの抗癌剤治療を希望。

個人的には(初回治療時からあった)左上葉は、寛解状態ではあるものの
「数ヶ月以内に再発する可能性が高い」と思っている。現在治療法を検討中。

他に転移を疑う所見は無いが、骨盤、脳、肝は引き続き警戒が必要と考える。
今回の各検査の詳細は個別に記載する予定。
以下のような募集が出ています。
ちなみに(絶対採用されないと思いますが)私も応募してみました。

「多様な人々とうまくコミュニケーションをとれる方、調整できる方」
という要件と国家公務員規定?が微妙にひっかかるかも知れませんが、
もしも採用された場合は本ブログでも経過を明らかにしてゆきます。

患者の皆様も応募してみては如何でしょうか?(・∀・)/

study2007

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-平成21年度国立がんセンターがん対策情報センター「患者・市民パネル」の募集について-

更新日:2008年12月18日 掲載日:2008年12月18日

■患者・市民パネル
国立がんセンターがん対策情報センターでは、がん患者、ご家族、市民のそれぞれの立場から、わが国のがん対策についてがん対策情報センターへ提言、またがん対策にかかわる情報を周囲のみなさまに広報していただく、いわば「がん対策応援団」の役割をしてくださる『患者・市民パネル』のメンバーを募集します。

【主な活動の内容】
メールやインターネットを通じた活動が主ですが、会議への出席をお願いすることもあります。
がん対策情報センターからお願いするのは以下のような活動です。
●課題やアンケート調査などに対して意見をいただいたり、調査に回答していただくこと
●がん対策にかかわる活動(講演会などの案内など)を広報していただくこと
●パンフレットやウェブページの情報の見やすさ、わかりやすさなどのチェックなど

■応募資格
「患者・市民パネル」に応募するには、がん対策への関心・熱意・見識を持った成人で、次の3つの条件をすべて満たしていることが必要です。ただし、国会議員および地方公共団体の議会の議員、常勤の国家公務員を除きます。

1) がん患者、もしくはがん経験者、または現在もしくは過去においてがん患者の家族、介護者、がん患者のサポートに携わったことのある方、もしくは携わろうとしている方
2)がん対策情報センターの活動を理解し、医療専門家と患者・一般市民の双方の立場を踏まえた活動ができる
3)多様な人々とうまくコミュニケーションをとれる方、調整できる方

そのほか、「患者・市民パネル」の活動を行うために、

単独または、家族の支援により、インターネットを使うことができ、Eメールの受送信ができることや、がんやその他の地域や患者の支援活動の実績があること、がんに関連する情報を収集、発信できること、わかりやすい文書を書けること、などが望まれます。

●意見交換会などの会議への出席(交通費を支給します)

■詳細および応募方法
詳細および応募方法については「患者・市民パネル」募集案内(PDF:122KB)をご覧ください。

応募の締め切りは平成21年2月18日(水)(当日消印有効)です。
応募フォーム(MS-Word:92KB)をご利用ください。
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放医研でHIMACが完成したのは1993年である。80年代、私の友人で土建屋の息子の医学部生
のソアラには「車載電話」がついており、色々と重宝した。当時まさに「夢の」装置であった。
が、現在のケータイを見て「夢の」とか「奇跡の」などと感じる人はいない。

重粒子も物理学の分野から見れば非常に古いマシンであるし、今後も全面的に開発の余地がある。
しかしながら当面は重粒子の普及とそれまでの「繋ぎ」こそが放射線治療の最大の課題と考える。

現状、放射線治療の「需給のバランス」は質、量ともに崩れている。
しかも殆どのケースは初回治療を受けた病院の「系列」により、流れ作業的に決定される。
「放射線なんて、どれも大して変わらないらしいよ」という噂がその根拠になっている。

患部や経過、費用や居住地、仕事や治療の進め方、などは患者個々に異なる。
治療に関して素人である患者にはアドバイスが必要である。が、間違っても、
親戚の「経験者」や「がん難民コーディネーター」などに相談すべきではない。

私も癌になりたての頃、他患者のお見舞いのおばちゃんなどに捕まったりした。
癌の発生や転移、癌に効く「水」や「食品」、さらに色々な病院や大学、医師の評価、
など独自のお考えがあり、大変御詳しい。ただ、少し聞いてみると、

ーーそうですか、で、旦那さんは何癌だったんですか?ーー
「え?、確か胃カメラで判ったんだけど、肝臓にもあって、で、手術したんだけど、、、」

ーー手術?、それで術後の細胞検査はどうだったんですか?何癌だったんですか?ーー
「検査?検査は手術の前じゃないの?、でもその後の抗癌剤で急に悪くなって、、」

ーー抗癌剤は何を何コースやったんですか?ーー
「?、、、、。とにかく抗癌剤が失敗だったのよ!若い先生は親切で良かったんだけど、、」

ーーそれは何年くらい前ですか?ーー
「15年くらい前。とにかく○○病院に行ったら殺されるわ!抗癌剤になったらもう終わりね」

通常、必要な情報は全く得られない。ヘタをすれば「ホメオパシー」すら勧められてしまう。
しかし、こういった「低質な話」が患者の意志決定にかなり影響しているのも現実である。

特に放射線治療に関しては「有益な」情報を集めるのは難しい。勿論その原因は、
正しい情報の整理と医学的に合理的な「意志決定」を避けてきた専門家の側にある。
が、とにかく患者は早期に治療法を決めなければならない。

もしも私が九州の田舎のO県あたりの在住だとしたら、取りあえず県内でIMRTがある病院と
九州がんセンターの両方の外来を予約する。他人を含め、最も信頼できそうな人間に
付き添ってもらい、治療法や病院について相談する。

患部や状態によってはIMRTも選択肢になり得る。近所で済めばそれに越したことはない。
必要なら千葉県だろうが、群馬だろうが治療に行くが、容態が悪ければムリはしない。
サイバーナイフを体幹部に撃つのは多分、少し躊躇する。線量分布を見て回避もあり得る。

繰り返しになるが筑紫哲也さんが鹿児島のUASオンコロジーに「ムリを押してまで」
行ったのは合理的では無かったと思っている。誰が関与し、どういう過程で、意志決定が
なされたのか?、関心はある。が、放射線治療についてはこの辺りで一区切りとしたい。

次回からは、経過観察と他治療法の話題などに移行する予定である。