一人バンドに挑戦(その1)
「東京レバーハッツ」の演奏に間近に触れたりとか、某有名アーティストに楽曲提供&録音参加もしているレコーディングディレクター(中学の先輩)と会う機会があったりして、「楽器の演奏」への憧れが高まっている。
『子供のバイエル(下巻)』の途中で挫折している私は、阿波踊りの鳴り物以外に演奏できる楽器が無い(鳴り物もちょいと怪しいし…)。
だが、何故かウチには楽器がごろごろしている。
デジタル楽器/アナログ楽器、鍵盤楽器/管楽器/弦楽器/打楽器と、まあ、色々あるのだ。
こんなものを持っているのは、やはり「演奏」への憧れをずっと持っていたからであろうと思う。
…やるか?
まず、活躍させたい楽器は、阿波踊りで使っている篠笛。
昨今は♪ドレミ~と西洋音階に対応した「調律笛」という篠笛が多くなった。
阿波踊り業界(?)では、1970年の大阪万博を契機にこの「調律笛」が広まった。
私の手元にあるのは「七本調子(B管)」と「六本調子(B♭管)」。
トランペットなど西洋楽器にはB♭管が多いみたいなので、この「六本調子」が使い易いのではないか?
▲数字、見たまんま…左が「六本調子」、右が「七本調子」の笛
もう一つ活躍させたいのは、昨年買った「オタマトーン」。
明和電機が出したゆるキャラ系アナログシンセサイザーである。
リボンコントローラーを使って、音を無段階で上下させることが出来る。
▲どれが「オタマトーン」でしょう? 見え見えですが。
※明和電機によるオタマトーン解説映像はこちら↓
http://www.youtube.com/watch?v=qecPQ0FB-64
さて、何を演奏しようか。
簡単そうな曲がいいな。
と、いったわけで、曲探しの旅に出ます。
『子供のバイエル(下巻)』の途中で挫折している私は、阿波踊りの鳴り物以外に演奏できる楽器が無い(鳴り物もちょいと怪しいし…)。
だが、何故かウチには楽器がごろごろしている。
デジタル楽器/アナログ楽器、鍵盤楽器/管楽器/弦楽器/打楽器と、まあ、色々あるのだ。
こんなものを持っているのは、やはり「演奏」への憧れをずっと持っていたからであろうと思う。
…やるか?
まず、活躍させたい楽器は、阿波踊りで使っている篠笛。
昨今は♪ドレミ~と西洋音階に対応した「調律笛」という篠笛が多くなった。
阿波踊り業界(?)では、1970年の大阪万博を契機にこの「調律笛」が広まった。
私の手元にあるのは「七本調子(B管)」と「六本調子(B♭管)」。
トランペットなど西洋楽器にはB♭管が多いみたいなので、この「六本調子」が使い易いのではないか?
▲数字、見たまんま…左が「六本調子」、右が「七本調子」の笛
もう一つ活躍させたいのは、昨年買った「オタマトーン」。
明和電機が出したゆるキャラ系アナログシンセサイザーである。
リボンコントローラーを使って、音を無段階で上下させることが出来る。
▲どれが「オタマトーン」でしょう? 見え見えですが。
※明和電機によるオタマトーン解説映像はこちら↓
http://www.youtube.com/watch?v=qecPQ0FB-64
さて、何を演奏しようか。
簡単そうな曲がいいな。
と、いったわけで、曲探しの旅に出ます。
中央線でGo!な「東京レバーハッツ」
ディキシーランド・ジャズの学生バンド「東京レバーハッツ」の応援をしているわけである。
とは言え…。
私はジャズは好きだが、よく知らない。そもそも音楽そのものをあんまり聴いてない。
ましてやコンサートやライブといった生演奏に接する機会は少なくて、年に3回コンサートに足を運んだら「今年はよく行ったなあ」ってなレベルである。
そんな私をも惹き付ける何かが「東京レバーハッツ」にはある。
しかし、素人受けするだけの音楽では無い。“通(つう)”をも唸らせるバンドであることがわかった。
1月9日、JR中央線・阿佐ヶ谷駅近くのライブハウスで彼らの演奏を聴いた。
例によってイキナリ余談だが、彼らの1stアルバムのタイトルは『オレンジトレイン』。これはJR中央線(の東京駅ー高尾駅間)のこと。
▲中央線
103系の頃は全身(?)オレンジの車両だったんだよな…。
結果としてそうなったのかよっぽど中央線に思い入れがあるのか知らないが、彼らの出没エリアはもっぱら中央線沿線である。
で、ライブハウスもまたJR中央線の阿佐ヶ谷駅の近くなのである。
観客は会場のキャパ ぎりぎりまたはオーバーフロー状態で、25人前後か。とにかく満員御礼。
その半数は戦後のジャズ・ブームを体験してきた世代だった。私がアニメの主題歌を浴びて育ったのと同じように(違うか?)、ジャズを浴びて育ってきた世代である。。
『テネシーワルツ』が演奏されると、一緒に歌詞を口ずさんじゃうような人たちである。
昭和11年生まれという紳士は元バンドマン(トランペット)で、カントリー→ディキシーランド・ジャズ→スウィング・ジャズといった終戦後に日本に入って来た洋楽の流れや有名なプレイヤーの善し悪し(もちろん、ご本人の主観だが)などを熱く語ってくれた。
言わば、その、つまり、えー、要は、アレですよ。口うるさいファンですよ。
そんな強者が、レバーハッツの演奏を聴いて「青春が蘇る」とおっしゃっていた。
孫みたいな若者たちの演奏に、人生の大先輩たち(しかも口うるさい)がノリノリで手拍子を打っている様子は痛快である。
その手拍子も、ちゃんと「ン・チャ! ン・チャ!」と裏でリズムをとっている。決して表で叩いた後に手を擦り合わせるような手拍子ではない。
いいですね、こういう空間。
東京レバーハッツは、ソプラノサックス&トロンボーン&バンジョー&ベースという編成だが、この会場にはピアノが置いてあった。
せっかくだから、ということで(なのかな?)曲によってはサックスがピアノに回る。
また、バンジョーが楽器を傍らに置いてヴォーカルに専念してみたり。
路上とは違う姿を見せてくれたのも楽しかった。
ホントは「路上こそが彼らのステージ!」と思っていたのだが、どうしてどうして。
「夜のライブハウス」も良い雰囲気ではないか。
どこで演奏しても自分たちの世界を作ることが出来ちゃうということなんだろう。
観客の中に、レバーハッツのメンバーと同世代の若者も何人かいた。
その多くは、彼らが所属する“大学の母体サークル”の先輩・後輩らしい。
で、ラストステージの後半は、最終的にオリジナルメンバーにその先輩・後輩がトランペットとクラリネットとピアノが加わっての演奏となった。
「お願いするかもしれないから、一応楽器を持ってきてね」くらいの話はついていたようだが、会話を聞いているとほとんどイキナリである。
脇での会話を聞いていたら、クラリネットなんか「あ、その曲は無理!」とか演奏拒否してたり(笑)
…と言いつつ、結局はクラリネットも“その曲”からバッチリ参加してバリバリのアドリブソロをぶちかましていたが。
最後はレバーハッツお約束の『When the Saints Go Marchin'in(聖者の行進)』をこの臨時セプテットで演奏して締めくくり。
…の予定だったらしいのだが、会場からはアンコールの拍手。
「アンコールなんて想定していなかったので…」と嬉しそうに困るバンジョー。
「こんなことなら、“Saints”をアンコール用に残しておけば良かった」と笑いをとるサックス。
「じゃあ、『Danny Boy』でも…」とトローンボーンが言いかけた。(ちなみに、ベースは寡黙である)
そこに観客から『スワニー河』のリクエストが入る。
あんまり演奏しない曲なのか、7人の顔に一瞬困惑の色が…。
それを打ち破るかのように、サックスがサクッと♪は~るかなる スワニーがわ~…という出だしのメロディ(私が習ったのは、この歌詞)を鳴らす。
「あ、C(ハ長調)ね」
「サビ、あったっけ」
「ありますよ」
「サビ、何でしたっけ?」
「ゴー・イチ・ヨン・ゴー(←私がこれがコード進行のことだとわかったのは30秒くらい考えたあとだった)」
「じゃ、ピアノから入って」
これだけの会話で、演奏スタート。
で、アドリブから掛け合いからエンディングまでバッチリ決まってしまう。
ジャズのライブとしては普通の光景なのかもしれない。
が、私にはカルチャー・ショックと言うか、理解を超えた世界である。
理解は出来ないが、何かめちゃめちゃうらやましいぞ。
もともとが同じサークルの仲間とは言え、ポン、と一緒に演奏に加われる楽しさ。
それを自分たちも楽しみ、なおかつ観客と分かち合えること。
しかも彼らはアマチュアである。
いいなあ。
前々から楽器が出来る人たちをうらやましく思っていたのだが、このライブはそのうらやましさを倍増させてくれた。
まあ、残念ながら私には彼らのようなことは出来ない。
が、幸いにして観客としてそのノリを楽しむことは出来る。ありがたいことである。
そんなわけなので。
月末、西荻窪(ここもJR中央線だ)のライブハウスでの「東京レバーハッツ」も観に行くことにした。
☆東京レバーハッツ ライブ情報
【日時】1月31日 19:30~
【会場】西荻窪Minton House(杉並区西荻南2-21-9 TEL/FAX 03-5370-4050 http://www33.ocn.ne.jp/~mintonhouse/)
【チャージ】500円
とは言え…。
私はジャズは好きだが、よく知らない。そもそも音楽そのものをあんまり聴いてない。
ましてやコンサートやライブといった生演奏に接する機会は少なくて、年に3回コンサートに足を運んだら「今年はよく行ったなあ」ってなレベルである。
そんな私をも惹き付ける何かが「東京レバーハッツ」にはある。
しかし、素人受けするだけの音楽では無い。“通(つう)”をも唸らせるバンドであることがわかった。
1月9日、JR中央線・阿佐ヶ谷駅近くのライブハウスで彼らの演奏を聴いた。
例によってイキナリ余談だが、彼らの1stアルバムのタイトルは『オレンジトレイン』。これはJR中央線(の東京駅ー高尾駅間)のこと。
▲中央線
103系の頃は全身(?)オレンジの車両だったんだよな…。
結果としてそうなったのかよっぽど中央線に思い入れがあるのか知らないが、彼らの出没エリアはもっぱら中央線沿線である。
で、ライブハウスもまたJR中央線の阿佐ヶ谷駅の近くなのである。
観客は会場のキャパ ぎりぎりまたはオーバーフロー状態で、25人前後か。とにかく満員御礼。
その半数は戦後のジャズ・ブームを体験してきた世代だった。私がアニメの主題歌を浴びて育ったのと同じように(違うか?)、ジャズを浴びて育ってきた世代である。。
『テネシーワルツ』が演奏されると、一緒に歌詞を口ずさんじゃうような人たちである。
昭和11年生まれという紳士は元バンドマン(トランペット)で、カントリー→ディキシーランド・ジャズ→スウィング・ジャズといった終戦後に日本に入って来た洋楽の流れや有名なプレイヤーの善し悪し(もちろん、ご本人の主観だが)などを熱く語ってくれた。
言わば、その、つまり、えー、要は、アレですよ。口うるさいファンですよ。
そんな強者が、レバーハッツの演奏を聴いて「青春が蘇る」とおっしゃっていた。
孫みたいな若者たちの演奏に、人生の大先輩たち(しかも口うるさい)がノリノリで手拍子を打っている様子は痛快である。
その手拍子も、ちゃんと「ン・チャ! ン・チャ!」と裏でリズムをとっている。決して表で叩いた後に手を擦り合わせるような手拍子ではない。
いいですね、こういう空間。
東京レバーハッツは、ソプラノサックス&トロンボーン&バンジョー&ベースという編成だが、この会場にはピアノが置いてあった。
せっかくだから、ということで(なのかな?)曲によってはサックスがピアノに回る。
また、バンジョーが楽器を傍らに置いてヴォーカルに専念してみたり。
路上とは違う姿を見せてくれたのも楽しかった。
ホントは「路上こそが彼らのステージ!」と思っていたのだが、どうしてどうして。
「夜のライブハウス」も良い雰囲気ではないか。
どこで演奏しても自分たちの世界を作ることが出来ちゃうということなんだろう。
観客の中に、レバーハッツのメンバーと同世代の若者も何人かいた。
その多くは、彼らが所属する“大学の母体サークル”の先輩・後輩らしい。
で、ラストステージの後半は、最終的にオリジナルメンバーにその先輩・後輩がトランペットとクラリネットとピアノが加わっての演奏となった。
「お願いするかもしれないから、一応楽器を持ってきてね」くらいの話はついていたようだが、会話を聞いているとほとんどイキナリである。
脇での会話を聞いていたら、クラリネットなんか「あ、その曲は無理!」とか演奏拒否してたり(笑)
…と言いつつ、結局はクラリネットも“その曲”からバッチリ参加してバリバリのアドリブソロをぶちかましていたが。
最後はレバーハッツお約束の『When the Saints Go Marchin'in(聖者の行進)』をこの臨時セプテットで演奏して締めくくり。
…の予定だったらしいのだが、会場からはアンコールの拍手。
「アンコールなんて想定していなかったので…」と嬉しそうに困るバンジョー。
「こんなことなら、“Saints”をアンコール用に残しておけば良かった」と笑いをとるサックス。
「じゃあ、『Danny Boy』でも…」とトローンボーンが言いかけた。(ちなみに、ベースは寡黙である)
そこに観客から『スワニー河』のリクエストが入る。
あんまり演奏しない曲なのか、7人の顔に一瞬困惑の色が…。
それを打ち破るかのように、サックスがサクッと♪は~るかなる スワニーがわ~…という出だしのメロディ(私が習ったのは、この歌詞)を鳴らす。
「あ、C(ハ長調)ね」
「サビ、あったっけ」
「ありますよ」
「サビ、何でしたっけ?」
「ゴー・イチ・ヨン・ゴー(←私がこれがコード進行のことだとわかったのは30秒くらい考えたあとだった)」
「じゃ、ピアノから入って」
これだけの会話で、演奏スタート。
で、アドリブから掛け合いからエンディングまでバッチリ決まってしまう。
ジャズのライブとしては普通の光景なのかもしれない。
が、私にはカルチャー・ショックと言うか、理解を超えた世界である。
理解は出来ないが、何かめちゃめちゃうらやましいぞ。
もともとが同じサークルの仲間とは言え、ポン、と一緒に演奏に加われる楽しさ。
それを自分たちも楽しみ、なおかつ観客と分かち合えること。
しかも彼らはアマチュアである。
いいなあ。
前々から楽器が出来る人たちをうらやましく思っていたのだが、このライブはそのうらやましさを倍増させてくれた。
まあ、残念ながら私には彼らのようなことは出来ない。
が、幸いにして観客としてそのノリを楽しむことは出来る。ありがたいことである。
そんなわけなので。
月末、西荻窪(ここもJR中央線だ)のライブハウスでの「東京レバーハッツ」も観に行くことにした。
☆東京レバーハッツ ライブ情報
【日時】1月31日 19:30~
【会場】西荻窪Minton House(杉並区西荻南2-21-9 TEL/FAX 03-5370-4050 http://www33.ocn.ne.jp/~mintonhouse/)
【チャージ】500円
東京レバーハッツの「路上映像」完成
私が勝手に応援しているディキシーランドの学生バンド「東京レバーハッツ」。
昨年の秋にたまたま彼らの路上ライブに遭遇し、妙に何か惹かれるものがあって「ビデオで皆さんのライブを撮ってYouTubeにアップしてもいいですか?」と声をかけた。
その後、3カ所の路上ライブとCDの録音風景を撮影させてもらい、いざ編集!
…と意気込んだは良いが、音楽も映像もド素人の私には難しいチャレンジとなった。
12月には完成させるハズが、年を越してしまった。
色々と反省点はあるが、とりあえず完成品をば。
【以下、解説という名の言い訳】
自分の力量や機材などの条件を考えると企画自体に無理があった(お~い;)。
撮影に入る前に、ネットニュースのサイトで彼らの演奏を紹介した映像を見たのだが、街頭ノイズだらけである。実はその時点で自らの企画の失敗を確信していた。
駅前での演奏がほとんどなので、電車の音・ホームのアナウンス・バスその他の車の音は間違い無く入ってくる。私が撮影した時は、後ろを救急車がサイレンを鳴らしながら通り過ぎて行ったりもした。
ライブを現場で聴いているときはカクテルパーティー効果が働くので気にならないが、録画・録音した状態だと「え~、私、雑音でございます」と名刺を渡されているような…。
さあ困ったと思っていたら、ちょうど彼らがCDを作るという。録音風景を撮影した音を使えばバッチリではないか。
…と思ったのも大きな間違いであった。
一応、私のビデオカメラには外部マイク(ステレオ)がつないである。が、音を聴いてみると不必要な臨場感…「音楽」が録音されているのではなく「録音風景の音」が録音されている感じ。
さあ困ったと思っていたら、彼らのCD録音はICレコーダーであり、「~.wav」のファイル形式で記録されると言う。それだったら音源としてパソコンに取り込める。それを使えばバッチリではないか。
…と思ったのも大きな間違いであった。
理由は今なおわからないのだが、素材データだけを聴くと奇麗なのに映像編集ソフトに取り込むとノイズやら音割れが生じるのだ。まあ、それでもビデオで録った音よりはずっと良いのでそっちを使うことにした。
なので、音楽そのものを鑑賞したい方で機会がある方は彼らのCDを買って聴いてください。
さて、別の大問題があった。
私は彼らの『聖者の行進』を(スタジオ録音風景を含めて)トータルで8回撮影している。平均すると1ライブあたり2回の撮影である。
しかし、東京レバーハッツの魅力は「現場のノリ」であり「アドリブ性」である。
演奏ごとにテンポも違うし、フレーズの繰り返しや歌がどこに入るかといった構成&曲の長さも違うし、同じメロディを演奏していても“崩し方”が違うのだ。
そんな演奏風景をあっちこっちで撮影したを編集して「1曲」にまとめるというのはどう考えても無理でしょう。…と、気づいたのは編集作業に入ってから。気づくのが遅過ぎる。
さらに私の撮影技術の問題で「使える映像」が少ない…。
まあ、本来ならばせめて1回の演奏を2台のカメラで別アングルから撮るくらいの形で素材をキープしておけば多少は楽だったとは思うが、カメラは1台しか無いし撮影クルーは私1人なのでそれも難しい。
かと言って、CDの音をモニターしながらそれに合わせて演奏してもらうなんてことは出来ないし、やりたくない。「路上ライブそのまんま」を撮りたいのだ。
いや~、どうしましょう。
結局、色んなズルをやった。
まずテンポ合わせは波形なども確認しながら映像のスピードをカットごとに伸縮。とりあえず歌の部分のクチパクだけは極力CDと合わせた。それ以外はもう、サックスやトロンボーンは無視してバンジョーのリズムだけを頼りに調整。まったく別の曲を演奏している映像を重ねているところも多々ある。
また、長ロングで撮った絵や、逆光で運指などがわかりづらい絵を挟み込んだりとか。
そして、もともとエンドロールを作って入れる予定だったメンバー紹介は本編部分に入れ、そこはスタジオ録音風景と静止画を使うことで逃げた。
今思うと、電車で異動中の様子とか休憩中の様子もインサートカットとして押さえておけば良かった。
カットの切り替えやシーン(演奏場所)の変化のテンポも一応は音楽に合わせてはあるが、生理的に心地よいリズムに仕上がりになったかと言うと今ひとつ。
そこで、私の最後のわるあがき。「ケレン味」を加味することで誤摩化そうという魂胆。
「メンバーは普通のスピードで演奏しているが、通り過ぎる人たちはエラい早さで画面を横切っていく」という部分の特撮カット(笑)がそれである。
それはそれで“路上らしさ”をデフォルメした効果だとは思うが、使い方として成功しているかどうかは別問題である。
また、これは最近ある方に教えていただいたことだが「撮影した結果を編集する」視点と「編集を前提に撮影」視点とがある。今回は前者に近いケースではあるが、極端に言うなら「ドキュメンタリー用映像を無理矢理音楽に合わせる」というようなもの。それはそれでまた別の視点で撮影すべきではあろう。
結果、トータルとして、「ただ切った貼ったをしただけの映像」になってしまったことは自覚している。
が、これはこれで私にとってはひとつの経験であり、財産にはなった。
自己満足で済めば良いが、これは「東京レバーハッツ」の皆さんに対する評価につながり得る映像である。最低でもレバーハッツの皆さんがご覧になって喜んでくれなければ話にならない。
1月9日、「東京レバーハッツ」がライブハウスで演奏をした。
そこにノートパソコンを持参してチェックを入れてもらったのだが、ご本人たちは大いに(照れながら)喜んでくれた。…まあ、今回はそれで良しとするか…。ありがとう、メンバーの皆さん。
プロモーションにはならないかもしれないが、皆さんの卒業記念の映像(メンバー4人のうち、3人は4年生で、この春には社会人としての人生が始まる)になってくれれば幸いである。
…当初掲げた高い目標からはずいぶんと離れてしまったが。
そ・れ・で・も!
今後も色々と映像作品は試行錯誤しながら作り続けていきたいと思う。
…でも、やっぱり「おバカ映像」が自分には合ってるのかな…(^^)
昨年の秋にたまたま彼らの路上ライブに遭遇し、妙に何か惹かれるものがあって「ビデオで皆さんのライブを撮ってYouTubeにアップしてもいいですか?」と声をかけた。
その後、3カ所の路上ライブとCDの録音風景を撮影させてもらい、いざ編集!
…と意気込んだは良いが、音楽も映像もド素人の私には難しいチャレンジとなった。
12月には完成させるハズが、年を越してしまった。
色々と反省点はあるが、とりあえず完成品をば。
【以下、解説という名の言い訳】
自分の力量や機材などの条件を考えると企画自体に無理があった(お~い;)。
撮影に入る前に、ネットニュースのサイトで彼らの演奏を紹介した映像を見たのだが、街頭ノイズだらけである。実はその時点で自らの企画の失敗を確信していた。
駅前での演奏がほとんどなので、電車の音・ホームのアナウンス・バスその他の車の音は間違い無く入ってくる。私が撮影した時は、後ろを救急車がサイレンを鳴らしながら通り過ぎて行ったりもした。
ライブを現場で聴いているときはカクテルパーティー効果が働くので気にならないが、録画・録音した状態だと「え~、私、雑音でございます」と名刺を渡されているような…。
さあ困ったと思っていたら、ちょうど彼らがCDを作るという。録音風景を撮影した音を使えばバッチリではないか。
…と思ったのも大きな間違いであった。
一応、私のビデオカメラには外部マイク(ステレオ)がつないである。が、音を聴いてみると不必要な臨場感…「音楽」が録音されているのではなく「録音風景の音」が録音されている感じ。
さあ困ったと思っていたら、彼らのCD録音はICレコーダーであり、「~.wav」のファイル形式で記録されると言う。それだったら音源としてパソコンに取り込める。それを使えばバッチリではないか。
…と思ったのも大きな間違いであった。
理由は今なおわからないのだが、素材データだけを聴くと奇麗なのに映像編集ソフトに取り込むとノイズやら音割れが生じるのだ。まあ、それでもビデオで録った音よりはずっと良いのでそっちを使うことにした。
なので、音楽そのものを鑑賞したい方で機会がある方は彼らのCDを買って聴いてください。
さて、別の大問題があった。
私は彼らの『聖者の行進』を(スタジオ録音風景を含めて)トータルで8回撮影している。平均すると1ライブあたり2回の撮影である。
しかし、東京レバーハッツの魅力は「現場のノリ」であり「アドリブ性」である。
演奏ごとにテンポも違うし、フレーズの繰り返しや歌がどこに入るかといった構成&曲の長さも違うし、同じメロディを演奏していても“崩し方”が違うのだ。
そんな演奏風景をあっちこっちで撮影したを編集して「1曲」にまとめるというのはどう考えても無理でしょう。…と、気づいたのは編集作業に入ってから。気づくのが遅過ぎる。
さらに私の撮影技術の問題で「使える映像」が少ない…。
まあ、本来ならばせめて1回の演奏を2台のカメラで別アングルから撮るくらいの形で素材をキープしておけば多少は楽だったとは思うが、カメラは1台しか無いし撮影クルーは私1人なのでそれも難しい。
かと言って、CDの音をモニターしながらそれに合わせて演奏してもらうなんてことは出来ないし、やりたくない。「路上ライブそのまんま」を撮りたいのだ。
いや~、どうしましょう。
結局、色んなズルをやった。
まずテンポ合わせは波形なども確認しながら映像のスピードをカットごとに伸縮。とりあえず歌の部分のクチパクだけは極力CDと合わせた。それ以外はもう、サックスやトロンボーンは無視してバンジョーのリズムだけを頼りに調整。まったく別の曲を演奏している映像を重ねているところも多々ある。
また、長ロングで撮った絵や、逆光で運指などがわかりづらい絵を挟み込んだりとか。
そして、もともとエンドロールを作って入れる予定だったメンバー紹介は本編部分に入れ、そこはスタジオ録音風景と静止画を使うことで逃げた。
今思うと、電車で異動中の様子とか休憩中の様子もインサートカットとして押さえておけば良かった。
カットの切り替えやシーン(演奏場所)の変化のテンポも一応は音楽に合わせてはあるが、生理的に心地よいリズムに仕上がりになったかと言うと今ひとつ。
そこで、私の最後のわるあがき。「ケレン味」を加味することで誤摩化そうという魂胆。
「メンバーは普通のスピードで演奏しているが、通り過ぎる人たちはエラい早さで画面を横切っていく」という部分の特撮カット(笑)がそれである。
それはそれで“路上らしさ”をデフォルメした効果だとは思うが、使い方として成功しているかどうかは別問題である。
また、これは最近ある方に教えていただいたことだが「撮影した結果を編集する」視点と「編集を前提に撮影」視点とがある。今回は前者に近いケースではあるが、極端に言うなら「ドキュメンタリー用映像を無理矢理音楽に合わせる」というようなもの。それはそれでまた別の視点で撮影すべきではあろう。
結果、トータルとして、「ただ切った貼ったをしただけの映像」になってしまったことは自覚している。
が、これはこれで私にとってはひとつの経験であり、財産にはなった。
自己満足で済めば良いが、これは「東京レバーハッツ」の皆さんに対する評価につながり得る映像である。最低でもレバーハッツの皆さんがご覧になって喜んでくれなければ話にならない。
1月9日、「東京レバーハッツ」がライブハウスで演奏をした。
そこにノートパソコンを持参してチェックを入れてもらったのだが、ご本人たちは大いに(照れながら)喜んでくれた。…まあ、今回はそれで良しとするか…。ありがとう、メンバーの皆さん。
プロモーションにはならないかもしれないが、皆さんの卒業記念の映像(メンバー4人のうち、3人は4年生で、この春には社会人としての人生が始まる)になってくれれば幸いである。
…当初掲げた高い目標からはずいぶんと離れてしまったが。
そ・れ・で・も!
今後も色々と映像作品は試行錯誤しながら作り続けていきたいと思う。
…でも、やっぱり「おバカ映像」が自分には合ってるのかな…(^^)
『書の道』も観たほうが良いと思うぞ!
映画『書の道』
を観た。
単館上映で、東京(新宿 ケイズシネマ)では1月26日までなので、お早めに。あとは大阪(1/23~2/5 シネ・ヌーヴォ)、名古屋(2/20~2/26 シネマスコーレ)。
▲劇場パンフ
…。
まず、川野浩司監督をはじめとするスタッフ&平田弥里さんをはじめとするキャストの皆さんにお詫びをしなければならない。
「ごめんなさい。素晴らしい映画でした」
え~、実は思いっきりなめてかかっていたし、そもそも観ようか観まいか迷っていたのだ。
書道にはほとんど興味は無いし、主役級の俳優陣も知らない人ばかりである。
東映系の特撮作品などで活躍しているイケメン俳優たちを使って安易に制作した青春映画だと思っていた。
でも、“CREW GUYSのアマガイ・コノミ隊員の世を忍ぶ仮の姿”である平田弥里さんが出るしなあ。
後押しをしてくれたのはウルトラなお友だちの一人・マック&シュンカナさんである。
「1月11日に『書の道』のトーク・イベントがあって、平田弥里さんも登場しますよ。チケットを(何故か)2枚買ったので一緒に行きませんか?」とお誘いをいただいたのである。
で、当日に映画本編を観てからトーク・イベントに参加することになった。ありがとう、マックさん。
映画の宣伝文句が「一筆にかける青春 自分を信じて自分に負けるな」で、確かにまあそんな内容ではある。
やりたいことの発見or仲間との出会い→失敗or挫折→何かのきっかけで奮起or努力&絆の復活→成功
…お約束の展開。
だがしかし! そのお約束に従いながらも、良い意味で「何かがおかしい」作品なのだ。
物語を進めて行くエピソードが“そのきっかけである必然性は無い”ものだったりするし、それらの個々のエピソードの詳細が描かれなかったり結末を見せないまんまに形式上の「めでたしめでたし」で終わってしまう。
登場人物はおしなべて妙な多面性を持っているのだが、そのあたりを(一部を除いて)見せてはいても説明はしてくれない。だからといってフラストレーションを感じることはない。
また、ナントカ“道”を描く作品としては脱力系である。感情むき出しのシーンもあるにはあるものの、全体としては淡々としているというか飄々としているというか…。
そして何より、時間の流れ方(流し方?)に不思議な感覚を覚える。それはカットやシーンの長さであったり会話の間(ま)であったりするのだが、間延びする寸前くらいのギリギリのところまで引っ張っている…ん~、上手く言葉で説明出来ない…。
間違い無く、全てわざとやっている。
相当意識してやっていると思う(一部、後述)。
何といいましょうか。
漫画的なデフォルメをしているようでいて、もの凄くリアルな描き方なのではないか。
現実はドラマのような都合の良い展開はしてくれない。淡々と流れる日常の中に、突然(必然性無く)何かが起きる。
そこそこ親しい人でも真意だとかその人が抱えているものや背負っているものは計れない。
恋愛にしたって「成就するか失恋するか」の両極だけではなく、何となく好きだなあというレベルで何となく過ぎてしまうケースも多いはずだ。
でも、そうした出来事や人との関わりの背後に「いろいろあるんだろうなあ」と感じたり察したりするのが普通であろう。
…そんな映画なのだ。
宣伝文句にあるテーマをわかりやすく伝えながら(そういう意味で普通に「良い映画」でもある)、敢えて語らなかったりとか微妙なテンポにすることで「見えない部分で起きていることがある」と感じさせてくれたような気がする。
昨今流行の映画やテレビドラマに対するアンチテーゼ…は大袈裟かもしれないが、「青春ドラマのセオリー」を使いながらも、全く異なった表現をやろうという意識も感じた。
うわ~、言葉で説明しづらいなあ。
一緒に観たマックさんとは「なんか…凄く良かったですよね」で話が通じる。二人ともほとんど同じ受け止め方をしていたから。
なので、「観ればわかります。是非観てください」と言うしかない。
さて。
アマガイ・コノミ隊員ファンの皆さん、こんばんは。
嬉しいことにと言うべきか、ちょっと寂しいことにと言うべきか、『書の道』ではその正体がコノミ隊員とは思えないくらいに「女優・平田弥里」として輝いていた。
▲劇場パンフにいただいた平田さんのサイン
「女優」として直接拝見したのは昨年のゴールデンウィークに上演された『ウルトラマンプレミアステージ3』での小森杏由役(『飛騨高山ウルトラヒーローレジェンドステージ』ではコノミ隊員のまんまだったので「女優」活動には含めない)のとき。
その舞台では「あ、コノミ隊員が女優をやっている」という印象だった。そりゃまあ、小児科医にして外科手術までやっちゃうという…それとも外科医だったのかな…どっちにしても相当経験を積んだお医者さんと思われる役であるからして、少なくとも30代半ばより上(またはそれくらいに見える)の女優さんがやるべきで、コノミ隊員の実年齢からしても平田弥里さんとして設定されている年齢からしてもあれは無理がある。
しかし今回の映画ではコノミ隊員のイメージを消し去り、歳下男子から憧れられるような(しかも多面性を持った)キャラを魅力的に演じていた。いや、歳上のおじさんだって憧れちゃうぞ。
し・か・も!
この映画には、コノミ隊員の初恋の人であるスザキが「河合龍之介」という俳優さんとして出演している。
そんな状況下でしっかりと「女優・平田弥里」をやり切ったのである。立派じゃないですか。
さ・ら・に!
映画を観た後に訪れたトーク・イベントでのお話によれば…。
正確な文字表記がわからないのでタイトルは書かないが、この夏公開の“怪獣映画”にも出演…ってか主演(と言っても怪獣役では無いらしい…あたりまえだ)なさっているとのこと。あ、これは公開OK情報だそうなので。
やばいよなあ。
私はコノミ隊員ファンなのだが…この流れだと、女優である平田弥里さんのファンになってしまう可能性がある(既にそうなってるじゃないか、というツッコミは無視します)。それほど『書の道』で演じた役も、平田弥里さんとしてのキャラクターも素敵なのだ。
トーク・イベントについては私の専門外なので詳細レポはしない。
が、受付でチケットのモギリをやったりしていたのが平田さんが所属する事務所「アフロディーテ」の社長さんだったり、お手伝いをしているのがグラビアデビューを控えたアイドルの卵であったり、登場した皆さん…平田さんのほか、『書の道』に出演していた梅澤しほみさん、鈴木彩乃さん、舞香さん(非常に見事な司会っぷり!)がスタッフも兼ねているようなアットホームな雰囲気だった。会場キャパの関係で観客も少人数だったし、何となく文化祭みたいなノリで楽しいものだった。
また、『書の道』川野浩司さんも会場にいらっしゃって、少しお話をする機会も得られた。
別にこのトシで純情ぶる気は無いが、私は女性との会話があまり得意ではない(バカ話が出来る相手なら大丈夫なのだが)。結果として平田さんと言葉を交わした時間よりも川野監督と話している時間の方が長かった…。
で、上に書いたような、映画の中での“時間の流れ方”がとても不思議でなおかつ心地よかったという感想をお伝えしたところ、「監督としては、そこの部分を誉めて下さるというのが一番嬉しいです」とおっしゃって下さった。
「あのテンポは、(テレビの)ドラマでは出来ないものです」「映画の手法としてはどちらかというと古いパターンかもしれませんが、それをあの若者たちに演じてもらったことで“ちょっと無い映画”になったかもしれません」とのことだったので、やはり全て確信犯だったようだ。
会話などでの間(ま)は細かく演出したわけではなく、俳優さんたちが(監督の意図を汲んだ上で)ああいう形になったとのこと。「俳優さんたちの魅力をきちんと撮りたかったんですよ」という監督の思いに、平田さんはもちろん、他のイケメンな皆さんもきちんと応えたわけである。改めてキャストにも拍手を贈りたい。
そんなお話しを伺って、上記の私の感想は制作サイドの狙いどおりだった(少なくとも的外れではない)ことを確信した。
繰り返しになるが、可能なら是非ご覧下さい。
▲ほら、平田さんも観て欲しいと…(もっとも劇場パンフは私がお願いして持っていただいたのだが)
内容がくちゃぐちゃの記事になってしまったが、そのあたりから私にとっていかに刺激を受けた映画であり、その刺激をトーク・イベントが増幅してくれた、ということで。
おまけ写真。
▲「メビウ~ス!」…コノミ隊員であることも忘れないでいただきたいので、このポースをリクエスト…。
単館上映で、東京(新宿 ケイズシネマ)では1月26日までなので、お早めに。あとは大阪(1/23~2/5 シネ・ヌーヴォ)、名古屋(2/20~2/26 シネマスコーレ)。
▲劇場パンフ
…。
まず、川野浩司監督をはじめとするスタッフ&平田弥里さんをはじめとするキャストの皆さんにお詫びをしなければならない。
「ごめんなさい。素晴らしい映画でした」
え~、実は思いっきりなめてかかっていたし、そもそも観ようか観まいか迷っていたのだ。
書道にはほとんど興味は無いし、主役級の俳優陣も知らない人ばかりである。
東映系の特撮作品などで活躍しているイケメン俳優たちを使って安易に制作した青春映画だと思っていた。
でも、“CREW GUYSのアマガイ・コノミ隊員の世を忍ぶ仮の姿”である平田弥里さんが出るしなあ。
後押しをしてくれたのはウルトラなお友だちの一人・マック&シュンカナさんである。
「1月11日に『書の道』のトーク・イベントがあって、平田弥里さんも登場しますよ。チケットを(何故か)2枚買ったので一緒に行きませんか?」とお誘いをいただいたのである。
で、当日に映画本編を観てからトーク・イベントに参加することになった。ありがとう、マックさん。
映画の宣伝文句が「一筆にかける青春 自分を信じて自分に負けるな」で、確かにまあそんな内容ではある。
やりたいことの発見or仲間との出会い→失敗or挫折→何かのきっかけで奮起or努力&絆の復活→成功
…お約束の展開。
だがしかし! そのお約束に従いながらも、良い意味で「何かがおかしい」作品なのだ。
物語を進めて行くエピソードが“そのきっかけである必然性は無い”ものだったりするし、それらの個々のエピソードの詳細が描かれなかったり結末を見せないまんまに形式上の「めでたしめでたし」で終わってしまう。
登場人物はおしなべて妙な多面性を持っているのだが、そのあたりを(一部を除いて)見せてはいても説明はしてくれない。だからといってフラストレーションを感じることはない。
また、ナントカ“道”を描く作品としては脱力系である。感情むき出しのシーンもあるにはあるものの、全体としては淡々としているというか飄々としているというか…。
そして何より、時間の流れ方(流し方?)に不思議な感覚を覚える。それはカットやシーンの長さであったり会話の間(ま)であったりするのだが、間延びする寸前くらいのギリギリのところまで引っ張っている…ん~、上手く言葉で説明出来ない…。
間違い無く、全てわざとやっている。
相当意識してやっていると思う(一部、後述)。
何といいましょうか。
漫画的なデフォルメをしているようでいて、もの凄くリアルな描き方なのではないか。
現実はドラマのような都合の良い展開はしてくれない。淡々と流れる日常の中に、突然(必然性無く)何かが起きる。
そこそこ親しい人でも真意だとかその人が抱えているものや背負っているものは計れない。
恋愛にしたって「成就するか失恋するか」の両極だけではなく、何となく好きだなあというレベルで何となく過ぎてしまうケースも多いはずだ。
でも、そうした出来事や人との関わりの背後に「いろいろあるんだろうなあ」と感じたり察したりするのが普通であろう。
…そんな映画なのだ。
宣伝文句にあるテーマをわかりやすく伝えながら(そういう意味で普通に「良い映画」でもある)、敢えて語らなかったりとか微妙なテンポにすることで「見えない部分で起きていることがある」と感じさせてくれたような気がする。
昨今流行の映画やテレビドラマに対するアンチテーゼ…は大袈裟かもしれないが、「青春ドラマのセオリー」を使いながらも、全く異なった表現をやろうという意識も感じた。
うわ~、言葉で説明しづらいなあ。
一緒に観たマックさんとは「なんか…凄く良かったですよね」で話が通じる。二人ともほとんど同じ受け止め方をしていたから。
なので、「観ればわかります。是非観てください」と言うしかない。
さて。
アマガイ・コノミ隊員ファンの皆さん、こんばんは。
嬉しいことにと言うべきか、ちょっと寂しいことにと言うべきか、『書の道』ではその正体がコノミ隊員とは思えないくらいに「女優・平田弥里」として輝いていた。
▲劇場パンフにいただいた平田さんのサイン
「女優」として直接拝見したのは昨年のゴールデンウィークに上演された『ウルトラマンプレミアステージ3』での小森杏由役(『飛騨高山ウルトラヒーローレジェンドステージ』ではコノミ隊員のまんまだったので「女優」活動には含めない)のとき。
その舞台では「あ、コノミ隊員が女優をやっている」という印象だった。そりゃまあ、小児科医にして外科手術までやっちゃうという…それとも外科医だったのかな…どっちにしても相当経験を積んだお医者さんと思われる役であるからして、少なくとも30代半ばより上(またはそれくらいに見える)の女優さんがやるべきで、コノミ隊員の実年齢からしても平田弥里さんとして設定されている年齢からしてもあれは無理がある。
しかし今回の映画ではコノミ隊員のイメージを消し去り、歳下男子から憧れられるような(しかも多面性を持った)キャラを魅力的に演じていた。いや、歳上のおじさんだって憧れちゃうぞ。
し・か・も!
この映画には、コノミ隊員の初恋の人であるスザキが「河合龍之介」という俳優さんとして出演している。
そんな状況下でしっかりと「女優・平田弥里」をやり切ったのである。立派じゃないですか。
さ・ら・に!
映画を観た後に訪れたトーク・イベントでのお話によれば…。
正確な文字表記がわからないのでタイトルは書かないが、この夏公開の“怪獣映画”にも出演…ってか主演(と言っても怪獣役では無いらしい…あたりまえだ)なさっているとのこと。あ、これは公開OK情報だそうなので。
やばいよなあ。
私はコノミ隊員ファンなのだが…この流れだと、女優である平田弥里さんのファンになってしまう可能性がある(既にそうなってるじゃないか、というツッコミは無視します)。それほど『書の道』で演じた役も、平田弥里さんとしてのキャラクターも素敵なのだ。
トーク・イベントについては私の専門外なので詳細レポはしない。
が、受付でチケットのモギリをやったりしていたのが平田さんが所属する事務所「アフロディーテ」の社長さんだったり、お手伝いをしているのがグラビアデビューを控えたアイドルの卵であったり、登場した皆さん…平田さんのほか、『書の道』に出演していた梅澤しほみさん、鈴木彩乃さん、舞香さん(非常に見事な司会っぷり!)がスタッフも兼ねているようなアットホームな雰囲気だった。会場キャパの関係で観客も少人数だったし、何となく文化祭みたいなノリで楽しいものだった。
また、『書の道』川野浩司さんも会場にいらっしゃって、少しお話をする機会も得られた。
別にこのトシで純情ぶる気は無いが、私は女性との会話があまり得意ではない(バカ話が出来る相手なら大丈夫なのだが)。結果として平田さんと言葉を交わした時間よりも川野監督と話している時間の方が長かった…。
で、上に書いたような、映画の中での“時間の流れ方”がとても不思議でなおかつ心地よかったという感想をお伝えしたところ、「監督としては、そこの部分を誉めて下さるというのが一番嬉しいです」とおっしゃって下さった。
「あのテンポは、(テレビの)ドラマでは出来ないものです」「映画の手法としてはどちらかというと古いパターンかもしれませんが、それをあの若者たちに演じてもらったことで“ちょっと無い映画”になったかもしれません」とのことだったので、やはり全て確信犯だったようだ。
会話などでの間(ま)は細かく演出したわけではなく、俳優さんたちが(監督の意図を汲んだ上で)ああいう形になったとのこと。「俳優さんたちの魅力をきちんと撮りたかったんですよ」という監督の思いに、平田さんはもちろん、他のイケメンな皆さんもきちんと応えたわけである。改めてキャストにも拍手を贈りたい。
そんなお話しを伺って、上記の私の感想は制作サイドの狙いどおりだった(少なくとも的外れではない)ことを確信した。
繰り返しになるが、可能なら是非ご覧下さい。
▲ほら、平田さんも観て欲しいと…(もっとも劇場パンフは私がお願いして持っていただいたのだが)
内容がくちゃぐちゃの記事になってしまったが、そのあたりから私にとっていかに刺激を受けた映画であり、その刺激をトーク・イベントが増幅してくれた、ということで。
おまけ写真。
▲「メビウ~ス!」…コノミ隊員であることも忘れないでいただきたいので、このポースをリクエスト…。
祝増刷『ウルトラマンになった男』
初代ウルトラマン「本人」を演じた古谷敏さんの著書『ウルトラマンになった男』の増刷が決定したとのこと。
昨年12月23日に出版されて売り切れ店続出、ネットの本屋さんでも品切れだったもんなあ。
出版業界も厳しい昨今、この増刷は快挙!
ではあるが。
…そもそも初版第一刷の数が、少な過ぎだったのではないか?
いや、「売れるのか」と問われても業界事情もウルトラ市場も知らないので答えられないが、何となくウルトラマンやウルトラファンが甘く見られているような気がして…。
そんな中、某所で開催された某イベントの某ステージ(400席)に、著者である古谷敏さんが登場。
えー。
他にも(ウルトラとは関係の無いコーナーも含めて)豪華ゲストがお見えになったりしていて、何だかてんこ盛りのイベント…こだわりは強いが不器用な植木職人が、ざるそばの上にチョコレートアイスを乗せてリポビタンDをかけたものに天津甘栗がトッピングしてあるような食事をフランス料理店に出して「どうです? 美味しいでしょう?」と言われたような感じというと誉め過ぎか。
なので、私がツボなゲストの皆さん(ウルトラ以外のゲストも私にはツボだった)の姿を拝見できたことに免じてイベント名などは伏せておく。武士の情けじゃ(私もトータルで10年くらいイベント関係の仕事をしていたので…)。
古谷さん、今回も「スペシウム光線」を見せてくれるのかな~と思っていたのだが、開演前に「今日は“これ”やらないと思うから…」と、会話の中でそのポーズをとって下さった。今回、その姿を見られたのは私ともう一人だけだったハズである。諸般の事情で私にとっては残念ではあるがラッキーだったという複雑な思い。
しかし、光線を発射しなくても応援にかけつけてきた飯島敏宏監督やハヤタ隊員こと黒部進さんとのトークは面白かったし、本の内容の一部をご本人が朗読するというコーナーがあったり、涙を浮かべながらファンに対する感謝の気持ちを表してくれる姿を観られたことは感激であった。
思いっきり宣伝になるが、『ウルトラマンになった男』、是非お買い求めください。
ついでに、古谷さんが「スペシウム光線を放つ右手の小指部分」の寸法を測らせていただいた(?)ファンは、全世界でも私くらいなのではないかと思う。
昨年12月23日に出版されて売り切れ店続出、ネットの本屋さんでも品切れだったもんなあ。
出版業界も厳しい昨今、この増刷は快挙!
ではあるが。
…そもそも初版第一刷の数が、少な過ぎだったのではないか?
いや、「売れるのか」と問われても業界事情もウルトラ市場も知らないので答えられないが、何となくウルトラマンやウルトラファンが甘く見られているような気がして…。
そんな中、某所で開催された某イベントの某ステージ(400席)に、著者である古谷敏さんが登場。
えー。
他にも(ウルトラとは関係の無いコーナーも含めて)豪華ゲストがお見えになったりしていて、何だかてんこ盛りのイベント…こだわりは強いが不器用な植木職人が、ざるそばの上にチョコレートアイスを乗せてリポビタンDをかけたものに天津甘栗がトッピングしてあるような食事をフランス料理店に出して「どうです? 美味しいでしょう?」と言われたような感じというと誉め過ぎか。
なので、私がツボなゲストの皆さん(ウルトラ以外のゲストも私にはツボだった)の姿を拝見できたことに免じてイベント名などは伏せておく。武士の情けじゃ(私もトータルで10年くらいイベント関係の仕事をしていたので…)。
古谷さん、今回も「スペシウム光線」を見せてくれるのかな~と思っていたのだが、開演前に「今日は“これ”やらないと思うから…」と、会話の中でそのポーズをとって下さった。今回、その姿を見られたのは私ともう一人だけだったハズである。諸般の事情で私にとっては残念ではあるがラッキーだったという複雑な思い。
しかし、光線を発射しなくても応援にかけつけてきた飯島敏宏監督やハヤタ隊員こと黒部進さんとのトークは面白かったし、本の内容の一部をご本人が朗読するというコーナーがあったり、涙を浮かべながらファンに対する感謝の気持ちを表してくれる姿を観られたことは感激であった。
思いっきり宣伝になるが、『ウルトラマンになった男』、是非お買い求めください。
ついでに、古谷さんが「スペシウム光線を放つ右手の小指部分」の寸法を測らせていただいた(?)ファンは、全世界でも私くらいなのではないかと思う。



