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耐えた。

禁煙状況。

7月21日…1箱
7月22日…1本
7月23日…吸わない
7月24日…吸わない
7月25日…吸わない
7月26日…吸わない
7月27日…吸わない
7月28日…2本
7月29日…吸わない
7月30日…吸わない

 28日の「2本」というのが、いじましいと言うか何というか。
 薬を飲んでいるにもかかわらず、どーしても吸いたくなったのである。
 んで、深夜のコンビニに行って1箱購入し、2本だけ抜いて後はコンビニのゴミ箱に捨てちゃった。

 頑張ったのは本日・30日。
 愛煙家の友人とファミレスへ。当然、喫煙席である。
 とりあえずはこの試練を乗り越えたぜ。

studio@禁煙中7

 きっかけは、6月に徳島を訪ねたときのこと。
徳島の知人が「医者に行って禁煙に成功した」と言う。しかも、「絶対に禁煙なんか出来るわけがないと言われていたような人も成功している」と。

 処方される薬(製品名:チャンピックス)は、脳内の“ニコチン・レセプター”に働きかけてニコチンの受容をブロックするとともに、報酬系の神経伝達物質であるドーパミンを放出させる作用を持っている…らしい。
 要は、脳ミソがニコチンを欲しなくなって煙草を吸っても旨くないし吸いたくもなくなるという効果がある…らしい。


 7月13日に別件で主治医のクリニックに行ったら、まさにその禁煙外来のポスターが貼ってあることに気づいた。
 いや、実は以前から気づいていたのだが、私には絶対に禁煙なんて出来ないという自信があったのでスルーをしていたのだ。
 しかし、体験談を聞いて「ひょっとしてオレにも出来るのかな」と主治医に相談。健康保険が適用される条件の説明とともに、編集長が言っていたのと同じ内容の“禁煙できる理屈”と治療スケジュールの解説があった。

「この薬を飲むとさ、もう、何でオレはこんなマズいものを吸ってるんだ? って感じになるよ」

 ほほう。

 薬は、禁煙の一週間前から少量の服用を開始する。この間は吸っていても良い。私は7月14日から服用。
 本格的な禁煙は7月21日からだったが、結果として1箱吸っちゃった。
 22日、デスクの脇に転がっていた1本を発見して、また吸っちゃった。
 23日以降は吸ってない。
 
 今日通院して、主治医から「どう? 全然吸いたくなくなったでしょ?」と訊かれた。

 …。

 「いえ、吸いたいです。我慢してます」
 「ええっ? おっかしいなあ…。ん~、じゃあ、まあ、また薬を飲みながら我慢しててよ」

 お~い。

 自分の意志じゃ禁煙なんて出来ないから禁煙外来を頼ったのだが。

 とは言え、我慢ができているってことは、薬が効いているからなのかもしれない。
 でも、我慢は嫌いだ。

 
 この禁煙治療は、12週間で終わる(続行を希望する場合は、保険がきかない)。
 それまでに“我慢をせずとも煙草を吸わずにいられる”状態になってくれないと、いつまた吸い出すかわからない。

 …どうなりますか。

ウルトラ警備隊VIPの護衛

 私の任務は、ある人物をB地点から目的地までお送りすることだった。
 宇宙規模のVIPなので護衛は必要である。

 そこで、アノ車両が登場。

studio7の映像実験室-シークレットロード
 ▲シークレットロードを走行中

 以前、前職で警視庁のSP(Security Police)の方とちょこっとお話をしたことがあった。
 某国要人が、ウチが主催のコンサートに観客としてやってきたのだ。
 SPの方は、背広の襟に「SP」というバッジを付けていた。「SPがいる!」と示すことで、よからぬことを考えている輩に「下手な手出しは出来ない」と思わせるため、とのことだった。

 今回のポインター出動も、そうした意味合いがあったと思われる。
 もちろん、ポインターには様々な武装が施されている上に、バリアなんかも備えている。
 そういう意味ではVIPにはポインターに乗車していただくのが一番良い。

 が、極秘任務のわりに非常に目立つ車両なので、却って侵略宇宙人から狙われやすいという懸念があった。
 それ以上に、ポインターにはエアコンが無く、夏の日射しによって車内は灼熱地獄と化すらしい。
 なので、カモフラージュと車内の快適性を考慮してVIPには私が運転するコンパクトカーに乗っていただき、単なる民間車両を装うことにした。
 これにいかにもご家族連れなワンボックスも加わって、いかにも“無関係な車両3台が偶然並んで走っている”ように見せかけたのである。

 
 43年前…ピット星人の円盤が着陸しエレキングが出たりウルトラ警備隊がゴムボートで駆けつけたりしたエリアと、ベガ星人がひみつの抜け穴を作ったトンネルを再調査するのが目的である。


studio7の映像実験室-トンネル
▲「ベガ星人トンネル」から出てくるポインター


 しかし、この2件の地球侵略事件の現場にいた関係者は少ない。

 ウルトラ警備隊のキリヤマ隊長とソガ隊員は亡き人となってしまった。
 モロボシ・ダン隊員は、その正体がウルトラセブンであることが判明し、一筋の光となって宇宙に向かって飛んでいってしまった。
 アンヌ隊員は、いずれの事件でも基地に待機していた。
 フルハシ隊員は、ラジオで「なんだよ汚ねぇババアだねえ」とかやっている。
 
 残るは…

 地球防衛軍アマギ参謀。
 当時、ウルトラ警備隊の名プランナーとして活躍していた人物である。そのアマギ参謀こそが今回のキーマンであり「VIP」である。

 前述のような事情で参謀には私が運転するコンパクトカーにお乗りいただき、ピット星人エリアまではポインターを先導する形で走っていた。


studio7の映像実験室-アマギ&ポインター

 私がルームミラーを見ると、後部座席のアマギ参謀と、後続のポインターの両方が目に飛び込んでくる。
 自らが負っている任務の重さを感じて身が引き締まる思いである。…助手席からこの写真(てかビデオ)を撮ってくれていた行動班長からは「めっちゃはしゃいでたじゃないか!」というツッコミが入りそうだが、無視しておく。

 ピット星人エリアの検証が終わり、今度は「ご家族連れに見せかけたワンボックス」を先頭に、ポインター、私のクルマと続く。
 ポインターを追う形になるわけだが、もう、道行くひとやすれ違うクルマがバリバリにポインターに反応しているのがわかる。
 特に親子連れが面白くて、最初に気づくのはお父さん。声は車内にまで届かないが、その動きから子どもたちに「おい、今のポインターだよ! ウルトラセブンの!」と説明している様子が手にとれる。

 いや、面白がっている場合ではない。任務なんである。

 上記、「ベガ星人のトンネル」を出たところの駐車場に3台のクルマを停車。
 我々には見えなかったのだが、アマギ参謀はウルトラ警備隊仕込みの鋭い勘で「何か」を発見したらしい。

studio7の映像実験室-アマギ復活

 ヘルメットとビデオシーバーを装着し、ウルトラガンで(我々には)見えない敵を撃つ!

 敵がピット星人だったのかベガ星人だったのか…我々凡人には知ることが出来ない。

 しかし、参謀自らの手によって、宇宙から迫り来る侵略の魔の手がひとつ消え去ったのである。


 ※この記事はフィクションですが、ちょびっとホントのことも書いてあります。

なんとかなってきた報い(?)

 『AwaDama(あわだま/阿波おどり魂)』のインタビュー記事を先行して進めなければならなくて、その締切りギリギリだったのにDVDとか観ちゃって、島本和彦先生の『燃えよペン』の“実在人物躍動編”をリアルに体験している感じとなった。何だ、この日本語は。

 まあ、けど、DVD観賞後にダーッと書き上げて編集長にメール。続けてもう一つの記事もダーッと書き上げてこれも編集長にメール。
 勢いがつきゃ、こんなもんさ…などと言ってるからいっつも締切りギリギリになるのだ。

 「とりあえずこの原稿を終えれば一山越えたことになる」と思い、18日は一日遊びに出かける予定を入れた。

 …のだが、別の記事でちょびっと編集長に提案したアイディアが採用された。
 これがまた自分の首を締める提案で、ある“作り物”を携えて取材をするというネタ。
 その“作り物”というのは現時点で存在せず、どうするかって言うと私が作るんである。

 そんなに凝ったものでは無いし、ぶっちゃけ3日間原型を保っていれば良いというものなので工作自体が難しいわけではない。
 ただ、阿波踊りという屋外での催しを取材するので、雨が振る可能性もある。最低でも水で形が崩れたり塗装が落ちたりしないようにしないといけない。

 とりあえず、簡単な完成予想図を作り、新宿の画材店『世界堂』に行って素材を物色。

 2セットの“作り物”を23日の午前中までには完成させなきゃならない。

 「視覚系メインでやりたいのに頂ける仕事がライター業で、そのライター業の一環として視覚系の“作り物”をやる」というややこしいシチュエーションではある。

 ただ、私が“作り物”をやると、時間がかかる。
 ずっとパソコンを手の延長みたいに使ってきたので純粋手作業の勘が鈍っているし、元々があんまり器用ではなかったりする上に凝りまくるから。

 …といったことは、編集長との電話編集会議の段階で既に見えていたのだが、これまでも色々「なんとかなってきた」もんで、ついつい「あ、じゃあ、それもこちらで作りますよ」とか言ってしまうのである。

 まだ、素材を眺めながら悩んでいる状態。
 でもそろそろ寝ないとな。今日はクルマも出さなきゃいかんし。

私だけが知っている

 夏場は阿波踊り情報誌『AwaDama(あわだま/阿波おどり魂)』の編集部所属となる。所属と言っても、編集部は徳島でウチは関東。そもそも編集部は法人ではないので、勝手に編集部の「極東支部」を名乗って動いている。

 もともと文章を書くのは専門外。

 色々調べたりとか様々な方のお話を伺うのは大好きなのだが、インプット専門なのだ。
 アウトプットは、基本的に阿波踊りの練習が終わったときの飲み会などで、後輩にウンチクを垂れるくらい。しかも小出しにしておく。
 ただ、後輩たちに最低限知っておいてもらいたいということで、基本的に内輪向けに阿波踊り情報サイトを立ち上げたのが2000年のこと(現在は閉鎖)。
 そのサイトが『あわだま』の編集長の目に止まった。

 文章は専門外ではあるものの、前職では広報を6年7ヶ月担当して取材記事なども書いてきた。他の担当でも冊子などにインタビュー記事を書いたりもしてきたので、自分では「まあ、経験が無いわけでは無い」程度の自負は持っていた。だもんで、迂闊にも(?)編集長の誘いに乗ってしまったのである。

 さあ、困った。

 本当は、仕入れた知識や情報の中でもコアな部分は「へへへへ。オレだけが知ってるんだぜ」という自己満足としてキープしておきたかったのだが、『あわだま』ではその部分を含めて記事にしなきゃならない。
 ん~、もったいない…。

 しかも、マニアックな内容もわかりやすい形で(そして当然正確に)書く必要がある。
 場合によっては論文のひとつも書けそうなくらいのことを、お楽しみ記事として発表しちゃうこともある。
 ん~、ますますもったいない。

 
 けどまあ、関東在住で阿波踊りや徳島のことしか書かない(書けない)ライターというのもそうはいないだろう。
 そういう意味ではニッチな需要を埋めているとは言える。少なくとも『あわだま』に関する限り、ライバルとなるライターはいない(笑)。

 今後も「私だけが知っている」でとどめておきたいネタをどんどんアウトプットしていくことになるだろう。
 …だんだん底が見え始めている感じもするが。

 とりあえず、今はインタビュー取材をしてきた記事を構成して文章化しているところ。ホントはブログ記事を書いている余裕はなく締切りが迫っている。他にも未完成記事をいくつか抱えているし。それらが行き詰まっているのでこうして逃げてきているのである。