作家・吉川英治氏の言葉だそうです。
「登山の目標は山頂と決まっている。
しかし、人生の面白さはその山頂にはなく、
かえって逆境の、山の中腹にある」
いい言葉じゃないですか・・。
そうなんですよね。
逆境こそが、人生の旨みなのかもしれません。
思えば、宅建試験でもそうでした。
疲れ、眠気、投げ出したい気持ち・・
容赦なく襲い掛かる法律用語・・
わからなくてわからなくて自己嫌悪・・
うんざりすることを何度も何度も繰り返し・・。
今思えば、すべてが熱い思い出です。
僕の心の支えになっています。
作家・吉川英治氏の言葉だそうです。
「登山の目標は山頂と決まっている。
しかし、人生の面白さはその山頂にはなく、
かえって逆境の、山の中腹にある」
いい言葉じゃないですか・・。
そうなんですよね。
逆境こそが、人生の旨みなのかもしれません。
思えば、宅建試験でもそうでした。
疲れ、眠気、投げ出したい気持ち・・
容赦なく襲い掛かる法律用語・・
わからなくてわからなくて自己嫌悪・・
うんざりすることを何度も何度も繰り返し・・。
今思えば、すべてが熱い思い出です。
僕の心の支えになっています。
「その他の分野」といわれる分野があります。
「その他の」といわれるだけに、
なんだかどうでもいいような印象を受けます。
なんとなく、この分野はないがしろに
されがちですが、ここをないがしろにするのは
実にもったいないことです。
この分野の問題は、
ワンパターンで絞りやすい問題が多いのです。
税法なども、数字が出てきて、いやだなぁ・・と
思いがちなのですが、
単に法の趣旨やあてはめ、という問題が多く、
複雑な税金の計算をしろ、という問題が
頻繁に出題されるわけではありません。
ならば、直前にまとめてやればいいや、
とも思われがちなのですが、
この「その他の分野」といわれる分野には、
建築工法とか、そういった法律とはあまり
関係のない、雑学的なものも多く含まれていたり、
景品表示法、とか住宅金融公庫法など
といった少し雰囲気の異なる法律知識が含まれており、
あまりにまとめて詰め込むと、
その反動で、いままで覚えてきた
民法、制限法、業法などの法律分野のことを
忘れてしまう、もしくは、記憶が薄まってしまう恐れが
あるのです。
新しい仕事を覚えたあとに、慣れていたはずの前の
仕事をやろうとすると、
なぜか慣れていたはずなのに、
カンが狂ってしまう、という現象と同じではないかと
思います。
ですから、「その他の分野」の学習は
直前に一気に詰め込むよりも、
日ごろの学習の中にブレンドしながら、
本体の法律の勉強と並行して
ちまちまとこなしていったほうがよいと思われます。
がむしゃらですよ。
がむしゃら!
がむしゃらにやればいいんです。
効率よく仕上げるには、どうしたらいいのか、
と、効率主義の現代人たる我々はまずは考えがちですが、
やはり、宅建試験においては、
基本はがむしゃらじゃないでしょうか。
宅建試験はとにかく85パーセントの人が
毎年落ちるわけです。
1割3分~1割5分しか合格しない。
なんと低い打率でしょうか!
1割3分~1割5分なんていう率は、ないに等しいと
言っても過言ではないわけです。
勝算などないに等しいフィールドで
闘っているわけです。
これはもう、
いまや忘れられた「根性」や「気合」をひっぱり出して、
とにかく総動員でやるしかないですよ。
がむしゃらにやっているうちに
次第にわかってきて、
効率よくまとめられるようになるんじゃないでしょうか。
僕は自分の受験時代の経験に照らしても、そう思います。
僕の場合は、時間もなく、右も左もわからず、
何をやったかというと、とにかくやったわけです。
自分ができることを、ひたすらやるわけです。
じゃぁ、何をやればいいのか?と・・・。
読んで覚える人は読みまくる。
書いて覚える人は書きまくる。
解いて覚える人は解きまくる。
僕の場合は、とにかく問題を解く派でしたから、
とにかく解きましたよ。
過去問は3回廻せばいい、なんていわれてますが、
僕の場合は、何度まわしたかわからないくらい
まわしました。
間違える→解説を読む、書き込みなどを入れる、わかったつもりになる
→まったくわかっていない→自己嫌悪になる→それでもまたやる・・
同じところを何度も何度も・・
同じコトを何度も何度も・・
この繰り返しでした。
うんざりすることばかりでした。
でもやるしかなかった。
合格したかったからです。
15パーセントの勝者になりたかったからです。
とにかく勝ちたかったんです。
勝負なわけですから。
そこで掴んだ真理としては、
「とにかく今やるしかない」ということでした。
今日はもういいや、明日から頑張ろう・・と思っているうちは
ぜんぜん進歩しません。
今日から、今から、やるしかないのです!!
税法の分野で、「印紙税」というものが出てきます。
これは、契約書や領収書など、経済取引に伴い、
作成される広範な文書に対して軽度の負担を求める税です。
この「印紙税」と本や音楽の著作権者が得る「印税」とは
別のものですが、僕は宅建試験を始める前は、
お恥ずかしいことに、同じものだと思っていました。
税って国に払うものじゃないのか?・・
なんでそれが個人に払われるのだろう??・・などと・・
印税とは、印紙税の略だと思っていたのです(^^;;
明治19年(1886年)、翻訳者・小宮山桂介(天香)と鳳文館館主・前田円との間で、
『概世史談・断蓬奇談』(フランスのエルクマン・シャトリアン『マダム・テレーズ』の翻訳)を
出版するのに際し、
「壱部ニ附金拾銭ノ割合ヲ以テ『印税ト称シ』売上高ニ応ジ」支払う、
という契約が交わされたそうです。
「印税」という言葉が最初に生まれたのはこの時だとされています。
「印紙税」のしくみと似ているということで、
「印税」というネーミングを作ったらしいのです。
まぎらわしいことしやがって・・・、という感じですが、
宅建試験をやっていなければ、
あやうく「印紙税」のことを「印税」と思ったまま、一生を過ごすところでした(^^;;
宅建は浅く広く、いろんな法知識が得られるところもいいですよね
「履行」と「弁済」はどう違うのか?
同じ意味です。
同じ意味のことを債権者側からみた場合と債務者側からみた場合で
呼び方が異なるわけです。
この履行=(弁済)は、その前提たる契約があって始めて
義務が生じるわけで、契約がなければ、履行(弁済)義務もないわけです。
抵当権とか質権、という担保権も、この履行(弁済)のカテゴリーに
入るわけですが、宅建試験において、民法の分野では、
契約の学習前に、抵当権や質権、譲渡担保などの担保権の勉強を
してしまうことが多いために、担保権がなんのために
あるのかわからないままになってしまっている人も、意外と多いようです。
テキストなどでは、契約法より抵 当権や根抵当権などの
担保物権の説明が先にきている場合が多いのですが、
あくまでもそれは
契約に引き続く履行(弁済)の段階のハナシであり、
担保物権による弁済なんだ、ということを意識しながら学習
すべきだと思います。
試験がいざ開始されると、わかっていても、頭に血が上るものです。
ケンカと同じです。
漢(オトコ)なら、
誰しも若いころはケンカに明け暮れたものだと思いますが、
血か上ってわけがわからなくなり、
見境なく相手の固いおでこなどを殴ってしまい、
自分のコブシを痛めて勝手に戦闘不能に
なってしまった奴を見たことがあります。
そいつは闘えなくなってしまったわけですから、
相手の反撃を食らってボコ・ボコにされてしまいました。
頭に血が上ってしまったせいで、
勝負を逃してしまったのです。
試験においても、やはり同じこと。
宅建試験はしかも、普通の試験ではなく、法律の試験です。
第一問目から法律用語の羅列が襲ってきます。
さらに、本試験場独特の魔物が棲む雰囲気です。
白状しますと、僕も頭に血が上りました。
落ち着こう、と思っていたにもかかわらず、試験が始まった途端、
うわぁああああぁぁああ!!という精神状態に陥りました。
真っ白です。
そして襲い掛かってくる法律用語の群れ!
わかっていても、頭に血が上るのです。
しかし、僕はそれも想定済みでした。
若いころに明け暮れた強敵(とも)達とのケンカ体験が
いきていました。
僕はそのための対策も考えていました。
最初から8問くらい、どんどん飛ばしたのです。
少し読んで頭に意味が入らない、すぐに飛ばして次の問題へ。
という感じで、どんどん飛ばしました。
しかも4択問題の4肢を全部読むのではなく、
肢の1つをちらっと読むと、次の問題の肢のひとつへ、という
具合に、とにかく大胆に飛ばしたのです。
すると、8問、9問、あたりで、すぅーーっと、問題文が
読めてきたのです。
よーし、来たっ!
と思い、飛ばしてきた問題、そして、これから解こうとする問題を
さっと見廻してみると、
なんと、僕の得意分野からの出題ばかりだったのです。
もし、冷静になれず、やみくもに問題に対していたら、
きっとそういうことも気づかないままだったはずです。
・・・!!?
・・・こ、これは・・いける・・いけるぞっ!!
精神的余裕を持った僕は、
冷静に時間配分も計算できるようになり、
思いっきり戦い抜くことができました。
そして、結果として「合格」を手にすることができました。
宅建受験界には、いろんな講師(スクール)がいます。
皆、それぞれ個性的です。
自分のことを宅建国宝と名乗る人もいたりして、
とにかく個性的です。
講師(スクール)を利用しようとする人は、
どの講師(スクール)を選んだらいいのか、
はたしてこの講師(スクール)でいいのか、よかったのか・・
と迷われることも多いと思います。
思うのですが、講師は個性的であっても、
話す内容はそれほど違わないのではないでしょうか。
宅建は歴史のある試験であり、
研究し尽くされている試験ですから、
重要ポイントは誰が説明しても、同じようなコトに
なってくるはずなのです。
どの講師が解説しても、
言うことに違いはあまりないわけです。
だから、「ダメ講師」などは、宅建界には
そんなに存在しないのではないか、と思います。
皆、それなり、なんじゃないでしょうか。。
その点は、安心していいと思います。
ただ、講師それぞれの解説の切り口が
自分に合うかどうかという、相性の問題になってきますが、
それは相性の問題なわけであって、
講師がダメであるわけではないと思います。
講師との相性があわず、ダメ講師だ!と決め付けて、
投げ出してしまう人がたまにいますが、
それは短絡的な態度だと思います。
あまり出ないところは、捨てるべきだ、といわれています。
僕も以前、
マスターするまで時間のかかるところは、
思い切って捨てるべきだ、
その分の労力を頻出部門に振り向けるべきだ、
という趣旨のことを書きました。
ただ、この「捨てる」ということについて、少し注釈を入れたい。
捨てる、というのは、「まったく対策を立てない」、というわけではなく、
「最小限度まで絞り込む」、というくらいに捉えるべきだと思うのです。
この分野がでたら仕方ないけど、
この分野のここの部分だけは、もし出題されたなら、絶対にとってやる、
と絞り込んで抑えておくということです。
といっても、何も難しいことをする必要はなく、
市販の予想問題集などで出題されている問題を、
きっちり解けるようにしておく、
というくらいでいいと思います。
もし出題されたら、絶対に逃さない、
というレベルまで、その分野においては
その問題だけは極めておくのです。
捨てる、というのは勝負を放棄する、ということではなく、
「狙いダマを徹底的に絞り込む」と
捉えるべきだと思うのです。
宅建試験においては、
目標は7割の得点、とよく言われます。
確かに、僕も7割の得点を目標にしていました。
しかし、それはあくまでも、結果として7割、ということです。
あくまでも、気持ちの上では、
10割狙いにいって結果として7割でよしとする、ということです。
最初から7割狙いに行っては、人間とは弱いもので、
このくらいでいいか・・・と妥協が生じてしまいますし、
目標どおりに達成するというのは、
なかなか難しいものです。
目標以下の結果しかでにくいのは、
われわれの経験則の示すところです。
試験場においては、7割とるぞ、と思って受ける人よりも、
10割とってやる、と思って受けている人のほうが
より執念を発揮できると思います。
すべての勝負勘を発揮 して、
わからない問題でも根性で当ててやる、
というくらいの意気込みで向かってゆくべきだと
思うのです。
執念で1点でも2点でも、もぎ取っていただきたい。