前回のつづき)

①江原氏の言う「自分の心が殺されている」とはどういう状態なのか?
 江原氏は、「自分(息子)」に対する「親」という構図を問題視しているようです。つまり、親の希望や願いに子どもの気持ちが押さえつけられている状態を指しているのです。しかし、母親の相談では、「息子は現在、県内有数の進学校で大学受験に向けて日々頑張っています。」ということでした。仮に現在「自分の心が殺される」程の精神状態にあるとすれば、相談内容の中に、「高校入学前に『自分は○○高校へ行きたい』とか『自分は将来○○になりたい』等の気持ちがありましたが、親の説得によって現在の高校へ通っています。」等の記述があってもよさそうです。仮に、それさえ言えず、自分の気持ちを押さえつけて親の気持ちを自ら“忖度”せざるを得ないような厳格な親であった場合、現在に至るまでの背景として、親の厳格な考え方や息子との意思の衝突等についての記述があるのが自然です。

 しかし、一つだけはっきりしていることがあります。それは、「自分の心が殺されている」とは、言わば極度の精神不安定状態にあるということです。

②なぜその状態に陥ったのか?
  
この精神不安定状態に至るには、いくつかの過程が考えられます。ここでは、記事から得られる情報が限られているので、考えられ得るケース(下記A〜C)を全て紹介したいと思います。

A  知的遅れのない自閉症スペクトラム障害かそのグレーゾーンにいるために精神が不安定になりやすい場合
   
皆さんは、2014年に広汎性発達障害(=自閉症スペクトラム障害)だった元名大生が起こした「名古屋大学女子学生殺人事件」、いわゆる「タリウム事件」を覚えていますか?この事件は、「相手がどう思うか」ということに無頓着な上、興味が著しく偏るという障害特性を持っていた女子大学生が、偶然にも「人の死」を興味の対象にしてしまい、同級生に硫酸タリウムを飲ませて死亡させた事件でした。このように、「人や動物等の死」を興味の対象とした場合には、「人を殺したい」という精神状態に陥ることが考えられます。
    また、興味の対象を「人や動物等の死」としない場合でも、“感覚過敏”や“他人の気持ちを理解しにくい”と言う自閉症スペクトラムの特性が強い人(自閉症スペクトラムの傾向は全ての人に大なり小なりあるが、それが障害域までではないけれども、それに近いグレーゾーンにいる人達、特に“生真面目”、“反応が大げさ”、“初めての環境や人が苦手”、極端なマイペース”等のタイプ)の場合は、ちょっとしたことで友達に敵対意識を抱き、そのためにストレスを受けやすく、不安定な精神状態になりやすいのです。「わからない。ただ殺したい。僕は人の気持ちがわからないから」と言う息子さんの言葉がこれに当てはまります。大抵の子どもの場合、自分の自閉症の傾向について客観的に捉えることができないので、このようなあいまいな答え方になってしまうことは多々あります。
   知的な遅れがない場合は、外見上普通の子どもと何ら変わらないので、注意が必要です。

B  
健常者であるが、乳幼児期の養育が不十分だったために「愛着」不全に陥っているために精神が不安定になりやすい場合
 この母親は、息子のことをとても気にかけていて、子どもを放ったらかしにしたり過度に厳しかったり(「「回避型」愛着不全」)、自分の思いを子どもに押し付けそれを評価の基準にしたり(「「不安型」愛着不全」)、子供を虐待したり(「「混乱型」愛着不全」)するようなタイプには思えません。ただ、それもあくまで推測に過ぎません。もしかたしたら、そのいずれかのタイプの養育が行われていたかもしれません。
   また、「男女機会均等法」が1985年に制定され、それ以前に比べて女性の社会進出が叫ばれるようになったことを考えると、もしかしたらこの母親も十分に母子間の「愛着」が形成される前に働きに出ていたことも十分に考えられます。

「愛着」不全に陥る養育のタイプは様々ですが、これらのいずれかであった場合、全く普通に育っているように見えながらも、実は「愛着」不全に陥っていたことも十分考えられます。そうであった場合、いつもイライラしていたり、生活に希望が持てないネガティブな面を持っていたり、他虐的で自分より弱い者に対して残酷な面を持っていたりすることがあります。
   現実に、近年は小動物や幼児を殺したりする事例が急増しています。その始まりは、1988年に起きた「東京・埼玉連続幼女殺人事件」や1997年に起きた「神戸連続児童殺傷事件」だったような気がします。これらの事件は、母親の不適切な養育によって「愛着」不全に陥った子どもが、幼い年齢の子ども達を殺害したものでした。どちらの事件においても、犯人は、近所でも評判のしっかりした家庭に生まれた子どもでした。

   このケースの場合、子どもは今の原因については応えることはできません。この記事で紹介されているように、母親が「どうして殺したいのか?」「死体が見たいのか?」「誰か憎い人がいるのか?」と追及してみても「わからない。ただ殺したい。僕は人の気持ちがわからないから。」とあいまいな答え方しかできないのは、「愛着」に原因がある表れなのかもしれません。

C  健常者であり、「愛着」不全ではないが、なんらかの一時的な外的刺激によって強いストレスを受けているため精神が不安定になっている場合
 江原氏は、今の在学環境が本人に合っていないために自分の心を殺され「人を殺したい」欲求にかられていると指摘しています。この江原氏の指摘がこの「C」に当たります。
   しかし、成績が振るわず悩んでいる子どもは他にも数多くいるはずです。そういう子は、どの子も自分の心を殺され「人を殺したい」欲求にかられるのでしょうか。もしもそうだとすれば、よほど強いストレスに違いありません。
    その中で「人を殺したい」と思う程、他者に対する強い攻撃的な意識を抱くようになる要因として考えられるのは「いじめ」です。「いじめ」は、加害生徒側が抱いたストレスの発散行為として行われますから、記事中の息子さんに要因がなくとも、他の子どもの誰かがこの息子さんをストレスの発散対象とした場合は、息子さんが思い悩むのです。しかし、この事例では母親が「誰か憎い人がいるのか?」と聞いています。それに対して息子さんは、「わかない。ただ殺したい。僕は人の気持ちがわからないから」と答えるのみで、憎む対象を明らかにしていないどころか、いじめに遭っているとさえ話していません。もしかしたら「いじめ」以外の別な外部刺激によるものかもしれません。

   いずれの場合でも、子どもの実態把握のために、設問調査等で「愛着」や自閉症スペクトラムの傾向について調べてみることは重要な参考情報となりそうです。「愛着」の実態については、精神科医の岡田尊司氏の著書「愛着障害〜子ども時代を引きずる人々〜」(光文社新書)の巻末に、またスペクトラムの実態については、ネットのサイト「アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム) 診断チェック(33点以上だと障害域にあると考える)」に、それぞれ掲載されています。設問は、大人向けの内容になっていますが、親御さんの普段の観察によって回答することは十分可能だと思います。

 これまで、考えられ得るケースについて述べてきました。情報が限られているために、はっきりとした結論は得られていませんが、このブログをご覧になっている方が、ご自分の子どもさんが深く思い悩んでいる際の原因を考える際の参考になればと思います。

③その状態から抜け出させるためにはどうすればいいのか?
 記事では、「携帯電話で動画ばかり観て勉強が手につかないので、携帯を親が管理する」という指導を行ったことが紹介されています。しかし、「人を殺したい」とまで思う息子さんの深い心の病の原因は、学校の成績以外のもっと他のところにあるはずですから、携帯を親が管理するのは逆に息子さんのストレス発散の場を奪うことになり、問題を大きくするばかりだと思います。

 更に、親御さんが「この子はおかしくなってしまったのか?」というような捉え方で子どもに接することは厳禁です。子どもは「親は自分の気持ちを受け止めてくれない」と捉え、心を閉ざしてしまいます。
「そうか、何かで悩んでいるんだね」と受容し、「どうしたの?(「『愛着』の維持のために①~子どもが問題を起こした時の親の関わり方~」参照)」と子どもの気持ちを十分に聞いてあげることが大切です。

  さて、先に「A」「B」「C」と3つのケースについて考えました。
 まず、「A」の「知的遅れのない自閉症スペクトラム障害かそのグレーゾーンにいる」場合についてですが、これについては、“感覚過敏”で“極度の不安状態”にある子どもの脳の中に「幸せホルモン」とも呼ばれる「セロトニンホルモン」を増やしてやることが症状の改善に役立つことが既に知られています。「セロトニンホルモン」を増やすためには、「セロトニン6」等の愛情行為が有効ですが、実はこれは「愛着7」の中に含まれています。

   次に「B」の「健常者であるが、乳幼児期の養育が不十分だったために「愛着」不全に陥っている」場合についてですが、これは正に「愛着」を形成・維持・回復させるための「愛着7」による愛情行為が有効です。

   更に「C」の「健常者であり、「愛着」不全ではないが、なんらかの一時的な外的刺激によって強いストレスを受けている」場合についてですが、これも「A」と同じ“極度の不安状態”にある状態ですから、やはり「セロトニンホルモン」を分泌する効果がある「愛着7」の愛情行為が有効です。

「なんだ、結局全部『愛着7』か」と思われるかもしれませんが、私のこれまでの経験上、この「愛着7」こそが、どの子どもにも通用する教育の基本中の基本であると考えています。特に、子どもが深い悩みに陥っている場合、「だいじょうぶ、お母さんはあなたの味方だからね」という言動(「愛着7」の「③子どもを見て微笑む」と「④子どもに穏やかな口調で話しかける」)で、子どもの話に耳を傾け共感する(「⑤子どもの話をうなずきながら聞く(共感する)」)行為が必要です。そしてできれば最後に子どもを優しくハグしてあげましょう(「②スキンシップを図る」)。これらの行為によって子どもは親の愛情を感じ取ります。子どもは、自分に愛情を傾けてくれる存在、特に「母性(子どもを受容する『安全基地』としての本能)」を持った母親の存在を確認した時、前に進むエネルギーを得ることができるのです。