9月のオンラインシェア会
↓こちらのNo.2をご覧ください。
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理解すべきことが二、三ある
一つは、嘘とは非常に気持ちのいいものだということだ。
.... 特にその人が真実を知らないうちは。
誰かがあなたに「あなたを愛している」という。
彼は嘘をついているのかもしれない。
自分が嘘をついているとも知らずに、嘘をついているのかもしれない。
何しろ、同じことを何人にも言って来ているのだから。
彼には大したつもりはない。
だが聞くあなたにとっては、それはハートに触れる。
さて、真実を知るのは心乱れることかもしれない。
相手は嘘をついているのかもしれない。
彼は無意識に、衝動的に嘘をついているのかもしれない。
本当は一度も愛したことなどないのかもしれない。
どうもそれが、この世の状況のようだ。
人々は決して愛さない。
ただ、自分は愛していると信じているだけだ。
そうでなければ、これほどの惨めさはあり得ない。
愛があったら、こういう惨めさを全て取り除いたはずだ。
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二つ目は、嘘はお手軽だということだ。
求め、探し、長い巡礼を続ける必要はなくなる。
嘘なら発明することができる。
真理は発明できない。
真理は発見できるだけだ。
そして人々は普通、近道を選ぶ。
どうして大変な道を行くことがある?
そして嘘は近道に見える。
.... それ以上の近道など見つからない。
何時いかなる瞬間にも、どんな嘘でも発明できる。
だが、真理を発見するには
自分の命を賭けなければならない。
周りの虚偽の全構築物に反対しなければならない。
あなたは孤独な旅人にならなければならない。
真理というものが存在するのかどうかさえ確かではないのに。
それには途方もない勇気が必要だ。
嘘なら何も勇気などいらない。
どんな臆病者にもそれはできる。
あらゆる臆病者は現にそうしている。
美しい嘘を考え出し、でっちあげ、それを飾り、互いに贈り合っている。
いっときの間、それは幸せを与えているように見える。
だが、嘘は所詮、嘘に過ぎない。
直ぐにそれは死んだ玩具なのだとわかる。
あなたは騙されていた。
それゆえの惨めさだ。
だが、それでも人々は根本原因を見ない。
彼らは「この男が騙したんだ、この女が騙したんだ」と考える。
それはこの男とか、この女とかいった問題ではない。
社会全体が、虚偽が生活様式になるようなやり方で生を営んでいるということだ。
上手な嘘をつけばつくほど、
自分の嘘を論理的に見せることができればできるほど、
その人はそれだけ尊敬されることになる。
虚偽が尊敬を、褒美を、ノーベル賞をもたらす。
真理は死を、磔をもたらす。
だとしたら、どうして真理のことなど気にかけることがある?
イエスならラビとして申し分なく、たくさんの信者を従えた立派な人として受け入れられたに違いない。
* ラビ:ユダヤ人が宗教的指導者に対して用いる敬称
彼を磔にする必要などなかっただろう。
だが、何世紀にもわたって続いてきた虚偽に対立することを言い始めて、彼は自ら磔を呼んだのだ。
だから、嘘には何かがある。
だからこそ、人々はわかっていながら嘘をつき続ける。
Osho
孤独な旅人になり真理を求めようとする人たちと
お手軽に嘘を織り混ぜながら、
表面的に出来上がったものから後戻りできない人たち。
真理を求めたところで、
それはいつ、どのような形で手にできるか分からない。
形として確かなものが早く欲しい...
そもそも、前者と後者は行き先違いの船に乗ったのだが、
後者は同じ船に乗っていると思っているのかもしれない。
だから、つながるネットワーク範囲が違うのだが...
※ちなみに海上では衛星通信を利用していて最大2〜10Mbpsの通信速度
さらに航海は続くが
どちらが「ノアの方舟」となるのか・・
それはわからない。
これが今のスピリチュアル業界で起こっている、
いわゆる二極化と言われる所以 (ゆえん)
ちなみに...
「私の言っていることは本当だから信じて欲しい」
なんて...
短絡的でとても怪しくないでしょうか。
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「祝福が降り注ぐ、純粋な愛のパワー」
頭で考える「無条件の愛」・「無償の愛」とは違うことが分かります。
※どうやら…ここ↑に書いていることがチャネリングメッセージとしてやってくるようですが・・またぁ〜?