蒼空日記 -16ページ目

蒼空日記

しあわせダイアリー

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おひめさまとおうじさま


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おひめさまとちゅーおして 1


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ぱーてぃーですが 2


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もうすぐおわり


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ごめんなさい おしろでした おうじさまとおひめさま



end







私には、とっても大切で素敵ないとこの3姉妹がいます。

特に長女Tちゃんは、
幼少の頃から、ワクワクする事をいっぱい教えてくれました。
芸術的なセンスの持ち主で、
彼女の行動、
創り出すもの、
描かれる絵は、圧巻です。

私は長女なので、
お姉ちゃんみたいな存在で、遊べる日は本当に楽しかった。
泊りに行けばよく、5時に起床でこっそりセブンにアイスを買いに連れてってもらいました。

その頃私は、コンビニを利用したことがなかった為、
朝早くに店が開いていて、更に朝食前に内緒でアイスを食べるという行為に、悪い事をしているような、でもとても興奮して楽しかったのを覚えています。

川で遊んだり、公園の噴水に入ってずぶ濡れになったり、
夏祭りでおみこしをひいたり、
四谷怪談を毛布かぶりながらキャーキャー言いながら観たり、

ほんとに、楽しい思い出ばかり。
とても尊敬し、特別な存在です。



今、
とても印象的でよく思い出される小学生低学年の頃の話です。

Tちゃんは落書き帳に、壁にかけられたテレビの絵を描いて言いました。

「はなえちゃん、大人になったら、こんな薄い絵を飾るみたいなテレビが普通になるんだよ。」

重く、分厚く、奥行きのあるテレビが普通の時代です。
私は到底信じられず、
うっそだーと、笑い飛ばしました。
その想像力に、あっぱれと思いました。

Tちゃんのあっぱれな想像は、
今現実となりました。

本人は覚えていないと笑いますが。

同じ頃、ドーム型の絵を描き、
原子力発電所の話をしてくれました。
お姉ちゃんと言っても3つ違いの子供が、原発の話をしたのです。

訳がわかりませんでしたが、
Tちゃんは真剣に話をしました。
あまりに真剣なので、
興味は無くても真剣なふりをして聞きました。

「この中には、すごく怖いものが入ってるの。この建物が壊れたら人がみんな死んじゃうの。
全然安全じゃないの、これ。
はなえちゃんが大人になる頃壊れて、大変なことになるの。」



その後学校の授業でも、
教科書からも、
原発は安全だと教わりました。

Tちゃんは、何を言っていたのか、何をそんなに怖がる事があるのか、
あの表情がよぎり、複雑な気持ちになったのを、覚えています。


何十年かの時を経て、
悲しくもそれは現実となりました。


小学生でも予言できた恐ろしい事態を、
大人達は防ごうとはせず、
収拾のつかない黒いバトンを、
愛する次の世代へ、
また次の世代へと、
受け継いでゆくのです。



私たちもいつしか大人になり、
子供を持つ歳になりました。

願う事は、みんな同じです。

この笑顔を守りたい。



あの頃の私たちと同じ位に成長した子供達は、
どんな未来を想像し、
語るのでしょう。



その想像した未来が、
明るいものでありますように。

そして想像より遥かに幸せな未来が待っていますように。






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口を先に描くとかナゾな事するもんで、
途中諦めちゃいました。
残された口たち。
















娘、幼稚園が終わったあと、
そっこー支度して、
初めてのスイミングに行きました。

どーかなーと不安でしたが、
にっこにこの笑顔で頑張れました。
幼稚園の仲良しのお友達と一緒という事もあり、
予想以上のテンションに、
とても安心しました。
誘ってくれたKママに超感謝!
ありがとー!

これを機に、
泳ぎはもちろんの事、
すぐ風邪をひく体を鍛え、
更に願わくは、
私似のどんくささが改善できれば…などと、いろんな期待でいっぱいです。


それにしてもです。

大昔、私が娘と同じ年頃にスイミングに通っていた頃の記憶を辿ると、当然ですが時代の流れを感じずにはいられません。

目の前の子供達みんな、フリフリリボンやカラフルハート、上下わかれた大胆水着なんて当たり前です。
ゴーグルも、女の子はみんなキラキラピンク♪
かわいくて目がチカチカして悩殺されてしまいしまいました。

うん十うん年前は、紺。紺。
そして紺。時々黒。
そこに個性は必要ありませんでした。

コーチのいでたちにしてもです!
その昔、男のコーチは、おしりがはみ出るくらいのぴっちりパンツはいてましたよ。
サイズ大丈夫?っていう。

今は違うのね。
膝くらいまでの安心パンツなのね。

女性のコーチは、スクール水着が大きくなったみたいのだったけど、
今は、ズボン型のかっこいい水着なのね。

そうよね。
今はブルマとかないですしね。
私、高校生までブルマはいてたけど。しかも体操着しっかりinですよ。

おばさん達は、
そんなアホな話で盛り上がったわけです。

まわるーまーわるーよ時代はまわりますね。
当たり前です。

でも、
時代は変わっても、
キラキラの子供達の笑顔は、
変わることはありません。

まずは初日、
変態おばさん、色々楽しませてもらいましたありがとう。















みんな知ってる童謡
「みかんの花咲く丘」についての個人的な感情をぶちまけたくなりました。

作曲は、
日本で最も伝統のある児童合唱団「音羽ゆりかご会」の創設者、海沼実さん。

作詞は、加藤省吾さんで富士市の出身の方です。
伊東市の、みかん畑から海を見下ろす景色を思い浮かべこの歌詞をつくりあげたようです。

私の父親は幼稚園で、この海沼実さんに音楽を教わったそうです。
そんな話を聞いた事も影響しているのか、
幼少時代を伊東市で過ごしたからか、
父親の歌声が聞こえてくるからなのか、
とにかく大好きな童謡なのです。
合唱団では沢山の童謡に触れる機会があり、もちろんこの歌もよく歌いました。
思い入れは、とても強かったです。


宇佐美から亀石峠にかかる海の見える丘に、歌碑が建てられています。
加藤さんが、どの丘をイメージして作詞されたかは不明ですが、
私は伊豆高原から見下ろす景色が大好きです。
みかん畑の先に広がる真っ青な海に浮かぶ一隻の船と、白い一筋の航跡。

目を閉じればすぐに思い出せます。
本当に、美しい景色です。

広がる景色が美しければ、
美しいほど、
寂しさ、哀しさが、募ります。
溢れる、といった感覚でしょうか。
自分でも想像しなかった思いと重なりぬるい涙が流れるものです。




戦争で離ればなれになった親子

震災で離ればなれになった家族

大好きな大好きな故郷を離れざるを得なかったひと

昨日は誰かと一緒に見たその景色を
今日たったひとりで眺めるひと




幼少から親しんだこの歌は、
これまでとはまた違った音色を奏で、
想像する景色も彩りを変え
強烈に全身に染み渡ります。



たまにはお子様と、お風呂で大口開けて、童謡をうたってみてください。





みかんの花咲く丘

【作詞】加藤 省吾
【作曲】海沼 実

1.みかんの花が 咲いている
  思い出の道 丘の道
  はるかに見える 青い海
  お船がとおく かすんでる

2.黒い煙を はきながら
  お船はどこへ 行くのでしょう
  波に揺られて 島のかげ
  汽笛がぼうと 鳴りました

3.何時か来た丘 母さんと
  一緒に眺めた あの島よ
  今日もひとりで 見ていると
  やさしい母さん 思われる





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便利さにかまける毎日です。
ボタンひとつで電気はつき、
火もつくので料理をし、
洗濯物は出来上がっております。
快適な温度で生活をしております。
子供にはたくさんのおもちゃを与えてあげられます。
仲間はずれは恐いから、
同じ色に染めようとします。

例えば洗濯を外ですれば、
自然の息吹を毎日感じられるのでしょうか。
水の感触花の色緑のグラデーション風の匂い
電気がないならランプで体を寄せ合い暮らすのでしょうか。

車を走らせて自然を感じに行くのではなく、
生活そのものを自然の中に溶けこませたら、どうなるんだろう。

不便さは、あらゆる異常な発展がつくりだした妄想で、
大切なものは全てそこにあるような気がします。

先回りして何とか生活してきた当事者は、それを不便とは微塵も思わなかったはずです。

時間が過ぎるのは早く、
流れについていかないと不安です。
ただ、自分の中で燻る何かに目を背ける毎日です。
何でも揃う温室で、興味本位で妄想したり体験するのは簡単で、
目を覚ます現実は、下らない情報に押し潰されそうになりながらもそれを噛み砕いてつくり笑いをします。

今目の前のやらなければならない事と、
自分の思うやるべき事のあまりのギャップに自分の弱さを痛感し酔っぱらい吐き気を催す毎日であります。
何も変わらない自分という人間のあまりの愚かさをここで発信してるだけです。

ただ思うのです。
原始人になりたいとは全く思いませんが、
なんかもう、いらなくないですか。
色々。

50個のリセットボタンはないけれど、
気付く事くらいできないですか。何故繰り返すのですか。
阿呆ですか。
何の為の犠牲なのですか。
あまりに尊い命は、
何故失われたのですか。

ドラえもんがいたら聞いてみたいです。
そっちはどーお?って。

知識は意味を持たず、思考さえ奪われ、草木もない荒れ果てた未来からやってきて、

「お金なんか何の価値もない、愛に溢れた世界が広がってるよ」
なんて、嘘をつくのでしょうか。












































娘は食事が苦手です。
目が輝くのは、ラーメンを食べる時だけです。

今日はなんと、指で皿を突っぱねてひっくり返しました。
目が輝くほどの美味しいゴハンを作ってあげられない私がいけないのだけれど、
食の大切さを伝えねばならんと思いました。

真剣に、目をそらさずに、
説教です。

娘も、わたしをじっと見つめ、
小さくウン、ウンと聞いてくれました。

ぷくぷくほっぺとくりくりタレ目がかわいくて、
途中かぶりつこうかと思いましたが、耐えました。

ちょっと怖がらせるくらいでなければいけません。
真剣なお母さんを、貫き通さなければ。

最後、
「わかった?じゃあスープ飲みなさい。」

スープのプのところでプと屁を出して全てが水の泡となりました。

笑ってスープどこじゃなくなりました。

威厳も、屁と共に消えてゆきました。




















昨晩の地震はカタカタくらいでしたが、
カタカタがどんどんおっきくなるんじゃないかと毎回恐怖に慄いておるのです。

地震がおさまったと思ったら、
なんかサイレン鳴ってる。
ボーーーボーーー

全身プルプルさせながら飛び起きたら、止まるサイレン。

あぁ…


あまりの恐怖に自分の鼻息でサイレン鳴らしてた。














「ガレキ」「ゲンパツ」「ホウシャセイブッシツ」

五才の子供がはっきりと発音し、それらの存在が一体どのようなものなのか認識をしつつあります。

今、多くの人が津波の残した被害に苦しんでいることも、
テレビを見たり私と会話をしたりしながら、娘なりに理解をしているようです。

「あの津波の恐ろしい映像は、
近くで本当に起きた事だよ、
次は、ここで起こるんだよ。」

自分達もそのうち直面する事を
伝えました。

何度も何度も、
何度見ても恐怖で震えました。
娘は、映像が流れる度に私に寄り添いました。

娘は、私の背中におぶさる格好をし、両手が届く限界のところで私の服をつかみ、言いました。

「津波が来たら、お母さんを守ってあげるからね。しえががれきに当たって、当たって、お母さんを助ける!」

しえの小さな体から私の背中に伝わる体温は
とても温かく、優しく、全身を包みました。

テレビの中の出来事でなく、
本当に起こると認識した上で発せられた娘の言葉に、感動で上手く言葉を返せませんでした。

こういう会話をする時に娘は、危機感からか、「もし」という言葉を使いません。
今起きている事の重大さを感じ取っている気がします。

私から見たらまだ赤ちゃんみたいに甘えんぼで愛くるしい娘ですが、
とぼけた外面とはまるで別の、
頼もしい一面を見ます。


当然だけどお母さんは、死んでもおまえを守ると念力を送りました。
















一度は手にしてみたいと
強く願ってしまった。

そんなつまらない事を思う今この瞬間

ただ、明日が来る事だけを祈る人がいる。

それもできずに
明日に手をのばしながら
旅を終える人がいる。



どう生きれば
あなたに顔向けできるだろう。

愛すべきものを目の前にしても
思考と本能の糸は一向に絡み合わない。

愛すべきものをなくした悲しみは
こんなにも醜い自分をつくりあげる為のものだったのか。


あなたのくれた輝きは
美しすぎて、
薄汚れた姿とその光が交わる事を拒む。
さらけ出される恐怖と葛藤する。

あなたのかたちと引き換えに塗り潰す堕落した毎日。

この目にあなたの青を映し、この耳で娘の声を聞き、この口で娘に愛してると伝え、
この手で、娘を抱きしめる。



他に何が要るというのだろう。