はるブログ「私の時間.書き綴り場所」 -4ページ目

3月さんへお手紙風/創作文(蒼想花/春の雪)/いろいろな思い出記事/創作イラスト撮影投稿

【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】からの始まり♪








いかがお過ごしでしょうか。
素敵な季節になりましたね。
お元気でお過ごしでしょうか。


春の訪れを感じ始める頃

季節の変化もあり体調を崩しやすい時期
どうぞくれぐれもお身体を大切に体調に気をつけてくださいね


柔らかな春風を感じながら
心華やぐ素敵な3月の季節となりますように

明日も素敵な優しい良い1日を
"ほんわか優しい"
おいしいごはんのヒトトキを♪(*^^*)









*~~*~~~*~~~*~~*



◇【ブログ記事更新のお知らせ】として(3月11日)
Xとインスタの方にポスト投稿しました。




♪~~♪~~♪~~♪~~♪





◆【今回のブログ内容は】



【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】です。

"3月さんへ"と題しての
お手紙風な"お手紙内容を書きました。"




他の綴りでは、
"私と春の季節さんとのスレ違い…。"
思いの丈を書いたり、







あとに続く内容は、

最近聴いてる曲の話題や思い出を
ブログの方にもインスタの方にも少し足して書きました。


好きな曲を聴いたり
昔読んでた読者本との最近のヒトトキ
夕食の準備に取り掛かる中で

なんとなく思い出した亡き両親が若かりし頃に聴いて口ずさんでたという
フォークソング,歌謡曲を思い出し

今,私が何気に口ずさんでるよ、
という思い出話し交えながらと
最近少し聴き戻りして聴いてる曲のメロディーの部分を口ずさんでたり、
要は…"口ずさんで歌っているよ私のヒトトキ♪"

その部分をみょうに残して書きたかったのだと…思います。


前にも似た部分を書いた記事があったのですが、

今回の記事の部分にもリンクとして載せ書き置きました。↓

1990年代からの~(好きな曲や懐かしき曲)
をまじえたお話し
ロックバラードやロックやJ-ROCK、
バラード系や洋楽とかをチョコちょこと,)


過去に読んだり
視てたドラマや作品を懐かしむ場面
触れ読むヒトトキ

そういう風な流れのお話しも書きました。




◇【短文とポエムっての間
創作文綴り】



タイトル
【(蒼想花)そうそうか】



("春の月"からイメージして"蕾のままの花びらが月夜に蒼く照らされながら淡き想いあの頃のまま水面に揺れる"儚さの風情や"想いが続く縁の糸(えにしのいと)時移り映る流れの中
その想いの一途な想いの情景を柔らかさと戻らない時の中で思い出を回想したり抗うことなく"そのままを映す"水面を春月夜の蒼と"その想いの水面に映る"なにかを,"季節っぽく"書いてみました。)






(他ひと創作文【タイトル:春の雪】を書きました。)



前回試し書きした創作文のリンク記事です。
↓
2月さんへ。(時々忘れた頃のお手紙風。)/ちょこまかと編/在りし日の家族物語(思い出ヒストリー)




ひな祭りの日を過ぎて何気に思い出した
私の幼き当時の頃の
"ひな祭りの日の場面と,その景色との思い出を書きました。"

そして,そこから書き始まった、
いろいろな思い出のお話し綴り
幼かった当時の思い出話しや



小学生だった頃と中学生だった当時夢中になってた漫画の話し


読んでた伝記本からの謎の展開を試してた
当時の思い出話し


歴史人物の本を読んでた場面を懐かしむ
思い出のお話し、


小学校では授業で真面目に勉強して学ぶというよりは、ほとんど遊びに行く感覚で給食を味わう楽しさもありの登校の思い出とそんな風だった素敵な時代だった思い出の話し。



小学校高学年の頃のクラス担任の先生が弾いてくれたギターとあとは、
その持参してたギターが担任の先生の机横にあって、

放課後や休み時間の時に
ギターの弦に触れさせてもらえたのが嬉しくて、
弦を弾くピックを間違えてギターのサウンドホールの中に落としてしまい…,(慌てた思い出の話し)
他,音楽朝会等などは思い出話し



当時読んでいた読書本と算数を授業でのヒトコマの思い出話し


いろいろな思い出と授業とコンクールと
亡き両親の強い希望から通うことになり
一応頑張ってた思い出の話し


高校生だった当時の頃夢中になってた音楽番組と当時のヒトコマの思い出話し


いろいろな思い出話しを少し思い出したので,なんとなく素直な気持ちを思い出しながら書いて触れ解きながらというのも何処かにあったり、




◆【写真内容】
(描いた創作イラスト:ひな祭り)を撮影した写真を今回の記事に投稿しました。






♪♪♪~~♪♪~♪~~~♪♪






前回の記事から…
久しぶりな記事の書き出し始めに
少し遠退いた記憶を巡らせながら



リンゴの写真投稿と2月の綴り


─春の兆しを感じ始めの日々─




3月3日のひな祭りの日もとうに過ぎ去り












3月さん♪(*^^*)
いかがお過ごしでしょうか。

3月さん,
素敵な季節になりましたね。

お元気でお過ごしでしょうか。




そういえば3月さん、

「あたたかい季節になりました…よね(!?)」









"あたたかな兆し♪"

これは!?
"きっと!!!!(* ̄ー ̄)!?"



"待ちこがれていた春の季節に違いない!"
(*´∇`*)♪




とても嬉しい




創作イラストの着まわしコーディネート。(春の大合唱編♪)











が、




はやる気持ちを…
今年は,やや若干控えめに…。







春の季節さんへの(3月さんへの)
お手紙用紙の面を前に…φ(..)



"ふと、"
書き始める手がとまり…φ(゜゜)ノ゜



"連覇達成覇者"
"(スレ違いさん空回りさん遠回りさんと、)"


─巡る堂々巡り─



名付けて

"私とスレ違いさんと空回りさん遠回りさんとの満開ツアー。"








"あたたかな春の兆しを感じ始めるころ、"


そんな風な私の思いの丈を書いてみました。









"(おっ…落ちつくのだ!)"
"(またもやぶり返しがあるやもしれぬ!?)"




"春の季節と見せかけて…"


(もしかしたら!?)


"(~ ´∀`)~
こっそりと寒さが隠れてるやもしれぬ!!"



"あたたかな春の兆し風に"
見せかけに見せた
"紛らわしい見せかけには…(* ̄ー ̄)



"もう…騙されないんだから!"o( ̄ー ̄)○☆






昨年は嬉しさを早々に書いた後の
寒さの戻りだったので。↓

スレ違った昨年の3月さんとの思い出を書いたリンク記事です。
良き3月の季節の始まりを!



冷静に…(* ̄ー ̄)

そう…高ぶる高揚感を年齢相応に…

熟す前に手放しで喜ぶ若気のいたりを…




(スレ違い続け…)



もう…

"ここまでスレ違うと…
プロと呼ぶしかない。"o( ̄ー ̄)○☆



(名人なのかもしれない。)
─勝手にそうよんでみたかった…だけ。m(__)m💧─



"スレ違いながら雲にのり空を舞ってる気でいる。











(思い出すよ…。)
レモンティーとアイスティーとミルクティーに翻弄され迷いも生じた"あの日の場面。"


("えっ!?どんな場面だったの?")





"迷いながら選んだのよ!"
そうしたらね…見事な空振り!┐('~`;)┌




"(そっか~。空振りしちゃったのかぁー。)"
"(でもさ!捉えようと見方変えてみるとさ、また,1つ経験出来たから良かったね♪)"







"いつか…きっと!"

あたたかな春の兆しを感じ味わいながら
春の季節の柔らかな…


─この季節になるころに
いつもどこかで"ふとした瞬間に思い出す
春の季節に"いつも想う。─


私にとっての春の季節…
道のり続いてく中のホンの一瞬の季節
春の季節を探して三千里
私にとっての季節
"(あたたかな兆しは"どこへ!?")"



そう…私はスレ違いと空回りと遠回りを繰り返しながらワザを得た気でいる勘違い気取り屋さん。"(*´ー`*)∞○

↓


そんな気取り屋さんも素敵だね☆
"夢を大合唱!!!"


"嬉しさを歌える喜びの日を夢みて。"

"夢をさがしながら大合唱♪"


素敵な音色が満開な
あたたかな歌が柔らかく響くよ♪


(想いのせた花の歌♪)




いろいろな"始まり"や"お疲れ様のバトンがある季節、"


新しい季節模様は様々ありますが、





季節の始まりだけではなくて日々が

"気持ちがホッと出来たり、"
"心が嬉しく柔らかくあたたかく感じたり、"

そういう"柔らかなヒトトキを幸せに寛ぎ味わいながら過ごせたらなぁーと、"
そういう"なんでもないような"想いも忘れないようにしています。


無理はしないくらいの調整で、

のんびり
ゆっくり
マイペース速度を保ちつつ


のほほ~んと、
あれやコレヤを考えてながら


またイロイロと
また頑張らなくちゃ。
(スゴく…スローに。)



今日も1日お疲れ様♪
頑張ったからね、


(大好きなアイスティを味わいながら屋台をイメージ!)


(屋台の,のれんをくぐりながら一品を贅沢に定め迷う幸せな空間!(*´∇`*)♪)


(素敵☆(* ̄∇ ̄)ノ)



─かわり映えしない寛ぎのヒトトキ、─

私の寛ぎのヒトトキはね、
変わらず好きな音楽と曲を聴いたりね、

好きな曲ね、
今ね、
スゴくマイブーム的に聴き戻りして聴いたりしてる好きな曲や、

あとはね、
リピ聴きしてる好きな曲がワンサカあるの♪



前にも似た部分を書いた記事があったのですがリンク記事内に書いて御紹介をさせていただいた変わらず聴いてる好きな一曲一曲がございまして、


触れて書いたリンク記事です。
↓
好きな音楽曲と過去の作品を懐かしむ話し,思い出の話し少し(という記事内容綴り)

1990年代からの~(好きな曲や懐かしき曲)
をまじえたお話し
ロックバラードやロックやJ-ROCK、
バラード系や洋楽とかをチョコちょこと,)





その好きな一曲一曲を聴き戻りして
懐かしい想いに包まれながら
ほんわか聴いてメロディーの部分だけ口ずさんで歌ってみたり♪




それからですね、
亡き両親が若かりし頃聴いてたという
フォークソングや歌謡曲を思い出したり
口ずさみ歌ながら夕食の準備に取り掛かったりね♪
時折、思い出した時だけね、
離れて暮らしている弟と妹へ向けて
夕食を自炊しながらね、
"なんとなーく柔らかな想いで口ずさんだり"


いろいろな過ぎ去りし景色をBGMにしながらね、

"好きな曲を巡る
好きな曲と一緒に聴くツアー"と勝手な名付けを題して、



ウーロン君の優しい笑顔の懐かしい写真を眺めながら、


ウーロンの夕食ゆうげ。(ウーロンくんの日記。ただの創作として。)


可愛いウーロンくんの若かりし頃の1枚写真



夕食の材料ちゃちゃっと取り掛かって

そういう風な何気ない日々のひとこまと一緒にね、



"好きな音楽に包まれながら"
"美味しい夕食を味わう幸せなヒトトキが
私の今のささやかな幸せで,そういうひとこまがあるから、"


春の季節さんとスレ違い続けてても
不思議に幸せで
不思議に温かく柔らかい幸せがあることを感じられているから、


日々の,そういうヒトトキとかね
寛ぐひとこまを大切に想う今の私がいて、


そういう柔らかな流れの中で日々のアレコレやいろいろな場面場面をね、
自分自身に優しくなりながら
ささやかな幸せを寛いで過ごしたりしているの。




─日々,違ういろいろに出逢うけれども、─



そういうのも見方変えてみたりしてみると、
案外に"ささやかな幸せの一部分"だったりしてたという事に新しく気付いたり、"


また新たな"気付きと"
そこからの"発見から、"



─"今まで知らずにいた"発想へと変化をしてた事に気付いたり,"─




そういう繰り返しからの日々があって、
"ささやかだけれど幸せだなぁーと、"
そう感じられる喜びも日々の中に,
気が付けてないだけで
直ぐ目の前にあるのかも知れない。



そんな風な何気ないを想う春の季節と
夕食とのヒトトキ



先ほどもお話ししたリンク記事の好きな一曲一曲を口ずさんで歌ってたり♪



【最近聴いてる曲の話題や思い出も少し足して書きました。
インスタの方にも書いてます。(3月11日のポスト)

【音楽日記】として第11回目開始書きまでは
まだ書け辿りつけてなくてというところが正直なところの話しでございまして、



今回は少し足して書いての思い出も一緒に書きました。

高校時代の三年間だけ音楽系(和楽器の方の部活)
に入部してたのですが、
全国大会参加も嬉しかった思い出と同時に

日頃の練習や本番での舞台での思い出は、
嬉しかった以上に濃く鮮明に幸せに残っていて、
"一瞬にかけるまでの時間、"
そういう"見えない部分の方が輝いたまま残っていて、"

そういう思い出と共に和楽器の方の演奏動画を拝聴して聴いています。


それから、
高校入学後の歓迎球技大会でクラスTシャツを放課後みんなで手作りして作った思い出の中で
誰かが持ってきてたCDの曲が、

Spitz(スピッツ)さんの曲
(ロビンソン)という曲名で、

当時の私は、
Mr.Childrenさんの曲
(innocent world)という曲を聴こうとCDを持参してカバンから出そうとしてた瞬間の途中

Spitz(スピッツ)さんの曲 の
(ロビンソン)の曲が教室のラジカセから流れてきて、
その場面が聴くキッカケとなったのが始まりでした。

今でも大切に変わらず聴いて懐かしく思い出したり、
今の年齢で聴くのとは,またひと味も,ふた味も深さと濃くが増して、
今の季節の中でも一緒に私の日々の景色と歩いている色々な場面を駆け抜けられるエネルギーと勇気と優しさを感じながら得ながら聴いている大事な一曲一曲ばかりです。


Spitz(スピッツ)さんの曲
(スカーレット)
(ロビンソン)
(ありがとさん)


Mr.Childrenさんの曲
(innocent world)
(彩り)
(GIFT)


THE BOYS&GIRLSさんの曲
(手紙の歌)
(路の上)
(みはるの頃)


sumikaさんの曲
(Dang Ding Dong)
(本音)
(Lamp)


OKOJOさんの曲
(蜃気楼)
(一生のお願い)
(アンブレラ)


My Hair is Badさんの曲
(時代)
(味方)
(思い出をかけぬけて)



ゆずさんの曲
(嗚呼,青春の日々)
(雨のち晴レルヤ)


YOUR SONG
(エルトン•ジョン)

The Rose
(ベット•ミドラー)

I Want It That Way
(バックストリート・ボーイズ)

青春の輝き
Top of the World
(カーペンターズ)


(渡良瀬橋)
森高千里さんの曲

(TOMORROW)
(Alone)
岡本真夜のさんの曲 

(きみにしか聞こえない)
DREAMS COME TRUEのさん曲 



あとはですね、
こちらの好きな一曲一曲を聴き戻りして
メロディーの部分だけを口ずさんで歌ってみたり♪
↓



ジェームス・ブラント さんの曲
(You're Beautiful)

クリスティーナ・ペリー さんの曲
(A Thousand Years )

リチャード・マークス さんの曲
(Right Here Waiting )

サヴェージ・ガーデンさんの曲
(Truly Madly Deeply)

ダニエル・パウター さんの曲
( Bad Day)





─それからね♪(*^^*)─


日々の中の束の間のヒトトキの私の幸せな束の間の時間



Xとインスタで(フォロー)応援しているアーティストさんの曲と(新曲含めて聴いています!)インスタの方に書いてある音楽日記の中の御紹介させていただいた私の好きな曲も一緒に聴くことが多いです。







亡き両親が口ずさんで歌っていた思い出の中にある一曲一曲です。↓


「神田川」
「時代おくれ」
「愛燦燦」
「案山子」
「喝采」
「サボテンの花」「心の旅」(チューリップ)
『赤いスイートピー』
「さよならの向う側」
「いちご白書をもう一度」
「木綿のハンカチーフ」
「学生街の喫茶店」
「22才の別れ」
「さよなら」(オフコース)
「なごり雪」
「ぼくたちの失敗」

カーペンターズ
「青春の輝き」



‥など他の曲もいろいろに。

亡き両親の思い出の曲をね
時折ね触れながら思い出したりしています。




あとはですね、
昔読んでた読書本、


こちらの方も前にも似た部分を書いた記事があったのでリンク載せて置いておきますね。

↓

好きな音楽曲と過去の作品を懐かしむ話し,思い出の話し少し(という記事内容綴り)



前に書いた記事の内容部分の中では


過去に読んだり
視てたドラマや作品を懐かしむ場面

等などの綴りとじで
書き終えでとじましたが、





触れ読むヒトトキも過ごせられる時間を作り読書タイムを楽しんで,その読書本から
"なんとなく"得られた感じた部分を工夫して
創作であったり,暮らしの中の一部分の"なにかの"繋がりになるようなヒントと入り口を発掘出来ればなぁと、

巡らせる創造や
触れず知らずだった世界を見つけ調べたり
その調べ学習の中で探求した一部分に触れてみることで知ることに出逢えたり、


書いてみることも
読んでみることも
触れてみることも


いろいろな入り口があって素敵だと思っています。


その中の読書本で、

今も変わらず拝読して読んでる読書本の
その中の1つに、



東野圭吾さんの作品本や
野島 伸司さんの作品本に触れたりする
そういうヒトトキも持てる時に作品本に触れ少し少し読みながら、


ごちゃごちゃと難しいことは考えずに

作品本の世界のページごとにある
"その文の先にある伝うを、"感じイメージして自分なりの解釈を持ちながら読んでみたり、
好きな作品本に触れるヒトトキも
何気ない日々の中で大切にしています。



体調を崩しやすい時でもありますが、
風邪ひかないように、
お身体大切にしてくださいね。


美味しい温かい御飯で!
元気いっぱいな優しい日々を♪
嬉しく優しくあたたかな
穏やかな1日の始まりを!
ゆるりとね♪(*^^*)


"そんな素敵な1日と日々でありますように。"



そーれっ♪
"1日の始まりの掛け声と"
はじめの一歩目。


新しい季節といろいろな始まり
いろいろなお疲れ様と節目と終わりの季節

明日も
素敵な1日と日々でありますように。


ゆっくり寛ぎながら

素敵な優しい
ヒトトキを♪




それでは、
今回の記事は
この辺で。



記事を読んでいただきまして
"どうもありがとうございます!"










(短文とポエムっての間をとって
創作文を書きました。)






タイトル
【蒼想花(そうそうか)】






☆春過ぎ去りし季節
春月夜に浮かぶ褪せたまま静かに漂う
あの日の花
蒼想花(そうそうか)

遠き縁の糸,手繰りよせ
思いで花微かに揺れる儚く凛と
咲かぬまま戻らぬ時切な詩
淡きシズク想い花ひとしずく水面に揺れる
柔らかな奏で一瞬が今も

想い一途のせたまま
巡り移ろう時の音儚げに
水面に映る星の輝き瞬く間
褪せたひとひら蒼想花(そうそうか)

今を映す水面,浮かぶ春月夜

あの日を映す蒼想花の歌

春月夜
移ろう空
巡る今を書きながら
夢を描き日々の歌と舞う
季節さえずる道の詩


褪せづいた,ほのか薫る蒼想花


繰り返す四季彩
おぼろげ揺れ春霞に舞う蒼想花


春風光る季節いちりん花
麗らに今を舞う
柔らかな風の待つ光の中で
今咲き始めた時とともに


始まりの花となり
いちりん花


切な揺れる蒼想花へ
今,別れの春を告げて






【創作文他ひとつラストに書きました。】




タイトル
【春の雪】





薫る思い出,若葉の頃
キミと並んだ帰り道
尽きぬ想い名残つつ

変わりゆく情景移り移ろえど
真っ直ぐに誇った青の花,若葉の頃

薫る懐かしき達の青空に
憂い残る夏の宵
淡き名残り置いたまま

想い流れおぼろげ映る柔らかな影
宛て先未定の文星空へ
残された想いを置いたまま

春の雪
雪代となり

春霞に小さく隠れた
うらら花が小さく芽吹き始めた

まだどこかで咲けぬまま
迷いながら進む
春一番の詩が届いた
想い隠しうらら花
春柔らかな光りうっすらに待ち続けながら
うらら花の咲く頃を淡く想い夢に描く
ほがらかに優しい光となり
うららと歌う"うらら花のさえずり"
ほんのり色づき始めた柔らかな空
うらら花
芽吹くつぼみ花ひらく終わり始まり光りのなかで



♪~~~♪~~─♪♪♪~♪~~♪




◇【ここからは私の思い出系のお話しになります。】





私の思い出のお話しをここからは書きたいと思います。




幼かった頃の思い出のヒトコマに、

(当時の頃の思い出の話しになります。)




雛人形が無く買ってもらえるような豊かな我が家の状況ではなかったので、



(平成生まれの11歳年齢の離れた妹の時も同じく雛人形はありませんでした。)


弟や妹との思い出を書いたリンク記事です。
↓
昔のアルバムから,稲刈り時期風景(アルバムと日記綴り)(日記・記録・綴り)


3月3日のひな祭りは
幼かった頃の私にとっては

祝うという行事とスレ違う景色
無縁な日として記憶して残り




"花より団子🍡"な幼き当時の私の姿が元気いっぱいに柔らかな季節を過ごしていた


そんな風な思い出も当時の景色のヒトコマに鮮やかに残っています。




私の幼き当時の我が家は,先ほども書いた通りの豊かな暮らしとは無縁な我が家的な状況があったため、


華やかにひな祭りの日を祝ってもらえた思い出はありませんでしたが、




当時、通園してた幼稚園でのひな祭りの行事の思い出は残っていて、




雛壇の"お雛様よりも、"


幼かった頃の私の心を華やいで彩り豊かにしてくれてたのは、



ひな祭りの行事の日にあった
茶道の所作の体験と
✨目の前に光り輝いてた✨



茶菓子の和菓子と
紅イモを使用しての可愛い花のカタチの
紅イモの茶菓子と




クラスの友人の親御さんが手作りでクラスの人数分の可愛い花のカップケーキを作って持ってきてくださっていた,あたたかな思い出が大人になりある程度の年齢になった今でも時折,懐かしく柔らかな時を思い出すこともあり,

その当時の柔らかな思い出は今も私の思い出のページの所々に残っています。






("花より団子🍡"のタイプだった幼き当時の私。)





【幼稚園の卒園アルバムの
ひな祭りの行事の写真に写ってる小さな私は、】




─美味しく味わい終えた横顔で…
まだ味わい足りなかったのか…─



"(隣に正座して一緒に座ってた友人の方の
茶菓子を熱い眼差しで見つめていました。)"






(そんな様子を撮影されてるとは知らなかった私。)




保育園や幼稚園での思い出は
遊んだ思い出よりも

行楽行事の思い出よりも



普通の時間にあった
✨"おやつの時間のオヤツと、"✨




競争に必死だった保育園時代の当時の私の姿を少し思い出すこともあります、




(当時は平成の時代よりも前の時代…。)




(競争という名の存在が濃くあったようにも感じてた当時の保育園時代をおくりながら"見えない競争に追われてた保育園時代…。")






お昼寝から目覚めさせられ…♪(* ̄ー ̄)!?



寝ぼけながら布団とタオルを片付け終え


週と日替わりで違う
用意された豆乳ココア入りや、
用意されたミロや、
用意されたアイスティーや
用意された…!?飲み物をいただき終えたり、






─現代の保育園と幼稚園での取り組み変化や、子供達を取り囲む環境も仕組みも
様々に大なり小なりと変わり
私の時代の頃の保育園と幼稚園での環境とは,だいぶ様変わりして,さらに展開して大きく変わっていると思うのですが、
─





私の記憶に薄ららある場面の当時の思い出は、


保育園時代の幼かった当時に印象に残っている部分として、




そういう場面や出来事や
そういう流れのような思い出はあまり残ってはおらず"競争のイメージの欠片がちらほらと,おぼろげにですが思い出にあって"…
。




お昼寝から目覚めさせられた瞬間から
競争…。





布団とタオルを畳み片付け終えた順から、

うがい、手洗い,元気にお昼寝から目覚められたシールをお便り帳にポンとハンコを押す勢いで貼り終えて




コースターの準備と
座る椅子とおやつタイムのテーブルを確保




そして
おやつが並べられてたテーブルの方角一列に順を守り並び待つ。


早めに行かなければ
おやつに辿りつく頃には
なんか…軽めのおやつしか残ってなかった思い出と。




謎に始まってた
謎な…
(競争との闘い。)




席について先生からオヤツを配られるというようなオヤツ時間ではなかった思い出と、


先生から配られるという流れでもなかったような…微かにあるおぼろげな思い出が残っていて、


席につく前に自ら率先して動き
順番待ちをするために早めに動いて並んで待って、



用意されてたオヤツのテーブルまで
やっとたどり着いて



近くまでさらに押し合いながら行き


溢れる集団のごちゃごちゃな中、





という並びを並べてみた当時の思い出の景色の一部分、




競争…。


私は…狩にでも出掛けたイメージで
弟の分のオヤツも無事に確保して掴み取り



保育園に通園してた当時は
まだ幼かった弟と一緒に預けられていたので、



弟の分のオヤツも持って
弟に分けながら持っていき、
(弟は座る場所を確保する係として任務を完了。)




当時の弟は保育園の園庭で友人らと遊ぶのに夢中で、



そして幼稚園時代の弟は
カブトムシとカマキリを観察したりして図鑑でなにやら調べたり
恐竜図鑑に
宇宙人説の謎や
積み木遊びに
ボール片手に平均台を渡り
あとは絵を描くのが好きで
一緒に遊んでた友人達と
いろいろな遊び方を開発して開拓していました。






かたや私はというと、
保育園時代も幼稚園時代も



"おままごとごっこ"とは無縁で、
"ぬいぐるみや人形とも無縁で、"




小学生の頃夢中に視てた
当時テレビ放送されてた時間を楽しみにまってた


ドリフ大爆笑の
8時だよ全員集合


なんとなく薄らら記憶にあるのが、
小学校の低学年くらいの頃に視てた

ザ・ベストテン、


アニメ放送で夢中になって視てたのは
まんが日本昔ばなし
ゲゲゲの鬼太郎
ドラえもん
フランダースの犬
アルプスの少女ハイジ
じゃりン子チエ
ドラゴンボール
ドクタースランプアラレちゃん
おそ松くん



中学と高校生だった当時は、
スラムダンクと
シュート!の漫画本を弟の影響で読み始め夢中になって読んでました。
ドラマ放送されてた
星の金貨も視てました。




あと高校生の頃特に夢中になり視ていたのが、
HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP
ミュージックステーションで、
好きなアーティストさんや
好きなグループの曲が流れた日には
嬉しくて,その好きな曲を口ずさんで歌っていました。

が、

途中ね、
大正時代生まれの祖父に厳しく注意をされてね、

ニュースの画面に変わり、
私の寛ぎのヒトトキは"お開きになりました。"




そういう時期も季節も過ぎ去り、


祖父や亡き両親
離れて暮らしてる弟や妹との思い出を書いたリンク記事です。
↓
冬の時期の思い出話し(冬眠中だった夢心地さん─ある"存在に互いに気付かずに"─。)



高校時代の頃の当時のいろいろな思い出を書いたリンク記事です。
↓

青春ソラド♪(私の思い出のお話しチョイス編)【前半編】



大人になり
まだ若かりし頃は、

ドラマの砂時計に夢中になってた時期もありましたし、


いろいろ変化を楽しんで影響を受けたり
ストーリーの流れや展開とか
歌詞の中の輝くあたたかなリズムや音色に魅了されたり、
当時の自分自身の日々と照らし合わせてみたりしながら想いとともに聴いていました。






先ほどの保育園時代と幼稚園時代の頃の思い出話しに再び戻ります、




保育園時代と幼稚園時代の頃の当時の私は、



おままごとごっこ"とは無縁で、

(帰宅後に家の手伝いと弟の子守りをしてたので…おままごとごっこは…もういいかなと。)


"ぬいぐるみや人形とも無縁"で、

(当時の我が家の家計の事情で可愛いウサギファミリーのお人形お家セットは買ってはもらえなかったので、親戚のいとこの方が持っていた,そのウサギファミリーお人形のお家セットを眺めて幸せなヒトトキを感じてました。)



そういう保育園時代と幼稚園時代と
小学校低学年の頃があり、
いろいろな出来事も大なり小なりとありましたが、



大変だったなぁと当時感じて思ってたことも、


時の流れとともに
懐かしい中の優しい景色、
同じ場面には出逢えないだろうなぁと
切ない中の寂しさも柔らかく余韻として残っている部分もありますが、


あたたかな幸せと出逢えた月日や景色
刃ごとの出来事に感謝と

"ありがとう"という想いに変化して、
新しい気持ちとして
誕生した今の想いとともに駆け抜けています。




その保育園時代と幼稚園時代での思い出のヒトコマのお話しの続きなのですが、



幼き頃の当時
保育園時代と幼稚園時代の頃、


幼馴染み君らと互いに
なぜだか遊びの感覚と波長が合い
"ごっこ遊びの設定に意気投合したこともあって、"


ごっこ遊びの変化と進化系を互いに探求、


それから進化した"ごっこ遊びの種類が、"



"サラリーマンごっこでした。"




サラリーマンごっこが小さなブームとなり
"サラリーマンごっこ"をし、


設定の中で

サラリーマン2人
屋台の大将1人
という小さな設定を描き


さっそく"なりきって"
当時は,そういう風な謎な設定で
ごっこ遊びを展開して楽しんでいました。



(例えばの設定として
だいたいでしか覚えてなくて
ほとんど薄らいで忘れてりる部分が多いのですが、)





☆屋台で景気の話題を語り合いながら
明日の仕事に備えて帰宅する

という謎な設定でサラリーマンになりきり
"(サラリーマンごっこ)"
"(屋台で景気を語り合うごっこ)"

仕事帰りにベンチで缶コーヒーを味わいながら夕暮れに浸っている哀愁をイメージしながら、

謎な設定でなりきり
ごっこ遊びを大人の世界に映る景気模様を観察しながら"サラリーマンなりきりごっこ"



☆「"近くの屋台に美味しい味の一品見つけたんだよ!帰宅前に…寄っていこうかな。
最近さぁ…お宅の社の方景気どうなの?"」

「"いやぁ~…なんとも。"」

「"だよねぇー…。"」

「"大将!おすすめの一品ある?"」

「"美味しいねぇー♪"」
「"幸せな瞬間,こういう瞬間も悪くないね!"」

「"今だけでも景気の話題忘れたい!"」

「"なぁーんちゃって……!"」

「"でも子供の教育費もこれからも先もっとかかるからさぁ、"」

「"お互い健康に気をつけながら頑張ろうよ!"」

「"そろそろお開きにして明日の仕事に備えて帰るかな。"」

「"時代の一部の歯車だって、
明日のために生きてるの!
家族と自分自身の暮らしを必死に生きてるの!"」

「"さてと明日も頑張ろう!"」


「"またね!"」
「"気をつけて帰ってよ!"」
「"電車まだあるかな?!"」



当時,なりきって遊んだ謎な設定と
何気にブームだった
"サラリーマンごっこ遊び"




─そんな風な台詞だったかどうかは…
あまり覚えてはいないのですが、─




哀愁とは(!?)
保育園、幼稚園の頃の私は
流行りの遊びやアニメよりも


大人の世界の景色を観察したり眺めては
大人も色々大変なんだなぁー。と、
幼いながらの中そんな風な眼差しとイメージをしながら見つめていました。



空を見上げブランコにのり、
周囲の環境や友人らを見守り
ジャングルジムにのり
、

飛行機の遊具のハンドルを回転させて
幼馴染み君らと"世界を旅するごっこ"をし、


"農業ごっこ"や
"基地を木の上に作り謎な秘密会議作戦ごっこをし、"



幼馴染み君らと一緒に
ウサギ小屋のウサギの世話に観察に
絵を描いたり




私がお弁当を家庭の事情で持っていけなかった時は

余分に1つお弁当作り過ぎたからと
幼馴染み君の親御さんから
可愛いお弁当を手渡されていただいて

そのお弁当を囲んで幼馴染み君らと一緒に
賑やかにお弁当時間を過ごす事が出来て



絵本の朗読大会の時も
縄跳び大会の時も
応援してくれてた姿が思い出にあり残っています。



いろいろな幼かった当時を思い出書きにして綴ったリンク記事です。
↓
思い出の話し集(チョイス編ファソラ♪)



─それ以外の小学校時代での思い出に残っている場面は、─


音楽朝会という時間が設けられてた思い出と、

小学校の高学年の頃の当時の担任の先生が、

朝の会と帰りの会の時に、
持参してたギター片手に当時流行りの曲を熱唱してた楽しそうな様子だった担任の先生の姿や、

あとは、
その持参してたギターが担任の先生の机横にあって、

放課後や休み時間の時に
ギターの弦に触れさせてもらえたのが嬉しくて、
弦を弾くピックを間違えてギターのサウンドホールの中に落としてしまい…,

(;・ω・)
(´;ω;`)
!Σ( ̄□ ̄;)
(T.T)
( ノД`)…(自分自身に呆れた私。)



慌てた私はギターを振りピックを取りだそうと必死でした、


そのことを知った当時の担任の先生は、
笑いながら、
ギターのピックを取り出してくれました。




その当時の小学校高学年だった頃の担任の先生の歴史の授業と

家庭科技術の技術の方の電動ノコギリの授業の使用と作品までの授業と、


音楽の授業の時に弾いてくれたギターの音や、


授業ごとの楽しさがあって飽きることなく
とても楽しく,あっという間に授業時間が過ぎて,


小学校時代は学校へ授業を通して勉強して学ぶというよりは、
私の場合ほぼ遊びに行く感覚と給食を味わう楽しさと幸せと
義務教育6年たくさん遊んでました。




その他にある思い出は、
小学校低学年の頃に読んだ伝記本の人物に影響を受けて、

トーマス・エジソンの小学校時代の話しに触れ読みながら、

"なるほど,なるほど!!!"

"こんな風に先生に算数の授業で答えたら良いのか!"




─影響を真に受けた小学校低学年くらいの頃の私は…,─



その伝記本に書かれてた通りに
算数の授業で答えました。



すると当時の小学校低学年の頃の担任の先生は、
笑いたいのを堪えた表情で、

>私にこう話してくれました。


「"素晴らしい!"」

「"今答えてくれた課題を先生とクラスの皆と一緒に発見して考えて見つけてみましょう!"」

「"それから小学校は義務教育だから退学届け出しても退学は出来ないよ。"」

「"義務教育だからね。"」

「"6年間と中学3年間の義務教育!頑張ろうね!"」


「"だけど…まさかトーマス・エジソンの話しで算数の答えを回答してくるとは思わなかったわ。"」


「"面白い発想で答えてくれて,ありがとうね!"」


─伝記本から希望をもらい。─
もしかしたら!
"これで突破出来るかも知れない!"
"なるほど!なるほど!この方法があったとは!"
(ウッシッシ♪)
子供らしい発想で…突破出来ると挑んだ当時の私。
密かに掲げてた私の…願望は撃沈をして、






その他には、
ライト兄弟の伝説本の飛行機の話しに憧れ
とてつもなく影響を受けた当時の私は、

2つ年の離れた弟に

「"ライト兄弟のように一緒に飛行機作ろう!"」という…




─【今も恥ずかしい思い出話し伝説の1つなのですが、】─





─その声かけと問いに対して弟は、
こう返事をかえして答えました。─



"「わざわざ面倒くさい遠回りしなくても
つくられた現代の飛行機があるじゃん!
それに…飛行機なんて…作らなくても
お年玉貯めて買えば良いじゃん。」"(・_・)



"「お年玉貯めて欲しいカメラ買うんでしょ、カメラ買うのやめて飛行機買えば良いじゃん。」"



"「空に飛行機飛んでるのに…
わざわざつくるなんて…」"



"「僕はテレビゲームのクッパ大魔王を倒すのに必死なんだっっ!!!」"( ̄^ ̄)(# ̄З ̄)



"「その後にサッカーしに遊びに行くから。」"



"「ねぇねぇーの(お姉ちゃんの)憧れ話しなんかに時間をつかうヒマなんて…ないんだよ!そもそも僕を巻き込まないでくれよな!」"
(;¬_¬)(-_\)(ノ-_-)ノ~┻━┻



─そう答えたあと目の前のテレビゲームの画面に向かいクッパ大魔王の場面に苦戦してた弟がいました。─





学校の帰り幼馴染みに,弟との会話のやり取りやライト兄弟の伝記本の話しをしたあと、



私の中では、
幼馴染み君も…きっと…弟と同じ答えをするんだろうなぁーと、


─内心そう思いながら、─

幼馴染み君とテクテクと帰り道を下校して歩いていました。


幼馴染み君は真面目な顔をして、
こう答えてくれました。

"「エンジンとか機械部分は俺に任せろ!」"


"「お前は操作と空のルールを守れ!」"


"「そして!空を飛んで俺に見てきた景色を教えてくれっ!ついでにお土産も頼む!
下で見送ってる!操作のサポートも練習しておくから!安心て飛んでこい!」"


なんだか…!?
スゴく張り切って嬉しそうに!!!!
一緒に喜んで話しにのってくれた幼馴染み君は、


そう答えたあと、
幼馴染み君は自転車修理工へ私を連れていってくれました。


自転車修理工で話す幼馴染み君は、
とても輝いてました。



幼馴染み君は新聞配達でお小遣いを貯めては、

私と弟にと、
駄菓子を買って届けてくれたり、

私が風邪をひいた時には
給食のデザートを持って嫌みと小言を言い残して
当時、我が家で飼育してたニワトリさんの"ニワ翼ファミリーに追い回され、

幼馴染み君はビビりながら足早に帰宅して帰っていきました。



家が隣同士だったこともあり、

毎年の夏休みのラジオ体操の時間前に我が家に現れ、

一緒にラジオ体操へと参加したり、


もう一人の幼馴染み君と過ごす時間よりも
今話した家が隣同士の幼馴染み君との思い出の時間がたくさん残っていて、


大人になった今でも時折ね、
過ぎた時間の笑い話を思い出したり
懐かしく,そういう時があった場面に触れたりしてます。(思い出した時だけね!)



まぁ…、
ナンダカンダな、
─そういう子供らしい時もありました。─






─そうそう読んでた伝記本の思い出話しに戻りますが、─


その他に読んでた伝記本は、
杉原千畝さんの伝記本と、
ライト兄弟
ヘレン・ケラー



歴史本で読んでた人物は、
織田信長、
卑弥呼、
武田信玄
福沢諭吉



琉球の歴史人物の本では、
(琉球歌人の女性2人)
歴史を書いてた本や

三味線の祖音楽の神様として祀られてる伝説の人物の歴史の模様が描かれてた本や、

農業など他の政策に取り組んでた琉球時代の政治家,蔡温のことが描かれて歴史本や、


小学校と中学と高校の時代のの頃は、
朝早く登校して図書館で好きな本を手に取り読んでいた時期もありました。




他は、
小学校6年間、
版画コンクールで佳作と入選の賞をいただけたことと、


読書感想文で佳作をいただけたことと、


跳び箱跳べたことと、


給食のおかげで色々な美味しい時間に出逢えたことと、


地区の音楽合唱コンクールでクラスで参加出来たことと、


学芸会の舞台がとても大好きな場所だったことと、


幼馴染み君と同じ保健委員だったので、
朝早く登校して各クラスに出席簿と保健簿を届ける委員の役目をこなしてたことと、


飼育委員の時も幼馴染み君と同じだったので、
夏休みは小屋の掃除に動物の世話をしたり
花壇の植物に水やりをしたり、





あとは、
当時、母の強い希望から、
そろばん塾と習字教室へと通わされてた苦い記憶もあり、





その他には
当時,父の強い希望から、
ピアノ教室へと通わされ
そろばん塾と習字教室に通う回数よりも
ピアノ教室へ通う回数の方が多くて


小学校高学年の頃に、
どちらの塾の先生も教室の先生も、
お引っ越しをされたので、

そこで私の通うことも自然と消滅しました。







─まぁ…いろいろあったんです。
それなりにね。─






あとはですね、


小学生の頃、
漫画本が揃ってた豊かな暮らしの友人宅へ幼馴染み君らとおじゃまして、
当時,まだ我が家にはエアコン設置がなかったので、



その漫画本が揃ってたエアコン設置がされていた豊かな暮らしの友人宅へ


幼馴染み君らと一緒に自転車に乗り出掛けて,招いてもらった,その友人宅へ,ちょこちょこ,おじゃましたり、





夏の暑い日の"夏休みは、"
アイスティー片手にマチヤグワァー(小さな商店)に入り浸り,



そろばんで計算してた店主のおばあちゃんの,そろばんを弾く腕さばきに圧倒されながら,一緒にそろばん弾いて計算したり、




そのマチヤグワァー(小さな商店)の
天井に吊るされてたお菓子を取り
10円のドーナツを買い弟と半分に分け合い
カレーせんべい,塩せんべいの両方に迷い揺れ…(*´∇`*)✨


買えなかったアイスクリームを眺めて帰ったり、


帰宅途中で、
自転車で豆腐の販売をしてた
近所のおじいちゃんに遭遇したり、



当時,手の届かなかった我が家的に高価な文具の品があったのですが、
"(時を待ち続け、")
その文具が店に不要になった頃を見計らって、
文房具店の店主のおじいちゃんに相談しながら、
商品の文具を販売価格値よりも低めの設定価格値にして安価にしてもらえたという思い出もあったり、


猫一匹と暮らしてた近所のおばあちゃんのお家へと足を運び,弟と一緒におじゃましながら何か手伝える部分を手伝ったり、
猫といちゃついて幸せなヒトトキを過ごしてたり、




いろいろな思い出が残っている
当時の様々な我が家の景色や周囲の環境や学校での様々あった,その時,その時の模様
柔らかく今もどこかにあって
"どこかあたたかな。"そういうのがまだ優しく柔らかな中で咲いてたような気がします。
感じ方も捉え方も,それぞれですね。
"ゆるやかに,それぞれのままで、"
そういう"ゆるやかと一緒に"
"今の私の月日とともに季節を歩いています。"







リンゴの写真投稿と2月の綴り








いかがお過ごしでしょうか。
お元気にお過ごしでしょうか。


久しぶりのブログ投稿になります。
(2月11日のブログ投稿以来になります、)



2月さんへ。(時々忘れた頃のお手紙風。)/ちょこまかと編/在りし日の家族物語(思い出ヒストリー)



最近のお天気模様も
ぽかぽか陽気に包まれるような季節を感じてるところの日々を過ごしています。

(久しぶりな記事の投稿…)
少し記憶を巡り思い出しながら
春の季節の陽気の心地よさの中、
久しぶりに向かう下書き文面に向かいながら、

(……。思い出し中。)



あまり代わり映えない内容の最近のお話しを書いてみました。



─最近での話しは、─

私の寛ぎのヒトトキ
好きな曲を聴いたりや、


昔読んでページを閉じたままになっていた
読書本を触れる程度で読み返してみたり



久しぶりに地元へと帰省して懐かしさを味わう間もなく、いろいろな用件で時間が経ってしまい、ゆっくりとは出来ずじまいの久しぶりな地元の景色の変わりように驚いたまま帰宅した当日でした。。




あとマイブームに"リンゴ🍎"を味わうのが楽しみになっています。
"不思議です。"



それから夕食に
豚こま肉とエリンギトマト
他(調味料で味をととのえて、)

豚こま肉とトマトのガーリック炒めと
パスタと野菜サラダとスープを準備して作っていただきました。




("そういう風な感じの最近のお話しと夕食のお話しでございました。")






♪~~~♪♪~~♪♪~~~♪


◆【今回のブログ内容】


2月11日過ぎて以降
少し久しぶりな記事投稿

◇(写真撮影した投稿)

・下書き中のまま育ててる記事の今後の行く方について書きました。

・第11回目の音楽日記今後の行く方について書きました。

・私の思い出系の話し記事についてや
創作物語やポエムってや創作イラストの
今後の行く方と衣替えを試しながら模索中と考え中といった内容を書きました。




♪~~♪♪~~~♪~~~♪


◇(写真撮影した内容)

リンゴと我が家のキッチン用品の花です。
最近のマイブームが"リンゴ🍎"なものでして、

美味しかったリンゴと我が家のキッチン用品の花さんと撮影をしました。






◇【ブログ記事更新のお知らせ】として(2月23日)
Xとインスタの方にポスト投稿しました。




♪~~~~♪♪~~~♪



とても前の記事の内容の中の
"文章中の.どこから辺辺りで、"

"(下書き中で寝かせてる記事を育ててます。)"

と…書いたまま"新年を迎え…"

…"2月。"(もう後半)



その下書き中の育ててる最中の記事なのですが、


(あれからね!)

再度,読み返してみたのでございますよ
(えぇぇ…。)(*´ー`*)"


なんと申しますか…
(まだ開拓が必要なようでして、)
"(すでに投げやり的な他人事…)"



もう少し再度重ねながら
"下書き中の記事を育ててみたいと思います!"

"(切り替え屋さん)"
"(のんびり屋さん)"
"(時々…慎重派)"
"(時々…思い出した時に思い出す)"


─気合い入れながら途中…消耗。─




"(記事育ての開拓も進歩してることを願いつつ。いつかは…成長遂げてるハズ。)"

(楽しみながら育てている記事開拓最中。)



─そういう風な感じでございます。─





それから、
ここ最近はブログの方での投稿回数よりも
インスタの方に書いてある音楽日記の方が多くなってはいるのですが、



そんな中での
10回目標達成を昨年の…何月…かに(!?)
掲げてみた"10回目標達成も遂げる事が出来て、"





─その後、─




だいぶ前の投稿記事内容に
第11回目の音楽日記を

(再び始めてみるのか?)
(否か?)


といった内容に触れて書いた覚えがあるのですが、(!?)


今は,もう少し考えてみながら

(何処かのタイミングで音楽日記を、)
と,

ゆっくりと考えながら
そんな風にも思っています。


たぶんですね、
再びの音楽日記の内容も、
あまり代り映えはしてない可能性もあると思うのですが、


まぁ…【楽しみながら♪】



私の聴いている好きな曲の御紹介を書いて綴っていければなぁーとかですね、
好きな曲の御紹介と一緒に

"思い出にまつわるエピソードや、"
"どんなきっかけがあって聴きはじめたのか,"とかですね、

ちょこちょこ内容の部分,部分を変えてみながら、

長短文で試しながら
試行錯誤を楽しみながら

音楽日記を書いていけたらなぁーと

"(今は,淡いイメージを,ゆっくりと描いています。)"





─その他に、─

"私の思い出系の記事や、"




─あとは…、─

創作物語やポエムってや創作イラスト、
(ポエムっては…前回の1回きり…(!?))
下書きの再読をして流れの様子をみながら
こちらの方も模索中と考え中といったところです。




─どんな風に衣替えをしていこうかと、─
いろいろな巡らせを試しながら



春日よりな季節とともに書いた今回の記事

この辺で。


記事を読んでいただきまして
どうもありがとうございます。



美味しい御飯のヒトトキ
寛げるヒトトキ
素敵なヒトトキを。

御天気模様もイロイロですが、
季節の変わり目
体調に,お身体に気をつけてくださいね。
風邪ひかないように気をつけてくださいね。
明日も素敵な優しい良い1日を♪(*^^*)


2月さんへ。(時々忘れた頃のお手紙風。)/ちょこまかと編/在りし日の家族物語(思い出ヒストリー)











立春を過ぎ
少しずつ春の訪れを感じる季節となりました
いかがお過ごしでしょうか
お元気でお過ごしでしょうか
寒暖差もありますが
どうぞお体大切に体調に気をつけてくださいね
あたたかな春の訪れを待ちながら
素敵な2月の季節になりますように

明日も素敵な優しい良い1日を。
ほんわかな優しい
おいしい"ごはんのヒトトキを。"







*~~*~~~*~~~*~~*



◇【ブログ記事更新のお知らせ】として(2月11日)
Xとインスタの方にポスト投稿しました。

◆インスタのリール投稿更新しました
【リール写真内容】
◇リンクブログに投稿した創作手描きイラストと
手書きのお手紙と付箋紙と小物と色鉛筆を撮影した内容写真です。



♪~~♪♪~~♪~~~♪~~♪



◆【今回のブログ内容は】



【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】です。

"2月さんへ"と題しての
お手紙風な"お手紙内容を書きました。"


◆その他にはですね

【✨ちょこまかと編✨】
思い出の音楽日記風な綴り書きをですね,
ほんの少し書いたりしての記事の内容となっております。

名付けて、
「在りし日の家族物語(思い出ヒストリー)」


付け書きにですが、
1月3日過ぎて以降の
"いろいろな日々の流れが私"を、
ちょこまかと書きました。




その他には,
記事の結びに
"要らぬであろうな的な。
短文を書いての綴じに"ポエムってを果敢に挑戦してみた私。"綴じ。




なんだかんだと書いて話し長引いてしまった今回の記事、



思い出したり語れりつくせりにして書きながら、



祖父母の在りし日の音楽との時間や
祖母と一緒に作ってた行事の御馳走作りの思い出や
(赤黄色のカマボコをカットして準備
クーブイリチーに使う切干大根を追加)

祖父が大好きだったエイサーとの思い出を書いたのと、


父と母が生前に聴いてた曲や思い出話しをしてたら
("屋台のおでん"を思い出しました。)
("アイスティー片手に屋台で「おでん。」")
"なぁーんていうのも良いですね。"



"(そうそう…(* ̄ー ̄)(!?)
それから"今思い出しました!!!!"

"(リンゴとホケミ買わなきゃ。)"






とても久しぶりのブログ投稿になります。
(1月3日のブログ投稿以来になります、)


謹賀新年(2026年)



少~~~し間があいてしまいましたが

いかがお過ごしでしょうか。





1月お正月も過ぎ去り
あっという間に"もう2月の季節となりました。"


節分の日も過ぎ


2月に入り日々の寒暖差を感じながらの
2月の季節の始まりを過ごしています。


(あとは、(*´ー`*)(!?)💡✨

お正月後にですね、

途中,体調を崩しかけ風邪をひいたりもしましたが、
すっかり治り復活して今回の記事の更新に至ります。










体調に気をつけながら、
風邪に気をつけて良い日々と季節をお過ごしください
あたたかな2月の季節になりますように


明日も素敵な優しい良い1日を。
ほんわかな優しい
おいしい"ごはんのヒトトキを。"


2月の季節も
どうぞ宜しくお願いします。









◇(コチラからは)↓

【ちょこまかと書いた内容のお話しの記事になります。】



1月3日以来の久しぶりな記事投稿なので
(若干…遠い記憶を思い出しながら書くという"そういう風な感じでございます。")










1月3日以降の日々の私は
いろいろな出来事の中で
あれやこれやと進みながらですね、




"あれやこれやの日々の中でも
とりあえず無理はせず
自分自身のままに"素直な想いのままに、"



変わらずイロイロを記事の中で試しながら
今は,そんな風な感じで変わらず思っています。


ブログ記事もXもインスタも
ゆっくりとのんびりと投稿,更新出来ればなぁと、
無理はしない自分のペースで
ほどよい自分自身の歩幅でマイペースにと思っています。


(ブログもXもインスタも、)
とても"ゆっくり"な"マイペースな更新ですが、"


2月もどうぞよろしくお願いします!



好きな音楽の曲や
ヒトトキの時間を大切にしながら明日も頑張ります!(^^)/



"他に何かあったかな(!?)"


【あとは…(* ̄ー ̄)(!?)】
"(なーにか…あったべかなぁ(!?))"





【ホーホケキョ♪…】
寒波になったり
かと思いきや急に温かくなったりと、
"季節環境の変化も,
いろいろ目まぐるしい時代になりましたね。"





2月も日々いろんな出来事があり、
"いろいろな日々の景色を味わい、"

長い時間が必要な事柄に対して
少し少しではあるのですが下準備となる方向性の選択肢を探りながら、

決めていく決定順を1つ1つ
"進められるようにと手探り"


そういった感じの,その以降を過ごしてた私でした。



そういった感じの"繰り返し"を過ごしていました。



新たな年が明け、
その後の日々も,いろいろですね。

時折,"そのままの幸せ"という素敵な宝を忘れかけてしまいそうになる,そういう風な時もありますが、


でも…まぁ,
"そういう風に感じる日々の出来事も決めていく選択肢の方向性を考え実行して出来ることは,

それは,それで、

ささやかな幸せの1つなのだと捉え思いながら、"


日々の中,
いろいろ出来事や事柄と一緒に
穏やかに健やかに過ごせています。



"そのままの幸せ"というものに感謝しながら。



流るる早さと移ろう早さ寒暖差の繰り返しについていくのが,やっとな今の私もいてですね、

今までと少し変わってきているような環境の変化や体感する季節感に戸惑うばかりで,

でも…まぁ、
"それなりを、"
"そのままに、"受け入れてみながら、











◇─◇◇───◇──◇◇─◇


─話し途中からの"こちらの流れへと、"─



"(あとは、)"
歴史本読んだり、
小説を少しページをめくる感じで途中で読み終えたままと、

料理の本読んだり料理動画視たり

夕食の準備したく自炊しながら
ここ最近に聴いたり口ずさんで歌ってる曲や音楽はですね、

和楽器の演奏者の方の動画視たり
弾いている曲を聴いてる中で
高校時代の当時の頃の音楽系の部活で練習してた思い出のこととか全国大会の舞台でのこととか,
そんな風な懐かしい景色とともに合わせながら演奏の音色に心地よく浸って寛いでました。



思い出の話し集(チョイス編ファソラ♪)



青春ソラド♪(私の思い出のお話しチョイス編)【前半編】



日々の中の束の間のヒトトキの私の幸せな束の間の時間



Xとインスタで(フォロー)応援しているアーティストさんの曲とインスタの方に書いてある音楽日記の中の御紹介させていただいた私の好きな曲も一緒に聴くことが多いです。

"メロディーも歌詞もリズムも素敵なんですよ!"

いろいろな曲があって
どれも素敵で大好きな一曲ばかりなんです。
耳に残って心に響いて想いが届いてくるような感じで、

"ホッとする優しい曲や、"

"その日の疲れを包んで癒してくれるような曲や、"

"また新しい明日も頑張れる!頑張ろう!"

そう思えるような思わせてくれるような
自分らしくいられるヒトトキと
マイペースで寛げるヒトトキと

"のんびり"と"ゆっくり"が大好きな私の
"マイペースでいられる今の私の日々の原動力にもなっています!"

フォロー応援しているアーティストさんの皆さんの一曲一曲に元気をいただきながら
私の歩幅で(ゆるりとマイペースな速度で、)

静かに流れるヒトトキの時間の中で
とても温かな灯りのようなヒトトキと
新しい明日へのほんわかと優しい光りを感じながら、

私の幸せなヒトトキを過ごしています。
(過ごせています!)







寒波も過ぎてからの、
【温かなお天気に戸惑う私の"2月かな。"】
(もうすぐ"春の季節になりますねぇ。")
"縁側でお茶を味わいつつ風"からの、
(思い出し話し引き続きな展開になります。)"




─ここからは、─



私の
✨ちょこまかと✨

思い出の音楽日記風な綴り書きのお話しを
書いてお話ししてこうかなと思います。


続く記事の結び
"要らぬ短文を書いての綴じに"ポエムってを果敢に
春の季節に思い出す懐かしい歌や曲があるのですよ(!?)まで。

"(駆け足速度で。)"





では!早速に!(話し書き始めを!)







─♪─♪───♪♪──♪─♪





─遠い思い出話しから、─



当時の思い出の中に
幼稚園の頃や小学校の低学年の頃に
サトウキビ畑のど真ん中で歌い

その歌声を聴いて微笑んでた母方の祖父母

そうとも気付かずに"誰も聴いてはいないよね。"と思い込んでサトウキビの間に隠れ歌っていた幼い頃の当時の私がいました。

聴かれてたことを後から聞かされて
とても恥ずかしかった思いをしてた思い出もあり、


("小さな頃は素直で無邪気で素直だったような…そんな風だったと幼い頃の当時の思い出も記憶にあります。


そして、
こうして書いている大人の今の私がいて、


("幼い頃の当時私の夢")
幼稚園の卒園のしおりのページに
習いたてだった"ひらがな"と、
大きく描いてた"大人になった私のイメージ像が描かれていました。"


それを読み,そのイメージ像を見ながらの
大人へとなり,それなりの年月を積み重ね,それなりの年齢へとなり,

その今の私に優しくささり"気づかされ、"


"変わりゆく今を素直に受け入れたり、"
"変わってゆく日々や今の流れに素直になりながら優しく受け止めたり、"

時には"抗ってみたり、"

そして、
また、

"気づいてく中で,"

"変化の流れに寄り添いながら、"


私なりの速度で、
ゆるりと
ゆっくりと
のんびりな


"そのままの私でマイペースに進みながら,"

そんな風な気持ちや想いと一緒に
日々を歩んで受け入れながら,受け止めながら、

その繰り返しの中にいるのが
"今の私で、"


それも"時の流れとともに自然な素直なことなのかなぁと、"



いろいろな日々の流れが私。


懐かしいウーロン君との日々の思い出や、
三毛猫チャコちゃんとの在りし日の季節の思い出や、
私の幼かった当時の頃一緒に過ごしてきた犬さんや(太郎ウルトラ君や)
猫さんや( コマチちゃん)(ナゴンちゃん)
ウサギさんや(ウサギ桃ファミリー♪)
ニワトリさんや(ニワ翼ファミリー♪)


いろいろな月日と季節との物語を懐かしく思い出して

優しいヒトトキを過ごしていました。




ウーロンの夕食ゆうげ。(ウーロンくんの日記。ただの創作として。)



可愛いウーロンくんの若かりし頃の1枚写真




久しぶりに,のんびりと書いてみた綴り。






("ココからは少し思い出話しをお話しさせていただきますね。")






母方の大正生まれの祖母がよく「ふるさと」♪の歌を歌っていました。


祖父は歌よりも大綱引き観戦やエイサーが大好きで,行事のお盆の時期のエイサーの音が聞こえてくるのを"いち早くキャッチして"
嬉しそうな笑顔で青年エイサーの踊りや太鼓の音を聴いてカチャシーで盛り上げてた姿と、

エイサーを見送った後は、

時間ギリギリまで起きて

少し切なそうな寂し気な横顔で仏壇を見つめて

ゆっくりと門の方へ向かい
ウチカピ(あの世のお金)を門の入り口で燃やして御先祖様を見送っていました。


祖母が歌い出すと祖父が手拍子で盛り上げていた当時の一場面が懐かしく思い出に残っています。


亡き祖父母との思い出ヒストリーも
時折,そっと思い出してみながら。
そういう感じで時折触れてみたりしています。



>冬の時期の思い出話し(冬眠中だった夢心地さん─ある"存在に互いに気付かずに"─。)





母が生前,若い頃の当時に,よく聴いてたという,フォークソングをよく懐かしそうに口ずさんで歌っていました。




父は生前によく釣りをしながら歌謡曲を口ずさみ歌っていました。



父と母が夫婦喧嘩をした時はよく母が
父に向かってフォークソングを歌い、
小言を言い散らかしながら
"あっち向いてホイ。"の徹底抗戦で
いろいろな我が家の物語がありました。




対する
父はというと、

歌謡曲を歌いながら
ナイター中継を視ていたテレビの電源を消して、

小さく小さくなりながら
"低い抗戦でナイター中継をラジオで聴いていました。"

応援してたチームが負ける日の父は
だいたい決まって母と夫婦喧嘩をした後が多くて、


弟は母派に
私は父派に

両親二人の前に立ち
「反省してるんだから許してやってよ、」と
弟と私の交互で互いに両親二人へ言いながら、


名付けるなら、
「在りし日の時家族物語(思い出ヒストリー)」
とでもいいましょうか…。(ハイ。)
そんな風な
("平和な家族物語)の場面場面が過ぎていきました。"



父との思い出の場面で思い出されるのは、

よく一緒に釣りに連れていってもらったり
野球のキャッチボールをしてくれたり
ウサギ小屋やニワトリ小屋を設計して作ってくれたり、
炒飯が美味しかったり、
魚の揚げの料理が美味しかったり、

(女子力低めだった当時の私。)



亡き両親二人,それぞれと過ごしてきた場面と
そんな風だった当時の思い出のヒトコマがあります。




あとは、
両親ともに"模合仲間に参加してた時期があり、"


仲間や親戚の方達と話し合いながら
模合順を決めていました。

(金額を決めたり受け取る順番を決めたり)


その模合仲間と親戚の方達との集まりの時は、


決まって父は親戚宅に当時あった
その当時には高価な自宅カラオケ機械のリモコンを操作しながら
父の好きな曲を熱唱して仲間と親戚の方達と盛り上がっていました、


母は、
手芸で手作りしたテーブル用のレース編みの話題や作品を公民館のバザーにと
そういう風な会話をご近所仲間の方達や親戚の方達と話し盛り上がっていました、



私は母方の祖母の手伝いに呼ばれ
年の行事の御馳走作りの下準備や
料理の手伝いをしていた小学校低学年から高学年の頃の時でした。



それから当時は、
放課後学童という名も存在も登場してない頃で、

現代の子供達を取り囲む制度や居場所つくり対策や子育て世帯応援の推進も登場してない頃で、



ただ、
(私の場合の私の幼少の頃の話しにはなるのですが、)



思い出の記憶,おおよその記憶辿りのお話しなので、
当時の思い出の記憶も最近は薄れている部分もあるので不足があると思うのですが、





身近にある記憶と思い出の中に、


ご近所の方がたや自治会の方がた
仲間や友人達,
取り囲み守ってもらえていた環境に恵まれて助けられ支えてもらいながらの中で成長期の過程を過ごすことが出来てた当時の頃があり、



"取り囲み環境の変化が、"
仕組み変わり社会全体という環境へと変わったのだと思うこともあり感じる部分もあったり少しずれての前置きになってしまうのですが個人的にという思いで、
そんな風な思いで流れを見つめています。




─あとは…他の思い出話しになりますが、─



(母方の祖母との思い出のヒトコマの話しになります。)




行事の御馳走1つ1つを下準備から取り組んでた祖母で、

昆布でゴボウを切干大根でリボン結びで巻いて味付けは甘辛煮で

海老の下処理を終えたら
それに順よく衣をつけて下準備をしたり

シブイ(冬瓜)か大根と他の野菜を組み合わせて豚汁風を作り味付けて

赤黄色のカマボコをカットして準備

クーブイリチーに使う切干大根を追加で
水にもどし
カットした昆布とコンニャクと豚肉と
切干大根と黄色のカマボコと人参を使用して工程から味付けまで一緒に手伝いながら

あとは、
もち米を使用しての赤飯の準備


"(ホント…いろいろでした。)"




(テレビも電話も,まだアナログだった当時の時代、)





今の時代のようにオードブルを注文して手軽に準備までということが
当時は,そういう便利がなかった不便が多かった頃で、


暮らしは豊かとは縁遠い我が家でしたが、


今,思い出し返すと、
不便な中にも濃い温かな景色があったような,そんな気がします。





(今まで書いてお話しした思い出話しは、)

その後誕生した、
─平成に誕生した11歳年の離れた妹が生まれる前の、
まだホンの少しの手前くらいの時代と時です。─



(ものすごい早さで時は過ぎ移ろい、)


"不便"な時を経て"今の時代の便利を知り、"

それは,それで,


現代は現代で、
"それぞれ感じる幸せがあって素敵だと、"

とても素敵な"今があり暮らしがあって、"
そういう風な流れと移ろいを感じながら




そういう風だった"我が家的なミニヒストリーもありました、"
ひとつひとつの場面が今も変わらない私の大事な懐かしい思い出です。





それから、

2つ下の弟は当時の,その頃
小学生だった当時、
テレビゲームに夢中で
あとはラジコン?や、
ゴジラが好きで
スーパーマリオブラザーズ
ビックリマンシール集めや
仲間や友人達に囲まれ賑やかに
バスケにサッカーにと走っていました。

いろいろなあった当時の頃の我が家の弟

(きっと,今も昔も,なんだかんだと
いろいろなこと,それなりの部分,変わってないのかもしれません。)





─(あと当時の私の思い出話しと
当時の妹との思い出ヒストリー話になります。)─


小学校高学年の頃の当時私は、
当時テレビアニメで放送されてた
にゃんこ先生の大ファンでした。


小学校高学年から中学、
そして、大人へとなった今も変わらず

"聴いてる音楽の曲が1番大好きで、"
その部分だけは、
今も,そのまま変わりません。



平成に誕生した妹は、
何故だか私の学習机がお気に入りで、
決して弟の学習机には向かわなかったという…。

小学校の授業を終えたら,その流れで
そのまま学童へと向かうのが当時の妹の流れだったのですが、

学童へは行かず
高校に通っていた当時の私のクラスを探して駆け寄り、

慌てて探しに来てくれてた学童の先生には,私と帰宅するという約束で
そのまま放課後の高校のクラスの机の椅子に座り,

高校生だった当時の私は、
小学生だった当時の妹の宿題の
国語の本を読む音読の宿題にサインを書いて
がんばりノートにサインを書いて
私の1日日記にサインを書いて


翌日の時間割の確認を一緒にしながら

11歳年の離れたぶん、
妹との思い出があり、
今となっては懐かしく思うヒトコマと
大変だった中でも幸せだったと思う思い出があります。


(そんなヒトコマもあった当時の妹と私の思い出ヒストリー。)



以上で、
平成に誕生した妹が生まれる前のお話しでした。




この間の満月の写真投稿と他愛ないお話し年末2025年物語




◇───◇◇──◇───◇◇─◇



記事の結びに
"要らぬ短文を書いての綴じに"ポエムってを果敢に挑戦してみた私。"

(記事の最後に綴じの短文で結び
今回の末とさせていただきます。)




☆寒の日に"懐かしき君思い出す。"

まばゆく空.届かぬ想い.伝うシズク達
2月空.在りし日の君想い追いながら
風花吹く空.舞う桜の詩名残り花

"儚きを映す"空鏡
春芽吹く季節を見上げ温かな辿り君想う
変わりゆく静けさ流るる時の音
変わらぬ君への想い名残り花
春告げる季節舞いゆく名残り花

明けゆく春に光るシズクの冬景色

風に舞う花びら"そのままを想い"

枝道歩む2月の花
明けゆく
去りゆく
変わらぬを"そのままに。"
変わりゆくを"包みながら。"

時の四季彩に夢を探し明日を旅ゆき
未来の花鮮やかに描く花の文
名残り空
書き記す君への想い月日の文
想い溢れる咲くときに
名残り花への想いうた







2月の【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】と、


✨ちょこまかと編✨
思い出の音楽日記風な綴り書きと,


在りし日の時家族物語(思い出ヒストリー)



記事の結びに
"要らぬであろうな的な短文を書いての綴じに"ポエムってを果敢に挑戦してみた私。"綴じ。







お話しは以上です。


今回の記事はこの辺で
記事を読んでいただきまして
どうもありがとうございます。

明日も素敵な優しい1日を!(*^^*)





謹賀新年(2026年)









【謹賀新年(2026年)】




素敵な良い年になりますように


ブログ記事やインスタやX最近は時々マイペース更新なのですが、

今年も無理せず,のんびりと)ゆっくりと
【"マイペースに更新出来ればなぁと"】
思っています。



新しい年もどうぞよろしくお願いします。






明日も素敵な優しい良い1日を♪
美味しい御飯のヒトトキを!







【写真の内容は】

小物や付箋紙や,折り紙の花,その他を工夫して並べて撮影しました。

今回は,いつも手紙風に書いた"お手紙風"作成まで
辿り着けなかったので、
写真撮影の編集と同時に文字も写真の通りの内容になりました。






【それからですね、】



【2026年1月3日】
【ブログ記事更新のお知らせ】として
Xとインスタの方にポスト投稿しました。


Xの呟きわりと多めな今回の投稿と。
インスタも投稿したので、
よろしくお願いします!





青春ソラド♪(私の思い出のお話しチョイス編)【前半編】

いかがお過ごしでしょうか。

様々な日々や当時の思い出を振り返ってみながら
2026年へ向けて"新たな年の始まりを前に。"


この前書いて触れて書いた
コチラと↓
この間の満月の写真投稿と他愛ないお話し年末2025年物語

今回の記事内容は,6月10日に書いた記事内容やXで少し触れた(9月20日)ポスト投稿の方で触れた"
"私自身の思い出のヒトコマを、"
当時の高校入試の頃の思い出から,
その後までをチョイスしながら書きました。




青春ソラド♪(私の思い出のお話しチョイス編)という記事タイトル名で今回は
【前半編】を書きました。




*(違う記事内容綴りになる【後半編】の思い出のお話しは,また次回に。)



【記事内容の前にコチラからを書きました。】

2025年12月31日
毎年の大晦日変わらず聴いています。
本日に聴く曲好きな曲


たくさんあって…♪
【本日,聴けるだけ"たくさん聴きながら♪"】
と思ってインスタの方に(12月31日)書きました。



前回御紹介させていただいた曲と、↓
(インスタの方で(12月28日記載)私の聴いてる好きな曲を、一曲一曲の曲名を御紹介させていただきながら書かせていただきました。)



【12月31日】
本日一緒に聴く好きな曲は
"思い出を温かく包み亡き両親と過ごせた季節や月日を様々に思い出しながら、"


"ありがとう。"の想いで
音が刻まれていく12月31日とともに
優しいが溢れている"今"と
新たな"明日へ"
新たな年を前に聴いています。



本年もお世話になりました。
ブログ記事やインスタやX最近は時々マイペース更新なのですが、

来年も"マイペースに更新出来ればなぁと"
思っています。


来年もどうぞよろしくお願いします。








当時の空
見上げた青空が眩しくて
気持ちは何だか嬉しくて♪

そういうイロイロな柔らかい日々だった









・始まる話しの流れ内容を(今回の記事の御紹介とともに)
大まかに抜粋して少し前触れとして書きました。








当時、
(高校入試を控えてた直前の頃の私がいて、
平成に誕生した11歳年齢の離れた妹はその当時,幼稚園に通園していて年長さんの年齢を迎えて小学校入学を間近に控えてた時でした。
2つ年齢の離れた弟は中学に入学して中1の三学期を迎えてた頃でした。)
↓
昔のアルバムから,稲刈り時期風景(アルバムと日記綴り)(日記・記録・綴り)





(今回の記事内容です。)




◆─妹で始まり─
(妹と共に終わった…。)
当時の私の中学校時代の卒業式と
高校時代の入学式と卒業式




◆高校入試を控えての当時の私の思い出のお話し


・(朝から少し緊張気味でスタートした
入試初日、

高校入試の会場までの道のりが、
"大雨に強風に嵐続きの"その中での、

"傘折れても心は折れなかったよ、"
という,それだけの思い出のお話しからの
話しの始まりになります。)








◆当時の中学校3年生の頃の担任の先生との
"三者面談"ならぬ"二者面談"の思い出話し、


中学校時代の担任の恩師からの大事な
"その言葉…。"


その中学校当時の担任の先生からいただいた受験当日のお弁当内容のアドバイスを受けた懐かしい思い出と。






◆今は亡き高校時代の恩師との
入試最終日での
"あたたかな思い出のイチページと。"
その時と,その後の
当時を振り返りながらの書き綴り。







◆高校入試の面接の時に

第一希望の選択クラス音楽クラスでもなくて
第二希望の美術クラスでもない

違う方の第三希望を選択して決めたことや

第三希望欄に書いていた
"書道クラス"を選択してからの
高校入学後の(その後の思い出のお話し。)



選択クラスで選んだ
書道クラスでの授業の中の1つに、
印鑑を作ったり
表札を彫刻刀で彫り作ったり
書道以外にもイロイロな作品を、


(書いたり)
(彫ったり)
(削ったり)


希望してた(音楽/美術の)選択クラスではなかったのだけれど、
新しい仲間や場面との出逢いがあってね
"当時,受験の面接で選択したことに後悔はなくて、"

当時は,むしろ,前向きに捉えてた自分自身がいて

そんな風な思い出話を、
"(そんなこともあったなぁーと、)"
しみじみ語っている私の思い出のお話し。







◆入学後の思い出の話しヒトコマに
こんなお話しも書きました。




◇アルバム委員でのクラス代表代理で
時々"コッソリと、"黒子役(影役)として
委員へ参加,

"とても楽しかった思い出の事"




◇各学年に先輩も後輩も関係なく、
1人が困ったら
みんなで一学年から三学年全員集合で集会を開き




"1人はみんなのために"
"みんなは1人のために"


"(そんな風な校風景色が,とても優しく感じ
新しい校風は自分達で築き作り上げていけるという,1つとヒトコマの場面が
とても優しく輝いていて得るモノもあった。)"


そんな風な入学後の
いろんなお話しを書きました。









◆音楽系の部活での全国大会の舞台を今でも忘れずに思い出として大切な宝として私の家宝と留めて大事に心の中に閉まっている事、




◇"はじめて触れる和楽器を目の前にして怖じ気付いてた私、
初心者マークの私でも弾けるのだろうか
弾けるかな,"


生まれて一度も触れたこともなかった
楽器を目の前にして、
ホンの少し構えて緊張してた当時の私


入部するのを少し立ち竦みが過ぎてしまい
迷っていた私、

幼稚園から一緒だった友人の一人が
声をかけてくれて
不安と心細さの渦中にいた私に声をかけてくれました。

今も忘れずにある,とても素敵な優しい勇気をくれた友人とのヒトコマ場面の思い出のお話しと,はじめて触れた和楽器を目の間に色々な気持ちが交差してた私に優しい声を掛けてくれた友人との大切な思い出や当時の全国大会を通して学んだ私の宝物の思い出のお話し。






当時の私の思い出に残っている,高校入試と様々な変化流れ最中,書き出しから始まり高校入学後の思い出の話し他のいろいろな楽しかったこと獲た学び思い出への感謝を書きました。
以上を書いた今回のブログ記事内容と流れ結びまでとなっております。






◆【記事内容の要約】はコチラとなっております。







◇当時の私の中学時代後半の思い出含め



(高校入試と,その後の高校生活の当時の
お話し、)




私と、他愛ない思い出話しの懐かしい場面と
("今と未来を愛しながら。")






前置き長々となりましたが、
どうぞよろしくお願いします。











それは大昔の私の思い出として
今でも心に大事に大切に、
そのヒトコマの思い出の場面は大事に残っています。





イロイロな優しき懐かしきが
"盛り沢山な"






先ずはじめのお話は,

─妹で始まり─
(妹と共に終わった…。)
私の中学校時代の卒業式も
高校時代の入学式と卒業式当時の

そんな風な
"懐かしき若き日々の思い出のお話しから。"






今は遥か大昔の思い出話しになります。





私の中学校時代の卒業式も
高校時代の入学式と卒業式も




高校の卒業式の頃のお話しになりますが
その式の会場に、
当時,小学生の低学年の時期だった,11歳年の離れた妹が,
小学校に向かわず登校道を変えて
私の通ってた高校へ向かい

「小学校に行くよりも
高校の卒業式で,お姉ちゃんと一緒に
高校の卒業式で
手を繋いで入場して退場して
一緒に花道を潜り通りたかったの♪」

("選抜"道を選んだの♪)
(小学校休んだの♪)


"とかなんとかで…"

式の挨拶後の着席をしようとしていた私の方に向かって駆け寄り走ってきたかと思いきや…,

(私の膝の上に座り…)

(私から離れず…。座り…。)



高校の入学式の入場の時も…,
「私も,お姉ちゃんと一緒に高校入学するから,幼稚園へは行かない♪
小学校の入学式は行かない♪」


(そう言って私から離れず…,)

(私の手を引っ張り…,)

高校の入学行進を並んで歩き…

(私から離れず…,)




そんな風だった当時の私の入学式と卒業式の思い出。



─妹で始まり─


─妹と共に終わった…。─



"私の入学式と卒業式"

(花道………。)




─我が家の妹…─

"私の妹。"


【ただ…花道を歩きたかっただけなのだろうと…。】



その当時も今も,そう思いながら
アルバムに一緒に写ってる妹をみながら
当時を思い出しながら振り返り、



(11歳年の離れたぶん…,)

妹とは、
二つ年齢の離れた弟とは違う景色の思い出が数々にあり褪せず残っています。









高校入試当日初日の朝を迎えた天気模様は、



"強風の中に荒れ狂うような大嵐でした。"







朝から少し緊張気味でスタートした
入試初日、










高校入試の会場までの道のりが、
"大雨に強風に嵐続きの"その中での、



"傘折れても心は折れなかったよ、"
という,それだけの思い出のお話しを少し話したいと思います。







実は、
入試前の数週間あまり、
酷い風邪の症状で学校を数日欠席してた私でしたが、


なんとか治しながら温かくして保ちながら参考書片手に最後の勉強の追い込みをしていました。



気管支系は中学校時代の風邪の症状の際にイチバン酷く症状が出た記憶が今でも思い出の1つとして残っています。


そういう中での体調管理と体調面のキープを整えながら

やっと落ち着いた治りかけからの
当時,高校入試の受験前に

当日の受験会場へと向かっていた当時の私がいました。





大嵐、
強風、
"とてつもない本気の向かい風、"
雨風嵐の中を傘をさして、
(傘をさしても横から雨で濡れてしまい、)






─そして、─





(あろうことか…"強風で傘は折れてしまい…")



"驚いたショックに少しヨレテ凹みそうになりながら、"




─"無事…難所をクリア!!!"─
(いったい!?それは!?
どんな難所だったんだっ?)






風で折れた傘を必死にしがみつくように
"折れた傘をさすしかなかった私…"



(傘は折れましたが,)
(心は折れず平常心に"マイペース")



嫌な予感なんて
"折れた傘で振り払ったのさっ…、
(強気を最大限に込めた素敵な願掛け☆)"



でも、ホンの少し余計な事を考え過ぎてしまったことも…、
気持ちの中では素直に何処かにありました。
(それは今では
当時のほろ苦い思い出の場面へと変わりましたが、)




当時の私は、
"まさか…そんなワケないよね。
きっと良いことの前の前触れさ!大丈夫。"



あてにならない…無茶な土壇場での
"願掛けを…。"繰り返しては
気持ちを落ち着かせていました。




当時の私はホンの少しだけ臆病風に吹かれていました。
進級ごとのクラス替えでの
予め決められた枠での進級ごとでの
クラスの枠という小さな人間関係に躓いてたそんな時期でもありましたし、

その他以外の克服したい事があり、
自分自身の内側の部分と闘いもがき
向き合い乗り越えようと頑張っていました。

当時,まだ健在だった両親には打ち明けることもなく
当時の中学校の担任の先生に正直に素直に話した時もそういう時もありました。




そうこうとして、

なんだ~かんだとしてる間に
受験シーズンへと季節は変わり




中学校時代の当時の私は、
そういう流れの中でのぼっては歩く







その繰り返しをしながら当日を迎えていました。








─中学校時代の色々な場面ごとの一瞬が
思い出されながらの、─






そんなウダウダな気持ちと
振り払った気持ちの両方の中、





【内に秘めてた】




("1つ目の理由")
当時目指してた目標の進路の為の受験だったことと、

当時の中学校時代の担任の先生からは
第一希望校ではなく、

ゼロ校時から授業が組まれている
進学クラスをと話してくれていたのですが

当時の中学校時代の担任の先生が
ススメテくれた高校は、


制服が当時の我が家の家計状況からすると高めだった理由と
お昼時間は校外禁止で、
お弁当は校内のみで
通学の経路をイメージした時
交通の利便性が少し不便で
時間的に遠くなると予め通学経路や時間帯のことが大きく響いてたので



第一希望校だった高校は、

制服も値段的におさえられて
通学の交通の利便性や費用を抑えられ
学費も素早く手続きを済ませられたら負担費用を少し抑えられたという費用面や


お昼時間も学食や校外出入り自由で
お弁当持参でもOKだったこと
通学経路も近く時間帯にユトリを持って登校出来ると思っていたことが決め手となり、



(入学後の当時の私は"しばらく校外出入り自由を満喫してたのですが、")
(その後は"時間を気にしながら時間までに校内に戻らなきゃと、そういう部分のプチストレスに気付いて"お弁当持参でのお昼時間に切り替えました。")

それから、
数年後に高校受験を控えた弟や
小学校入学を控えていた妹のコトもあり

なるべく寂しい思いや心細い思いをさせまいと、その気持ちもあって第一希望校を選択した部分もありました。



そういう理由も(コトも)含めながらですが,当時の私の進路へ向けての思いや考えがありました。




(当時の私は高校の教員を目指していました。現在は全く関連ない資格保有で,全く違う人生(ミチ)を歩んでる途中なのですが未来の姿は分からないから今を生きることは素敵な姿なのかもしれませんね。)







("2つ目の理由")
保育園時代から幼稚園時代
そして、小学校時代から中学校時代にかけて、
味わいたかった"楽しい"という場面の1つ1つを高校生活を通して楽しい中から
クラスみんなと共に学ぶ"何かを体験して"
得たかった思いと

"楽しい場面を通して私自身が成長をしたい思いもあり、"
1つではなかった"2つ目の理由"がありました。







("3つ目の理由")
父が途中まで通っていた高校へ
その思いも当時の私自身の中に何処かしらにありました。

友人を庇い自主退学を選択した亡き父の思い出の話しを聞いたことがあり、
父は,その後,経緯を経て県外へと就職したそうです。


その亡き父が途中まで通ってた高校が
当時,私が希望してた第一希望校でした。


そんな父の青春時代の思い出の話や
イロイロな当時の景色を
移り変わっていった景色を

父が話して聞かせてくれたことも少なからず当時の私の胸の内には何処かにありました。









─受験初日の朝,─






そして、


受験会場へと向かう私の足を




止むことない強風は向かい風を繰り返し
大嵐の横からの雨に叩き付けられても




ひたすら受験会場を目指し雨に濡れても
歩き続け、







その時の私は、
大嵐と強風の中

折れた傘を握りしめ

土壇場で…。




そう自分自身に言い聞かせていました。
沸いて起こる…。
繰り返す…
嫌な予感を振り払いながら、





(そんな不安と闘いながらの最中…)



─歴史上の人物が…私の脳裏に過り
思い出しながら心落ち着かせ会場までの残りの距離を歩きました、─


(降り止まぬ雨と嵐に,うたれながらの道続き。)



雷が光る中で思い出した
歴史上の人物織田信長風、
「人間五十年下天の内を比ぶれば夢幻のごとくなり」



武田信玄の風林火山


(入試とは関係ない感情が…)
─ここに登場した当時の私。─


"もし…信長さんや信玄さんが当時の時代の流れの中で長生きしていたならば、"

"今の現代の世の中は
どんな時代になっていたのだろうか。"

"もし…、"

という不思議に似た疑問似た感情が
"ふと、"沸いて,そんな風な事も過ったり、






─(あとはですね、)─


戦後,混乱が続いてた沖縄を
本土復帰へ導いた
本土並みの教育を子供達に、
安心して安全に学べる環境の整った学び舎を子供達に
"同じように教育を受けられる権利と場所を"と、
戦後の,その混乱の最中、
教育第一を掲げてた

沖縄の初代県知事、屋良朝苗。






そんな風なことを過り浮かべ思い出しからの
思いながら、






強風と大嵐という名の向かい風、
そして、
どしゃ降りに耐え

やっとの思いで受験の教室まで辿り着き





会場の教室へ入る前に一呼吸。


(始まる前に,うろたえる)
自分自身の気持ちをはね除けてながら入室,






参考書の最後の確認をして閉じて





試験の答案用紙に向かい…





どしゃ降りの雨の音も忘れ…試験に集中。







(途中…問題内容を見て読んで驚き慌てふためきましたが、)






ナンとか…持ちこたえクリア。





途中…選択問題への解答に迷い悩みましたが、







信じつつ選んだ"その答え、"
"後悔なんてしないと決めて選んだ"
"その答え。"






中学校時代の担任の恩師から口酸っぱく言われ続けていた"その言葉…。"


もっと慎重に注意深く判断せよ。
冒険心だけで決めず判断せずに。
の言葉は
もはや遠くにあり







問題内容を繰り返し読み
その質問が

◆"何を聞いていて(問い掛けていて)"
◆"何を聞きたくて(問い掛けるのかを)"
◆"どんな結論と結果を求めているのかを、"




落ち着きながら深呼吸、
選択の問題をクリア。


それが試験初日の午前の出来事でした。


そんな御天気模様の中で受験初日を迎えていました。






ここからは、
"高校入試の時の面接で
少し迷い,でも迷わず決めた、"

"希望してた選択クラス"から



─"違う希望選択クラスを決めたお話しと,"─







"その後の高校生活で過ごしてたお話し。"






当時、
見上げた青空が眩しくて
気持ちは何だか嬉しくて♪



そういうイロイロな柔らかい日々だった
季節を同時に思い出してみながら
書いてみました。








私,高校生の頃ね
時々の代理でクラスメンバーが参加出来ない時だけの、
アルバム委員だったんです。

(クラス代表の代わり代理での
(黒子役)(影役としての)
控えとしてのそういう風な
役割と時々の参加でしたが…。)


↓
"ありがとう"と"始まりと。"(思い出から届いた "プレゼント")





アルバム委員の集まりの時には、
アルバム作成と編集を委員のメンバー皆で
写真を手分けしながらね、

このページには"この写真どうかな!?"
ラストのページは"どんな風に飾る!?"

始めのページから途中のページまで
"どんな流れのインパクトを残そうか!?
"


そんな風な話をしてた懐かしい思い出も今でも変わらず心に残り
懐かしくあります。









高校受験の入試の最終日の面接でのコト、
その当時の思い出の話しになります。

当時の私は、
クラス選択で音楽クラスを希望して
入試の最終日面接に挑んだのですが、




その当時,
第一志望にしていた高校入学へ向けて、

受験勉強と面接までの模試を繰り返し




"高校入試受験の当時を迎えました。"





高校受験の入試の最終日の面接でのコト、

その当時の思い出の話しになります。






当時面接担当だった
その後3年間私の教科担当となった
恩師でもある
(いまは亡き先生に、)

その当時の面接担当だった先生との、


面接での時に
こんなやりとりの会話の思い出が
今も大事な大切な一ページの宝物として
心の記憶の中に残っています。

↓
コチラのブログ記事にも触れて書いてます。

↓
"ありがとう"と"始まりと。"(思い出から届いた "プレゼント")






"当時の私は、
【第一選択クラスの希望は】
音楽クラスを希望だったので,"



気持ちぶれずに迷うことなく、

クラス選択で音楽クラスを希望して
入試の最終日面接に挑んだのですが、



その当時の入試担当の先生に
(その後の私の高校時代の
三年間の教科担当になった、)
(亡き恩師の先生に)







"音楽クラスは定員オーバーで、
残りの第二希望の美術クラスも同じで、

クラスの定員が足りてないのは、
第三希望の枠に書かれてる
書道クラスしかなくて、"




"書道クラスは先程も話した通り人数が足りてないことも踏まえて
もう一度,確認しますが、"



その答えを教えてください。




今後,将来へ向けて
どんな風に取り組みたいと考えていますか、アナタの考えている将来へ向けての進めて取り組んでいきたい考を教えてください。




「あと,もう1つだけ、」



「中学校生活を通した三年間の中で
アナタだけが知る思い出はありますか"。」









そう質問されたあと、
一瞬の時間の中でグルグルと迷う中で
冷静になり考えていました。



そして、こう答えました。




第一希望に選択した(音楽クラス)
第二希望に選択した(美術クラス)

そして、
第三希望に選択した
(書道クラス)





"どちらかの選択クラスになったとしても、"




"音楽を好きな気持ちを持ち続けられている今後の私の姿と,
変わらず揺るぎない気持ちと想いが
これから先も,そうずっと持ち続けてあるなら、"



"高校に入学してからでも
イロイロな角度から大好きな音楽と一緒に
目の前を開拓して自分の力を信じて拓く



その中で、

音楽を通して学び得られる部分は
"部活動を通しての音楽の表現や世界を通して磨き得られるという部分もあると思います。




今,もう一度,冷静になって自分自身の気持ちを再確認して迷いなく、

自分自身が選択して選んだ
第三希望の書道クラスへの
選択クラス希望を決めました、






"高校での書道クラスで、


縁のある書道クラスの仲間と,

新しい仲間みんなと
新しい学びを共に過ごしながら
中学生の頃以上の思い出を作り
三年間という時間を共に一緒に頑張りたいです。



今後への進路も踏まえ見据え
1つ1つ積み重ねていきます。"




今,目の前にある選択クラスでの高校生活三年間を通して学び得ながら
クラス仲間、学年仲間と共に一緒に頑張りながら、


その中で,
私の掲げている将来の目標へむけて
日々の学生生活を基盤に大事に積み重ね
目指す方向へと一歩ずつ進学とその先へむけて目の前から1つ1つ取り組んでいきたいです。




(結果として出した結論は、
"書道クラスを選択しました。")





そんな風な感じで答えた
当時の、
そういう質問を受けて返答した懐かしい思い出を
今でもハッキリと鮮やかに残り思い出として記憶しています。




そういう風に瞬時な中で答えへの整理をまとめて、

自分自身が後悔のない"そういう始まりになるようにと込めて。
"納得出来る結論を出しました。




その時の当時の私は
想い
そのままを、
言葉変えながら工夫して
思った答えを
そのままに、
答えました。






その次に話し答えた内容は、


高校入試を控えての当時の私と、
当時の中学校3年生の頃の担任の先生との
"二者面談"の思い出話しと、
(当時、色々な家庭事情があったので
最終的に先生と話し合い二者面談の流れになりました。)



その中学校当時の担任の先生からいただいた受験当日のお弁当内容のアドバイスを受けた懐かしい思い出を話しました。





そういう私だけが知る中学時代の思い出としての話しと、




入試を控えてのお弁当の内容と



高校受験当日のお弁当内容は、
自分自身で前日から用意して下準備する事は、
当時の担任の先生には事前に話していたので、




その当時の中学校時代の
担任の先生からの
ゲンカツギ的なアドバイスがあって、



「"イチゴ"と"トンカツ"を入れて、
"1番に合格"をカタチにして自分の力で
掴み取りなさい。」



「ココからの将来の道を
(自分自身の人生を)
"冒険心だけで進んではいけないよ。"
"1つ1つをカタチにして進む力を育てなさい。"分かった?」




といった内容の二者面談での担任の先生との,やり取りがあった出来事を話しました。






そいう経緯の話しや、



それが1つ目の
"私がお世話になった中学校時代の恩師と
中学校での環境との、"

私だけが知るイロイロな場面での思い出、


そいう風だった経緯の話しや





もう1つは、
中学時代に入学して早々に、



(皆と楽しく賑わいながら,)

音楽を楽しく
"歌いたかった…"
合唱部をつくりたかったけれど
その希望は叶わなかった話しと、



イロイロあった中学生活の思い出と
そういう苦かったを味わって知った思い出や




"その思い出を通して気がつけた得られたこと"

私だけが知る思い出の部分,今だから気がつけたこと"を話しました。






1つ1つを学んで活へと変えていった中学生の頃の時代の思い出と得たモノを話しました。






そんな風な答えを最後に話した当時の私に





面接官担当だった当時の先生は、
こう話し返してくれました。







「中学校生活の中で,出来事1つ1つを通して
たくさん乗り越え頑張ってこられたんですね。たくさん頑張りましたね。


とても前向きな姿勢で挑みながら挑戦していく姿が印象的で,とても素直に
真面目に頑張って,大変だった中で,
たくさん乗り越えて頑張ってこられたんですね。




音楽への想いも
コチラの高校への想いも強く伝わって
とても嬉しかったですよ。

将来へ向けて取り組んでいきたい方向の進路の話しも触れて聞かせていただいて
"どうもありがとうございます。"



と同時に面接は終了しました。




そして、



当時,面接担当だった恩師の先生から
(今は亡き先生から、)



面背の最後に再び、
"こう言葉をかけられました。"





「"新しい仲間と一緒に,"
素敵なスタートをして
賑やかに面白いことも
思いっきり楽しんで学び得ながら3年間を頑張りましょうね。」






当時の私は、

生まれてはじめて
誰かから褒められた事に驚き

それと同時に"何処か心ホッとして"

その時の当時の私は、

不思議と、
思いが,こう浮かんだのです。


こんな私を褒めて認めてもらえる,そういう場面や場所があるのだと,心素直になっても良いのだと,

その瞬間と場面に触れて知ったことが喜びとなり
嬉しさへと("変化していきました。")






当時、
描いてたイメージの高校入試や面接とは
違ってはいましたが、



今でもそうですが、
"自分自身が選択した結論を後悔したことはありません。"


(それが,後々に続く人生へと繋がらなくても違ってても,自分自身で出した結論、
そして、"選択")



正しいか間違いか
そういうことよりも


自分自身で"選択した"その時の、
あの場面が、


今も私の自信へと繋がり力に変わり
思い出としてもですが、


大人になった今でも活きた私の1つの宝物であり、

思い出として飾ってとって置くというカタチよりも、



今も
("その当時の経験と得たモノからの自信が,")
原動力として変わらぬカタチで
一緒に歩き続けています。






ここからの話しは
私自身の当時の
その時の思い出話を振り返りながらの話しに触れての書き綴りになりますが、






中学時代の頃の大変御世話になった
中学3年の頃の担任先生との
会話を思い出しての話しや、
高校入試に合格発表の日





その科を選択した私と母との間には
色々な理由からの距離が出来てしまい
ろくに話しも聞いてもらえずしてもらえず
親子なのに距離が遠くに感じて

なんとなく寂しく感じていました。




その高校の科を合格したことを
母も、
母方の大正生まれの祖父母も呆れ顔で
笑って喜んではくれはしなかったのですが、


色々な流れや
時代からの捉え方の食い違いや
考え方の食い違いが生じて解消されないまま、
↓
この間の満月の写真投稿と他愛ないお話し年末2025年物語



当時の私は、
合格発表の日を朝を迎えていました。



(当時の父は出稼ぎで居なくて
母は弟と妹優先と、
先ほども触れた話しと、
そういう理由の為。)


当時の私は、
少し心細く感じてはいたのですが
同じ出身校の仲間に囲まれながら
そういう心細さも吹き飛んで
みんなと一緒に,その瞬間を待っていました。



合格発表の提示版を前に
ドキドキしながら受験番号を探し見付けた時の事や、



その合格発表の提示版を下げる担当だったのが、



今は亡き恩師の高校時代の
大変御世話になった高校3年間教科担当で
高校3年の頃の担任の先生でした。



当時の高校時代の恩師の先生は、
その合格発表の提示版を下げながら

こう言葉を発してくれました。



「ようこそ!我が高校へ!
一生懸命頑張ってきたキミ達を待っています!」





「もしも番号が見つからなかったとしても
肩を落とさないで二次試験に向けて最後まで全力で」






「コチラの高校を選択してくださった皆さん,高校入学前の言葉として、
雨にも風にも負けないキミ達だと先生は
信じています。

帰り道は気をつけて帰宅してね。
以上!」




そんな風な言葉をかけてくださりながら、


笑顔で笑って手を振ってくださってくれてた懐かしい姿が
つい,昨日のことのように懐かしく
あたたかく思い出されます。






高校生活三年間の素敵な日々の思い出も全て"あっという間に過ぎていきました。






それから、
当時、三年間だけ音楽系の和楽器系の部活に入部をした思い出があります。



(当時はその部活と本屋でのバイトの両方と
11歳年の離れた平成生まれの妹の子守りにもおわれてたのですが,
それも"また懐かしい思い出の1つです。")





入部を決めた決め手の理由は1つではなく当時の私の心模様の心境の変化の中では

たくさんの"気持ちの迷いが不安と当時に出てきてしまい、心細い気持ちが先に走りあったのですが、"



"はじめて触れる和楽器を
初心者マークの私でも弾けるのだろうか
弾けるかな,"




生まれて一度も触れたこともなかった
その和楽器系の楽器を目の前にして、
ホンの少し構えて緊張してた当時の私と



新しい仲間と一緒に音楽の部活を通しながら練習についていけるだろうか、

本番の課題曲を弾いて通してこなしきれるだろうか、





そんな不安とともに立ち竦んでた当時の私に、


(大人へとなった今も何処か,この当時の頃の私と変われてない部分があって、
今も自分自身の内側と奮闘中なのです。)






幼稚園から一緒だった友人の一人が
こう声をかけてくれて
不安と心細さの渦中にいた私に






「"弾けない"から"弾けるように練習するんだよ、"」



「和楽器系の楽器方が三味線サンシンよりも弦が少し多いだけで,」





「弾けるよ!」

「一緒に頑張るから、
なーんも悩まんで

いざ全国大会の舞台へと行こう!」





そんな風な温かな言葉をかけてくれた優しい友人で
吹き飛ばすくらいの明るい笑顔で笑い飛ばしてくれました。

とても素敵な優しい勇気をくれた友人で、





そういう風な友人からの言葉も
1つの良い前向きになれたキッカケへと
変化をして、



その友人と一緒に
新しい仲間が待っててくれていた

音楽の部活へと入部を決めて入りました。




楽器演奏の練習を頑張って
全国大会へ飛行機に乗って故郷から出られるかもしれない、




(中学校時代から少し反抗期が尾をひいていたのかも知れないのですが、

当時の私を取り囲む家族家庭親子関係や周りの親戚:そういった小さな内輪のシガラミみたいなモノに少し嫌気がさしていた部分もあり、
生まれ育った故郷を
何処か遠巻きに傍観してた当時の私もいたかもしれません。


育んで育ててくれた故郷を
優しい気持ちでは見つめられずに、
曲がり偏った当時の私と
反抗期もあったかもしれないのですが
付け加えていうと
私自身の"やや深く物事を考え過ぎてみてしまう受け止めてしまう,真面目が過ぎてしまう,真剣さが過ぎてしまう部分"性格の部分や,当時の年齢からの未熟さもあり、


"自分自身の内側のコントロールやバランスの対処や取り方に人として未熟な部分があったと今,当時を振り返るとそう思ったりと
そう思うこともあります。")







先ほどの話しからの続きに戻りますが、






舞台での景色は
"どんな風な景色が広がっているのだろう。"




"小さな故郷とは違う場所の
全国の中の,その大きな場所は、
どんな所なんだろう、"



単純に.そう信じて練習頑張ってたことと、




あとは、


当時の私は
故郷や母やキョウダイや家族という鎖から離れたかったのかもしれません。

"きっとホッとしたかったのかもしれません。"


故郷や家族(母や弟や妹と)から
やっと肩の荷物おろして
"ホッと束の間でも"



"家族から(母や弟や妹から)"遠く遠くへと距離を置いて
"家族という親子キョウダイという鎖から
役目と強いられた鎖と押さえつけられてきた羽を

素直な自分自身の心のままに飛んだり
飛べる喜びを味わいたかった当時の私の姿と、

母の顔色伺わずに
自分自身の素直な気持ち押し込めずに呑み込まずに我慢もせずに,
そこから(故郷から)母から、
放たれて"離れられるから。
自分自身の空間で呼吸出来るから。


(どこかで,ホッと安心したかったから。)
という思いと、




そういうイロイロ感じていた当時の私の姿や、




故郷とは違う場所場所へと
音楽を通して違う世界を知る事が出来て
まだ見ぬ知らない場所へと行けるかもしれないから、



音楽系の部活動を通して
"音楽の世界を少しだけ触れられるかもしれない。"
そういう経験が,
もしかしたら!?叶えられるかもしれない。





そういう,とても単純な子供だった動機の考えや思いと、


突っ走るだけのブレーキの止めかたを知らずにいた、
若気の至りだらけだった、
その当時の、
私らしい,とても単純な後先を考えずの行動だったのですが、



案の定、
後先考えずの行動が

後の私の
はじめて弾く練習に




向かい風となり躓いてしまっていた当時の私がいました。



弾くのも弾きこなすのも、
誰よりもスピードが遅かったので、

自主練習を繰り返し
やっと追い付き、





全国大会で弾いた課題曲も、
舞台の温度も
舞台の息づかいも
舞台を通して,吸収出来た当時の経験は、



大人になった今でも
私にとって、
とても大切で大事な思い出という宝物として
褪せず輝いて残っています。






当時の大昔の全国大会での楽器演奏の思い出
舞台での演奏が,とても忘れられない大切な
私の思い出の1つとして残り



舞台へ続く道のりも
舞台へ向かう道のりも
舞台からおりていく瞬間の名残も


全てが一瞬の舞台でしたが、


私にとっては、
少しだけ触れられたような"感触"は、
一生モノとして褪せず輝いて
得たものから気づけた部分も
そういう時も"懐かしく"残っています。




それを通して
イロイロな世界を"知る""見る""聞く"に触れて



とても大切な
とても濃い
"宝物を1つ"
音楽を通して学べた機会にも繋がりました。

新しい自分自身を知るキッカケも出来て,

1つ1つが輝いてて

今でも懐かしい思い出として、
私の心に残っています。







ここからの話しは
私自身の当時の
その時の思い出話を振り返りながらの話しに触れての書き綴りになりますが、





当時,高校時代
書道クラス仲間みんな、
男子女子生徒みんなチームという感じで




当時は同じクラスに好きな人がいて
懐かしさと同時に優しい気持ちになり
"ふと"思い出す時もありますが
もう今は"ありがとう"という想いだけの
思い出のページへと変わりました。


誰かを想える恋もあったし人を好きになれる素敵なことに出逢えた,そんな風な青春の時期でした。



(こちらのリンク記事で書いた内容に少し
高校生活での思い出に触れて書いてます。)


↓
好きな音楽曲と過去の作品を懐かしむ話し,思い出の話し少し(という記事内容綴り)



ちなみにというほどのことでもありませんが
その好きだった人は
保育園時代から中学校時代まで
一緒に登下校していた幼馴染み君ではありません。


(小学校,中学校時代と,幼馴染み君の恋を,)
"(応援してた側でした。)"


─【青春でござりましたなぁ─。】─

今も変わらずただの幼馴染みで,ホッと出来る仲の良い親友に変わりはないのですが、
幼馴染み君とは中学校卒業後は別々の高校進学で,その後の大人になり互いに別々の道を,それぞれの人生を歩んでます。
↓
思い出の話し集(チョイス編ファソラ♪)






(お話し戻りますが、)




書道クラスでの授業の中の1つに、
印鑑を作ったり
表札を彫刻刀で彫り作ったり
書道以外にもイロイロな作品を作ったりと
そういう風な授業内容も含まれてありました。



(書いたり)
(彫ったり)
(削ったり)



希望してた(音楽/美術の)選択クラスではなかったのだけれど、
新しい仲間や場面との出逢いがあってね
"当時,受験の面接で選択したことに後悔はなくて、"

当時は,むしろ,前向きに捉えてた自分自身がいて

希望通りではなかったからこそ、
違う出逢いを見つけられたんだなぁーって
"輝く瞬間を見つけられた出逢うことが出来た。"

誰かを想える恋もあったし人を好きになれる素敵なことに出逢えた,そんな風な青春の時期でした。

今は今の日々を愛して恋しく"あたたかな気持ちでいられて、音楽から優しさを溢れんばかりにもらえているし,動く原動力をもらえているよ。"

"ありがとう!"の想いで溢れていて






─あとはですね、─




各学年に先輩も後輩も関係なく、
1人が困ったら
みんなで一学年から三学年全員集合で集会を開き



"みんなは1人のために"
"1人はみんなのために"





そういう部分が自然に広がりの輪になり浸透していて何処かしらに
みんな分かっていて胸に留めながら
そういう学び舎と当時の風景でした。



一学年から三学年全員集合で、
生徒同士の意見交換を交わし



遠慮は無しで、
1人1人の意見は
どんな些細な意見であっても
互いに隔てなく尊重し合いながら
分かち合えるように確認しながらを繰り返し話し合い通しあうという場面で得たモノもありました。





皆で話し合う確認の話しの中の1つには、





「誰かを責める前に
責めなくても良い方法を皆で考えて
作っていこう。」



「結局,繰り返しが続き
誰も笑顔に喜べないのなら、
元の原因を無くして試しに期間を設けながら過ごしてみるのは,どうだろう!?」


その意見交換での総合的なまとめた結論を、
先生方に話をした後許可を頂き


先ほど話した通り
そうやって1つ1つ学校の校風や
今までの古い規則やルールや歴史を,
今通学している自分達に合う規則とルールと歴史に変えて全員で話し合い意見交換を交わし
開拓して"新しい歴史を"自分達で築き上げて積み上げ作り上げていきました。


その際の時の集合での生徒みんなの意見交換の時には、
周りで見守ってくれてた先生方は
一切の口出しはせずに
ただ優しく見守ってくれていました。


授業中も笑いの絶えない明るいクラスで本当に賑やかで
その当時の頃の日々が大好きな私がいて
心から,めっちゃ笑顔で
心から,たくさん笑ってたなぁーとかね、

そんな風なコトも思い出していました。
とても賑やかで明るく素敵だった
高校三年間の思い出でした。








高校入試を控えての当時の私と、
当時の中学校3年生の頃の担任の先生との思い出話しと



"あたたかな思い出のイチページと。"
その時と,その後の
当時を振り返りながらの書き綴りのお話しは、以上となります。





そうそう最後になりますが、

この間部屋の模様替えの時に
出てきた

懐かしい学生時代の頃の思い出の写真が
数枚目に鮮やかに優しく留まってしまって、



当時、
記念の撮影の時、


アルバム撮影で訪れて来てくれていた
カメラマンさんの合図の言葉で、
"始まりの笑顔"と皆で肩を組んで
カメラと青空に向かい


私はハニカンデすまし照れて
仲間と一緒に笑い笑顔いっぱいでした。




その時の笑顔、
"青空の下で
"始まりの空を"見上げた私が"写っていました。



当時の空
見上げた青空が眩しくて
気持ちは何だか嬉しくて♪


そういうイロイロな柔らかい日々だった
季節を同時に思い出した瞬間でした。





私と、他愛ない思い出話しの懐かしい場面と

("今と未来を愛しながら。")


青春ソラド♪(私の思い出のお話しチョイス編)【前半編】






長々と話し書き綴ってしまいましたが、

記事を読んでいただきまして
どうもありがとうございました。





今回の記事は
この辺で。








美味しい御飯のヒトトキ
寛げるヒトトキ
素敵なヒトトキを。


体調に,お身体に気をつけてくださいね。
明日も素敵な優しい良い1日を♪