はるブログ「私の時間.書き綴り場所」 -5ページ目

この間の満月の写真投稿と他愛ないお話し年末2025年物語




























この間の満月の写真と写真の中に"ウサギさん"を描いてみた…つもりの写真と投稿内容です。







◆【今回のブログの記事内容は】

"他愛ないお話しから、"
"他愛ない三人きょうだいの味物語を少し"
"他愛ない年末のお話し私と2025年"
"好きな曲を聴きながら"と書きながら…"
でございます。









寒さと年末
風邪に気をつけながら素敵な優しい日々と
年末年始を。






と書きながら…
"思い出してしまったことが…。"




近々,年内くらいには
"投稿しますねー。"とぼやいて書いてた
"下書き記事を投稿できればなぁと、"

年内に納め忘れの内容に
(投稿すると書いたまま忘れないように、)

と…、




そうそう,忘れたいけど(!?)
【忘れてはいけないコトが、】


年内に,私達きょうだいで少しね、
(弟と妹と)
今後のことで話し合いがあるのですよ。

亡き両親の,色々な様々なことで
片付けていかなきゃならないことの
話し合いなんですけどね。

まぁ,きょうだいといえども(弟,妹)
色々な…
いろいろが…
イロイロに…


三人三様の人生の道のりと歩みと

とりあえず三人三様きょうだいが
"それぞれ公平に歩めるように。"


年内から来年にかけて
少しずつの準備時間に取り掛かる
そういう前の段階が"年内の今で、"



といっても、
年内も僅か数日で、

また新たな年が明けていくんですけどね。



あとは、
思いっきり普段とどかない部分の掃除を

はりきった後が恐ろしいので
年齢重ねるとね…後が痛いのよ。
このパターン…
(私だけなのかもしれないのですが…)
そういうわけでございまして、
【無難に少々できりの良いところで。】
(御用納めを=掃除の終了を。)


ほらっ(!?)
来年が目の前に控えているじゃない(!?)



年が明ける前に
身体がガタガタして引きずったままで
(2026年!HAPPY!明けまして…)って、
慌ただしい後に残る
疲労を残して引きずって迎えても…(ねぇ。)


なのでね、
ほどほどに,きりあげて



"ゆく年くる年を過ごす私の年末。"
(ゴォ~~~~~~ン。)




もはや…去る年を振り払う事さえ…
(忘れている…。)


振り払う事を思い出す事さえ
(忘れている…。)



【2025年12月と私。】







来年に向けての準備をしながらね、



今日のメニューはね、
あたたまるメニューにして,いただきました。



おでん?
鍋?
すき焼き?
シチュー?



きつねうどん候補(!?)
"えっ(!?)"
"きつねうどん…さん。
あたたまるメニューに立候補希望?"



"そっかー…"
あたたまるメニュー仲間に…選抜希望だったんだね。



大丈夫だよ!!!
"年越しそば"に
"きつねうどん"を候補にあげてるから♪



白ネギおあげ他の材料をのせての
きつねうどん。


からの,





(きつねうどん。と書いて思い出したことが…)




昔ね、
11歳年齢の離れている妹がね
(妹は我が家で唯一の平成生まれなの。)





妹が当時,保育園に通園してた年齢の頃ね、




"きつねうどん。"をメニューに食卓に出した時に、





「ゴォーン美味しいね♪」
って…話し出してね、





"えっ!(?)"
"ゴォ~ン?"




私は,とっさに…妹にね、




これは、
「(きつねうどん。)っていうんだよ。」
そう答えたらね、





妹が,すかさず…
「保育園の先生がね絵本の"手袋を買いに"のお話しを聞かせてくれながら教えてくれたの♪」
そう話してくれていた妹へ、




私は…
"手袋を買いに…"なのに…

どうして(!?)

"ゴォ~ン?"が…」!?)


もしかすると…、
"御飯ごはん"を、
メニューの"きつねうどん。"のことを、



妹は…
"ゴォ~ン(御飯ごはん)美味しいね♪"


【そう話しただけなのかもしれないのですが…。】





その妹も大人になり結婚して家族を持ち、

今では(きつねうどん。)よりも、



(ざるそば)が大好物でして、


二つ年齢の離れた弟も、
妹と同様に、
(ざるそば)が大好物でして、





【三人きょうだいの中で…。】




私だけが…
【きつねうどん派でございまして…。】



妹と弟と私は、
(食の共通点は無いのですが、)


唯一…,

(ざるそば)と(たぬきそば)
(お刺身とお寿司)が妹と弟の食の大好物が同じというだけで、



三人三様…食の共通点や好みは…
やはり…違う部分の方が多くありまして、


【同じ屋根の下で成長して育ってきたのに、不思議な話しなんですけどね。】



ちなみに、
(ざるそば)以外の大好きな麺類は、
(たぬきそば)でございまして、




たぬきそばを味わう時の妹は、
七味唐辛子で(涼しい顔で)
"たぬきそば"を味わっていました。




弟も"たぬきそば"と"ざるそば"が大好きで

負けず嫌いな弟は、
そんな妹に対してワケの分からん対抗心を抱いてか?(なのか?)
"激辛に味を変えて…。"

涼しい顔をしつつ(焦りを隠して…。)

(たぬきそば)を味わい食していました。





私は…というと、
(そんな"激辛な二人を見ながら…。")



少し…遠目に…。
(二人を眺め…。)





きつねうどんを美味しく味わい
(たぬき派の二人と(弟と妹を))
ホクホクと温まりながら、
(きつね派の私)




(両たぬき派)に挟まれた…
真ん中で小さく縮こまる(きつね派)





そんな思い出や、
定食屋さんで頼んだメニューも、
三人三様違い、





私は(さば定食メニュー。)
弟は(トンカツ定食。)
妹は(チキン南蛮定食。)




私は(沖縄そば)
弟は(ソーキそば)
妹は(三枚肉そば)





最後にいただいたデザートも違い、


私は(チーズケーキ)
弟は
(抹茶あずきのパフェ/(もしくは"ぜんざい"))
妹は(ショートケーキ苺盛り)




アイスティー,もしくはレモンティー,烏龍茶が大好きな私。
ホットコーヒー(もしくは抹茶/さんぴん茶)が大好きな弟。
アイスカフェ・ラテ,もしくはミルクティーが大好きな妹





寿司とお刺身が苦手な私
寿司とお刺身が大好物な弟と妹





カレーを食べに出掛けた時も、
辛口味が平気な妹に対してワケの分からん対抗心を抱いていた…弟。



同じ辛口味を(涙目ウルウル)隠して
"俺だって平気ダヨ…!"



(そんな弟の表情を見ながら…,)




"せめて…味わう時くらいは…。"


【"対抗心の塊のプライド…置こうよ…】"

"(カレー…冷めちまうぞっ…。)"





"そんな風に思いながら、"



【勝ち目のない…対抗心だらけの負けず嫌いな負け戦をしてた弟を…、】

(そんな弟も結婚して家族を持ち、
少しは心の成長…あったかなと…(!?))



"遠目に…冷めながら眺めていました。"




こんな感じな凸凹三人きょうだい達は、
…それぞれのメニューを味わっていたのでございました。(とさ。)




弟夫婦家族に妹夫婦家族、
(たぬき派の二人)
そして…
嫁入りという時期もとうに過ぎ去った
(きつね派の私)



(たぬき派)と(きつね派)
知らない三人きょうだい達の
"それぞれの味物語を読んでくださいまして
ありがとうございます。で,(ございます。)"





(今の話しの流れから急展開しますが、)





幼い頃の弟と妹は、
私が下準備して冷凍保存しておいた
御飯メニューが大好物で、


そういう月日も,あっという間だったなぁ。
季節の移り変わりはホント早いですね。




大人になって毎年感じることは
"一年の流れの早さが(あっという間に感じること。)"


子どもの頃に感じる"早さ"とはまた違う部分があって、


"その積み重ねも"
時とともに,また景色も流れる時間も変化していくのだろうと、

そう思う時も、
時々ね、
忘れた頃に思い出しては
見つめ考えてみたり、
書いてみる中で思わぬ発見も出来たりと、


書く時間と、
聴く時間と、
読む時間と、


今は色んなヒトトキに触れてみながら
様々なヒトコマに巡り合う中で

今は,そういう途中と歩んでいる道のりです。






いつも通りの日曜日の時間
明日も頑張ります。


少し好きな曲を聴きながら♪
最近聴いてる曲は、
とても懐かしい思い出を思い出しながら
"優しい思い出達の温もりを思い出しながら"
聴いています。




インスタとX両方に今日聴く好きな曲の御紹介を少し書いてお話しと好きな曲の曲名を書かせていただきました。




インスタの方に書く回数が多かった
突然からの始まり
"音楽日記"についての今後なのですが、


またマイペースに
時々ね書けたらなぁと。
今は,そんな風に思いっています。


"ささやかな目標"
目指せ第10回…も終えてしまった

突然始めてみてからの
10回で終了した

音楽日記。


今度の音楽日記の綴り内容の中で
また私の好きな曲を御紹介出来ることが持てたら,またその時までと、




こちらの続きの話も気長にマイペースに
続けられたらなぁと、

書く内容のほとんどは,だいたいが私の好きな曲の御紹介で結びとじ…で終わる投稿内容の音楽日記なんですけどね…。




やはり…イマイチ変化がみられないような…
なにか…何処かを
新たな内容とか展開から結びまでを変化づけた方が良いのだろうか…(!?)




まるで…片想い…(!?)

(えっ!?恋話を例えに"変化から展開…結びまでを想い描いてた話をしていたのが…
今の流れの話しだったの(!?)


(大丈夫!?")

(目を覚まして!)

(美味しい御飯で夢心地なの!?)





とりあえず今は
今のことを!



買い終えてある
亡き両親の大好きだった食べ物
沖縄そばとぜんざいの材料と
他のことを準備したり片付けたり



新しい日々と
新しい年に向けて。



今回の記事は
この辺で。







冬の時期の思い出話し(冬眠中だった夢心地さん─ある"存在に互いに気付かずに"─。)

久しぶりの記事投稿になります。




2025年巳年,師走。

いかがお過ごしでしょうか。


Xの方にはちょこちょことポストしてはいたのですが、(12月17日/12月5日ポスト投稿)


─そこから,しばらく間があき,─



そうこうして、
師走と日々に追われてるうちに


ブログもインスタもXも出来ずじまいが続いてしまいました。





さてさての急な流れの展開なのでございますが、



今回の記事内容は、
"思い出系のお話し"でございます。






(巳年/蛇年)を振り返りながら、
とある頃の私の幼少の時の出来事のお話しの思い出を書きました。


以前から書き溜めてた幾つかの記事の中で
今回お話しさせていただきます記事内容は
"私の古き幼き頃の思い出話し"と、

ホンの少し,また違う内容の"聞かされ記憶にほんのり残っている思い出話し"

私だけが知る"思い出だけを書いた記事内容綴りです。"


─とても他愛ない"思い出話し"─









撮影写真内容
【創作で描いた作品を並べて撮影しました。】




*~~~*~~~*~~~*





◇【今回の記事で話したい内容です。】





◆当時,私が、まだ幼稚園や小学校低学年から高学年くらいまでの"ある思い出話し"



(平成生まれの妹が誕生する前の元号が平成へと変わる前の手前くらいの当時の思い出のお話しで、)




大正生まれの母方の方の祖父母の農作業の手伝いで毎年,田植えから始まり刈り入れからの収穫の作業を行い,サトウキビの農作業の手伝いの時も刈り入れからの収穫と束ねて重ねての作業を行い



祖父に竹とんぼを作ってもらった思い出や
祖母と一緒にカーサームーチーを(月桃の葉に包んだお餅を)蒸して作って,一緒に作りながら年齢の数だけを紐で結び


夏/冬の季節の行事ごとの御馳走作りの下準備の手伝いをしたり,





小学生の頃の親子凧揚げ大会で父がウサギさんの可愛いイラストを描いてくれた凧揚さん

父の仕事の手伝いで小学生の頃は、
よく軽トラの助手席に乗り電気水道工事の真似た手伝いを父の側で見よう見まねで
(私本人は手伝っているつもりでしたが…、)
そんな時もありました。



母が手作りで作ってくれた上履き入れと
水筒入れの手芸のカバンに
当時の母は手芸店に通うのと手芸本や部屋の模様替えの本が大好きで、

,我が家の色々な物語がたくさんあり,そのベースの部分には,母の姿が常にありました。






─いろいろな景色が流れ去っていきました。─






撮影写真内容
【シンメーナービ(シンメイ鍋)/ムーチーガーサー(ムーチー鬼餅)の思い出を思い出出しながら創作風に描きました。】


────────



当時,小学校低学年の頃の私は,
井戸の跡地があった周辺に
小さな菜園を作り

小松菜と人参とキャベツの種を植えて育ててた時に遭遇した



─"まさか!?"─
"あれは!?"


と微笑ましく眺めてしまった思い出話し



──────





撮影写真内容
【思い出に残っている当時の稲刈り時と
田んぼの風景と水田の溜め池を思い出出しながら描きました。創作風に描きました。】




当時,サトウキビの刈り入れ収穫と束ねて重ねての作業中での時の思い出の話しの中に今も時折…"ふと"思い出す出来事のお話し

冬眠中だったハブの存在に気付かずにサトウキビの束を土の中でスヤスヤと冬眠中だったハブの上に重ね続けてたことを後から知り驚いた思い出と




冬眠中だったハブの存在に気が付き青ざめた我が家の面々…。─



(言葉よりも先に"驚き慌て青ざめる")
"とても怖がり屋さんな我が家の面々…。"

─(その一家。)─


その我が家の面々の中でいちばんに驚き慌て青ざめた一人が、

(大正生まれの祖父でした。)



冬眠中のハブの姿から慌て驚き怖がり
─その空気漂う中、─

そんな我が家の家族達の…それぞれの当時の姿。




─────



農作業の手伝いをボヤキ続けていた
当時,小学校低学年から高学年だった頃の私


"どこで曲がってしまっただろうか!?"



そして…その矛先は



─サトウキビを通り越して…,
それは…予期せぬ冬眠中の夢心地さんへと…




温暖な環境の中で真っ直ぐに優しく成長したサトウキビとは真逆の成長をしてしまっていた
幼き当時の私は…


サトウキビの束を積み上げる作業の度に
塩とスパイスのボヤキを呟き



幼い当時の私のサトウキビ畑での
ボヤキの模様を



(冬眠中だったハブは、)


布団代わりの土の中で夢心地に聞いてたかもしれません。

もしかすると!?
青ざめながら土の中で、
ハブは私達家族の存在に慌てふためいて青ざめながら、

"これは冬眠中の夢に違いない…。"
"あぁ~とんだ悪夢を見たもんだ…。"
"もう一度冬眠し直そーっと。"


そう思ったか?どうかは!?
冬眠中だった夢心地のハブさんにしかわからない"夢"だったのかと思いますが…。




互いの存在に気付かずにいた
─冬の時期の"その思い出話し



サトウキビの刈り入れ作業の私と冬眠中の夢心地だったハブがいて驚き慌てふためいた当時の我が家と冬眠中で夢心地だったハブさんとの互いの存在に気が付いた瞬間の両者,青ざめた思い出のお話しを今回の記事に書かせていただきました。


───────


◆その他に,当時の他愛ない思い出と

両親それぞれから聞いた思い出の残っている父方の曾祖母の思い出の中での部分を少しだけなのですが,その聞いたことのある思い出のお話も一緒に書かせていただきました。


その思い出話しの内容の中で
亡き両親との思い出のお話しの1つ
母の旧姓が父の苗字と同姓であったので
母は,父と結婚した後も苗字が変わらなかったことを,ことあるごとに私に話しをこぼしていたという他愛ない思い出のお話し含めて書きました。


─────────


◆父方,母方の大正生まれの祖母二人との
思い出話しと、


当時の,その場面や出来事を通しての祖父との会話の中で今でも忘れられず大事においている"祖父との思い出話しを書きました。"



─ある時、─

こんな場面に遭遇したことがあり、

その思い出を振り返り通しながら
気が付いた事に"気が付けたこと、"

今は,"違う想いで"振り返る時があって

そういう時の中で新たな自分自身の発見に出逢えたような気がした事や、





◯──────────◯




◆【記事内容の要約】



・サトウキビの刈り入れ収穫時だった当時の我が家と冬眠中で夢心地だったハブさんとの互いの存在に気が付いた瞬間の両者青ざめた思い出のお話しです。



・両親それぞれから聞いた思い出のある
思い出の中での曾祖母のお話しと他愛ないその他の思い出話しも含めて書かせていただきました。




・父方,母方の大正生まれの祖母二人との
思い出話しと
大正生まれの祖父と私の会話から思い出して書き綴った内容と、

いろいろな想いも気持ちも
1つ1つがあった当時を、
今は,"違う想いで"振り返る時があると書いての内容を少し書きました。





*~~~*~~~*~~~*











当時、私が幼かった頃の話しの内容になります。



私が、まだ幼稚園や小学校低学年から高学年くらいまでの"ある思い出話し"


(平成生まれの妹が誕生する前の元号が平成へと変わる前の手前くらいの当時の話しになります。)




当時の私は、
母に連れられて
父が仕事休みの日には
私と2つ下の弟と一緒に家族で


サトウキビと田んぼの農家を営んでた
大正生まれの母方の方の祖父母の
農作業の収穫の手伝いに行ってた思い出が
あります。



当時の私は、
その農作業の収穫のたびに
よく駆り出される時期,時期が
とても嫌で、虫が苦手だったことが第一にあったのですが、





当時の田んぼにはアメンボやタニシ
私の苦手なカエル……,等などおりました。





田植えの時期にむけて準備を手伝ったり、
苗植えで植える苗を作る工程順と準備の手伝いから,手植え作業で苗を植える作業も手伝い、


稲刈り収穫時期には
刈った稲の束を結び干して,そこからの工程流れまで祖父母から習いながら作業を続けて手伝っていました。



サトウキビ苗の手植植え作業の季節と時期が来たら,祖父が予め準備していたサトウキビの苗の手植え作業を手伝う中で植え方や
植え終わり後の畑管理の話しや
収穫時期の時にも手伝う中から実際に通しながら祖父から教わり手伝っていました。






当時,昔部落の集落で皆で使用してたという


*(令和の今は,その後の移り変わりが,どう変化しているのか等は知る術はないのですが、)




井戸の跡地には月の行事ごとに
部落の近所の方々がお供え物や感謝の手を合わせて


井戸の跡地の神様へ御礼まいりをしてた姿がありました。




聞かされた思い出話しなので
伝え伝えからの流れの
人から人へと伝えられてきた,ただの昔話しなのかもしれないのですが、


聞かされた話しによりますと、



戦前,さらに昔,
雨が降らない時期があったそうで、
日照りや干ばつから作物が育てきれず
飲み水,生活水,農作業に使用してた水等など
"水不足から、"いろいろな大変な困難な時代や時期があって、



その井戸の跡地の水に部落に住んでた当時の方々は雨がようやく降って水を汲むことが出来た事を感謝して大事に,その井戸を使用してたそうで,その井戸の跡地が当時あって、





小学校低学年の頃の私は,
その井戸の跡地が,とても不思議なカタチに思えて眺めていました。
井戸の跡地周辺に小さな菜園を作り



小松菜と人参とキャベツの種を植えて育ててたのですが、



─"まさか!?"─
"あれは!?"

と微笑ましく眺めてしまった場面に遭遇する出来事がありました。




収穫時期にスズメさんが飛来してきては
美味しそうに小松菜をいただいてた姿を見てしまい…




(スズメさんが,とても可愛くて…♪)
微笑ましく遠く離れた場所から眺めていました



植えた野菜のことは一旦おいといて、
(そーっと。)
そのまま"どうぞ"という想いで
静かにその場を去りました。




夏の季節には蛍が光を放ちながら
少し涼しくなってた夜の景色の中で
ふんわり柔らかく舞うようにとんでた光景や、


花火にビーチパーティーと夏休みの頃は
県外から帰省したいとこや
だいたい…同じ感じの親戚集まりの光景があって、



夏休みを利用して

蚊帳をテントを張るように張って
夜風に吹かれながら休み


祖父に竹とんぼを作ってもらった思い出や
祖母と一緒に(月桃の葉に包んだお餅を)蒸して作って,一緒に作りながら年齢の数だけを紐で結びそれを吊るして飾ってた思い出と(一年元気に過ごせますようにと飾った後に"ムーチーをいただきました。")




夏/冬の季節の行事ごとの御馳走作りの下準備の手伝いをしたり




小学生の頃の親子凧揚げ大会で父がウサギさんの可愛いイラストを描いてくれた凧揚さん
骨組みが多く空を飛ばずに地面へと…。
凧揚さんの骨組みから1本棒を抜いて再度挑戦したら空を飛び舞い上がっていきました。
当時,小学生だった私よりも
父がいちばん喜んでいました。


父の仕事の手伝いで小学生の頃は、
よく軽トラの助手席に乗り電気水道工事の真似た手伝いを父の側で見よう見まねで
(私本人は手伝っているつもりでしたが…、)
そんな時もありました。





母が手作りで作ってくれた上履き入れと
水筒入れの手芸のカバンに
当時の母は手芸店に通うのと手芸本や部屋の模様替えの本が大好きで、

手芸店で購入した子供用の洋服の型紙に購入した生地をのせて裁断して仮縫いの後
家のミシンでカタカタと私のワンピースを手作りしてくれたり,編み物でベストを編んでくれたり,
あとはソファーに合うパッチワークを作って飾り使用としても良いようにと設計して作ってくれていました。


絵を描くのが上手くて風景画を時々描いていたり
紙粘土の作品を御近所の仲間と楽しんで作っていた姿がありました。


料理は喫茶店で働いてた時に覚えてた料理が食卓に並んだ日もあれば
500円で収まるように家計の出費を工夫していた姿と,どうにか遣り繰りして,我が家の色々な物語がたくさんあり,そのベースの部分には,母の姿が常にありました。





─いろいろな景色が流れ去っていきました。─





当時、母に連れられて
父が仕事休みの日には
私と2つ下の弟と一緒に家族で
手伝いに行ってた母方の祖父母の農作業の手伝い(田んぼとサトウキビの時期の手伝い)



─毎年,変わらぬ光景に、─

当時,小学生の年齢だった私は
常々,疑問に感じ思っていたことがありました。



それは、
"こういう小さな素朴な疑問でした。"





母は七人兄妹の末っ子という立場で、

(父は男の子兄弟ばかりの三番目でした。)



当時の私は、
どうして?母は兄姉が七人もいる立場なのに、



そして、
どうして?私の周りには他にも親戚やイトコが周りにいる環境にあるはずなのに、


いつも農作業の収穫のたびに駆り出されるのは、



私達の家族だけなのだろうか?




幼き当時の私は疑問が晴れぬまま、

そんな風だった私の周りの親戚繋がり大人社会のしがらみを

"ボヤキつつく事でしか抗いきれず反発しては,"
よく大正生まれの祖父に厳しく叱られていました。





─("後々に続く下記の記事綴りにも書いていますが、"
大正生まれの祖父とは,よくぶつかり合っていました。)─






その度に父は走って駆けつけては、
私と大正生まれの祖父の争いの場をおさめてくれていました。




当時の私は父に悲しい想いや窮屈に感じさせてしまうようなことをしてはいけないと察して、




また、
しぶしぶと、
目の前の農作業の収穫の手伝いをこなしていました。




サトウキビの収穫の冬の季節、



サトウキビの束を集めて箇所,箇所に置き、


皆で、お昼御飯を食べ終わり片付けながら、

また直ぐに収穫の作業を開始する準備をしてたそんな最中のことでした。



サトウキビの刈り入れ収穫作業を開始してた当時の我が家は、





─ある"存在に気付かずに"─
束ねたサトウキビを重ねての作業を繰り返していました。"





きっと…夢心地だったはずの冬眠中さんの??も



─私達家族の存在など気付かずに,─
スヤスヤと心地よく土の中で冬眠中をしてたことでしょう…。




作業の開始から数時間が経過した頃、



"その時…。"


─ここでようやく冬眠中だったハブの存在に気が付き青ざめた我が家の面々…。─



(言葉よりも先に"驚き慌て青ざめる")
"とても怖がり屋さんな我が家の面々…。"

─(その一家。)─




その我が家の面々の中でいちばんに驚き慌て青ざめた一人が、

(大正生まれの祖父でした。)




サトウキビの束を持ち抱えてた
私に向かい、
大正生まれの祖父が慌てた様子で、私をサトウキビの畑の外に出して
静かに,こう話しました。




「"サトウキビの箇所の場所の下に冬眠中のハブがいるから、近づかないで離れなさい。"」





そこからは、
もうテンヤワンヤで、






カエルも蛇も苦手な私は,驚きのあまり腰を抜かして地面へと立ち竦んでしまい、
その私の後ろに隠れるように私を盾にして
私の背中に顔を埋めて怖々と斜め横から顔を出してた…幼き当時の弟。



そんな弟の姿をみながら当時の私は…
私を盾に逃げるように隠れんぼするって…。
"マジか!?"
守られたいのか!?
"マジか!?"



冬眠中のハブの姿から慌て驚き怖がり

─その空気漂う中、─




そんな我が家の家族達の…それぞれの当時のの姿。






大正生まれの祖父は、
父に向かって慌てながらジェスチャーで
"家族みんなを車に乗せて逃げなさい。"
と、伝えて、




父は、
さらに冷静に、


慌てふためく大正生まれの祖父に、
こう話しかけていました。



「行政のハブ対策担当課に連絡してるから
もう到着するから、
みんな一緒に早く車に乗って。」

と、

とても冷静に大正生まれの祖父に対応して


冬眠中のハブの件で、
冷静に対処しながら
行政のハブ対策担当課の到着を待っていた姿の父がいました。



冬眠中だったハブは、
行政のハブ対策担当課の方が捕獲してくださったと、

あとから,父に話しを聞きました。





そうとも知らなかった
私は,黙々と、




サトウキビの束を抱き抱え
時にはサトウキビを引っ張って
畑の中の道を往復して、


その土の中でスヤスヤ夢心地中の
冬眠中だったハブの土の上に、

サトウキビの束を思いっきり置いて
束を積み重ね繰り返しながら、


(冬眠中だったハブが眠ってるとも知らずに)



思いっきり声に出しながらボヤイてしまったのです。



"どこで曲がってしまっただろうか!?"


そして…その矛先は

─サトウキビを通り越して…,
それは…予期せぬ冬眠中の夢心地さんへと…




─冬眠中だった夢心地のハブも私の存在すらも気付かずボヤキすらも聞こえていなかったことでしょう。─





温暖な環境の中で真っ直ぐに優しく成長したサトウキビとは真逆の成長をしてしまっていた
幼き当時の私は…




サトウキビの束を積み上げる作業の度に
塩とスパイスのボヤキを呟き


温暖な環境育ちな甘いサトウキビの束を積み重ねながら
塩対応スパイス接戦を繰り広げてた幼き当時の私の姿がありました。



幼き当時の私は、
常に周りの大人や
周りの人の顔色ばかりうかがい
(特に母や母方の祖父母への対応に、)
子供らしい対応も場面も数少なかったという記憶に残っていて、



サトウキビの温暖な環境とは真逆だった
環境で育ってきた幼き当時の私の,
その当時の姿が確かに記憶の歯車の中で
1つの景色として私の成長過程の中の道のりに過ぎて去った時間と時間の流れの間の中で流れ刻まれていました。




幼い当時の私のサトウキビ畑での
ボヤキの模様を



(冬眠中だったハブは、)

布団代わりの土の中で夢心地に聞いてたかもしれません。



もしかすると!?
青ざめながら土の中で、
ハブは私達家族の存在に慌てふためいて青ざめながら、




"これは冬眠中の夢に違いない…。"
"あぁ~とんだ悪夢を見たもんだ…。"
"もう一度冬眠し直そーっと。"


そう思ったか?どうかは!?
冬眠中だった夢心地のハブさんにしかわからない"夢"だったのかと思いますが…。



互いの存在に気付かずにいた
─冬の時期の"その思い出話しでございました。"─



ここまでの内容のお話しは、
サトウキビと私と冬眠中だったハブとの
そういう思い出話しの当時のヒトコマでした。




*~~~*~~*~~~*~~*








撮影写真内容
【折り紙作品を"褪せずここに。"という
愛を込めた想い重なる瞬間を撮影しました。】







ここからの
他の他愛ない思い出の話しは、

その祖母の母にあたる曾祖母のお話しです。




父方の祖母の母にあたる曾祖母のお話しですが、


眼鏡をかけて座布団の上で座りながら
ニコニコ笑顔で手招きをしては
楽しそうに話しを聞かせてくれた曾祖母だったと

父から聞いた思い出があります。




曾祖母の当時の年齢は大きな年齢で
眼鏡をかけていたので、





親戚や家族みんなからは、


ガンチョの(眼鏡をかけた)
マギーおばぁー。
(年齢が上の,年齢数の大きなオバアチャン)

と呼ばれてたそうです。



認知症の症状が進み
訪れる来客の方々の御名前を間違えて呼んでいたりしていたというお話しの思い出を父から聞いた部分だけの思い出話しではあるのですが、
当時聞いてから時が経ちホンの少しだけの思い出の部分と当時の時の場面だけが,今は,うっすらとしか残ってるのみで、





─いろいろな思い出話しを掘り起こし記憶を辿って思い出した話しの中に、─






父から聞いた思い出に残っている曾祖母の思い出話は幾つかあるのですが、



その1つは、
認知症の症状もあっての中で同じ会話を繰り返して同じ動作を行って
座布団の下にあったヘソクリを取り出して


「"これで学校の勉強頑張るんだよ。"」と、
そのヘソクリを手渡そうとしてたという話しや、


行事の時に御挨拶に来てくださってた来客の方も症状の理由を知っていたので、

曾祖母へ御礼の挨拶だけをして
来客の方は帰っていったそうです。



───────


父と母が結婚を機に神奈川から帰ってきた際の同時に、

結納を挙げて、

その当時,私が母のお腹の中にいて
身重だった母の心配をしたり、

父と一緒になってくれた事や
結婚をしてくれて嬉しいと、

当時,20歳だった母の両手を握って何度も繰り返しながら御礼の挨拶と門を潜る時に
母の手を繋いで家の中まで案内して迎え入れてくれたそうです。

真っ先に座布団を準備して
母を先に座らせて休ませてくれたと
当時,その思い出話しを聞かせてくれた母が,とても嬉しそうに懐かしみながら,その思い出のお話しを聞かせてくれました。




曾祖母が
当時の母へと話した会話の中には、



こんな風だったと
父からも母からも
それぞれの思い出の中からの

その当時の
曾祖母との思い出話しを聞いた覚えが残っています。







─その話しは
こんな風でした。─






"これで生まれてくる赤ちゃんの為に
アナタの為に御飯食べて栄誉つけて、
ゆっくり身体休めてね、"


"無理はしないでよ、
早くなれなくちゃとか、
頑張ろうって思って頑張り過ぎたらダメだよ、"


"自分自身の事と、
お腹の赤ちゃんの事だけ優先に考えて
ゆっくり休んでね、"

"お腹の赤ちゃんの為にも、
自分自身の為にも
今はね身体が大事な時なんだからね、"


「今日から我が家の
家族の一員なんだから
家族なんだから遠慮しないで沢山甘えて、」


「本当に,めでたいね嬉しい日だね
生きてる間に孫の結婚も見られて
素敵なお嫁さんに出逢えて幸せさぁー、」



曾祖母の優しい温かい気持ちや言葉に
安心して涙がでて
当時,緊張してた20歳だった年齢の若かりし頃の母は
嬉しくてホッとして泣いてしまったしたそうです。



私は、その曾祖母の話しを
父から聞いた思い出の話し伝えや
母からの話しからしか聞いたことがなくて




私が誕生する数ヶ月前に、
天寿を全うしたそうなので、
もちろん直接には会った事は無いのですが




両親の結納の思い出写真に一緒に写っている曾祖母のニコニコ笑顔の表情を見る度に


"きっと…,"と、
その時ごとに"想う気持ちは様々あって、"


想いがいろいろに季節や月日の流れと共に
"今までの私から、"


"今の私の変化の部分とともに感じかたも変わり、"




─そう…いろいろな変化と共にあるのが、─



"今の私で、"

─もしもね、─

と思うことも時々"ふと"した時に

その
─"もしもね、"─
という"言葉や想いが浮かんできたり、"






─もしもね、─

"ガンチョのマギーおばぁー、"
(眼鏡をかけた年齢の大きなおばあちゃん。)

"もしも今の世で出逢えてたら,どんな話しを聞かせてくれてたかな?"


"どんな会話のヒトトキが、"
そう思うこともあります。





私も,もう両親や親戚を見送る年齢をむかえてね、

きっとガンチョのマギーおばぁーから
今の年齢の私を見たらヒヨッコみたいに見えて映るのかもしれないのだけれど、

今は,私自身も見送る年齢をむかえて
いろいろな月日と季節の歩みとの流れから
思い出す景色や懐かしく思う時もあって

"寂しくなんかないよ。"といえば本音は違うのだけれど、



でも、
それでも頑張らないといけないからさ、




きっと,皆だって,それぞれの時間や道の中で
そうやって乗り越えてきながら頑張ってきたと思っているし、

言えない辛さや寂しさや苦労もしてきながら歩みを続けて頑張ってきたと思っているから、

今,目の前に
"両親も、両親の両方の祖父母も
他界して,もう居ないのだけれど、"



様々な日々や月日を一緒に過ごせられてきた思い出が私の心の中にちゃんと残っているから、




そういう風に吹かれて歩いている
そういう今の私の姿を、
ガンチョのマギーおばぁーは、
"どんな風に見守ってくれて見ててくれてるのかな?"



"私は、私の今と明日と未来を幸せに生きれるように頑張るね。"


"ガンチョのマギーおばぁー、
思い出のお話しでしか聞いたことはないのだけれど、
それでも不思議となんだか逢えていたような懐かしい風の香りを時々ね感じる事があるよ。


そういう風な温かい想いを
どうもありがとう。"




*~~~*~~~~*~~~*









撮影写真内容
【折り紙作品素敵に変身を"合言葉に。"
カッコ良く並べて撮影しました。】








以前に書いた記事内容と似た部分の
思い出のお話しになりますが、



【少しだけ関連なリンク記事】です。
↓

好きな音楽曲と過去の作品を懐かしむ話し,思い出の話し少し(という記事内容綴り)


新しい年も宜しくお願いします。






父方の方の大正生まれの祖父は
公民館の区長さんをしてたと
父から聞いた思い出があります。

父方の大正生まれの祖母は

その祖父が他界した後は
祖母は仕事に家事に子育てに追われ
ひとりで育て上げたと聞いた話しも思い出に残っています。


父達6人兄弟が成人して,それぞれ巣立ち家を出ていた後

祖母は長年勤めてた仕事を定年退職し

今度はカラオケという新たな趣味と
グランドゴルフという新たな活動場所を見付けて,とても楽しんで過ごしていました。

そんな姿の当時の祖母との思い出の1つに

カラオケで対戦した思い出もあったり、
グランドゴルフの技術を披露して
小さな子供のようにハシャイデいた
そういう祖母の事が懐かしく思い出されます。


よく仲間と一緒に老人会の旅行へと参加して,ホント,小さな子供のように
楽しそうな様子でハシャイデいました。



"家や家族のことを第一に
自分の事は後に回する。"

という生き方や考え方だった
母方の大正生まれの祖母との違いも色々ありますが、


父方の大正生まれの祖母は、
(大正生まれでしたが何処か考え方や生き方が現代風な,そういう祖母でした。)

家庭の中で収まらず外で賑やかに過ごす事が大好きで家族に振り回されることに嫌気をさしてた姿や縛られることが苦手だった,そんな風な姿が残っている
父方の大正生まれの祖母の思い出のお話しでした。





母方の大正生まれの祖父母は、
田んぼとサトウキビ農家を営んでいました。

大正生まれ祖父は、
当時の時代の家庭環境からの色々な事が重なり、

"家や家族を守る為"という周りの勝手な都合から、

14歳という年齢になるまで奉公先に出されてた境遇だったそうです。

その奉公勤めも終え
学問も身につけられるような境遇ではなかたったことからの、

─大正生まれの祖父の生き抜く為の─
"その始まりの1つ目が、"



土を耕して作物を植え育て収穫して
それを仕事として生活費として生み出していく、


それと同時平行に兼業農家として、
農家以外の仕事も必死に頑張り続けながら、


生前の祖父は
自分自身に学問が無い事を負い目に感じてるような,そんな風な姿もありました。


─ある時、─

こんな場面に遭遇したことがあり、

その場面や出来事を通しての祖父との会話の思い出は、

今でも忘れられず大事においている"祖父との思い出があります。"





"先ほど書いた話しが
今から少しお話しさせていただく内容と少し絡みますが、"





14歳という年齢になるまで奉公先に出されてた大正生まれの祖父は、(母方の祖父は,)



計算は得意で数字には強かった方だったのですが、

小学校,中学校を通えるような環境を歩むことが出来ず,
14歳という年齢になるまで奉公先に出され
その奉公先での勤めから,ようやく解放された年齢が15歳の年齢だったそうです。


読み書きが出来ず、
祖父は,そのことを恥じて自分自身に対して負い目を持っていました。

時代の背景もあるのでしょうが、


いちばんの大きな部分は、
家庭環境と親子環境の根本的な部分が

祖父の根っこの部分に"負い目"というカタチとして蓄積し続け,それは晩年期まで残り続けていました。


祖父は,祖父なりに農業という仕事で家族を守っていく術が思い付かなかったのかも知れません、


農仕事の時期がある程度落ち着いた時の、
私が今でも忘れられず大事においている
その場面に遭遇したのは、




私が小学校の高学年の頃の事でした。


祖父は新聞の記事の写真をみるのが日課でした、
もう1つにはテレビのニュースにラジオのニュース、
故郷の民話の本の絵をみるのも日課で、

テレビから放送される相撲の場面や
テレビから放送される国会中継の模様を

大好きな黒糖とお茶と一緒に
祖母と二人で,それぞれお気に入りだった
椅子に腰掛けながら視てた姿もありましたし、


とても熱心だった姿の祖父の姿が日々の日課の流れを通して常に,そこにはありました。



読み書きが出来ず文字や言葉、
文章の内容の意味が分からないのを知られたくなかった祖父の姿を知ってはいたものの、



祖父自身から,その話しに触れるまでは
あえて私達家族からは触れことは一切せずに静かに時が来るのを待っていました。


当時,小学校高学年の頃だった私は、
その祖父の姿から、
なんとなく"いろいろな祖父の生い立ちや,その後の事情等などを薄々とですが、"
感じ気づきはじめてきた時期でもありました、




当時,小学生だった私が学校からの宿題の調べものをしながら
提出するレポートをまとめて書いてた時のことです。



クラスでの研究発表会で話す予定をしていた社会科の自由課題で選択してた
"ストリートチルドレン問題と子供を取り巻く環境"についての
宿題に取り掛かって夢中に調べ学習やレポートの書きまとめをしてた私の方に向かって、




祖父は,夕刊の新聞記事の方を指して、
"「ここの新聞記事の写真と一緒に書かれてある,この文章は何と書いてある?
どういう意味の文章で何を伝えているのか教えてくれないか?」"




祖父は,さらに知りたい文章の内容を疑問として私の方に向かい小声で問い続け話しながら今まであった根っこの部分の負い目が解きほぐれた表情と,今まで隠してたつもりの,祖父がずっと抱えてきた部分の,その恥を捨てた様子で静かに問いを投げて聞いてたずねてきました。


当時の私は、
新聞の記事内容を読みながら
分からない漢字や意味などは辞書で調べて
拙いながらではあったのですが

祖父に新聞記事の内容と,その写真の内容を話し伝えました。





─その日を境に、─




私が学校休日の日や
夕方,宿題に取り掛かって学習してた時間帯の頃に、


祖父は,新聞の朝刊と夕刊、
さらに民話の本等などの書物の文章の内容を,まとめて持ってきては問いたずねてきました。


当時,私が使用してた辞書の使い方や
五十音から始まり,言葉と文字と文章と
ひらがなやカタカナに漢字の練習を始めながら、


少し照れくさそうに
でも,とても嬉しそうな様子で
祖父の名前を書く練習を頑張って続けてました。




少しずつが分かり始めてきた祖父は、

今度は祖母へ"お手紙を書いて伝えたい。"と
私に相談をして,その気持ちを話してくれました。



"ひらがな"で、
祖父なりに書いた一生懸命な想いが
祖母への"お手紙の中に溢れていました。"


その"お手紙"をはじめて受けとり読んでいた祖母の表情も,とても幸せそうな優しい表情で溢れていました。




祖父とは気持ちの部分や考え方の違いで
ぶつかる事もありましたが、

(男の子/女の子と分ける古い考え方や学問を身につける優先順位が男の子が先であるべき。という時代から離れた考え方が強く残っていた祖父と,よくぶつかっていました。)




それでも、
ぶつかってばかりであっても


祖父の歩んで生きてきた道のりを想い
考え寄せてみると

それは、
それで、
家族として理解を寄せながら


祖父との思い出は
だいたいが,
スレ違いと,ぶつかってばかりでしたが,



─それでも私の家族で祖父で、─




間違いも正しいも正解も答えも
決して横から口を挟んで教えるような祖父ではなくて、


─口に出して話す前に、─
"静かに見守っててくれてた祖父でした、"



その"静けさの中からの教えの大きさに"
気が付いたのは,祖父が他界してから

1つ1つの思い出を振り返る中で
あらためて自分自身の中で
"気が付いた事"に気が付けた頃で、


─解けるまでの道のりと過程を通して
"余計な云々な気持ちに少し,とらわれ過ぎてた部分が柔らかく解け始めた頃で、"
長い時間がかかってしまってた
"解け始めの瞬間とともに、"
ようやく辿り着けたような気がした

そんなことを優しく想い感じる時もありました。─




祖父とは、

時代背景も
生き抜いてきた日々も
生まれ育った環境も

その後の人生の道のりも

祖父と私、
互いに違う人格で
互いに違うのは当然なことなのですが


祖父の孫として誕生して
成長していく過程の中で
"ぶつかっても"
"ぶつかり合えた部分が出来たのは、"

真っ正面から受けとめてくれた存在だった
祖父しか後にも先にも今は浮かばずで,
それは,祖父だったからこそという部分で
受けとめてもらえてた"部分だったと思っています。"



大正生まれの祖父と私の
いろいろな場面や出来事を通しての
遭遇した時の会話からの
─そんな懐かしい思い出話しでした。─




母方の大正生まれの祖父母は
戦前,戦中,戦後と
互いに力を合わせて二人足並みをそろえ
そうやって生き抜いてきた祖父母で、

母方の亡き祖父母が話してくれた
戦中の当時の時代のことを語ってくれた
その思い出のお話しは割愛させていただきますが、

(私の思い出話しの1つの中で留めておきます。)


平和あっての
"人の人生なんだなぁと、"

平和あっての
"一人一人の人生があって、"

平和あっての
"一人一人の日々があって、"

平和あっての
"人と人が居て、"


平和あっての
"季節や月日が時代とともに流れ
途切れることなく移ろい変わり、"



その,いつもの景色も日々も
─決してなくさないように。─


平和が途切れることのないように
"いつもの、"そういう日々を大切に積み重ねる,
"いつもの、"という日々からの贈りものを
大事に過ごしながら生きる、

そういう部分も1つの"平和を繋げられる導べになるのかなぁと、"

この時代と日々を生きてる私は,そう思い,そう感じています。




─話し途中で脱線してしまいましたが、─





(先ほどの途中からの続きを、)

母方の大正生まれの祖母は、
どちらかというと、

家庭や家族を常に優先するタイプで
台所と家と家族を守る事が役目だと
そう信じて疑わなかった母方の祖母の姿がありました。



そういう考え方と生き方を生涯全うしてた母方の大正生まれの祖母の姿が今も変わらず私の記憶の中に"思い出"が鮮明に残っています。





ここまでは、
─父方,母方の大正生まれの祖母二人との
思い出話しを書いてきました。─



書きながら"ふと思うことは、"
変わらずあります。


その1つに思うことは、


時折忘れた頃に客観的にみてみるヒトトキとして映る、

─私自身のことです。─


そう、
私は…、
未だ結婚もしていないので、
そういう風な場面や
結婚がどうのとか、
家族がどうのとか、
旦那さんがどうのとか、

ピンとイメージ出来ない今の私が居るには,いるのですが、
それが素直な今の私のイメージでして、




ただ、
両方の祖母の考え方や生き方は

家族として孫として同じ女性として
そういう考え方や生き方もあるんだと

そういう,それぞれの違いや違う生き方の中で、

色々や様々な場面を乗り越えながら生きてきて

祖母二人の,それぞれの幸せがあって
幸せに過ごして生きてこられたのなら
それだけで宝物じゃないのかな。


"二人とも,それぞれの生き方の中で幸せだったよね?"


そんな風な問い掛けとともに

私は私の幸せを過ごしながら
祖母二人との懐かしい思い出を
優しく温かく心に留めています。







亡き両親との思い出のお話しの1つには


母の旧姓が父の苗字と同姓であったので
母は,父と結婚した後も苗字が変わらなかったことを,

"まさか!?同姓だったなんて…、"と、
よく不満げに云々と話していました。


聞かされてた当時の私は
ウンザリとしながら聞き流していたのですが、



今更ながら"気が付くことは遅いのかも知れないことではあるのですが、"


亡き母に対して
こんな風に優しく話せてたらなぁと、

"時折,思い出す節に思うこと、"


「"結婚相手が,まさかの!?同姓だなんて!"
"すごい運命だよね!"」

「母さんが居てくれたから今の私がここに居るんだよ。"生んでくれてありがとう。"
その想いに出逢わせてくれて"ありがとう"」


「母さんが笑ってくれて幸せでいてくれてたら,それで良いよ。」


「だからね,母さん,そんな風に思わないでよ。母さんは幸せだと思ったことはないの!?幸せだなぁと感じたことはないの!?」


「私は父さんと母さんの子供として誕生して生まれてきて,とても幸せだよ。」



と、母に対して優しく話してあげられなかったんだろうと、



そんな風な"今更ながら思うことに、"

(少し切なく思ったりすることもありますが、)


亡き両親が離婚する際に
私達三人きょうだい(弟,妹)を
母の親権で引き取られることになり

また,母方の祖父母や母のきょうだい親戚と
口をそろえて、

当時,高校入学したばかりの私に向かって

"弟や妹を面倒みながら母の事も支えて
親孝行することが役目だと,"豪語して言われ、


─当時の私は,─
"父の方についていく,"という気持ちが,どちらかといえば,その気持ちが強くあったのですが、


母の申し出で親権が決まり
私達きょうだい三人、
母と共に
その当時,家族で住んでた家を出て

それまで住み慣れた場所から離れ
全く違う新たな場所で生活がスタートして


─その間に,─

(いろいろな場面や出来事が過ぎ去っていきました。)


住み慣れた場所や家を出ていく際の
父への母の捨て台詞も、


小さく感じた父の後ろ姿を最後に見たのも



支度をしながら、
当時の私の想いの中で、
周りの大人に対する様々な葛藤や矛盾に対する思いが若気のいたりでありました、


"(どうにもならない事もある。)"
そういう1つを知ったような気がした瞬間でもあったような、

─思い出にあるのは,その部分と、─


あと記憶にあるのは、
その当時は慌ただしく出ていった事しか記憶には残っておらず、


それから数年経過した頃、

父と再会する出来事があり、
ただ当時の父は療養中の身であったので
経過していく時間の流れの中で
私自身気持ちの整理や覚悟をしながらの
時を経ての父との最後の時間でした。


母は,母で心不全の治療と療養で長年、
その繰り返しの月日と時間を過ごしてきての日々で、

父との再会のことは母は知らない方が良いと判断して,母には言わぬまま、
また,父にも母の事は言わぬまま、

"私の思いの中に留めていました。"


それから後、

両親との"それぞれとの時間を過ごしていった中で、"


母との別れが訪れ、
その数年後に、
父との別れが訪れました。


両親が,それぞれの年に他界した後

その時だけは悲しみのあまり
自分自身を見失いかけた時期もありましたし、

気持ちの整理をつけてたつもりの私だったのですが、


─いざ,その日々と瞬間が訪れた時、─


気持ちの整理の部分、
それが出来ずにいた私と、


いろいろな想いも気持ちも
1つ1つがあった当時を、


そういう思い出に対して
今は,"違う想いで"振り返る時があります。





過ごしていく日々とともに徐々になのですが、


新たな自分自身の発見を感じる事がありました、


それは、
例えばなのですが、


こんな風な新たな自分自身との発見と出逢いでした、



"想いを思う"の部分に変わりはないのですが

"何処かしらの部分で、"

当時の私と違う1つがあるとすれば、


"感情を頭で切り替えるようになった、"


自分自身の気持ちの揺れであったり
自分自身の心の部分と感情であったり


"それらをバランスよく切り替える
丁寧に優しくコントロールしていく"



─(自分自身の保ち方や対処の引き出し)─

という部分が1つだけ増えたような気がします。



心や気持ちの部分を情に流され過ぎずに
頭で切り替える,その中にある心や気持ちを知る。


頭だけに頼り過ぎずに
その中にある自分自身の本音を素直な想いと気持ちの部分を怖がらずに素直に受け入れ受けとめる切り替える。



"(そんなこと)"かと受けとめられるかもしれませんが、


当時の頃と比べると少し変化が垣間みえたのを素直に感じましたし、
今の私から発見出来た新たな自分自身との出逢いから発見出来た新たな部分のお話しは以上となります。



母方の祖父母も
亡き母も
平成の後半の中で


今の新しい時代の
"令和の時代を知らないまま"


それぞれの年に旅立ったので、

新しい時代の
"令和の景色や流れに触れてたら"
世の早さの移り変わりを日々の中で目の当たりにしていたら、

きっと…とても驚いてたと思います。



妹が誕生した平成の時代の時でさえ
世の中の環境や背景の変化と移り変わりの早さに驚いていたことがあったので、



特に驚いてたのは大正時代に生まれた
母方の祖父母だったのですが、


いろいろな変化とともに
今の時代も見せられていたらなぁと、
ホンの少し切なに想う事も、
時折だけね、
ふと思うことがありますが、





今の泣き言のような内容の話しを亡き母方の祖父に話したら,



"きっと…,"

また互いに"ぶつかってしまうかと思いますが、"


とても頑固で古風に加えての古風だった
祖父でしたので、


きっと…今頃…

空の上か
はたまた意外にも側にいたりして…(冷汗)
とても怒ったような…言いたげな頑固な顔で


(怖がり屋な私は…知らなかった見なかった事にして"退散するのみ。")

(怒りの雷があらわれる前に…
それっ!逃げるが勝ち!
反省は…もはや遠くにあり。)





と,まぁ…,
その想像は今は留めておいて






─2025年12月師走、─


新たな年も目の前、

体調に気をつけながら、
明日もまた頑張ります!
大好きな音楽の曲と一緒に。





記事を読んでいただきまして
どうもありがとうございました。


今回は
この辺で。







◯─────◯──────◯




*関連なリンク記事ではないのですが
置いておきますね。
↓


創作イラストの着まわしコーディネート。(春の大合唱編♪)


久しぶりに書きました。


思い出の話し集(チョイス編ファソラ♪)




12月もどうぞよろしくお願いします。(時々忘れた頃のお手紙風。)











初冬の候
いかお過ごしでしょうか。
お元気にお過ごしでしょうか。

朝晩の冷え込みが増し
冬の訪れを感じる季節となりました。
寒さもひとしお厳しくなってまいります。

年末へむけお忙しい日々かと存じますが
どうぞお身体を大切にご自愛ください。
どうぞ心温まる良い年末年始をお過ごしください。
2025年12月が素敵な季節となりますように



*──*───*───*───*



朝晩は冷え込み日々違う気温差も感じながらの12月の季節の始まりを過ごしています。


体調に気をつけながら、
風邪に気をつけて良い日々と季節をお過ごしください
明日も素敵な優しい良い1日を。


12月の季節も
どうぞ宜しくお願いします。










*~~*~~~*~~~*~~*






今回のブログ内容は

【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】です。

"12月さんへ"と題しての
お手紙風な"お手紙内容を書きました。"






◆─今回の【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】に込めた想いを少し書いてお話しさせていただきました。




◆その他の内容もあわせて書きました。






◆後半からの内容は、
第10回目音楽日記"さりげない目標を達成出来ていた"というお話しと、

"第11回目…どーすんの!?"云々を書いての
以上の記事内容で結びました。



どうぞよろしくお願いします。





*~~*~~*~~~*~~*




前回の【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】の記事には

"久しぶりの登場として、"

我が家のセキセイインコ君を創作イラストのモデルとして描いて撮影仕上げの投稿をさせていただいたのですが、

("前回の記事内容で書いてお話しさせていただいた通り,前回だけの再登場として、")

("我が家のセキセイインコ"ウーロン君を創作イラストモデルに描いて再登場させていただきました。")



"我が家のセキセイインコの名前はウーロン君という名で呼んでいました。"



─そして今回の、─


【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】は、


前回の記事内での創作のお話し内容に書かせていただきました、
創作イラストモデルの我が家のセキセイインコ君
"ウーロン君との「"今回だけの再登場ですよ。"」の約束を守り、"
↓
11月ですね。どうぞよろしくお願いします。(時々忘れた頃のお手紙風。)



今回は違う想いをのせながら
【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】を書かせていただきました。



─2025年12月さんへの想いの中に、─

2025年という季節や日々を振り返りつつ、






─読んでいただいた方へ,─
"どうもありがとうございます。"の想いをのせて、


今回の
【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】を書かせていただきました。







【前回再登場した、
我が家のセキセイインコ君ウーロン君の
再登場なのですが、】

またどこかの記事で創作イラストモデルとして描ければなぁと、
今は,それだけを思っています。


さらになのですが、
【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】に、

(何回か登場してもらった創作イラストの
アニマルさん達の再登場も、)

今は,ウーロン君の再登場と同様に、
またどこかの記事で"それぞれの輝きを活かせた書き方と描き方の工夫を少し加えて創作出来ればなぁと思っています。"


【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】や、
他の内容の記事内で再登場させられたらなぁと、
コチラの方も今はそれだけを思っています。





(以上でここまでの内容は、)




─"ありがとう"の想いをのせて。─
2025年12月さんへの
【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】のお話しでした。







それから、
少しお話しの内容が変わりますが、

前回の記事でお話をさせていただいた時からの
その後の気管支喘息の治療の経過なのですが、


【関連リンク記事】です。

↓

8月31日の先日の記事の続きを書いた内容です。


最近の記事内容にそりながらの綴りです。


久しぶりの記事の綴りになります。




─先月,無事に定期通院治療から切りかわり
一旦は定期通院終了をし,今後は定期通院必要無しでの経過観察の流れへとなりました。─




そういう旨の説明とお医者さんからの今後に関しては定期通院は必要ないとの御判断をいただけました。



御心配をおかけしましたことと、
無事に定期通院を終え治療の方も経過観察に変わり回復まで出来たことを今回の記事で改めてご報告をさせていただいた次第でございます。




今後も気をつけながら、
無理だけはしないようにと自身の体調の変化の声に素直に耳を傾けながら回復維持の状態を続けて頑張ってまいりたいと思っております。



先ずは回復出来たことと,1つホッと出来たことに心から感謝しております。


その流れが良い方へと変わり
今はホッと安心出来ていて,そういったところです。




受診の最後に
車の運転免許の更新手続きの際の手続き内容に関して気になってた点を1つ確認出来ていて解決出来たので、

そのことも解決出来た点も含めて
"ホッとして安心しました。"
確認しておきたかった事を最後に確認して聞けて良かったです。





違う日々といろいろな流れとともに
1つずつ,今はそういったところです。



─少し長々に書き綴ってしまいましたね、─





さて、

*【ここから下記は、
第10回目音楽日記"さりげない目標を達成出来ていた"というお話しを書いた内容から結びまでの流れになります。】







◆【前置き】
ブログの方でも書ける時に書いたりしてますが
最近はインスタの方での【音楽日記】投稿が少し多くなってきました。



◆【インスタの方でも少し試しながら書いてみている

音楽日記について。(今のところの説明と内容の御紹介。)】を書いて少しお話しをさせていただきますね。




・【コチラの記事リンク下記あたりに書いています。】
↓

*(記事ごとに違いはありますが、内容じたいは,同じ想いで書いています。)

【関連リンク記事です。】
↓
10月の季節ですね。どうぞよろしくお願いします。

11月ですね。どうぞよろしくお願いします。(時々忘れた頃のお手紙風。)



久しぶりの記事の綴りになります。



9月の季節ですね。どうぞよろしくお願いします。




ここ最近はブログの方よりも書いている投稿数が少し多くなりつつの試しながら書いている音楽日記、



好きな曲を聴きながら
2025年7月くらいから突如始めてみました、



【音楽日記♪】なのですが
書ける時にの気持ちで

単純な始まりの動機からと、
のんびりとスタートしてみました。


のんびりと。
ゆっくりと。
マイペースに。



ゆるーく。




("目指せ10回!"を合言葉に、
"10回目を達成出来たら!"
さりげなく目標にしてみながら☆)





"さりげない目指せ10回"を合言葉にしていた目標も,気がつけば,あっという間の10回目となっていました。


("さりげない目標の達成☆")


"そう…私は自ら掲げてみた小さな目標達成を"それは!それは大きく"喜び♪"



─それも束の間でした、─


その"あっという間の喜びの後に、"





─気がついたのです。─




"第11回目…どーすんの!?"
(云々巡り登場編)

"…11回目をどうしようかなと!?"




"10回目達成が残してくれた次なる11回目へと、"



─2025年12月の"ささやかなる私の新たなる小さな目標を…再び探してみたいと考えながら、"─




"前回インスタの方での投稿で
第10回目となりました。

【音楽日記】、

(関連リンク記事です。)
↓
久しぶりに書きました。


少ない回数の音楽日記でしたが、
楽しみに読んでいただけていましたら
とても嬉しいです。
心から感謝申し上げます。


"「どうもありがとうございます。」"



11回目の音楽日記は
"ゆっくりと考えながら試していけたらなぁと思っています。"



(内容は今後も変わらず
私の好きな曲の御紹介のお話し中心な流れになるかと思うのですが、)





・(音楽日記に関しての話しになるのですが,)
ブログの方でも
インスタの方でも
Xの方でも

いろいろ考え巡りながら模索して試せていけたらなぁと思っています。



その他のブログテーマ欄の
ブログテーマも含めながら
ブログの方の記事も"いろいろ試していけたらなぁと思っています。"




"模索中続きではあるのですが
いろいろ楽しみながらですね試していけたらなぁと思っています。"
(です。)




─書いたり描いたり撮影したり─

─内容まとめたり─


そういう巡りツアーを楽しみながら。
(ツアーとは違う(!?)
ただ私が勝手にそう名づけ書いただけでございます。)







・(今回のブログ内容、)

【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】と



第10回目音楽日記"さりげない目標を達成出来ていた"というお話しと、

"第11回目…どーすんの!?"云々を書いての
以上の記事内容でございました。




今回の記事は
この辺で。


読んでいただきまして
どうもありがとうございました。







久しぶりに書きました。








いかがお過ごしでしょうか。
お元気にお過ごしでしょうか。

秋の風から冬を感じる風へと変わり
11月の季節から12月への季節へと衣替えの
秋冬の色合いを感じ、
11月から。そろそろ…"クリスマスシーズン"が気になりだしてソワソワと嬉しくなる,そんな季節も近づいてきましたね。



さてさてなのでございますが、
とても久しぶりな書き綴りになるのですが


インスタの方にですね、

"記念すべき第10回目の"

(音楽日記♪)を書きました。


"よく思い出す懐かしき曲と、"
"私達キョウダイ三人が共通して大好きな
素敵なアーティストさんの曲の御紹介や
その他を少し書きました。"



(あとはですね…,)


私達キョウダイ三人の共通で好きな食べ物を思い出してみながら振り返ってみたのですが、


"三人キョウダイ好きな食べ物の共通点は無しでして。"


(そんな思い出もあったなぁーとかですね、)




思い出してみながらのヒトトキの中で
音楽日記も一緒に書き綴り



子供時代から大人へと成長するにつれて変わってきた部分はありますが、
今の私自身と照らし合わせながら

自分自身の歩む足跡を振り返りながら心素直になれるヒトトキと優しい幸せな気持ちへと変化をしてる豊かな想いを感じながら過ごせていることに日々を元気に過ごせていることに感謝している想いや

思い出してみながらのヒトトキ
サンタさんと私の物語。
クリスマスとサンタさんへのお手紙編を懐かしく思い出してのヒトトキのことを書きました。

美味しい御飯を囲み味わいながら
鮮やか賑わう優しい想い溢れる素敵な季節

"素敵な季節に恋をしたい。。。"(!?)
いつか私にも,そんな素敵な恋の季節が…クリスマスのプレゼントに変わり届く時があるのでしょうか(?!)


("という自分自身への謎かけ問い掛け
チャラリラ~リン♪")


今年のクリスマスと私。
懐かしい子供時代の当時の私。
大人へと成長した今の私と…。

"誰かを想う"
!誰かを好きになれる"
"誰かを愛する"

そういう"想い"って子供も大人も大切にしたい愛しい柔らかな素敵な"想いの贈り物ですね。"


今回の音楽日記は途中,少しファンタじっく風に書いてみました創作風な文綴りのお話し内容を書きました。





あとはですね、
今日の夕食メニューは
豚こまの味噌つけ焼きの甘辛風に仕上げて
野菜サラダサイドに"ポンっと"おきまして

ミニトマトの予定から
キュウリのスライスへ"ストンっ。"

(何故だか!?)

デザートを…カットしたオレンジを
"ヨイショッ!"(掛け声は小声で。)

そして,大根とジャガイモのお味噌汁。

ここで気がついたこと、

"豚汁で仕上げてみても…良かったんじゃ?"
(ないのかな…。)


"素敵な結末と月末という名の
美味しい御飯のヒトトキ共に、"


「ごちそうさまでした。」


♪~~♪~~♪~~♪~~~♪




"お話しの内容が変わりますが、"




ここしばらく、
いろいろな出来事とドタバタと続いていたものでございまして、

ブログやインスタの方は久しぶりの投稿となりました。

Xの方は,いつぞやかに少し書いた綴りをポスト投稿させていただいたのですが、



─そこから間があいての、─



ブログもインスタもXの方も
久しぶりな投稿となってしまいましたが、


また落ち着いた頃に
書き留めてる下書き記事の投稿が出来ればなぁと思っているところです。

"思い出系の方の記事書き留めの内容の話しになるかなぁと…思います。"


(いつになるかは分からないのですが、)


それからデスネ
月一にですね、
試し試しに書いて描いてみている
ブログテーマ欄の
【時々忘れた頃のお手紙風。】


何一つ…辿り着けていない状況と日々で

"今からね…すこぉーーーーーし考えながら"


明日の準備に就寝に
少しでも好きなヒトトキに。


そんな感じでございますが、
今回の記事は
この辺で。



明日も素敵な優しい良い一日を♪
美味しい御飯のヒトトキを!




11月ですね。どうぞよろしくお願いします。(時々忘れた頃のお手紙風。)

11月さんへ

いかがお過ごしでしょうか。
お元気にお過ごしでしょうか。
寒向の折
お身体を大切に
どうぞくれぐれもご自愛ください。
素敵な11月の季節となりますように。












*~~~*~~~~~~~*~~~~~*






今回のブログ内容は

【月一だけの
"時々忘れた頃のお手紙風。"】です。

久しぶりに創作イラストモデルの
ウーロンくんを描いての投稿記事内容になります。

ウーロンくん喜んでくれてると嬉しいのですが♪



(ウーロンくんというのは我が家のセキセイインコ君のお名前です。

詳細はブログテーマ欄の
"ウーロンくんとの思い出記事"という欄に
投稿した過去記事をまとめて置いてます。
)










【今回の記事で話したい内容と】
【記事内容の要約は、】


(コチラとなっております。)











◆季節の始まりと、
"時々忘れた頃のお手紙風。"と題した

お手紙風綴りを書いて投稿した記事内容と





◆【今回の
"時々忘れた頃のお手紙風。"記事に、

"懐かしき方に久しぶりの登場を
お願いいたしましたところ、"】





◆(気が付いたこと。)

☆【書いてから気が付いた"舞台裏編"】を

少し書きました。








ブログの
後半スクロールしたあたりに

◆【インスタの方でも少し試しながら書いてみている

音楽日記について。(今のところの説明と内容の御紹介。)】
を書いて置いてます。
(前回の記事での書き綴りと同様な内容ではあるのですが。どうぞよろしくお願いします。)








♪~~~~♪~~~♪~~~♪~~♪



☆【今回の記事内容にいたった事の
説明書きを少し書きました。】









写真の内容は、
◆以前まで,記事の創作イラストモデルとして活躍してくれていた
我が家のセキセイインコ君

(2025年2月27日に虹の橋を渡った
ウーロンくんを久しぶりに描いてみたものです。創作イラストなので実際のウーロンくんには似てはいないのですが、
今回だけ再登場させての投稿をしました。)









アップした創作手描きイラストは
最近(先月に予め描いて用意してたモノを)

撮影して今回の記事へ
時々忘れた頃のお手紙風のお手紙と一緒に
写真投稿をしました。









◆【今回の
"時々忘れた頃のお手紙風。"記事に、


"懐かしき方に久しぶりの登場を
お願いいたしましたところ、"】
という流れからの、




◇(懐かしき方の久しぶりの登場という内容へとなった理由は、)




コチラに投稿した記事の
"しばらく経ってからのこと、"↓

最近の記事内容にそりながらの綴りです。



"ここ最近までの心境にプラス方向へと変化が少し変わり始めてきた部分との色々があり、"


そこから、
"他の色々な方向から再度変え直してみながら、"



"時々は思い出や"
懐かしきを優しく,"
解きほぐしてみるのも良いのかな?と,"



懐かしき方と名付けた記事内容流れも含めて試しながらの今回の記事を書いての投稿をさせていただきました。



少し長々の話しになりましたが、
"そういう気持ちのプラスの変化や経緯のワケでございまして、




(今はですねぇー、)

来月の(時々忘れた頃のお手紙風)記事は
記事内容流れを

どうしようかな?"と、




Xの方では…先日にね、(10月31日に)
まだ書けてなかった(描けてなかった)
ボヤキを呟きました。




考えながらの模索中なヒトトキ時間を過ごしたり

そういう風な感じです。




創作のイラストの撮影は
写し方と当て方に少し変化をつけて、
ホンの少し工夫して撮影しました。







🍁~~🍲🍀~~🍁~~🍀🍓~~🍁





11月
朝晩の冷え込みや日の暮れも早まり
そういう日々の時間も感じつつ
まだホンの少し気温差も感じながらの
11月の季節の始まりを過ごしています。



体調に気をつけながら、
明日も素敵な優しい良い1日を。


11月の季節も
どうぞ宜しくお願いします。









読んでいただきまして
どうもありがとうございました。






*~~~~~*~~~~*~~~*





【今回の
"時々忘れた頃のお手紙風。"記事に、

"懐かしき方に久しぶりの登場を
お願いいたしましたところ、"
】






("優しく答えてくれました。
"このような回答をいただきました。)






ウーロンの夕食ゆうげ。(ウーロンくんの日記。ただの創作として。)




可愛いウーロンくんの若かりし頃の1枚写真































ウーロンの夕食ゆうげ(創作イラスト写真。)




ハロウィン弁当のつもりが。ウーロンくん弁当に☆























"えっ!?"

"今回の記事で
「ボクが久しぶりに登場しても良いの?」"












"えっ!?"

"だって…ボクは…、"
"みんな…ボクが創作イラストモデルとして
このブログ記事に登場してたこと…"


"忘れてると思うし、"
"知らないと思うけどなぁー。"








"えっ!?"


"他のアニマル創作のイラストの再登場は、
先月の記事に使用したから、
創作のイラストを描けてなかったのが理由で、"




















"でも…!?"


("今回の記事は"ちょっとお手伝いをお願いしたいのです?")









(なぁーに!?記事登場への頼み事)








("お・て・つ・だ・い?????")

(ハイ…!?)








(ボクへの"お・て・が・み♪"じゃなくて…。)











(突然ツカツカとボクの写真の前に現れたかと思ったら…!?)





【"なんたる理由を…。"】







「今回の記事だけですよ。」






「創作のイラストモデルとして
ボクが登場するのは、」




「ほんと…今回だけですよ。」
(頼みたいのはボクの方…。)















「ボクはね、
お空の虹の橋の仲間みんなと
秋のグルメツアーへ
虹の橋仲間のみんなと一緒に
羽ばたいて参加する予定があるのね、」














と…。


「それを…突然に。」
(相変わらずなお人だ…。苦笑💦汗)








「そういうことなら良いのでしょう。」

「お力になりますよ!」











ボクはココから"応援していますよ♪"


「楽しみながら頑張って続けてくださいね。」






「ボクの姿が側になくても
ボクの写真と一緒に
楽しみながら
描いて書いて
撮って聴いて読んで
頑張るのですよ!」











☆【書いてから気が付いた"舞台裏編"】



"描いて"の部分を、

"猫いて"と…書いてた事に
あとから気が付いた…ということ。


💤💤💤~~~💤💤💤~~~💤💤


(寝ぼけてたのかな!?)



今のお話しは以上でございます。




🍁~~🍲🍀~~🍁~~🍀🍓~~🍁





◆【前置き】
ブログの方でも書ける時に書いたりしてますが

最近はインスタの方での【音楽日記】投稿が少し多くなってきました。



◆【インスタの方でも少し試しながら書いてみている

音楽日記について。(今のところの説明と内容の御紹介。)】






好きな曲を聴きながら
2025年7月くらいから突如始めてみました、




【音楽日記♪】なのですが
書ける時にの気持ちで
単純な始まりの動機からと、
のんびりとスタートしてみました。




"音楽日記。"と題して好きな曲を御紹介させていただきながら日記を綴らせていただいております。
(7月と8月9月10月
11月6日で,9回目になりました。)






のんびりと。
ゆっくりと。
マイペースに。



ゆるーく。




("目指せ10回!"を合言葉に、
"10回目を達成出来たら!"
さりげなく目標にしてみながら☆)








メッセージボード欄の方に
インスタとXを投稿の日付けと内容を
メッセージボード欄の方に記載しています。



好きな曲の紹介をしながら書き綴り
写真リールでの投稿や
テキスト風に創作イラスト撮影写真や空の写真などと一緒に
書き綴りでの投稿もある時も試し試しではあるのですが、そういう場合も時としてあるかと思います。




私の思い出の曲を
"思い出のお話しを少し書いてみながらと、"

そういう風な書き綴り内容もあるかなぁと
思います。
(時々になると思いますが。)




Xの方では、
使用つかいに関しての部分では
まだ迷い中でして、



2011年にX開始して…
歳月はアレヨアレヨと月日と季節と共に流れ去っていったのですが、


(Xの方は未だに使用つかい試し試しの繰り返しと模索中を繰り返しで。苦笑。)



ブログ記事予告編になぞり
思い出の曲に,まつわる記事内容を次回予定してますといったポスト内容も時々はあるかと思います。

それ以外では好きな曲を聴いての書き綴りもある事も場合も含めてあるかなぁーと、

Xの方は,まだ模索中な部分もあります。)



音楽日記"始まり"についての御紹介と、

始まりのキッカケは"突如"
"始めてから9回目となりました


流れが"マイペースに続き"
そのままを試し
そういう風な始まりと途中とともに
続けてみながらを試し試しに書いています



好きな曲を聴きながら書いてみた音楽日記
の今のところの御説明は、




この辺で。





♪~~~♪~~~♪~~~~♪~~~♪







インスタの
【写真だけのリール風について。】


以前に撮影してリンクブログに投稿空の写真と

ヒトトキタイを過ごした時に描いた好きな曲からイメージして創作手描きのイラストと折り紙を背景カラーにして撮影した写真を使用してのリール風を作成してみました。





◆【2025年11月6日】

・【インスタの音楽日記を書いて更新しました】

インスタの
【写真だけのリール風について。】

◆【写真の説明】

以前に撮影してリンクブログに投稿空の写真と
ヒトトキタイを過ごした時に描いた好きな曲からイメージして描きました。
創作手描きのイラストと折り紙を背景カラーにして撮影した写真を使用してのリール風を作成してみました。


文字スタイルとギターの創作イラストを描いて一緒に撮影しました。
撮影の工夫は当て方を変えながら写真の撮影をしました。



◆【2025年11月6日】

Xポスト投稿更新しました。
ポスト内容は、
【優しい素敵な好きな曲の御紹介と】と、
【今回のブログ記事更新内容】と、
【季節の挨拶】と
【引用リポスト】と
【インスタ音楽日記更新】を書きました。