大学という斜陽産業 -164ページ目

紀要の編集委員

今年度も、紀要の編集委員に当たってしまった。


編集作業も面倒といえば面倒なのだが(自分の専門領域以外の論文は、読んでもわからないし)、大学本部がいろいろと要求してきており、やっかいな問題が生じてきている。


たいていの大学(の文系学部?)では、紀要の発行は、「学部」ではなく、学部に基づいて設立されている「○○学会」などの組織になっていると思う。


本務校の場合、これまで、紀要の印刷費の補助として、大学の予算からこの学会に援助をもらっていたのだが、学会は大学とは関係ないから、援助はできない、と言い出したのだ。


紀要のあり方についてはいろいろな意見があると思う。不要論だってあるぐらいだしね。


でも、大学の方針として、教育が大事。でも、研究もきちんとするように、というスタンスなんだから、いきなり研究へのサポートをやめるという方針はどうなのかなあ、と思う今日この頃。



シラバスは読まないらしい

ごく僅かなサンプルをもって、限定的なタイトルにしていますが、今年はなぜか、教科書は何を用意すればいいですか?という質問が立て続けにあった。


その授業は、シラバスにしっかりテキストを明記しているので、シラバスに書いてある通りだと答えると、えっ?という顔をするのも皆同じ。


そんなものなんですねえ


second call for paper

人間(というか、自分か)、楽な方へと流されがち?


応募するのを予定していた学会の締め切りが・・・。もう、second call for paperがあることを前提に予定を組み直しています。


前にも書いたけど、このへんの締め切りに関していえば、学生にあまり強く言えないよなあ、「レポートの締め切り期限は絶対だ」、なんて。まあ、言い訳するならば、学会の応募は、「絶対」しなければいけないものではない、と言うことぐらいか。代替手段もあるしね、って、言い訳の羅列じゃん。


事務組織の在り方

沢山コメントをいただいたので、コメントにコメントをつける変わりに、新たなエントリーにすることにします。

あまり的確な答えにはなっていないのですが。それよりも、実態を書きすぎて正体がばれるのが怖い・・・。



本務校の場合、事務組織の再編によって、今まで学部ごとの組織が、機能別に全学的な組織に変わったことに問題の発端があります。


これまでは、その学部のことをわかる「プロ」がいたのですが、複数学部を担当したりすることになったり、人件費削減で派遣社員の割合が半数近くになったりして、その業務に精通している人が非常に少なくなりました。


また、機能別と言うことで、学部と大学院の事務も切り離され、両者の調整を教員がする始末。


確かに、これまでは各学部ごとに教務、学生・・・と、機能的に重複していたのも事実なのですが、このような機能的組織は、対学生サービスという意味では、どうもなじまないような気がしています。


時間割表に関して言えば、時間割そのものの作成は、基本的に本務校の場合は事務の役割です。教員が個々に、非公式に事務に要望を伝えることはあるようです。中には、我が物顔で、自分の都合をごり押しする人もいたようですが、本務校の場合、そういう「大物」は大部すくなくなったようです。


問題は、その時間割をどのように学生に伝えるのか、と言う印刷物の問題なので、教員はまったくノータッチです。で、学生から散々クレームが付いているのに、まったく改善されないのは、どういうことなのか、という訳なんです。


教員は、「授業評価」されるようになって、いろいろ言われるようになってきているのに、事務に対する学生評価は全然行われていません。他大学の事例はまったくわからないのですが、事務に対する学生の評価を行ったいる大学はあるのでしょうか。

ちゃんとやるじゃん

まさにインナーサークルの話です。


これまで、学部で何かやろうとすると、やたらといちゃもんをつけて大反対ばかりしている人がいました。その人に、今年度は思い切って、いろいろと重要な役割を割り振りました。


皆は、「学部長、最後の年のせいか、思い切った冒険するなあ」と思っていたのですが、なんと、責任を持たされた途端、きちんと仕事をすることすること。いままで、仕事をさせてもらえなかったひがみだったのかしら、その反対行動って。


Skypeのビデオ機能

ネットミーティングでSkypeを使っているのですが、知っている人は先刻承知でしょうが、先月バージョンアップがあって、ビデオ機能がつきましたね。


よしよし、と思ったら、これがまだ1対1だけなんですね。いつも3~4人でネット研究会をしているので、ちょっと残念。今週末も行う予定なんだけど、声だけになりそう。


しかし、リアルに集まらなくて良いのは、時間的に融通が利いて便利と言えば便利。でも、科研費で予算措置した旅費が消化できなくて、困るという一面もあったりして。


引き継ぎがない

各大学でも、教員が諸々の委員会に所属させられて、業界用語で言うところの雑務に駆り出されることになる。


毎年思うことなのだが、その委員会の業務について、引き継ぎを行うことがほとんど無い。中には、メンバーが複数いて、業務内容を知っている人がいればまだマシだが、一人しかいない場合も同様。


本務校の場合、毎年年度初めから新しい委員によって業務が行われる。最悪なのは、4月ということから、ガイダンスに駆り出される場合。典型は教務。はっきり言って、その準備は前委員が行っており、勝手がわからないのに、委員なんだからお願いします、と言われる。


その他、前委員の手で企画等が行われたのに、実施日が4月以降という行事で訳もわからず、説明もなく、丸投げされるものもあります。


これって、結構ひどい習慣ですよね。

目の前のことで精一杯

成功してる人は、たとえば、5年後の目標を立てて、そこから今何すべきかを考えて日々を暮らしているらしい。


自分は別に社長になる、というような野望は別にないが、同業者の中ではぼちぼち認められる研究でありたいなあ、とは思う。で、そのような長期的な目標に向かって生活をしているかというと、目の前の仕事であくせくしているのが現状である。


同僚からは、仕事を断れるようにならないと、とまで言われる始末。確かに、引受過ぎかも。声が掛かるうちが華、と思っていたんですけどね。



テキストを巡る質問

毎年、この時期、講義のガイダンスをすると、学生から出てくる質問に、テキストのことがある。


「テキストは買わなくちゃ駄目ですか?」


もちろん、建前的には答はyes。もちろん、類似の書籍はあるので、それで勉強することは十分可能だけどね。


「(先輩などからもらった昨年のテキストをもってきて)これって今年のテキストと同じですか?」


シラバス見れば、書名が書いてあるんだから、わかるだろうが。同じ年もあれば違う年もあるわけですが、それぐらい自分で判断できないんでしょうかね。まあ、中にはもらった本の「版」が古いケースもあります。書名が同じだから彼らは大丈夫かな、と思うらしいです。


たまには、「テキスト高すぎます」というクレームもありますね。


今年の極めつけは、


「このテキスト、古本屋で売っていますか?」


そんなの知るか!

時間割表

本務校の事務の○○さぶりにはほんとにびっくりさせられることが多い。


昨年から学生から不満爆発なのに、一向に改善されないのが、学生に配布する時間割表である。


形式は、学年別に作成されている。すべての科目を一つの表に収容しきれないから、というのがその理由らしい。しかし、はっきり言って、利用する学生のことを一切考えていないのである。


1年生はまだマシ。1年生に配当された科目しか履修できないから、自分の学年の時間割表を見ればよい。


悲惨なのは、2年生以上である。2年生向けの時間割には、2年生配当の科目しか記入されていない。1年生配当の科目を履修するためには、2年生向けの時間割に、1年生向けの時間割まで見なければならないのである。


いわゆる一般教養科目は、配当自体は1年生だが、自分の経験からも2年生にも若干履修したりしたものである。でも、時間割表では、まるで、1年生配当科目は一切履修しないみたいな扱いなのである。


3年生になると、3年生用と2年生用と1年生用という3枚の時間割表のあっちを見て、こっちを見てとやって、履修科目を確認している。


いったいどういう思考しているんだろう、この方法を採用した人は。