second call for paper
人間(というか、自分か)、楽な方へと流されがち?
応募するのを予定していた学会の締め切りが・・・。もう、second call for paperがあることを前提に予定を組み直しています。
前にも書いたけど、このへんの締め切りに関していえば、学生にあまり強く言えないよなあ、「レポートの締め切り期限は絶対だ」、なんて。まあ、言い訳するならば、学会の応募は、「絶対」しなければいけないものではない、と言うことぐらいか。代替手段もあるしね、って、言い訳の羅列じゃん。
事務組織の在り方
沢山コメントをいただいたので、コメントにコメントをつける変わりに、新たなエントリーにすることにします。
あまり的確な答えにはなっていないのですが。それよりも、実態を書きすぎて正体がばれるのが怖い・・・。
本務校の場合、事務組織の再編によって、今まで学部ごとの組織が、機能別に全学的な組織に変わったことに問題の発端があります。
これまでは、その学部のことをわかる「プロ」がいたのですが、複数学部を担当したりすることになったり、人件費削減で派遣社員の割合が半数近くになったりして、その業務に精通している人が非常に少なくなりました。
また、機能別と言うことで、学部と大学院の事務も切り離され、両者の調整を教員がする始末。
確かに、これまでは各学部ごとに教務、学生・・・と、機能的に重複していたのも事実なのですが、このような機能的組織は、対学生サービスという意味では、どうもなじまないような気がしています。
時間割表に関して言えば、時間割そのものの作成は、基本的に本務校の場合は事務の役割です。教員が個々に、非公式に事務に要望を伝えることはあるようです。中には、我が物顔で、自分の都合をごり押しする人もいたようですが、本務校の場合、そういう「大物」は大部すくなくなったようです。
問題は、その時間割をどのように学生に伝えるのか、と言う印刷物の問題なので、教員はまったくノータッチです。で、学生から散々クレームが付いているのに、まったく改善されないのは、どういうことなのか、という訳なんです。
教員は、「授業評価」されるようになって、いろいろ言われるようになってきているのに、事務に対する学生評価は全然行われていません。他大学の事例はまったくわからないのですが、事務に対する学生の評価を行ったいる大学はあるのでしょうか。
ちゃんとやるじゃん
まさにインナーサークルの話です。
これまで、学部で何かやろうとすると、やたらといちゃもんをつけて大反対ばかりしている人がいました。その人に、今年度は思い切って、いろいろと重要な役割を割り振りました。
皆は、「学部長、最後の年のせいか、思い切った冒険するなあ」と思っていたのですが、なんと、責任を持たされた途端、きちんと仕事をすることすること。いままで、仕事をさせてもらえなかったひがみだったのかしら、その反対行動って。
Skypeのビデオ機能
ネットミーティングでSkypeを使っているのですが、知っている人は先刻承知でしょうが、先月バージョンアップがあって、ビデオ機能がつきましたね。
よしよし、と思ったら、これがまだ1対1だけなんですね。いつも3~4人でネット研究会をしているので、ちょっと残念。今週末も行う予定なんだけど、声だけになりそう。
しかし、リアルに集まらなくて良いのは、時間的に融通が利いて便利と言えば便利。でも、科研費で予算措置した旅費が消化できなくて、困るという一面もあったりして。
引き継ぎがない
各大学でも、教員が諸々の委員会に所属させられて、業界用語で言うところの雑務に駆り出されることになる。
毎年思うことなのだが、その委員会の業務について、引き継ぎを行うことがほとんど無い。中には、メンバーが複数いて、業務内容を知っている人がいればまだマシだが、一人しかいない場合も同様。
本務校の場合、毎年年度初めから新しい委員によって業務が行われる。最悪なのは、4月ということから、ガイダンスに駆り出される場合。典型は教務。はっきり言って、その準備は前委員が行っており、勝手がわからないのに、委員なんだからお願いします、と言われる。
その他、前委員の手で企画等が行われたのに、実施日が4月以降という行事で訳もわからず、説明もなく、 丸投げされるものもあります。
これって、結構ひどい習慣ですよね。
目の前のことで精一杯
成功してる人は、たとえば、5年後の目標を立てて、そこから今何すべきかを考えて日々を暮らしているらしい。
自分は別に社長になる、というような野望は別にないが、同業者の中ではぼちぼち認められる研究でありたいなあ、とは思う。で、そのような長期的な目標に向かって生活をしているかというと、目の前の仕事であくせくしているのが現状である。
同僚からは、仕事を断れるようにならないと、とまで言われる始末。確かに、引受過ぎかも。声が掛かるうちが華、と思っていたんですけどね。
テキストを巡る質問
毎年、この時期 、講義のガイダンスをすると、学生から出てくる質問に、テキストのことがある。
「テキストは買わなくちゃ駄目ですか?」
もちろん、建前的には答はyes。もちろん、類似の書籍はあるので、それで勉強することは十分可能だけどね。
「(先輩などからもらった昨年のテキストをもってきて)これって今年のテキストと同じですか?」
シラバス見れば、書名が書いてあるんだから、わかるだろうが。同じ年もあれば違う年もあるわけですが、それぐらい自分で判断できないんでしょうかね。まあ、中にはもらった本の「版」が古いケースもあります。書名が同じだから彼らは大丈夫かな、と思うらしいです。
たまには、「テキスト高すぎます」というクレームもありますね。
今年の極めつけは、
「このテキスト、古本屋で売っていますか?」
そんなの知るか!
時間割表
本務校の事務の○○さぶりにはほんとにびっくりさせられることが多い。
昨年から学生から不満爆発なのに、一向に改善されないのが、学生に配布する時間割表 である。
形式は、学年別に作成されている。すべての科目を一つの表に収容しきれないから、というのがその理由らしい。しかし、はっきり言って、利用する学生のことを一切考えていないのである。
1年生はまだマシ。1年生に配当された科目しか履修できないから、自分の学年の時間割表を見ればよい。
悲惨なのは、2年生以上である。2年生向けの時間割には、2年生配当の科目しか記入されていない。1年生配当の科目を履修するためには、2年生向けの時間割に、1年生向けの時間割まで見なければならないのである。
いわゆる一般教養科目は、配当自体は1年生だが、自分の経験からも2年生にも若干履修したりしたものである。でも、時間割表では、まるで、1年生配当科目は一切履修しないみたいな扱いなのである。
3年生になると、3年生用と2年生用と1年生用という3枚の時間割表のあっちを見て、こっちを見てとやって、履修科目を確認している。
いったいどういう思考しているんだろう、この方法を採用した人は。
事務が事務の機能を果たさない
学生から、今年度の履修について相談を受けた。
それは、ある科目を履修するための要件として、別の科目の単位の修得を前提としていることについてだった。ちょっと前、たまたま教務委員をやっていた関係もあって、聞かれた内容は難なく答えられた、はずだった。
でも、学生が言うには、事務で聞いてきたら、そうではないというのである。そんな制限はなく、履修できると言っていた、と言うのである。
オイオイ、頼むよ。仕方ないので、きちんとわかっている(と、自分が認識している)人にこちらも再確認を入れると、自分が答えたのと同じ答が返ってきた。だから、あわせて、誰だかわからないが、間違ったことを学生に伝えている人がいるので、徹底しておいて欲しい旨を伝えた。
この履修関係のトラブルは、おそらくどこの大学でも色々とあるんだろうと思う。で、年々、改善されていけばまだ良いのだろうけれど、本務校ではどうも年々増えていると言う感じがする。学生の苦情の中でも、学生の相談事項に対する回答が、回答者によって違っていたり、散々たらい回しにされたあげく、何時間も待たされて、今日は担当者がいないのでわからないうという、とんでもない扱いをされることに対する不満が多い。
これって、ほとんど某役所の対応みたい。自分だって頭に来るな、これじゃあ。まあ、若いころ(って何時?)似たような対応に頭に来て、市役所で職員に怒鳴ったこともあるなあ(若気の至り)。
マイカップ自販機
今更ながらの話題のようですが、自分が知らなかったなあ、マイカップ自販機。
ちょっと古い記事ですが、経済産業省のマイカップ自販機の設置について とか、大学では【大学】富山大生協がマイカップ自販機 紙コップ使わずゴミ減量 とか。
勤務先やら非常勤先のキャンパス内には、多数の自販機があって、学生も(教職員も)紙コップのジュース等を飲んでは、そのコップをそこら辺に捨てていくことが問題になっていました。
勤務先では、紙コップをデポジット制にして、紙コップを所定の場所に捨てるようにしていますが、まだまだ平気で捨てていく学生もいます。逆にそれを拾い集めてお金に換えている人もいます。
勤務先も、環境に優しい大学を謳っているのだから、導入すればいいのに。っていっても、学生にマイカップを持ち歩かせるのは無理なのかなあ?いっそのこと、マイカップならぬ、マイ・ペットボトルでもつくって、それを利用するって言うのは無理かな。