教育学、教育史の中でも大学教育の歴史を専門とする寺崎昌男氏の著書は、面白いですし、たいへんに勉強になります。大学院生時代に1度か2度、当時の私の指導教官が高等教育史を専門にしていたこともあって、勉強会でお話を聞いたことがあります。内容もさることながら、お話に人柄が滲み出ているような印象を受けました。
寺崎氏は東京大学、立教大学、桜美林大学で教え、立教大学のカリキュラム改革(全学共通カリキュラムの立ち上げ)を主導しました。なかなか意欲的な改革だったと思います。全カリの記録編集委員会(著)『立教大学〈全カリ〉のすべて:リベラル・アーツの再構築』(東信堂, 2001 )という本が参考になります。
広島大学高等教育研究開発センターのページに、寺崎氏の履歴と研究の履歴を兼ねた文章があります。面白いので、読んでみてください。特に研究者を目指して大学院におられる方などには、参考になるかどうかまではわかりませんが、触発されるところがあると思います。
数ある著書の中で、『日本近代大学史』(東京大学出版会, 2020)が、いちばんまとまっています。しかし、短い論文や記事を編集した本などもあり、どれも一読の価値ありです。
私は所属する学科の初年次教育の授業で、「大学の歴史」と「日本の外国語(英語)教育」を題材にミニ講義をしたり、文献を読ませたり、ディスカッション、プレゼンテーション、レポート作成をさせています。この授業は、新入生に大学とはどういうところでどういう勉強をするところなのかを知ってもらうための授業で、もう少し言うと、大学での勉強の仕方や勉強に必要な技術について教えるものなのですが、何らかの具体的なテーマを手掛かりにしたほうが良いので、担当教員の裁量で、ちょうどいいテーマかなと思ってこの2つのテーマを取り上げています。その中で、学期開始後数週間のところで、寺崎氏の文章を2つほど選んで読ませています。これまでのところは、どちらも彼の『大学教育の創造:歴史・システム・カリキュラム』(東信堂, 1999)からとっていて、1つは大学教育のあり方と学生の学力低下(と一般にされている)問題について、もう1つは、新制大学における教養教育(一般教育)について。後者には外国語教育の問題が盛り込まれています。
今言及した本は出版年(1999)を見ればわかるように、やや古いです。けれど、戦後にできた新制大学が現在までのあいだにどのような変容を遂げたかを知る上で、非常に参考になるお話がたくさん詰まっています。
例えば、新制大学は当初、最初の2年で一般教養(一般教育)を学び、後半2年で専門を学ぶという建てつけになっていましたが、一般教育科目と専門科目の区別が、少なくとも法令上は1991年の大学設置基準の大綱化によってなくなります。これに加えて大学進学率の上昇によって、ごく限られたエリートが学ぶところ、もっと言うと研究をするところとしての大学という概念が変わり、大学も小学校から高校までと同じ教育機関ととらえられるようになります。この変化を寺崎氏は、大学は教養の基礎に立って専門を学ぶところから、専門を通じて教養を身につけるところへの変化とまとめています(「教養」概念もまた複雑なのですが、ここで言う教養は、一般社会に出てからも役立つ技能のようなことも含みます)(寺崎, 1999, p.48)。
日本の大学はヨーロッパの大学制度を輸入した戦前からの伝統で、学部学科という学問領域を単位にした組織が今でも残っています。だから、受験生は、〇〇大学に出願するのではなくて、〇〇大学の〇〇学部〇〇学科に出願します。大学では専門を学ぶという原理原則の現れですが、現代では、そこまで深いことは学士課程ではできないので、「大学で何をするか、学ぶか」について、別の説明が必要になったのです。先に書いた「初年次教育」なども、この変化を反映している、新たに開講されるようになった科目です。
このような変容の課程を知るうえで、寺崎氏の著作のどれかにあたってみると、面白いです。大学の歴史や教育学など専門外という方でも、大学関係者は読んでおいて損はないです。