アザミ嬢のララバイ

作詞 作曲 中島みゆき

◯1stシングル(1975.9.25)シングル・バージョン

◯1stアルバム『私の声が聞こえますか(1976.4.25)』アルバム・バージョン収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

中島みゆきのデビュー曲。初期の名曲のひとつ。

「春は菜の花、秋には桔梗、そして私はいつも夜咲くアザミ。ララバイ、一人で眠れない夜は、ララバイ、私を訪ねておいで、ララバイ、一人で泣いてちゃみじめよ、ララバイ、今夜はどこからかけてるの。」

 

②時代

作詞 作曲 中島みゆき

◯2ndシングル(1975.12.21)シングル・バージョン

◯1stアルバム『私の声が聞こえますか(1976.4.25)』アコースティックなアルバム・バージョン収録

◯21stアルバム『時代-Time goes around-(1993.10.21)』新アルバムバージョン収録

◯30thシングル(1993.12.1)新シングル・バージョン

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』新シングル・バージョン収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

第6回(1975)世界歌謡祭グランプリ受賞曲。日本の歌百選(2006)選定曲。中島みゆきの代表曲のひとつ。

「まわる、まわるよ、時代はまわる。別れと出逢いを繰り返し、今日は倒れた旅人たちも、生まれ変わってめぐり逢うよ。」

 

③海よ

作詞 作曲 中島みゆき

◯1stアルバム『私の声が聞こえますか(1976.4.25)』収録

◯30thアルバム『おとぎばなし-Fairy Ring-(2002.10.23)』新バージョン収録

ファースト・アルバム収録の佳曲。

「海よ、私を愛するならば、今宵、故郷へ舟をはこべよ。」

 

④忘れられるものならば

作詞 作曲 中島みゆき

◯4thシングルB面(1976.7.25)

◯2ndアルバム『みんな去ってしまった(1976.10.25)』収録

あまり有名ではありませんが、良い曲です。

「忘れられるものならば、もう旅になどでない。忘れられるものならば、もう古い夢など見ない。」

 

⑤彼女の生き方

作詞 作曲 中島みゆき

◯2ndアルバム『みんな去ってしまった(1976.10.25)』収録

これも、初期の隠れた名曲。

「酒とクスリでカラダはズタズタ、忘れたいことが多過ぎる。別れを告げてきた中にゃ、いい奴だっていたからね。死んでいった男たち、呼んでいるような気がする。生きてる奴らの言うことなんか聴かないが。彼女の人生、いつでも晴れ。」

 

⑥ホームにて

作詞 作曲 中島みゆき

◯3rdアルバム『あ・り・が・と・う(1977.6.25)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

松山千春の「足寄にて」、さだまさしの「驛舎」などと並ぶ、故郷への想いを歌った名曲。

「故郷へ向かう最終に乗れる人は急ぎなさいと、優しい、優しい声の駅長が街中に叫ぶ。」

 

⑦わかれうた

作詞 作曲 中島みゆき

◯5thシングル(1977.9.10)

◯4thアルバム『愛していると云ってくれ(1978.4.10)』収録

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

初のオリコン・シングル・チャート週間1位獲得作品。夢も希望もない根暗な中島みゆきイメージを定着させた曲。

「道に倒れて誰かの名を呼び続けたことがありますか。人ごとに言うほど黄昏は、優しい人好しじゃありません。」

 

⑧世情

作詞 作曲 中島みゆき

◯4thアルバム『愛していると云ってくれ(1978.4.10)』収録

◯コンピレーション・アルバム『大銀幕(1998.11.6)』収録

テレビドラマ3年B組金八先生の挿入歌(1981)として有名になった曲。

「シュプレヒコールの波、通り過ぎていく。変わらない夢を流れに求めて。時の流れを止めて、変わらない夢を見たがる者たちと戦うため。」

 

⑨タクシードライバー

作詞 作曲 中島みゆき

◯5thアルバム『親愛なる者へ(1979.3.21)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

初の週間1位獲得アルバムの代表曲。これも初期の名曲のひとつ。

「タクシードライバー、苦労人と見えて、私の泣き顔、見て見ぬふり。天気予報が今夜もはずれた話と野球の話ばかり、何度も何度も繰り返す。」

 

⑩しあわせ芝居

作詞 作曲 中島みゆき

◯6thアルバム『おかえりなさい(1979.11.21)』収録

桜田淳子に提供した楽曲(1977/週間3位)(1978/日本レコード大賞西條八十賞)のセルフカバー。

「恋人がいます。恋人がいます。けれどもどうしても綴れない。私みんな気づいてしまった。しあわせ芝居の舞台裏、会いたがるのは私一人。あの人から来ることはない。」

 

⑪この空を飛べたら

作詞 作曲 中島みゆき

◯6thアルバム『おかえりなさい(1979.11.21)』収録

加藤登紀子に提供した楽曲(1978/日本レコード大賞西條八十賞)のセルフカバー。

「ああ、人は、昔々、鳥だったのかもしれないね。こんなにも、こんなにも、空が恋しい。」

 

⑫強がりはよせヨ

作詞 作曲 中島みゆき

◯6thアルバム『おかえりなさい(1979.11.21)』収録

研ナオコへの提供曲のセルフカバー。

「いつからこんなふうになったのか。優しい女には戻れない。強がりはよせヨと笑われて、淋しいとこたえて泣きたいの。」

 

⑬キツネ狩りの歌

作詞 作曲 中島みゆき

◯7thアルバム『生きていてもいいですか(1980.4.5)』収録

シングル・カットされていませんが、有名な曲です。歌詞に意味深い寓意を感じます。

「キツネ狩りに行くなら、気をつけておいでよ。キツネ狩りはステキさ。ただ生きて戻れたら、ね。」

 

⑭エレーン

作詞 作曲 中島みゆき

◯7thアルバム『生きていてもいいですか(1980.4.5)』収録

中島と同じホテルに定住していて、殺害されてゴミ捨て場に遺棄された外国人娼婦のことを歌った曲。アルバム・タイトルと歌詞が重なる。アルバムのメインテーマとなる名曲。

「今夜、雨は冷たい。エレーン、生きていてもいいですかと誰も問いたい。エレーン、その答えを誰もが知っているから誰も問えない。」

 

⑮蕎麦屋

作詞 作曲 中島みゆき

◯7thアルバム『生きていてもいいですか(1980.4.5)』収録

これもファンにはお馴染みの名曲。

「世界中の誰もかも、偉い奴に思えてきて、まるで自分ひとりだけが、いらないように感じる時、突然、お前から電話がくる。あの蕎麦でも食わないかってね。」

 

⑯ひとり上手

作詞 作曲 中島みゆき

◯9thシングル(1980.10.21)

◯8thアルバム『臨月(1981.3.5)』収録

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

最も勢いがあった1980年代の幕開けとなったヒット曲。

「心が街角で泣いている。一人は嫌いだとすねる。ひとり上手と呼ばないで。心だけ離れていかないで。私を置いていかないで。ひとりが好きなわけじゃないのよ。」

 

⑰あした天気になれ

作詞 作曲 中島みゆき

◯8thアルバム『臨月(1981.3.5)』収録

◯10thシングル(1981.3.21)

名盤『臨月』の一曲目。

「何につけ一応は絶望的観測をするのが癖です。わかりもしない望みで明日をのぞいてみたりしないのが癖です。」

 

⑱あなたが海を見ているうちに

作詞 作曲 中島みゆき

◯8thアルバム『臨月(1981.3.5)』収録

「あなたが海を見ているうちに、私少しづつ遠くへ行くわ。風が冷たくならないうちに、私もうすぐ、そこは国道。」

 

⑲バス通り

作詞 作曲 中島みゆき

◯8thアルバム『臨月(1981.3.5)』収録

シングル・カットはされませんでしたが、長く愛されている佳曲。

「昔の女を誰かと噂するのなら、辺りの景色に気をつけてからするものよ。」

 

⑳夜曲

作詞 作曲 中島みゆき

◯8thアルバム『臨月(1981.3.5)』収録

名盤『臨月』のラストを飾る名曲。

「街に流れる歌を聴いたら気づいて。私の声に気づいて。」

 

㉑杏村から

作詞 作曲 中島みゆき

◯10thシングルB面(1981.3.21)

研ナオコへの提供曲のセルフカバー。シングル「あした天気になれ」B面の曲だが、ファンの思い入れが強い佳曲。

「杏村から便りが届く。昨日お前の誕生日だったよと。」

 

㉒悪女

作詞 作曲 中島みゆき

◯11thシングル(1981.10.21)オリジナル・シングル・バージョン

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

「わかれうた(1977)」に続いてオリコン・シングル・チャート週間1位を記録(1981)した1980年代の代表的なヒット曲。

「悪女になるなら月夜はおよしよ、素直になりすぎる。隠しておいた言葉がほろり、こぼれてしまう。行かないで。悪女になるなら、裸足で夜明けの電車で泣いてから。涙ぼろぼろ、ぼろぼろ、流れて、枯れてから。」

 

㉓鳥になって

作詞 作曲 中島みゆき

◯9thアルバム『寒水魚(1982.3.21)』収録

「眠り薬をください、私にも。子どもの国へ帰れるくらい。私ははやくここを去りたい。できるなら鳥になって。」

 

㉔家出

作詞 作曲 中島みゆき

◯9thアルバム『寒水魚(1982.3.21)』収録

この曲も、長く愛されている佳曲。

「夜は浅く、逃げる者には足跡だらけの月明かり。ねえ、もう一度、耳を貸してよ。あなたを愛してる。」

 

㉕時刻表

作詞 作曲 中島みゆき

◯9thアルバム『寒水魚(1982.3.21)』収録

名盤『寒水魚』収録の隠れた名曲。

「昨日午後9時30分に、そこの交差点を渡っていた男のアリバイを証明できるかい。あんなに目立ってた酔っぱらい。誰も顔は思い浮かばない。ただそいつが迷惑だったことだけしか。」

 

㉖砂の船

作詞 作曲 中島みゆき

◯9thアルバム『寒水魚(1982.3.21)』収録

「今誰もいない夜の海を砂の船がゆく。」

 

㉗歌姫

作詞 作曲 中島みゆき

◯9thアルバム『寒水魚(1982.3.21)』収録

初のアルバム・チャート年間1位を記録した名盤『寒水魚』のラストを飾る名曲。

「寂しいなんて口に出したら、誰もみんなうとましくて逃げ出していく。寂しくなんかないと笑えば、寂しい荷物、肩の上でなお重くなる。」

 

㉘誘惑

作詞 作曲 中島みゆき

◯12thシングル(1982.4.5)

「あなた、鍵を置いて、わたし、髪を解いて、淋しかった、淋しかった夢の続きを始めましょう。」

 

㉙この世に二人だけ

作詞 作曲 中島みゆき

◯10thアルバム『予感(1983.3.5)』収録

「二人だけこの世に残して死に絶えてしまえばいいと心ならずも願ってしまうけど、それでも、あなたはわたしを選ばない。」

 

㉚夏土産

作詞 作曲 中島みゆき

◯10thアルバム『予感(1983.3.5)』収録

「夏が終わって届けられる、夏土産届けられる。あなたと同じ場所からの貝殻と恋人たちの写真。」

 

㉛誰のせいでもない雨が

作詞 作曲 中島みゆき

◯10thアルバム『予感(1983.3.5)』収録

「誰のせいでもない雨が降っている。日々の暮らしが降っている。もう誰一人気にしてないよね。早く月日すべての悲しみを癒せ。」

 

㉜ファイト!

作詞 作曲 中島みゆき

◯10thアルバム『予感(1983.3.5)』収録

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

アルバム『予感』のラスト曲。1980年代の代表曲のひとつ。

「あたし中卒やからね、仕事もらわれへんのやと書いた女の子の文字は尖りながら震えている。ガキのくせにと頬を打たれ、少年たちの目が年をとる。悔しさを握りしめすぎた拳の中、爪が突き刺さる。」

 

㉝かもめはかもめ

作詞 作曲 中島みゆき

◯12thアルバム『御色なおし(1985.4.17)』収録

研ナオコへの提供曲のセルフカバー。

「あなたの望む素直な女にははじめからなれない。青空を渡るよりも見たい夢はあるけど。かもめはかもめ、ひとりで空をゆくのがお似合い。」

 

㉞あした

作詞 作曲 中島みゆき

◯24thシングル(1989.3.15)

◯18thアルバム『夜を往け(1990.6.13)』収録

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

尾崎豊の「I LOVE YOU」の大人バージョン。名曲です。

「イヤリングを外して、綺麗じゃなくなっても、まだわたしのことを見失ってしまわないでね。フリルのシャツを脱いで痩せっぽちになっても、まだわたしのことを見失ってしまわないでね。カーラジオが嵐を告げている。ふたりは黙りこくっている。形のないものに誰が愛なんてつけたのだろう。教えてよ。もしも明日、私たちが何もかもなくして、ただの心しかもたない痩せた猫になっても、もしも明日、あなたのため、何の得もなくても、言えるならその時、愛を聞かせて。」

 

㉟夜を往け

作詞 作曲 中島みゆき

◯18thアルバム『夜を往け(1990.6.13)』収録

「地上の星」と並ぶ、テンポのあるロック調の代表曲。

「追いつけないスピードで走り去るワゴンの窓に憧れもチャンスも載っていたような気がした。あれ以来眠れない。何かに急かされて、走らずにいられない。行方も知れず。夜を往け。」

 

㊱3分後に捨ててもいい

作詞 作曲 中島みゆき

◯18thアルバム『夜を往け(1990.6.13)』収録

とても淋しい切ない曲ですが、中島みゆきにしか歌えない曲。

「ねえ、子どもの頃、わたし星を見てるのが好きだった。ねえ、子供の頃、あんたどんなふうだったの。3分後に捨ててもいいから、今だけそばにいて。」

 

㊲ふたりは

作詞 作曲 中島みゆき

◯18thアルバム『夜を往け(1990.6.13)』収録

中島みゆきの願いや祈りが込められているように感じる曲です。

「緑なす春の夜に、あなたは傷ついて彷徨ってた。誰からも聴こえない胸の中のため息がわたしには聴こえた。緑なす春の夜に、ふたりは凍え切って巡り逢った。与え合う何ものも残ってないけど、もう二度と傷つかないで。」

 

㊳with

作詞 作曲 中島みゆき

◯18thアルバム『夜を往け(1990.6.13)』収録

◯25thシングル(1990.8.21)

◯コンピレーション・アルバム『大銀幕(1998.11.6)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

アルバム「夜を往け」のラストをしめる名曲。

「僕の言葉は意味をなさない。まるで遠い砂漠を旅してるみたいだね。ドアの開かないガラスの城で、みんな戦争の支度を続けてる。旅をすること自体、辞めようとは思わない。手帳にはいつも旅立ちとメモしてある。けれど、with その後に君の名を綴っていいか。with 淋しさと虚しさと疑いとの代わりに with 。」

 

㊴笑ってよエンジェル

作詞 作曲 中島みゆき

◯25thシングルB面(1990.8.21)シングル・バージョン

◯19thアルバム『歌でしか言えない(1991.10.23)』アルバム・バージョン収録

浜田省吾のNEW YEAR'S EVEを思わせる、別れた後のパートナーの幸せを願う曲。

「さよなら三角、また来て四角。今度会う時は尚更深く。君を打つ北風の風上に立ち、安らかに暮らせよと祈り続けよう。」

 

㊵浅い眠り

作詞 作曲 中島みゆき

◯28thシングル(1992.7.29)

◯20thアルバム『EAST ASIA(1992.10.7)』収録

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

初のミリオンセラー・シングル。1992年度年間10位。

「浅い眠りに誘われながら、街は本当は愛を呼んでいる。」

 

㊶糸

作詞 作曲 中島みゆき

◯20thアルバム『EAST ASIA(1992.10.7)』収録

◯35thシングル(1998.2.4)

◯コンピレーション・アルバム『大銀幕(1998.11.6)』収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

発表から24年後の2016年に著作権使用料年間1位を、2018・2019年には年間3位を記録し、令和の代表曲となった。人生の応援歌。

「なぜ生きていくのかを迷った日の跡のささくれ、夢追いかけ走って転んだ日の跡のささくれ。こんな糸が何になるの。心許なくて震えてた風の中。縦の糸はあなた、横の糸はわたし。織りなす布は、いつか誰かの傷を庇うかもしれない。」

 

㊷空と君のあいだに

作詞 作曲 中島みゆき

◯31stシングル(1994.5.14)

◯22ndアルバム『LOVE OR NOTHING(1994.10.21)』収録

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

「浅い眠り」に続く2作目のミリオンセラー・シングル。「わかれうた(1977)」「悪女(1982)」に続いて3作目の週間1位、さらに年間5位(1994)を記録。

「空と君とのあいだには、今日も冷たい雨が降る。君が笑ってくれるなら、僕は悪にでもなる。」

 

㊸旅人のうた

作詞 作曲 中島みゆき

◯32ndシングル(1995.5.19)シングル・バージョン

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

◯24thアルバム『パラダイス・カフェ(1996.10.18)』アルバム・バージョン収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

3作目のミリオンセラー。4作目の週間1位シングル。

「愛よ、伝われ。ここへ帰れと。あの日々は消えても、まだ夢は消えない。君よ、歌ってくれ。僕に歌ってくれ。忘れない、忘れないものも、ここにあるよと。」

 

㊹永遠の嘘をついてくれ

作詞 作曲 中島みゆき

◯24thアルバム『パラダイス・カフェ(1996.10.18)』収録

吉田拓郎への提供曲のセルフカバー。

「君よ、永遠の嘘をついてくれ。いつまでも種明かしをしないでくれ。永遠の嘘をついてくれ。一度は夢を見せてくれた君じゃないか。」

 

㊺たかが愛

 作詞 作曲 中島みゆき

◯24thアルバム『パラダイス・カフェ(1996.10.18)』収録

◯33rdシングル(1996.11.21)

◯コンピレーション・アルバム『大銀幕(1998.11.6)』収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

後期のバラードの名曲。

「ああ、果てない空の下で、ひとりでも淋しくない人がいるだろうか。なぜに、たかが愛に迷い、そして、たかが愛に立ち止まらされても、捨ててしまえないものが、まだあるの。」

 

㊻命の別名

作詞 作曲 中島みゆき

◯35thシングル(1998.2.4)シングル・バージョン

◯25thアルバム『わたしの子供になりなさい(1998.3.18)』アルバム・バージョン収録

◯コンピレーション・アルバム『大銀幕(1998.11.6)』収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

「繰り返す過ちを照らす灯をかざせ。君にも僕にもすべての人にも。命につく名前を心と呼ぶ。名もなき君にも、名もなき僕にも。」

 

㊼瞬きもせず

作詞 作曲 中島みゆき

◯36thシングル(1998.10.7)シングル・バージョン

◯コンピレーション・アルバム『大銀幕(1998.11.6)』別バージョン収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

「ああ、人は獣。牙も毒も棘もなく、ただ痛むための涙だけを持って生まれた裸すぎる獣たちだから、僕は褒める。君の知らぬ君についていくつでも。」

 

㊽地上の星

作詞 作曲 中島みゆき

◯37thシングル(2000.7.19)

◯28thアルバム『短編集(2000.11.15)』収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

4作目のミリオンセラー。5作目のシングルチャート週間1位(2003)、年間11位(2003)を記録。

「風の中のすばる、砂の中の銀河、みんなどこへ行った。見送られることもなく。草原のペガサス、街角のヴィーナス、みんなどこへ行った。見守られることもなく。地上にある星を誰も覚えていない。人は空ばかり見てる。」

 

㊾ヘッドライト・テールライト

作詞 作曲 中島みゆき

◯37thシングル(2000.7.19)

◯28thアルバム『短編集(2000.11.15)』収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

「語り継ぐ人もなく、吹きすさぶ風の中へ、紛れ散らばる星の名は忘れられても。ヘッドライト・テールライト、旅はまだ終わらない。」

 

㊿銀の龍の背に乗って

作詞 作曲 中島みゆき

◯38thシングル(2003.7.23)

◯31stアルバム『恋文(2003.11.19)』収録

「銀の龍の背に乗って、届けに行こう、命の砂漠へ。銀の龍の背に乗って、運んでいこう、天雲の渦を。」

 

今、中国各地で急激に増えているのが『青少年養護老人ホーム(青年養老院)』という施設です。

若者専用の老人ホームという、この名称に矛盾を感じる奇妙な施設は、中国の超過酷な受験戦争と絶望的な就職活動と生き馬の目を抜く企業労働に疲れ果てた〝蟻族〟〝寝そべり族〟の若者たちの受け皿となっている保養施設です。

その人気は凄まじく、大都市郊外の農村地帯にオープンする新しい施設が、短期・長期の入居者を募集すると、すぐに予約でいっぱいになってしまうほどです。

これらの施設は、地価や物価の高い都市部を避けて、自然が豊かで物価が安い郊外や農村部につくられています。

これらの青年養護院の費用は、地域によってまちまちですが、月額25000円〜70000円ほどで宿泊費と食費が含まれます。

こうした施設に入る若者たちは、幼い頃からの受験プレッシャーと受験のとてつもない倍率に苦しめられ、成人してからも高い失業率と企業の極端な成果主義に疲れ果て、〝燃え尽き症候群〟に陥っています。

彼らは、人生の目標や希望を見失い、気力を使い果たし、何をする気も無くしているのです。

こうして、多くの若者たちが、こうした青少年養護老人ホーム(青年養老院)で、一日中何もせずに、ボーッと過ごしています。

「これは、一種の自分からの逃避です」「以前は必死に働いてお金を稼ぐだけの毎日だった」と20代男性の参加者は言います。

「将来自分たちが定年後にする生活を、若いうちに体験しておくのは悪いことではない」と参加者の20代前半の女性は言います。

「この中国社会で、どんなに必死に頑張ったって、どうせ無駄なんだ」という諦めが、彼らの萎えた気持ちの根底にあるようです。そして、その希望のなさから、若者たちは、会社から、社会から、人生からリタイアしたいと願っているのです。



ドナルド・トランプ前大統領が狙撃された。

弾丸は、演説中に右の方を振り向いたトランプ氏の右耳を貫通した。振り向いていなければ、あるいは、弾道が1センチズレていれば、弾丸は頭部に命中していただろう。

トランプ氏は「懐かしい古き親友(とも)の声が聞こえて振り向いた、それがなければ自分は死んでいただろう、シンゾーに救われた」と語ったという。

しかし、周囲は、「今は、そういうことを公に語るのはマズイ、頭のおかしい人と思われる、神のご加護とでも言っておくべき」とトランプ氏の証言を止めているらしい。同時に、選挙の障害とならないように、世間に漏れ出た不都合な真実を、デマとして否定し、ウワサをかき消すように動いていると言うのだ。

「トランプはシンゾーの霊に救われた」より、「トランプは神に祝福された存在」の方が、コアな支持層であるキリスト教福音派の原理主義者たちに崇拝と熱狂を生みやすいという戦略的判断があったためだという。

一方では、もともと批判的な中間層を取り込むためには、トランプ神格化は逆にマイナスではないかという議論もある。

「神よりシンゾーに助けられたと言っている方が、かわいらしく、微笑ましいではないか」という話である。


信じられないような本当のような、不思議なウワサのファンタジック・ストーリー。


意外にも、チャレンジャーの蓮舫氏を最も支持したのは、70歳以降のお年寄りたちであった。この年代の蓮舫氏支持(得票)率は3割強あった。一方で10代の支持率は1割しかなく、20代・30代・40代・50代の支持率も2割程度で、60代でようやく3割弱だった。

総じて、蓮舫氏は若者にあまり人気がなく、支持が根強いのは高齢者ばかりであった。

蓮舫氏支持者の多い70歳以降の世代は、1954(昭和29)年よりも前の生まれで、70年安保の時に16歳以上だった。この世代は、主に70年安保・60年安保を経験した世代であり、特に70年安保闘争で活躍した全共闘世代(団塊の世代/終戦直後の1947〜49年に生まれた第一次ベビーブーム世代)をまるごと含む。

彼らが思春期にあった当時(1960年代)は、日本社会の風潮は非常に左翼的であった。

そう考えると、元ピースボートの辻元清美氏の勧めで立候補を決め、共産党の全面支援で選挙戦を戦った蓮舫氏に、このサヨク偏向世代の支持が集まるのは自然なことだったと思われる。

しかしながら、蓮舫氏にとって頼みの綱となった、この70歳以上の世代においても、小池百合子氏への支持は5割近く、蓮舫氏を大きく上まわっている。


一方で、ネットで支持を集めた石丸伸二氏の得票率は、蓮舫氏とは逆に、若い世代ほど高かった。特に10代・20代においては小池氏を超える4割の票を得た。30代でも3割の支持を集めた。

しかし、石丸氏への支持は、年齢が上がるほど、徐々に低くなり、70代以上では1割程度にまで低下する。

高齢者のデジタル・リテラシーの低さもあろうが、石丸氏の若さに対する不信感もあるのではないかと思う。「まだ青い」というか、「口だけ大きい事を言っている」と、現実的な実行力や手腕への疑念があったかもしれない。

経験浅く、まだ目の肥えていない若者には通用しても、人生経験の豊富な年長者には通じないというか、ここらへんに、この国の世代間の意識の決定的な違い(断絶)を感じる部分もある。

加えて、石丸氏は、男性票(27%)に比べて女性票(18%)が低かった。理屈や理念や論法など発言スタイルの論理性を重視する傾向が強い男性の支持は集めても、実生活のリアルな現実の問題解決能力や共感力や闊達なコミュニケーション能力を重視し、高く評価する傾向が強い女性の支持は集まらなかった。

とは言え、同じ女性の蓮舫氏も、男性票18%/女性票19%と、女性の支持を集めきれなかった

むしろ、女性の支持を集めたのは小池氏(男性票40%/女性票52%)であった

今回は、小池百合子氏の実績と実行力と安定感への信頼が、石丸氏や蓮舫氏による改革の期待を上まわったということだろう。


小池氏は、無党派層においても32%の支持を得、石丸氏(36%)に次いで、蓮舫氏(16%)を上まわった

こう考えると、蓮舫氏の支持は、全共闘世代の男性に固まっており、保守層からは、そっぽを向かれたことがわかる。

また、蓮舫氏は、若い世代では、LGBTとか、障害者とか、サヨクとか、ある意味、コアなマイノリティの層からは支持を得たが、それはあくまでも社会の少数派であって、多数派の支持とはなり得ていない。

これから、主要な支持層である年寄り世代がどんどん亡くなっていくと、辻元清美氏や蓮舫氏の支持は、ますます先細るしかない。

その意味では、共産党と立憲民主党の共闘には未来がないと言えるだろう。

ところが、共産党書記長の小池晃氏などは「もっと共闘関係を全面に押し出すべきだった」などと見当違いなことを言っており、立憲民主党代表代行の辻元清美氏は「共産とか立憲民主とか党派色を前面に出したのが嫌われたのではないか」とまったく逆のことを言っているが、いずれにしても、自分たちの存在が、どれほど保守層に忌避されているか、サヨク的思想色が強いのか、あまり自覚がないようだ。


国民民主党の玉城代表は「立憲民主党が共産党と連携するのは間違っている」と述べて、暗に「立憲民主党は国民民主党と連携するべき」と示唆しているが、その場合、今回の選挙戦を主導した辻元清美氏や枝野幸男氏ら立憲の左派は、蓮舫氏と共に、反主流派として隅へ追いやられ、党を主導する実権を失うだろう。

今回の選挙は、彼ら立憲民主党左派が、党の主導権を得るために行った復権運動であったのだろうが、逆に当てが外れて窮地に追い込まれているように思える。


一方で、石丸伸二氏については、2020年の広島県安芸高田市長選に立候補した際の選挙ポスターやビラの製作代金を印刷会社に一部未払いで訴えられていた件で、今回の選挙翌日の7月8日、最高裁は石丸氏側の上告を受理しない決定をした。これにより、印刷会社に請求された108万円の制作費のうち、既に払われている公費負担分の35万円分を除く73万円を全額支払うように命じる1審・2審の判決が確定した。

判決理由については、高等裁判所は、「印刷会社の見積もり額に相当性がある」として、「支払いは公費負担の範囲内とする合意があった」とする石丸氏の反論を退け、印刷会社の請求は妥当なものと認めた。簡単に言うと、「業者がまったく利潤の出ない契約(メールなどを一部介した口約束)をした」とする石丸氏の主張は合理性を欠くという判断だ。

裁判所は、業者の請求したポスターの製作代金は妥当なものと判断した。これに対して、元銀行員の石丸氏が、請求された金額について妥当なものと判断できなかったとは思えない。であるとするなら、コミュニケーションの過程で、何らかの行き違いから、「業者がポスター製作代金を相場以下の金額で採算度外視で引き受けた」と石丸氏が勝手に勘違いした可能性が高い。にもかかわらず、言った、言わないの感情的な口論になり、一向に支払おうとしない石丸氏に対して、たまりかねた業者が裁判に訴えたということだろう。そして、一審・二審での判決を不服とし、石丸氏は最高裁まで持ち込もうと上告したが、ついに却下されて判決が確定したという話だ。

石丸氏が少しでも業者側の立場に立って考えてみれば、請求された段階で支払いを済ませていたはずだ。最高裁まで引きずるような話ではない。

「業者が謝罪をしようとせず態度が悪いので払わなかった」という石丸氏の上から目線の絶対的に自分を正義とする信念(思いあがり)は、一般的には通用しない言い分だ。もっとも、「取引相手に利益が出ていなくても気にしない」という無慈悲で手前勝手な態度は、いかにも昨今の銀行員らしいと言えなくもない。

年収400万円の家庭で育ったとおっしゃっていたらしいが、本当にお金に困った経験があるようには見えない。社会的弱者の痛みはわからないのだろう。そうでなければ、妹さんの勤める業者に無理言って休日返上で急ぎで印刷してもらった選挙ポスターの代金を4年間も払わないなんてありえない。


また、安芸高田市議会で、居眠りしたい議員に、石丸市長が「恥を知れ!」と叫んだ動画を、石丸氏はSNSにあげ、その後、石丸信者たちの間で、この動画はバズり、居眠りをした議員には、自宅にまで「議員をやめろ!」という抗議の電話がひっきりなしにかかるようになった。

ところが、その議員が議会で眠りに落ちたのは、突然の脳梗塞の発症が原因だった。

その診断書は議長に提出され、その診断書はすぐに市長石丸氏のもとにもわたった。

しかし、石丸氏はその診断書を中身を確認せずシュレッダーにかけてしまった。そして、件の議員に「恥を知れ」発言について謝罪することもせず、SNSでの非難を訂正したり、信者たちに自分の非難は間違いであったことを公表することもなかった

それどころか、その後も、件の議員には「居眠りについての市民への説明が不十分」という文書を、石丸氏は執拗に繰り返し送り続け、仕方なく議員は記者会見を開いたが、それは逆効果で、石丸信者の迷惑電話はそれ以降、さらに激しくなった。「さっさと議員をやめろ」「死ね」という電話、無言電話、さらには殺害予告まで、昼夜を問わずかかってくるようになった。これが2年前の状況だ。

件の議員は、今年1月に、積み重なったストレスによって胃の持病が悪化して亡くなった。

結果として、石丸氏は、件の議員を虐め殺したかのような状況である。

しかし、この結果について、石丸氏は、自分の責任と自覚している様子はない。また、本人の著書にも、自分のメンタルの強さは、「相手の問題がどうなっても知りませんと割り切れるところ」があるためとある。

石丸氏のパワハラ・モラハラ体質と他者の痛みへの鈍感力が引き起こす事態は、部下を自殺に追い込んだ兵庫県の斉藤知事の場合とよく似ている。

そして、今年、安芸高田市民は、反石丸を掲げる人物を新しい市長に選んだ。


そう考えると、石丸氏は、東京都知事の重責を担う器にないという気がしてならない。

それどころか、特に石丸氏に敵認定された相手にとっては、人格的に甚だしく問題のある無責任かつ無慈悲なサイコパスとしか思えないだろう。

こういう社会性・人間性の深い部分は、本人が演出・編集・発信するSNSだけではなかなか判断できない。

ヒトラーだって、当時、最先端テクノロジーを駆使した強力かつ巧みなプロパガンダによって、国民投票で90%以上の賛成を集めて総統になったのだ。

繰り返すが、現在、誰にでも手に入る情報を冷静に分析すれば、石丸氏は当選させてはならない〝やばい〟人物だと容易に判断できる。

そうした冷静な判断がまったく通用しないのが、カルト〝信者〟であること、あるいは当人の〝判断力の欠如〟を示しているかもしれない。


今回の小池百合子氏の三選は、妥当なものだったと言えるだろう。


〈正しい少子化対策〉


①生物学的に女性が最も子どもを産みやすい10代後半で子ども(第一子)を産むことを政府が奨励する。(晩婚化・無子化の解消)⇨生物学的には高校生からの妊娠・出産が最も健康的で望ましく多産も期待できる。そのためには、中学生・高校生の男女交際や結婚を国家レベルで奨励していく法改正や教育的指導が必要である。だが、それ以前に、中学生・高校生の男女交際を〝不純異性交遊〟などと呼んで忌避する硬直的な教育指導を一掃し、男女の交わりを適切に評価する価値観の育成が必要である。「明るい男女交際」「明るい子育て」カウンセリングが、中高の学校教育の一環として取り入れられることは急務である。まずは、男女交際も子育ても、人間的成長にとって必須という認識が社会全体に広まらなければならない。それによって、10代後半で結婚して子どもを育てていることが、社会的に積極的に評価され、進学や就職にも有利に働くようになることが肝要だ。

「10代で子どもを産むのは不良」などという認識が世間一般に広くイメージされるようでは話にもならない。

同時に、夫婦が互いに「一緒に苦労する」という共同体意識を持って、力を合わせて支え合えるような度量のある人間性を育てることを最重要視する教育観・人生観が根付かねばならない。豊かな人生をおくるためには、学歴やキャリアなどより、その方がはるかに重要である。


②高校生と並んで第一子出産の生物学的な最適齢期である大学生の結婚・妊娠・出産を、国を挙げて大いに奨励し、「子育てに勝る人間教育はない」という価値観を大学教育においても学生たちに根付かせる指導を徹底する。(子育ての高付加価値化)⇨「妊娠・出産・子育て」による休学が、就職活動において、履歴(キャリア)上プラスになる社会的評価の醸成が急務である。将来的には、複数の子どもを連れて高校や大学で授業を受け、子どもを連れて会社や役所に出勤する風景がありふれたものとなるのが理想である。

そのためには、「社会全体で子どもを育てる」という考え方が、社会通念として確固としたものとなる必要がある。それによって、他人の子供であっても、自分の子供同様に、遠慮せずに気を配ったり叱ったりするのが普通になることが望ましい。〝情けは人の為ならず〟が、共通認識となる社会を目指すのだ。

すべての子どもに対して、大人たちは責任を感じるのが当たり前であって、もちろん、「保育所は子どもの声がうるさい」などと言われ、迷惑施設として地域住民に忌避され、建設反対の動きが起こって、保育園の開設が断念を余儀なくされる事態など、決してあってはならない。


③「子育ては人生最大の喜び」キャンペーンを展開する。(子育ての〝生きがい〟化) ⇨「子育ての喜びは、一人より二人、二人より三人と、子沢山で兄弟が増えれば増えるほど、親の喜びが大きくなる」というイスラエルのユダヤ教的価値観を見習い、「子沢山は善」「親であることは喜び」という価値観を日本社会に浸透させる必要がある。

そのために、保育園や幼稚園から、小中高、大学まで、「兄弟は多い方が楽しい」という価値観を植え付ける教育を徹底する。また、漫画、アニメ、ドラマ、映画などでも、5人兄弟、10人兄弟を主題とした作品を奨励し、文化的な浸透力で、国民の価値観の変容を促すことも考える。

結局、子育てが親の喜びにならなければ、少子化を克服することはできないのだ。

仕事より子育てがしたい」と、世の大人たちの多数が、男女共に思うようにならなければならない。

特に、経済的に富裕なセレブの間で、10代、20代の若さで、保育所や育児施設やヘルパーや親に頼らず、自分で育てる子沢山の専業主婦や専業主夫として、愛情に満ちた育児生活をおくることが、「豊かで幸福な家庭生活」と「充実した人生の成功」のトレンドとなり、やがては確固とした上流階級の社会的ステイタスの証となることが望まれる。

つまり、「うちの子は東大なんです」と言うよりも、「うちの子は10代で3児の親なんですのよ」と言う方が、自慢になる社会でなければならないということだ。



〈もう一つの安易な少子化対策〉


移民(難民を含む)を増やす。⇨アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツなどのように、異次元の移民受け入れ(難民含む)を実行すれば、第一に人口増加が見込まれ、労働力も増える

先進国の恵まれて育った若者たちと違って、移民の若者は、給料の低い、きつい仕事でも、高いモチベーションを保って仕事に従事することが多い。多少日本語がたどたどしくとも、やる気のある途上国の若者の方が、活力と忍耐力に乏しく、やる気のない、甘やかされてスポイルされた日本の若者より、労働力としては好ましい。不法移民を非合法で雇い、人件費を大幅に削減している経営者もいる。こうした移民労働力の利用によって、産業競争力の強化が見込まれる。

第二に、途上国からの移民は、先進国の若者より子どもを多く産むので、日本生まれの若者たちの出生率が低迷を続けようとも、移民の出産貢献によって全体の出生率が底上げされる

また、第三に、難民の受け入れを積極的に進めた場合、人道的責任を模範的に果たしていると見做され、国際社会から信頼と尊敬を得ることができ、国家としての信用や発言力が高まる。


一方で、当然だが、移民の急増にはリスクがある。犯罪の増加やスラムの形成。安価な労働力である移民に仕事が奪われ、給料も上がらないし労働環境が改善されない弊害。現地コミュニティとの軋轢や対立の先鋭化など、どこの国でも移民の社会問題化・政治問題化は免れない。国民の自国ファースト意識や排他的ナショナリズムを刺激する可能性も高い。また、移民は、一度入れてしまうと、簡単には追い出せない

こうした移民リスクが見過ごせないものになったため、人道的配慮から難民・移民受け入れに積極的で、100万人の難民を受け入れたドイツのメルケル首相は、国民の反発を招いて人気が急落し、首相の地位を追われた。イギリスは、移民の無制限な流入に耐えきれなくなって、ついにはEUを離脱した。アメリカでは、バイデン政権の寛容な移民受け入れ政策が、推定で730万人もの不法移民の流入を招いたとして、多くの国民の反発を招いており、それがトランプへの支持票になるのではと恐れられている。カナダでも、これまで移民受け入れに積極的だったトルド首相は、国内の家賃の高騰や医療制度への負担増などから、政府の移民受け入れに不満を持つ国民が増えていることから、移民抑制へと大きく政策の舵を切った。フランスのマクロン大統領も、国籍修得条件を厳格化するとともに、不法移民に対する規制を強化している。



〈まったく効果がない少子化対策〉


国家が、若い世代の結婚・妊娠・出産を促すために、また、男性も女性も、育児休暇と手厚い福祉・育児ケアを受けられるように、大規模な財政支出を行う。⇨これまで、すべての先進国の少子化対策は、このタイプのやり方であった。しかし、いかなる国の財政支出政策も、長い目で見れば、生まれてくる子どもの数を増やすのに成功していない

加えて、1980年代に、わずかに出生率を上昇させたとされる北欧諸国の手厚い福祉政策も、1990年代以降は、まったく効果をもたらさなかった。結局、手厚い援助が当たり前のものになると、次の世代は、出生のために更なる援助を期待するようになる。より依存性が高くなるのである。

また、豊かな先進国において、老後の年金や老人福祉などの制度が充実すればするほど、国民は子どもを作らなくなるという傾向がある。老後の面倒を見てもらうために、子どもを作る必要性がなくなるからだ。

「十分なお金をもらえれば、若い世代の結婚も増えるし、子供も産む」という問題ではないのだ。現代人は、特に若者は、気楽な独身のライフスタイルが好きだから、あるいは、他者に対する責任を負いたくないから、あるいは、結婚したい相手がいないから、結婚しないし、子どもを産まない。しかも、彼らが負いたくない結婚や子育ての〝責任〟とは、金銭的な不安というより、むしろ、家族が共同体であるために費やされる個人的犠牲、つまり、必要な人間関係のわずらわしさやストレスや費やされる時間である。そういう意味では、結婚も出産も、将来に向けてのリスクでしかない。この事実は、どれほど国が財政支出したところで変わるものではない。

特に東アジア圏では、結婚していない若者は、成人後も親と同居していることが多い。その場合、家賃や光熱費や食費などがかからず、稼いだお金は、ほとんどすべて自分の趣味に使えるし、貯金もしやすい。ところが、結婚すると、実家を出ることになり、それまで必要なかった家賃や光熱費や食費など生活費を自己負担しなければならない。

昔は、兄弟も多かったし、親の面倒を見なければならない一部の不運な人たちを除けば、成人したら自由を求めて親元を離れる若者が多かった。だから、かつては、結婚は、むしろ、生活費の節約につながったのだが、今では逆で、結婚すると、かえってお金がかかるのである。

だからといって、それまで親が負担してくれていた生活費を、結婚したから、今度は国に援助を求めるというのは何か違う気がする。若者がお金がないのは今も昔も変わらない。ただ、概して、昔の若者は、今の若者ほど依存性が高くなかったし、自立心が旺盛だった。

また、お金がある恵まれた人が、みんな結婚したがるわけではないし、子どもをたくさん欲しがるわけでもない。そうであるなら、セレブが、みんな、10代や20代前半で結婚し、子どもを5人、10人と産んでいるはずだし、そうした〝大家族〟が、豊かさのステイタスになっているはずだ。しかし、実際には、10代の結婚も、子沢山も、夢も希望もない途上国の貧困家庭のイメージでしかない。イギリスでは、大学卒業者は、高卒で社会に出た人々の1/2しか子どもを産まないというデータもある。財政が豊かで教養のある人々ほど晩婚化し、子どもを作らないのである。国の財政支出には、こうした社会の価値観を変容させる力はない。

少子化対策を財政支出に頼っている以上、豊かになればなるほど、少子化は進むしかないだろう。





〈難民の認定数〉(2021)

ドイツ  38918人

カナダ  33801人

フランス 32571人

アメリカ 20590人

イギリス 13703人

日本     74人


〈移民人口数〉(2020)※不法移民除く

アメリカ 5063万人

ドイツ  1573万人

イギリス  939万人

フランス  852万人

カナダ   805万人

スペイン  684万人

イタリア  639万人

日本    273万人

スウェーデン192万人


〈合計特殊出生率〉

フランス 1.68 (2023)

アメリカ 1.67 (2022)

ドイツ  1.58 (2021)

イギリス 1.56 (2021)

スウェーデン 1.45 (2023)

カナダ  1.43 (2021)

ノルウェー 1.41 (2022)

フィンランド 1.26 (2023)

イタリア 1.25 (2021)

日本   1.20 (2023)

スペイン 1.19 (2021)