私が不思議なのは世界一危険だと言われる普天間基地に隣接して、なぜ普天間第二小学校や沖縄国際大学が作られたのか、という疑問です。

危険だと思うなら、なぜわざわざ普天間基地に隣接して、子どもたちの集まる施設をつくったのでしょうか?

当時は、それほど危険だと思っていなかったからではないでしょうか。


それに、普天間飛行場など問題にならないくらい、本当の意味で、世界一危険な飛行場は、旧石垣空港でした。

嘘ではありません。

例えば沖縄県の滑走路の長さをランキングで比較すると以下のようになります。

1位 嘉手納飛行場 3688m

2位 那覇空港(第一滑走路) 3000m

2位 下地島空港 3000m⇦空自基地候補

4位 普天間飛行場 2740m⇦これだけ長い滑走路があるので世界一危険な飛行場とは言いにくい

5位 那覇空港(第二滑走路) 2700m(2020年〜)

6位 宮古・久米島・与那国空港・新石垣空港(2013年開港)2000m

7位 旧石垣空港 1500m 〜2013年まで

◉旧石垣空港は、滑走路があまりに短いため、毎日離発着しているボーイング737が、離陸時には「ロケットスタート」という急加速離陸を行わなければならず、着陸時には最大限の急ブレーキと最大出力の逆噴射で機体が前のめりになるほどの過酷な着陸をしなければならない、普通にソフトランディングしたら速度が落ちきらずオーバーランしてしまう、間違いなく世界一危険な飛行場の一つでした。


※旧石垣空港は、石垣市のど真ん中にあって、高層ビルのスレスレを飛び、停止も常にギリギリだったので、ジェット旅客機が離発着するたびに、乗客にはものすごい緊張感がありました。明らかに普通の離発着とは違ったからです。離発着時におけるGのかかり方が半端ではないからです。

パイロットも、旧石垣空港で離着陸するには、各社が独自の社内訓練プログラムで定めた特殊資格を有する特別な技量を持つパイロットしか許されませんせした。


要するに、2004年に、普天間飛行場が世界一危険な飛行場と呼ばれていた時点で、旧石垣空港は普天間飛行場を遥かに上回る危険すぎる飛行場だったのです。

しかし、新石垣空港建設反対の運動が激しく、建設は遅々として進まず、しかも、新空港建設反対の運動家たちは、普天間基地反対や辺野古移設反対の運動家と同じようなメンバーでした。

私は、普天間飛行場は危険だと大騒ぎする人たちが、旧石垣空港についてはまったく騒がないのが不思議でした。それどころか、滑走路が長くて安全な新石垣空港の建設を妨害し続けて、何十年も工事を遅らせてきた挙句、当初の2500m滑走路計画を頓挫させ、結局、新石垣空港の滑走路は、普天間飛行場よりずっと短い2000mになってしまいました。

それなのに、新石垣空港と比べても滑走路が740mも長い普天間飛行場を、今でも危険と言い続ける意味がわかりません。

「孫悟空は日本で生まれた!」の意味は、「世界的に有名な漫画『ドラゴンボール』の主人公である孫悟空の生みの親は日本人の鳥山明氏だ!」とか、そういうことが言いたいわけではない。

そうではなく、元祖〝孫悟空〟の物語である「西遊記」に関わる話である。

孫悟空の名を世界に知らしめたのは「ドラゴンボール」だろうが、元々は中国の小説「西遊記」の主人公である。

西遊記は、日本でもアニメ化やテレビドラマ化が何度もされてきた。有名なのは、堺正章が孫悟空、西田敏行が猪八戒、岸部四郎が沙悟浄、夏目雅子が三蔵法師を演じ、主題歌「モンキー・マジック」「ガンダーラ」をゴダイゴが担当した1978年のテレビドラマ作品だろう。

古くから日本でも馴染み深い小説なのだ。


西遊記は、「16世紀末、明代後期に、呉承恩が、それまで長い年月をかけて伝承されてきた講談や演劇を編集して一冊の長い物語としたもの」とされる、三国志、水滸伝と並ぶ、中国三大奇書の一つである。

三大奇書の中でも、特にファンタジーの色合いが濃い作品である。

この文学作品の主人公が、如意棒を持ち、金斗雲に乗る孫悟空という妖怪猿なのだが、さて、この妖猿は、どこで生まれたのだろうか。


西遊記によると、東勝神州という東の果ての大陸の海岸部にある傲来国の先の海に浮かぶ孤島にある花果山の山頂にある仙石が割れて、石の卵が生まれ、その卵が割れて、中から飛び出したのが、後の孫悟空となる石猿であったと記されている。

花果山は、四季を通じて美しい花が咲き誇り、果実が実る美しい島にあり、山には巨大な滝があり、猿たちが飢えることなく暮らす幸せの島(桃源郷?)の中央にある霊山である。

さらに花果山は、世界の大地のあらゆる山脈をつなぐ竜脈の中心であり、仙人の住む三つの聖なる島へ大地のエネルギーを送り出している源流である。

花果山の山頂には、天地開闢以来、何億年もかけて、太陽、月、宇宙の陰陽五行の霊気を吸収し続けた仙石があった。この霊気が極限まで溜まった時、仙石がばかっと割れて石の卵が姿を現し、その石卵に風があたった瞬間、まばゆい光を放って卵の中から石の猿が飛び出してきたのだ。

その後、石猿は、山の猿たちの王となり、楽しく暮らしていたが、ある時、「どんなに楽しい日々も、いずれは終わってしまう」という世の無常を儚み、「死んでしまえばすべては終わりだ」と嘆いて、はらはらと涙を流す。

そして、不老不死を目指して仙人に教えを乞うために石猿は筏に乗って旅に出る。

その後、不老不死の力を得て帰ってくるが、「斉天大聖」を名乗って天界と戦うなど、散々やり散らかす。そして、釈迦如来に巨大な岩(五行山)の下に押さえつけられて、500年を過ごす。

その後、いろいろあって、三蔵法師と共に、仏教の教えを学ぶために、西域(天竺・インド・ガンダーラ)へと長い冒険の旅をして、中国(長安・大興善寺)にサンスクリット語の仏教経典を大量にもたらした。


この物語について考察すると、孫悟空が石猿として生まれた孤島は日本列島であり、その孤島にある花果山とは、日本アルプスから富士山にかけての山々ではないかと推測される。

理由は四つある。


①地殻構造から考えて、日本列島は、ユーラシアプレートと北米プレートという二つの大陸プレートの下に、太平洋プレートとフィリピン海プレートという二つの海洋プレートが潜り込むという、四つのプレートがぶつかり合う、世界的にも唯一無二の構造を持つ、大地のエネルギーが集中する島々である。

四つのプレートの連結点は、フォッサマグナ(糸魚川-静岡構造線)と呼ばれ、日本列島をブーメラン型に折り込む強大な力がかかっており、その力によって日本アルプスや富士山が生まれている。

つまり、富士山は、地球の巨大な地脈である環太平洋造山帯の北端にあって、プレート同士の圧力がひしめき合っている、世界的にも稀なエネルギー集積点であり、地震・火山地帯の中心である。

この地学的事実が、「花果山は世界の龍脈の中心」という西遊記の記述と一致する。


②日本列島は南北に細長く、亜寒帯の北海道から亜熱帯の沖縄まで、四季を通じて花が咲き、果実が実る上に、猿が生息する北限の地であるという事実が、西遊記の花果山のある東の果ての孤島に関する、四季を通じて花が咲き、果実が実り、猿が飢えないという記述と一致する。


③10世紀頃、成立した「竹取物語」の記述には、かぐや姫が帝に残した不老不死の妙薬を、帝が富士山の山頂で焚き上げしたが、その煙が尽きることがなく、それ以降、不死山と呼ばれるようになったとある。

これは「西遊記」で、石猿が不老不死を求めて仙人の教えを乞いに旅立ち、その後、仙桃を食べて、不老不死となって花果山に帰ってくるという記述と重なる部分がある。


④「東の海の果てに蓬莱という孤島の理想郷がある」という中国古来の言い伝えがある。これは蓬莱🟰日本と捉えるべきである。そして、この蓬莱伝説に見られるような、当時の中国人の日本への憧れが、西遊記の成立に影響を及ぼした可能性がある。

蓬莱は、金銀が豊富で不老不死の妙薬が湧き出る土地で、仙人や神々が住まう東の海の孤島である。その意味では、不老不死となって斉天大聖を名乗った石猿やかぐや姫の不死の山の話とも繋がってくる。


さらに、「孫悟空が、三蔵法師と共に西域へ向かい、西域で仏教の教典(教え)を授かって帰ってくる」という「西遊記」の物語の大筋には、「東の果ての霊山を旅立った東の仙人が、西域の霊山で新たな知恵を授かって、再び東の霊山に帰ってくる」という歴史上の大きな物語が隠れているとも考えられる。

上記の「『西遊記』は、日本と西域という二大パワースポットを結ぶ旅の話である」とする推論を検証する上で、この仮説を支える三つの論拠がある。


①「西遊記」は、東の果ての霊山に生まれた荒ぶるエネルギーそのものである孫悟空が、西の果ての霊山を目指す三蔵法師と出会い、その旅を通じて仏教の教えを学び、自分自身の生命力を正しい方向へと昇華させる。つまり、東のエネルギーが西の知恵によって調和される物語である。

しかし、この物語には後日譚がある。長安に戻った三蔵法師は、大興善寺で大量に持ち帰った経典の漢訳に明け暮れる。玄奘が亡くなって140年経って、空海が唐に留学生としてやってきて、当時の大興善寺の最高指導者である恵果阿闍梨に弟子入りし、玄奘の伝えた仏教の秘伝の教え(密教)を、直接伝えられる。

玄奘が西から持ち帰った仏教の真髄は、空海によって東へ持ち帰られた。そして、帰国後、空海は、高野山という霊山に寺を開き、玄奘が西から持ち帰った知恵は、東の日本で永遠の生命力を得ることになったのである。


②Y染色体ハプログループで考えると、現在、東の島々(日本列島)の霊山(高野山・比叡山など)に密教が継承されている「東の仏教国・日本」にはD1a2が生存し、西域の霊山(チベット)に密教が継承されている「西の仏教国」にはD1a1が生存している。

D系統は、伝統重視で超保守的な定住者であり、変化と争いを嫌う平和主義者である。

加えて、インドのアンダーマン諸島の小島に生存する数百人を除けば、D系統の生存者の99.999%が、東の果ての日本と西の険しい高地チベットに、大陸を席巻・支配するO系統に分断されながら、現在、奇跡的に生存している。

この遺伝学最大の謎のひとつとされる、二つの孤島のように孤立して分布するD系統文化圏を、精神的に結びつけたのが「西遊記」の旅ではないかと考えることができる。


③縄文時代、亜熱帯ジャングルのある沖縄から北海道まで縄文文化は広がり、定住・受容・調和を志向するD1a2は、臨機応変、好奇心旺盛な冒険遺伝子C1a1と常に一定割合で共存していた。この二つの民族は1万年以上にわたって、対立や離反することなく、ひとつの縄文コミュニティーとして、融合・共生が深まっていったと考えられる。

この平和と調和と共生を特徴とし、土偶や火焔式土器に代表されるように、大地の女神に象徴される精霊信仰をもって荒ぶる自然のエネルギーと共に生きる縄文文化圏こそが花果山であると推測できる。

なぜなら、C1a1とD1a2が生き残ったのは、世界の中で縄文文化圏(日本列島)だけだからだ。

日本こそが不死の島であると言える論拠である。

また、孫悟空が、C1a1の溢れるエネルギーと冒険心を携えて、西域や天竺へと大海原や大陸を旅して、D系統の静的なエネルギーと調和し、その知恵を持ち帰るという「西遊記」のストーリーとも重なり合う。


このように考えると、「西遊記」は、古代に共通の根を持ち、ユーラシア大陸の東の果ての霊山「日本」と西域の霊山「チベット」に分かれたD系統の血脈が、精神と生命の循環によって再び結び直されるという人類学的なオデッセイとして捉え直すことができる。

以上の理由から、孫悟空は日本で、しかも富士山頂で生まれたという推測が成り立つ。


結論。孫悟空は日本で生まれたのだ。




人は、文学・小説・物語を、いったい何のために読むのだろうか。

学術書や思想書やノンフィクション・ドキュメントなどと違って、少なくとも、知識や教養を増やすために読むのではない。教科書や参考書や辞書などと違って、勉強や受験のために読むのでもないし、エッセイや新書などと違って、何かの知恵や技術や発想を得るために読むのでもない。

一言で言うなら、文学・小説・物語は、楽しむために読むのだと言えるだろう。

しかし、物語の読書を好まない人の中には、「楽しむと言っても、いったい何を楽しむのか?」と疑問に思う人もいるだろう。

物語を読む時、人は何を楽しむのだろうか。

それは、端的に言えば「ここではないどこか別の世界で、別の人生を生きること」を楽しむのだと言えるのではないだろうか。

今流行りの言葉で言うなら、異世界転生や転移を楽しむのである。


①すべての読書は、異世界転生である。

誰も知らない小さな国(佐藤さとる/1959)」という名作がある。私が、小学校1年生の時、初めて、読んでいて時間を忘れた本だ。学校の小さな図書室でひとりぼっちで読み始めた。読み終わった時、日がとっぷり暮れていた。びっくりした。読んでいる間、私は別世界にいたのだ。私の最初の異世界転生の体験である。


②親のいない子になる

家なき子(マロー/1878)」で、私は初めて親のない子になった。親だけではない。家もないし、兄弟も親戚もいないのだ。引き取ってくれた旅芸人のおじいさんとの旅は、とてつもない冒険だった。冒険なんだけど、その旅が日常生活なのだ。実に得難い体験だった。

小公女(バーネット/1887)福音館」では、孤児として、もっとつらい生活を体験した。意地悪で冷酷なミンチン先生に虐め抜かれて、それでも空想の世界で楽しみを見つけて自分を保つセーラと一緒に、私も地獄を潜り抜けた。

黒い兄弟(リザ・テツナー(1940)」では、初めて実の親に売られた。それでも、親に売られた仲間も誰も親を恨んだりしていなかった。家畜同様の扱いを受けながら、それでも、心が通じるヤツはいる。ハードボイルドの社会を初めて体験した。


③ピンとキリを体験する

王子と乞食(マーク・トウェイン/1881)」では、大英帝国の王子の生活とロンドンの貧民窟の乞食の生活を、同時に体験した。

モンテ・クリスト伯(デュマ/1844)」では、貧しい船乗りと囚人と億万長者の貴族を体験した。

こうして私は、世の中のピン(頂点)とキリ(最下層)の世界の両方を知ったのだ。

王のしるし(サトクリフ/1965)」では、コロッセオの剣闘士(奴隷)からケルト(ピクト人)の王になった。奴隷から王、しかも偽王だ。劇的な人生である。さまざまな激動を乗り越えた末に、最後に真の王となれた時、はたして私はそれを本人として体験できたのかどうか、怪しいのだが…。※ハインラインのヒューゴー賞受賞長編「ダブル・スター」にインスパイアされて書き上げた傑作。


④人間以外のものになる

ピノッキオの冒険(コッローディ/1883)福音館」では、ゼペットじいさんにつくられた木の人形になった。でも、なぜかゼペットじいさんは、本当の親より僕を大切にしてくれた。それなのに僕は、じいさんを置いて旅に出てしまった。本当の人間の子どもになるために。

バンビ(ザルテン/1923)」では、森の中で鹿として生まれた。子鹿として、森の生活に浮かれてはしゃいでいたが、なぜか、現実の父親やお祖父ちゃんより、いかめしい堂々とした雄鹿が現れて、「落ち着きがない」とたしなめられた。かっこいい威厳ある立派な雄鹿だった。

冒険者たち ガンバと十五ひきの仲間(斎藤惇夫/1972)」では、ネズミの世界で、人間でも滅多に体験しないような過酷な冒険をすることになった。しかも、理由は引っ込みがつかなくなったから…。ちょっとヤバかった。

さすらいのジェニー(ギャリコ/1950)」では、猫になってしまう。死ぬほどお腹が減っていた時、雌猫のジェニーが取ってきたネズミを食べたのだが、これが美味いというのが、ちょっと信じられなかった…。


⑤初めて銃を撃つ

宝島(スティーブンソン/1883)福音館」では、大人に混じって、初めて銃を撃つことになった。海賊シルバーたちと戦って生き残るためにはやむを得ないのだ。

二年間の休暇(ヴェルヌ/1888)福音館」では、ヤバい大人たちから仲間たちを守りために銃を撃った。人を殺した。やらなければやられる。無人島には警察はいないのだから。

モヒカン族の最後(クーパー/1926)福音館」では、滅びゆくネイティブ・アメリカンの誇り高いモヒカン族の最後の勇姿に哀愁を感じた。


⑥子どもだけの世界へ行く

ピーターパン(バリー/1911)福音館」では、ウェンディは親を恋しく思うが、ピーターは「親なんてつまらないものは、僕は必要ないんだ」と言う。読み終わって、私はどちらだろうと迷ってしまった。

オズの魔法使い(ボーム/1900)福音館」では、勇気とは何か、知恵とは何か、ハートとは何かを考えさせられた。

不思議の国のアリス(ルイス・キャロル/1865)福音館」では、どこまでも落下する穴がすごかった。途中で棚のマーマレードの瓶を取ったりするのもテクニックがいるよなあと考えてしまった。


⑦宇宙へ行く

大宇宙の少年(ハインライン/1958)」では、初めてホンモノの宇宙服に身を包み、月世界を歩いた。それどころか、極寒の冥王星まで宇宙服で歩いて凍死しかかった。まさに命懸けだった。※ハインラインの最高傑作。

都市と星(クラーク/1956)」では、はるか未来の都市ダイアスパーから、たった一人で旅立ち、宇宙にまで飛び出した。とてつもない冒険だった。※クラークの最高傑作。

星の海に魂の帆をかけた女(コードウェイナー・スミス/1960)」では、光子帆船をたった1人で操縦するパイロットとして、40年の実際の航行時間を1カ月の主観時間に縮める処置を受け、ブリッジで立ったまま飲まず食べず眠らずに操縦を続けられる処置を施されて、星の海に旅立つ女性船長ヘレンの物語。


⑧死後の世界へ行く

はるかな国の兄弟(リンドグレーン/1973)」では、私は初めて死んだ。お母さんを残して。優しい兄のヨナタンが待っていることを信じて。ヨナタンに会えて嬉しかったな。

ナルニア国物語(ルイス/1950)」では、私は初めて神に出会った。父なる神の子であるライオンに。でも、私にとってはアスランは、父なる神そのものだった。


⑨過去の世界へ行く

アーサー王宮廷のヤンキー(マーク・トウェイン/1889)」では、中世のイギリスで、19世紀末のアメリカ人が、当時の科学の知識で魔法を起こして危機を乗り越えていく。発想にしびれた。

ふりだしに戻る(フィニイ/1970)」では、90年前のニューヨークへタイムスリップする。過去の世界の素晴らしさにときめきが止まらなかった。

トムは真夜中の庭で(ピアス/1958)」では、不思議な過去の庭へ迷い込んだ。過去は過去なんだけど、少し幻想的な過去との出逢いだ。

時の旅人(アトリー/1932)」では、300年前の荘園に迷い込み、スコットランド女王メアリーの救出を計る貴族の陰謀に触れる。館の中で現代と過去の境界の薄さが幻想的で、まるで夢の中にいるようだった。


⑩剣と槍と弓で戦う世界へ行く

剣と絵筆(ピカード/1981)」では、剣で身を立てるのか、絵で身を立てるのか、最後の最後まで迷い続ける。決め手となったのは、どちらが自分にとって幸福かだ。自分の幸せとは何か、深く考えるきっかけとなった。

太陽の戦士(サトクリフ/1957)」では、独りでオオカミを殺せない者は一族として認められない。右腕が使えない少年がどうやって試練を乗り越えるか、絶望と孤独の後のどんでん返しが救いだった。

ともしびをかかげて(サトクリフ/1959)」では、ローマ帝国の撤収で、故郷ブリテン島を離れなければならなくなったローマ軍の青年指揮官アクイラが、悩んだ末に軍を脱走してブリテン島に残ったが、アングロ・サクソンの侵攻で父は殺され、妹は連れ去られ、自分も奴隷にされてしまう。そこから激動の人生が始まる。ものすごく過酷な人生を生きた気分になった。

ドン・キホーテ(セルバンテス/1615)」では、時代遅れの騎士道に憧れるおじいさんが、胸に燃え上がるロマン(厨二病?)に導かれるままに、遍歴の旅を続ける。彼は狂人か、それとも、狂った世界で唯一の正しき人なのか。「起きて、夢見よ!」は生き方として成り立つのか…。


⑪妖精の世界へ行く

風の妖精たち(ド・モーガン/1900)」では、さまざまな精霊が人間を助けたり、深い忠告を与えたり、滅ぼしたりする。精霊の世界は純粋で変わらない。変わるのは人間の心だ。「親は子どもの幸せ以上のものを求めるようになる」という雨の乙女に出てくる妖精の忠告が強い印象に残った。

石の花(バジョーフ/1939)」では、妖精の女王さまに恋する話がたくさん出てくる。永遠の時を生きる妖精の女王さまに人間の恋は決して実らない。それなのに、その妖精の女王さまの誰も届かない心の深いところに、人の本当の幸せというものが隠されているんだ。

トルストイ民話集(1881〜86)」では、ヤバい話がたくさん出てくる。例えば「人は何で生きるか」を読んだら、とりあえず漠然とした将来のためにいい学校に入るためにやる受験勉強がいかに無駄かわかる。そして、「人にはどれほどの土地が必要か」を読めば、本人の肥大した欲望が人を殺す業の深さが恐怖を伴って実感できる。


⑫魔法の世界へ行く

魔法のベッド(ノートン/1957)」では、初めて魔女というものに出会った。それも定番のお婆さんの悪い魔女じゃなくて、謎めいた、一見普通の女性だ。でも、彼女のベッドは空を飛ぶんだよね。

魔女とふたりのケイト(ブリッグズ/1979)」では、なんと主人公のお母さんが魔女で、しかも、再婚した夫と夫の連れ子を始末して、すべて娘に遺産を継がせたいという困った母親愛のある〝悪い魔女〟なのだ。そこから、主人公と母親との対決が始まる。

クラバート(プロイスラー/1971)」では、魔法の学校に通うことになる。ただ、この学校は、ハリーポッターの魔法の学校とは違って、悪魔に支配された相当にヤバい学校だ。ここから、どうやって脱出するかが物語のテーマとなる。

忘れ川をこえた子どもたち(グリーぺ/1964)」では、ついに世の中の歪みを正す、真の魔女に出会うことができた。魔女とは、内なる世界の専門家なんだなと気づかされる一編。


⑬内なる世界の戦いへおもむく

モモ(エンデ/1973)」では、時間どろぼうと戦う。モモは親のいないホームレスの女の子だが、友だちはいっぱいいる。お金は持っていないが、時間だけはたっぷり持っている。モモと一緒に、不思議な世界を潜っていく旅。

ゲド戦記 影との戦い(ル・グウィン/1968)」では、もう一つの魔法学校へと通った。今度こそ、ホンモノの素晴らしい魔法学校だった。なのに、そこでもヤバいことが起こってしまう。自分の影が、影の世界からこの世界へ出てきてしまうのだ。地球とはまったく別の惑星世界で、魔法使いゲドと一緒に、影を追いかける旅。

パーマー・エルドリッチの三つの聖痕(ディック/1965)」では、地球温暖化が進行し、人類が他惑星に強制移住させられた世界では、過酷な環境に絶望した入植者がドラックにはまりがちである。そこに、大富豪パーマー・エルドリッチがまったく新しい強力なドラックを持ち込む。このドラックを投与された者は現実と幻覚の境界が消滅した世界に突き落とされ、ドラックの効果は永続的に続く。悪夢から覚めたと思っても、実はそこも幻覚の世界の一部であり、決して逃れることはできない。それでもドラックに侵された主人公レオはこう言う。「つまり、こうなんだ。人間が塵から作られたことを忘れてはならない。その惨めな出だしの割には人間はまずまずうまくやってきた。だから、今、直面しているひどい状況も、きっと切り抜けられるはずだ。」悪夢と絶望の書でありながら、希望の書でもある名著。


⑭未知の世界へ

海底二万里(ヴェルヌ/1869)福音館」では、謎めいたネモ船長の潜水艦ノーチラス号で、神秘的な深海の世界へと案内される。

ジャングル・ブック(キップリング/1894)福音館」では、オオカミに育てられた少年モーグリとして、大好きな黒豹のバギーラたちとジャングルの中で生きる。

緑の少女(トムスン/1995)」では、未知の緑の惑星で致死性の重篤なアレルギー反応で瀕死の重体になった地球人の異星調査チームの最後の生き残りである女性生物学者のジュナは、皮膚の色で会話をする両生類型の知的生命体テンドゥに、環境に適応できるように彼らと同じ身体に変態改造され、命を救われる。意識を取り戻したジュナは、人類の精神を持ちながらテンドゥの身体で、彼らの社会や生態系や関係性を学んでいく。ファースト・コンタクト・ストーリーの傑作。


⑮素晴らしい夏休みを過ごす

トム・ソーヤーの冒険(マーク・トウェイン/1876)福音館」では、ホームレスの少年ハックたちと素晴らしい冒険を繰り広げる。洞窟の中に迷い込んでスリリングな体験もする。

ハイジ(スピリ/1880)福音館」では、アルプスの山の雄大な自然の中で、おじいさんの山小屋で暮らす。夜は満天の星空を見ながら眠るのだ。

海へ出るつもりじゃなかった(アーサー・ランサム/1937)」では、知り合いになった若者のヨット〝ゴブリン号〟の係留中に、留守番で乗り込んでいたツバメ号の兄弟姉妹四人組が眠っている間に、霧に巻かれて錨を失い、強風に流されて河口から外海へ出てしまった。それから、四人組のサバイバルが始まる。

思い出のマーニー(ロビンソン/1967)」では、心の中に鬱屈と葛藤を抱えながら、学校も行かずに、田舎町で長い夏休みを過ごしている。そこで、アンナはマーニーに出逢う。それから、素晴らしい夏休みが始まる。


⑯天才になる

アトムの子ら(シラス/1953)」では、精神科医ピーターが、天才少年ティムに出会う。ピーターは、ティムの信頼を得るにつれて、ティムの秘密を少しづつ見せてもらえるようになる。天才少年の秘密の生活を見せてもらう。

アルジャーノンに花束を(キイス/1966)」では、知能指数70の〝うすのろ〟から、手術によって天才へと生まれ変わる。幸せな〝うすのろ〟から不幸な天才へと。


⑰超人になってみたが、つらい

闘士(ワイリー/1930)」では、主人公の生き様を共に歩んで、スーパーマンはとても孤独でつらいということが、身に沁みてわかった。

人間以上(スタージョン/1953)では、異能を持つ奇形児集団の一員となって、世の中から無能と見られ、気味が悪いと排斥される中で、仲間を支える献身的愛情に救われた。


⑱ここは、ユートピアか、ディストピアか

蝿の王(ゴールディング/1954)」では、南洋の無人島に不時着した旅客機で生き残ったのは、同じ男子校の小学生と中学生の男の子たちだけだった。そこから子どもたちの共同生活が始まった。しかし、その生活は、長くは続かず、子どもたちは、激しい対立をするようになるのだった。※元祖バトルロワイヤルの世界。

1984年(オーウェル/1949)」では、〝偉大なる兄弟〟の支配する独裁国家で、自由と愛に目覚めたレジスタンスの若者たちの活動が始まった。しかし、やがて、その活動は当局に知られ、徹底的に潰されることになる。※読んでいて受けたショックの大きさトップランクの物語。

オメラスから歩み去る人々(ル・グウィン/1973)」では、たった一人の子どもの犠牲を代償に永遠の繁栄を続ける幸せの都オメラスから歩み去る人々について語る。ほんの数ページで人生の道を指し示してくれた作品。※伝説的な名作短編。

ライアへの讃歌(マーティン/1974)」では、テレパシー能力を持つロブとライアの恋人同士が、調査に来た惑星で、意識の完全な融合を求めて巨大寄生生物に人々が進んで取り込まれていく事件に出会った。寄生された人は、巨大な幸福感と愛に包まれて、徐々に飲み込まれていくのだ。ライアは、この寄生に激しく惹かれ、自ら巨大生物に入ってしまう。ロブは、ライアに寄生状態に参加するように呼び掛けられるが、彼はライアに合流する気にはならず、独りで、この星を後にする。中編ながら、いかに生きるかの指針となった物語。※屈指の傑作中編。


⑲別世界を旅する

風のような物語・はるかに遠い場所(ポスト/1974)」では、アフリカの大自然の中を、開拓地の壊滅で家族を失い、友人のブッシュマンのカップルに助けられた白人の少年フランソワと少女ノンニが、四人でカラハリ砂漠を逃避行していく。自分自身の生き方を予言するような雄大な魂の旅路の物語。

所有せざる人々(ル・グウィン/1974)」では、ウラスという豊かな自然と資源に恵まれ、資本主義社会が高度に発達した惑星をめぐる、アナレスという荒涼とした砂漠の月(二連星の惑星)を開拓した無政府主義者たち(オードー主義者)が、私有財産制を否定し、所有の概念を捨てた人々が、新しい社会を築いている。このアナレスの天才物理学者シェゲェックが、数百年ぶりに母星ウラスへと旅立つ。痛みを共有することの大切さを教えてくれた物語。

地上の旅人エイラ(アウル/1980〜2011)」では、三万五千年前、氷河期のユーラシア大陸で、地震で両親を失い、ネアンデルタール人の部族に育てられたクロマニヨン人の少女エイラが大陸を旅する壮大な物語。


⑳時空を超える旅

ジェニーの肖像(ネイサン/1939)」では、1934年の冬、ニューヨークで、無名の売れない若い画家イーベンが、鬱屈した心を抱えて、夕暮れの凍てつくセントラル・パークを、独り歩いていた。イーベンは、そこで一人遊びをしている奇妙な少女ジェニーに出会った。ジェニーは調子外れの声で奇妙な歌を歌う。「何処から来たのか、誰も知らない、何処へいくのか、皆行くところ、風は吹き荒び、海は渦巻く、けれど誰も知らない」そして、「大人になるまで待っていて」とイーベンに言うのだった。「お前は何者なのだ」という魂への問いかけに人は答えなければならないという言葉が心の刻まれた。

高い城の男(ディック/1962)」では、第二次世界大戦で、日本とドイツが勝利し、アメリカを日独が分割統治している世界で、日本が統治する太平洋合衆国が舞台となっている。とは言え、決して、ディストピア小説ではない。世界の破滅を救うために、重要な役割を担う日本人も出てくる。パラレル・ワールドへの最も印象的な旅。


㉑人形たちは語る

人形の家(ゴッデン/1947)」では、二人の少女から念願のビクトリア朝風の「人形の家」をもらった人形たちが、その家とセットでやってきた高慢で冷酷な美しい花嫁人形のせいで、平和だった人形の家族の調和が乱れ、様々な事件や災いが起こってくる。邪悪というものを体験させてくれた児童書。

七つの人形の恋物語(ギャリコ/1954)」では、田舎から女優になる夢を抱えてパリに出てきた少女ムーシュが、夢破れてセーヌ川に身を投げようとしていた時、それを止めたのは人形劇の舞台に立った少年の人形だった。それからムーシュは、人形劇の一座の一員として、七つの人形と行動を共にすることになる。極限の心の危機を救うのは無償の愛であることを教えてくれた物語。


㉒神や仏に出会う

西遊記(呉承恩/16世紀末)福音館」では、東の海の果ての孤島にある、世界の山々の根源にして大地の霊気が充満する花果山の頂上にて、陰陽五行の気を数億年吸収した仙石が割れて石の卵が現れ、さらにその卵が割れて石猿が飛び出した。この石猿は、花果山の猿たちの王となり、猿王国は数百年の繁栄を得たが、石猿は、ある日、この生の喜びも永遠ではないことを哀しみ、永遠に生きられる仙人から不老不死の秘密を得ようと旅に出る。

青銅の弓(スピア/1961)」では、紀元1世紀、ローマ帝国支配下のパレスチナで、ローマ軍に父親を殺されたユダヤ人の青年ダニエルは、母親の死後、父親が殺される場面を幼い頃に見てしまったショックから家に引きこもって外へ出れなくなった妹の世話をしながら、ローマへの復讐心に燃えていた。地元の村の血気にはやる若者たちによる反ローマの秘密組織をつくり、リーダーとして、ローマ軍への妨害活動などを行なっていたが、その一方で、友人の勧めで、ナザレのイエスという男の話を聞きに行く。


㉓身を捨ててこそ…

冷たい方程式(ゴドウィン/1954)」では、地球から遠く離れた辺境の植民惑星で流行する致命的な疫病の抗血清を届けるために、あらゆる積載重量をギリギリまで計算して希少な燃料を限界まで削っている乗組員一名の小型緊急輸送船が向かっている。ところが、パイロットは計算にない重量を船内に感知し、辺境惑星の兄に会う為に密航した少女を発見する。地球育ちの少女は、法を破っている自覚はあったが、まさか、自分の余分な重量のために燃料不足で船が地上に激突し、自分とパイロットだけでなく、血清を待っている感染者たちも死んでしまうことなど、まったくわかっていなかった。そのため規則では、「密航者は発見次第、即座に船外へ投棄しなければならない」と定められていたのだ。※SF史上の残る名作短編。

たった一つの冴えたやり方(ティプトリー・Jr/1985)」では、大富豪の娘コーリイが、16歳の誕生日に両親に買ってもらった個人用宇宙船を、密かに深宇宙探査可能に改造して、内緒で人類未到の領域に向けて冒険旅行に旅立つ。旅の途中、コーリイは、脳に寄生する未知の知的生命体シビルと出会う。脳を共有したコーリイとシビルは親友になるが、幼いシビルが成長するにつれて、シビル本人も知らなかった寄生生命体の本能的衝動が目覚め始める。その本能は「宿主の脳を食い尽くし、狂わせて破壊する」という性衝動だった。シビルは、コーリイの脳を食い尽くすと、大量の胞子を空気中に噴出するので、この宇宙船が人類に発見されると人類滅亡の可能性もあり得ることがコーリイには理解できた。その時、コーリイが考えた〝たった一つの冴えたやり方〟は? ※伝説的名作中編。


㉓アンドロイドは語る

アンドロイド(クーパー/1958)」では、ロンドン近郊の地下シェルターの冷凍庫に閉じ込められ、150年の冷凍冬眠から覚めたジョンは、核戦争後の人口激減をカバーするため、高度に発達したアンドロイドが看護師や医師として働く病院で目を覚ました。ジョンは、かつての妻そっくりの容姿に作られた最新型アンドロイドのマリオンAを付けられるが、ジョンはマリオンAに感情を目覚めさせる実験を行う。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか(ディック/1968)」では、核戦争後、自然の崩壊した地球での生活を維持するために、火星などの資源を活用するため、アンドロイドを使役していた。しかし、過酷な環境での労働から逃れて、地球に逃げ込み、人間に混じって生活するアンドロイドがいる。彼らの処理を任せられているのが賞金稼ぎのハンターたちで、その1人が主人公のリックだった。ハンターは人間とアンドロイドを識別するのに感情移入テストを行う。アンドロイドには共感能力がないからだ。

九月は三十日あった(ヤング/1957)」では、旧世代の女性型アンドロイド教師ミス・ジョーンズを、スクラップ置き場から連れてきた主人公が、自分の子供たちに家庭教師として教えさせる。しかしながら道徳的な心の教育を行う未認可の旧式アンドロイドのミス・ジョーンズは、教育効率を乱すものとして取り上げられてしまう。※忘れられない強烈な印象を与える名作短編。

クラウン・タウンの死婦人(スミス/1964)」では、400年前に亡くなった人間の女性の頭脳の思考回路、記憶、意思を精密にコピーした電子頭脳を持つアンドロイドが、400年にわたる人間社会の観察の結果、人類を救うために、道具として使役するために犬から人工的に人間型に進化させた犬少女の下級民ド・ジョーンに「動物から人間型に進化させられた下級民も、人間と等しく心と魂を持っている」と教える。※人類補完機構の未来史の重要な転換点を描く名作中編。


㉔犯罪・殺人事件に巻き込まれて…

皮膚の下の頭蓋骨(ジェイムズ/1982)」では、女探偵コーデリアが、不気味な脅迫状に怯える大女優クラリッサから護衛の依頼を受け、孤島の城ビクトリア館で行われる舞台の主演として招かれてたクラリッサについていく。そして、その孤立した逃げ場のない島の中で、殺人事件が起きる。ヴィクトリア美術の陰に潜む絶対的な悪と対峙する。

レ・ミゼラブル(ユーゴー/1862)」では、飢えた姉の子どもたちを育てるお金を稼ぐために、常に飢えに苛まれていたジャン・バルジャンは、パン屋の心ない決めつけと蔑みに反応して一個のパンを持ち逃げし、捕まって投獄される。牢獄では飢えている姉の子どもたちが心配で脱獄を繰り返したために、重罪人として19年を牢獄で過ごすことになった。釈放後、どこへ行っても犯罪者として差別され、食事も宿泊も拒否される。寒空で空腹のジャン・バルジャンは、夜に教会のドアを叩き、初めて温かく迎え入れられる。それが、彼の運命を変えるミリエル司教との出会いだった。

罪と罰(ドストエフスキー/1866)」では、「世の中に貢献しうる才能ある自分が経済的危機を脱するためなら殺人も許される」「金貸しで嫌われ者の無価値な老婆を殺しても、それで有能な自分が救われるなら、社会的には、より利があり、善であると言えるはずだ」という思いに取り憑かれた貧しい青年ラスコーリニコフが、殺害決行後、思わぬイレギュラーに動転し、さらに警察にも疑念を抱かれる。そして、心映えの優しい娼婦のソーニャに自首を勧められ、ラスコーリニコフは心理的に追い詰められていく。現代の世界の混沌を見通した予言の書。

カラマーゾフの兄弟(ドストエフスキー/1880)」では、猜疑心強く、粗野で、好色で、金しか信じない欲望の権化のような男ヒョードルには、三人の息子がいた。長男ドミートリィは、粗暴だが、情に厚く、女性やお金をめぐって父親と激しくぶつかる。次男イワンは理知的で冷静な無神論者で、父親を軽蔑している。三男アリョーシャは、誠実で心優しい見習い僧で、誰からも愛されている。そして、ある夜、父親が殺され、大金が盗まれる事件が起き、長男が逮捕された。しかし、長男は「俺はやっていない!」と言う。はたして犯人は誰なのか。世界文学の頂点を極めた作品。


スティーブ・ジョブズが言うように、何が自分の将来の成功の準備になるか、誰にもわからない。

後になって、あの時のこれは、成功の基礎となったとか、人生の指針となったとか、幸福が訪れる要因となったとか、わかるのであって、将来に向けての準備が実を結ぶ保証などないのである。

だから、「この本を読んだら役に立つ」などと言える人はいない。

私も、上に挙げた七十二冊の本の中に、将来の役に立つと考えて読んだ本など一冊もない。

教養を増やそうとか、知識を増やそうとか、何らかのステイタスのために読んだ本もない。

結果として知識は増え、教養が深まったかもしれないが、何の役にも立たない知識が増えただけだし、自分の教養の厚みなど自分ではそもそも判断できない。

確実に言えることは、読書は国語力を伸ばす唯一の方法ではあるが、それならば文学・小説・物語を読む必要はない。エッセイや新聞や雑誌や新書や論文や学術書で充分だ。

だから、基本的に、文学・小説・物語の読書は、何の役にも立たないけど、なぜか〝いそいそと〟行う行為である。

これまでの人生における私のすべての物語の読書は、ただただ〝読む喜び〟を味わいたくて読んだし、そのために繰り返し何度も読んだ本も多い。

「娯楽として読んだ」と言っても、間違いではない。

ただ、今になってみると、上記の本は、どれも私の人生に大きな影響を与えたことがわかる。ある本は、私の人生の指針となり、また、ある本は、私の人格形成に大きな影響を与えた。

すべて私の魂が欲した養分だったとも感じる。

飢えていたから、その飢えを満たそうとした。それだけのことかもしれない。










多重人格の特徴のひとつは、元々の人格とは異なる別の人格が入れ替わって表に出ている時、元の人格は記憶を失っていて、時間の連続性が途切れることだという印象がある。

その際、その複数の別の人格の中には、すべての人格を把握していて、記憶の連続性を保っている人格(内面観察者/インナー・オブザーバー)がいることがわかっている。

こうした「多重人格においては、主人格の時間の連続性は途切れるが、すべてを知っている別人格がある」印象が強いのは、シビル・ドーセットのケースを取り上げたケース・スタディ「失われた私(ロバート・M・リンナー/1955)」、純粋に小説である「五番目のサリー(ダニエル・キイス/1980)」、完全なドキュメントである「二十四人のビリー・ミリガン(ダニエル・キイス/1981)」、多重人格者本人の自著である「ジェニーの中の400人(トリディ・チェイス/1987)」などを、1980年代に読んで得ていた知識とイメージのせいである。

上記の作品群において多重人格の生まれるプロセスは、『幼少期に過酷な虐待を受けることで、耐えきれなくなった主人格が、苦痛と恐怖の体験を肩代わりしてくれる別人格を生み出す』というものだ。この別人格解離の時点で、主人格は、体験したくない状況から逃げるために代替人格を生み出すのであり、ほとぼりが冷めた後で主人格が再交代しても、それまでの代替していた人格の活動期間の記憶はない。

この場合、交代した人格は、主人格を守る防壁である。代替人格は、苦痛や恐怖の記憶ごと引き受けて肩代わりするので、主人格の記憶の遮断は非常に強固である。


しかし、実際の臨床においては、表面に出ている別の人格が話したり行動したりしている間、主人格が、まるで「後部座席から見ている」ような、あるいは、「頭の片隅で映像を見ている」ような感覚で、その別人格の言動を認知していることがあり、この場合は、主人格の記憶は途切れない。

さらに、何者かに乗っ取られて、自分の身体や口が勝手に動き、喋っているのを、元の主人格が冷静に(あるいは恐怖を感じながら)見ていることがあり、この場合も意識があるため、身体を動かす自由は失っても、自分が何をしていたかの記憶はある。

したがって、元々の主人格が、後から生まれたすべての人格の記憶や行動を把握しているパターン、つまり、主人格自身が内面観察者(インナー・オブザーバー)であるというケースが、現実の臨床において存在する。

ただし、この場合、主人格から別人格を分けた本来の目的であるはずの、主人格の防衛規制は働かない。だから、主人格に記憶が残るタイプの多重人格は、幼少期の激しい児童虐待による完全な記憶遮断(乖離)とは異なる発生メカニズムや背景を持って生じていると考えられる。


中高生や成人以降に多重人格(乖離性同一性障害)を発症する場合、幼少期の虐待ではなく、成長過程や大人になってからの環境ストレスが引き金となって発症するケースが多いという。

家庭内の問題や学校のいじめ、環境不適応などによるストレスやプレッシャー、あるいは大人になってからのトラウマなどによって発症するが、命に関わるほどの絶望的危機ではないため、心を完全に遮断して記憶を飛ばすほどの必要性がなく、意識を傍観者に回して、別の人格にその場をやり過ごさせることになる。

この場合、主人格の記憶の断絶は起きない。

また、幼少期ではなく、中学生以降に初めて明確な人格の乖離が現れる場合、その土台として、解離よりも前にパーソナリティ障害やそれに類する重い精神的問題・症状を、既に抱えているケースが非常に多いらしい。

例えば、境界性パーソナリティ障害を抱えている場合、自己像が非常に不安定で空虚感や自己否定感が強く、感情コントロールが極めて困難で、ストレスに対する防衛規制も未成熟なため、もともと土台となるアイデンティティが脆い状態にある。

そこに人間関係の破綻や経済的困窮など大きなストレスが加わると、何らかの事件が起こった時、「見捨てられる」という恐怖に心が耐え切れなくなり、乖離というかたちで、自己を分裂させ、非常に攻撃的で強気の人格や冷酷で動じない人格を出現させて乗り切ろうとすることがある。


例えば、札幌市の精神科医の父親が多重人格の娘の殺した遺体の処分を手伝った事件があった。

この娘は、元々の人格が記憶を失うことなく、境界性パーソナリティ障害によるアイデンティティの脆さから、強い感情やストレスに対処するために役割分担として、新しい人格を出現させていったものと推測される。

しかし、推測はできても、証明・確定は不可能である。だから、裁判はなかなか始まらない。

主人格の責任をどの程度問えるか、どれほど精神鑑定を繰り返しても、結論が定まらないためである。今の精神医学の精度など、その程度に過ぎないのだ。

現代の日本は、子育ての能力や判断力、情緒や想像力、共感や指導力の欠如した親が子育てをしている時代である。

当然、パーソナリティ障害を患う子どもたちは、ますます増えるだろう。

それに伴って、多重人格(乖離性同一性障害)を発症する人も増えてくると思われる。

一言で言って、肉親の愛情、そして内面に触れる関わり合いのとても薄い、やばい時代である。

今の私たちを取り巻く人間関係の脆さと、個々人の人格の土台となるアイデンティティの危うさは、表裏一体の関係にある。

人と人の関係も、内なる内面も、砂のように崩れていく。

寂しく、切なく、味気ない、憂鬱な世の中だ。

この時代を生き抜いていく上で、大切なことは、大人自身が、自らの内面に幸せをもたらす努力をすることだ。

危機に陥っているのは、あなただけではない。

あなたは独りではない。

イギリスと日本の類似点といえば、①島国であること、②君主あるいは天皇がいること、③海外植民地を有した列強の一員であったこと、④世界の工場として経済的に世界の覇権を握ったことがあること、⑤それぞれポンド、円という独自の通貨を使用していること、⑥アメリカの同盟国であること、⑦自動車の左側通行を採用していること、⑧国民性として、あまり本音をストレートに言わず、本音と建前を使い分けること、⑨ケルトと縄文のアニミズムの同質性などであろうか。

このアニミズムの同質性について、具体的な例をひとつ挙げれば、アイルランド・スコットランドのケルト文化を発祥とするハロウィン(サウィン)と日本のお盆は、あの世とこの世の境界が一時的に消えて死者が帰ってくるので、先祖の霊をもてなし、共に過ごして、また送り出すという儀式的感覚が、完全に一致している。特に、現在でもアイルランドやスコットランドで10月31日のサウィンの夜に行われている、食べ物を先祖への供物として玄関先に出して置く風習は、沖縄の旧盆の最終日(ウークイ)で行われる風習とそっくりである。


逆に、相違点といえば、①英語は国際言語として多くの国々で使用されているが、日本語は日本以外では使用されていないこと、②イギリスは世界大戦で負けたことがないが、日本は第一次では勝者の一員だったが、第二次で敗北したこと、③イギリスは国連の五大国の一つだが、日本はいまだに国連の敵国条項に縛られていること、④イギリスは核保有国だが、日本は核保有の権利がないこと、⑤イギリスはNATOという集団安全保障体制の一員だが、日本にはアメリカとの単独の同盟関係しかないこと、⑥イギリスは西洋の白人の国だが、日本は東洋の黄色人種の国であること、⑦日本人は共感や同調性を大事にするが、イギリス人は冷やかな皮肉でスマートに対応すること、⑧日本では感情を正直にありのままにさらけ出すことが許されるが、イギリスでは無作法として嫌われること。つまり、イギリスでは、残念ながら、日本人の心の琴線に触れる「寅さん」も「忠臣蔵」もあまり受けない。むしろ、無様で格好の悪い人たちと見られてしまうのだ。


上記した類似点も相違点も、おおよそ誰でも知っている常識的な事実に過ぎない。ここからは、もう少し、話を掘り下げていきたい。

類似性・相違性について考える前に、まずはイギリスとは、日本とはどんな国か、について、もっと深く考えてみたい。

いにしえを考えると、古代の日本は縄文人の国で、古代のイギリスはケルト人の国だった。やがて、日本には弥生人がやってきたし、イギリスにはアングロ・サクソン人がやってきた。

このあたりの歴史的な民族の流入や変転の経緯も、一見すると類似しているように見える。

では、本当にそうか。

そもそも、ケルト人とか縄文人、アングロ・サクソン人とか弥生人とは、どんな人たちなのだろうか。

そのあたりからじっくりと考えてみよう。


氷河期が終わって日本列島がユーラシア大陸から離れて島となったのは、今から1万2千〜1万年前のことで、それ以降、1万〜8000年間を縄文時代(新石器時代)という。

Y染色体ハプログループで考えると、この縄文時代の始まる以前の旧石器時代、およそ3万5千年前に、日本列島に最初に辿り着いた人々のひとつがC1a1という人々だ。

このC1は冒険遺伝子と呼ばれる。特徴は進取の気性に富み、好奇心に溢れ、臨機応変の適応力がある旅する遺伝子である。

C1系は、7万年前にアフリカからユーラシア大陸に出た最古参の人々であり、その後、5万年前にユーラシア大陸を東西に分かれて進んだ。この内、C1a2は、西へ向かい、4万年前にフランスやスペインに辿り着いた、欧州最初期の人々であり、クロマニヨン人と呼ばれた。一方で、C1a1は、東へ向かって、3万5千年前に黒潮に乗って北上し、日本列島に辿り着いた、最初期の日本人である。さらに、C1bはオーストラリアとニュージーランドまで渡って、アボリジニ、マオリ族となった。

現在、C1遺伝子の過半数は日本に存在している。特にC1a1は日本にしか残っていない。現存率は日本国内男性の5%を占める。


C1a1とほぼ同時に日本列島に辿り着いたもう一つの人々は、D1a2というY染色体ハプログループを持つ人々だ。

彼らはC1系と違って、ユーラシア大陸の山岳地帯をジリジリと進んで、進むスピードは遅かったが、進んだ距離の関係で、3万5千年前、C1a1と同じタイミングで日本にやってきた。

このD1a2は、縄文遺伝子と呼ばれる。D系統の特徴は超保守的で、伝統をどこまでも守り、自分のテリトリーからテコでも動かない。採集狩猟民でありながら定住した世界的にも珍しい人々である。

現在、D系統遺伝子の80%は日本に集まっている。日本以外ではチベット人の半数がD1a1、アンダーマン諸島にD1a2bの人々が住む島があるが、それ以外の地にD系統はまったく残っていない。特にD1a2は日本にしか存在しない。現存率は日本国内男性の35%である。

つまり、縄文人とは、C1a1とD1a2というユーラシア大陸最古参の希少固有遺伝子を持つ人々であり、現在の日本人男性の40%を占めている。

ちなみに、二種類以上の希少固有遺伝子が混在している地域や国は、世界に日本しかない。


面白いのは、この二つの遺伝子の特徴が、非常に良い組み合わせだったことだ。

D系統は保守的すぎて、他の地域では時流の変化に適応できず滅びてしまった。しかし、多数派のD系統が争いを嫌うため、C1a1は共存することができた。しかも、定住したがるDに対して、Cは新し物好きで旅好きである。活動的なCによって、縄文文明は、北海道から沖縄までのネットワークを1万年にわたって稼働させ、農耕以前に、世界史上、極めて特異で先進的な世界最古級の土器文化を生み出した。

人類の歴史において、1万年以上もの長期にわたって単一の土器文化が途切れることなく純粋培養され、熟成された地域は他にない。

これには日本列島の地政学的な特異性も大きく影響しただろう。日本は極めて不安定な地盤にあり、地震、噴火、津波に常に襲われた。また、南北に長く、四季も地域ごとに変化に富んでいた。台風、豪雪、雪崩、日照りの害に苦しんだ。これらの困難な生活環境が、縄文人にとって1万年の「進化の揺籠」となり、次の他民族の侵攻に互角に渡り合える能力を育てたのだろう。

そうでなければ、3000年前に、大陸から前期弥生人⇨長江人(O1b2/35%)、2200〜1500年前に後期弥生人⇨黄河・漢民族(O2/20%)がやってきた時、縄文人は征服されてしまっていただろう。


しかし、そうはならなかった。縄文人が大陸から来た弥生人に征服・支配されなかったことを証明する証拠は5つある。

①現在に至るまで、男系遺伝子が、縄文系(40%)、弥生系(55%)で拮抗していること。

②弥生系の内訳でも、大陸では漢民族に征服された長江流域の稲作民(O1b2/35%)の方が、中国の主流派である黄河流域中原の漢民族(O2/20%)より2倍近くを占めていること。

③現在に至るまで中国語とはまったく文法の異なる土着の日本語が母語として使われていること。(※征服された場合は、征服者の言語が強要されるのが普通である。)

④天皇家の祖先神が天照大神という女性神であること。世界的には太陽神は男性神となるのが一般的だが、土偶がそうであったように、女神信仰を柱としていた縄文人が、弥生人に勝利したから、太陽神という外来の文化を取り入れながらも、あくまでも女性神を祀ったものと考えられる。卑弥呼や壱与を女王として立てたのも、女性リーダーでなければ国がまとまらなかったためであるから、この点からも、大和国家が女性信仰・母性原理の強い縄文人中心の国であったことは明らか。

⑤出雲国譲りや越国の翡翠姫、聖徳太子の法隆寺や菅原道真の太宰府天満宮、平将門の将門神社など、殺した敵や無念な死に追いやった敵の怨霊を恐れ、その魂を鎮めようと巨大な神社を建てるという御霊信仰や言霊信仰に基づいた日本のアニミズムのあり方は、どこまでも敵を冷酷に扱い、その痕跡まで消し去る一神教的・父性原理的な世界の常識とはまったく相容れない。

大陸から来た弥生系の政治勢力が優位となったなら、このような縄文の精霊信仰が、国家の政治的方針とはならなかったはずだ。


ここまで、日本という国の稀有な特徴について語ってきた。

はっきり言えることは、日本のように、一度も他民族に征服されることなく、石器時代の民族が、そのまま途切れることなく歴史を積み重ねて現在の先進国としての繁栄を築いた国は、他にどこにもないということだ。

D系統の影響か、日本人は世界で最も古いものを大事にする。世界最古の木造建築法隆寺は、いまだに聖徳太子の霊を鎮魂する寺として機能しているし、今や、世界のどこの国も使わなくなった年号を使い続けている。

そして、世界最古の皇室(王家)が存続し、機能している。

日本の歴史において、大きな転換期には女性の指導者が活躍した。縄文時代は当然だが、卑弥呼、壱与も、推古天皇も、孝謙天皇(称徳天皇)もそうだ。

皇室は、今、また大きな転換期を迎えようとしているが、たかだか千数百年の伝統にこだわって、国家1万年の計を見誤るべきではない。

日本の伝統の本質は、必ずしも男系・男性のリーダーではないのだ。


さて、次はイギリスの話だ。

イギリスに最初にやって来た民族は、1万2千〜1万年前に来た、土器を持たないが細石器を使う中石器時代人だった。彼らは①I2aという系統の欧州最初期の人々だが、後の集団の渡来により、現在はほとんど残っていない。

また、9000〜8000年前に海水面が上昇し、ブリテン島とアイルランド島が生まれた。

次に6000年前からアナトリア高原にルーツを持つ②G2aがやって来た。彼らは土器を作る最初期の農耕・牧畜民で、先住民のI2aを駆逐し、各地にストーンヘイジなど巨石記念物を建築した。

さらに4500年前、ユーラシア大陸の草原から青銅器を持つビーカー人と呼ばれる③R1b が到来し、数百年でブリテン島の先住民の90%が入れ替わった。

そして3000年前、ビーカー人とは異なる鉄器を有するケルト人(④R1b-L21)がやって来た。彼らはビーカー人もケルト化しながらブリテン島、アイルランド島全土に広がった。

ケルト人は、ブリテン島、アイルランド島にやって来た4番目の民族だが、それ以前の民族は、ビーカー人によってすでに駆逐されており、ビーカー人はケルト人に同化したので、ギリシャ・ローマの人々がブリテン島で会った先住民はケルト人しかいなかった。


古代ローマ軍のブリテン島侵攻は紀元43年、47年からロンディニウムの建設が始まり、70年にはウェールズからイングランド北部までを占領した。

その後、122年には、ハドリアヌス帝が、北部ケルト(ピクト人)の侵攻を防ぐために長城を築いた。これ以降、イングランドとウェールズには、ローマ・ケルト系ブリトン人の融合文化が定着する。

しかし、ローマによる支配が350年と比較的短かったため、フランスのようにケルト語がラテン語化することはなかった。

この時代にローマ文化の刺激を受けて発展したケルト系ブリトン語が、現在のウェールズ語やコーンウォール語の元になっている。

407年、ローマ駐屯軍はブリテン島から撤退し、410年、ローマからの軍事援助が打ち切られた。


5世紀には、ついにアングロ・サクソン(⑤R1b-U106/I1-Z58)が登場する。

彼らは最初は、イングランドのケルト系ブリトン人に傭兵として雇われ、スコットランドから北方の国境を脅かすケルト系ピクト人と戦わせられていた。

しかし、イングランドの肥沃さに気づいたアングロ・サクソンは、ケルト系ブリトン人に反旗をひるがえし、そのまま定住・侵略を開始した。

ブリトン人は必死に抵抗し、一時的な大勝利を掴むこともあった。これが後の英雄アーサーの伝説の元となった。

最終的にはアングロ・サクソンは勝利し、イングランドを制圧した。ケルト系ブリトン人はイングランドからウェールズやコーンウォールへと押し込められた。さらにフランスのブルターニュ(ブリトン人の土地)まで逃れたブリトン人もいた。

アングロ・サクソンの支配は、野蛮なもので、ローマ文化の影響を受けたケルト系ブリトン人の文化を何一つ残さなかった。当然、彼ら自身の言葉であるブルトン語を話すことも禁じた。そして、文字も持たないアングロ・サクソンの野蛮な言語(古英語)を強いられる屈辱にブリトン人は耐えられなかった。

ブリトン人はローマからかつて学んだラテン語の文字を用いてケルト系ブリトン語の表記を行う努力を始めた。

現存する最古のケルト語文学は、6世紀末、アングロ・サクソン人と戦うケルトの戦士たちの勇姿を讃えた叙事詩だ。


8世紀末からは、バイキング、特にデンマーク出身のデーン人による沿岸部での襲撃や略奪が始まった。

この時、ブリテン島北部のスコットランドで最大勢力だったのはケルト系ピクト人だったが、度重なるバイキングとの戦闘で弱体化し、アイルランドから移住してきたケルト系スコット人(ゲール人)と急速に接近し、統一王国が誕生し、ピクト人の言語や文化はスコット人(ゲール語族)に吸収された。

その後、1066年、フランス北部のノルマンディーに定住してフランス化していたノルマン人(⑥I1・R1a )が、アングロ・サクソンの支配するイングランドを征服してノルマン朝を立て(ノルマン・コンクエスト)、同時にケルト系ブリトン人の牙城であるコーンウォールも征服した。

これ以降、支配階層の言語はフランス語となり、アングロ・サクソンの古英語も、フランス語の豊富な語彙を取り入れて中英語に進化した。

ケルト系ゲール人のアイルランドは、この時点では完全に独立を保ったが、100年後、1171年に征服された。

ケルト系ブリトン人のウェールズは、激戦の末、領土の半分を守ったが、その後も侵攻は続けられ、激しいゲリラ戦で抵抗したものの、13世紀末には征服された。

ケルト系ゲール人のスコットランド王国には、多くのアングロ・サクソン貴族が亡命し、ノルマン朝と対立した。1296年、イングランドはスコットランドを軍事侵略し、支配下に置いた。しかし、1314年、スコットランド軍はイングランドの大軍を撃破して独立を死守した。

1603年、スコットランドは、イングランドと同じ王を戴く同君連合となった。

1651年、クロムウェルはスコットランドを武力征服し強制併合したが、その後、王政復古と共に同君連合が復活した。

1707年、スコットランドは、イングランドと合併したが、独自の法律、教育制度、教会を維持し続けた。


以上の歴史的経緯から次のような予測が立てられる。

イギリスの支配階層はノルマン人であり、その支配下にいる一般市民はアングロ・サクソン人である。その下に下層階級としてケルト人がいる。

また、ケルト系ブリトン人はウェールズとコーンウォールに多く、ケルト系ゲール人はスコットランドとアイルランドに多い。

では、その予想と最新の遺伝子調査を比べてみよう。

まず、UK全体で見ると、ケルト系70%、アングロ・サクソン系が15%、ノルマン系が5%で、先住民であるケルト系が圧倒的に多い。実は、この結果は予想外である。想定以上にケルト系の人口が多いのだ。

地域別でも、①アイルランドでは、ケルト系85%、アングロ・サクソン系10%、ノルマン系5%。②ウェールズでは、ケルト系80%、アングロ・サクソン系15%、ノルマン系5%。③スコットランドでは、ケルト系72%、アングロ・サクソン系18%、ノルマン系10%。④イングランドでは、ケルト系60%、アングロ・サクソン系25%、ノルマン系15%。

最もケルト系の少ないイングランドですら、ケルト系は人口比1位で過半数を占める種族なのである。

そして、アングロ・サクソン系は、どこの地域でも少数派である。


しかし、人口比率的には、日本よりも先住民の割合が高いにも関わらず、縄文以来の言語を保持している日本とは異なり、言語的には完全にアングロ・サクソン系の言語である英語が支配的である。

現在、ケルト系言語話者が最も多いのはアイルランドで、ケルト系ゲール語が、第一公用語として憲法で保護されており、人口の40%が話すことができる。

2番目に話者が多いのはウェールズで、道路標識や公文書、テレビ放送なども完全に二言語化されており、人口の17.8%がウェールズ語(ケルト系ブリトン語の派生語)を話すことができる。

スコットランドでは、ハイランド地方や島嶼部以外では話される機会がなく、スコットランド・ゲール語の話者は2.5%しかいない。

コーンウォールでは、コーンウォール語(ケルト系ブリトン語の派生語)は完全に消滅した後に、文献から執念で復活させた希少言語。話者は0.1%。

イングランドには、独自のケルト言語は残っていない。

この状況は、人口比的には少数派の侵略者によって、多数派先住民が征服され、支配される過程で、先住民の文化は徹底して破壊されてきたことを意味する。

このように多重に征服・破壊が繰り返されてきたイギリス史の特徴は、一度も征服されたことのない日本史の特徴とは対照的である。


日本の場合、最初に日本に辿り着いたC1a1、次に日本にやってきたD1a2、さらにO1、O2とすべての人々が、征服も支配もされず、対等に、古いものを守り、新しいものを受け入れながら、現代まで生存してきた。

しかし、イギリスでは、大まかに言って計6回の征服があり、この内一回はローマ帝国の征服で、イングランドとウェールズのみで、最終的には去っていったが、それ以外の5回は先住民を蹂躙して居座った。

その過程で、最初の二つの先住民は完全に滅び、三つ目のビーカー人も、4番目に来たケルトに吸収された。

後は、アングロ・サクソンの侵攻とノルマンの征服だ。

この二つの民族によって、ケルト系の文化は略奪され、破壊された。

皮肉なことは、ケルト系ブリトン人の支配地であるウェールズの語源は、アングロ・サクソンの古英語で外国人(異民族)を意味する言葉であるということだ。

コーンウォールの語源も、古英語で「角のような半島に住む外国人」という意味である。

侵入者であるアングロ・サクソンが先住民であるケルト人を外国人とか異民族とか呼ぶなと言いたい。


上記の甚だしい相違によって、和を尊ぶ日本の平等精神に対して、まったく異なるイギリスの階級社会が生まれた。

イギリスの階級差は、上からノルマン(貴族)⇨アングロ・サクソン(農民)⇨ケルト(下層民)という民族の違いによって生まれ、フランス語(貴族)⇨英語(農民)⇨ケルト系言語(先住民)という言語の違いによって維持された。

やがて、ノルマンとアングロ・サクソンは融合し、英語の使用が一般的となる一方で、ケルト系言語は徹底的に排斥された。

その中で、スコットランド・ゲール語よりも、ウェールズ語の方がしっかり保全されているのは、ウェールズ人のケルト系ブリトン語に対する強い誇り故だろう。

ウェールズ語とコーンウォール語の元となったケルト系ブリトン語は、ローマ帝国支配下のイングランドに住んでいたケルト系ブリトン人の言語だ。ブリトン語はラテン語から多くの語彙を取り入れていたので、野蛮なアングロ・サクソンの古英語に対して、自分たちの言語の方がはるかに文明人の言葉だというプライドがあったのだ。

コーンウォール語が一度滅びたのは、イングランドによる虐殺と弾圧によるものだ。それでもコーンウォール人は、民族の誇りにかけて、自分たちの言語を復元した。

ウェールズ人とコーンウォール人は、一度はノルマンとアングロ・サクソンに奪われた自分たちの英雄アーサーも取り戻した。

「アーサー王は、ノルマンとアングロ・サクソンの支配するイングランドの王ではない」「イングランドに侵攻するアングロ・サクソンと戦ったケルト系ブリトン人の戦士、つまり、我々の英雄だ」と。


問題なのは、遺伝子的に見れば、現在のイングランドにおいてさえ、ケルト系は最大人口であるという事実だ。

支配者が、被支配者に沈黙を強いてきた期間が長く、構造が複雑なため、あまりにも支配の構造が入り組んでしまった。

そして、この支配と被支配の構造は、そのまま大英帝国と植民地の間にも当てはまる。

イギリスの内と外において、同じ支配構造が存在する。イスラエルとガザ(パレスチナ)、南アフリカのアパルトヘイト、インドとパキスタンの対立。みなイギリスが外の世界にもたらした悲劇である。

しかも、このイギリスの内外構造は、現在の人類文明の全体的構造へとつながる。

私たちは、イギリスで生まれた支配と被支配の逃れ難い構造的なワナに囚われているのだ。

そして、そこから逃れる鍵として対極にあるのが、実は日本文明ではないのか。

相手を支配し、破壊し、操作し、沈黙を強いる父性原理のイギリス文明に対して、相手を受け入れ、争いを避け、虐げられた者の声を聴き、共感を尊ぶ母性原理の日本文明は、まさに対極の文明と言える。

確かに、中国文明、イギリス文明の影響下で、日本もまた、争いの中に身を置き、大いに血を流してきた。しかし、それは、本来の我々の生き方ではない。

効率、数値化された能力、目に見える成果、コスパ、タイパ、そんなものを重視するのはイギリス文明の影響で、本来の自分を見失い、とち狂っているのであって、我々、日本人の血は、そのような生き方を好まない。

古来、日本人は、もっと耳を澄ませて、じっくりと共感し、共鳴することで、世の中を、目に見えない範囲まで、深く広く捉え、人の心を掬いあげ、見えないものと対話しながら生きてきたのではないか。

自分を見失ってはいけない。

そんなことを、つい考えてしまった。