黙祷もなかった同志社国際高校の始業式における西田校長の言動とその問題点
①西田校長の言動その1⇨今回の辺野古の事故の直接的原因は私たち(学校)にはない。
これについては、学校側が、政治団体であるヘリ基地反対協議会が運営する辺野古反対派の活動現場を見学先に選ばなければ、あるいは、海上運送法上の事業登録もしていない、乗客名簿もない、満足な保険もかけていない抗議船に、生徒を乗せることに決めなければ、そもそも事故は起こらなかったことを考えれば、第一義的な原因は学校側にあると言えるでしょう。
また、当日、引率教員が波浪注意報が出ていることを確認して、海保などに相談し、出航を取りやめる判断をしていれば、やはり事故は起こらなかったのです。
ところが、教員らは波浪注意報が出ていることすら知らず、知ろうともしていませんでした。
さらに、引率教員が生徒たちの救命胴衣装着をきちんと指導していれば、たとえボート(平和丸)が転覆しても、救命胴衣がボートに引っかかることはなく、女生徒は助かっていた可能性があります。
しかし、教員も船員も船長も、誰も救命胴衣を正しく着用するように指導しなかったし、生徒が正しい着用をしていなくても気にしなかったのです。
そして、引率教員が、生徒と一緒にボート(不屈)に同乗し、船長が勝手にスピードを上げて、予定にない外洋(波の高いリーフエッジ)に出ようとするのを止めていれば、最初の転覆も、なかったかもしれません。
実際は、引率教員がボートに乗りませんでした。体調不良とか乗り物酔いとか言っていますが、しかも、同乗しなかったのは、今年だけのことではなく、以前から教員の同乗は絶対必要とは考えられていなかったのです。
それに、「不屈」転覆時(10:10)に、「平和丸」船長は無線で海保に救助要請をしませんでした。
無謀な自力救助を試みて、「平和丸」も転覆(10:12)しました。その後、海保への最初の通報は、10時16分、海に投げ出された生徒たちからの118番通報だったのです。
生徒たちは繰り返し高波を被り、珊瑚礁によって多くが負傷していました。その中で、何とか足の立つ浅瀬を見つけ、携帯で海難救助先をググって118番へ電話をかけ、「転覆したけど、どうすればいいか」と訊いたのです。
平和丸の諸喜田船長にも柴田乗組員にも、そのような機転はありませんでした。
もし、しっかりした引率教員が「平和丸」に乗っていたら、「不屈」転覆後、パニックに陥った「平和丸」船長を落ち着かせ、船を安全地帯に移動させ、海保への救難信号の発信を促したかもしれません。
そうすれば、満員の生徒を乗せて危険なリーフエッジに向かい、「平和丸」まで転覆させた、諸喜田船長の愚かな行為を防げたかもしれません。
あるいは、たとえ「平和丸」が転覆したとしても、生徒より先に教員が118番通報したり、海上に投げ出された生徒たちの総人数の海保による確認が、より早く行われることで、女生徒の早期発見に繋がった可能性もあります。
ともかく、いるべき場所に教員がいないというのは、本当に致命的でした。
以上の観点から鑑みるに、今回の事故の第一の責任は学校にあり、同志社国際高校が事故に直接的責任のある当事者である可能性は拭えないと言えるでしょう。
少なくとも、「事故の直接的原因は私たち(学校)にはない」は、事故で心身ともに傷つき、学友を失ったトラウマを抱え、生々しい恐怖や絶望の記憶に苛まれている生徒たちに向かって、校長が言ってよい言葉ではなかったはずです。
「なぜ、学校は、あの船に子どもたちの命を預けられると判断したのですか?」という遺族の問いにも向き合っているようには感じられません。
むしろ、大人の責任回避の姑息さを露わにしたという点で、最も教育に悪い言葉であったと思います。
②西田校長の言動その2⇨私たち(同志社国際高校)の教えている内容は(研修旅行含めて)思想的・政治的に偏向していない。
同志社国際高校では、研修旅行のしおりで、ヘリ基地反対協議会による辺野古での座り込みを求める文章がこれまで複数回掲載されてきました。
道路交通法にも違反する辺野古の座り込みの是非については、意見の分かれるところであり、この座り込みに無条件で賛同する立場は、政治的に中立とは言い難いです。
したがって、修学旅行のしおりで生徒たちに座り込みへの参加を奨励するのは、明らかに政治的に偏向していると言えるでしょう。
加えて、遺族がnoteで書かれているように、研修旅行の開会礼拝における金井牧師(「不屈」船長)の教えでは、基地反対の抗議活動の意義について直接的に述べており、自身が活動家の1人であることを隠していませんでした。その上で、ボートで辺野古を案内したわけですから、これは思想教育であり政治活動であると言ってよいと思います。
また、研修旅行3日目の班行動のBコースでアトリエを訪問する読谷村の彫刻家金城実氏は、沖縄での日本兵による朝鮮人徴用工の虐殺(フィクションか?)のシーンを彫った「恨之碑」や独自の着想による「慰安婦像」を制作した彫刻家であり、思想的に非常に偏った人物です。
さらにC・Gコースでは、普天間の私設美術館である佐喜眞美術館を訪問しますが、この美術館は、非常に規模の小さな美術館で、戦争の暗い絵や怖い絵が主な展示作品となっています。また思想的な偏りも強く感じる施設なので、なぜここへ行くコースが二つもあるのか、不思議なのです。
沖縄には、さまざまな美術館や博物館や文化館があるのに、なぜ、この小さな目立たない施設と美ら海水族館しか、行くコースがないのでしょうか。
他にも、Aコースのチビチリガマは集団自決の跡なのですが、この場所を案内する側の説明によっては、思想的に強く偏ることになります。
そして、Eコースの遺骨収集は普通の高校生は参加したがらないでしょう。
亡くなった女生徒が「美術館の後に怖い絵を見るより、お友だちと綺麗な珊瑚礁を見る方がいいじゃん」と言ったのは、美ら海水族館へ行くコースが、辺野古でボートに乗るFコースと佐喜眞美術館へ行くGコースの2つしかなく、佐喜眞美術館には怖い絵が多いということを知っていたということを意味します。
そして、女生徒は佐喜眞美術館へ行くより、ボートに乗って珊瑚礁を見る方を選んだわけです。決して、辺野古に興味があったわけではありません。
むしろ、それ以外のコースの思想色が強すぎて、なるべく思想色の薄い、旅行先として楽しめそうな選択肢を探した結果こうなってしまったということだと思います。
以上、3日目の班行動のコースを網羅して見ていくと、この研修旅行は、政治的にかなり偏向したものだったようだと推測されます。
西田校長の「同志社国際高校の研修旅行は政治的に偏向していない」という断言は、どう考えても正しくないと言って良いかと思います。
むしろ、遺族のnoteの主張とは真っ向から対立する誤った主張であると言えるでしょう。
加えて、西田校長自身が、事件後、負傷者の保護者に連絡するよりも先に、沖縄で女生徒の出棺に立ち会った後、わざわざ玉城デニー知事と「オール沖縄」県議の議員団に会っていること自体が、この学校の政治的な偏向性を示しているとも言えるでしょう。
校長は、地元京都で負傷生徒たちの保護者たちに対応するより先に、わざわざ玉城デニー知事やオール沖縄議員団に会いに行ったのです。まさに、この校長の行動こそが実に政治的ではないでしょうか。
また、この3月19日に、沖縄の安置所から女生徒の遺体が京都へ向けて出棺する際、校長、学年主任、ツアー会社社長などが待っていて、那覇空港までいっしょに向かい、遺族を送り出したそうです。
しかし、その中に、諸喜田平和丸船長、柴田平和丸乗組員、その他、ヘリ基地反対協議会の関係者は1人もいませんでした。もちろん玉城デニーら、県の関係者も1人もいませんでした。
3/16〜3/19までの女生徒の亡骸が沖縄にあった四日間、船長、乗組員、協議会、オール沖縄の関係者から、遺族への直接謝罪・弔問、弔電、書面での謝罪、何一つとしてなかったのです。
ともかく、ヘリ基地反対協議会は、(腕組み)謝罪会見でも見られた通り、常識の通じない、反省のない、普通ではない人たちの集団です。
問題なのは、西田校長含めて、同志社国際高校の教員たちが、自分たちの研修旅行のプログラムが思想的・政治的に偏っていることに気づいていないことです。
その意味では、ヘリ基地反対協議会が、辺野古での反対運動を、たとえ人の命が失われても仕方がないと思えるほどに、絶対正義であると信じ込んでいることと親和性があります。
彼らの心の中では、目的は手段を正当化します。
法を侵しても、命が失われても、正義は遂行されねばなりません。
彼らはそう思っているのでしょう。
だから、何の反省もなく、簡単にリスタートできるのでしょう。
その証拠に、事件から1ヶ月以上経った4月19日現在でさえも、平和丸の諸喜田船長、乗組員の柴田さん、ヘリ基地反対協議会の代表含めて関係者は、誰一人、亡くなった女生徒の保護者のもとへ謝罪に訪れていないのです。あまりにも常識外れの被害者無視です。
そして、その代わりに、柴田さんなどは、事件後、翌日から座り込みに参加し、その後、進行を妨害するためにトラックの前に寝そべる姿が目撃されています。
自分たちの危険な行動が女生徒の命を奪ったという自覚がまったくないことは明らかです。
このままでは、遠からず、同じような悲劇が繰り返されるでしょう。
4/3付で、弁護士から書面で、同志社国際高校へ、ヘリ基地反対協議会から遺族への直接対面謝罪の要望を郵送したそうですが、これも、なぜ4/3?、なぜ弁護士を通して?、なぜ書面で?、なぜ学校を通して?、誰が来るの?、諸喜田船長と柴田乗組員はいまさら来れるの?、と疑問しかありません。
学校側弁護士からは「遺族に意向を問い合わせています」という返答が、4/17に返ってきたそうです。
弁護士同士で、何の話でしょうね。謝罪をするのに、これだけ弁護士から弁護士へ仲介を挟むとか、既に当事者としてのまともな謝罪になっていないですね。
それにしても、ヘリ基地反対協議会を構成・支援する野党やメディアにとっては、自民党大会での現役自衛官による制服での国歌斉唱の方が大事件らしく、一斉に大騒ぎしていますが、そもそも国歌を歌うことは政治活動ではありません。制服を着たのも国歌への敬意と考えれば自然なことです。どこの党でも、お望みなら自衛官に国歌斉唱をお願いすれば良いのではないでしょうか。
国歌を自衛官が制服で歌っても誰も傷つきません。しかし、辺野古の政治活動では高校生の死傷者が出ています。
自衛官が制服で国歌を歌うことより、学校の研修旅行が偏った政治活動となっている方が、よっぽど重大な問題だと思うのですが、ほとんどのメディアが、この問題は取り上げようとしません。
毎年、辺野古で抗議船に乗っていた共産党の小池晃氏とか、活動を支援してきた社民党の服部良一氏とか、ヘリ基地反対協議会と同志社国際高校の側に立って擁護しているか、さもなければ、あいまいにごまかしているように見えます。
共産党、社民党、日本基督教団は当事者として責任があります。特に、辺野古で毎年、抗議船に乗って、抗議活動に参加していた共産党の小池晃氏などは重大な責任を負っています。
真摯に反省し懺悔して欲しいものです。