黙祷もなかった同志社国際高校の始業式における西田校長の言動とその問題点


①西田校長の言動その1⇨今回の辺野古の事故の直接的原因は私たち(学校)にはない


これについては、学校側が、政治団体であるヘリ基地反対協議会が運営する辺野古反対派の活動現場を見学先に選ばなければ、あるいは、海上運送法上の事業登録もしていない、乗客名簿もない、満足な保険もかけていない抗議船に、生徒を乗せることに決めなければ、そもそも事故は起こらなかったことを考えれば、第一義的な原因は学校側にあると言えるでしょう。

また、当日、引率教員が波浪注意報が出ていることを確認して、海保などに相談し、出航を取りやめる判断をしていれば、やはり事故は起こらなかったのです。

ところが、教員らは波浪注意報が出ていることすら知らず、知ろうともしていませんでした。

さらに、引率教員が生徒たちの救命胴衣装着をきちんと指導していれば、たとえボート(平和丸)が転覆しても、救命胴衣がボートに引っかかることはなく、女生徒は助かっていた可能性があります

しかし、教員も船員も船長も、誰も救命胴衣を正しく着用するように指導しなかったし、生徒が正しい着用をしていなくても気にしなかったのです。

そして、引率教員が、生徒と一緒にボート(不屈)に同乗し、船長が勝手にスピードを上げて、予定にない外洋(波の高いリーフエッジ)に出ようとするのを止めていれば、最初の転覆も、なかったかもしれません。

実際は、引率教員がボートに乗りませんでした。体調不良とか乗り物酔いとか言っていますが、しかも、同乗しなかったのは、今年だけのことではなく、以前から教員の同乗は絶対必要とは考えられていなかったのです。


それに、「不屈」転覆時(10:10)に、「平和丸」船長は無線で海保に救助要請をしませんでした。

無謀な自力救助を試みて、「平和丸」も転覆(10:12)しました。その後、海保への最初の通報は、10時16分、海に投げ出された生徒たちからの118番通報だったのです。

生徒たちは繰り返し高波を被り、珊瑚礁によって多くが負傷していました。その中で、何とか足の立つ浅瀬を見つけ、携帯で海難救助先をググって118番へ電話をかけ、「転覆したけど、どうすればいいか」と訊いたのです。

平和丸の諸喜田船長にも柴田乗組員にも、そのような機転はありませんでした。

もし、しっかりした引率教員が「平和丸」に乗っていたら、「不屈」転覆後、パニックに陥った「平和丸」船長を落ち着かせ、船を安全地帯に移動させ、海保への救難信号の発信を促したかもしれません。

そうすれば、満員の生徒を乗せて危険なリーフエッジに向かい、「平和丸」まで転覆させた、諸喜田船長の愚かな行為を防げたかもしれません。

あるいは、たとえ「平和丸」が転覆したとしても、生徒より先に教員が118番通報したり、海上に投げ出された生徒たちの総人数の海保による確認が、より早く行われることで、女生徒の早期発見に繋がった可能性もあります。

ともかく、いるべき場所に教員がいないというのは、本当に致命的でした。

以上の観点から鑑みるに、今回の事故の第一の責任は学校にあり、同志社国際高校が事故に直接的責任のある当事者である可能性は拭えないと言えるでしょう。

少なくとも、「事故の直接的原因は私たち(学校)にはない」は、事故で心身ともに傷つき、学友を失ったトラウマを抱え、生々しい恐怖や絶望の記憶に苛まれている生徒たちに向かって、校長が言ってよい言葉ではなかったはずです。

なぜ、学校は、あの船に子どもたちの命を預けられると判断したのですか?」という遺族の問いにも向き合っているようには感じられません。

むしろ、大人の責任回避の姑息さを露わにしたという点で、最も教育に悪い言葉であったと思います。



②西田校長の言動その2⇨私たち(同志社国際高校)の教えている内容は(研修旅行含めて)思想的・政治的に偏向していない


同志社国際高校では、研修旅行のしおりで、ヘリ基地反対協議会による辺野古での座り込みを求める文章がこれまで複数回掲載されてきました

道路交通法にも違反する辺野古の座り込みの是非については、意見の分かれるところであり、この座り込みに無条件で賛同する立場は、政治的に中立とは言い難いです。

したがって、修学旅行のしおりで生徒たちに座り込みへの参加を奨励するのは、明らかに政治的に偏向していると言えるでしょう。

加えて、遺族がnoteで書かれているように、研修旅行の開会礼拝における金井牧師(「不屈」船長)の教えでは、基地反対の抗議活動の意義について直接的に述べており、自身が活動家の1人であることを隠していませんでした。その上で、ボートで辺野古を案内したわけですから、これは思想教育であり政治活動であると言ってよいと思います。

また、研修旅行3日目の班行動のBコースでアトリエを訪問する読谷村の彫刻家金城実氏は、沖縄での日本兵による朝鮮人徴用工の虐殺(フィクションか?)のシーンを彫った「恨之碑」や独自の着想による「慰安婦像」を制作した彫刻家であり、思想的に非常に偏った人物です。

さらにC・Gコースでは、普天間の私設美術館である佐喜眞美術館を訪問しますが、この美術館は、非常に規模の小さな美術館で、戦争の暗い絵や怖い絵が主な展示作品となっています。また思想的な偏りも強く感じる施設なので、なぜここへ行くコースが二つもあるのか、不思議なのです。

沖縄には、さまざまな美術館や博物館や文化館があるのに、なぜ、この小さな目立たない施設と美ら海水族館しか、行くコースがないのでしょうか。

他にも、Aコースのチビチリガマは集団自決の跡なのですが、この場所を案内する側の説明によっては、思想的に強く偏ることになります。

そして、Eコースの遺骨収集は普通の高校生は参加したがらないでしょう。


亡くなった女生徒が「美術館の後に怖い絵を見るより、お友だちと綺麗な珊瑚礁を見る方がいいじゃん」と言ったのは、美ら海水族館へ行くコースが、辺野古でボートに乗るFコースと佐喜眞美術館へ行くGコースの2つしかなく、佐喜眞美術館には怖い絵が多いということを知っていたということを意味します。

そして、女生徒は佐喜眞美術館へ行くより、ボートに乗って珊瑚礁を見る方を選んだわけです。決して、辺野古に興味があったわけではありません。

むしろ、それ以外のコースの思想色が強すぎて、なるべく思想色の薄い、旅行先として楽しめそうな選択肢を探した結果こうなってしまったということだと思います。

以上、3日目の班行動のコースを網羅して見ていくと、この研修旅行は、政治的にかなり偏向したものだったようだと推測されます。

西田校長の「同志社国際高校の研修旅行は政治的に偏向していない」という断言は、どう考えても正しくないと言って良いかと思います。

むしろ、遺族のnoteの主張とは真っ向から対立する誤った主張であると言えるでしょう。

加えて、西田校長自身が、事件後、負傷者の保護者に連絡するよりも先に、沖縄で女生徒の出棺に立ち会った後、わざわざ玉城デニー知事と「オール沖縄」県議の議員団に会っていること自体が、この学校の政治的な偏向性を示しているとも言えるでしょう。

校長は、地元京都で負傷生徒たちの保護者たちに対応するより先に、わざわざ玉城デニー知事やオール沖縄議員団に会いに行ったのです。まさに、この校長の行動こそが実に政治的ではないでしょうか。

また、この3月19日に、沖縄の安置所から女生徒の遺体が京都へ向けて出棺する際、校長、学年主任、ツアー会社社長などが待っていて、那覇空港までいっしょに向かい、遺族を送り出したそうです。

しかし、その中に、諸喜田平和丸船長、柴田平和丸乗組員、その他、ヘリ基地反対協議会の関係者は1人もいませんでした。もちろん玉城デニーら、県の関係者も1人もいませんでした。

3/16〜3/19までの女生徒の亡骸が沖縄にあった四日間、船長、乗組員、協議会、オール沖縄の関係者から、遺族への直接謝罪・弔問、弔電、書面での謝罪、何一つとしてなかったのです

ともかく、ヘリ基地反対協議会は、(腕組み)謝罪会見でも見られた通り、常識の通じない、反省のない、普通ではない人たちの集団です。



問題なのは、西田校長含めて、同志社国際高校の教員たちが、自分たちの研修旅行のプログラムが思想的・政治的に偏っていることに気づいていないことです。

その意味では、ヘリ基地反対協議会が、辺野古での反対運動を、たとえ人の命が失われても仕方がないと思えるほどに、絶対正義であると信じ込んでいることと親和性があります。

彼らの心の中では、目的は手段を正当化します。

法を侵しても、命が失われても、正義は遂行されねばなりません。

彼らはそう思っているのでしょう。

だから、何の反省もなく、簡単にリスタートできるのでしょう。

その証拠に、事件から1ヶ月以上経った4月19日現在でさえも、平和丸の諸喜田船長、乗組員の柴田さん、ヘリ基地反対協議会の代表含めて関係者は、誰一人、亡くなった女生徒の保護者のもとへ謝罪に訪れていないのです。あまりにも常識外れの被害者無視です。

そして、その代わりに、柴田さんなどは、事件後、翌日から座り込みに参加し、その後、進行を妨害するためにトラックの前に寝そべる姿が目撃されています。

自分たちの危険な行動が女生徒の命を奪ったという自覚がまったくないことは明らかです。

このままでは、遠からず、同じような悲劇が繰り返されるでしょう。

4/3付で、弁護士から書面で、同志社国際高校へ、ヘリ基地反対協議会から遺族への直接対面謝罪の要望を郵送したそうですが、これも、なぜ4/3?、なぜ弁護士を通して?、なぜ書面で?、なぜ学校を通して?、誰が来るの?、諸喜田船長と柴田乗組員はいまさら来れるの?、と疑問しかありません。

学校側弁護士からは「遺族に意向を問い合わせています」という返答が、4/17に返ってきたそうです。

弁護士同士で、何の話でしょうね。謝罪をするのに、これだけ弁護士から弁護士へ仲介を挟むとか、既に当事者としてのまともな謝罪になっていないですね。


それにしても、ヘリ基地反対協議会を構成・支援する野党やメディアにとっては、自民党大会での現役自衛官による制服での国歌斉唱の方が大事件らしく、一斉に大騒ぎしていますが、そもそも国歌を歌うことは政治活動ではありません。制服を着たのも国歌への敬意と考えれば自然なことです。どこの党でも、お望みなら自衛官に国歌斉唱をお願いすれば良いのではないでしょうか。

国歌を自衛官が制服で歌っても誰も傷つきません。しかし、辺野古の政治活動では高校生の死傷者が出ています。

自衛官が制服で国歌を歌うことより、学校の研修旅行が偏った政治活動となっている方が、よっぽど重大な問題だと思うのですが、ほとんどのメディアが、この問題は取り上げようとしません。

毎年、辺野古で抗議船に乗っていた共産党の小池晃氏とか、活動を支援してきた社民党の服部良一氏とか、ヘリ基地反対協議会と同志社国際高校の側に立って擁護しているか、さもなければ、あいまいにごまかしているように見えます。

共産党、社民党、日本基督教団は当事者として責任があります。特に、辺野古で毎年、抗議船に乗って、抗議活動に参加していた共産党の小池晃氏などは重大な責任を負っています。

真摯に反省し懺悔して欲しいものです。


平和丸の船長・乗務員は、救助されるまで、海保に救助要請をしなかった。普通は、すでに定員ギリギリまで生徒を乗せている満員のボートで、海に投げ出されて高波に翻弄されている「不屈」乗船者の助けに向かうよりも、すぐ近くにいる海保に無線で救助を要請するのが先だろうと思うのだが…。

しかし、現実には海保への救助要請は転覆した生徒からの118番通報だった。10時16分、「船が転覆したがどうしたらいいか?」というものだった。(大人は何をしていたのだ!?)

天井より高い波が襲ってきて、転覆して足にロープが絡まった。それを外して何とか海上に浮き上がると、また天井より高い波がきた。その絶望感わかる?」と子どもに訊かれたと、保護者会で保護者の1人が話していた。

「乗船前、救命胴衣を着用する際に、乗務員も教員も、誰も生徒たちに着用の仕方を指導しなかった。初めて身につける生徒たちの中には、ちゃんと装着できていない者もいた」ということも保護者の話で明らかとなった。

「平和丸」船長も「亡くなった女生徒はきちんと救命胴衣をつけていなかった」と話しているという。

女生徒の救命胴衣が船に引っかかったのも、正しく装着されていなかったせいかもしれない。

救命胴衣が正常に装着されていれば、船体に引っかかることなく、女生徒は助かっていたかもしれないのだ。


また「海上保安庁の船が警告に近づいた時には、保安庁の船と並走になり、ボートは競走するように、かなりのスピードを出していた」ことも生徒からの話として保護者が話している。

まるで追いかけっこをしているようだね」という生徒の会話があったという。

スピードがあまりに速いので、生徒たちは怖くなってスマホで写真を撮る気にもならず、じっと船に捕まっていたというのだ。

この時、引率教員がいなかった罪は大きい。金井船長に「もっとスピード落として!」と言うことのできる大人が「不屈」には誰も乗っていなかった。

抗議船の船長たちは、別に異常な行動をしているつもりはなく、いつもの洋上活動時のように、〈英雄的勇敢さで〉海保の船を振り切って外洋に出た(予定にはなかった)のではないかと想像する。

しかしながら、波浪注意報発動中に、定員ギリギリまで生徒を乗せて運航している船長の行動としては、「子どもたちの命を守る」という責任感が、かけらも感じられない。

そして、外洋(リーフエッジ)に出たところで高波に襲われて転覆…。


『命どぅ宝』って何ですか?


同志社国際高校側の対応についても疑問がある。保護者説明会で、重傷を負った生徒の保護者が、16日の正午頃に、友達の携帯から、出血が止まらず救急搬送されたと連絡があり、学校にも担任の先生にも連絡したが、事件発生から5時間以上つながらず、直接学校に向かい、安否だけ知りたいと伝えると、12:36、校長含む2名が来て「12:29、死亡が確認されました」と伝えられたが、最初に沖縄の担任から連絡があったのは午後4時半頃で「ケガの詳細(遺体の状態)についてはわからない」と言われたという。その後、子どもが家へ帰ってきてからも、学校からの連絡は一度もなく、連絡が来たのは5日後の金曜日(20日)だという。

ところが、同志社国際高校の校長先生は、この緊急の時期に、保護者に連絡するより前に、木曜日(19日)に、沖縄で女生徒の出棺に立ち会ったついでではあったろうが、玉城デニー知事や「オール沖縄」の議員団に会いに行っているのだ。

よほど緊急に会う必要があったらしい。

被害者の保護者たちに会うより、沖縄に飛んで玉城デニー知事に会う方を優先したのは、校長先生、生徒の命より、政治が大切なのか?


私立学校といえど、公教育に従事する者が政治的中立性を失った教育を行うのは教育基本法第14条二項で禁じられているはずだ。

ご遺族の話では、亡くなった女生徒は「美ら海水族館に行きたいけど、水族館の後に美術館で怖い絵を見るよりは、お友だちと綺麗な珊瑚礁を見る方がいい」と言っていたという。

美ら海水族館へ行くコースは、辺野古を見てから水族館へ行くFコースと、水族館を楽しんでから佐喜眞美術館へ行くGコースしかなかった。

そして、確かに佐喜眞美術館は、左翼系の私設美術館で、戦争の怖い絵が展示の中心。

暗い戦争の絵より青い海と珊瑚礁を見たいとFコースを選んだ女生徒の気持ちはよくわかる。

彼女は辺野古の反対運動に興味や強い思い入れがあったわけではない。普通の若者として、とても自然な選択をしたのだと思う。

彼女の命は、遺族が仰っているように、運動家たちに都合の良い宣伝に利用されるべきものではない。むしろ、同志社国際高校(特に全学年週一で行われる聖書科の授業と研修旅行)の偏向教育を、今こそ問い直すべきだ。


『平和教育』って何ですか?


また同志社国際高校の保護者への説明も肝心の部分で発言がどんどん変わっていく。

24日の2年生保護者説明会では、引率教員が船に乗らなかったのは「体調不良」で、もう1人の教員は、少し離れた場所で居残り組を引率していたため、「先発組の引率教員が当然乗ったものだと思っていた」と話していると説明された。

ところが翌25日の他学年の保護者説明会では、引率教員は「乗り物酔いするから乗らなかった」とされ、もう1人の後発の船に乗るはずだった教員は「乗らなくても大丈夫だと思ったから乗らなかった」と、まったく違う発言をしたことになっている。

さらに2人の引率教員は、ボート出航の時点で、2人とも「波浪注意報が出ていることを知らなかった」という。

加えて、教員たちは去年の夏の沖縄下見でも「誰もボートに乗っていないどころか、辺野古に行ってすらいない」というのだ。それで何を下見して帰ったのか。

例年(2023〜)の修学旅行(研修旅行)でもボートに引率教員が乗らないことはあり、むしろ、「『引率教員はボートに必ず乗らなくてはならない』というわけではない」という認識だったようだ。


『引率責任』って何ですか?


亡くなった女生徒が乗っていた「平和丸」の船長は、「船を出したらダメなわけ?」「決めたのは金井さんで、俺が決めたわけじゃない」「死人起こして訊いたらいいさ」と言っていたとされる人物で、共産党から地方議員選挙に立候補した人物と言われているが、「俺は死のうと思ったんだから」と言いながら、遺族への謝罪などは、まだしていないようだ。

「平和丸」乗組員だった若者は、事故当日、救助直後の高校生たちに、「ここでしか飲めないコーヒーだから飲みな」と言ったとされる人物だが、事故(16日)の翌日(17日)に出された「オール沖縄会議」による反対運動の全面自粛声明を破って、直ぐに翌日(18日)から再開された座り込みに参加し、トラックの前に寝そべるという抗議行為さえ行なっていたという。喪章はつけていても、少女の死に責任ある当事者として喪に服すという意思は見られない。

この2人の行動からは、定員ギリギリの10人の生徒の命を預かっていたにも関わらず、高波の激しいリーフエッジへ無謀な救助へ向かって二次災害を起こし、乗員の命を失った「平和丸」の船長と乗組員としての、同時に過失致死罪の疑いをかけられている当事者としての責任の自覚は、残念ながら、かけらも感じていないように思われる。


『罪の意識』ってありますか?


4月4日、辺野古で抗議船を運用しているヘリ基地反対協議会のカヌーチームの担当者は、取材に対して「事故の海域は抗議活動を行う場所ではなく、2隻は通常とは違うルートを航行した」と説明した。そして「申し込みがあって、朝のミーティングを行い、万全の体制で行った。あんな不幸なことがあるとは、誰も信じていない」と述べた。

事業登録も怠り、ライフジャケットの装着も指導せず、波浪注意報の中、サポート船も付けず、定員いっぱいで出航し、警告に近づいた海保の船を猛スピードで振り切って、最も高波が予想される外洋(リーフエッジ)に出た。この体制のどこが〝万全〟だと言うのか。

春一番というか、いきなりこの季節に急に風や波が出るようなことを後で聞いた」と担当者は言っているが、そんなことも知らずに船を運行している時点で、〝万全〟どころか、海をなめている。これだけ犠牲者が出ているのにまともな反省もできない。こんな無責任な団体に、子どもの命を預かって船を運行する資格はない。

これまで、たまたま運良く事故が起きなかっただけのこと。いずれにしても、これで〝万全〟なら、これ以上の対策は期待できないのが道理だ。

それより何より、謝罪が先だと思うのだが、亡くなった女生徒の保護者のブログでも書かれているが、ヘリ基地反対協議会及び船長・乗組員は、遺族や負傷した生徒の保護者に直接謝罪はしていないという。


何が〝万全〟だったのか?


4月4日、共産党の田村委員長は、記者会見で「平和丸」船長は共産党の関係者ではないかと言われているが誰なのかと訊かれ、「船長は誰かということは捜査中で、この場で述べることは適切ではない」と答えて、船長と共産党の関係について明らかにしなかった。

しかし、船長は誰かということは捜査中ではない。事故発生からすでに半月が経ち、「平和丸」の船長が誰か、関係者なら誰でも知っている。にもかかわらず、それについてはっきり述べることを拒絶した田村委員長の態度は卑怯に見えた。他人を攻撃する時は辛辣だが、自分の都合が悪くなるとダンマリ。そういう自己都合の姿勢に見えるのだ。

また、4月1日、自身も辺野古の抗議船に乗船したことのある社民党の福島瑞穂党首は、定例記者会見で、「事故は辺野古工事のせい」という同党の服部良一幹事長の発言について訊かれ、「別にコメントする立場にありません」「コメントは差し控えさせていただきます」と答えた。これは、私も同じ意見ですと答えたに等しい。

共産党、社民党は、亡くなった女生徒とその遺族より、身内である辺野古の活動家たちの味方をするようだ。


『説明責任』はどこへいった?


「普天間飛行場は世界一危険な飛行場だ」と言われている。(2003年)

「だから、一刻も早く使用をやめなければいけない」と。

しかし、本当にそうなのだろうか?

普天間飛行場は、本当に世界一危険な飛行場なのか?


飛行場の危険性を考える上で、最も重要な事は滑走路の長さだ。滑走路は長ければ長いほど安全である。逆に滑走路の短い飛行機は危険である。特に、飛行場の周囲が市街地だと危険性はさらに高まる。

その意味では、普天間飛行場は、確かに市街地の真ん中に位置している。しかし、滑走路の長さに関してはどうだろうか?


普天間飛行場の滑走路は全長2740mだ。

この滑走路の長さを他の飛行場と比較してみよう。

嘉手納飛行場の滑走路は2本あり、共に全長3689m

那覇空港の滑走路は、第一が全長3000m、第二が全長2700m

※那覇空港は、航空自衛隊と民間が共用している。

下地島空港の滑走路は全長3000m

※下地島空港は、元々JALとANAのパイロット養成空港で、現在は民間用に宮古島空港と並用。

宮古島空港の滑走路は全長2000m

石垣空港の滑走路は全長2000m

建設中の辺野古飛行場の滑走路は、V字型で全長1800mの滑走路が2本。

2013年まで使用されていた旧石垣空港の滑走路は、全長1500mで、石垣市の市街地の真ん中に位置していた。


2003年以降、普天間飛行場が、世界一危険な飛行場と言われるようになったが、私としては、当時、県内で最も滑走路の短い石垣空港の方が、圧倒的に危険な飛行場ではないかと感じていた。

何しろ、ボーイングの中型旅客機で、石垣市のホテルやビルの真上を抜けて、ギリギリで着地して、思いっきりブレーキをかけて、短い滑走路からはみ出さないように止まる。実にハラハラドキドキの危険なランディングであった。


沖縄の民間人は、自分が航空機に乗り込んで実地の体験もしていない米軍の普天間飛行場については大騒ぎしているが、毎回、乗機の実体験から危険性をもろに肌で感じているはずの石垣空港にはまったく騒がず、それどころか、より安全な新石垣空港の建設に反対運動が起こって、なかなか建設が進まないことに首を捻らざるを得なかった。

県内で最も危険な石垣空港に我慢できるのであれば、普天間飛行場にも我慢できるのではないかと、当時、思ったものだ。


沖縄県内で、普天間飛行場より長い滑走路を持つ飛行場は、嘉手納飛行場、那覇空港、下地島空港の三つの飛行場だけで、この内、嘉手納は米軍機、那覇空港は自衛隊機が使用している。

ただ、那覇空港は官民共用であり、中国軍機の領空侵犯によって日本一スクランブル(緊急発進)の多い空港としては、かなり不便である。

なぜ暇な下地島空港が、航空自衛隊専用にできないのか、これも不思議である。


普天間の街は、普天間飛行場と共に栄えてきた歴史もある。

安易に「普天間飛行場は世界一危険」などと言ってよかったのか、私は今でも疑問である。

以来、普天間はずいぶんと寂れてきた。

表立っては言わないが、「反対派にしてやられた」と嘆く街の人も少なくない。

アメリカ軍人や軍属が街に出て賑やかしてくれることで街も発展してきたのに、と反対派の抗議活動による街と基地の分断を残念に思っているのだ。

だが、そうした庶民の正直な肉声は、メディアには取り上げられず、学者や専門家たちも無視している。


「沖縄の心」って何ですか?


2026年3月16日、午前に辺野古基地建設反対派の抗議船2隻「不屈」「平和丸」が辺野古沖で大波によって転覆し、2名が亡くなった。

2隻のボートには合計21人が乗船しており、転覆時には全員海に投げ出された。

先に「不屈」が転覆し、それを見て助けに向かった「平和丸」も転覆したという。

乗船者21人のうち18人が、京都の同志社国際高校2年生の生徒たちで、亡くなった2人は抗議船「平和丸」に乗っていた女生徒と「不屈」の船長だった。

さらに、この2人を除く19人のうち、生徒12人、乗組員2人の14人が負傷した。

当時、現場では波浪注意報が出ていた。波浪注意報は『2.5mの高さの波が発生する恐れがある』という注意情報を意味する。

専門家によると、2.5mの波が予想される状況で、小型船で定員ギリギリの人を乗せて出航するというのは基本的にあり得ない。危険な状態になってから離脱するのは極めて困難であり、重大な過失の可能性があるという。


「不屈」転覆(10時10分)の後、大波の中、「平和丸」は、満員の状態の船で、外海に流されていく「不屈」の船体を追いかけ、海保も呼ばずに無謀な救助に向かい、2分後に「平和丸」も強い波を受けて転覆した。

海上保安庁への最初の救助要請は、10時16分頃、海に投げ出された生徒の携帯からの118番通報だった。

そして、事故発生から10〜40分後(10:20〜10:50)までに、女生徒を除く海に投げ出された全員(20人)が、2隻に対して事故直前(10:00頃)に「波浪注意報が出ているから危険だ!」と注意喚起していた海上保安庁のゴムボートによって救助されたが、10時44分頃、転覆した平和丸の船体の下に発見した。

「平和丸」乗員や教員らは港に上陸した11時頃まで生徒が1人足りないことに誰も気づいていなかった。

また、海保は、必要な装備を持つ潜水士がいないため、消防に救助を要請したという。


一方、消防によると10時25分に「2隻の転覆で要救助者が20名いる(女生徒は数に入っていない)」と海保から連絡を受け、救助に向かった消防の隊員が10時45分に現場に到着したという。

そして、海保により「不屈」の金井船長含め十数人を救助済みと聞いたものの、水難隊員が、海保が救助できず、取り残された女生徒を探して、現場付近を調査・確認したという。そして、11時15分(「平和丸」転覆から63分後)、ひっくり返った「平和丸」船体の下から女生徒を救助したというのだ

ライフジャケットが船体に引っかかった女生徒は「平和丸」の横転した船体の下に閉じ込められたまま、脱出できずに溺死したものと見られる。

また、この後、午後5時には転覆現場調査中の海保の救命ボートも高波で転覆(乗組員は全員無事)している。

パニックに襲われて、満員の乗客の安全確保を優先させず、目の前にいる海保に無線で助けを求める代わりに、無謀にも自力で「不屈」の救助に向かって、二次災害を起こした「平和丸」の諸喜田船長には業務上過失致死の疑いがかけられている。

女生徒が乗っていた位置は、舵を握っていた船長のすぐ近くだったようだ。そして、船長は、少女の救命胴衣が正しく装着されていないことを知っていたと証言している。


同志社国際高校の高校2年生262人は、14日から修学旅行で沖縄を訪れていた。3日目の今日は37人の生徒が2人の教員に引率されて、班別行動の「船で辺野古を海から見るコース」に参加し、先発18人の生徒が2隻の抗議船に乗り込んでいた。

沖縄県内でも大学生に辺野古の座り込みに参加させて授業の単位を与える先生がいるが、さすがに抗議船に高校生を乗せるのはやり過ぎだろう。救命胴衣は全員着用していたとはいえ、教員は同乗していない。

実際には教員2人は陸にいた第二陣の生徒19人と一緒にいたが、ボートの定員から考えて第二陣にも同乗する気はなかったろう。

しかし、もし教員が平和丸に同乗していて、海上で生徒の安否確認をしていたら、早期の女生徒の救出が可能だったかもしれない。

修学旅行なのに引率した教員が誰も抗議船に乗船していないなんてことがあっていいのか?


引率教員2人のうち、先発の第一陣に乗る予定だった教員が、前日からの急な体調不良と乗り物酔いで直前になって乗船不可となったと、学校側は言い訳しているが、それなら第二陣引率の教員に交代してもらって2回とも引率すればよかっただけではないか。

事実は2人とも乗らなかったわけで、これでは引率責任の放棄とみなされても仕方がない。第二陣を引率していた教員は、第一陣を引率した教員が直前で乗船しなかったことも知らなかったと学校側は説明したが、遺族が納得できないのも当然である。

そもそも船は2隻で、生徒は出航組と待機組に分かれるなら、本来、引率教員は3人必要になる。これを2人にしている時点で、海上の生徒は放置する気だと見做されるのが普通だ。

また、以前も、教員が乗船しないことは、よくあったと校長は言っていたので、教員の乗船は必要事項ではなかったということだろう。


遊覧船と違って抗議船では、乗客の安全対策が行き届かず、生徒の身の安全が保障できないという問題が非常に大きい。

大きさ的にも船というよりエンジン付きボートである。しかも2隻の抗議船は事業登録もされていない

しかし、この「辺野古」プログラムは、2015年頃、学校側と反対派活動団体の間で決められ、これまで、続いてきたようだ。団体側は無償ボランティアだと言うが、1日日当5000円を各船員に支払ったと学校側は述べている。しかし、法的には無償であろうが有償であろうが、定期的に乗客を乗せている船であれば、国に事業登録の申請が必要だ。

また、この団体は、4年前(令和5年)からは、抗議船に毎年、同校の高校生を乗せてきた経緯がある。

そして、例年通りかはわからないが、今年の抗議船には高校生18人に乗組員(というか活動家)3人で、大人は一艘に1人、2人しか乗っていない。

具体的には最大搭載人数10人の「不屈」に9人乗船(生徒8人・船長1人)、最大搭載人数13人の「平和丸」に12人乗船(生徒10人・船長1人・乗組員1人)で、どちらも搭載人数ほぼいっぱいである。

しかし、どちらも教員が1人づつ乗る余地はあった。

乗らなかったが…。


ただ、「不屈(全長6.27m)」「平和丸(全長7.63m)」は、本当に小さなボートなので、定員ギリギリまで乗ってしまうと、波が荒れると体重の偏りが起こりやすく転覆しやすい。

普段、無茶な操船を伴う抗議活動では2、3人しか乗らないボートに10人も乗り込んだら、定員ギリギリ超えていないとしても、かなり重心は不安定になる。まして、こんなボートに乗ったこともない高校生ばかりを乗せて海に出て、これで高い波が来たら、子どもたちが波を避けようとして移動し、船の重心が片側に寄ってしまって不安定になり、一気に転覆しても不思議はない。

その上、生徒たちに舵を任せたり、予定のコースを外れて勝手に外海に出たり、実にはちゃめちゃで危険な運用であり、日頃の荒い運航・操縦に慣れている抗議船の船長たちは、海の危険を軽視していると批判を受けても仕方がない。

同志社国際高校の保護者説明会でも、亡くなった女生徒の母親から「どうしてそんな脆弱な船に娘を乗せることになったのか」と問われ、他の父母からは「抗議船に乗るなど聞いていない」と声があがった。

学校側は「平和学習の方法として有効だと考えました」「脆弱かどうかは別として決めました」と返している。

子どもの命より〝平和教育〟が大切だという。要するに学校側自体が、左翼思想にかぶれているのだ。

地元沖縄の学校でも、辺野古の抗議船に生徒が乗り込んだりするような「平和学習」活動はありえない。

実際、修学旅行で辺野古基地反対派の抗議船に集団で乗り込むプログラムを行なっている高校は、同志社国際高校だけである。


なぜ、このような危険なツアーが続けられてきたのか?

この点については、この基地反対派(日本基督教団含む)が玉城デニー知事の支持母体の中核にあることとも関わっているように思う。

身内贔屓で彼らの活動が野放しにされていた可能性があるのだ。上記したように海上運送法による国への申請・登録もされていない。

ちなみに、亡くなった71歳の金井船長さんは、辺野古基地反対派の有名なプロテスタント(日本基督教団)の牧師さんで、普段から反対運動の先頭に立っていた活動家の方だ。

これまでにも「平和丸」「不屈」などの抗議船が、修学旅行中の中学生を乗せて、実際の抗議活動のために海に出たこともあるというヤバい情報もある。

沖縄の日本基督教団系のプロテスタント教会は基地反対運動及び韓国の反日運動、加えて玉城デニー知事の支持母体にも深く関わっている。

その意味では、今回の悲劇は、高校側、反対派と同様に、玉城デニー知事にも管理責任の一端があるのではないか。


また、座り込みに参加させるのも、抗議船に乗せるのもそうだが、米軍基地反対派の運動に、大学や高校が教育の一環として生徒を参加させるのは、政治的中立性の観点から甚だ疑問である。

平和教育とは、「平和の大切さを理解する」とともに「どうすれば平和が維持できるのか?」を考えることでなければならない。

同志社大学の現学長小原氏と「不屈」の金井船長は、共に親韓反米極左の日本基督教団の牧師さんとして、ある意味、思想的な同志であり、同志社と辺野古基地反対派は組織としての親和性と連帯もあったと考える方が自然である。

反米反日活動家の一方的な意見だけが刷り込まれ、日米同盟や米軍基地を抑止力として考える観点が抜け落ちているのでは、偏向教育の誹りを免れないだろう。

同志社国際高校は、40年以上、沖縄への修学旅行を通して〝平和教育〟を続けてきたというが、その内実は「反日活動家養成教育」ではないかと誹られるのも無理はない。


A読谷村チビチリガマ見学 ※集団自決の跡

B左翼彫刻家金城実と交流 ※読谷で「恨之碑」「慰安婦像」など制作している極左の彫刻家

Cカヌー体験⇨佐喜眞美術館見学 ※普天間にある極左の個人美術館

Dサンゴの植え付け

E遺骨収集

F辺野古反基地派(ヘリ基地反対協議会)訪問⇨美ら海水族館

※教師たちは当初「辺野古の綺麗な海を見てから美ら海水族館へ」と説明して参加生徒を募集した。抗議船はグラスボートではないのだが。

G美ら海水族館⇨佐喜眞美術館見学

※高校側は、しつこく佐喜眞美術館に生徒を誘導しているが、美ら海美術館の隣にある海洋文化館の方がよっぽど見所があるのだが。


3日目班行動7コースのうち5コースに極左的イメージが漂う。

しかし、沖縄の左派は「オール沖縄」と名乗りながら、実際には中核派・革マル派・チュチェ思想研究会・日本基督教団・共産党・社民党・社大党・沖縄タイムス・琉球新報など沖縄の少数派のごった煮集団である。例えば、今回の衆院選では小選挙区はすべて自民党候補が当選した。特に、辺野古の住民の大多数は基地容認派であり、抗議活動には数人しか参加していない。

また、「オール沖縄」会議は、今回の事故の報を受けて、辺野古基地反対運動を週内は自粛すると発表した。

週内自粛とかではなく、なぜ抗議船を廃止しないのか、意味がわからない。

その上、翌日には反対運動が普通に行われていた。喪章をつけていればよいというものではあるまい。

県民のほとんどは、このオール沖縄会議に対して、当事者意識やシンパシーをまったく持っていない。その点からも「オール沖縄」の欺瞞がよくわかる。

上記のような極端に偏向した沖縄体験をしていると、沖縄の生活の実相から相当にズレた沖縄認識を、生徒たちが持つようになるのではないかと、私は危惧している。


亡くなった女生徒の両親は、なるべく我が子が亡くなった近くで花を手向けたいと希望し、海保の仲介で、辺野古の米軍基地内の敷地の海岸から海に献花したという。

「辺野古の活動家の方たちとは一線を画す」という遺族の強い意思を感じる。

抗議船の運行団体であるヘリ基地協議会の記者会見は、全員みすぼらしい格好で、態度は偉そうに腕組みをして頭も下げない。本当にひどいものであった。ヘリ基地協議会は、亡くなった女生徒は「辺野古のこんな無謀な工事はやめてくれ」という意味で来てくれたのだと思う、などと勝手に自分たちに都合の良い想像をして話していた。

女生徒の母親は、辺野古の市民団体(ヘリ基地反対協議会)に対して「あのような人たちに娘の命を預けたかと思うと憤りがおさまりません」と話している。また、娘に「どうして辺野古を見る必要があるの?」と尋ねると、「友だちと綺麗なサンゴが見たいから」と答えていたと、母親は、旅行前の母娘の会話を公開している。「こんないかがわしい政治団体に利用されてなるものか」という母親の執念を感じる。


「不屈」転覆でパニックを起こして2次被害を招いたことから、業務上過失致死の疑いのある「平和丸」船長(共産党関係者)の名前が、ネット上では出ているが、地上波メディアには出てこないし、10日経っても遺族や被害者への謝罪すらないのも、誠意の欠如を感じさせ、不信感の元となっているのではないだろうか。

共産党の小池晃書記局長も、共産党員の「平和丸」船長の責任問題を問う質問に対して、「決して共産党だけの船ではない」「いろいろな方が関わって運営していた船」と、船長の問題から船の問題へと話をすり替え、逃げの一手であった。潔い人が誰もいない。


何が『命どぅ宝』か…。


日本の医療費は本当に逼迫していると思います。

このままでは予算が続きません。

国民負担も重くなるばかりです。

ところでスウェーデンでは、医療費は無料ですが、子どもが発熱して病院に連れて行っても、37度程度の熱だと診療をしてくれません。「熱が38度を超えたら来てください」と追い返されます。

また、イギリスでは、登録してあるかかりつけ医にかかるのは無料ですが、風邪で予約しても、診療予約日が一ヶ月後になったりします。

医療費は無料とは言っても、風邪程度の命にかかわらない軽い病気は、基本的に「自分で治してね」というのが基本姿勢なのです。

逆に「日本は、病院で簡単に保険適用で安く気軽に薬が手に入るので、フードロスならぬ薬ロスが多すぎるのではないか」と私は疑っています。

この際、日本も、スウェーデンやイギリスに倣って、風邪やインフルエンザなどで、高熱が続かない状態であれば、保険適用外とすべきではないでしょうか。

代わりに、命に関わる病気は、しっかり保険でカバーするのがよいと思います。

日本では、保険適用されてしまうので、病院と製薬会社の利益のために、風邪やインフルエンザで効きもしない抗生剤を処方するという無意味かつ危険な行為が横行しています。

そのため、体内で耐性菌がはびこり、いざという時に、抗生剤が効かないせいで、命を失う人も少なくありません。

この状況を是正することは、日本人の命と健康を守るためにも重要です。