作者の意図とは関係なく、ある曲のテーマが視聴者の解釈によって世間に広く知られることがあります。

それは、作者の意図ではないから、間違った解釈だと言う人もいると思います。

しかし、芸術作品は、作者の手を離れて世に出た時から、その解釈は、それぞれの鑑賞者に委ねられるものです。そのため、作り手が思いもしなかった意味で作品が解釈されるということが、しばしば起こりますし、むしろ、それこそが、その作品の真価とさえ言えるかもしれません。

特に、上記の二作品については、作者の意図を超えて、より普遍的な価値を持つに至った作品であると私は考えます。


Men at work は、1980年代前半に世界的な人気を博したオーストラリアのロックバンドです。Overkill(1983)は、ファーストアルバム『Business as usual (1982)』の世界的な成功によって、バンドが爆発的な人気を得た直後に発表されたセカンドアルバム『Cargo(1983)』に収録され、シングルカットされた曲です。

この曲の作詞・作曲を手がけたバンドのフロントマン、コリン・ヘイは、この曲のテーマは、当時、彼自身が、バンドの成功によって体験していた未知の世界へ踏み出すことの不安や、環境の激変による過剰なプレッシャーによって、自分自身のコントロールを喪失する恐怖や危機感から、心拍数上昇、過呼吸、不眠症に悩まされていた個人的状況について歌ったものだと述べています。


しかし、私は、今聴いても「ベトナム帰還兵のPTSD」について歌っているようにしか聴こえません。

1983年当時は、PTSDという概念が世間に周知され始めた時期で、ベトナム帰還兵の心を苦しめるフラッシュ・バックなどの心的外傷が、映画「ディア・ハンター(1978)」、映画「ランボー(1982)」などでもテーマとなり、社会現象として注目され始めていました。

ですから、Overkillを、作詞者の意図した「考え過ぎ」の意味ではなく、「過剰殺戮」の意味で聴いても、何ら違和感がなかったのです。

コリン・ヘイ自身が、ベッドの上でのたうち回る不眠症の男を演じるミュージック・ビデオを観ても、ベトナム帰還兵の苦悩を表現していると、私は思い込んでいました。


歌詞から受けるイメージも、私にはPTSDとしか思えませんでした。

I can’t get to sleep …,

Night after night my heart beat shows the fear.

Ghosts appear and fade away.

眠れない。夜毎に、俺の心臓の鼓動は恐怖で激しくなる。幽霊が現れては消えていく。

At least there’s pretty lights and though there’s little variation.

It nullifies the night from overkill.

少なくとも、通りには、種類は少ないけど、かなりの灯りがある。それは、殺し過ぎた記憶に悩まされる夜の闇を消してくれる。


自分の胸の鼓動のせいで、ベッドで眠れず、夜の街をさまよう男は、夜毎に暗闇に現れる戦場で殺した兵士たちの幽霊に悩まされている。それでも、街には灯りがあるからまだマシだ。わかっている。これは殺し過ぎた(Overkill)せいなんだ。幽霊は夜毎に現れ、やがて消えていく。

私には、今でもそう聴こえるのです。

余談ですが、この曲がリリースされた1983年には、ビリー・ジョエルのベトナム戦争をテーマとしたバラード曲「Good Night Saigon」がリリースされています。


Genesis は、1969年にデビューしたイギリスのプログレッシブ・ロックバンドで、ピーター・ガブリエルを中心とするバンドでした。しかし、1975年のピーター・ガブリエル脱退後は、ドラマーでリード・ボーカルのフィル・コリンズ中心となり、ギタリストのスティーブ・ハケット脱退後は、ベースのマイク・ラザフォードがギターを兼任し、キーボードのトニー・バンクスとで3ピース・バンドとなりました。

Mama(1983)は、同年にリリースされた12作目のスタジオ・アルバム『ジェネシス』の1曲目で、最初にシングル・カットされた曲です。

この曲のテーマについて、フィル・コリンズは、「少年が、年上の娼婦に対して抱く、狂気的で歪んだ愛情と強依存性の執着」と述べています。


しかし、私は、今聴いても「堕胎(妊娠中絶)」について歌っているようにしか聴こえません。

当時、この曲のデモテープを初めて聴いたバンドのマネージャー、トミー・スミスが、真っ先に「これは中絶についての曲かい?」とフィルに尋ねています。ネイティブであり、彼らの最も近くにいたマネージャーでさえ、そう感じたのですから、英語のネイティブでない私が、歌詞を読み間違えて、勝手に意味を取り違えたとは言えないはずです。

この曲の重苦しく冷たいドラム・マシーンのサウンド、そしてボーカルのフィル・コリンズの奇妙な笑い声や叫ぶような歌い方は、作り手の意図を超えて、お腹の中で母親に殺されそうになっている胎児の叫びを連想させる恐怖と哀切のトーンを生んでいます。


歌詞から受けるイメージもそうです。

Can’t you feel my heart?

Now listen to me mama.

You are taking away my last chance.

Don’t take it away.

It’s hot, too hot for me, mama.

My eyes they are burning and I can feel my body shake.

Don’t stop me and make the pain go away.

僕の心臓の鼓動が聴こえないの?ちゃんと聴いてよ、ママ。ママは、僕の最後のチャンスを奪おうとしている。奪わないで。熱い。僕には熱すぎるよ、ママ。僕の目は燃えているんだ。身体が震えているのも感じる。僕を止めないで。痛みを取り除いて。

これは中絶される瞬間の胎児の叫びですよね。


もう一つ、私が感じるのは、フィル・コリンズ自身の存在感そのものに濃厚に感じられる胎児的印象です。幼児的というよりもっと赤児的なイメージ、生と死の境界にいる原初的で胎児的なイメージを、彼自身が纏っているように感じるのです。その存在の醸す性質が、彼自身の鬼気迫る表現力とあいまって、中絶されつつある母胎にある胎児の叫びとしか感じようのない臨場感を生み出している気がします。


上記の二曲、同じ1983年リリースなんですよね。

MTV(1981〜)でミュージック・ビデオが放送されるようになって、斬新で豊富な映像イメージの印象が、音楽と共に若者の心に刻まれるようになった最初の時代の作品です。

1983年は、実は洋楽の物凄い当たり年でもあります。

参考までに、以下に1983年のヒット曲を70曲並べてみます。


◯Every Breath You Take (ポリスの代表曲/日本名〝見つめていたい〟/全米年間1位)

◯Billie Jean/Beat It/Thriller (3曲ともマイケル・ジャクソンの代表作「スリラー」からシングルカットされた大ヒット曲/全米年間2位・5位)

◯Say Say Say (ポール・マッカートニー&マイケル・ジャクソン/翌年全米年間3位)

◯You Are/My Love/All Night Long (特にオール・ナイト・ロングはライオネル・リッチーの代表曲/全米年間29位・73位・翌年全米年間12位)

◯Do You Really Want To Hurt Me/Karma Chameleon (どちらもカルチャー・クラブの代表曲/日本名〝君は完璧さ〟〝カーマは気まぐれ〟/全米年間11位・翌年全米年間10位)

◯All Right (クリストファー・クロスのヒット曲/全米年間78位)

◯Flashdance …What a Feeling (映画主題歌でアイリーン・キャラの代表曲/全米年間3位)

◯Maniac (映画挿入歌でマイケル・センベロの大ヒット曲/全米年間9位)

◯Up Where We Belong (前年リリースされて全米1位を記録した映画「愛と青春の旅立ち」主題歌/ジョー・コッカー&ジェニファー・ウォーンズ/全米年間27位)

◯Girls Just Want to Have Fun (シンディ・ローパーの代表曲/日本名〝ハイスクールはダンステリア〟/翌年全米年間15位)

◯Total Eclipse Of The Heart (ボニー・タイラーの代表曲/日本名〝愛のかげり〟/全米年間6位)

◯Twist Of Fate (オリビア・ニュートン・ジョンのヒット曲/日本名〝運命のいたずら〟/翌年全米年間42位)

◯Gloria/How Am I Supposed to Live Without You (どちらもローラ・ブラニガンの代表曲/全米年間56位・61位)

◯I’ve Never Been to Me (シャーリーンの名曲で、リリースは1977年だが、1983年に世界的大ヒットとなった/日本名〝愛はかげろうのように〟)

◯99 Luftballons(ドイツのポップスグループ、ネーナの代表曲/ドイツ語の歌で、1983年にリリースされ、ビルボード2位を記録するなど世界的に大ヒットした/日本名〝ロックバルーンは99〟/翌年全米年間28位)

◯Straight From The Heart (ブライアン・アダムスのヒット曲/全米年間71位)

◯New Year’s Day/Sunday Bloody Sunday (どちらも名盤「ウォー」からシングルカットされたU2の代表曲)

◯Tell Her About It/Uptown Girl/The Longest Time (どれも名盤「イノセントマン」からシングルカットされたビリー・ジョエルの大ヒット曲/全米年間45位・翌年39位)

◯Making Love Out Of Nothing At All (エアサプライの代表曲/日本名〝渚の誓い〟/全米年間66位)

◯Can’t Take My Eyes Off You (前年リリースされたボーイズ・タウン・ギャングの世界的ヒット曲/60年代の名曲のカヴァー/日本名〝君の瞳に恋してる〟)

◯True (スパンダー・バレエの代表曲/全米年間92位)

◯Words (F.R.デヴィッドの代表曲)

◯Maneater(ホール&オーツの代表曲/全米年間7位)

◯She Works For The Money (ドナ・サマーのヒット曲/全米年間15位)

◯Let’s Stay Together (ティナ・ターナーのヒット曲)

◯Separate Ways/Faithfully/Send Her My Love (3曲とも名盤「フロンティアーズ」からのシングルカットでジャーニーの代表曲/全米年間38位・81位)

◯Jump (この年リリースされたヴァン・ヘイレンの代表曲/翌年全米年間6位)

◯Come On Feel The Noise (クワイエット・ライオットの代表曲でヘビー・メタルの曲で初めてビルボードのトップ10に入った曲/全米年間86位)

◯Bark At The Moon(ヘビー・メタルの元祖と言われるオジー・オズボーンの代表曲の一つ)

◯The Trooper (アイアン・メイデンの代表曲)

◯Come On Eileen(デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズの代表曲/全米年間13位)

◯Owner of a Lonely Heart (イエスの最大のヒット曲/翌年全米年間8位)

◯That’s All/Home By The Sea (どちらもジェネシスのアルバム「ジェネシス」から)

◯Don’t Cry/Open Your Eyes (どちらもエイジアの2枚目アルバム「アルファ」から/全米年間89位)

◯You Can’t Hurry Love (フィル・コリンズのソロでのヒット曲/シュープリームスのカヴァー曲/日本名〝恋はあせらず〟/全米年間37位)

◯Down Under/It’s a Mistake (メン・アット・ワークのその他の同年のヒット曲/全米年間4位・68位)

◯Let’s Dance (デヴィッド・ボウイの代表曲の一つ/全米年間18位)

◯Mr. Robot (スティクスの代表曲の一つ/全米年間28位)

◯The Key (REOスピードワゴンの前年リリースされたアルバム「グッド・トラブル」からシングルカット)

◯Don’t Tell Me You Love Me/Sing Me Away/When You Close Your Eyes (いずれもナイト・レンジャーのヒット曲)

◯Photograph(デフ・レパードのヒット曲/全米年間90位)

◯Burning Heart/Friday Night/Different World (いずれもヴァンデンバーグの名曲)

◯Always Gonna Love You/Falling in Love With You (どちらも前年リリースされたゲイリー・ムーアの代表作「コリドーズ・オブ・パワー」からシングルカットされた名バラード)

◯Hold On/Nowhere To Run (サンタナの人気曲/どちらも前年リリースされた名盤「シャンゴ!」からシングルカット)

◯Africa/I Won’t Hold You Back (TOTOの名曲/共に前年リリースされた名盤「聖なる剣」からシングルカットされた/全米年間24位・69位)

◯Love Me Tomorrow (前年に大ヒットした「Hard To Say I’m Sorry〝素直になれなくて〟」と並ぶシカゴの代表曲)

◯Miracles (アース・ウィンド&ファイアーの名バラード/アルバム「創世記」の締めの曲)

◯Invitations (シャカタクの代表曲/本国イギリスでは1982年だが、日本では1983年リリース)

◯Sweet Dreams (ユーリズミックスの代表曲/全米年間10位)


今でも聴かれる曲が多いと思いませんか?

マイケル・ジャクソンが世界のポップスターとなった年であり、シンディ・ローパー、U2が初めて世界的成功を手にした年であり、ポリス、ヴァン・ヘイレン、TOTOの代表曲が世界的にヒットした年であり、ビリー・ジョエル、ライオネル・リッチー、カルチャー・クラブ、ジャーニーの全盛期でもあります。イエスの復活やシャーリーンの遅咲きの成功もありました。さらにはネーナがドイツ語で世界制覇し、ゲイリー・ムーアの人気が日本で頂点を極めました。

まさしく大衆音楽の黄金時代(Golden Age)でしたね。


参考までに、同年の日本の音楽シーンについても記しておきます。これがまた…。

〈1983年の日本のヒット曲やリリース曲 計70曲〉

◯松田聖子⇨SWEET MEMORIES/瞳はダイアモンド/メディテーション

◯中森明菜⇨セカンド・ラブ/1/2の神話/目をとじて小旅行(イクスカーション)

◯小泉今日子⇨艶姿ナミダ娘

◯薬師丸ひろ子⇨探偵物語

◯杏里⇨CAT’S EYE/悲しみがとまらない

◯柏原芳恵⇨春なのに

◯原田知世⇨時をかける少女

◯高田みづえ⇨そんなヒロシに騙されて

◯早見優⇨夏色のナンシー

◯松本伊代⇨時に愛は

◯わらべ⇨めだかの兄妹/もしも明日が…。

◯岩崎宏美⇨家路

◯研ナオコ⇨夏をあきらめて

◯葛城ユキ⇨ボヘミアン

◯EPO⇨う、ふ、ふ、ふ、

◯山下久美子⇨こっちをお向きよソフィア

◯明日香⇨花ぬすびと

◯谷山浩子⇨風になれ-みどりのために-

◯中島みゆき⇨ファイト!/夏土産

◯松任谷由実⇨NIGHT WALKER/星空の誘惑/ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ

◯あみん⇨来夢来人/六月の子守唄

◯欧陽菲菲⇨ラヴ・イズ・オーヴァー

◯日野美歌⇨氷雨

◯都はるみ・岡千秋⇨浪花恋しぐれ

◯ヒロシ&キーボー⇨3年目の浮気

◯大川栄作⇨さざんかの宿

◯細川たかし⇨矢切の渡し

◯五木ひろし⇨細雪

◯森進一⇨冬のリヴィエラ

◯梅沢富美男⇨夢芝居

◯中村雅俊⇨恋人も濡れる街角

◯上田正樹⇨悲しい色やね

◯HOUND DOG⇨涙のバースデー

◯ラッツ&スター⇨め組のひと

◯チェッカーズ⇨ギザギザハートの子守唄

◯H2O⇨想い出がいっぱい

◯松山千春⇨Sing a Song 

◯谷村新司⇨22歳

◯長渕剛⇨僕のギターにはいつもHeavy Gauge 

◯BORO⇨ネグレスコ・ホテル

◯YMO⇨君に、胸キュン。

◯ALFEE⇨メリーアン

◯安全地帯⇨ワインレッドの心

◯サザンオールスターズ⇨Ya Ya(あの時代を忘れない)/NEVER FALL IN LOVE AGAIN 

◯杉山清貴&オメガトライブ⇨SUMMER SUSPICION

◯稲垣潤一⇨ドラマティック・レイン/エスケイプ/夏のクラクション

◯村下孝蔵⇨初恋/踊り子

◯山下達郎⇨高気圧ガール/クリスマス・イブ/あしおと

◯尾崎豊⇨15の夜/I LOVE YOU/僕が僕であるために

◯浜田省吾⇨マイホームタウン/凱旋門/僕と彼女と週末に

1983年は、昭和アイドルの全盛期で、松田聖子の代表的な人気アルバム「ユートピア」がリリースされ、中森明菜の代表曲にして最大のヒット曲「セカンド・ラブ」が大ヒットし、小泉今日子や薬師丸ひろ子が活躍していました。

また、1983年はシティーポップの黄金期でした。山下達郎は前年の代表作「FOR YOU」に続いて名盤「MELODIES」をリリースしました。杏里もユーミンも稲垣潤一も大活躍していました。さらに杉山清貴がデビューしたのも、この年でした。

加えて、村下孝蔵の「初恋」、中島みゆきの「ファイト!」、サザンの「NEVER FALL IN LOVE AGAIN」など、時代を超えて愛されている曲が、幾つも生まれています。

1983年の初めには、前年末(1982年11月21日)にリリースされた浜田省吾の代表作「PROMISED LAND〜約束の地」が、若者たちに強烈な印象を与えていました。

そして、1983年の末(12月1日)には、尾崎豊のデビューシングル「15の夜」とデビューアルバム「十七歳の地図」がリリースされました。

ともかく言えることは、時代を超えた名曲、今聴いても新鮮さを失わない曲が多いことです。

やっぱり、特別な年という気がしますね。


比較対象の為に、この前年のヒット曲とリリース曲を記しておきます。

〈1982年の洋楽 計50曲〉

◯Physical(前年9月リリース後、年をまたいで世界的に大ヒットしたオリビア・ニュートン・ジョンの超話題曲/全米年間1位)

◯Eye Of The Tiger (映画「ロッキー3」主題歌として世界的に大ヒットしたサバイバーの名曲(代表曲)/全米年間2位)

◯Hard To Say I’m Sorry (この年リリースされたシカゴの代表曲/日本名〝素直になれなくて〟/全米年間10位)

◯Ebony And Ivory (ポール・マッカートニー&スティービー・ワンダーの名曲/全米年間4位)

◯Take It Away/Tag Of War/Somebody Who Cares(いずれも同年リリースのポール・マッカートニーの名盤「タッグ・オブ・ウォー」収録曲/全米年間62位・圏外・アルバムのみ)

◯Love(ジョン・レノン/1980年12月に亡くなったレノンの初のベスト盤からシングルカット)

◯Chariots of Fire (映画「炎のランナー」主題歌/ヴァンゲリスのインストルメンタル・ナンバー/全米年間12位)

◯Up Where We Belong (11月に3週連続で全米1位を記録した映画「愛と青春の旅立ち」主題歌/ジョー・コッカー&ジェニファー・ウォーンズ)

◯Rosanna/Africa/Make Believe(この年リリースされたTOTOの名盤「聖なる剣」からシングルカット/全米年間14位・翌年24位・圏外)

◯Urgent/Waiting For A Girl Like You/Juke Box Hero (前年リリースされたフォリナーの名盤「4」からシングルカット/前年全米年間37位・同年19位・圏外)

◯Here I Am/I’ll Never Get Enough Of You/Even The Nights Are Better (エアサプライの黄金期の名曲たち/全米年間80位・圏外・37位)

※I’ll Never Get Enough of You(日本名〝あなたのいない朝〟)は、ドラマ主題歌として日本でだけシングルカットされ、異常に人気が高く有名。

◯Who Can It Be Now?/Down Under(メン・アット・ワークのデビュー曲と最大のヒット曲/全米年間30位・翌年4位)

◯Let’s Groove(レッツ・グルーヴはアース・ウィンド&ファイアーの代表曲のひとつ/全米年間33位)

◯Don’t Stop Believing/Open Arms/Still They Ride (前年リリースされたジャーニーの名盤「エスケイプ」からのシングルカット/全米年間73位・34位・圏外)

◯Arthur’s Theme (Best That You Can Do )(映画「ミスター・アーサー」主題歌でクリストファー・クロスの代表曲/日本名〝ニューヨーク・シティー・セレナーデ〟)

◯Pressure/Allentown/Good Night Saigon (同年リリースされたビリー・ジョエルのアルバム「ナイロン・カーテン」からシングルカット/圏外・全米年間43位・圏外)

◯Keep The Fire Burning/Sweet Time/Girl With The Heart Of Gold (同年リリースされたREOスピードワゴンのアルバム「グッドトラブル」からシングルカット/全米年間50位・圏外・圏外)

◯Heat Of The Moment/Only Time Will Tell/Sole Survivor (同年リリースされたエイジアの1stアルバム「詠時感〜時へのロマン」からシングルカット/全米年間40位・圏外・圏外)

◯Hold On (サンタナが同年リリースした名盤「シャンゴ!」からシングルカット/全米年間96位)

◯Don’t Take Me For A Loser/Wishing Well/Gonna Break My Heart Again (この年リリースされたゲイリー・ムーアの名盤「コリドーズ・オブ・パワー」の収録曲)

◯New World Man/Subdivisions/Count Down(同年リリースされたラッシュの名盤「シグナルズ」からシングルカット)

◯Night And Day (エブリシング・バット・ザ・ガールのデビュー曲)

◯Small Town Girl (トレーシー・ソーンが同年リリースしたアルバム「遠い渚」収録)

◯I’ve Never Been To Me (1977年リリースのシャーリーンの曲だが、この年に大ブレイクした/日本名〝愛はかげろうのように〟/全米年間38位)

◯Samurai(ブラジルのジャヴァンがこの年リリースした傑作アルバム「ルース(光)」の一曲目/スティービー・ワンダーがアレンジとハーモニカを担当)

◯Night Birds/Invitations (どちらも、この年リリースされたシャカタクの代表曲)

◯Casablanca (この年リリースされたバーティ・ヒギンズの代表曲)

※カサブランカは日本で人気が高く、郷ひろみのカヴァー(哀愁のカサブランカ)もヒットした。

◯Nathalie (この年リリースされたフリオ・イグレシアスの最大のヒット曲/日本名〝黒い瞳のナタリー〟)

1982年は、TOTOの「聖なる剣」、メン・アット・ワークの「ワーク・ソングス」、サンタナの「シャンゴ!」、ゲイリー・ムーアの「コリドーズ・オブ・パワー」、ラッシュの「シグナルズ」、REOスピードワゴンの「グッド・トラブル」、ビリー・ジョエルの「ナイロン・カーテン」、ポール・マッカートニーの「タッグ・オブ・ウォー」、シカゴの「シカゴ16」、エイジアの「詠時感〜時へのロマン」など、ロックの名盤が数多くリリースされた年でした。

ロック元年というのでしょうか。今聴いても、まったく古さを感じない時代を超越しているような作品が多いです。


〈1982年の邦楽 計70曲〉

◯松田聖子⇨赤いスイートピー/制服/渚のバルコニー

◯中森明菜⇨スローモーション/あなたのポートレート/少女A

◯薬師丸ひろ子⇨セーラー服と機関銃

◯河合奈保子⇨けんかをやめて

◯松本伊代⇨センチメンタル・ジャーニー

◯岩崎宏美⇨聖母たちのララバイ

◯大橋純子⇨シルエットロマンス

◯大友裕子⇨ボヘミアン

◯前野曜子⇨コブラ/シークレット・デザイアー

◯高橋真梨子⇨for you…

◯アン・ルイス⇨ラ・セゾン

◯下成佐登子⇨南十字星

◯まりおん⇨Sea(うみ)

◯あみん⇨待つわ

◯シュガー⇨ウェディングベル

◯山下久美子⇨赤道小町ドキ!

◯大貫妙子⇨黒のクレール

◯五輪真弓⇨心の友

◯谷山浩子⇨てんぷら⭐︎さんらいず/時の少女

◯沢田聖子⇨青春エピローグ/卒業

◯イルカ⇨枯葉のシーズン

◯中島みゆき⇨誘惑/悪女/歌姫

◯松任谷由実⇨DANG DANG/真珠のピアス

◯細川たかし⇨北酒場

◯山本譲二⇨みちのくひとり旅

◯鳥羽一郎⇨兄弟船

◯中村雅俊⇨心の色

◯郷ひろみ⇨哀愁のカサブランカ

◯渡辺徹⇨約束

◯近藤真彦⇨ギンギラギンにさりげなく

◯伊藤敏博⇨サヨナラ模様

◯村下孝蔵⇨ゆうこ

◯稲垣潤一⇨雨のリグレット

◯来生たかお⇨夢の途中

◯吉田拓郎⇨唇をかみしめて

◯井上陽水⇨リバーサイドホテル

◯CHAGE and ASKA⇨男と女

◯サザンオールスターズ⇨チャコの海岸物語/夏をあきらめて/Oh クラウディア!

◯佐野元春⇨彼女はデリケート/SOMEDAY/シュガータイム

◯大瀧詠一⇨A面で恋をして

◯忌野清志郎&坂本龍一⇨いけないルージュマジック

◯RCサクセション⇨SUMMER TOUR 

◯矢沢永吉⇨YES MY LOVE/LAHAINA

◯THE ALFEE⇨泣かないでMY LOVE/夕凪

◯浜田省吾⇨悲しみは雪のように/ON THE ROAD/Midnight Blue Train 

◯オフコース⇨YES-YES-YES/言葉にできない/愛のゆくえ

◯チューリップ⇨アルバトロス

◯山下達郎⇨あまく危険な香り/SPARKLE/FUTARI

何というか、音楽の豊穣さを感じるのですよね。おしゃれなシティー・ポップもあれば、骨太のロックもある。繊細でアコースティックな音もあれば、エレクトリックな音もある。アイドル歌手もいる一方では演歌歌手もいる。ともかくバラエティーに富んでいて、音が豊かです。


〈1981年の洋楽 計40曲〉

◯Batte Davis Eyes (キム・カーンズの代表曲/全米年間1位)

◯Endless Love (ダイアナ・ロス&ライオネル・リッチーのデュエットでバラードの名曲/全米年間2位)

◯Starting Over/Woman/Watching The Wheels/I’m Losing You (前年10月リリースされたジョン・レノンの遺作「ダブル・ファンタジー」からシングルカット/全米年間4位・21位・86位・アルバムのみ)

◯Keep On Loving You/Take It On The Run/Don’t Let Him Go/In Your Letter/Follow My Heart (前年11月リリースされたREOスピードワゴンの名盤「禁じられた夜」からシングルカット/全米年間10位・32位・圏外・圏外・アルバムのみ)

※In Your Letter (日本名〝涙のレター〟)は、日本でだけアルバムの1stシングルカットの勝負曲としてリリースされ、爆発的にヒットした。

◯The Winner Takes It All(前年リリースされたABBAの大ヒット曲/全米年間23位)

◯Every Woman In The World/The One That You Love/Don’t Turn Me Away (全盛期のエア・サプライのヒット曲/全米年間27位・28位・アルバムのみ)

◯The Best of Time (同年リリースされた名盤「パラダイス・シアター」からシングルカットされたスティクスの代表曲/全米年間30位)

◯Urgent/Waiting For A Girl Like You (同年リリースされた名盤「4」からフォリナーの代表曲/全米年間37位)

◯Hearts (同年リリースされたマーティ・バリンのヒット曲/特に日本で人気があった/全米年間41位/日本名〝ハート悲しく〟)

◯Hungry Heart/The River/Independnce Day (前年10月リリースされたブルース・スプリングスティーンの名盤「ザ・リバー」から/全米年間49位・圏外・アルバムのみ)

◯Who’s Crying Now/Mother, Father (同年リリースされたジャーニーの名盤「エスケイプ」から/全米年間56位・アルバムのみ)

◯Arthur’s Theme (映画「ミスター・アーサー」主題歌/クリストファー・クロス/日本名〝ニューヨーク・シティー・セレナーデ〟/全米年間64位)

◯Sailing/Never Be The Same (前年リリースされた名盤「南から来た男」からシングルカットされてロング・ヒットしたクリストファー・クロスの代表曲/日本名〝セイリング〟・〝風立ちぬ〟)

◯Miss Sun (ボズ・スキャッグスの名曲/全米年間99位)

◯You Can Have Me Anytime (前年リリースされたボズ・スキャッグスのアルバム「ミドル・マン」から日本でのみシングルカットされたバラードの名曲/日本名〝トワイライト・ハイウェイ/サンタナがギターで参加)

◯Let’s Groove (同年10月リリースされたアルバム「天空の女神」からシングルカット/翌年全米年間33位)

◯Miami2017/Summer, Highland Falls/Say Good Bye To Hollywood/She’s Got A Way (同年リリースされたビリー・ジョエルのライブの名盤「ソングズ・イン・ジ・アティック」から)

◯愛のコリーダ(クインシー・ジョーンズの代表曲/特に日本で驚異的な大ヒットとなり、オリコン洋楽12週連続1位、年間1位となる)

◯I’m in The Mood for Dancing (アイルランドの姉妹ボーカル・グループ、ノーランズの代表曲/特に日本で前年後期から爆発的にヒットし、オリコン総合シングルチャートで二週連続1位、洋楽チャートでは14週連続1位を記録した/日本名〝ダンシング・シスター〟)

◯In For A Penny, In For A Pound (ドイツの女性ボーカルグループ、アラベスクが来日にあわせて同年リリースした曲/当時、日本でだけ異常に人気があり、オリコン洋楽1位・総合13位を記録/日本名〝恋にメリーゴーランド〟)

◯I Surrender (同年リリースされたレインボーの代表曲のひとつ)

◯Rescue Me/I Believe in You (同年リリースされたY&Tの名盤「アースシェイカー」から代表曲2曲)

前年12月に殺されたジョン・レノンの遺作「ダブル・ファンタジー」、この年リリースされたREOスピードワゴンの「禁じられた夜」とジャーニーの「エスケイプ」という3枚の怪物アルバムの存在感は大きい。

加えて、前年10月リリースされたスプリングスティーンの「ザ・リバー」、この年リリースされたビリー・ジョエルの初のライブ・アルバム「ソング・イン・ジ・アティック」、フォリナーの「4」も、時代を超えた音を聴かせてくれる名盤。

エア・サプライやボズ・スキャッグスやクリストファー・クロスなどAORの全盛期。

ただ、全体を俯瞰して、この年のヒット曲を観て(聴いて)いると、1983年、1982年と比較して、急にノスタルジックで時代を感じる雰囲気が強くなります。

さらには、この年の4月からテレビで小林克也のベストヒットUSAが始まり、初めてアメリカのヒットチャートを賑わす曲がテレビで流れるようになったとはいえ、アラベスクやノーランズ、愛のコリーダ、さよならハリウッド、涙のレター、トワイライト・ハイウェイのように、日本でだけ大ヒットしたり、日本でだけシングルカットされて長く愛される曲がたくさん生まれたのも、この時代の特徴です。

70年代に近づいている。そう感じますね。


〈1981年の邦楽 計70曲〉

◯松田聖子⇨チェリーブラッサム/夏の扉/白いパラソル

◯河合奈保子⇨スマイル・フォー・ミー

◯石川ひとみ⇨まちぶせ

◯岩崎宏美⇨すみれ色の涙

◯泰葉⇨フライディ・チャイナタウン

◯尾崎亜美⇨蒼夜曲(セレナーデ)

◯八神純子⇨Mr.ブルー〜私の地球〜

◯下成佐登子⇨秋の一日

◯沢田聖子⇨星空のメッセージ/いつか君に/こんな静かな夜は

◯イルカ⇨FOLLOW ME 

◯五輪真弓⇨恋人よ

◯松任谷由実⇨恋人がサンタクロース/守ってあげたい/夕闇をひとり/グレイス・スリックの肖像

◯中島みゆき⇨ひとり上手/夜曲

◯松村和子⇨帰ってこいよ

◯川中美幸⇨ふたり酒

◯北島三郎⇨風雪ながれ旅

◯山本譲二⇨みちのくひとり旅

◯石原裕次郎⇨ブランデーグラス

◯西田敏行⇨もしもピアノが弾けたなら

◯イモ欽トリオ⇨ハイスクール・ララバイ

◯近藤真彦⇨スニーカーぶる〜す

◯シャネルズ⇨街角トワイライト

◯時任三郎⇨川の流れを抱いて眠りたい

◯堀江淳⇨メモリーグラス

◯村下孝蔵⇨春雨

◯ふきのとう⇨メロディー

◯NSP⇨夕陽を浴びて/チケット握り締めて

◯谷村新司⇨天狼

◯さだまさし⇨驛舎/鳥辺野/分岐点

◯松山千春⇨人生の空から/木枯しに抱かれて/長い夜

◯雅夢⇨愛はかげろう

◯チャゲ&飛鳥⇨万里の河

◯山本達彦⇨RETURN TO 1974

◯五十嵐浩晃⇨ペガサスの朝/ディープパープル

◯伊勢正三⇨moonlight 

◯来生たかお⇨Goodbye Day 

◯寺尾聰⇨シャドー・シティー/ルビーの指輪/出航

◯南佳孝⇨スローなブギにしてくれ

◯サザンオールスターズ⇨シャ・ラ・ラ/栞のテーマ

◯佐野元春⇨ガラスのジェネレーション

◯大瀧詠一⇨君は天然色/カナリア諸島にて/恋するカレン/さらばシベリア鉄道

◯オフコース⇨時に愛は/いくつもの星の下で/きかせて/I LOVE YOU 

◯チューリップ⇨さよなら道化者/ふたりがつくった風景

◯浜田省吾⇨ラストショー/愛の世代の前に/愛という名のもとに

80年代アイドルは、まだ松田聖子や河合奈保子ぐらいしかおらず、その分、フォーク勢、シンガー・ソングライターの存在感が強烈で、バラエティーに富んでいます。演歌勢もいますが、当時、ニューミュージックと呼ばれたアーティストが大勢活躍している状況。


〈1980年の洋楽 計20曲〉

◯Call Me (同年リリースされたブロンディの代表曲/全米年間1位)

◯Another Brick In The Wall (前年11月30日リリースされたピンク・フロイドの名盤「ザ・ウォール」からシングルカット/全米年間2位)

◯Magic (同年リリースされたオリビア・ニュートン・ジョンのヒット曲/全米年間3位)

◯Xanadu(同じアルバムからのオリビア・ニュートン・ジョン&エレクトリック・ライト・オーケストラのヒット曲)

※日本ではマジックよりザナドゥが圧倒的に人気があり、よく知られている。

◯You May Be Right/It’s Still Rock And Roll To Me (同年リリースされたビリー・ジョエルのアルバム「グラス・ハウス」からシングルカットされたヒット曲/全米年間75位・9位/日本名〝ガラスのニューヨーク〟〝ロックンロールが最高さ〟)

◯Lost In Love/All Out Of Love (同年リリースされたエア・サプライのアルバム「ロスト・イン・ラブ」からシングルカット/全米年間15位・55位)

◯Ride Like The Wind/Sailing (前年12月20日リリースされたクリストファー・クロスの名盤「南から来た男」からシングルカット/全米年間17位・32位)

◯Heartache Tonight/I Can’t Tell You Why/The Long Run (前年9月24日リリースされたイーグルスのアルバム「ロング・ラン」からシングルカット/全米年間46位・62位・81位)

◯Fame (同年リリースされた映画「フェーム」主題歌/アイリーン・キャラのデビュー曲/全米年間66位)

◯Jojo(同年4月リリースされたボズ・スキャッグスのアルバム「ミドル・マン」からシングルカット/全米年間89位)

◯You Can Have Me Anytime (上記のボズ・スキャッグスのアルバムから日本独自の企画で8月にシングルカットされた珠玉のバラード/日本名〝トワイライト・ハイウェイ〟)

◯Look What You’ve Done To Me (同年リリースされた映画「アーバン・カウボーイ」のサウンドトラックからシングルカット/ボズ・スキャッグスのバラードの佳曲)

◯Biko/Game Without Frontiers/No Self Control (同年リリースされたピーター・ガブリエルのアルバム「ピーター・ガブリエルⅢ」の収録曲)

ディスコ音楽の最後の全盛期にAORの産声が重なっている。メインストリートではイーグルスの最後の輝きとビリー・ジョエルのメジャー化がすれ違い、プログレッシブ・ロックではピンクフロイドやピーター・ガブリエルが強烈な文明批判の気を放っている。

楽器や録音技術の進歩に伴って起こる、1980年代の爆発的な洋楽興隆の前夜というか過渡期という感じもある。


〈1980年の邦楽 計70曲〉

◯松田聖子⇨青い珊瑚礁

◯河合奈保子⇨ヤング・ボーイ

◯山口百恵⇨さよならの向こう側

◯オレンジ⇨SEASON 

◯松原みき⇨真夜中のドア〜Stay With Me 

◯シーナ&ザ・ロケッツ⇨ユー・メイ・ドリーム

◯沢田聖子⇨シオン

◯イルカ⇨十九の春に

◯大友裕子⇨来夢来人

◯上田知華+KARYOBIN⇨パープル・モンスーン

◯竹内まりや⇨不思議なピーチパイ/五線紙

◯久保田早紀⇨異邦人/夢飛行/ギター弾きを見ませんか

◯八神純子⇨甘い生活

◯渡辺真知子⇨唇よ、熱く君を語れ

◯五輪真弓⇨恋人よ

◯谷山浩子⇨テングサの歌/カントリーガール

◯松任谷由実⇨DESTINY/サーフ天国、スキー天国

◯中島みゆき⇨キツネ狩りの歌/蕎麦屋/エレーン

◯八代亜紀⇨舟唄

◯ロス・インディオス&シルビア⇨別れても好きな人

◯村木賢吉⇨おやじの海

◯北島三郎⇨風雪ながれ旅

◯田原俊彦⇨哀愁でいと

◯沢田研二⇨TOKIO

◯シャネルズ⇨ランナウェイ

◯もんた&ブラザーズ⇨ダンシング・オールナイト

◯クリスタルキング⇨大都会/蜃気楼

◯ふきのとう⇨やさしさとして想い出として

◯NSP⇨浮雲

◯海援隊⇨贈る言葉

◯ばんばひろふみ⇨SACHIKO

◯吉田拓郎⇨元気です

◯チャゲ&飛鳥⇨ひとり咲き

◯長渕剛⇨順子/乾杯

◯甲斐バンド⇨安奈/ビューティフル・エネルギー

◯アリス⇨秋止符/それぞれの秋

◯谷村新司⇨昴 -すばる-

◯松山千春⇨恋/もう一度/風の詩

◯さだまさし⇨道化師のソネット/検察側の証人

◯五十嵐浩晃⇨愛は風まかせ

◯財津和夫⇨Wake Up 

◯チューリップ⇨I am the Editor(この映画のラストシーンは、ぼくにはつくれない)

◯南佳孝⇨憧れのラジオ・ガール

◯オフコース⇨さよなら/生まれ来る子供たちのために/Yes-No

◯山下達郎⇨RIDE ON TIME/夏への扉

◯浜田省吾⇨君が人生の時…/丘の上の愛

◯RCサクセション⇨雨あがりの夜空に

◯スペクトラム⇨IN THE SPACE 

◯SHOGUN⇨Lonely Man 

◯イエロー・マジック・オーケストラ⇨テクノポリス/ライディーン

◯喜多郎⇨シルクロードのテーマ

邦楽は、シンセサイザー、テクノ、ロック、シティーポップ、フォーク、演歌、アイドル歌謡と、全方向に高品質の作品が生み出されていて、80年代のJ-Popが産声をあげている状況。アイドルも、山口百恵に代表される70年代アイドルから、松田聖子に代表される80年代アイドルへと移り変わる過渡期にあたる。


〈1979年の洋楽 計15曲〉

◯My Sharona (アメリカ西海岸出身のロック・バンド、ザ・ナックの代表曲/全米年間1位)

◯Do Ya Think I’m Sexy (前年11月リリースされたロッド・スチュワートの大ヒット曲/全米年間4位)

◯Hot Staff (ドナ・サマーの代表曲/全米年間7位)

◯Y.M.C.A.(ヴィレッジ・ピープルの代表曲/全米年間8位)

◯Ring My Bell (アニタ・ワードの代表曲/全米年間9位)

◯My Life/Big Shot/Honesty(前年10月リリースされたビリー・ジョエルの名盤「ニューヨーク52番街」からシングルカット/全米年間28位・圏外・圏外/アルバムは全米年間1位)

※オネスティは日本でだけ異常に人気が高く、代表曲と認識されている。「ビリー・ザ・ベスト」のアメリカ盤には入っていないが、日本盤には追加収録された。

◯September (アース・ウィンド&ファイアーの代表曲のひとつ/全米年間78位)

◯Chiquitita (同年1月リリースされたABBAの代表曲のひとつ)

◯Video Killed The Radio Star (同年9月リリースされたバグルスの大ヒット曲/日本名〝ラジオスターの悲劇〟)

◯The Logical Song/Breakfast In America (同年3月リリースされたスーパートランプの代表的な名盤「ブレックファースト・イン・アメリカ」からシングルカット/全米年間27位・圏外/アルバムは全米年間5位)

※日本では、アルバム表題曲である「ブレックファースト・イン・アメリカ」だけが、突出した人気を得るという独自の状況になった。

◯Message In A Bottle (同年リリースされたポリスのヒット曲で初の全英1位となった曲/日本名〝孤独のメッセージ〟)

◯99(同年10月リリースされたアルバム「ハイドラ」からシングルカットされたTOTOの代表曲のひとつ)

この年の曲でも、半世紀近く経った今でも、神曲として新しくリスナーを増やしている曲はある。EW&FのセプテンバーとかTOTOの99などがそうだ。すっかり古びてしまった曲も多いが、いまだに輝きを放っている曲もある。


〈1979年の邦楽 計70曲〉

◯ピンク・レディー⇨カメレオン・アーミー

◯山口百恵⇨いい日旅立ち

◯岩崎宏美⇨万華鏡

◯ジュディ・オング⇨魅せられて

◯サーカス⇨アメリカン・フィーリング

◯大橋純子⇨たそがれマイ・ラブ

◯高橋真梨子⇨あなたの空を翔びたい/ハート&ハード〜時には強く、時には優しく〜

◯竹内まりや⇨SEPTEMBER 

◯八神純子⇨みずいろの雨/想い出のスクリーン/ポーラー・スター

◯渡辺真知子⇨季節の翳りに

◯谷山浩子⇨紙ひこうき

◯イルカ⇨海岸通

◯五輪真弓⇨残り火/合鍵

◯松任谷由実⇨埠頭を渡る風/冷たい雨

◯中島みゆき⇨タクシー・ドライバー/りばいばる

◯小林幸子⇨おもいで酒

◯八代亜紀⇨舟唄

◯北島三郎⇨与作

◯杉良太郎⇨すきま風

◯千昌夫⇨北国の春

◯渥美二郎⇨夢追い酒

◯村木賢吉⇨おやじの海

◯西城秀樹⇨YOUNG MAN(Y.M.C.A.)

◯水谷豊⇨カリフォルニア・コネクション

◯中村雅俊⇨時代遅れの恋人たち

◯円広志⇨夢想花

◯岸田智史⇨きみの朝

◯さとう宗幸⇨青葉城恋唄

◯永井龍雲⇨道標ない旅

◯高石ともやとザ・ナターシャ・セブン⇨孤独のマラソン・ランナー

◯南こうせつ⇨夢一夜

◯NSP⇨青い涙の味がする

◯ふきのとう⇨ば〜じにあ・すりむ/青空

◯長渕剛⇨俺らの家まで/君は雨の日に/祈り

◯さだまさし⇨天までとどけ/木根川橋/関白宣言

◯松山千春⇨季節の中で/夜明け/生きがい

◯アリス⇨チャンピオン/夢去りし街角

◯谷村新司⇨陽はまた昇る

◯世良公則&ツイスト⇨性(サガ)

◯桑名正博⇨セクシャル・ヴァイオレットNo1

◯松村とおる⇨戦国自衛隊のテーマ

◯BORO⇨大阪で生まれた女

◯井上陽水⇨なぜか上海

◯サザンオールスターズ⇨いとしのエリー/C調言葉に御用心

◯ゴダイゴ⇨ガンダーラ/モンキー・マジック/銀河鉄道999

◯柳ジョージ&レイニーウッド⇨微笑の法則

◯甲斐バンド⇨HERO(ヒーローになる時、それは今)

◯SHOGUN⇨男達のメロディー

◯チューリップ⇨虹とスニーカーの頃/Someday Somewhere 

◯オフコース⇨美しい思い出に/愛を止めないで/汐風の中で

70年代の特徴の一つは、歌の下手な人がいないことだ。ともかく、みんな上手。演奏はシンセサイザーの音が古めかしい。録音技術も発達していないので、その分、手作りの音という感触が強い。ジャンルは、バラエティーに富んでいる。


〈1978年の洋楽 計15曲〉

◯Staying Alive (前年12月公開の映画「サタデー・ナイト・フィーバー」サウンドトラックからシングルカット/全米年間4位)

◯You’re The One That I Want (同年公開の映画「グリース」サウンドトラックからシングルカット/全米年間13位/日本名〝愛のデュエット〟)

◯Just The Way You Are/Moving Out/She’s Always a Woman (前年9月リリースされたビリー・ジョエルの名盤「ストレンジャー」から1st・2nd・4thシングルカット/全米年間17位・圏外・圏外/日本名〝素顔のままで〟)

◯The Stranger (前年リリースされたビリー・ジョエルの名盤「ストレンジャー」から翌1978年5月に、日本でだけシングルカットされ、突出した人気となり、この年の洋楽の1位となった。)

◯We Are The Champions/We Will Rock You (前年10月リリースされたクイーンのアルバム「世界に捧ぐ」から両A面で1stシングルカット/全米年間25位)

◯Dust In The Wind (同年リリースされたカンサスの代表曲/全米年間39位/日本名〝すべては風の中に〟)

◯Wonderful Tonight (前年リリースされたエリック・クラプトンのアルバム「スローハンド」から翌1978年にシングルカットされた名曲)

◯Fantasy (前年11月リリースされたアース・ウィンド&ファイアーのアルバム「太陽神」から翌1978年にシングルカットされ、アメリカでは振るわなかったが、日本では大ヒットし、代表曲とされる。/日本名〝宇宙のファンタジー〟)

◯A Whiter Shade Of Pale (同年リリースされたジョー・コッカーのアルバムの表題曲)

◯Parisienne Walkways (同年リリースされたゲイリー・ムーアのアルバム「バック・オン・ザ・ストリーツ」収録曲/日本名〝パリの散歩道〟/日本で伝説的に愛される名曲)

◯Gates Of Babylon (同年リリースされたレインボーのアルバム「バビロンの城門」の日本における表題曲)

◯Racing In The Street(同年6月リリースされたブルース・スプリングスティーンのアルバム「闇に吠える街」収録曲)

トラボルタのせいで、ヒットチャートはビージーズやオリビアやアバなどディスコ全盛だったが、その一方で、ビリー・ジョエルが名盤「ストレンジャー」で世界的な成功を掴んだ年でもある。EW&Fの宇宙のファンタジーやビリー・ジョエルのストレンジャーのように、日本でだけヒットする現象も健在。


〈1978年の邦楽 計50曲〉

◯ピンクレディー⇨UFO・サウスポー

◯キャンディーズ⇨微笑がえし

◯桜田淳子⇨しあわせ芝居

◯山口百恵⇨プレイバックpart2/絶体絶命

◯岩崎宏美⇨シンデレラ・ハネムーン

◯杏里⇨オリビアを聴きながら

◯庄野真代⇨飛んでイスタンブール

◯大橋純子⇨たそがれマイ・ラブ

◯研ナオコ⇨かもめはかもめ

◯サーカス⇨Mr.サマータイム

◯紙ふうせん⇨冬が来る前に

◯渡辺真知子⇨迷い道/かもめが翔んだ日/ブルー

◯八神純子⇨思い出は美しすぎて

◯イルカ⇨サラダの国から来た娘

◯谷山浩子⇨窓

◯加藤登紀子⇨この空を飛べたら

◯中島みゆき⇨ホームにて/わかれうた/世情

◯松任谷由実⇨埠頭を渡る風

◯平尾昌晃・畑中葉子⇨カナダからの手紙

◯郷ひろみ・樹木希林⇨林檎殺人事件

◯西城秀樹⇨ブルースカイ ブルー

◯松山千春⇨青春/ピエロ/青春Ⅱ

◯さだまさし⇨案山子/秋桜(コスモス)/主人公

◯風⇨Bye Bye 

◯かぐや姫⇨おまえが大きくなった時

◯堀内孝雄⇨君の瞳は10000ボルト

◯アリス⇨冬の稲妻/涙の誓い/ジョニーの子守唄

◯世良公則&ツイスト⇨あんたのバラード/宿無し

◯矢沢永吉⇨時間よ止まれ/長い旅

◯チューリップ⇨夕陽を追いかけて

◯オフコース⇨やさしさにさようなら/夏の終り/心さみしい人よ

◯浜田省吾⇨涙あふれて/片想い/散歩道











3/16に発生した辺野古の抗議船転覆事故について、当日の辺野古漁港の監視カメラの映像を、産経新聞が手に入れ、事件からちょうど3ヶ月経った6/16に報道された。

事件当日、リーフエッジで不屈が転覆したのが午前10時10分、救助に向かった平和丸が転覆したのが午前10時12分だ。

カメラの映像では、平和丸転覆から22分後、午前10時34分頃、救助された生徒たちを乗せた海保の警備艇が漁港に入ってくる姿が確認できる。午前10時54分までに七隻の警備艇が次々と港に到着して生徒たちを下船させ、警察官や救助隊員が生徒たちに駆け寄る緊迫した場面が続く。


映像では、後発組を引率していた男性教員や乗り物酔いで同乗しなかった先発組担当の女性教員、さらに救助された平和丸船長も映っていたが、彼らが生徒の安否確認や点呼を取る姿、近寄って慰める姿、声をかける姿さえもうかがえなかった。

まず後発組を引率していた男性教諭は、生徒たちが港に着き始めてから40分ほど経った11時15分頃、始めて映像に現れるが、生徒たちが固まっているところに近づく様子もなく、20mほど離れたテントの中から、遠巻きに生徒たちを眺めているだけで、1人じっと立ち尽くしているばかりだった。

一方で、救助された生徒の一人は「応急処置を受けたときに、海上保安庁の方に『足りない人がいないか』と聞かれたので、生徒で集まって人数確認をした」と振り返る。そして「乗船者のグループ分けの名簿が見当たらず、人数確認に時間がかかった」「誰かは分からないが、1人足りないことに気づき、その旨を伝えたところ、何隻かの船(警備艇)が出航し、捜索が本格化した」と証言している。その間、教師の話はまったく出なかった。

なぜか、引率教員は、本来自分がやらねばならない生徒の安否確認や点呼の義務を完全に放棄していたのだ。


溺死した女生徒が発見されたのは午前11時15分、そして、カメラの映像では11時24分に女生徒を乗せた警備艇が港に入ってくるのが写っている。そして、上陸後、救急車に乗せられるのだが、ちょうど、この時、生徒たちが港に到着してから1時間後に、初めてカメラに写ったのが先発組引率の担当だった女性教員である。

それまで、この女性教員は、カメラには写らないヘリ基地反対協議会のテントにいた。救急車が港に到着して武石さんが乗せられると、この女性教員は、突然、カメラ映像の外から救急車に向けて走ってきたのだ。そして、救急車に同乗して行った様子がカメラに写っている。

自分の責任を完全に放棄して一切仕事をしないのであれば、最後まで仕事をしなければよいのに、なぜ、最後に意味のないパフォーマンスをするのか、と思いました。何もしない方がまだ潔いのではないでしょうか。


少なくとも、この2人の引率教員は、傷ついた生徒たちに寄り添いたいという気持ちを、かけらも持っていなかったことは、カメラの映像からはっきりとわかります。

生徒への共感はまったくなく、感情は氷のように冷たいが、自己保身の意識だけは強力に稼働している人間サイボーグ先生か…。

自分たちが生徒たちの命を預かっているなんて、まったく思っていないのだろうなあ。

素晴らしい子どもたちなのに、なぜ信じられない大人たちしか、周りにいないのだろう。



昨今、発達障害やパーソナリティ障害であるという人が異常に増えているように感じます。

実際にはどうなのでしょうか。

発達障害の中でも多いのはADHDとASDです。ADHDは大人になってから診断されることが多く、ASDは子供の頃に症状が診断されやすいという特徴がありますが、境界線上の人も含めれば、どちらも人口の5%以上いるのではないかと推測されています。(病院での診断ではADHD3%、ASD1.6%)

ADHDとASDは併存することも多く、ADHDと診断された人の25%がASDの特性(すべてかその一部)を併せ持っており、ASDの人の40%がADHDの特徴(全部か一部)を併せ持っています。そのパーセンテージの差からも、ASDよりADHDの人の方が全体発症診断数(母数)は多いのがわかります。そして、医療受診された発達障害全体の25%が、ADHDとASDの両方の診断基準を満たしている、つまり、完全なADHDとASDの併発である(総人口の0.7%)と報告されています。

日本で発達障害と判定(医療診断及び公的調査含む)されている人の総数は、人口の10%、10人に1人はいると考えられます。しかし、これはおそらく氷山の一角です。発達障害は生まれつきの脳神経の働きの偏りであり、一生涯治ることはありません。そして、病院や公の調査で診断されていないだけで、グレーゾーンの人も含めれば実際には発達障害だという人はもっと多くいるはずです。


パーソナリティ障害とされる人の割合(医療診断及び公的調査含む)もまた、人口の10〜15%(10人に1人以上)と報告されています。

病院に受診する人が最も多いのは境界性パーソナリティ障害で、病院で診断されるパーソナリティ障害の6割以上を占めますが、一般的な調査では人口の2%程度とされます。

また、近年増えているとされるのが、境界性パーソナリティ障害と地続きで繋がっているスペクトラムの一端と考えられている自己愛性パーソナリティ障害で、アメリカでは人口の6%(16人に1人)いるという報告もありますが、一般的な調査では、こちらも人口の2%程度と考えられています。

この二つのパーソナリティ障害は、境界線が非常に曖昧で、互いに移行するスペクトラム(連続体)の一部と考えられており、併存の割合も高いので、合わせると総人口の3%程度を占めると考えられています。

また、この二つのパーソナリティ障害は、ADHDと併存する割合が最も高く、特に境界性パーソナリティ障害の人の40%はADHDの特徴を有しています。さらに自己愛性パーソナリティ障害の人の場合は20%がADHDを併発しています。

一方、これも人口の2%程度を占めるシゾイドパーソナリティ障害ですが、ASDとの併存率が非常に高く、シゾイドパーソナリティ障害の人の50%以上がASDであると言われています。

ASDとシゾイドパーソナリティ障害は、あまりにも親和性が高いので、かつては、同じ特徴を有していても、幼年期に見つかったらASD、大人になってわかった場合はシゾイドパーソナリティ障害と診断された時代もあったそうです。


しかし、実際には発達障害とパーソナリティ障害はまったく別の障害です。

まず、発達障害は先天的なもので、一生涯治りませんが、パーソナリティ障害は後天性が強い障害で、それ自体は完治も可能です。

そして、発達障害がパーソナリティ障害と併存する場合には、生まれた時からADHD・ASDだった子が、その後の環境要因により、境界性・自己愛性・シゾイドパーソナリティ障害などを発症することが多いのです。

繰り返しますが、パーソナリティ障害は、発達障害と違って、生まれつきの脳神経の働きの偏りではありません。

言わば、発達障害がコンピューターのハード面だとすると、パーソナリティ障害は、そのハードを動かすソフトの障害ということです。そして、このソフトは改善の余地があります。ですから、一般的には、パーソナリティ障害は治る障害なのです。

ソフトの改善は、配線の修理ではなく、プログラミングの作業になります。具体的には薬剤治療ではなく、カウンセリングによるということです。

ただし、発達障害とパーソナリティ障害が併発している場合、症状の改善が難しくなります。ソフトを治そうとしても、ハードの不調が邪魔をするわけです。

特に、ADHDがASDと併存している場合には、ADHDの対処療法薬(コンサータなど)などもあまり効きませんし、ASDやパーソナリティ障害には症状改善の専門薬もないので、治療による症状改善は非常に困難です。

日本の精神医療は、基本的に薬の処方箋を出すだけで、カウンセリングなどしませんから、上記のような発達障害やパーソナリティ障害の複雑な併発症状においては、ほとんど無力と言っていいと思います。


例外は、ADHDの症状を緩和するコンサータなどの薬が効く場合で、そういう人にとっては、併発症状があっても、病院に行く価値があると思います。

ただ、日本は、欧米に比べると、ADHDの症状改善薬の規制が極端に厳しく、現在、成人用の即効性のある中枢刺激薬はコンサータしか認可されていません。そして、例えば欧米では第一選択薬として広く認可されているアデロールは、日本では常習性を恐れて覚醒剤指定されていて使用禁止です。そのため、現在、日本では、ストラテラの製造中止をきっかけとして、治療を求めるADHD患者が増加し続けていることもあって、コンサータの不足が深刻化しています。

一方で、不思議なことに、欧米では依存性の高さから規制が厳しいデパス(エチゾラム)などの精神安定剤については、日本は規制が非常に緩く、野放しになっています。

例えば即効性の高いデパスは、その依存性の高さからアメリカでは禁止されており、欧州でも医師の厳格な管理の下、カウンセリングを受けることを条件に処方されています。しかし、日本ではデパスは必ずしも精神科や心療内科でなくても、内科でも処方は可能で、ほとんど規制されてきませんでした。

私としては、そのおかげで助かってきたというか、デパスにお世話になってきた面があります。心理的ストレスやパニック症に対する鎮静手段として、冷静な自己管理ができるなら、規制はない方がいいと思うのですが、それだけでは済まないのも確かです。

日本は、そもそも医師によるカウンセリングがないので…。




女系天皇でいいと思います。

現代の一夫一婦制の下では、男系しか認めないなんて言っていたら、皇統断絶を免れることはできないでしょう。それを、こっそり側女に産ませて皇后が産んだことにするとか、人工的に男子を産むように医学的に操作するとか、なんか違うんじゃないでしょうか。生命への畏敬の念が失われた地で、先祖神への信仰を守る意味があるでしょうか。

かといって、宮家を復活させて、男系の細い血を受け継いでいる養子で固めて、皇位継承者を増やすとか始めたら、そのうち、皇太子も養子でOKになっちゃうんじゃないでしょうか。男系の継承って、そんなんでいいんでしょうか。

加えて、結婚後も、女性皇族は皇族のままで活動してもらうとか、そんなの皇位継承とは関係のない話だし、女性を何だと思っているのか。ともかく、問題の根本的な解決にはならない話ばかりです。

皇室典範を改正しても、今のままでは、ろくな改正にならない気がします。


そもそも、どうして、これほど男系にこだわるのでしょうね。

天皇家は万世一系で男系天皇が続いてきたと、表の皇紀にはあるのでしょうが、実際、裏ではどうだったのでしょう。

卑弥呼や壱与は、当時、連合王国だった大和国家の大王だったと思うのですが、世継ぎは誰だったのでしょう。卑弥呼や壱与の子が次代の大王になった可能性はないのでしょうか。

また、女系ではなく、女性天皇であれば歴史上多くいます。推古天皇、持統天皇、元正天皇、元明天皇などたくさんいます。これらの女性天皇は、夫が亡くなった後、幼い子や孫が天皇になるまでの中継ぎという意味があったと思います。

ただし、聖武天皇と光明皇后の唯一の子として、聖武天皇の後継者として皇太子となり、天皇となった女性がいます。それが孝謙天皇(称徳天皇)です。


さらに元を辿れば、天皇家は太陽神天照大神の子孫とされています。諸外国では太陽神はギリシャ神話のアポロンのように男神であることが多いのですが、天照大神は女神です。

私は、この女神は、縄文時代には主神である大地の女神として崇められていた存在が、大陸から稲作文化と共に太陽神信仰を受容した時、主神である女神が太陽神に変質したのではないかと考えます。そして、女性を指導者とするという縄文由来の母性文化の精神が濃厚だったからこそ、男性の王を立てても国がまとまらず、卑弥呼や壱与といった女王を立てることで、ようやく人心がまとまったのだろうと考えます。

だとするなら、この国の柱たる大王が、男系を伝統とするなどという考えは、春秋戦国時代や南北朝時代以降に日本に入ってきた中国文化の影響であって、我が国のもともとの伝統などではないということになります。

女媧とか武威の禍とか、中国の男尊女卑的な価値観に、縄文の1万年前から続く伝統的な母性文化を、現代まで保っている我が国が、従わなければならないいわれはないのです。


そうであるなら、競争やら効率やら父性文化的価値観の軋轢に軋む人類史上の大激動に見舞われている今日、私たち日本人が、古代回帰の選択をしたとて、さほどおかしなことではないと思います。

現令和天皇・皇后の一粒種である愛子さまを次代の天皇として立太子しても、問題はないのではないでしょうか。

むしろ、秋篠宮家へ皇統が移ることの方が不自然で、後々、災いの種にならないとも限らないと思うのです。

その理由の一つは、皇太子として帝王学を学んで育った令和天皇の下で育つのと、秋篠宮家で育つのとでは、家族文化そのものが異なるだろうということです。

さらに言えば、長女眞子さまの結婚騒動から考えても、秋篠宮家の家庭としての価値観や教育力に、私は疑問を感じずにはいられません。疑問というか、もっと言うと不安を感じます。その不安の中心には、紀子さまのあり方への不安があります。


男系にこだわることは、究極的に言うなら、人工的に男子の受精卵を体外受精させて、男子を産めば良いということになりはしないか、それでも女系天皇を誕生させるよりは良いのか、と考えてしまうのです。

神の子孫であればこそ、子をつくるのは、自然に任せるべきであり、そこを人為に頼るのは、神(自然)への冒涜になるのではないかと。

人為とは、元を辿れば欲の世界であり、俗世の事情ではないでしょうか。男系にこだわり過ぎるのも、人間の側の我であり、都合であると思うのです。

人間が努力で何とかすべき領域と、人間が手を出してはいけない神の領域があるとはソクラテスも述べています。人工的に男子を産むのは、人間が手を出すべきでない領域を冒しているのではないでしょうか。

そんなことをするぐらいなら、自然に女系天皇が継承すべきです。

さもなければ、必ずや、この国に大きな災いをもたらす元凶となるでしょう。


以上、いろいろ考えた末に、思うのです。

次期天皇は愛子さまでいいのではないでしょうか。

人為は天意を越えてはならないのです。



5/9現在で、さまざまな証言、映像が、生徒たちや遺族から出ており、さまざまな疑惑が持ち上がっている。

特に、亡くなった女生徒が乗っていた平和丸の船長と乗組員についての疑惑だ。

もちろん、不屈の金井船長についての証言もある。

まず、不屈に乗った生徒たちは、乗船時に金井船長から救命胴衣の装着指導を一切受けなかったという証言がある。

平和丸については、先に乗った男子には説明があったが、防波堤から不安定な足場を使って乗船することを怖がって、後から乗った女子には説明が無かった。

それから、「波が荒くなっている」と警告に近づいた海保のボートを猛スピードで振り切ってリーフエッジに突入していく不屈の生徒たちの悲鳴が、平和丸の生徒の携帯映像に残っている。金井船長は、よほど無茶な運転をしていたようだ。平和丸が、そのすぐ後ろをついていっているのも悲鳴の大きさや近さからわかる。そして、不屈の側面から高波が近づいてきて、生徒たちは互いにしがみつきあい、船の手すりを握りしめた。しかし、金井船長は、一言も発することなく、猛スピードで直進するだけだった。そして、横波を受けて不屈は転覆し、生徒たちは海底に叩きつけられた。その後も、次々と高波は海上の生徒たちを襲った。

さらに、不屈転覆後、平和丸船長が、生徒たちに「誰か携帯を持っていないか」と訊いてまわり、「117番にかけて」と頼んだことが、生徒の証言でわかった。

平和丸に無線や救助信号が無かった。船長と乗組員が携帯電話を持っていなかった。あるいは持っていても、身につけておらず、すぐに出せる場所にも保管していなかった。そして、海保への通報が118番であることを、覚えていなかった。

117番にかけた生徒は、「あれ?」「これ、ただの時報じゃないか」と思った時には転覆して海に投げ出されていたという。

以上の点から生じる疑惑は、船長と乗組員の信じられないほどの無能さだ。

無謀にも自力で不屈の救助に向かったというよりも、まともに救助要請すらする手段を持たず、すべて生徒頼りで、しかも、その指示した内容も誤りで、ともかく何も考えられず、何もできないうちに平和丸も転覆したのだろう。「平和丸だけでも安全地帯に留まらなければ」と考える知恵すら働かず、「どうしたら救助要請できるかわからない」と焦っているうちに、平和丸も高波の餌食になったわけだ。

杜撰さもここまで極まると凶器となる。


彼ら抗議船の船長たちに生徒の安全を委ねた同志社国際高校の責任、抗議船のいい加減な運行の主体者としてのヘリ基地反対協議会の責任、協議会が中核となって成立したオール沖縄を支持母体とする玉城デニー知事の責任は、それぞれ問われなければならない。

特に、2019年に、不屈の金井牧師を平和学習コーディネーターとして表彰した県(玉城デニー知事)の責任は重い。

また、ことがここに至るも、生徒たちの証言や証拠映像を取り上げて、事件の真相に迫ろうとする公正な報道をまったくせず、あくまでも協議会側に寄り添った偏向報道、あるいは協議会に都合の悪いことは報道(取材)しない権利の行使に終始する地元二紙、朝日、毎日、共同通信、読売などを中心とするメディアの報道(取材)姿勢も問われている。

ヘリ基地反対協議会共同代表の浦島悦子氏は、琉球新報社主催の会で「早く遺族に直接謝罪できる状況になって欲しい」と言いつつ、「産経など右派の偏向報道や悪意ある虚偽情報に負けない」と支援者たちに述べている。この時の録音音声が流出したことに関して、琉球新報社は「会の参加者が流出させた」ことを疑って責めるようなメールを全員に送っている。

沖縄タイムスでも、「悪意あるデマ、根拠のない誹謗中傷に負けるな」とヘリ基地反対協議会を応援する投稿記事が5/1に掲載され、「亡くなった女生徒もそう思っているだろう」と記した最後の3行だけを問題とし、主題についてはまったく問題視していない。

毎年平和丸に乗船して抗議活動にも参加していた共産党の小池晃氏は「『共産党も協議会も謝罪していない』と言われるが、記者会見でもHPでもちゃんと謝罪している」と述べている。

遺族への謝罪とは、記者会見やHPの文章で済ませられるものなのか。直接謝罪や弔問がなくても遺族への謝罪は済んだとみなされるべきなのか、「船長、乗組員、協議会関係者は、遺族に、まだ謝罪していない」という言説はデマとみなされるべきなのか、浦島氏や小池氏に問いたい。

生徒たちからの情報が今になって出てきているのは、事件から少し時間が経って、生徒たちが少しずつ心の整理ができてきているからかもしれない。しかし、同時に、大人たちの真相究明の姿勢のなさがあまりに心許なく、肝心の情報が隠蔽されているという焦燥感に駆られての行動かもしれない。

こうした生き残った生徒たちからの証言や携帯映像も悪意あるデマなのか、根拠のない誹謗中傷なのか、協議会関係者に問いたい。

ついでに、引率教員が、生徒たちの証拠映像を消去するように命じたというのは本当か、これも同志社側に訊きたい。


不屈にも平和丸にも乗船したことのある社民党の福島瑞穂党首は、「辺野古基地建設工事がなければ、こんな事故も起こらなかった」という服部良一元幹事長の言説を、いまだに否定していない。

大人がまったく動かないから、仕方なく子どもが動いているのだ。

この構図は、不屈転覆直後からずっと続いているのではないかと思わざるを得ない。

海に投げ出された生徒たちは、自力で立てる浅瀬を見つけて、そこで、自らの判断で、自分の携帯で118番を検索して救助要請したのだ。

その間、船長は船体に繋がるロープを握っていただけで、乗組員も船体につかまっていただけだ。点呼も取らず、船体の下で、不完全な装着をした救命胴衣が船体に引っかかって溺死しかかっている女生徒がいることもわからずに…。

救助され上陸した後、乗客名簿もなく、引率教員の同乗や点呼もなく、海保の人の「これで全員ですか」の問いにすぐ答えられず、誰かわからないけど一人足りないとわかるまで10分かかった。

その後、港で待機中に、平和丸の柴田乗組員は「船長の特製コーヒー飲む?」「世界で一つだけのコーヒー、飲んだらきっと元気になるよ」「クッキー食べる?」「ここでしか食べられないよ」と生徒たちに話し、平和丸の諸喜田船長は「(不屈の)船長死んじゃった」と生徒たちに笑いながら話しかけてきた。

この時点で、平和丸の船長と乗組員は、自分の船に乗せていた女生徒が溺死した事実も知っていたはずだ。よく生徒たちに、にこやかに話しかけられたものだとも思うが、船長や乗組員の言動や様子が、生徒たちから見て、明らかに異常行動だったとも言われている。

しかし、こうした映像や証言は、いまだにメディアではまったく報道されていない。

事件の被害者となった生徒たちからすれば、同級生の死をめぐる理不尽な状況や事実を、まったく報道せず、責任団体の自己正当化を許し、ここまで彼らに不都合な事実を無視する大人たちの社会を、如何にして信じて育っていくことができるだろうか。


このままではいけない、そう思わないか。