2026年3月16日、午前に辺野古基地建設反対派の抗議船2隻「不屈」「平和丸」が辺野古沖で大波によって転覆し、2名が亡くなった。

2隻のボートには合計21人が乗船しており、転覆時には全員海に投げ出された。

先に「不屈」が転覆し、それを見て助けに向かった「平和丸」も転覆したという。

乗船者21人のうち18人が、京都の同志社国際高校2年生の生徒たちで、亡くなった2人は抗議船「平和丸」に乗っていた女生徒と「不屈」の船長だった。

さらに、この2人を除く19人のうち、生徒12人、乗組員2人の14人が負傷した。

当時、現場では波浪注意報が出ていた。波浪注意報は『2.5mの高さの波が発生する恐れがある』という注意情報を意味する。

専門家によると、2.5mの波が予想される状況で、小型船で定員ギリギリの人を乗せて出航するというのは基本的にあり得ない。危険な状態になってから離脱するのは極めて困難であり、重大な過失の可能性があるという。


「不屈」転覆(10時10分)の後、大波の中、「平和丸」は、満員の状態の船で、外海に流されていく「不屈」の船体を追いかけ、海保も呼ばずに無謀な救助に向かい、2分後に「平和丸」も強い波を受けて転覆した。

海上保安庁への最初の救助要請は、10時16分頃、海に投げ出された生徒の携帯からの118番通報だった。

そして、事故発生から10〜40分後(10:20〜10:50)までに、女生徒を除く海に投げ出された全員(20人)が、2隻に対して事故直前(10:00頃)に「波浪注意報が出ているから危険だ!」と注意喚起していた海上保安庁のゴムボートによって救助されたが、10時44分頃、転覆した平和丸の船体の下に発見した。

「平和丸」乗員や教員らは港に上陸した11時頃まで生徒が1人足りないことに誰も気づいていなかった。

また、海保は、必要な装備を持つ潜水士がいないため、消防に救助を要請したという。


一方、消防によると10時25分に「2隻の転覆で要救助者が20名いる(女生徒は数に入っていない)」と海保から連絡を受け、救助に向かった消防の隊員が10時45分に現場に到着したという。

そして、海保により「不屈」の金井船長含め十数人を救助済みと聞いたものの、水難隊員が、海保が救助できず、取り残された女生徒を探して、現場付近を調査・確認したという。そして、11時15分(「平和丸」転覆から63分後)、ひっくり返った「平和丸」船体の下から女生徒を救助したというのだ

ライフジャケットが船体に引っかかった女生徒は「平和丸」の横転した船体の下に閉じ込められたまま、脱出できずに溺死したものと見られる。

また、この後、午後5時には転覆現場調査中の海保の救命ボートも高波で転覆(乗組員は全員無事)している。

パニックに襲われて、満員の乗客の安全確保を優先させず、目の前にいる海保に無線で助けを求める代わりに、無謀にも自力で「不屈」の救助に向かって、二次災害を起こした「平和丸」の諸喜田船長には業務上過失致死の疑いがかけられている。

女生徒が乗っていた位置は、舵を握っていた船長のすぐ近くだったようだ。そして、船長は、少女の救命胴衣が正しく装着されていないことを知っていたと証言している。


同志社国際高校の高校2年生262人は、14日から修学旅行で沖縄を訪れていた。3日目の今日は37人の生徒が2人の教員に引率されて、班別行動の「船で辺野古を海から見るコース」に参加し、先発18人の生徒が2隻の抗議船に乗り込んでいた。

沖縄県内でも大学生に辺野古の座り込みに参加させて授業の単位を与える先生がいるが、さすがに抗議船に高校生を乗せるのはやり過ぎだろう。救命胴衣は全員着用していたとはいえ、教員は同乗していない。

実際には教員2人は陸にいた第二陣の生徒19人と一緒にいたが、ボートの定員から考えて第二陣にも同乗する気はなかったろう。

しかし、もし教員が平和丸に同乗していて、海上で生徒の安否確認をしていたら、早期の女生徒の救出が可能だったかもしれない。

修学旅行なのに引率した教員が誰も抗議船に乗船していないなんてことがあっていいのか?


引率教員2人のうち、先発の第一陣に乗る予定だった教員が、前日からの急な体調不良と乗り物酔いで直前になって乗船不可となったと、学校側は言い訳しているが、それなら第二陣引率の教員に交代してもらって2回とも引率すればよかっただけではないか。

事実は2人とも乗らなかったわけで、これでは引率責任の放棄とみなされても仕方がない。第二陣を引率していた教員は、第一陣を引率した教員が直前で乗船しなかったことも知らなかったと学校側は説明したが、遺族が納得できないのも当然である。

そもそも船は2隻で、生徒は出航組と待機組に分かれるなら、本来、引率教員は3人必要になる。これを2人にしている時点で、海上の生徒は放置する気だと見做されるのが普通だ。

また、以前も、教員が乗船しないことは、よくあったと校長は言っていたので、教員の乗船は必要事項ではなかったということだろう。


遊覧船と違って抗議船では、乗客の安全対策が行き届かず、生徒の身の安全が保障できないという問題が非常に大きい。

大きさ的にも船というよりエンジン付きボートである。しかも2隻の抗議船は事業登録もされていない

しかし、この「辺野古」プログラムは、2015年頃、学校側と反対派活動団体の間で決められ、これまで、続いてきたようだ。団体側は無償ボランティアだと言うが、1日日当5000円を各船員に支払ったと学校側は述べている。しかし、法的には無償であろうが有償であろうが、定期的に乗客を乗せている船であれば、国に事業登録の申請が必要だ。

また、この団体は、4年前(令和5年)からは、抗議船に毎年、同校の高校生を乗せてきた経緯がある。

そして、例年通りかはわからないが、今年の抗議船には高校生18人に乗組員(というか活動家)3人で、大人は一艘に1人、2人しか乗っていない。

具体的には最大搭載人数10人の「不屈」に9人乗船(生徒8人・船長1人)、最大搭載人数13人の「平和丸」に12人乗船(生徒10人・船長1人・乗組員1人)で、どちらも搭載人数ほぼいっぱいである。

しかし、どちらも教員が1人づつ乗る余地はあった。

乗らなかったが…。


ただ、「不屈(全長6.27m)」「平和丸(全長7.63m)」は、本当に小さなボートなので、定員ギリギリまで乗ってしまうと、波が荒れると体重の偏りが起こりやすく転覆しやすい。

普段、無茶な操船を伴う抗議活動では2、3人しか乗らないボートに10人も乗り込んだら、定員ギリギリ超えていないとしても、かなり重心は不安定になる。まして、こんなボートに乗ったこともない高校生ばかりを乗せて海に出て、これで高い波が来たら、子どもたちが波を避けようとして移動し、船の重心が片側に寄ってしまって不安定になり、一気に転覆しても不思議はない。

その上、生徒たちに舵を任せたり、予定のコースを外れて勝手に外海に出たり、実にはちゃめちゃで危険な運用であり、日頃の荒い運航・操縦に慣れている抗議船の船長たちは、海の危険を軽視していると批判を受けても仕方がない。

同志社国際高校の保護者説明会でも、亡くなった女生徒の母親から「どうしてそんな脆弱な船に娘を乗せることになったのか」と問われ、他の父母からは「抗議船に乗るなど聞いていない」と声があがった。

学校側は「平和学習の方法として有効だと考えました」「脆弱かどうかは別として決めました」と返している。

子どもの命より〝平和教育〟が大切だという。要するに学校側自体が、左翼思想にかぶれているのだ。

地元沖縄の学校でも、辺野古の抗議船に生徒が乗り込んだりするような「平和学習」活動はありえない。

実際、修学旅行で辺野古基地反対派の抗議船に集団で乗り込むプログラムを行なっている高校は、同志社国際高校だけである。


なぜ、このような危険なツアーが続けられてきたのか?

この点については、この基地反対派(日本基督教団含む)が玉城デニー知事の支持母体の中核にあることとも関わっているように思う。

身内贔屓で彼らの活動が野放しにされていた可能性があるのだ。上記したように海上運送法による国への申請・登録もされていない。

ちなみに、亡くなった71歳の金井船長さんは、辺野古基地反対派の有名なプロテスタント(日本基督教団)の牧師さんで、普段から反対運動の先頭に立っていた活動家の方だ。

これまでにも「平和丸」「不屈」などの抗議船が、修学旅行中の中学生を乗せて、実際の抗議活動のために海に出たこともあるというヤバい情報もある。

沖縄の日本基督教団系のプロテスタント教会は基地反対運動及び韓国の反日運動、加えて玉城デニー知事の支持母体にも深く関わっている。

その意味では、今回の悲劇は、高校側、反対派と同様に、玉城デニー知事にも管理責任の一端があるのではないか。


また、座り込みに参加させるのも、抗議船に乗せるのもそうだが、米軍基地反対派の運動に、大学や高校が教育の一環として生徒を参加させるのは、政治的中立性の観点から甚だ疑問である。

平和教育とは、「平和の大切さを理解する」とともに「どうすれば平和が維持できるのか?」を考えることでなければならない。

同志社大学の現学長小原氏と「不屈」の金井船長は、共に親韓反米極左の日本基督教団の牧師さんとして、ある意味、思想的な同志であり、同志社と辺野古基地反対派は組織としての親和性と連帯もあったと考える方が自然である。

反米反日活動家の一方的な意見だけが刷り込まれ、日米同盟や米軍基地を抑止力として考える観点が抜け落ちているのでは、偏向教育の誹りを免れないだろう。

同志社国際高校は、40年以上、沖縄への修学旅行を通して〝平和教育〟を続けてきたというが、その内実は「反日活動家養成教育」ではないかと誹られるのも無理はない。


A読谷村チビチリガマ見学 ※集団自決の跡

B左翼彫刻家金城実と交流 ※読谷で「恨之碑」「慰安婦像」など制作している極左の彫刻家

Cカヌー体験⇨佐喜眞美術館見学 ※普天間にある極左の個人美術館

Dサンゴの植え付け

E遺骨収集

F辺野古反基地派(ヘリ基地反対協議会)訪問⇨美ら海水族館

※教師たちは当初「辺野古の綺麗な海を見てから美ら海水族館へ」と説明して参加生徒を募集した。抗議船はグラスボートではないのだが。

G美ら海水族館⇨佐喜眞美術館見学

※高校側は、しつこく佐喜眞美術館に生徒を誘導しているが、美ら海美術館の隣にある海洋文化館の方がよっぽど見所があるのだが。


3日目班行動7コースのうち5コースに極左的イメージが漂う。

しかし、沖縄の左派は「オール沖縄」と名乗りながら、実際には中核派・革マル派・チュチェ思想研究会・日本基督教団・共産党・社民党・社大党・沖縄タイムス・琉球新報など沖縄の少数派のごった煮集団である。例えば、今回の衆院選では小選挙区はすべて自民党候補が当選した。特に、辺野古の住民の大多数は基地容認派であり、抗議活動には数人しか参加していない。

また、「オール沖縄」会議は、今回の事故の報を受けて、辺野古基地反対運動を週内は自粛すると発表した。

週内自粛とかではなく、なぜ抗議船を廃止しないのか、意味がわからない。

その上、翌日には反対運動が普通に行われていた。喪章をつけていればよいというものではあるまい。

県民のほとんどは、このオール沖縄会議に対して、当事者意識やシンパシーをまったく持っていない。その点からも「オール沖縄」の欺瞞がよくわかる。

上記のような極端に偏向した沖縄体験をしていると、沖縄の生活の実相から相当にズレた沖縄認識を、生徒たちが持つようになるのではないかと、私は危惧している。


亡くなった女生徒の両親は、なるべく我が子が亡くなった近くで花を手向けたいと希望し、海保の仲介で、辺野古の米軍基地内の敷地の海岸から海に献花したという。

「辺野古の活動家の方たちとは一線を画す」という遺族の強い意思を感じる。

抗議船の運行団体であるヘリ基地協議会の記者会見は、全員みすぼらしい格好で、態度は偉そうに腕組みをして頭も下げない。本当にひどいものであった。ヘリ基地協議会は、亡くなった女生徒は「辺野古のこんな無謀な工事はやめてくれ」という意味で来てくれたのだと思う、などと勝手に自分たちに都合の良い想像をして話していた。

女生徒の母親は、辺野古の市民団体(ヘリ基地反対協議会)に対して「あのような人たちに娘の命を預けたかと思うと憤りがおさまりません」と話している。また、娘に「どうして辺野古を見る必要があるの?」と尋ねると、「友だちと綺麗なサンゴが見たいから」と答えていたと、母親は、旅行前の母娘の会話を公開している。「こんないかがわしい政治団体に利用されてなるものか」という母親の執念を感じる。


「不屈」転覆でパニックを起こして2次被害を招いたことから、業務上過失致死の疑いのある「平和丸」船長(共産党関係者)の名前が、ネット上では出ているが、地上波メディアには出てこないし、10日経っても遺族や被害者への謝罪すらないのも、誠意の欠如を感じさせ、不信感の元となっているのではないだろうか。

共産党の小池晃書記局長も、共産党員の「平和丸」船長の責任問題を問う質問に対して、「決して共産党だけの船ではない」「いろいろな方が関わって運営していた船」と、船長の問題から船の問題へと話をすり替え、逃げの一手であった。潔い人が誰もいない。


何が『命どぅ宝』か…。