①走っておいで恋人よ

作詞 作曲 谷村新司

◯1stシングル(1972.3.5)

◯4thライブ・アルバム『栄光への脱出〜武道館ライブ(1978.10.5)』収録

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1972〜1975(1980.3.5)』収録

◯ベスト・アルバム『THE BEST OF ALICE(1981.10.21)』収録

アリスのデビュー・シングルです。

「生きてることに疲れた時、どこへも行かずに、走っておいでよ、真っ直ぐに、すべてを忘れて。顔はみないさ、恥ずかしいだろう。永遠にあなたは、そのままで。そっと頬寄せ、言ってみる。すてきな恋人。」

 

②明日への讃歌

作詞 作曲 谷村新司

◯2ndシングル(1972.7.5)シングル・バージョン

◯1stアルバム『ALICE Ⅰ(1972.9.5)』アルバム・バージョン収録

◯7thシングルB面(1975.9.5)新バージョン

◯5thライブ・アルバム『限りなき挑戦/アリス・ライブ 美しき絆-Hand in Hand-(1979.11.20)』収録

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1972〜1975(1980.3.5)』収録

◯オールタイム・ベスト『ALICE 30 SONGS〜member’s best selection〜(2009.7.22)』収録

アレンジの異なる3つのバージョンがあります。7thシングル「今はもうだれも」B面のアコースティック・バージョンが迫力があります。

「明日から私はひとりじゃないの。短く苦しい人生だって、あなたとならば悔やみはしない。」

 

③青春時代

作詞 なかにし礼/作曲 都倉俊一

◯4thシングル(1973.12.5)

◯3rdアルバム『ALICE Ⅲ(1973.12.5)』収録

◯4thライブ・アルバム『栄光への脱出〜武道館ライブ(1978.10.5)』収録

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1972〜1975(1980.3.5)』収録

◯ベスト・アルバム『THE BEST OF ALICE(1981.10.21)』収録

作詞・作曲は異なりますが、谷村新司らしさを強く感じる曲です。

「これが青春時代の甘い心の痛みの音か、何かが終わって、そして、何かが壊れて落ちた。」

 

④二十歳の頃

作詞 なかにし礼/作曲 都倉俊一

◯5thシングル(1974.6.20)

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1972〜1975(1980.3.5)』収録

この曲は、アリスっぽくない、当時、売れ線狙いの曲と言われましたが、耳に残る詩とメロディが印象的な佳曲。

「あれは二十歳の頃さ、僕は初めて知った、君とめぐりあって、愛することを。君は僕より確か二つ年上だった。恋に泣いたことのある人だった。」

 

⑤紫陽花

作詞 谷村新司/作曲 堀内孝雄

◯6thシングル(1975.3.20)

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1972〜1975(1980.3.5)』収録

◯ベスト・アルバム『THE BEST OF ALICE(1981.10.21)』収録

堀内孝雄らしさを強く感じる、繊細で優しい曲です。

「愛の故郷は何処にある。あなたは私にたずねたけれど、答えることはできなかった。あの時感じた胸騒ぎが、やがてくる別れをおしえてた。紫陽花の頃が過ぎ、心淋しい季節がくる。けれど私はひとりきり。」

 

⑥今はもうだれも

作詞 作曲 佐竹俊郎

◯7thシングル(1975.9.5)

◯5thアルバム『ALICE Ⅴ(1976.7.5)』収録

◯4thライブ・アルバム『栄光への脱出〜武道館ライブ(1978.10.5)』収録

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1972〜1975(1980.3.5)』収録

◯ベスト・アルバム『THE BEST OF ALICE(1981.10.21)』収録

◯オールタイム・ベスト『ALICE 30 SONGS〜member’s best selection〜(2009.7.22)』収録

カバー曲ながら、初めてオリコン・チャートで20位以内(最高11位)を記録した、アリスの最初のヒット曲であり、ファンの人気も高い名曲。

「今はもう誰も愛したくないの。何もかも失くした今の僕にできること。淋しさだけがじっとしてる。とめど流れる涙に、一つ一つの思い出だけが。」

 

⑦帰らざる日々

作詞 作曲 谷村新司

◯8thシングル(1976.4.5)

◯5thアルバム『ALICE Ⅴ(1976.7.5)』収録

◯4thライブ・アルバム『栄光への脱出〜武道館ライブ(1978.10.5)』収録

◯5thライブ・アルバム『限りなき挑戦/アリス・ライブ 美しき絆-Hand in Hand-(1979.11.20)』収録

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1976〜1979(1980.6.21)』収録

◯ベスト・アルバム『THE BEST OF ALICE(1981.10.21)』収録

◯オールタイム・ベスト『ALICE 30 SONGS〜member’s best selection〜(2009.7.22)』収録

アリスのオリジナル楽曲で初のチャート20位以内(15位)を記録したヒット曲。失恋した女性が自殺を図り、死んでいく時の重い救いのない心情を歌った珍しい曲。

「最後の電話を握りしめて何も話せず、ただじっと、あなたの声を聞けば何もいらない。命を飲み干して目を閉じる。」

 

⑧遠くで汽笛を聴きながら

作詞 谷村新司/作曲 堀内孝雄

◯5thアルバム『ALICE Ⅴ(1976.7.5)』収録

◯9thシングル(1976.9.20)

◯4thライブ・アルバム『栄光への脱出〜武道館ライブ(1978.10.5)』収録

◯5thライブ・アルバム『限りなき挑戦/アリス・ライブ 美しき絆-Hand in Hand-(1979.11.20)』収録

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1976〜1979(1980.6.21)』収録

◯ベスト・アルバム『THE BEST OF ALICE(1981.10.21)』収録

◯オールタイム・ベスト『ALICE 30 SONGS〜member’s best selection〜(2009.7.22)』収録

アリスの代表的なバラードの名曲。メインボーカルは堀内孝雄。

「悩み続けた日々が、まるでうそのように忘れられる時が来るまで心を閉じたまま、暮らしていこう。遠くで汽笛を聴きながら、何もいいことがなかったこの街で。」

 

⑨さらば青春の時

作詞 作曲 谷村新司

◯10thシングル(1977.3.20)

◯4thライブ・アルバム『栄光への脱出〜武道館ライブ(1978.10.5)』収録

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1976〜1979(1980.6.21)』収録

◯オールタイム・ベスト『ALICE 30 SONGS〜member’s best selection〜(2009.7.22)』収録

これも「遠くで汽笛を聴きながら」と並ぶ、アリスの代表的なバラードの名曲。メインボーカルは谷村新司。

「遥かな夢を捨てきれないままに、熱い血潮は胸を焦がして。振り向かないで歩いてゆける、そんな力を与えて欲しい。」

 

⑩冬の稲妻

作詞 谷村新司/作曲 堀内孝雄

◯11thシングル(1977.10.5)

◯6thアルバム『ALICE Ⅵ(1978.4.5)』収録

◯4thライブ・アルバム『栄光への脱出〜武道館ライブ(1978.10.5)』収

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1976〜1979(1980.6.21)』収録

◯ベスト・アルバム『THE BEST OF ALICE(1981.10.21)』収録

◯オールタイム・ベスト『ALICE 30 SONGS〜member’s best selection〜(2009.7.22)』収録

アリス初の週間チャート10位以内(8位)を記録したヒット曲。ロングヒットし、リリース翌年の1978年には年間2位を記録した。アリスの代表曲のひとつ。

「忘れない、あなたが残していった傷跡だけは。あなたは稲妻のように、私の心を引き裂いた。蒼ざめた心震わせて立ち尽くす、ひとり立ち尽くす。」

 

⑪涙の誓い

作詞 作曲 谷村新司

◯12thシングル(1978.3.5)

◯6thアルバム『ALICE Ⅵ(1978.4.5)』収録

◯4thライブ・アルバム『栄光への脱出〜武道館ライブ(1978.10.5)』収録

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1976〜1979(1980.6.21)』収録

◯ベスト・アルバム『THE BEST OF ALICE(1981.10.21)』収録

◯オールタイム・ベスト『ALICE 30 SONGS〜member’s best selection〜(2009.7.22)』収録

週間チャート4位、年間21位を記録したヒット曲。アリスらしい力強い疾走感のある曲。

「これが最後の誓い。残されて一人きりで生きる。明日からは心を閉ざしたままで、もう二度と夢など追いかけはしない。」

 

⑫ジョニーの子守唄

作詞 谷村新司/作曲 堀内孝雄

◯13thシングル(1978.6.20)

◯4thライブ・アルバム『栄光への脱出〜武道館ライブ(1978.10.5)』収録

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1976〜1979(1980.6.21)』収録

◯ベスト・アルバム『THE BEST OF ALICE(1981.10.21)』収録

◯オールタイム・ベスト『ALICE 30 SONGS〜member’s best selection〜(2009.7.22)』収録

週間チャート6位、年間18位を記録。メインボーカルは堀内孝雄。「冬の稲妻」と並ぶ、アリスの代表曲のひとつ。

「束の間の淋しさを埋めるために君の歌声を聴いていた。狭いホールの壁にもたれて君の動きを追いかけていた。飛び散る汗と煙の中に、あの頃の俺がいた。Oh,Oh ジョニー、君は今、何処にいるのか。」

 

⑬君のひとみは10000ボルト

作詞 谷村新司/作曲 堀内孝雄

◯堀内孝雄ソロ1stシングル(1978.8.5)

◯4thライブ・アルバム『栄光への脱出〜武道館ライブ(1978.10.5)』収録

週間チャート1位、年間4位(1978)を記録した、堀内孝雄のソロの代表的な大ヒット曲。

「鳶色の瞳に誘惑の翳り。金木犀の咲く道を、銀色の翼の馬で駈けてくる、20世紀のジャンヌ・ダルクよ。君の瞳は10000ボルト。地上に降りた最後の天使。」

 

⑭チャンピオン

作詞 作曲 谷村新司

◯14thシングル(1978.12.5)

◯7thアルバム『ALICE Ⅶ(1979.6.5)』収録

◯5thライブ・アルバム『限りなき挑戦/アリス・ライブ 美しき絆-Hand in Hand-(1979.11.20)』収録

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1976〜1979(1980.6.21)』収録

◯ベスト・アルバム『THE BEST OF ALICE(1981.10.21)』収録

◯オールタイム・ベスト『ALICE 30 SONGS〜member’s best selection〜(2009.7.22)』収録

アリスの楽曲で、唯一、週間チャート1位を記録した大ヒット曲。年間チャート8位(1979年)も記録。タイトル防衛できずに、若い挑戦者に敗れるチャンピオンの心情を歌った曲。

「つかみかけた熱い腕をふりほどいて君は出ていく。わずかに震える白いガウンに君の年老いた悲しみを見た。リングに向かう長い廊下で、なぜだか急に君は立ちどまり、振り向きざまに、俺に拳を見せて、淋しそうに笑った。」

 

⑮夢去し街角

作詞 谷村新司/作曲 堀内孝雄

◯15thシングル(1979.4.5)

◯7thアルバム『ALICE Ⅶ(1979.6.5)』収録

◯5thライブ・アルバム『限りなき挑戦/アリス・ライブ 美しき絆-Hand in Hand-(1979.11.20)』収録

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1976〜1979(1980.6.21)』収録

◯ベスト・アルバム『THE BEST OF ALICE(1981.10.21)』収録

◯オールタイム・ベスト『ALICE 30 SONGS〜member’s best selection〜(2009.7.22)』収録

週間チャート6位、年間チャート39位。アリスらしいリズム・バラードの佳曲。

「もう泣かないで、悲しまないで。折れるほど抱きしめてみても。もう戻らない。あの日あの時、かけがえのない季節だった。街には家路を急ぐ人が、足早に目を伏せて安らぎ求めて。もう行かなくちゃ、辛くなるから。最後の言葉だ、ありがとう。」

 

⑯秋止符

作詞 谷村新司/作曲 堀内孝雄

◯7thアルバム『ALICE Ⅶ(1979.6.5)』収録

◯5thライブ・アルバム『限りなき挑戦/アリス・ライブ 美しき絆-Hand in Hand-(1979.11.20)』収録

◯17thシングル(1979.12.20)

◯ベスト・アルバム『ALICE MEMORIAL  1976〜1979(1980.6.21)』収録

◯オールタイム・ベスト『ALICE 30 SONGS〜member’s best selection〜(2009.7.22)』収録

週間4位、年間20位(1980)。メインボーカル堀内孝雄の繊細なフォーク・バラードの代表曲。

「左利きのあなたの手紙、右手でなぞって真似ている。いくら書いても埋め尽くせない白紙の行がそこにある。友情なんて呼べるほど、綺麗事で済むような、男と女じゃないことなど、薄々感じていたけれど。」

 

⑰陽はまた昇る

作詞 作曲 谷村新司

◯谷村新司ソロ1stシングル(1979.6.5)

◯5thライブ・アルバム『限りなき挑戦/アリス・ライブ 美しき絆-Hand in Hand-(1979.11.20)』収録

◯谷村新司&さだまさしライブ・アルバム『夢ライブ(1982.10.6)』収録

谷村新司の初のソロ・シングル。週間22位。年間89位(1979)。谷村らしい重苦しいテーマの曲だが、長くファンの心に残っている名曲のひとつ。

「もしかして言わなければ別れずにすむものを、それでも明日の貴方のために、あえて言おう、さよならと。陽はまた昇る、どんな人の心にも。ああ、生きるとは、燃えながら暮らすこと。春まだ遠く、哀しむ人よ、あなたを愛す。」

 

⑱忘れな詩

作詞 中村行延/作曲 堀内孝雄

◯堀内孝雄ソロ2ndシングル(1979.9.5)

◯5thライブ・アルバム『限りなき挑戦/アリス・ライブ 美しき絆-Hand in Hand-(1979.11.20)』収録

堀内孝雄らしい繊細で優しいバラード。

「もしも私が歌い終わってギターを置いて、この場所を遠く去る時に、誰一人、後ろ姿に、振り向く人はいないとしても、それでいい。思い出ひとつ残せれば。けれどあなたの青春のどこかの季節に、まぎれもなく私が、そこにいたことを、いつまでも、いつまでも、忘れないでいてほしい。あなたにだけは、この歌、忘れないでいてほしい。」

 

⑲昴

作詞 作曲 谷村新司

◯谷村新司ソロ2ndシングル(1980.4.1)

◯谷村新司&さだまさしライブ・アルバム『夢ライブ(1982.10.6)』収録

週間2位、年間12位(1980)という記録以上に、アジア全体でヒットし、谷村の名を世界に轟かせた不朽の名曲。谷村のソロの代表曲。

「目を閉じて何も見えず、哀しくて目を開ければ、荒野に向かう道よりほかに見えるものはなし。ああ、砕け散るさだめの星たちよ、せめて密やかに、この身を照らせよ。我はゆく、青白き頬のままで、我はゆく、さらば昴よ。」

 

⑳南回帰線

作詞 山川啓介/作曲 堀内孝雄

◯滝ともはる&堀内孝雄シングル(1980.4.25)

週間4位、年間32位(1980)を記録。

「若さとは幸せを疑いながら生きること。追いかける夢がある限り、今は遠いあいつも、ライバル同士さ。」

 

㉑狂った果実

作詞 谷村新司/作曲 堀内孝雄

◯18thシングル(1980.7.5)

◯8thアルバム『ALICE Ⅷ(1980.7.5)』収録

◯ベスト・アルバム『THE BEST OF ALICE(1981.10.21)』収録

◯オールタイム・ベスト『ALICE 30 SONGS〜member’s best selection〜(2009.7.22)』収録

週間6位、年間38位(1980)。青春の蹉跌を歌った佳曲。

「狂った果実には、青空は似合わない。家を出たあの時の母の震える声は今でも耳に響いてる、低く高く。」

 

㉒それぞれの秋

作詞 谷村新司/作曲 安田裕美

◯8thアルバム『ALICE Ⅷ(1980.7.5)』収録

◯19thシングル(1980.10.25)

◯ベスト・アルバム『THE BEST OF ALICE(1981.10.21)』収録

◯オールタイム・ベスト『ALICE 30 SONGS〜member’s best selection〜(2009.7.22)』収録

とても商業的にはヒットしそうにない重いテーマの文学的な曲ですが、だからこそ、永遠の名曲となったのかもしれません。

「たしか去年の初夏の頃、届いた一通の手紙には、旅好きのあいつのおふくろから、痛々しいほどの細い文字。ある雨の朝、見知らぬ町で、自ら命を終えたと。母に残した一行の言葉、悲しみだけが人生。今も忘れられないのは、あいつの口癖。人は自分の死に場所を探すために生きる。」

 

㉓天狼

作詞 作曲 谷村新司

◯谷村新司ソロ3rdシングル(1981.3.5)

イメージが前作の昴と被るせいか、ほとんどヒットせずに終わった曲ですが、一部のファンには昴並みに愛されている曲。

「群れから離れて、掟を逃がれて、アザミを枕に、はかなきまどろみ。心に冬の凪、星降る砂丘に、いつかは、いつかは、その命、終われと祈らん。ああ、年老いた白き狼よ、その身を横たえて眠れ、ひととき。」

 

㉔群青

作詞 作曲 谷村新司

◯谷村新司ソロ4thシングル(1981.7.5)

2023年に「谷村新司の好きな曲」のねとらぼアンケートで1位になった曲。夢も希望もない胸が張り裂けるような哀しい曲ですが、思い入れが強いファンが多いようです。

「空を染めてゆく、この雪が静かに、海に積もりて、波を凍らせる。空を染めてゆく、この雪が静かに、海を眠らせて、あなたを眠らせる。」

 

㉕22歳

作詞 作曲 谷村新司

◯谷村新司ソロ9thシングル(1983.10.1)

週間14位、年間51位(1984)を記録。あるファンが、当時、この曲は、谷村新司が初めてプロとして生きることを決意した歌だと感じると力説していました。

「22歳になれば、少しずつ、臆病者になるわ、なぜかわかる、あなた。ああ、夏がゆく、傷を残して。風はもう秋の気配。」

 

㉖忘れていいの-愛の幕切れ-

作詞 作曲 谷村新司

◯小川知子&谷村新司シングル(1984.2.25)

重厚なデュエット曲。

「忘れていいのよ、私のことなど。一人で生きるすべなら知っている、悲しいけれど、この歳なら。」

 

㉗いい日旅立ち

作詞 作曲 谷村新司

◯谷村新司&さだまさしライブ・アルバム『夢ライブ(1982.10.6)』収録

◯谷村新司ソロ17thシングルB面(1986.1.25)

山口百恵に提供した楽曲のセルフカバー。

「雪解け間近の北の空に向かい、過ぎ去りし日々の夢を叫ぶ時、帰らぬ人たち、熱い胸をよぎる。せめて今日からひとりきり、旅に出る。ああ、日本のどこかに私を待ってる人がいる。いい日旅立ち、夕焼けを探しに、母の背中で聞いた歌を道連れに。」

 

㉘愛しき日々

作詞 小椋佳/作曲 堀内孝雄

◯堀内孝雄ソロ12thシングル(1986.10.25)

週間4位、年間27位(1987)を記録した堀内孝雄のソロのヒット曲。

「もう少し時がたおやかに過ぎたなら。愛しき日々はほろ苦く、ひとり夕陽に浮かべる涙。愛しき日々の儚さは、消え残る夢、青春の影。」

 

㉙BURAI

作詞 谷村新司/作曲 堀内孝雄

◯21stシングル(1987.12.8)

◯10thアルバム『ALICE Ⅹ(1987.12.15)』収録

◯オールタイム・ベスト『ALICE 30 SONGS〜member’s best selection〜(2009.7.22)』収録

堀内孝雄メインボーカルの佳曲。最後のアリスらしい曲。

「思い出の街を出る君への花むけに、親友と呼ばれて過ごした学生時代、二人で駆け抜けた反抗の遠い夏、振り向かず歩き始めた君の背に、コートの内側でそっと十字をきった時、街は静かに泣いていた。」

 

㉚サライ

作詞 谷村新司/作曲 加山雄三

◯加山雄三&谷村新司シングル(1992.11.16)

谷村が加山雄三とデュエットした名曲。昴と並ぶ名バラード。

「まぶた閉じれば、浮かぶ景色が、迷いながら、いつか帰る愛の故郷。桜吹雪のサライの空へ、いつか帰る、その時まで夢は捨てない。」

 

㉛みんな少年だった

作詞 田久保真見/作曲 堀内孝雄

◯堀内孝雄ソロ55thシングル(2018.8.22)

「陽だまりの中、振り向くのさ。失くしたものは何だろう。みんな少年だった。明日に向かい走ってた。みんな少年だった。見果てぬ夢を追いかけて。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アザミ嬢のララバイ

作詞 作曲 中島みゆき

◯1stシングル(1975.9.25)シングル・バージョン

◯1stアルバム『私の声が聞こえますか(1976.4.25)』アルバム・バージョン収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

中島みゆきのデビュー曲。初期の名曲のひとつ。

「春は菜の花、秋には桔梗、そして私はいつも夜咲くアザミ。ララバイ、一人で眠れない夜は、ララバイ、私を訪ねておいで、ララバイ、一人で泣いてちゃみじめよ、ララバイ、今夜はどこからかけてるの。」

 

②時代

作詞 作曲 中島みゆき

◯2ndシングル(1975.12.21)シングル・バージョン

◯1stアルバム『私の声が聞こえますか(1976.4.25)』アコースティックなアルバム・バージョン収録

◯21stアルバム『時代-Time goes around-(1993.10.21)』新アルバムバージョン収録

◯30thシングル(1993.12.1)新シングル・バージョン

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』新シングル・バージョン収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

第6回(1975)世界歌謡祭グランプリ受賞曲。日本の歌百選(2006)選定曲。中島みゆきの代表曲のひとつ。

「まわる、まわるよ、時代はまわる。別れと出逢いを繰り返し、今日は倒れた旅人たちも、生まれ変わってめぐり逢うよ。」

 

③海よ

作詞 作曲 中島みゆき

◯1stアルバム『私の声が聞こえますか(1976.4.25)』収録

◯30thアルバム『おとぎばなし-Fairy Ring-(2002.10.23)』新バージョン収録

ファースト・アルバム収録の佳曲。

「海よ、私を愛するならば、今宵、故郷へ舟をはこべよ。」

 

④忘れられるものならば

作詞 作曲 中島みゆき

◯4thシングルB面(1976.7.25)

◯2ndアルバム『みんな去ってしまった(1976.10.25)』収録

あまり有名ではありませんが、良い曲です。

「忘れられるものならば、もう旅になどでない。忘れられるものならば、もう古い夢など見ない。」

 

⑤彼女の生き方

作詞 作曲 中島みゆき

◯2ndアルバム『みんな去ってしまった(1976.10.25)』収録

これも、初期の隠れた名曲。

「酒とクスリでカラダはズタズタ、忘れたいことが多過ぎる。別れを告げてきた中にゃ、いい奴だっていたからね。死んでいった男たち、呼んでいるような気がする。生きてる奴らの言うことなんか聴かないが。彼女の人生、いつでも晴れ。」

 

⑥ホームにて

作詞 作曲 中島みゆき

◯3rdアルバム『あ・り・が・と・う(1977.6.25)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

松山千春の「足寄にて」、さだまさしの「驛舎」などと並ぶ、故郷への想いを歌った名曲。

「故郷へ向かう最終に乗れる人は急ぎなさいと、優しい、優しい声の駅長が街中に叫ぶ。」

 

⑦わかれうた

作詞 作曲 中島みゆき

◯5thシングル(1977.9.10)

◯4thアルバム『愛していると云ってくれ(1978.4.10)』収録

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

初のオリコン・シングル・チャート週間1位獲得作品。夢も希望もない根暗な中島みゆきイメージを定着させた曲。

「道に倒れて誰かの名を呼び続けたことがありますか。人ごとに言うほど黄昏は、優しい人好しじゃありません。」

 

⑧世情

作詞 作曲 中島みゆき

◯4thアルバム『愛していると云ってくれ(1978.4.10)』収録

◯コンピレーション・アルバム『大銀幕(1998.11.6)』収録

テレビドラマ3年B組金八先生の挿入歌(1981)として有名になった曲。

「シュプレヒコールの波、通り過ぎていく。変わらない夢を流れに求めて。時の流れを止めて、変わらない夢を見たがる者たちと戦うため。」

 

⑨タクシードライバー

作詞 作曲 中島みゆき

◯5thアルバム『親愛なる者へ(1979.3.21)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

初の週間1位獲得アルバムの代表曲。これも初期の名曲のひとつ。

「タクシードライバー、苦労人と見えて、私の泣き顔、見て見ぬふり。天気予報が今夜もはずれた話と野球の話ばかり、何度も何度も繰り返す。」

 

⑩しあわせ芝居

作詞 作曲 中島みゆき

◯6thアルバム『おかえりなさい(1979.11.21)』収録

桜田淳子に提供した楽曲(1977/週間3位)(1978/日本レコード大賞西條八十賞)のセルフカバー。

「恋人がいます。恋人がいます。けれどもどうしても綴れない。私みんな気づいてしまった。しあわせ芝居の舞台裏、会いたがるのは私一人。あの人から来ることはない。」

 

⑪この空を飛べたら

作詞 作曲 中島みゆき

◯6thアルバム『おかえりなさい(1979.11.21)』収録

加藤登紀子に提供した楽曲(1978/日本レコード大賞西條八十賞)のセルフカバー。

「ああ、人は、昔々、鳥だったのかもしれないね。こんなにも、こんなにも、空が恋しい。」

 

⑫強がりはよせヨ

作詞 作曲 中島みゆき

◯6thアルバム『おかえりなさい(1979.11.21)』収録

研ナオコへの提供曲のセルフカバー。

「いつからこんなふうになったのか。優しい女には戻れない。強がりはよせヨと笑われて、淋しいとこたえて泣きたいの。」

 

⑬キツネ狩りの歌

作詞 作曲 中島みゆき

◯7thアルバム『生きていてもいいですか(1980.4.5)』収録

シングル・カットされていませんが、有名な曲です。歌詞に意味深い寓意を感じます。

「キツネ狩りに行くなら、気をつけておいでよ。キツネ狩りはステキさ。ただ生きて戻れたら、ね。」

 

⑭エレーン

作詞 作曲 中島みゆき

◯7thアルバム『生きていてもいいですか(1980.4.5)』収録

中島と同じホテルに定住していて、殺害されてゴミ捨て場に遺棄された外国人娼婦のことを歌った曲。アルバム・タイトルと歌詞が重なる。アルバムのメインテーマとなる名曲。

「今夜、雨は冷たい。エレーン、生きていてもいいですかと誰も問いたい。エレーン、その答えを誰もが知っているから誰も問えない。」

 

⑮蕎麦屋

作詞 作曲 中島みゆき

◯7thアルバム『生きていてもいいですか(1980.4.5)』収録

これもファンにはお馴染みの名曲。

「世界中の誰もかも、偉い奴に思えてきて、まるで自分ひとりだけが、いらないように感じる時、突然、お前から電話がくる。あの蕎麦でも食わないかってね。」

 

⑯ひとり上手

作詞 作曲 中島みゆき

◯9thシングル(1980.10.21)

◯8thアルバム『臨月(1981.3.5)』収録

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

最も勢いがあった1980年代の幕開けとなったヒット曲。

「心が街角で泣いている。一人は嫌いだとすねる。ひとり上手と呼ばないで。心だけ離れていかないで。私を置いていかないで。ひとりが好きなわけじゃないのよ。」

 

⑰あした天気になれ

作詞 作曲 中島みゆき

◯8thアルバム『臨月(1981.3.5)』収録

◯10thシングル(1981.3.21)

名盤『臨月』の一曲目。

「何につけ一応は絶望的観測をするのが癖です。わかりもしない望みで明日をのぞいてみたりしないのが癖です。」

 

⑱あなたが海を見ているうちに

作詞 作曲 中島みゆき

◯8thアルバム『臨月(1981.3.5)』収録

「あなたが海を見ているうちに、私少しづつ遠くへ行くわ。風が冷たくならないうちに、私もうすぐ、そこは国道。」

 

⑲バス通り

作詞 作曲 中島みゆき

◯8thアルバム『臨月(1981.3.5)』収録

シングル・カットはされませんでしたが、長く愛されている佳曲。

「昔の女を誰かと噂するのなら、辺りの景色に気をつけてからするものよ。」

 

⑳夜曲

作詞 作曲 中島みゆき

◯8thアルバム『臨月(1981.3.5)』収録

名盤『臨月』のラストを飾る名曲。

「街に流れる歌を聴いたら気づいて。私の声に気づいて。」

 

㉑杏村から

作詞 作曲 中島みゆき

◯10thシングルB面(1981.3.21)

研ナオコへの提供曲のセルフカバー。シングル「あした天気になれ」B面の曲だが、ファンの思い入れが強い佳曲。

「杏村から便りが届く。昨日お前の誕生日だったよと。」

 

㉒悪女

作詞 作曲 中島みゆき

◯11thシングル(1981.10.21)オリジナル・シングル・バージョン

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

「わかれうた(1977)」に続いてオリコン・シングル・チャート週間1位を記録(1981)した1980年代の代表的なヒット曲。

「悪女になるなら月夜はおよしよ、素直になりすぎる。隠しておいた言葉がほろり、こぼれてしまう。行かないで。悪女になるなら、裸足で夜明けの電車で泣いてから。涙ぼろぼろ、ぼろぼろ、流れて、枯れてから。」

 

㉓鳥になって

作詞 作曲 中島みゆき

◯9thアルバム『寒水魚(1982.3.21)』収録

「眠り薬をください、私にも。子どもの国へ帰れるくらい。私ははやくここを去りたい。できるなら鳥になって。」

 

㉔家出

作詞 作曲 中島みゆき

◯9thアルバム『寒水魚(1982.3.21)』収録

この曲も、長く愛されている佳曲。

「夜は浅く、逃げる者には足跡だらけの月明かり。ねえ、もう一度、耳を貸してよ。あなたを愛してる。」

 

㉕時刻表

作詞 作曲 中島みゆき

◯9thアルバム『寒水魚(1982.3.21)』収録

名盤『寒水魚』収録の隠れた名曲。

「昨日午後9時30分に、そこの交差点を渡っていた男のアリバイを証明できるかい。あんなに目立ってた酔っぱらい。誰も顔は思い浮かばない。ただそいつが迷惑だったことだけしか。」

 

㉖砂の船

作詞 作曲 中島みゆき

◯9thアルバム『寒水魚(1982.3.21)』収録

「今誰もいない夜の海を砂の船がゆく。」

 

㉗歌姫

作詞 作曲 中島みゆき

◯9thアルバム『寒水魚(1982.3.21)』収録

初のアルバム・チャート年間1位を記録した名盤『寒水魚』のラストを飾る名曲。

「寂しいなんて口に出したら、誰もみんなうとましくて逃げ出していく。寂しくなんかないと笑えば、寂しい荷物、肩の上でなお重くなる。」

 

㉘誘惑

作詞 作曲 中島みゆき

◯12thシングル(1982.4.5)

「あなた、鍵を置いて、わたし、髪を解いて、淋しかった、淋しかった夢の続きを始めましょう。」

 

㉙この世に二人だけ

作詞 作曲 中島みゆき

◯10thアルバム『予感(1983.3.5)』収録

「二人だけこの世に残して死に絶えてしまえばいいと心ならずも願ってしまうけど、それでも、あなたはわたしを選ばない。」

 

㉚夏土産

作詞 作曲 中島みゆき

◯10thアルバム『予感(1983.3.5)』収録

「夏が終わって届けられる、夏土産届けられる。あなたと同じ場所からの貝殻と恋人たちの写真。」

 

㉛誰のせいでもない雨が

作詞 作曲 中島みゆき

◯10thアルバム『予感(1983.3.5)』収録

「誰のせいでもない雨が降っている。日々の暮らしが降っている。もう誰一人気にしてないよね。早く月日すべての悲しみを癒せ。」

 

㉜ファイト!

作詞 作曲 中島みゆき

◯10thアルバム『予感(1983.3.5)』収録

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

アルバム『予感』のラスト曲。1980年代の代表曲のひとつ。

「あたし中卒やからね、仕事もらわれへんのやと書いた女の子の文字は尖りながら震えている。ガキのくせにと頬を打たれ、少年たちの目が年をとる。悔しさを握りしめすぎた拳の中、爪が突き刺さる。」

 

㉝かもめはかもめ

作詞 作曲 中島みゆき

◯12thアルバム『御色なおし(1985.4.17)』収録

研ナオコへの提供曲のセルフカバー。

「あなたの望む素直な女にははじめからなれない。青空を渡るよりも見たい夢はあるけど。かもめはかもめ、ひとりで空をゆくのがお似合い。」

 

㉞あした

作詞 作曲 中島みゆき

◯24thシングル(1989.3.15)

◯18thアルバム『夜を往け(1990.6.13)』収録

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

尾崎豊の「I LOVE YOU」の大人バージョン。名曲です。

「イヤリングを外して、綺麗じゃなくなっても、まだわたしのことを見失ってしまわないでね。フリルのシャツを脱いで痩せっぽちになっても、まだわたしのことを見失ってしまわないでね。カーラジオが嵐を告げている。ふたりは黙りこくっている。形のないものに誰が愛なんてつけたのだろう。教えてよ。もしも明日、私たちが何もかもなくして、ただの心しかもたない痩せた猫になっても、もしも明日、あなたのため、何の得もなくても、言えるならその時、愛を聞かせて。」

 

㉟夜を往け

作詞 作曲 中島みゆき

◯18thアルバム『夜を往け(1990.6.13)』収録

「地上の星」と並ぶ、テンポのあるロック調の代表曲。

「追いつけないスピードで走り去るワゴンの窓に憧れもチャンスも載っていたような気がした。あれ以来眠れない。何かに急かされて、走らずにいられない。行方も知れず。夜を往け。」

 

㊱3分後に捨ててもいい

作詞 作曲 中島みゆき

◯18thアルバム『夜を往け(1990.6.13)』収録

とても淋しい切ない曲ですが、中島みゆきにしか歌えない曲。

「ねえ、子どもの頃、わたし星を見てるのが好きだった。ねえ、子供の頃、あんたどんなふうだったの。3分後に捨ててもいいから、今だけそばにいて。」

 

㊲ふたりは

作詞 作曲 中島みゆき

◯18thアルバム『夜を往け(1990.6.13)』収録

中島みゆきの願いや祈りが込められているように感じる曲です。

「緑なす春の夜に、あなたは傷ついて彷徨ってた。誰からも聴こえない胸の中のため息がわたしには聴こえた。緑なす春の夜に、ふたりは凍え切って巡り逢った。与え合う何ものも残ってないけど、もう二度と傷つかないで。」

 

㊳with

作詞 作曲 中島みゆき

◯18thアルバム『夜を往け(1990.6.13)』収録

◯25thシングル(1990.8.21)

◯コンピレーション・アルバム『大銀幕(1998.11.6)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

アルバム「夜を往け」のラストをしめる名曲。

「僕の言葉は意味をなさない。まるで遠い砂漠を旅してるみたいだね。ドアの開かないガラスの城で、みんな戦争の支度を続けてる。旅をすること自体、辞めようとは思わない。手帳にはいつも旅立ちとメモしてある。けれど、with その後に君の名を綴っていいか。with 淋しさと虚しさと疑いとの代わりに with 。」

 

㊴笑ってよエンジェル

作詞 作曲 中島みゆき

◯25thシングルB面(1990.8.21)シングル・バージョン

◯19thアルバム『歌でしか言えない(1991.10.23)』アルバム・バージョン収録

浜田省吾のNEW YEAR'S EVEを思わせる、別れた後のパートナーの幸せを願う曲。

「さよなら三角、また来て四角。今度会う時は尚更深く。君を打つ北風の風上に立ち、安らかに暮らせよと祈り続けよう。」

 

㊵浅い眠り

作詞 作曲 中島みゆき

◯28thシングル(1992.7.29)

◯20thアルバム『EAST ASIA(1992.10.7)』収録

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

初のミリオンセラー・シングル。1992年度年間10位。

「浅い眠りに誘われながら、街は本当は愛を呼んでいる。」

 

㊶糸

作詞 作曲 中島みゆき

◯20thアルバム『EAST ASIA(1992.10.7)』収録

◯35thシングル(1998.2.4)

◯コンピレーション・アルバム『大銀幕(1998.11.6)』収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

発表から24年後の2016年に著作権使用料年間1位を、2018・2019年には年間3位を記録し、令和の代表曲となった。人生の応援歌。

「なぜ生きていくのかを迷った日の跡のささくれ、夢追いかけ走って転んだ日の跡のささくれ。こんな糸が何になるの。心許なくて震えてた風の中。縦の糸はあなた、横の糸はわたし。織りなす布は、いつか誰かの傷を庇うかもしれない。」

 

㊷空と君のあいだに

作詞 作曲 中島みゆき

◯31stシングル(1994.5.14)

◯22ndアルバム『LOVE OR NOTHING(1994.10.21)』収録

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

「浅い眠り」に続く2作目のミリオンセラー・シングル。「わかれうた(1977)」「悪女(1982)」に続いて3作目の週間1位、さらに年間5位(1994)を記録。

「空と君とのあいだには、今日も冷たい雨が降る。君が笑ってくれるなら、僕は悪にでもなる。」

 

㊸旅人のうた

作詞 作曲 中島みゆき

◯32ndシングル(1995.5.19)シングル・バージョン

◯ベストアルバム『大吟醸(1996.3.21)』収録

◯24thアルバム『パラダイス・カフェ(1996.10.18)』アルバム・バージョン収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

3作目のミリオンセラー。4作目の週間1位シングル。

「愛よ、伝われ。ここへ帰れと。あの日々は消えても、まだ夢は消えない。君よ、歌ってくれ。僕に歌ってくれ。忘れない、忘れないものも、ここにあるよと。」

 

㊹永遠の嘘をついてくれ

作詞 作曲 中島みゆき

◯24thアルバム『パラダイス・カフェ(1996.10.18)』収録

吉田拓郎への提供曲のセルフカバー。

「君よ、永遠の嘘をついてくれ。いつまでも種明かしをしないでくれ。永遠の嘘をついてくれ。一度は夢を見せてくれた君じゃないか。」

 

㊺たかが愛

 作詞 作曲 中島みゆき

◯24thアルバム『パラダイス・カフェ(1996.10.18)』収録

◯33rdシングル(1996.11.21)

◯コンピレーション・アルバム『大銀幕(1998.11.6)』収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

後期のバラードの名曲。

「ああ、果てない空の下で、ひとりでも淋しくない人がいるだろうか。なぜに、たかが愛に迷い、そして、たかが愛に立ち止まらされても、捨ててしまえないものが、まだあるの。」

 

㊻命の別名

作詞 作曲 中島みゆき

◯35thシングル(1998.2.4)シングル・バージョン

◯25thアルバム『わたしの子供になりなさい(1998.3.18)』アルバム・バージョン収録

◯コンピレーション・アルバム『大銀幕(1998.11.6)』収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

「繰り返す過ちを照らす灯をかざせ。君にも僕にもすべての人にも。命につく名前を心と呼ぶ。名もなき君にも、名もなき僕にも。」

 

㊼瞬きもせず

作詞 作曲 中島みゆき

◯36thシングル(1998.10.7)シングル・バージョン

◯コンピレーション・アルバム『大銀幕(1998.11.6)』別バージョン収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

「ああ、人は獣。牙も毒も棘もなく、ただ痛むための涙だけを持って生まれた裸すぎる獣たちだから、僕は褒める。君の知らぬ君についていくつでも。」

 

㊽地上の星

作詞 作曲 中島みゆき

◯37thシングル(2000.7.19)

◯28thアルバム『短編集(2000.11.15)』収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

◯ベストアルバム『ここにいるよ(2020.12.2)』収録

4作目のミリオンセラー。5作目のシングルチャート週間1位(2003)、年間11位(2003)を記録。

「風の中のすばる、砂の中の銀河、みんなどこへ行った。見送られることもなく。草原のペガサス、街角のヴィーナス、みんなどこへ行った。見守られることもなく。地上にある星を誰も覚えていない。人は空ばかり見てる。」

 

㊾ヘッドライト・テールライト

作詞 作曲 中島みゆき

◯37thシングル(2000.7.19)

◯28thアルバム『短編集(2000.11.15)』収録

◯コレクション・アルバム『Singles 2000(2002.4.17)』収録

「語り継ぐ人もなく、吹きすさぶ風の中へ、紛れ散らばる星の名は忘れられても。ヘッドライト・テールライト、旅はまだ終わらない。」

 

㊿銀の龍の背に乗って

作詞 作曲 中島みゆき

◯38thシングル(2003.7.23)

◯31stアルバム『恋文(2003.11.19)』収録

「銀の龍の背に乗って、届けに行こう、命の砂漠へ。銀の龍の背に乗って、運んでいこう、天雲の渦を。」

 

今、中国各地で急激に増えているのが『青少年養護老人ホーム(青年養老院)』という施設です。

若者専用の老人ホームという、この名称に矛盾を感じる奇妙な施設は、中国の超過酷な受験戦争と絶望的な就職活動と生き馬の目を抜く企業労働に疲れ果てた〝蟻族〟〝寝そべり族〟の若者たちの受け皿となっている保養施設です。

その人気は凄まじく、大都市郊外の農村地帯にオープンする新しい施設が、短期・長期の入居者を募集すると、すぐに予約でいっぱいになってしまうほどです。

これらの施設は、地価や物価の高い都市部を避けて、自然が豊かで物価が安い郊外や農村部につくられています。

これらの青年養護院の費用は、地域によってまちまちですが、月額25000円〜70000円ほどで宿泊費と食費が含まれます。

こうした施設に入る若者たちは、幼い頃からの受験プレッシャーと受験のとてつもない倍率に苦しめられ、成人してからも高い失業率と企業の極端な成果主義に疲れ果て、〝燃え尽き症候群〟に陥っています。

彼らは、人生の目標や希望を見失い、気力を使い果たし、何をする気も無くしているのです。

こうして、多くの若者たちが、こうした青少年養護老人ホーム(青年養老院)で、一日中何もせずに、ボーッと過ごしています。

「これは、一種の自分からの逃避です」「以前は必死に働いてお金を稼ぐだけの毎日だった」と20代男性の参加者は言います。

「将来自分たちが定年後にする生活を、若いうちに体験しておくのは悪いことではない」と参加者の20代前半の女性は言います。

「この中国社会で、どんなに必死に頑張ったって、どうせ無駄なんだ」という諦めが、彼らの萎えた気持ちの根底にあるようです。そして、その希望のなさから、若者たちは、会社から、社会から、人生からリタイアしたいと願っているのです。



ドナルド・トランプ前大統領が狙撃された。

弾丸は、演説中に右の方を振り向いたトランプ氏の右耳を貫通した。振り向いていなければ、あるいは、弾道が1センチズレていれば、弾丸は頭部に命中していただろう。

トランプ氏は「懐かしい古き親友(とも)の声が聞こえて振り向いた、それがなければ自分は死んでいただろう、シンゾーに救われた」と語ったという。

しかし、周囲は、「今は、そういうことを公に語るのはマズイ、頭のおかしい人と思われる、神のご加護とでも言っておくべき」とトランプ氏の証言を止めているらしい。同時に、選挙の障害とならないように、世間に漏れ出た不都合な真実を、デマとして否定し、ウワサをかき消すように動いていると言うのだ。

「トランプはシンゾーの霊に救われた」より、「トランプは神に祝福された存在」の方が、コアな支持層であるキリスト教福音派の原理主義者たちに崇拝と熱狂を生みやすいという戦略的判断があったためだという。

一方では、もともと批判的な中間層を取り込むためには、トランプ神格化は逆にマイナスではないかという議論もある。

「神よりシンゾーに助けられたと言っている方が、かわいらしく、微笑ましいではないか」という話である。


信じられないような本当のような、不思議なウワサのファンタジック・ストーリー。


意外にも、チャレンジャーの蓮舫氏を最も支持したのは、70歳以降のお年寄りたちであった。この年代の蓮舫氏支持(得票)率は3割強あった。一方で10代の支持率は1割しかなく、20代・30代・40代・50代の支持率も2割程度で、60代でようやく3割弱だった。

総じて、蓮舫氏は若者にあまり人気がなく、支持が根強いのは高齢者ばかりであった。

蓮舫氏支持者の多い70歳以降の世代は、1954(昭和29)年よりも前の生まれで、70年安保の時に16歳以上だった。この世代は、主に70年安保・60年安保を経験した世代であり、特に70年安保闘争で活躍した全共闘世代(団塊の世代/終戦直後の1947〜49年に生まれた第一次ベビーブーム世代)をまるごと含む。

彼らが思春期にあった当時(1960年代)は、日本社会の風潮は非常に左翼的であった。

そう考えると、元ピースボートの辻元清美氏の勧めで立候補を決め、共産党の全面支援で選挙戦を戦った蓮舫氏に、このサヨク偏向世代の支持が集まるのは自然なことだったと思われる。

しかしながら、蓮舫氏にとって頼みの綱となった、この70歳以上の世代においても、小池百合子氏への支持は5割近く、蓮舫氏を大きく上まわっている。


一方で、ネットで支持を集めた石丸伸二氏の得票率は、蓮舫氏とは逆に、若い世代ほど高かった。特に10代・20代においては小池氏を超える4割の票を得た。30代でも3割の支持を集めた。

しかし、石丸氏への支持は、年齢が上がるほど、徐々に低くなり、70代以上では1割程度にまで低下する。

高齢者のデジタル・リテラシーの低さもあろうが、石丸氏の若さに対する不信感もあるのではないかと思う。「まだ青い」というか、「口だけ大きい事を言っている」と、現実的な実行力や手腕への疑念があったかもしれない。

経験浅く、まだ目の肥えていない若者には通用しても、人生経験の豊富な年長者には通じないというか、ここらへんに、この国の世代間の意識の決定的な違い(断絶)を感じる部分もある。

加えて、石丸氏は、男性票(27%)に比べて女性票(18%)が低かった。理屈や理念や論法など発言スタイルの論理性を重視する傾向が強い男性の支持は集めても、実生活のリアルな現実の問題解決能力や共感力や闊達なコミュニケーション能力を重視し、高く評価する傾向が強い女性の支持は集まらなかった。

とは言え、同じ女性の蓮舫氏も、男性票18%/女性票19%と、女性の支持を集めきれなかった

むしろ、女性の支持を集めたのは小池氏(男性票40%/女性票52%)であった

今回は、小池百合子氏の実績と実行力と安定感への信頼が、石丸氏や蓮舫氏による改革の期待を上まわったということだろう。


小池氏は、無党派層においても32%の支持を得、石丸氏(36%)に次いで、蓮舫氏(16%)を上まわった

こう考えると、蓮舫氏の支持は、全共闘世代の男性に固まっており、保守層からは、そっぽを向かれたことがわかる。

また、蓮舫氏は、若い世代では、LGBTとか、障害者とか、サヨクとか、ある意味、コアなマイノリティの層からは支持を得たが、それはあくまでも社会の少数派であって、多数派の支持とはなり得ていない。

これから、主要な支持層である年寄り世代がどんどん亡くなっていくと、辻元清美氏や蓮舫氏の支持は、ますます先細るしかない。

その意味では、共産党と立憲民主党の共闘には未来がないと言えるだろう。

ところが、共産党書記長の小池晃氏などは「もっと共闘関係を全面に押し出すべきだった」などと見当違いなことを言っており、立憲民主党代表代行の辻元清美氏は「共産とか立憲民主とか党派色を前面に出したのが嫌われたのではないか」とまったく逆のことを言っているが、いずれにしても、自分たちの存在が、どれほど保守層に忌避されているか、サヨク的思想色が強いのか、あまり自覚がないようだ。


国民民主党の玉城代表は「立憲民主党が共産党と連携するのは間違っている」と述べて、暗に「立憲民主党は国民民主党と連携するべき」と示唆しているが、その場合、今回の選挙戦を主導した辻元清美氏や枝野幸男氏ら立憲の左派は、蓮舫氏と共に、反主流派として隅へ追いやられ、党を主導する実権を失うだろう。

今回の選挙は、彼ら立憲民主党左派が、党の主導権を得るために行った復権運動であったのだろうが、逆に当てが外れて窮地に追い込まれているように思える。


一方で、石丸伸二氏については、2020年の広島県安芸高田市長選に立候補した際の選挙ポスターやビラの製作代金を印刷会社に一部未払いで訴えられていた件で、今回の選挙翌日の7月8日、最高裁は石丸氏側の上告を受理しない決定をした。これにより、印刷会社に請求された108万円の制作費のうち、既に払われている公費負担分の35万円分を除く73万円を全額支払うように命じる1審・2審の判決が確定した。

判決理由については、高等裁判所は、「印刷会社の見積もり額に相当性がある」として、「支払いは公費負担の範囲内とする合意があった」とする石丸氏の反論を退け、印刷会社の請求は妥当なものと認めた。簡単に言うと、「業者がまったく利潤の出ない契約(メールなどを一部介した口約束)をした」とする石丸氏の主張は合理性を欠くという判断だ。

裁判所は、業者の請求したポスターの製作代金は妥当なものと判断した。これに対して、元銀行員の石丸氏が、請求された金額について妥当なものと判断できなかったとは思えない。であるとするなら、コミュニケーションの過程で、何らかの行き違いから、「業者がポスター製作代金を相場以下の金額で採算度外視で引き受けた」と石丸氏が勝手に勘違いした可能性が高い。にもかかわらず、言った、言わないの感情的な口論になり、一向に支払おうとしない石丸氏に対して、たまりかねた業者が裁判に訴えたということだろう。そして、一審・二審での判決を不服とし、石丸氏は最高裁まで持ち込もうと上告したが、ついに却下されて判決が確定したという話だ。

石丸氏が少しでも業者側の立場に立って考えてみれば、請求された段階で支払いを済ませていたはずだ。最高裁まで引きずるような話ではない。

「業者が謝罪をしようとせず態度が悪いので払わなかった」という石丸氏の上から目線の絶対的に自分を正義とする信念(思いあがり)は、一般的には通用しない言い分だ。もっとも、「取引相手に利益が出ていなくても気にしない」という無慈悲で手前勝手な態度は、いかにも昨今の銀行員らしいと言えなくもない。

年収400万円の家庭で育ったとおっしゃっていたらしいが、本当にお金に困った経験があるようには見えない。社会的弱者の痛みはわからないのだろう。そうでなければ、妹さんの勤める業者に無理言って休日返上で急ぎで印刷してもらった選挙ポスターの代金を4年間も払わないなんてありえない。


また、安芸高田市議会で、居眠りしたい議員に、石丸市長が「恥を知れ!」と叫んだ動画を、石丸氏はSNSにあげ、その後、石丸信者たちの間で、この動画はバズり、居眠りをした議員には、自宅にまで「議員をやめろ!」という抗議の電話がひっきりなしにかかるようになった。

ところが、その議員が議会で眠りに落ちたのは、突然の脳梗塞の発症が原因だった。

その診断書は議長に提出され、その診断書はすぐに市長石丸氏のもとにもわたった。

しかし、石丸氏はその診断書を中身を確認せずシュレッダーにかけてしまった。そして、件の議員に「恥を知れ」発言について謝罪することもせず、SNSでの非難を訂正したり、信者たちに自分の非難は間違いであったことを公表することもなかった

それどころか、その後も、件の議員には「居眠りについての市民への説明が不十分」という文書を、石丸氏は執拗に繰り返し送り続け、仕方なく議員は記者会見を開いたが、それは逆効果で、石丸信者の迷惑電話はそれ以降、さらに激しくなった。「さっさと議員をやめろ」「死ね」という電話、無言電話、さらには殺害予告まで、昼夜を問わずかかってくるようになった。これが2年前の状況だ。

件の議員は、今年1月に、積み重なったストレスによって胃の持病が悪化して亡くなった。

結果として、石丸氏は、件の議員を虐め殺したかのような状況である。

しかし、この結果について、石丸氏は、自分の責任と自覚している様子はない。また、本人の著書にも、自分のメンタルの強さは、「相手の問題がどうなっても知りませんと割り切れるところ」があるためとある。

石丸氏のパワハラ・モラハラ体質と他者の痛みへの鈍感力が引き起こす事態は、部下を自殺に追い込んだ兵庫県の斉藤知事の場合とよく似ている。

そして、今年、安芸高田市民は、反石丸を掲げる人物を新しい市長に選んだ。


そう考えると、石丸氏は、東京都知事の重責を担う器にないという気がしてならない。

それどころか、特に石丸氏に敵認定された相手にとっては、人格的に甚だしく問題のある無責任かつ無慈悲なサイコパスとしか思えないだろう。

こういう社会性・人間性の深い部分は、本人が演出・編集・発信するSNSだけではなかなか判断できない。

ヒトラーだって、当時、最先端テクノロジーを駆使した強力かつ巧みなプロパガンダによって、国民投票で90%以上の賛成を集めて総統になったのだ。

繰り返すが、現在、誰にでも手に入る情報を冷静に分析すれば、石丸氏は当選させてはならない〝やばい〟人物だと容易に判断できる。

そうした冷静な判断がまったく通用しないのが、カルト〝信者〟であること、あるいは当人の〝判断力の欠如〟を示しているかもしれない。


今回の小池百合子氏の三選は、妥当なものだったと言えるだろう。