意外にも、チャレンジャーの蓮舫氏を最も支持したのは、70歳以降のお年寄りたちであった。この年代の蓮舫氏支持(得票)率は3割強あった。一方で10代の支持率は1割しかなく、20代・30代・40代・50代の支持率も2割程度で、60代でようやく3割弱だった。

総じて、蓮舫氏は若者にあまり人気がなく、支持が根強いのは高齢者ばかりであった。

蓮舫氏支持者の多い70歳以降の世代は、1954(昭和29)年よりも前の生まれで、70年安保の時に16歳以上だった。この世代は、主に70年安保・60年安保を経験した世代であり、特に70年安保闘争で活躍した全共闘世代(団塊の世代/終戦直後の1947〜49年に生まれた第一次ベビーブーム世代)をまるごと含む。

彼らが思春期にあった当時(1960年代)は、日本社会の風潮は非常に左翼的であった。

そう考えると、元ピースボートの辻元清美氏の勧めで立候補を決め、共産党の全面支援で選挙戦を戦った蓮舫氏に、このサヨク偏向世代の支持が集まるのは自然なことだったと思われる。

しかしながら、蓮舫氏にとって頼みの綱となった、この70歳以上の世代においても、小池百合子氏への支持は5割近く、蓮舫氏を大きく上まわっている。


一方で、ネットで支持を集めた石丸伸二氏の得票率は、蓮舫氏とは逆に、若い世代ほど高かった。特に10代・20代においては小池氏を超える4割の票を得た。30代でも3割の支持を集めた。

しかし、石丸氏への支持は、年齢が上がるほど、徐々に低くなり、70代以上では1割程度にまで低下する。

高齢者のデジタル・リテラシーの低さもあろうが、石丸氏の若さに対する不信感もあるのではないかと思う。「まだ青い」というか、「口だけ大きい事を言っている」と、現実的な実行力や手腕への疑念があったかもしれない。

経験浅く、まだ目の肥えていない若者には通用しても、人生経験の豊富な年長者には通じないというか、ここらへんに、この国の世代間の意識の決定的な違い(断絶)を感じる部分もある。

加えて、石丸氏は、男性票(27%)に比べて女性票(18%)が低かった。理屈や理念や論法など発言スタイルの論理性を重視する傾向が強い男性の支持は集めても、実生活のリアルな現実の問題解決能力や共感力や闊達なコミュニケーション能力を重視し、高く評価する傾向が強い女性の支持は集まらなかった。

とは言え、同じ女性の蓮舫氏も、男性票18%/女性票19%と、女性の支持を集めきれなかった

むしろ、女性の支持を集めたのは小池氏(男性票40%/女性票52%)であった

今回は、小池百合子氏の実績と実行力と安定感への信頼が、石丸氏や蓮舫氏による改革の期待を上まわったということだろう。


小池氏は、無党派層においても32%の支持を得、石丸氏(36%)に次いで、蓮舫氏(16%)を上まわった

こう考えると、蓮舫氏の支持は、全共闘世代の男性に固まっており、保守層からは、そっぽを向かれたことがわかる。

また、蓮舫氏は、若い世代では、LGBTとか、障害者とか、サヨクとか、ある意味、コアなマイノリティの層からは支持を得たが、それはあくまでも社会の少数派であって、多数派の支持とはなり得ていない。

これから、主要な支持層である年寄り世代がどんどん亡くなっていくと、辻元清美氏や蓮舫氏の支持は、ますます先細るしかない。

その意味では、共産党と立憲民主党の共闘には未来がないと言えるだろう。

ところが、共産党書記長の小池晃氏などは「もっと共闘関係を全面に押し出すべきだった」などと見当違いなことを言っており、立憲民主党代表代行の辻元清美氏は「共産とか立憲民主とか党派色を前面に出したのが嫌われたのではないか」とまったく逆のことを言っているが、いずれにしても、自分たちの存在が、どれほど保守層に忌避されているか、サヨク的思想色が強いのか、あまり自覚がないようだ。


国民民主党の玉城代表は「立憲民主党が共産党と連携するのは間違っている」と述べて、暗に「立憲民主党は国民民主党と連携するべき」と示唆しているが、その場合、今回の選挙戦を主導した辻元清美氏や枝野幸男氏ら立憲の左派は、蓮舫氏と共に、反主流派として隅へ追いやられ、党を主導する実権を失うだろう。

今回の選挙は、彼ら立憲民主党左派が、党の主導権を得るために行った復権運動であったのだろうが、逆に当てが外れて窮地に追い込まれているように思える。


一方で、石丸伸二氏については、2020年の広島県安芸高田市長選に立候補した際の選挙ポスターやビラの製作代金を印刷会社に一部未払いで訴えられていた件で、今回の選挙翌日の7月8日、最高裁は石丸氏側の上告を受理しない決定をした。これにより、印刷会社に請求された108万円の制作費のうち、既に払われている公費負担分の35万円分を除く73万円を全額支払うように命じる1審・2審の判決が確定した。

判決理由については、高等裁判所は、「印刷会社の見積もり額に相当性がある」として、「支払いは公費負担の範囲内とする合意があった」とする石丸氏の反論を退け、印刷会社の請求は妥当なものと認めた。簡単に言うと、「業者がまったく利潤の出ない契約(メールなどを一部介した口約束)をした」とする石丸氏の主張は合理性を欠くという判断だ。

裁判所は、業者の請求したポスターの製作代金は妥当なものと判断した。これに対して、元銀行員の石丸氏が、請求された金額について妥当なものと判断できなかったとは思えない。であるとするなら、コミュニケーションの過程で、何らかの行き違いから、「業者がポスター製作代金を相場以下の金額で採算度外視で引き受けた」と石丸氏が勝手に勘違いした可能性が高い。にもかかわらず、言った、言わないの感情的な口論になり、一向に支払おうとしない石丸氏に対して、たまりかねた業者が裁判に訴えたということだろう。そして、一審・二審での判決を不服とし、石丸氏は最高裁まで持ち込もうと上告したが、ついに却下されて判決が確定したという話だ。

石丸氏が少しでも業者側の立場に立って考えてみれば、請求された段階で支払いを済ませていたはずだ。最高裁まで引きずるような話ではない。

「業者が謝罪をしようとせず態度が悪いので払わなかった」という石丸氏の上から目線の絶対的に自分を正義とする信念(思いあがり)は、一般的には通用しない言い分だ。もっとも、「取引相手に利益が出ていなくても気にしない」という無慈悲で手前勝手な態度は、いかにも昨今の銀行員らしいと言えなくもない。

年収400万円の家庭で育ったとおっしゃっていたらしいが、本当にお金に困った経験があるようには見えない。社会的弱者の痛みはわからないのだろう。そうでなければ、妹さんの勤める業者に無理言って休日返上で急ぎで印刷してもらった選挙ポスターの代金を4年間も払わないなんてありえない。


また、安芸高田市議会で、居眠りしたい議員に、石丸市長が「恥を知れ!」と叫んだ動画を、石丸氏はSNSにあげ、その後、石丸信者たちの間で、この動画はバズり、居眠りをした議員には、自宅にまで「議員をやめろ!」という抗議の電話がひっきりなしにかかるようになった。

ところが、その議員が議会で眠りに落ちたのは、突然の脳梗塞の発症が原因だった。

その診断書は議長に提出され、その診断書はすぐに市長石丸氏のもとにもわたった。

しかし、石丸氏はその診断書を中身を確認せずシュレッダーにかけてしまった。そして、件の議員に「恥を知れ」発言について謝罪することもせず、SNSでの非難を訂正したり、信者たちに自分の非難は間違いであったことを公表することもなかった

それどころか、その後も、件の議員には「居眠りについての市民への説明が不十分」という文書を、石丸氏は執拗に繰り返し送り続け、仕方なく議員は記者会見を開いたが、それは逆効果で、石丸信者の迷惑電話はそれ以降、さらに激しくなった。「さっさと議員をやめろ」「死ね」という電話、無言電話、さらには殺害予告まで、昼夜を問わずかかってくるようになった。これが2年前の状況だ。

件の議員は、今年1月に、積み重なったストレスによって胃の持病が悪化して亡くなった。

結果として、石丸氏は、件の議員を虐め殺したかのような状況である。

しかし、この結果について、石丸氏は、自分の責任と自覚している様子はない。また、本人の著書にも、自分のメンタルの強さは、「相手の問題がどうなっても知りませんと割り切れるところ」があるためとある。

石丸氏のパワハラ・モラハラ体質と他者の痛みへの鈍感力が引き起こす事態は、部下を自殺に追い込んだ兵庫県の斉藤知事の場合とよく似ている。

そして、今年、安芸高田市民は、反石丸を掲げる人物を新しい市長に選んだ。


そう考えると、石丸氏は、東京都知事の重責を担う器にないという気がしてならない。

それどころか、特に石丸氏に敵認定された相手にとっては、人格的に甚だしく問題のある無責任かつ無慈悲なサイコパスとしか思えないだろう。

こういう社会性・人間性の深い部分は、本人が演出・編集・発信するSNSだけではなかなか判断できない。

ヒトラーだって、当時、最先端テクノロジーを駆使した強力かつ巧みなプロパガンダによって、国民投票で90%以上の賛成を集めて総統になったのだ。

繰り返すが、現在、誰にでも手に入る情報を冷静に分析すれば、石丸氏は当選させてはならない〝やばい〟人物だと容易に判断できる。

そうした冷静な判断がまったく通用しないのが、カルト〝信者〟であること、あるいは当人の〝判断力の欠如〟を示しているかもしれない。


今回の小池百合子氏の三選は、妥当なものだったと言えるだろう。