『テレビや新聞や雑誌などのマスメディア(オールドメディア)の報道は偏向しているから信用できない』とする人々は、世界中で増えています。

アメリカでも、トランプ支持者の多くは、「CNNなどのニュースメディアは反トランプに凝り固まっていて、一方的な報道しかしない」と信じています。

その一方で、YouTube Instagram Facebook XなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で発信される情報は信じやすい傾向があります。


こうした「マスコミの情報に不信感を抱き、代わりにSNSの情報を信じる」傾向は、日本でも強まりつつあります。そのため、最近は日本でも、SNSを巧みに利用して選挙を行う政治家が増えています。

立花孝志氏や石丸伸二氏や斉藤元彦氏などが、その代表と言えるでしょう。

彼らの戦略は、「自分たちはオールドメディアによって不当に理不尽な袋叩きにあっている犠牲者であり、それでも挫けず、自らの正当な真実の主張をSNSを通して行っている」「誰が正しいのか、メディアにだまされないで、本当のことを知って欲しい」と大衆に呼びかけ、不当ないじめに屈しない正義の人のイメージをまとうことで、多数の人々の心を動かすというものです。

実際、SNSを利用して、種まき、育成、収穫と、悲劇のヒーローの逆転勝利をプロデュースするのは、少数の有能な企画・戦略担当のブレーンと効果的に動く実働部隊がいれば、意外と可能なようなのです。


ポイントは信者を生み出す事です。いったん信者にしてしまえば、彼らはもうこちらの言い分しか耳に入らなくなります。そして、頼まなくても自主的・積極的にこちら側の情報を発信してくれるようになります。

こうして〝熱狂〟が生み出されると、その信者たちの熱狂を核としてムーブメントが起こり、世論が動くのです。

オールドメディアの報道は確かに一方的になりやすい傾向がありますが、とは言え、彼らには信者がいません。

結果として『悪は常にオールドメディアであり、SNSの主張は善である』というシンプルな構図が説得力を持つようになり、戦いはSNS側に常に有利に展開します。


その意味では、今日ほど、少数派による恣意的なプロパガンダが容易な時代は、これまでなかったのではないでしょうか。

しかしながら、時が経つにつれて、「何が真実なのか、見極めるのが本当に難しい」と、多くの人々が感じ始めています。

「オールドメディアは偏向している」とSNSで訴えている側からも、悪質極まる確信犯によるデマ情報とか、真偽不明の不確かな情報が大量に垂れ流されているからです。

また、立花孝志氏に代表されるような、かなり野蛮で詐欺的な煽動者(デマゴーク)に煽られた人たち、あるいは、石丸氏や斉藤氏の熱狂的な信者となった人たちによる、多分にデマ情報を含む先入観に支配されたカルトじみた不特定多数集団による一方的で脅迫的な個人攻撃も、社会の混乱に拍車をかけており、言論封殺の嘆かわしい状況を生み出しています。

マスコミの偏向報道という社会的暴力に対して「やられたらやり返せ!」というヤクザじみた態度が、上記三氏の熱心な支持者など、SNS情報を信じる側に、往々にして見られるのです。

そうなると良識的な市民は眉をひそめてしまい、「SNSだけ信じる」という立場からは徐々に引いていくでしょう。

その結果として「オールドメディアもSNSも、もう何も信じられない」という、すべての情報に対して懐疑的な人が増えていくことになります。

しかし、それも程度問題です。

「何も信じられない」という疑心暗鬼の状態は、あるものだけを熱狂的に信じるという狂信の裏返しに過ぎないからです。

虚無こそが新たな熱狂を生む土壌となるのです。

このような狂信的な信者たちによるカルト的な熱狂が支配する選挙が各地で見られる状況は「民主主義の敗北」と言わざるをえません。



※11月28日、オーストラリア議会上院は、16歳未満のSNS利用を禁じる法案を可決。今後、下院の審議を経て成立し、一年後に施行される見込み。

今回の大統領選挙では、全米の総得票数でトランプが300万票上回り、加えて7つの激戦州すべてでトランプが勝った。獲得した大統領選挙人の数でも、ハリスの226に対して、トランプは312。これはもう圧勝と言っていい。

では、事前の「まれに見る接戦」というメディアの予想に反して、なぜトランプは圧勝したのか?

実際、CNNなど海外メディアの全てが接戦と報じ、日本国内メディアも、その報道に準じていた中で、トランプの圧勝を予想したのは、木村太郎さん、森永卓郎さんという一部の個人のみだった。

それはなぜだったのか?

主要なメディアは、一貫して、トランプは悪役であり、ハリスは善の側であると報道してきた。トランプは犯罪者の無法者であり、トランプへの支持は反知性主義の現れと警鐘を鳴らし続けてきた。ハリスこそ、民主主義の擁護者であり、マイノリティの庇護者であると誉めそやしてきた。

それなのに、そうしたメディアの喧伝は、結局、大衆の意識を動かさなかった。アメリカ国民はトランプを選んだ。それは何故なのか?


一言で言えば、多くのアメリカ国民にとって、国の指導者となるべき人物として、カマラ・ハリスよりドナルド・トランプの方が信じられたからだ。

多くのメディアが、トランプは品性下劣で低脳で野卑なポピュリストだと騒ぎ続けたにも関わらず、国民はトランプを支持した。国民のトランプへの眼差しは、メディアの偏見を受け付けなかったのだ。

同時に、ハリスが副大統領を務めた、この4年間のバイデン政権の期間より、その前の4年間のトランプ政権の時期の方が良かったと感じる人が、多かったからでもある。

もっと言えば、LGBTの権利や妊娠中絶の権利やら不法難民含めた貧民の一時的な救済でお茶を濁し、西側の結束を口では言い立てながら、二つの戦争を招いて、それを止めることもせずに放置し、物価の高騰を招いているハリスとバイデンの民主党より、就任中に戦争を起こさせず、経済的に安定していたトランプの共和党の方が、労働者の生活に、より強い関心を持って政治を行ってくれると、アメリカ国民、特にラストベルト含む激戦7州の人々が信じたからだ。

そのため、貧困や物価高に苦しむ生活実感にとぼしいハリウッド・セレブやスーパー・スター、例えばレディー・ガガ、ケイティ・ペリー、テイラー・スウィフト、ビヨンセ、ジェニファー・ロペス、ジュリア・ロバーツや、ハルソン・フォード、ロバート・デニーロ、アーノルド・シュワルツネッガー、ブルース・スプリングスティーン、ボン・ジョヴィなどが、いくらハリス支持を表明しようと、一般有権者の支持がハリスに集まることはなかった。

バーニー・サンダースが指摘しているように、一般労働者の感覚を無視し、切り捨ててきた民主党が、労働者から見離されるのは驚くことではない。

トランプへの支持は、伝統的に共和党が強い中西部やトランプ支持の牙城であるフロリダや激戦7州だけでなく、ハリスのお膝元である西海岸のカリフォルニア州や民主党の強い東海岸のニューヨークでも、前回を大きく上回った。


一方で、世界一の億万長者イーロン・マスクがなぜトランプを支持したか?

それは、イーロンが、本当の貧困の惨めさを知り尽くしている男だからだ。彼は、南アフリカのオランダ系白人の貧困母子家庭で育った。学校では激しいイジメを受けていた。その逆境の中から、非現実的とも思えるような夢を描いて、その夢をつかんできた。

民主党支持者は、イーロンが行った、激戦州で毎日トランプ支持者の一人を選んで100万ドルを贈るというとてつもないやり方のキャンペーンを非難した。しかし、よく考えてみよう。イーロンは札束で有権者に支持者を変えろと迫ったわけではない。同志であるトランプ支持者の一人を選んで夢を与えるという行為を毎日続けただけだ。貧困と逆境を知る男だからこそ、この100万ドルの持つ意味を彼は知り尽くしているのだ。

逆に言えば、民主党指導層(及び支持者)の多くは、本当の貧困を知らない(ように思われる)。

民主党には本質を見る目が欠けている。だから、敗戦理由の分析でも、ろくなことを言わない。「ハリスはアメリカのジェンダー社会に敗れた」とか「検察官より犯罪者を選んだのは、教育レベルの低い有権者たちだ」とか、見当違いもいいところだ。ハリスは、バイデンほどにも女性票を獲得できなかったし、有権者は、人の罪を責めたてることしか知らない検察官よりも、人の生活を豊かにできる優秀なビジネスマンを選んだのだ。それを「有権者の知能が低いから自分たちは負けたのだ」などと民主党側が言い立てるのは、思い上がりも甚だしい。国民を馬鹿にする政党が、国民の支持を受けることなどあるだろうか?


戦争は、莫大な資源の浪費であり、資源大国や資源供給地域での戦争の長期化は、必ず、世界的な物価高騰を招く。そして、物価高騰は、必ず、庶民の生活に危機的なダメージを与える。

マクドナルドのビッグマックセットが2700円、生卵1ダースが900円ということもある。カリフォルニア州の最低時給は2500円だが、月収70万円のトラック運転手が家賃を払えずホームレスになることもあるのだ。

そうした状況では、当然、『明日の民主主義より今日のメシ』と思う人が増えるものだ。

その実感が、カマラ・ハリスと民主党ブレーンたちには、致命的に薄かったようだ。実際、これまで民主党政権は、戦争を止めるため、そして、物価を抑えるために、具体的(及び効果的)行動をしているようには見えなかった。

「民主党は、口では綺麗事を言いながら、常に無策でまったく頼りにならない」と感じていた人は多いだろう。

そして「民主主義とか権利とか、そんな抽象的理念よりも、政治家が早急に取り組むべき、もっと重要な現実的課題があるだろう!」というように、ハリス(と民主党)への国民の不満は非常に大きなものだったと想像できる。

だから、もともと民主党支持だったアラブ票やヒスパニック票すらも、今回はトランプ支持にまわったのだ。

ところが、中流以上の豊かな人々としか向き合わないメディアには、そうした国民の声は聴こえない。だから、メディアの予想は外れるのだ。

彼らメディア関係者もまた、本当の貧乏を知らないからだ。

本当の貧困を知らないということは、生きることの苦しみを知らないということでもある。その意味では、クリント・イーストウッド、メル・ギブソン、シルベスター・スタローンがトランプを支持しているのは興味深い。


トランプは、生まれながらの億万長者だ。

だが、彼は小学生でもわかる言葉で、原稿なしの即興で人々に話す。その言葉は、とてもよく伝わる。

原稿とカンペがないとうまく話ができないハリスとは違う。難しい言い回しで、意味のわからない話をするハリスとは違う。

そして、彼は、逆境を跳ね除けて成功したイーロンのような男は尊敬する。不法移民は強制退去させるし、壁を築いて入れないようにするが、合法移民として入国し、正当な手続きを経てアメリカ市民権を取得した真っ当な者には敬意を払う。トランプ自身もドイツ系移民の孫だ。

トランプは、西側諸国の援助に頼って戦争を続けるゼレンスキーを「腕のいいセールスマン」と軽蔑する。「アメリカの税金はウクライナを守るためにあるのではない」と。

同じように、アメリカ人の息子が日本を守るために命をかけるように要請しながら、自分の息子が国を守るために命を落とすリスクは容認しない、自己中心的な日本の母親たちに、トランプは強烈な通告を突きつける。「日本を守るために、日本の若者の代わりに合衆国の若者が戦場で命を落とすリスクを負うのは容認できない」と。

石破さんは、それに対してどう答えるつもりだろうか。

日米同盟がより対等であることを望むというのなら、「日本の若者も、アメリカを守るために命をかけるべき」ということになるだろう。

しかしながら、あいも変わらず憲法9条の足枷を引きずっている今の日本に、その準備や覚悟はあるのか?



※国民民主党玉木代表の不倫問題で、早々と代表続投が承認され、リベラル・メディアや文化人の言論の多くが、それを好意的に見ている。

曰く「人格と政治的手腕は別だ」とか。

しかしながら、例えば、これがトランプの不倫発覚だったら、日米メディアが人格否定の言論で盛り上がり、袋叩きにしただろう。あるいは、自民党議員や大臣だったらどうだろうか。やはり、総攻撃されて、宇野総理の時のように「役職降りろ!」の大合唱となったのではないか。

メディアのあまりのダブルスタンダードぶりにびっくりだ。

ネアンデルタール人が滅亡したとされる4万年前に近い、4万5千年前のネアンデルタール人の人骨が、2015年にフランス南部の洞窟で発見され、そのゲノム解析の結果が、2024年9月の科学誌で発表された。

それによると、この人骨の属する小集団は、10万年前に「後期ネアンデルタール人」の系統から分かれ、その後、5万年以上に渡って遺伝的に孤立していた集団であるらしい。つまり、この人骨の属する小集団は、5万年以上もの長い間、他のネアンデルタール人の集団と交流がなかったということだ。

徒歩で10日ほどの距離にある二つのネアンデルタール人の集団が、5万年間、まったく交流することなしに並存していたという驚くべき事実は、彼らが現生人類とはかけ離れた感覚や世界観の持ち主であることを想像させる。

ネアンデルタール人は、およそ80万年前に「出アフリカ」した人種で、その後、生活圏を徐々にユーラシア大陸に広げた。30万年も時間があれば、相当な距離を移動できたろう。その間、50万年前にはシベリアでデニソワ人と分岐し、ユーラシア大陸の西側はネアンデルタール人、東側にはデニソワ人と棲み分けが進んだ。

しかし、いったん適度な生活可能な場所を見つけて、そこを生活圏に定めると、よほどのことがない限り、それ以上、移動することがなかった。

さらに、互いに近くに同族であるネアンデルタール人が住む集落があると知っていても、そこへちょっと行ってみて、交流することなど、まったく考えられなかったようだ。

老子の言うように「隣国相望み、鶏犬の声相聞こゆるも、民老死に至るまで、相往来せざらん」という感覚で生きていたということだ。

 

現代人の感覚からは隔絶した、ありえない感覚という気もする。そう感じるのが普通だろう。

しかし、沖縄に住んでいると、このネアンデルタール人の感覚が、実は、まったくわからないというわけでもないのだ。

例えば、沖縄本島から今では橋がかかっていて車で気軽に行き来できる島のひとつに、浜比嘉島という小さな島がある。この島には、東に比嘉、西に浜という二つの集落がある。ところが、この二つの集落は、小さな島に数100年並存しながら、その間、ほとんど交流がなかったらしい。

そして、互いに「自分たちは、あいつらより二百年は先に、この島に住み始めた」「あいつらは、後から流れてきて住み着いたよそ者だ」「浜(比嘉)の奴らは、何を言っているのかわからん(言語が違うから意思疎通が困難)」と言う。

同じ島の集落でさえこうなのだ。島が違えば、交流はまったくないのが普通である。

海を隔てた沖縄本島と宮古島と石垣島では、言語も風習も、遺伝子系統すらまったく異なる。例えば、本島では「おばあ」と言えば、「おばあさん」のことだが、石垣では「おばあ」は「おばさん」を意味する。また、子どものことを、首里では「わらび」と言うが、同じ本島でも田舎では「わらばあ」と言う。そして、石垣では「ふぁ」と言う。

さらに、同じ、宮古島諸島でも、池間島と伊良部島と宮古島では、言葉だけでなく、明らかに顔の特徴が異なる。遺伝子の系統が異なるのだろう。

この間、石垣島の新川地区で、地元育ちの三十代の住人に「名蔵ダムへ行ってきた」と話したのだが、驚いたことに、その人は、すぐ隣の地区である名蔵にダムがあることを知らなかった。さらに「伊原間をまわってきたよ」と言ったのだが、その人は伊原間がどこにあるのかも分からなかった。

 

ネアンデルタール人の社会、または沖縄の伝統社会においては、自分が住んでいる地域の周辺に何の興味も関心もなく、隣の集落との交流もなく、むしろ、集落同士が互いに敵対的に無視し続けるのが普通である。彼らの間では、それが伝統であり、常識なのである。

そうした共通点に着目して考えると、沖縄の伝統社会は、極めてネアンデルタール人的であると言えるのではないだろうか。

ところで、こうした超閉鎖社会には、絶滅に至る主因となりうる問題がいくつもある。

その一つは遺伝的問題だ。長期にわたって孤立している集団内では遺伝的多様性が低下する。それによって、劣性遺伝が続き、障害児や遺伝病の発生確率が上昇し、環境の変化や病原体への適応力が低下する。実際、沖縄の伝統社会では白血病の発生率が高く、風土病と呼ばれてきたが、その原因は近親交配が続いたためと考えられている。

もう一つは社会・文化的な問題だ。超保守的な排他主義が当たり前となっている社会では、新しい事物に対する受容度が低く、文化の交流が生まれず、新しい知識も受け入れられない。こうして、彼らは進化から取り残される。

それが、ネアンデルタール人が滅亡した原因でもあり、同時に、沖縄が、豊かな自然環境や政府の援助など、さまざまな好条件に恵まれながら、なかなか発展できない理由でもある、と考えられる。

 

本題に戻るが、「ネアンデルタール人はなぜ滅びたのか?」の答えを端的に述べるとするなら、それは「超保守的な排他的差別主義による集団間の分断と交流の断絶が原因である」と言い表せるだろう。

しかも、それは、ネアンデルタール人だけの問題ではない。ホモ・サピエンスにおいても、充分に種の破滅の主因となりうると思うのだ。

例えば、デジタル化した情報機器に取り囲まれて生活している現代人は、リアルな交流を面倒で難儀なものとしてなるべく避けたい傾向が見られる。婚姻率も低下し、出生率も低下する。

また、今日のアメリカ社会に見られる政治的分断のような、二つの互いに相容れない政治勢力の間の交流の断絶もまた、社会の混乱と進化の停滞を招くだろう。

こうした状況が続くなら、長い目で見れば、ホモ・サピエンスという種は、ネアンデルタール人と似たような要因で絶滅の危機に直面することになるかもしれない。

長渕剛さんの1978年のデビューから2005年までに発表された曲の中から、独断と偏見によって私が選んだベストです。♫

長渕さんの曲って、とても泥臭くて、正直で、素朴で、やぼったくて、ともかく、今の歌にはない感じです。

そして、彼の歌の持つ、ストレートな感情をぶつけるような素直さと、滲み出る土着性は、今の日本人の精神から失われつつあるものだと思うのです。

こんな時代だからこそ、長渕剛さんの飾らない歌が、かえって、かけがえのないものに思えるのかもしれません。

 

巡恋歌

作詞 作曲 長渕剛

◯1stシングル(1978.10.5)

◯1stアルバム『風は南から(1979.3.5)』収録

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE(1981.3.5)』収録

◯13thシングルB面『巡恋歌'85(1985.3.30)』日本武道館ライブ

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE'89(1990.2.21)』収録

◯25thシングル『巡恋歌'92(1992.10.28)』セルフカバー・バージョン

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』収録

◯ベストアルバム『BEST〜風〜(2002.6.26)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

長渕剛のデビュー曲。リリースされた1978年当時はまったく売れなかったが、アレンジを変えて再録音された「巡恋歌‘92」でシングル・チャート週間1位と年間45位(1992)を記録した。長渕剛の代表曲のひとつ。

「好きです、好きです、心から愛していますよと、甘い言葉の裏には一人暮らしの寂しさがあった。寂しさゆえに愛が芽生え、お互いを知って愛が終わる。別れは涙で飾るもの。笑えばなおさらみじめになるでしょう。こんなに好きにさせといて、勝手に好きになったはないでしょう。逆恨みするわけじゃないけど、本当にあなたはひどい人だわ。だから、私の愛はいつも巡り巡って振り出しよ。いつまでたっても恋の矢は、あなたの胸にはささらない。」

 

俺等の家まで

作詞 作曲 長渕剛

◯2ndシングル(1979.3.5)

◯1stアルバム『風は南から(1979.3.5)』収録

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE(1981.3.5)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

1979年3月にファースト・アルバム「風は南から」(アルバム・チャート週間16位)と同時にリリースされたセカンド・シングル。この曲も、当時はまったく売れなかった。長渕の楽曲としては、最も陰のない明るい楽しい楽曲。ファンの思い入れも強い。

「春の風が表通りを通り抜けてゆくのに、知らん顔はいじわる。そろそろ電話待ってる。わかってるさ、君の兄貴が賛成してないのはね。君の立場もわかるし、兄貴の言い分もわかる。女好きはおいらの悪いくせ、でもあそびなんかじゃないよ。機嫌直して、こいよ、こいよ。おいらの家まで。」

 

③君は雨の日に

作詞 作曲 長渕剛

◯1stアルバム『風は南から(1979.3.5)』収録

◯ベストアルバム『SONGS(2008.5.21)』-new vocal-

◯ベストアルバム『BEST〜空〜(2002.6.26)』収録

これもファースト・アルバム収録曲だが、シングル・カットはされていない。だが、初期の長渕剛を代表するバラードの名曲として知られる。サビの部分でファルセットを多用したデビュー当時の長渕剛の声の美しさが際立つ。

「降りしきる雨の中、君は傘もささずに泣き顔で走り去った、駅に続く道。君は僕の胸の中で震える声で言った。幸せになってねと小さな声で言った。最後の汽車が出ていく前に、優しい言葉も、かけてあげられなかった。雨よ降れ降れ、もっと。突き刺すような雨よ。雨よ降れ降れ、もっと。すべてを流してくれ。」

 

④祈り

作詞 作曲 長渕剛

◯3rdシングル(1979.7.5)

◯2ndアルバム『逆流(1979.11.5)』収録

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE(1981.3.5)』収録

◯ベストアルバム『SONGS(2008.5.21)』-new vocal-

サード・シングルにして、初めて週間チャート55位までのぼった曲。急死した女性(同棲していた元恋人)についての実体験に基づいて書かれた曲。作り物でないリアルな心情が胸を打つ名曲。

「おまえが去ってく、その前に何故に電話くれなかったか。優しすぎるお前のことだから、それが思いやりのつもりだったのか。俺たちいつでもひとつなんだと、あれほど話し合ってきたよね。お前のことはすべてわかっているつもりの自分が悔しすぎるよ。二人でいくつもの夜を超えて、新しい朝が目の前だったのに、深く目を閉じて、今、天女のように、お前はひとり、空へ帰る。」

 

⑤素顔

作詞 作曲 長渕剛

◯2ndアルバム『逆流(1979.11.5)』収録

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE'89(1990.2.21)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』収録

◯セルフカバー『ACOUSTIC 俺の太陽(1999.12.22)』アコースティック・バージョン収録

◯ベストアルバム『BEST〜空〜(2002.6.26)』アコースティック・バージョン収録

◯ベストアルバム『LOVE(2008.5.14)』-new vocal-

セカンド・アルバム収録曲で、シングル・カットはされていない。だが、初期の名曲の一つとしてファンの思い入れは強い。

「夜の顔を鏡で映せば、なんて悲しい顔なの。強がりばかりで素直になれない、なんて悲しい顔なの。こんな私のどこが好きなの。なぜにそんなに優しいの。私がかわいそうに見えたから。それとも、懐かしく思えたから。気まぐれだったらやめてちょうだい。本気で好きになりそうだから。あなたの前ではきれいでいたいし、かわいい女でいたいの。厚化粧は嫌いでしょう。でも今の私、昔の私じゃないから。」

 

⑥順子

作詞 作曲 長渕剛

◯2ndアルバム『逆流(1979.11.5)』収録

◯5thシングル(1980.6.5)

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE(1981.3.5)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』収録

◯ベストアルバム『BEST〜空〜(2002.6.26)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

シングル・チャート8週連続1位、年間5位(1980)を記録した長渕剛の最初の大ヒット曲。この曲のミリオンセラーのおかげで注目を集めたセカンド・アルバム「逆流」も、初のアルバム週間チャート1位を記録した。

「はなれない、はなさない、はなしたくない君。いろんな言葉で君に愛を告げてきたけれども、終わりさ、みんな終わりさ。僕の独りよがり。君へ繋いだ心の糸は今プツリと切れた。おお、順子。君の名を呼べば僕はせつないよ。優しさはいつも僕の前でカラカラ空回り。おお、順子。君の名を呼べば僕は悲しいよ。だから、心のドアをノックしないで。」

 

⑦暗闇の中の言葉

作詞 作曲 長渕剛

◯3rdアルバム『乾杯(1980.9.5)』収録

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE(1981.3.5)』収録

3週にわたって週間1位となったサード・アルバム「乾杯」収録曲。ほとんど無名の曲だが、気持ちのこもった佳曲であり、歌詞の意味が深く、長渕剛にしかつくれない曲と言える。

「近頃とってもくやしいことがあった。それは自分に肩書きがないこと。今まで欲しいなんて一度も思わなかったけど、あの時ばかりは震える手をおさえた。すがる想いで、あいつのドアをたたいた。すがる想いで、あいつのドアをたたいた。だけども、あいつは、頭から蔑んだ目で、人を馬鹿呼ばわりした。何が自由だ。不自由ばかりだ。欲深さゆえのがんじがらめの通せんぼ。勝ち誇る奴ばかりが、いつも自由な世の中。俺はいつまで、この雨に打たれていればいいのか。」

 

⑧乾杯

作詞 作曲 長渕剛

◯3rdアルバム『乾杯(1980.9.5)』収録

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE(1981.3.5)』収録

◯18thシングル(1988.2.5)NEW RECORDING VERSION

◯セルフカバー『NEVER CHANGE(1988.3.5)』収録

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE'89(1990.2.21)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』Liveバージョン収録

◯セルフカバー『ACOUSTIC 俺の太陽(1999.12.22)』アコースティック・バージョン収録

◯ベストアルバム『BEST〜風〜(2002.6.26)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

地元の友人の結婚に際して、祝福のために書かれた曲。長渕剛の代表的なバラード曲。

サード・アルバムのタイトル曲だが、当時はシングル・カットされなかった。その後、1988年にセルフカバーアルバムを制作する際に、新アレンジで再レコーディングされ、アルバム先行シングルとしてリリースされた。「順子」に次いで、二曲目の週間1位獲得曲となった。

「固い絆に想いを寄せて、語り尽くせぬ青春の日々。時には傷つき、時には喜び、肩をたたきあったあの日。あれからどれくらいたったのだろう。沈む夕陽をいくつかぞえたろう。故郷の友は今でも君の心の中にいますか。乾杯、今、君は人生の大きな大きな舞台に立ち、はるか長い道のりを歩き始めた君に幸せあれ。」

 

⑨夏祭り

作詞 作曲 長渕剛

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE(1981.3.5)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』Liveバージョン収録

Liveバージョンのみで知られている曲。しっとりと美しいフォーク調の佳曲。シングル化されていない、隠れた名曲。

「夏もそろそろ終わりねと君が言う。浴衣姿で線香花火。きれいだよ、きれいだよ、きれいだよ、とても。さあ、そろそろ帰ろうかと僕が言う。まだまだ私、こうしていたいわ。チリリン、チリリン、窓辺の風鈴、いいよ。いつまで、こうして、君と寄り添い、肩を並べて、来年の夏も線香花火、できるといいのにね。燃えて散るのが恋ならば、そのまま消えずに輝いてくれ。」

 

⑩二人歩記

作詞 作曲 長渕剛

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE(1981.3.5)』収録

◯4thアルバム『Bye Bye(1981.10.1)』収録

◯8thシングル(1981.10.21)

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

最初の結婚相手である石野真子さんに捧げられたラブソング。週間2位を記録した4thアルバムからシングル・カットされたが、週間55位にとどまった。

「住み慣れた部屋を今日限り引き払い、また、次の場所へ行こうと思うんだ。最後の荷物を車に積み込んだら、いろんな思い出がふと通り過ぎた。一人暮らしの僕に、君はどんな時でも、花一輪も優しさを持ってきてくれた。だけど朝になれば、夢が覚めるように、みじかいひと時が淋しすぎた。昨日までの災いごとに別れを告げ、ドアを閉めて階段を降りる。ああ、今度こそ幸せになれますように、そんな願いで車を走らせた。時の狭間の思い出は置いて行こう。」

 

⑪マリア

作詞 作曲 長渕剛

◯5thアルバム『時代は僕らに雨を降らしてる(1982.9.1)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』収録

週間3位を記録した5thアルバムのラストを締める佳曲。シングル化されていないが、その静謐な曲調にファンの思い入れは強い。

「オー、マリア。深い眠りから覚めた。オー、マリア。幾千もの悲しみを越えて。地上に降り立ち、僕らを見た。胸に十字架、見つめられない僕らの時代に目を伏せた。愛しすぎた。傷つけすぎた。数え切れない歴史の中で。」

 

⑫僕のギターにはいつもHeavy Gauge

作詞 作曲 長渕剛

◯6thアルバム『HEAVY GAUGE(1983.6.21)』収録

◯セルフカバー『NEVER CHANGE(1988.3.5)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

週間6位を記録した6thアルバムのラストを締める佳曲。長渕剛の正直な語り口が、そのまま曲になったような味わいの深い曲。

「俺は今、東北ツアーを終え、東京行きの列車の中、走り出す駅の壊れたベンチ、猫を抱きしめる老人を見た。他人事のようにタバコをふかす。他人事のように週刊誌をめくる。そんな俺、ふと自分の人生の隙間を手で覆いたくなる。動き始めた窓の外には天気雨。で、俺のギターには、いつもヘビーゲイジ。」

 

⑬HOLD YOUR LAST CHANCE

作詞 作曲 長渕剛

◯7thアルバム『HOLD YOUR LAST CHANCE(1984.8.18)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』収録

◯セルフカバー『ACOUSTIC 俺の太陽(1999.12.22)』アコースティック・バージョン収録

◯ベストアルバム『BEST〜空〜(2002.6.26)』2001バージョン収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

週間7位を記録した7thアルバムのタイトル曲で、アルバムのラストを締める佳曲。シングル化されていないが、ストレートな人生の応援歌として惹きつけられる人は多い。

「傷つき打ちのめされても、這い上がる力が欲しい。人は皆、弱虫を背負って生きている。苦い涙をかじっても、微笑む優しさが欲しい。君が愛にしがみつくより、まずは君が強くなれ。小手先で剥がれ落ちる美しさより、一粒の汗の方がいい。」

 

⑭TIME GOES AROUND 

作詞 作曲 長渕剛

◯7thアルバム『HOLD YOUR LAST CHANCE(1984.8.18)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

これも7thアルバム収録曲で、シングル化されていない。桑田佳祐が絶賛した曲と言われているが、私も大好きな曲。

「ホテルのベッドに横たわり、信じられないほど抱きしめた。俺が息を吹きかけると、お前は美しく、止まることなく回り始めた。窓の向こうは輝く銀の港。外国船が向きを変える、その前に、お前を乗せ、たどり着こう、遠い大陸の果てまで。愛を握りしめ、お前を離さない。」

 

⑮勇次

作詞 作曲 長渕剛

◯14thシングル(1985.7.22)

◯8thアルバム『HUNGRY(1985.8.22)』収録

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE'89(1990.2.21)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』Liveバージョン収録

◯セルフカバー『ACOUSTIC 俺の太陽(1999.12.22)』語りバージョン収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

アルバム・チャート週間4位を記録した8th アルバムの先行シングルとしてシングル・チャート週間29位を記録した。Liveでは常に演奏される、ファンにとっても長渕剛本人にとっても思い入れの強い曲。

「嫌になっちまった。腹が立っちまった。わけもなく家を出たんだ。公衆電話から勇次に声をかけ、待ち合わせた16の夜。ガソリンスタンドの自動販売機で缶ビールを開け、二人空を眺めた。工場跡の空き地へ続く道で、タバコもみ消し、すべてに唾を吐いた。勇次、あの時の空を忘れちゃいないかい。勇次、あの時のエネルギッシュなお前が欲しい。帰りたい、帰れない、青春と呼ばれた日々に。戻りたい、戻れない、狭間で叫ぶ俺がここにいる。」

 

⑯ろくなもんじゃねえ

作詞 作曲 長渕剛

◯16thシングル(1987.5.25)

◯10thアルバム『LICENSE(1987.8.5)』収録

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE'89(1990.2.21)』収録

◯ベストアルバム『BEST〜空〜(2002.6.26)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

週間3位を記録し、久々のシングル・ヒットとなった曲。長渕主演のテレビドラマ「親子ジグザグ」主題歌。

「人恋しくて、誰かにしがみつき、弱虫ばかりで、飛び出した18の俺。愛はいつも大嘘つきに見えて、知らないうちに独りが好きになってた。見えない何かに背中を押され、夢中で転がり、やっとつかんだものに、心を引き裂かれちまった。心をなじられちまった。くやしくって、悲しくって、こらえた夜。大嫌いだぜ、大嫌いだぜ、ろくなもんじゃねえ。」

 

⑰泣いてチンピラ

作詞 作曲 長渕剛

◯10thアルバム『LICENSE(1987.8.5)』収録

◯17thシングル(1987.9.16)

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE'89(1990.2.21)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』収録

◯ベストアルバム『BEST〜風〜(2002.6.26)』収録

「逆流」「乾杯」以来、3枚目の週間1位(2週)を獲得した10thアルバムからのシングル・カット。週間9位を記録。歌詞もサウンドも強烈で、フォーク・ロックの新境地を代表する名曲。

「ずらかっちまった方がマシだと考えた朝。紙コップの味噌汁をかじれば天井が笑う。裸電球ぶら下がった部屋で、忍び泣いてる女は、なお悲しくて。爪を噛んで強くお前を抱きしめた。吹いてきたぜ、臆病風が吹いてきた。六尺足らずの五尺の痩せこけた身体で、刺せば監獄、刺されば地獄の腐った街で、どうせ叶わぬはかない夢なら、散って狂って捨て身で生きてやれよと、背中丸め、声を殺し、思いきり、泣いて、泣いて、泣いて、チンピラになりてえ。」

 

⑱とんぼ

作詞 作曲 長渕剛

◯20thシングル(1988.10.26)

◯11thアルバム『昭和(1989.3.25)』収録

◯ライブアルバム『長渕剛LIVE'89(1990.2.21)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』収録

◯セルフカバー『ACOUSTIC 俺の太陽(1999.12.22)』アコースティック・バージョン収録

◯ベストアルバム『BEST〜空〜(2002.6.26)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

長渕主演のテレビドラマ「とんぼ」の主題歌。「順子」「乾杯」に続いて、3曲目の週間1位(通算7週)を記録し、「順子」に次いで、2作目のミリオンセラーを記録した大ヒット曲。年間チャートでは、長渕の曲では、これまでで最高の3位を記録した。「乾杯」と並ぶ長渕の長渕の全盛期を代表する名曲。この曲を収録した11thアルバムも、4枚目の週間1位(3週)を記録した。この頃、長渕は人気の絶頂にあった。

「コツコツとアスファルトに刻む足音を踏みしめるたびに、俺は俺であり続けたい、そう願った。裏腹な心たちが見えて、やりきれない夜を数え、逃れられない闇の中で、今日も眠ったふりをする。死にたいくらいに憧れた花の都大東京、薄っぺらのボストン・バッグ、北へ北へ向かった。ざらついた苦い砂を噛むと、ねじ伏せられた正直さが、今頃になって、やけに骨身に沁みる。ああ、幸せのとんぼよ、どこへ、お前はどこへ飛んでゆく。ああ、幸せのとんぼが、ほら、舌を出して笑ってらあ。」

 

⑲しょっぱい三日月の夜

作詞 作曲 長渕剛

◯22ndシングル(1989.12.8)

◯12thアルバム『JEEP(1990.8.25)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』収録

週間1位、年間22位(1990)を記録したヒット曲。全盛期の長渕らしい味わいの深いバラードの佳曲。

「逃れようとする、この俺と、突っ走る俺が、憎み合いながら、腹の底でひっくり返ってる。干からびた手と手を繋ぎ合い、よくもここまできたものだ。うおう、うおうと、負け犬が吠えてる。そろりそろりと月が昇るたびに、ああ、当たり前の男に会いたくて、しかめっつらした、しょっぱい三日月の夜。」

 

⑳JEEP

作詞 作曲 長渕剛

◯23rdシングル(1990.7.25)

◯12thアルバム『JEEP(1990.8.25)』収録

◯ベストアルバム『BEST〜風〜(2002.6.26)』収録

◯ベストアルバム『YAMATO(2005.10.19)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

週間1位を記録した同名の12thアルバムの先行シングル。週間2位を記録。長渕の曲の中でも、私が特に気に入っている曲のひとつ。

「海はやっぱり光ってた。砂浜を野良犬が走ってた。ずっと遠くで船がゆっくりと動いてた。ウエットスーツの若者が朽ち果てた流木とたわむれ、俺はむしょうにコーヒーが飲みたくなった。俺はジープをとめた。シーズンオフのドライブイン。コーヒーを飲みながら、やめてたタバコに火をつけた。窓ガラス越しに打ち寄せる波を見てると、もう一度、自分を信じてみたくなった。すべてを許してみよう。あいつを愛してやろう。陽は高く昇った。幌を外したジープを走らせた。」

 

㉑しゃぼん玉

作詞 作曲 長渕剛

◯24thシングル(1991.10.25)

◯13thアルバム『JAPAN(1991.12.14)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』収録

◯ベストアルバム『BEST〜風〜(2002.6.26)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

長渕主演のテレビドラマの主題歌。週間1位、年間8位(1991)を記録した大ヒット曲。「順子」「とんぼ」に続く3枚目のミリオンセラーを記録した人気曲。週間1位(2週)を記録した13thアルバム収録曲。

「ヒリヒリと傷口に沁みて眠れなかったよ。泣きっ面にしょんべん、ひっかけられた夜。薄情な男だと夜を1枚ひんめくりゃ、ぐずぐずしてちゃいけねえと照れずに思えた。つまらぬこだわりは身を縮めるだけだった。ほんの一瞬でも、お前を愛せてよかった。枯れ果ててしまっても、温もりだけは残ったよ。妙に悲しくて、潔くて、本当に気持ちよかったよ。リンリンと泣きながら弾けて跳んだけど、もっと俺は俺でありますように。いったい俺たちはノッペリとした都会の空に、いくつのシャボン玉を打ち上げるのだろう。」

 

㉒親知らず

作詞 作曲 長渕剛

◯13thアルバム『JAPAN(1991.12.14)』収録

◯ベストアルバム『BEST〜空〜(2002.6.26)』収録

◯ベストアルバム『YAMATO(2005.10.19)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

シングル「しゃぼん玉」のカップリング曲だが、非常に聞き応えのある人気曲。長渕の曲の中でも、最も政治的メッセージが強い曲のひとつ。

「俺の祖国日本よ、どうかアメリカに溶けないでくれ。誰もが我が子を愛するように。俺の祖国日本よ、近頃ふざけすぎちゃいねえか。もっと、もっと、自分を愛し貫いてゆけ。銭はよお、銭はよお、そりゃ欲しいけどよお。なんぼ積んでも、なんぼ積んでも、譲れねえものがある。ゴルバチョフもフセインもブッシュも海部さんも、お暇なら明日、俺の家へ遊びにきてくれねえか。何にもおもてなしはできないが、聴いてほしい歌が、三つばかりあるんだ。」

 

㉓RUN

作詞 作曲 長渕剛

◯26thシングル(1993.9.22)

◯14thアルバム『Captain of Ship(1993.11.1)』収録

◯ベストアルバム『いつかの少年(1994.12.1)』収録

◯セルフカバー『ACOUSTIC 俺の太陽(1999.12.22)』アコースティック・バージョン収録

◯ベストアルバム『BEST〜風〜(2002.6.26)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

週間1位を記録した14thアルバムの先行シングル。週間1位、年間26位(1993)を記録したヒット曲。

「賽銭箱に百円玉投げたら、釣り銭出てくる人生がいいと、両手を合わせ、願えば願うほど、バチにけっつまづき、膝を擦りむいた。なるべくなら、なるべくなら、嘘はない方がいい。嘘が言わない、そう心に決めて、嘘をつき続けて、俺生きている。恨む心も、願う心も、お前の前にいると、真実、おお真実、真実だけが頭を垂れる。こんな臆病者だからこそ、本当のことが欲しい。ああ、夢、夢、夢で、今日も日が暮れる。」

 

㉔ひまわり

作詞 作曲 長渕剛

◯30thシングル(1997.7.2)

◯16thアルバム『ふざけんじゃねえ(1997.9.3)』収録

◯セルフカバー『ACOUSTIC 俺の太陽(1999.12.22)』アコースティック・バージョン収録

◯ベストアルバム『BEST〜風〜(2002.6.26)』収録

◯ベストアルバム『YAMATO(2005.10.19)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

長渕主演のテレビドラマ「ボディガード」主題歌。週間1位を記録した16thアルバムの先行シングルとしてリリースされ、週間5位、年間33位(1997)を記録した。

「北へ、南へ、東へ、西へ。人は流れ流れて河川を下る。北へ、南へ、東へ、西へ。辿り着くまでには太陽が笑う。もしも私が風ならば、真夏の空へひまわりを咲かせたい。そんな風になり、種を運ぼうよ。ひとりぼっちの小さな土の上、見上げる空から幸せが降る。幸せはやがて水になってくれるだろう。北へ、南へ、東へ、西へ。」

 

㉕しあわせになろうよ

作詞 作曲 長渕剛

◯36thシングル(2003.5.1)

◯19thアルバム『Keep On Fighting(2003.5.14)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

週間1位を記録した19thアルバムの先行シングル。週間2位、年間48位(2003)を記録。

「出会った頃の二人に、もう一度、戻ってみよう。そして二人で手を繋ぎ、幸せになろうよ。海の広さに負けないように、輝かしい太陽を睨んでみた。ずぶ濡れの僕は魚になり、あの島まで泳いでいった。初めて出会った場所に、もう一度、戻ってみよう。そして、青い空に抱かれ、幸せになろうよ。」

 

㉖CLOSS YOUR EYES

◯38thシングル(2005.8.24)

◯ベストアルバム『YAMATO(2005.10.19)』収録

◯ベストアルバム『SONGS(2008.5.21)』収録

◯ベストアルバム『Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014 傷つき打ちのめされても、長渕剛。』収録

映画「男たちの大和」主題歌。週間4位を記録。

「それでも、この国をたまらなく愛しているから、もう一度、生まれ変わったら、私の名を呼んでください。寒さに震える夜も、流れる涙つむぐ夜も、もう一度、生まれ変わったら、あなたを決して離しはしない。私の胸の中へ帰っておいで。気高いあなたの勇気を抱きしめたい。密やかな海に咲いた白い花たちが、今、私の身体に折り重なる。瞳を閉じれば、あなたが私に微笑みかけるよ。瞳を閉じれば、希望へ駆け昇る。あなたが永遠に生きている。」

 

 

 

 

 

山下達郎さんの全盛期であり、シティーポップの黄金時代と言える1970年代後半から1980年代前半に発表された曲から、私が大好きな曲ばかりを選曲した、独断と偏見による山下達郎ベストです。この時期、特に、RIDE ON TIME 大ヒット以降の1980年代前半の音楽シーンにおける達郎さんの存在感は、凄まじいものがありました。J POPにおける唯一無二の存在だったと言っても過言ではありません。ゴールデンエイジの山下達郎の音楽をお楽しみください。♫

 

 

①DOWN TOWN(シュガー・ベイブ)

作詞 伊藤銀次/作曲 山下達郎

◯アルバム『SONGS(1975.4.25)』収録

◯1stシングル(1975.4.25)

◯8thシングル(1982.4.21)再リリース

◯ライブ・アルバム『JOY-TATSURO YAMASHITA LIVE-(1989.11.1)』収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

EPOのカバーが1980年にリリースされ、テレビ番組「オレたちひょうきん族」のエンディング・テーマとなった話題曲。

「暗い気持ちさえ、すぐに晴れて、みんなうきうき。ダウンタウンへくりだそう。」

 

②潮騒(THE WHISPERING SEA)

作詞 吉田美奈子/作曲 山下達郎

◯3rdアルバム『GO AHEAD!(1978.12.20)』収録

◯4thシングルB面(1979.4.5)

◯1stコンピレーション・アルバム『COME ALONG(1980.3.21)』収録

◯ベストアルバム『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA(1982.7.21)』収録

◯3rdベストアルバム『RARITIES(2002.10.30)』LIVE VERSION収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

山下達郎の初期の代表的スローバラード。隠れた名曲。

「打ち寄せる波、素足へと、集める泡のもろさより、君の心は傷つきやすいから、いつも僕が包んであげたい、君のこと。少しずつでも打ち解け合い、永遠の愛つかみたいと、僕の心、限りなく願う。愛してくれるね、僕のこと。」

 

愛を描いて-LET'S KISS THE SUN-

作詞 吉田美奈子/作曲 山下達郎

◯4thシングル(1979.4.5)

◯4thアルバム『MOONGLOW(1979.10.21)』収録

◯1stコンピレーション・アルバム『COME ALONG(1980.3.21)』収録

◯ベストアルバム『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA(1982.7.21)』収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

1970年代の山下達郎を代表する名曲。日本航空の沖縄キャンペーンソング。

「君と未来の日々めがけ、光る愛の矢を放とう。強く弾け、炎を描き、虹の帯を引いて流れる。二人の行手にはさえぎるものはない。導くままに進もう。」

 

④RIDE ON TIME

作詞 作曲 山下達郎

◯6thシングル(1980.5.1)シングル・バージョン

◯5thアルバム『RIDE ON TIME(1980.9.19)』アルバム・バージョン収録

◯コンピレーション・アルバム『COME ALONG 2(1984.3.5)』収録

◯ベストアルバム『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA(1982.7.21)』収録

◯ライブ・アルバム『JOY-TATSURO YAMASHITA LIVE-(1989.11.1)』収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

シングル・チャート週間3位、年間25位(1980)を記録した、山下達郎の最初の大ヒット曲。

「青い水平線を、今、駆け抜けてく、研ぎ澄まされた時の流れ感じて。ああ、ときめきへと動き出す世界は、忘れかけてた遠い夢の訪れ。Ride on time さまよう想いなら優しく受け止めて、そっと包んで。Oh, ride on time 心に火をつけて、あふれる喜びに広がれ Ride on time」

 

夏への扉

作詞 吉田美奈子/作曲 山下達郎

◯5thアルバム『RIDE ON TIME(1980.9.19)』収録

◯ベストアルバム『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA(1982.7.21)』収録

ロバート・A・ハインラインのSF小説『夏への扉』を読んで、感動し、刺激を受けて、吉田美奈子が詞を、達郎が曲を作った作品。初のアルバム・チャート週間1位、年間39位(1980)を記録したアルバム『RIDE ON TIME』収録曲。ファンには思い入れが強い曲。

「あきらめてしまうには、まだ早すぎる。扉の鍵を見つけよう。もしか君、今すぐに、やり直せなくても、淋しく生きることはない。僕は過去から幸せを持ち、未来へと向かい眠るのさ。そして、ピートと永遠の夏への扉開け放とう。だから、リッキー・ティッキー・タビー、その日までお休み。」

 

⑥SPANISH HARLEM

Jerry Leiber & Phil Spector

◯アカペラ・アルバム『ON THE STREET CORNER(1980.12.5)』収録

達郎が、すべて自分の声で多重録音したアカペラ・アルバムの代表曲。

「There is a rose in Spanish Harlem. A red rose up in Spanish Harlem. It is a special one, it's never seen the sun. It only comes out when the moon is on the run.」

 

⑦LOVELAND ISLAND

作詞 作曲 山下達郎

◯6thアルバム『FOR YOU(1982.1.21)』収録

◯コンピレーション・アルバム『COME ALONG 2(1984.3.5)』収録

◯ベストアルバム『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA(1982.7.21)』収録

◯ライブ・アルバム『JOY-TATSURO YAMASHITA LIVE-(1989.11.1)』収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

アルバム・チャート週間1位、年間2位(1982)を記録した名盤『FOR YOU』収録の有名曲。

「Oh, Love land めくるめく夏の午後、誰もが木陰に逃げ込んでた。焼けつく石畳の彼方に、ゆらめく逃げ水の中から、燃えるようなステップに身を任せ、現れた人は。Oh, Love land 頬にこぼれる汗が、乾いた道の上に落ちると、突然、こんな砂漠の街が、南のオアシスに変わる。」

 

⑧SPARKLE

作詞 吉田美奈子/作曲 山下達郎

◯6thアルバム『FOR YOU(1982.1.21)』収録

◯コンピレーション・アルバム『COME ALONG 2(1984.3.5)』収録

◯ライブ・アルバム『JOY-TATSURO YAMASHITA LIVE-(1989.11.1)』収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

今や、シティーポップを代表する名盤として世界的に有名なアルバム『FOR YOU』の一曲目として収録されている名曲。2000年代に再評価されている曲のひとつ。

「七つの海から集まってくる女神たちのドレスの触れた途端に、広がる世界は不思議な輝きを放ちながら心へと忍び込む。高くて届かぬ愛の行方も、夜を担う夕闇、降り始めたら、素敵なざわめき、心に投げかけて、ただ懐かしい想い出にすりかえる。」

 

⑨MUSIC BOOK

作詞 吉田美奈子/作曲 山下達郎

◯6thアルバム『FOR YOU(1982.1.21)』収録

アルバム『FOR YOU』収録曲で、私が一番好きな曲。吉田美奈子のファンタジックな歌詞と達郎のメロディーが、ピッタリ寄り添っている名曲。

「綴れ織るように少しずつ、歩くことさえ疲れた時は、忘れかけてた古い本のページ、開けてみるのもいい。Oh, music book 開いたら、メロディーの雨が肩を濡らして、Oh, music book それは爽やかなメロディー持って弾む。」

 

⑩FUTARI

作詞 吉田美奈子/作曲 山下達郎

◯6thアルバム『FOR YOU(1982.1.21)』収録

◯ライブ・アルバム『JOY-TATSURO YAMASHITA LIVE-(1989.11.1)』収録

ドラマティックにしっとりと歌い上げるスローバラード曲。

「もう誰もいない静かな街に、もう誰の声も聞こえないほど、深く愛する二人の心には、夜の冷たさも息を潜めたまま。溶け合う影に忍んでくるのは、すべてをおおう、ただ闇の夜。夜がこのまま暗闇へ沈んでも、二人繋がった心は隠せない。」

 

⑪MORNING GLORY

作詞 作曲 山下達郎

◯6thアルバム『FOR YOU(1982.1.21)』収録

竹内まりやへの提供曲のセルフカバー。

「東に向いてるブラインドめがけて射しこんだ光に瞳を開いたら、昨夜の暗闇を濡らしてた雨音、微かに思い出して。表はきっと透き通るような空の色。慌てて飛び立つ翼よ。こんな朝のような心になれそうな、Morning Glory 輝きを Heavenly 浴びせかける Softly 消えゆく悲しみに。Morning Glory いつの日にも Surely 君のそばに Dearly 愛はあるから。」

 

⑫YOUR EYES

作詞 アラン・オデイ/作曲 山下達郎

◯6thアルバム『FOR YOU(1982.1.21)』収録

◯コンピレーション・アルバム『COME ALONG 2(1984.3.5)』収録

◯ベストアルバム『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA(1982.7.21)』収録

◯サウンドトラック『BIG WAVE(1984.6.20)』収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

名盤『FOR YOU』の締めの曲で、山下達郎の代表的なバラード曲のひとつ。

アルバム『BIG WAVE』でも再録されている。

「I'm dreaming and in my dream I see your eyes. They fill my heart with heaven. I'm flying and in the sky I see your eyes. They answer all my longing for you.」

 

⑬あまく危険な香り

作詞 作曲 山下達郎

◯9thシングル(1982.4.5)

◯コンピレーション・アルバム『COME ALONG 2(1984.3.5)』収録

◯ベストアルバム『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA(1982.7.21)』収録

◯ライブ・アルバム『JOY-TATSURO YAMASHITA LIVE-(1989.11.1)』収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

週間12位を記録したシングル曲。2010年代末に、シティーポップの名曲として、世界的に注目されるようになった曲のひとつ。

「あなたの思わせぶりな口づけは、耐えきれぬほどの苦しさ。心は暗がりの扉の影で報われぬ愛の予感に震える。息を潜めた夜に紛れて。忘れかけてた愛の香りよ。一度は傷ついたはずの心で信じ合えるにはあまりに悲しすぎる。」

 

高気圧ガール

作詞 作曲 山下達郎

◯10thシングル(1983.4.23)

◯7thアルバム『MELODIES(1983.6.8)』収録

◯2ndベストアルバム『TREASURES(1995.11.13)』収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

◯コンピレーション・アルバム『COME ALONG 3(2017.8.2)』収録

山下達郎の最高傑作として名高いアルバム『MELODIES』の先行シングルとしてリリースされ、シングル・チャート週間17位を記録。当時は全日空の沖縄キャンペーンソングだった。

「なめらかな白い砂はため息の照り返し、しなやかな南風は舞い上がる長い髪、200マイル飛び越えて迎えに来たのさ、Come with me 連れて行っておくれ、どこまでも。高気圧ガール。」

 

⑮悲しみのJODY(She Was Crying)

作詞 作曲 山下達郎

◯7thアルバム『MELODIES(1983.6.8)』収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

◯コンピレーション・アルバム『COME ALONG 3(2017.8.2)』収録

アルバム・チャート週間1位、1983年間7位を記録した名盤『MELODIES』の一曲目。次作『BIG WAVE』では英語詞版が収録された。

「ジョディ、君となら、きっと分かり合えた。ひと夏が過ぎ去った浜辺は、もう誰もいない。ジョディ、悲しみを消してあげたかった。1人きり泣いていた姿を僕は見てた。君の肩をそっと抱いて歩く夢、今も残っているのさ、ずっと…。」

 

メリー・ゴー・ラウンド

作詞 作曲 山下達郎

◯7thアルバム『MELODIES(1983.6.8)』収録

◯ライブ・アルバム『JOY-TATSURO YAMASHITA LIVE-(1989.11.1)』収録

ベースのリズムがとても印象的な曲。歌詞は、アメリカのファンタジー&SF作家の大御所レイ・ブラッドベリの作品(『何かが道をやってくる』とか?)にインスパイアされたもので、アルバム中で、達郎が最も気に入っている詞だという。

「真夜中の遊園地に君と二人でそっと忍び込んで行った。錆びついた金網を乗り越え、駆け出すといつも月が昇ってきた。心は粉々に砕かれ、失くしてしまった幻のメリー・ゴー・ラウンド、愛さえ。」

 

あしおと

作詞 作曲 山下達郎

◯7thアルバム『MELODIES(1983.6.8)』収録

この曲は、山下達郎の曲の中で、最も好きな作品です。つらくせつない片想いの歌。

「オー、ハニー。夜を解き放つ匂い、風が濡らす黄昏になると、耳慣れた足音、ざわめき混じりの街角から今日も近づいてくるんだ。オー、ハニー。君がいつもの通りを、笑いながら過ぎていく度に、密かなときめきを心に隠して見つめる眼差しに気づくはずもないね。名も知らぬ想いに振り向く人はない。きっと君の目には僕は透き通ってる。」

 

⑱クリスマス・イブ

作詞 作曲 山下達郎

◯7thアルバム『MELODIES(1983.6.8)』収録

◯12thシングル(1983.12.14)

◯2ndベストアルバム『TREASURES(1995.11.13)』収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

山下達郎の代名詞的なクリスマス・ソング。浜田省吾の『ひとりぼっちのクリスマス・イブ』と並ぶ、クリスマスの失恋ソングの定番。

この曲が、アルバムからシングル・カットされてリリースされたのは1983年だが、1989・1990年に、それぞれ週間1位を記録している。また、2000年には週間6位を記録している。年間チャートでは1990年に13位、1991年に22位を記録している。

20年以上聴かれ続けているロングセラーの名曲。

「雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう。きっと君は来ない。一人きりのクリスマス・イブ。心深く秘めた想い、叶えられるはずもない。必ず今夜なら言えそうな気がした。まだ消え残る君への想い、夜へと降り続く。」

 

THE THEME FROM BIG WAVE

作詞 アラン・オデイ/作曲 山下達郎

◯13thシングル(1984.5.25)

◯サウンドトラック『BIG WAVE(1984.6.20)』収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

◯コンピレーション・アルバム『COME ALONG 3(2017.8.2)』収録

シングル・チャートで週間23位を記録。サーフィンをテーマとしたドキュメント映画のサウンドトラック・アルバム『BIG WAVE』(週間2位/1984年間15位)の一曲目で、アルバムのメイン・テーマ曲。

「Out there in the ocean that's my silhouette. Out there waiting where the mountains move. I'm all alone, but I'm at home living with nothing left to prove. We've got summer right here in our hearts. And we move with the tide. We just float in the sun till the big wave comes. Then we ride ride ride.」

 

ONLY WITH YOU 

作詞 アラン・オデイ/作曲 山下達郎

◯サウンドトラック『BIG WAVE(1984.6.20)』収録

全曲英語詞の名盤『BIG WAVE』収録曲中のスローバラードの佳曲。

「A promise, a late night rendezvous. A secret, a time for just us two. For dancing to the radio or just watching the fire glow. Slow motion kiss, it never felt like this. It's like we are on an island. A place to call our own a shiver, a thrill I've never known and when this magic night is gone. In my heart it will linger on only with one girl, only with you.」

 

MAGIC WAYS

作詞 アラン・オデイ/作曲 山下達郎

◯サウンドトラック『BIG WAVE(1984.6.20)』収録

アルバム収録曲として発表された当時は、さほど注目された曲ではありませんが、2020年代になって、シティーポップの隠れた名曲として、特に海外で評判となり、人気が出ているようです。

「The way you whisper in my ear, to make my troubles disappear. It's magic. The way your little fingertips, can make my heart do double flips. It's magic. And when you smile at me that way, well you can warm the coldest day. It's magic. And even when you are gone I find, I hear you laughing in my mind. It's magic. And all I have to do is think of you, to make the music start to play. Then I dance down the street. And the people I meet stop and say, hey hey.」

 

 

I LOVE YOU…Part Ⅱ/Part Ⅰ

作詞 アラン・オデイ/作曲 山下達郎

◯サウンドトラック『BIG WAVE(1984.6.20)』収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

◯コンピレーション・アルバム『COME ALONG 3(2017.8.2)』収録

サントリーのCM曲。アルバム『BIG WAVE』のA面・B面のそれぞれの締めの曲で、達郎自身もとても気に入っているそうです。

「I love you gentle nature, and your skin so soft and warm. But I know you are tough enough to make it through the storm. And when the sun comes out again, I'll be holding your hand because I love you.」

 

㉓風の回廊

作詞 作曲 山下達郎

◯14thシングル(1985.3.25)

◯8thアルバム『POCKET MUSIC(1986.4.23)』収録

◯2ndベストアルバム『TREASURES(1995.11.13)』収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

週間12位を記録した先行シングル曲で、週間1位、年間10位(1986)を記録した傑作アルバム『POCKET MUSIC』のエンディング曲。ホンダのCM曲。アルバム中でも屈指の名曲。

「心にはつむじ風の扉へ続く回廊(コリドー)。陽だまりに髪をとかす、今でも君はそこにいる。振り向いた坂道、涙さえ見せないで去っていった。遥か遠い日の後ろ姿、なんて優しく甦る。」

 

㉔土曜日の恋人

作詞 作曲 山下達郎

◯15thシングル(1985.11.10)

◯8thアルバム『POCKET MUSIC(1986.4.23)』収録

◯2ndベストアルバム『TREASURES(1995.11.13)』収録

◯オールタイム・ベスト『OPUS〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(2012.9.26)』収録

名盤『POCKET MUSIC』(週間1位/1986年間10位)のオープニング曲で、先行シングルとしてリリースされ、週間22位を記録しました。アルバムは1991年、2020年にニュー・リミックス・バージョンがリリースされ、この曲も手を入れられている。

「降り出した雨と動きだす街の灯。立ち止まる君に、ようこそ! 土曜日の夜は始まったばかり。まるで僕たちの愛のようなざわめき。微笑んだ君はやわらかい宝石。見つめる僕はさみしがりやのゆれるアンブレラさ。ネオン色のレインコート、走り抜けてゆく。ごらん、永遠の夢が、ほら、開いた。」

 

㉕メロディー、君の為に

作詞 作曲 山下達郎

◯8thアルバム『POCKET MUSIC(1986.4.23)』収録

このアルバムの中で私が一番好きな曲。隠れた名曲です。歌詞が「明日にかける橋」みたいで心に響きます。

「信じていた約束なんてひとつも叶わない。心の中、つらいことであふれそうになっても、メロディー、君のそばに、いつも僕がいることを、どうぞ忘れないで。生まれること、消え去ること、そんなに違わない。僕らはただ、丘の上で震えるカーニバルさ。メロディー、君のために、嵐の船、打ち砕く、風になりたいから。」

 

THE WAR SONG

作詞 作曲 山下達郎

◯8thアルバム『POCKET MUSIC(1986.4.23)』収録

◯ライブ・アルバム『JOY-TATSURO YAMASHITA LIVE-(1989.11.1)』収録

山下達郎の曲の中では、最も強い社会的メッセージを表現した曲。ロシア-ウクライナ戦争、イスラエル-ガザ戦争、イスラエル-レバノン戦争など、いずれも収束の見込みもない現状を考えると、この曲の今日的意味は極めて大きい。まさに、今こそ、聴くべき曲と言える。

「見上げれば一面にしどけない闇が広がり、テーブルのテレビジョン、瞳のない顔が笑う。悲しみの声は世界に満ち溢れ、夜が近づいてくる。本当のことなんて何ひとつ届きはしない。幸せのふりをして、むせかえる街のざわめき。悲しみの声に応える術もなく、僕はどうすればいい。教えておくれ。このまま僕らは何処へ行くというの。名も知らぬ友達よ。君の国はなんて遠い。道端の子供たち、叫び声は風に消える。誰一人知らぬ間に鋼鉄の巨人が目覚め、老人は冬を呼ぶ。キャタピラの音が響く。悲しみの声は世界に満ち溢れ、夜が近づいてくる。」

 

㉗シャンプー

作詞 康珍化/作曲 山下達郎

◯8thアルバム『POCKET MUSIC(1986.4.23)』収録

繊細で優しいバラード曲。もともと1979年にアン・ルイスのために作られた曲のセルフカバー。

康珍化の作詞で最初に世に出た曲。

「シャンプー、みんながあなたのこと、なんて呼んでいるか、知っているの。シャンプー、短く切った髪を泣きながら洗う、あのこ。忘れなよ、悔しいけど、あんなやつのこと。そんなきれいな髪、いつまでも、他の男がほっとかないから。シャンプー、お願い、そばにきて、昔みたいに笑ってほしい。」