貧困、学力、就職、地域などの格差の問題、さらには虐待、いじめ、育児放棄、介護の問題、はたまた災害や自殺や民俗紛争やパンデミックの被害などを論じるとき、「これは自分の問題ではなく、自分とは関係のない誰かの問題だ」と思う人は多い。

すべては他人事である。

なぜなら、彼らは貧困を、虐待を、差別を、感染を、紛争を知らないから。そして、知ろうとすらしてこなかったから。

さらにその根本原因を言い表わすとすれば、「それらの問題が、彼らの『関心領域』になかったから」と言うことができる。

同じ理由から、アウシュヴィッツの壁の隣で、収容所長ヘスとその一家は、富裕で安全で楽しい、満ち足りた生活を送ることができたのだ。

 

この国でも、戦中戦後生まれのうち、高度成長期に経済的に安定した家庭を築き、教養と学識ある親となった者たちこそが、我が子に「人のことは気にしないでいいから、自分のことだけを考えなさい」と教え、育ててきたのではないか。

だから、そのような既得権益を持つ、家柄の良い富裕な親たちによる利己的な教えで育ち、自分のことだけにかまけて、一生懸命に勉強して、大人になった次世代の為政者や役人や学識者たちにとっても、貧困も格差もいじめも死も、ますます自分たちの問題ではないのだ。これは負のスパイラルである。

彼らは、弱者を自分とは別世界の哀れな遠い存在と見做しながら、ごく自然に無意識に賤しみ軽んじ侮蔑している。

だから、世の中は何も変わらない。綺麗事は言っても、本心では変えようという気がないからだ。

たとえ隣人が餓死しかけていても、「私の問題ではない」と彼らは無視できるのだ。

 

しかし、本当に、そうだろうか。

本当に無視していいことなのか?

 

アメリカの文豪マーク・トウェインは『王子と乞食』の最後で、若い頃、ひょんなことから、こじきの子トム・カンティと入れ替わって貧乏の辛酸を舐めたエドワード王が民に善政を行ったと記した。大臣らが「陛下、さすがにそれはやりすぎでは」と異議を申し立てると、悲しそうな目を向けて、「貧困について其方たちに何がわかる」「わかっているのは民と私だけだ」と述べたと。

このエドワード王の言葉は、若い頃に苦労したマーク・トウェイン自身の言葉だと思う。

わからない(知らない)ということは、例えようもない悲劇であり、罪でさえある。

「知らないから何も感じないし興味もない」で済ませられては困るのだ。

マーク・トウェインの言いたいことは、そういうことだ。

 

イギリスの詩人ジョン・ダンは、やはり、若い頃、カトリックに対する宗教的迫害を受けて、とても経済的に困窮し、裕福な友人たちの援助に頼っていた時期があった。後年、国教会に改宗し司祭となって、セント・ポール大聖堂の主席司祭に出世した。

しかし、若い頃の苦労があったからこそ、『誰がために鐘は鳴ると問うなかれ』の詩が書けたのだと思う。

波に砂がさらわれてゆく。それによって大陸が欠けていくように、その砂(失われた命)は見知らぬ誰か(の命)ではない。欠けていくのはあなた自身なのだ。

死を弔う鐘は、あなたの知らない誰かのために鳴っているのではない。鐘はあなたのために鳴っているのだ。

ジョン・ダンはそう書き遺した。

 

この世のあらゆる問題の原因は、自分とは関係ない誰か他の人たちにあるのではない。

問題の原因は、私自身にあり、あなた自身にある。

そこから目を逸らせてはならない。

この世に「あなたに関係のない問題などない」のだから。

マーク・トウェインやジョン・ダンの言いたいことは、そういうことだ。

 

 

 

 

21世紀初頭まで、鳥類の起源は、1億5000万年ほど前に恐竜から派生した始祖鳥(アーケオプテリクス/全長50cm)であると言われてきました。1860年に、ドイツのバイエルン州の後期ジュラ紀の地層から最初の化石が発見されて以来、150年の長きに渡って「始祖鳥は鳥類の祖先である」と考えられてきたのです。

しかし、現在では、「始祖鳥は鳥類の祖先に近い生物ではあっても、直接の祖先ではない」と考えられています。より正確に言うと、2010年頃までに、「鳥類」という用語について「鳥類⇨現生鳥類(新鳥類)の最も近い共通祖先とその子孫」という定義が定着したことで、「始祖鳥は『鳥群(=鳥翼類⇨原鳥類に属する羽ばたき飛行可能な翼と羽毛を持つすべての恐竜とその子孫である鳥類)』には含まれるが『鳥類』には含まれない」という見解が古生物学会の定説となったのです。

つまり、名前の意味するところに反して「始祖鳥は鳥類の始祖ではない」ということです。

 

ちょっと話がややっこしいので順に説明していきます。

まず、大きく恐竜の系統図から考えると、恐竜を骨盤の形から「鳥盤類」と「竜盤類」の二つに分けて分類した場合、長い間、鳥類は「鳥盤類」の系統とされていました。

しかし、現在では、鳥類は、アメリカのコロラド州の後期ジュラ紀の地層から発見されたステゴサウルス(全長7m/装盾類)、前期白亜紀のイグアノドン(全長8m/鳥脚類)、後期白亜紀のトリケラトプス(全長9m/角竜類)やアンキロサウルス(全長9m/装盾類)など、外見に目立つ特徴があることから、一般に人気のある種の多い四足歩行の草食恐竜の系統である「鳥盤類」ではなく、後期白亜紀のティラノサウルス(全長13m)など、典型的な大型肉食恐竜の系統を含む「竜盤類」から派生した種であることがわかっています。

 

また、「竜盤類」は、「竜脚形類」と「獣脚類」という二つのカテゴリーに分かれます。

このうち四足歩行の「竜脚形類」は、後期ジュラ期のアパトサウルス(全長26m)やブロントサウルス(全長21m)やブラキオサウルス(全長27m)、後期白亜紀のアルゼンチノサウルス(全長36m)やアラモサウルス(全長30m)など、地球史上最大の陸上生物とも言われる大型草食恐竜の系統です。

一方、二足歩行に特徴のある「獣脚類」には、上記したティラノサウルスの他にも、中期ジュラ紀のメガロサウルス(全長8.5m)や後期ジュラ紀のアロサウルス(全長8.5m)、後期白亜紀のスピノサウルス(全長14m)などの大型肉食恐竜の系統が含まれますが、それ以外にも、鳥の祖先(原鳥類)を含む小型肉食恐竜の系統が含まれます。

 

さらに獣脚類の中の「原鳥類」は、全身の羽毛と鉤爪と(主に原始的な)翼を共通の特徴としており、「鳥群(鳥翼類)」と「デイノニコサウルス類」の二つに分類されます。

このうち「デイノニコサウルス類」は、二足歩行で疾走する恒温性の羽毛恐竜の仲間で、束状に強化された尾に特徴のある後期白亜紀の「ドロマエオサウルス科(走るトカゲ)」の羽毛恐竜(全長2m)と、鳥類に最も近い脳を有し脳容量が中生代で最も大きかったとされる後期白亜紀の「トロオドン科」の羽毛恐竜(全長2m)の系統を含みます。

 

一方で、現生鳥類の系統を含む「鳥群(鳥翼類)」は、上記したように「原鳥類に属する羽ばたき飛行可能な翼と羽毛を持つすべての恐竜とその子孫である鳥類(2001)」と定義されています。

より正確に言うと、大型で第二指の鋭い鉤爪と全身を覆う羽毛を持ち、二足歩行で疾走する前期白亜紀の恒温性肉食恐竜デイノニクス(全長3.5m/原鳥類ドロマエオサウルス科)や同じく後期白亜紀の疾走する二足歩行の羽毛肉食恐竜であるステノニコサウルス(全長2.4m/原鳥類トロオドン科)などを含む『「デイノニコサウルス類」より現生鳥類に近いすべての獣脚類』が、「鳥群(鳥翼類)」には含まれています。

 

また、「鳥群(鳥翼類)」のカテゴリーは、さらに「古鳥類」と「真鳥類」に分かれます。

「古鳥類」には、後期ジュラ紀のアンキオルニス(全長40cm「ほとんど鳥」)や始祖鳥(アーケオプテリクス)、前期白亜紀の孔子鳥、そして、白亜紀(前期〜後期)に多様に発達・進化した「エナンティオルニス類」が含まれます。

ただし、最近の学説では「始祖鳥や孔子鳥は羽ばたいて飛行する能力はなかった」と考えられており、そうすると、始祖鳥と孔子鳥は「古鳥類」にも「鳥群」にすらも含まれず、原鳥類でもデイノニコサウルス類に近い種ということになり、「古鳥類」に含まれる種は、羽ばたき飛行可能な「エナンティオルニス類」のみということになりそうです。

「エナンティオルニス類」は、現生鳥類とは異なり、クチバシに歯を、前足(翼)には指と爪を残していましたが、大洋を渡る飛翔力を有しており、汎世界的に分布した最初の(歯のある)鳥(全長1m)となりました。事実、エナンティオルニス類の化石は、南極とアフリカを除くすべての大陸で発見されています。

しかし、最初に述べたように、エナンティオルニス類を含めてすべての古鳥類は、白亜紀末のK-Pg境界に絶滅しており、現生鳥類の直接の祖先ではないので、「古鳥類」は「鳥群」には含まれますが「鳥類」のカテゴリーには含まれません。

 

さらに「真鳥類」には、「現生鳥類(新鳥類)」と、現生鳥類に極めて近縁で現生鳥類との共通の祖先から分岐したと考えられる「ヘスペロルニス類」と「イクチオルニス類」が含まれます。

「ヘスペロルニス類」は、最古の潜水鳥類(全長1.8m)として知られており、恐竜類としては初めて海洋に進出した種です。ただ、ヘスペロルニスの翼はペンギンのように小さく退化してしまっていて、飛ぶことはできなかったようです。

「イクチオルニス類」は、ヘスペロルニスよりもはるかに小型で長いクチバシを持つ水鳥(全長20cm)です。イクチオルニスの翼は長く発達しており、羽ばたき飛行ができました。

この二つの種、「ヘスペロルニス類」と「イクチオルニス類」は、共に、北半球に広く生息していたクチバシにギザギザの歯を持つ水鳥ですが、白亜紀末に他の恐竜種と共に絶滅し、その子孫は残っていません。ですから、この両種も「真鳥類」ではあっても、現生鳥類(新鳥類)の直接の祖先(鳥類)ではありません。

つまり、鳥類という種は、6550万年前のK-Pg境界絶滅イベントを生き延びた恐竜の唯一の系統群なのです。

 

では、最古の鳥類と言える生き物(現生鳥類の最も近い共通の祖先)は何なのでしょうか。

2月5日のネイチャー誌に、「最も古い現生鳥類の頭部の化石が南極大陸で発見された」と発表されました。これは、直径10㎞を超える巨大隕石チクシュルーブのユカタン半島への直撃(6550万年前)で恐竜が絶滅する前、6800万年前(白亜紀末)に生息していたヴェガヴィスという名の絶滅種の水鳥(全長80cm)の化石です。今回発見された頭蓋骨によって、ヴェガヴィスが現生の水鳥に近い生き物であったことがわかってきました。

当時、南極大陸は冷帯の森林地帯で、水鳥の生息に適した環境だったそうです。この歯のない尖ったクチバシを持つヴェガヴィスは、南極大陸という僻地で、北半球(ユカタン半島沖)への巨大隕石落下後のカタストロフ(大量絶滅)を生き延び、現生鳥類(新鳥類)の一系統(カモなどの水鳥)の先祖の一つとなった可能性があると考えられています。

そこから、おそらく、このヴェガヴィスは、最古の鳥類に繋がる系統の一つであろうと思われます。そして、もしかしたら、南極こそが、すべての現生鳥類の故郷かもしれないのです。

というのも、南極以外の土地で白亜紀末に繁栄していた鳥類は、歯と長い尾などを持ち、現生鳥類とはかなり違った奇妙な生き物(エナンティオルニス類など)であり、そして、そのほとんどすべてが巨大隕石の衝突による環境激変によって滅びたと推測されているからです。

K-Pg境界絶滅イベントを生き延びた恐竜は、当時、南極大陸に生息していた鳥類だけだった(?)」ということは十分にありうることです。

ただ、残念ながら、現在、「最古の鳥類(現生鳥類の最も近い共通祖先)は何か?」という疑問に対する明確な答えは判明していません。

今のところ、ヴェガヴィスも、最古の鳥類の候補の一つに過ぎないのです。

 

さらに、もう一つの有力な説として、「最初期の鳥類ではないか?」と議論されているのは、1億6000万年前(ジュラ紀)の地層から発見された始祖鳥よりも原始的な鳥群(鳥翼類)の種であるアウロルニス・シュイです。2013年に中国遼寧省で発見された羽毛を持つ恐竜の化石を、地元のディーラーから研究者のパスカル・ゴドフロアが購入しました。しかし、はたして、この種から本当に現生鳥類が進化したのか、あるいは化石が偽造ではないのか、研究者の間でも判断が難しいようです。

実際、鳥群(鳥翼類)には、アウロルニスだけでなく、アンキオルニスや孔子鳥やクラトナビスのように、中国の地層でしか化石が発見されていない種も多いのです。これらが、偽造化石かホンモノか、判断するのは、研究者たちにとっても、なかなか困難なようです。

私としても、アウロリヌス含めて、中国の遼寧省などで、研究者によって発見されたのでなく、農夫など素人が発見したものとして、ディーラーによって商品として取り扱われていた化石は、人工物である可能性が高いと感じざるを得ません。

今月13日にネイチャー誌に掲載された福建省で発見されたとされるジュラ期の鳥類と思われる化石についても、これは研究チームによる発見だそうですが、それでも疑惑はあると思ってしまうのです。

始祖鳥の発見された年代より2000万年も前の中期ジュラ紀の化石が、現生鳥類の特徴を有しているというのが、簡単には納得がいかないわけです。

世紀の大発見か、手の込んだ捏造なのか、誰かの作った人工化石が歴史になってしまうのか…。

 

◎恐竜⇨竜盤類⇨獣脚類⇨原鳥類⇨鳥群(鳥翼類)⇨真鳥類⇨現生鳥類(新鳥類)⇨ヴェガヴィス

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⇨ヘスペロルニス類

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⇨イクチオルニス類

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⇨古鳥類⇨始祖鳥(アーケオプテリクス)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⇨エナンティオルニス類

・・・・・・・・・・・・・・・⇨デイノニコサウルス類⇨ドロマエオサウルス科⇨デイノニクス

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⇨トロオドン科⇨ステノニコサウルス

・・・・・・・・・・・⇨メガロサウルス・アロサウルス・スピノサウルス・ティラノサウルス

・・・・・・・⇨竜脚形類⇨アパトサウルス・ブロントサウルス・アルゼンチノサウルス・アラモサウルス

・・・⇨鳥盤類⇨ステゴサウルス・イグアノドン・トリケラトプス

 

◎K-Pg境界絶滅イベント⇨顕生代における5大カタストロフのうち、最後のもので、中生代白亜紀と新生代の境目で起きた大量絶滅事件で、恐竜、翼竜、首長竜、モササウルス類、アンモナイト、厚歯二枚貝が絶滅したほか、海洋のプランクトンや植物類含めて、生物全体で種の75%が絶滅し、個体数では99%以上が死滅した。

この大量絶滅の引き金になったのは、顕生代では最大規模の隕石落下(3大インパクトの最後)とされるユカタン半島沖への直径10Km以上の超巨大隕石の衝突であった。この時の痕跡は既存のクレーターとしては3番目に大きい直径177Kmのチクシュルーブ・クレーターである。しかし、衝突当時のクレーターの直径は300Kmにも及んだとされる。そして、衝突時のエネルギーは広島型原爆の58億倍と推定されている。

さらに、この隕石衝突によって、大規模な酸性雨が起こったことがわかっている。

 

今日、たまたま、沖縄市コザにある戦後日本初のショッピングモールとして1954年にできたプラザハウス・ショッピングセンター(ロージャース)で、ハラミちゃんが演奏していました。
最後に聴いたビートルズのヘイジュードは、これまで聴いたことのないアレンジで、熱のこもった素晴らしい演奏でした。
サプライズだったらしく、聴いていたのはほんの十数人。偶然のラッキーな出会いでした。

 

立花孝志氏や斎藤元彦氏の信者ら(「チームさいとう」など)のデマ拡散によるSNS上での誹謗中傷が原因で精神的に追い詰められていき、1月18日に自殺した竹内元県議の死について、19日に報道されると、立花孝志氏は、すぐさまX及びYouTubeで「竹内氏は警察から事情聴取を何度も受けていたし、逮捕が近づいていたので自殺したのでしょう」「(竹内氏は)明日、逮捕される予定だったそうです」「(竹内氏の自殺は)自業自得でしょう」「あまり同情できない」と発信しました。

 

しかし、20日に兵庫県警本部長が県議会で「竹内氏が警察から任意の事情聴取を受けたことはありませんし、まして逮捕するという話は全くありません」と立花孝志氏の発言を全くの事実無根と全面否定した後には、立花氏は「間違いでしたので訂正して謝罪します(ただし、竹内氏本人や遺族に対してではなく、兵庫県警への謝罪)」と発言することになりました。「死んだって自業自得でしょ」「同情はできない」と激しく誹謗中傷していたのに何の根拠もなかったことがはっきりしたわけですが、それに対する碌な反省もないようです。少なくとも、竹内氏の名誉をデマによって傷つけたことに対する謝罪も後悔も反省もないのは明らかです。

 

立花孝志氏は「竹内氏は、明日、逮捕される予定だ」と信頼できる(???)2人の人物(ソース)から聞いていたと述べています。しかし、そうすると、これまでの立花孝志氏の発言の全てが、彼が信頼できる(?)と考えていた(と本人は言っている)、本当は全く信頼できない情報源からの又聞きを根拠としたデマ情報であった可能性が濃厚になってきたように思われます。

しかも、過去の言動から考察すると、立花氏本人は、その情報が不確かであることを承知の上で、さらに勝手に話を盛って、それをいかにも真実であるかのようにまくし立てる傾向があります。その上、ウソであることがバレても、まったく気にしません。

 

それどころか立花孝志氏は、謝罪から2日後の22日には「竹内元県議が警察が把握できない、もしくは警察が裁けない悪事をしていたことは明らか」と、相変わらず根拠のない故人への非難中傷を繰り返し、「竹内元県議が警察も掴んでいない危険な状況に追い込まれていたから自殺したと考えるのが合理的な賢い人の思考」と意味不明の陰謀論を振りかざし、「竹内元県議が、SNSでの非難中傷を苦に自殺したと考える人は思考が単純過ぎる」と上から目線でのたまっています。その上、「私の言動が理由で自殺したと考える人はバカすぎる!」と責任回避の空論を言い立てて、あさましくもムダな抵抗を試みているのです。

この男、もはや、つける薬はありません。

 

こうしたことから、「斉藤知事のパワハラはなかった」「自殺した元県民局長は10年間で10人と不倫した/加えて不同意性交があった(⇦立花氏曰く、根拠なく話をもった(出来心)「十年を10人と言い間違えたけど、まあいいかと(本人言)」/つまりは、死人に口なしであることをいいことに死者を欲しいままに冒涜した)」といった立花孝志氏の悪質で確信犯的なデマに踊らされた正当性のない県知事選挙で、斉藤元彦氏は兵庫県知事に再選したのだということが、いよいよはっきりしてきたわけです。

悪質な情報操作とデマの拡散が決め手で県知事が選ばれるなど、民主主義の敗北と言わざるを得ません。

 

そして、もう一つ、気になることは、斉藤元彦氏は、県知事選で自身の選挙戦を側面援助してくれた二人三脚の相手である立花孝志氏を、決して正面から非難することができないということです。立花氏を非難すれば、デマと偽装演出と情報操作で組み上げた自身の選挙戦のあり方の正当性が、さらに揺らぐことになるからです。

その意味で、斉藤元彦氏と立花孝志氏は、盟友(同じ穴のムジナ)であると見られても仕方のない面があります。

 

そして、最大の問題は、立花孝志氏と斎藤元彦氏の信者たちの動向です。カルト信者というものは、教祖が警察に逮捕されようと有罪判決を受けようと、教祖の教えだけを信じ続けるものです。

オウム真理教の場合がよい例で、教祖が死刑執行されても、いまだに教団自体は名を変えて活動を続けています。

信者というものは、本当に厄介です。

大切なことは、カルトの社会的影響を最小限に抑え込むことです。そうして次に起こる悲劇をなんとか防ぎたいものです。

 

最後に、この『人間デマ発信機』立花孝志氏が応援する斉藤元彦氏を県知事に再選させた兵庫県民…。

見識がなさすぎるのでは?

 

 

※22日夜には、立花孝志氏が週刊文春の立花氏批判が原因でSNSを利用して自殺予告動画をあげるという自殺未遂(?)騒動を起こしました。

しかし、その当日午後までの立花氏の持論は「批判を受けて自殺する政治家は今すぐ辞職した方がいい」「政治家なら、SNSや街頭で非難中傷を受けようと、ひっきりなしに電凸されようと、メディアに批判されようと、自分のしていることが正当であるという自信があるならば、冷静に反論して打ち返すことができるはず」「自殺をするのは、後ろ暗いことをしていた自覚があるから逃げたのだ」「ひきょうだ」「同情はできない」というもので、これまで、そうした主張を繰り返して、自殺した故人を鞭打ってきました。

その立花氏が、マンション13階から飛び降りるという自殺予告動画をあげ、大騒ぎを起こして警察に保護され、今度は「生きていますので心配しないでください」とふざけた投稿をXにあげています。

いったい何のパフォーマンスだと呆れるばかりです。立花氏が、文春砲の砲撃によって改心したとか、意味不明なんですけど。オールドメディアなんか信じないんじゃなかったんですか?

この場合、これまでの立花氏の持論に沿って考えれば、「自殺未遂に及んだ立花孝志氏の手が、悪事に真っ黒に染まっていたのは明らかで、批判に耐える覚悟もない立花氏は、今すぐ政治活動から手を引いて、世間から姿を消した方がいい」と考えるのが合理的な賢い人の思考ということになるのでしょうね。「これくらいのことで自殺をはかるような人間は政治家しちゃいかんでしょう」と立花氏本人も20日に言っていましたし。

それにしても、自分のウソで元局長や元県議などの死者を冒涜し、遺族を傷つけ、人を自殺に追い込んだことを心から反省し、本気で死ぬ気ならば、警察や周囲を振り回さず、誰にも迷惑をかけることなく、何のパフォーマンスもなく、大人しく死んでいくでしょう。

それを、自殺予告動画で大騒ぎとか、ガッカリさせてくれるものです。同情の余地はまったくありません。それどころか、計算高く姑息なパフォーマンスとしか思えません。こんなケチな演技に誰が誤魔化されると思っているのか。国民をバカにしているのでしょうか。

 

さて、その後、結局、立花氏は、お芝居の狂言自殺だったことを動画で明らかにしました。自分だけを悪者にする文春に恨みがあったそうです。

立花氏は、ヤジであれ罵声であれ非難轟々であっても、ともかく注目を浴びていなければ気が済まない人なのかな?

例えば、竹内元県議を自殺に追い込んだデマといわれない非難中傷を拡散した中心人物として批判されても、まったく懲りることなく、ふざけた狂言自殺を演じ、大騒ぎになって、警察に保護されても、まったく悪びれるところがない。ちょっと普通の感覚ではない。

演技性パーソナリティ障害?

ともかく立花孝志氏は、何をしても許されるとたかを括って、国民をなめくさった態度で調子に乗っていますが、ここまでふんぞり返らせるに至った成功体験(兵庫県知事選挙での勝利)を与えた兵庫県民の罪は、本当に重いとつくづく思います。

近頃、「量子力学」という言葉が、スピリチュアル・オカルト界隈で、ひとり歩きしています。

自己啓発セミナーやお手軽な意識の覚醒指導などに興味を持つ人たち、NLP(神経言語プログラミング)や引き寄せの法則をかじった人たちの多くが、「人間は自分の望む結果を得るために、自分の脳を言語によってポジティブなものに自在にプログラミングできる(NLP)」そして「ポジティブな思考が良い体験を、ネガティブな思考が悪い体験を引き寄せる(引き寄せの法則)」さらに「常にポジティブな思考をするように自分の脳をプログラムすることで、望みのままに幸福な人生を歩むことができるようになれる」と考えており、その科学的根拠として「量子力学がそのことを証明している」と主張するのです。


しかし、それは本当なのでしょうか?

はたして、本当に量子力学は、NLPや引き寄せの法則が正しい教えであると科学的に証明しているのでしょうか?

今回は、この問題について考えてみたいと思います。


まず量子とは何でしょうか。

量子とは、陽子、中性子、クォーク、電子、ニュートリノ、光子など、原子以下の小さな物質やエネルギーのことを指します。

そして、ニュートンの古典力学の法則に当てはまらないふるまいを示す、原子より小さな量子の動き(運動法則・力学)をどう考えたら良いのか、その問題は、今でも科学者を悩ませています。この問題を追求する学問が量子力学です。


量子力学とは、例えば、「光や電気は、粒子(光子・電子)であって、同時に波(波動)でもある」とか、「光の速度は変わらないが、物体の速度が光速に近づくほど、動かない外部と比べて物体内部の時間は引き伸ばされ、光速で移動している物体の時間は無限に引き伸ばされる(すなわち、外部からは静止状態と見える⇨特殊相対性理論)」とか、「微粒子の世界では、観測(光子の衝突)によって、観測対象の状態が変化する(位置も運動量も、観測するまでは決まらない⇨なぜなら観測によって結果が変わるから)」ということに関わる非常に微細な世界の学問です。


また、「エントロピー(無秩序さ・乱雑さ)は、時間の経過とともに増大する(ビッグバン理論)」という従来の熱力学的エントロピーの考え方とは異なり、一部でエントロピーが減少するという現象(量子もつれ)を示す量子エントロピーの考え方は、重力についての量子力学と一般相対性理論との統合という課題の解決に向けて、また、ブラックホールという天体現象を解明する試みにも寄与しています。


つまり、量子力学とは、私たちが実際に生活していて感じ取れる自然界の動きとは隔絶した極小の微粒子の世界、はたまた逆に、広大無辺の宇宙の謎を解き明かすための学問です。ただし、実際に解明されていることは少なく、まだまだわからないことばかりというのが、この分野の学問の進展状況の実際のところだと思います。

私たちは、宇宙の始まりとは何か、終わりとは何か、宇宙に果てはあるのか、ブラックホールに吸い込まれた物質や光はどこへ行くのか、まだ知りません。


さて、ここで最初に述べた問題に戻ります。

ここまで説明してきた『自然界についての知識の未知の地平を切り開こうという学問である量子力学の考え方を、いかにも安易に人間の意識の問題に当てはめて考えようとする〝スピリチュアル量子力学〟が、現在、なぜか巷では氾濫している』のです。


具体的に言うと「観測されるまで、その量子の位置や運動量は確定できない(観測されて初めて、その量子の存在が確定する⇨なぜなら観測で光子が反射〈衝突〉する時に量子は状態が変化するから)」という量子力学の考え方を、人間の意識と現実世界の現象の関係に当てはめて、「人間が意識を向けて初めて、その現象は現実のものとなる(見ることで現実が変わる)」と考えるわけです。そして、「あなたが意識を変えれば(新たな視点で見れば)現実が変わる(そのことは量子力学が証明している)」と主張するのです。


大きな間違いです。

量子力学においては、観測(見る)という行為によって、観測対象についての情報や知識が増える(更新される)だけであって、「見る」という受動的な観測行為が、観測対象に物理的な影響を与えるわけではないのです。

つまり、量子力学によれば、あなたが、何をどう見ても、その「見る(意識する)」という受動的行為によって、その見ている対象(現実)に影響を与えることは、一切ないということです。


加えて、量子力学は、あなたの意識に何の関係もありません。たとえ、量子力学が、人間の意識と何らかの関係があるとしても、それについて現代の科学では何もわかっていません。たとえ量子が人間の意識に影響を及ぼすとしても、その影響がどの程度なのか、どういう性質のものか、全く分かりません。それこそ、「宇宙の始まる前はどんな世界だったのか?」わからないのと同レベルで、何もわかっていないのです。

「量子力学が、人間の意識と素粒子の波動との関係性を証明した」と誰かが言うかもしれませんが、それは間違いです。実際には、何も証明されていません。


そして、あなたがどう意識を変えようと、あなたを取り巻く現実は変わりません。あなたの意識の変化によって、変わらない現実に対する、あなたの向き合い方が変わるだけです。あなたは現実を拒絶するか、受け入れるか、自由意志によって決めることができます。ただし、その決定によって、あなたの意思で関わっている一部の状況を除いて、あなたの周囲の現実が変わるわけではありません。

あなたの無意識は、周囲の人の無意識とシンクロして、互いに影響を与え合っているかもしれません。しかし、意識のコントロールが無意識に及ぼす影響は計り知れないものです。一個人がポジティブな姿勢を意識したぐらいでは、現実の状況がそれほど大きく変わることはないでしょう。


そもそも、常識的に考えて、まともな人であれば「自分の意識の持ちようで、自分を取り巻く世界が変わる」などとは決して考えないはずです。そう考えられる人は、よほど自己中心的で傲慢な人です。

人類社会において、すべての人の意識は、世界に対して等しく影響力を持っているはずです。あなたの意識は、そうした無数の意識の一つ(81億分の1)に過ぎません。その程度の影響力はあるでしょうが、それが現実そのものを単独で変える力には、どう考えてもなり得ない。


量子力学は、あなたの生活に関わる現実のいかなる変化も保証しません。それどころか、量子力学は、あなたの人生にほとんど関わることはありません。それは、ちょうど「宇宙の終わりや始まりはどのようなものか」「宇宙に果てはあるのか」「ブラックホールに吸い込まれた物質やエネルギーはどこへいくのか」といった疑問の答えが、あなたの人生にほとんど影響を与えないのと同じことです。


量子力学を、スピリチュアル・カウンセリングの道具として利用するのは、悪質な詐欺行為です。

量子力学によって、潜在意識をコントロールすることなどできません。できたと思ったとしたら、それは勘違いです。

哲学的な悟りや意識の覚醒にも、量子力学は関係しません

また、ポジティブな意識の覚醒や哲学的悟りが、あなたの実生活を必ずしも成功に導くとは限りません。逆に、そうした哲学的な悟りや意識の覚醒が、現世的には不幸を招くことも多々あるでしょう。それは、ソクラテスや孔子やマルクス・アウレリウスの人生を考えても明らかです。


ソクラテスは、当時、ギリシャ世界一の知恵者でしたが、経済的にも政治的にも成功しませんでした。それどころか、若者たちをよからぬ考えで惑わした罪で裁判にかけられ、死刑宣告を受け、その宣告に服して毒杯をあおり、一文無しで死にました。

孔子は弟子たちと諸国を巡り、自分の教えを受け入れてくれる君主を探しましたが見つからず、可愛がっていた弟子たちは次々と死んでいき、苦難の放浪の末に亡くなりました。

ストア派の哲人皇帝として名高い賢帝マルクス・アウレリウスは、生涯、ゲルマン人の侵攻や部下の裏切りに悩まされ、「戦争とはこれほど悲惨なものか」とつぶやきながら、遠征軍のテントの中で病死しました。

いかなる勉学も精神修業も意識の覚醒も、彼らに現世的幸福をもたらすことはなかったのです。むしろ、彼らの意識の覚醒は、彼らの人生に大いなる苦難を与えました。


繰り返しますが、量子力学を学ぶことや意識の覚醒が、あなたの現世利益の獲得に資することは、おそらくほとんどありません

たとえあったとしても、それは「芸は身を助ける」レベルの利益をもたらしてくれるだけで、それ以上のものではありません。

なので、馬鹿げたスピリチュアル商法にたぶらかされて、無益な散財をしないように気をつけてください。

科学(量子力学)をスピリチュアル商法(詐欺)の道具として利用する罰当たりな者たちに簡単に騙されてはなりません。

そのような危険な精神的指導者についていくことは、結果として、あなたの現実認識を歪め、あなたの人生に良くない影響を及ぼすでしょう。


私はスピリチュアルを否定する者ではありません。例えば、ホメオパシーやバッチ・フラワーレメディーやオーラソーマやタロットやカバラや占星術や姓名判断や四柱推命など、いずれも興味の尽きない研究対象と考えています。その効力を、身をもって体験して知ってもいます。

けれども、科学的にそれらのスピリチュアルな現象を証明できるとは思いません。そんなことは現代の科学では不可能なのです。

その証明不可能なこと(スピリチュアル・オカルト)を「科学が証明している」とこじつけることを〝疑似科学(ニセ科学)〟と言います。


疑似科学がはびこるのは、一つには「科学的に証明できないことはウソ」という社会的風潮が蔓延しているからです。けれども科学が証明・解明できるのは、この自然界の現象のほんの一部にすぎないのです。

スピリチュアルな事象を、無理に科学的に解明しようとする必要はありません。そのような疑似科学は、スピリチュアルな事象をより軽薄で皮層的なものにしてしまいます。

わからないことをわからないと認めること(無知の知)は哲学の第一歩です。安易に現実を変えようとすることが良い結果を生むとは限りません。それ以前に、人は現実の奥深さをもっとよく知ることが大切なのです。

また、意識のコントロール・成長・覚醒などというものは、そんなに簡単にプログラミングできるものではありません。

安心・お手軽スピリチュアルは、あなたの精神の成長を阻害する非常に危険なものです。

よくよく注意し、警戒してください。


また、よくわきまえている方が、他人に分かりやすく説明するための方便として、スピリチュアルな事象の説明に量子力学的な考え方を利用(援用)することも、現状の社会情勢を考えると、碌な結果にならないと思うので、控えていただきたいのです。

そうした親切な説明が仇になって、疑似科学を信じ込んでしまう人たちが多く見受けられるからです。


最後に、再度、まとめとして言っておきます。

量子力学は、未知の領域が本当に広い学問です。まだ、何もわかっていないと言っても過言ではありません。

何もわかっていないことを、いかにもすべてわかっている、そして既に証明されているというように振る舞ったり説明したりするのは詐欺です。そうした詐欺行為の横行は社会に良い影響をもたらしません。

だから、スピリチュアル量子力学やNLPなどの疑似科学に騙されてはならないのです。


それに、ポジティブな人間は幸せに、ネガティブな人間が不幸になるというのも間違いです。

私は基本的にネガティブ思考の人間ですが、それでも、とても幸せに生きています。

何事も、それ(引き寄せの法則)ほど単純ではないのです。