2017年頃から、突如、中国社会で、インフルエンザや麻疹やエイズウィルスや振り込め詐欺のように、各地で拡散しつつ流行している不可思議な現象がある。
大陸で連日、テレビ放映されているワンパターンの抗日ドラマなどより、よほど時代考証もしっかりした、一着十数万円もする精巧な旧日本軍の軍服コスプレ衣装を身につけて、中国では抗日戦争終結記念日にあたる8月15日に、上海の抗日戦争記念館前で、男4人で勢ぞろいして日本の軍歌を口ずさみ、往年の日本の将兵に想いを馳せつつ、大胆不敵な記念撮影を敢行(2017年8月)し、さらに、その衝撃写真をネットの個人ページに投稿した若者グループが、警察に拘留されるという事件が起きた。彼らは、右翼団体の日本人ではない。全員、20代の中国人である。
あるいは、南京大虐殺があったとされる南京の戦跡で、同じように実にリアルな本物そっくりの旧日本軍の軍服コスプレ衣装に加えて、日章旗や軍刀や三十八式歩兵銃(エアガン)まで持って記念写真を何枚も撮影(2018年2月)し、それらの写真をSNSに投稿したために、当局に拘留された2人組の若者もいる。彼らも極右日本人ではなく、生粋の中国人である。
来日時に、わざわざ広島県呉市江田島の旧海軍兵学校で、旧帝国海軍帽を買って行く中国人の若者もいる。
このように、これまでの中国では考えられないような、実に不可思議な行動を実行に移して、 物議を醸す若者たちが、中国各地に現れているのだ。なぜ、習近平時代の現代中国の若者たちが、太平洋戦争当時の旧日本軍の軍服や装備に、そこまでマニアックに惹かれるのか、謎としか言いようがない。
ともかく、旧日本軍コスプレの愛好者は、中国全土で確実に増加しており、彼らの旧日本軍賛美の言動と行動が、各地でちょっとした騒ぎを引き起こしている。
江蘇省でも旧日本軍の軍服姿で10人以上が街を練り歩いて騒ぎとなり(2018年10月)、山東省でも旧日本軍の軍服コスプレ衣装で街を練り歩いていた(2019年1月)男性6人が公安当局に拘束された。
他にも、旭日旗を背景に「大日本帝国」と楷書で縦に墨書きされた復古調デザインのTシャツ姿で街を歩いていて、当局に拘束された若者もいる。また、警察に捕まる前に、旧日本軍人コスプレを周囲の民間の中国人に見咎められ、袋叩きにされた若者たちも多い。
また、インターネット上に「もう一度、日本軍に南京虐殺をさせるべきだ」と書き込んだ南京在住の27歳の男性は、その言動を問題視されて警察に拘留(2018年3月)された。さらに、中国版Twitter「微博」に「安倍首相は俺のオヤジだ」と書き込んだことを理由に、18歳男性が逮捕された(2018年8月16日)という事件もある。


こうした彼らの過激な親日行為は、世界的にも珍しい、まったく新しいタイプの既存社会に対する反抗と考えられている。また、日本でならば、悪質な悪ふざけとして、たしなめられる程度で済む不良行為も、中国では深刻な「反社会的不法行為」と見做される、という社会の側の問題もある。中国政府の問題の取り上げ方も、相当に威圧的なのである。
上記の行為を行うような若者たちは、中国のネット言論では、あるいはマスコミなどでも、「旧日本軍を当時のアジア最強軍と礼賛し、勤勉・礼節を重んじる日本の伝統と文化を愛し、ついには自ら中国人であることを否定して、『自分は精神的に日本人だ』と考えるに至った、極端な日本信奉者の若者たち」と考えられており、彼らのことを、最近は「精神日本人(略して精日)」と呼ぶようだ。
彼らは、正確な歴史検証に基づいた軍服や、オークションなどで購入した本物の旧日本軍の勲章や精巧なレプリカの銃剣・軍刀などを大金をはたいて手に入れる。旧日本軍に関する歴史的な知識や軍事的な専門知識も相当に豊富である。
こうした〝精日〟を表明する「軍服グループ」の若者の数は、現在、中国全土で1000人ぐらいはいるだろうと当局はみている。そして、彼らの一部は、母国である中国を、自分の祖国ではないと否定して「あなたの国」「支那」などとと呼ぶ。
彼らの旧日本軍への同化意識の表明は、中国社会では、日中戦争を戦った〝中国の祖国防衛の英雄たち〟への絶対に許されない悪辣な冒涜行為と考えられている。その社会的タブーを、これ見よがしに破ってみせる過激な姿勢は、思春期の稚拙な反抗の表れという面も確かにある。
しかし、この問題をかなり深刻に捉えている中国政府は、彼ら「精日分子」による旧日本軍の賛美行動を取り締まる「英雄烈士保護法」を、2018年5月に施行し、精日の取り締まりを強化している。
2018年3月の全人代開催中に、王毅外相が、記者会見の席で、中国人記者の質問に答えるかたちで「精日分子は中国人のクズ」と激しく批判し、大きな話題となった。中国社会では、これは当局による一種の〝やらせ〟の場面で、精日の若者たちの活動に対する政府からの厳しい警告と受け取られている。
中国当局は、精日の現象を、欧州のネオナチス現象と同じようなものと見做しているようだ。歴史に無知で軽はずみで愚かな若者たちによる愚劣極まる不良行為である、と考えているということだ。
2018年11月2日、南京市は、南京虐殺に関して、政府見解と異なる意見を、ネット上などで表明することを禁じ、旧日本軍の軍服コスプレ衣装で写真や動画を撮影して、ネット上に投稿することも禁じる条例案を可決した。


中国では、虐殺資料館など極端な反日歴史捏造教育施設を中国全土に手当たり次第に建設し、荒唐無稽でファンタジックでワンパターンな連続反日ドラマを、国策によってテレビで週に何回も放映し続けている。
現在、二十代の若者たちは、毎日、テレビで反日ドラマを観てきた世代である。また、学校でも家庭でもネット上でも、「天安門事件」とか「大躍進」というワードすら、一度も耳にすることなく育った世代である。文化大革命についても、何一つ知らない。そもそも、中国では、毛沢東とか習近平というワードで検索しても、ネット上で何も情報が見つからない。
このような環境で育ち、物心ついた時から、残虐非道な日本兵の悪役イメージを繰り返し刷り込まれてきた、天安門事件以降に育った現代中国人(〜35歳)の中から、「私は中国人ではない、私の心は日本人だ」と、中国を拒絶し、日本に熱烈に同化したがる若者たちが現れてくるのは、なぜだろうか。
私は、中国社会に今浸透しつつある習近平のデジタル独裁推進政策に対して、政治的に敏感な若者たちの深層意識に生じている深刻な拒絶と反感が、形となって顕在化しているものではないか、と感じている。
最近は、中国から日本への旅行客や留学生なども随分と増えている。彼らは、中国国内では当局によって知らされていないさまざまな真実の情報に、海外の生活の中では、比較的自由に触れることができる。そうしたことから、中国政府の主張する抗日捏造史観に基づく政治的プロパガンダのバカバカしさに気づくようになる若者も多い。また、当局による尊大な反日的愛国心の強要、民衆への監視や支配や抑圧のあり方に対しても、激しい怒りや反発を招いている面もある。
彼らにとって、日本は文化的にはるかに洗練された隣の大国であり、欧米と比べても、同じアジア人であるという親近感もあって、とりわけ魅力的な国に映っているようだ。特に、1980年代以降に生まれ育った「80後」と呼ばれる中国人にとっては、アニメや漫画やドラマや映画など、子供の頃から日本文化に親しんできた分、日本に夢中になる素地が、年配者たちよりはずっとできている。
自国の何もかもが嫌になり、信じられなくなった時、中国の若者の心に、日本への強い憧れが生じ、「日本人になりたい」という衝動が生まれるのは理解できる。
当局が、この風潮を反政府的活動として敵視し、無知な若者に起こる一過性の病理に過ぎないと蔑視すれば、逆に、彼らの自国への嫌悪感が深まり、正しい歴史知識や国際知識を身につけ、日本的な生活習慣や社会のあり方を学び、日本人の精神性や文化的風習を自分のものとした、真に意味での「精神日本人」の増加を促す可能性もあるのではないだろうか。
というのも、韓国人と異なって、中国人は、たとえ国家を敵に回しても、自分の心惹かれるものに忠実であろうとする独立した精神が顕著であるからだ。


しかし、現実問題としては、精神日本人の数など、中国全体から見れば、芥子粒のようなミクロ単位の微少な存在にすぎないのも確かである。
精神日本人がどれほど増えても、国家としての中国の対日姿勢を融和の方向へ変容させる可能性などまったくない。その点について、幻想を抱く余地はないのだ。
また、日本アニメのファンや、日本旅行好きがどれほど増えても、それが直接、政治的な日中友好につながるわけではないし、それによって中国の経済侵略の脅威が減るわけでもない。
ただ、興味深い現象であることは確かだ。
また、一方で、現代の日本の若者たちの現状を思うと、せめて彼らの半分でも、在りし日の旧日本軍について興味や愛着を持ち、「祖国防衛とは何か」について、真剣に現実的に考える機会が、少しでも増えてくれれば良いのに、と願わざるを得ない。
旧日本軍には、他のすべての国の軍隊と同様に、素晴らしい点も、最悪の点も、共にあったのだ。
「日本軍には、誇るべき点も、恥じるべき点も、共にあった」ということ。子孫として、私たちは、そのことを知らなければならない。


🌟2019年4月23日、中国で海軍創設70周年の祝賀観艦式が行われ、アメリカ、EU諸国などは参加を見送ったが、日本は、ロシア、タイ、ベトナム、インド、韓国など10数カ国とともに、7年半ぶりに、海上自衛隊の護衛艦「すずつき」を派遣した。2008年の駆逐艦「さざなみ」、2011年の護衛艦「きりさめ」に続いての、中国の港への入港となった。
護衛艦「すずつき」は、2008年、2011年と同様に、日章旗と旭日旗をはためかせて、山東省青島での国際観艦式に参加した。当然のことながら、習近平と言えども、文在寅のように、「旭日旗を外してくれ」などと無礼な注文をつけることはなかった。もちろん、これまでの中国政権も、そのぐらいの礼儀はわきまえていた。(同じ韓国の左派政権だが、金大中や盧武鉉ですら、そんな非常識な要請はしなかった。そういうアホなことを言うのは、人類の歴史上、「親日派撲滅運動」を執拗に展開する文在寅の極左反日政権だけである。)
その後、24日には、青島港で各国の艦艇が一般公開され、護衛艦「すずつき」には観覧希望者が長蛇の列をつくった。この日だけで約5千人が見学したとみられ、ロシア艦艇と並び人気を集めた。「すずずき」の前では、韓国や中国の一部右翼が戦犯旗として攻撃する旭日旗をフレームに入れつつ、笑顔で記念撮影をする中国人観覧者が後をたたなかった。
「管鮑の交わり」という中国の故事成語があります。三国志の諸葛亮孔明と劉備玄徳の間柄から生まれた「水魚の交わり」という言葉と並んで、歴史的に有名な人間関係をあらわす語です。「水魚の交わり」は、お互いに欠くことのできない大切な存在という間柄を表しますが、では、「管鮑の交わり」の場合は、どうでしょうか。
まず、以下に、この語の元となった14世紀の歴史読本「十八史略」および紀元前1世紀に司馬遷の著した「史記」に記載されている故事の書き下し文と現代語訳を、重ねて記します。それから、この語の意味する間柄について、さらには、私たち現代日本人にとって、この故事から学べることは何か、考えてみましょう。



〈前半「十八史略」より抜粋〉
斉(せい)は姜(きょう)姓、太公望呂尚(りょしょう)の封ぜられし所なり。
後世桓公に至り、諸侯に覇たり。
五覇は桓公を始めと為す。

名は小白。
兄蘘公(じょうこう)、無道なり。
群弟、禍(わざわい)の及ばんことを恐る。
子糾(しきゅう)、魯に奔(はし)る。
管仲之(これ)に傅(ふ)たり。
小白、莒(きょ)に奔る。
鮑叔(ほうしゅく)之に傅たり。

蘘公、弟無知の弑(しい)する所と為り、無知も亦(また)、人の殺す所と為る。
斉人(せいひと)、小白を莒より召く。
而(しこう)して魯も亦、兵を発して糾を送る。
管仲、嘗(かつ)て莒の道を遮(さえぎ)り、小白を射る。
帯鉤(たいこう)に中(あた)る。

小白、先(ま)づ斉に至りて立つ。
鮑叔牙、管仲を薦(すす)めて政(まつりごと)を為(な)さしむ。
公、怨みを置きて之を用(もち)う。

仲、字(あざな)は夷吾(いご)。


〈以後「史記」より抜粋〉
管仲曰はく、「吾(われ)始め困しみし時、嘗て鮑叔と賈(あきな)ふ。
利を分かつに多く自ら与(あた)ふ。
鮑叔、我を以(も)つて貪(たん)と為さず。
我の貧なるを知ればなり。

吾嘗て鮑叔の為に事を謀りて、更に窮困す。
鮑叔、我を以て愚と為さず。
時に有利と不利と有るを知ればなり。

吾嘗て三たび仕へて三たび君に逐(お)はる。
鮑叔、我を以て不肖と為さず。
我の時に遭はざるを知ればなり。

吾嘗て三たび戦ひ三たび走(に)ぐ。
鮑叔、我を以て怯(きょう)と為さず。
我に老母有るを知ればなり。

公子糾敗れ、召忽(しょうこつ)之に死し、吾幽囚せられて辱めを受く。
鮑叔、我を以て無恥と為さず。
我の小節を羞(は)ぢずして、功名の天下に顕(あら)はれざるを恥づるを知ればなり。

我を生む者は父母、我を知る者は鮑子なり」 と。


〈現代語訳兼解説〉
斉は、姜を姓とする氏の建てた山東省にあった公国である。紀元前11世紀ごろ、周の軍師として、周の始祖である文王とその子武王を補佐して殷王朝を打ち破った功によって、有名な太公望呂尚が封ぜられた領地を起源とする。斉の始祖となった太公望呂尚の活躍で、約600年間続いた殷の時代は終わり、周の代へ移ったのである。
後、春秋時代に入り、桓公が斉の第16代君主となるに至って、衰えた周王室に代わって諸侯をとりまとめ、中国全土の諸侯を、その号令に従わせる覇者となる。太公望の時代から、およそ500年後、紀元前651年のことであった。
斉の覇業の最大の功労者は、宰相の管仲であった。桓公は、たとえ自分の意に反することであっても、管仲の諌めを聞き入れ、常にその言に従った。後に、桓公は、自分が覇者となりえたのは、すべて管仲のおかげだと述べている。春秋時代の五人の覇者(春秋の五覇)のうち、斉の桓公は最初の人である。

桓公は、名前を小白と言った。
桓公の長兄は、父の死によって第14代斉公となった蘘公である。実の妹との恋愛関係にのめり込み、気に入らない者を次々と殺すなど、道にはずれた行いをする者であった。
そのため、小白をふくめ、蘘公の弟たちは、災難が自分の身にふりかかることを恐れた。弟たちのうち次男の公子子糾は、隣国の魯国に保護を求めた。管仲が守り役として同行し、その補佐を務めた。一方で三男の公子小白は、莒国へ逃げた。鮑叔が守り役として同行し、その補佐を務めた。
それぞれの公子の守り役であった管仲と鮑叔は、古くからの友人同士だった。

やがて蘘公は、従弟の無知に殺され、無知もまた、反乱平定軍に殺された。そこで斉の人々は、公子小白を莒国から呼び戻して、後を継がせようとした。ところが魯の国もまた、自分の国に庇護していた公子子糾を斉の君主にしようという思惑から、兵を伴って子糾を斉へと向かわせた。
子糾の補佐役であった管仲は、莒から斉への道の途中で、小白一行を待ち構えて、藪の中から小白に毒矢を射た。しかし、矢は小白の帯の金具に当たり、管仲の小白暗殺は失敗した。

結局、弟の小白が、兄の子糾より先に斉に着き、小白が斉公に即位して桓公と称した。
追い詰められた子糾は自刃し、その際に殉死した子糾の重臣(守り役)もいたが、同じく守り役であった管仲は殉死を選ばず、囚われて「主君に殉じることもできない情けない男」として辱めを受けることとなった。当然、管仲は桓公の命で処刑されるはずであった。
ところが鮑叔牙は、重罪人として捕縛されていた管仲を宰相に推薦して、斉の政治をまかせるように小白に進言した。鮑叔に絶対の信頼を置いていた小白(桓公)は、管仲がかつて自分を殺そうとした恨みは置いておいて、鮑叔の言を採用し、管仲を宰相の座につけた。 そして、鮑叔自身は宰相管仲の補佐にまわった。その後、この二人の活躍によって、桓公の覇業は成し遂げられたのである。

管仲は字を夷吾と言った。
後年、管仲は次のように述べている。

「私は、若い頃、とても貧乏だった時期に、鮑叔と一緒に商売をしたことがあった。私は利益を分けるときに、大部分を自分の分け前として多くとった。しかし鮑叔は、利益を独り占めした私を、貪欲で自己中心的だとは思わず、不公平だと非難することもなかった。私が貧乏であることを知っていたからだ。
(*後の管仲の有名な言説に「衣食満ち足りて礼節を知る」という言葉がある。若い頃の困窮を思わせる言葉である。)

また、かつて私は、鮑叔のために事業を企てたが、失敗して鮑叔をかえって困らせたことがあった。しかし鮑叔は、迷惑をかけた私を愚かで浅はかだとは思わず、その責任を問わなかった。時勢によって、物事が有利に働くときもあれば、不利に働くときもある、と知っていたからだ。

私は、かつて三度君主に仕えて、その度に君主に見限られ、職を追われた。しかし、鮑叔は、官吏を首になってばかりいる私を、救いようのない無能な者だとは思わなかった。私に時運が味方しなかったことを知っていたからだ。

また私は、かつて、三回戦に参加して、三回とも敗れて戦場から敗走した。しかし鮑叔は、私を臆病者だとは思わず、恥ずかしいやつだと誹ることもなかった。私に年老いた母がいることを知っていたからだ。

公子糾は敗れて、私と同じ守り役だった召忽は殉死し、私は生きて拘束され、命を惜しんだことで辱めを受けた。しかし鮑叔は、私を恥知らずの痴れ者とは思わなかった。私が小さな礼節を守らないことを恥じず、私の功名が天下に知られることなく、むざむざ死んでいくことをこそ恥じる者だ、と知っていたからだ。」

既に斉の名宰相として、その名を轟かせていた管仲はこう言葉を結んだ。
「私を生んだのは父と母だが、私を本当に深く理解しているのは鮑叔である」と。



いかがでしょうか。上記の故事から、後世、互いを深く理解し、信頼しあっている親友同士の関係を「管鮑の交わり」と呼ぶようになりました。
子供向きの読本である「十八史略」では、斉の覇業を成し遂げた管仲の才と徳を賞賛していますが、原典である司馬遷の「史記」では、管仲の才を見抜き、どこまでも管仲を信じて支え続けた鮑叔の見識と信頼をこそ、他に類のないものと称えています。
そして、紀元前7世紀、今から2700年も前の中国の友情が、今も語り継がれているのです。




管仲の若い頃、そうであったように、苦しい時代にこそ、自分を信じてくれる人の存在が大切になります。
日本もまた、歴史上の一つの大きな曲がり角に来ているという気が、ひしひしと感じられるこの頃ですが、折しも、4月1日には、5月1日から施行される新しい元号「令和」が発表されました。
「令和」は、歴史上、日本がその頂点を極め、そこから落ちていくという、未曾有の経験を味わう、初めての時代となります。「陽極まりて陰に転ず」ということです。多くの日本人にとって、これまで経験したことのないような苦しい時代となるかもしれません。また、なかなか人が信じられない人間不信の時代でもあります。
だからこそ、人間の核心を見つめ、そこに信頼を寄せる心が、もっとも大切になるのです。

さて、「令和」という年号に関して、文字の表す意味について考えてみると、良くも悪くも、今の時代を的確に表現していると、感じずにはいられません。
「令」の字は、「令息」「令嬢」「令月」というように、良い、立派な、めでたいという意味の敬意をあらわす文字です。
「和」は、稲穂が器に垂れるという意味から、大陸から稲作が伝わった弥生の時代以降、大和の国(奈良)をあらわすとともに、「和歌」「和風」「和服」など、日本(やまと)を意味する文字として親しまれてきました。さらに、禾は軍門、口は誓盟の器を意味し、和は「軍門の前で、和睦の誓盟を行う」という意味もあります。
したがって「令和」は、〝立派な素晴らしい日本の平和〟を意味するわけです。
しかし、一方で、「令」は、大きな家(人)の下でひざまずくという語意から、他人の親族に対する敬称であり、どこか他人行儀で親しみの薄い感じも与えます。「素晴らしい日本」とは言っても、「御令息」と言うのと同じで、どこか他人事で、直接自分には関係ない、自分の問題ではない、という感じです。
日本人にとって、遠い他人事の日本って、それはいったい誰の国なのでしょう。どこの誰が、自ら犠牲を払って「素晴らしい日本」をつくるのでしょうか、それが貴方ではないとしたら?
また、「和」は、稲穂の国のイメージであり、天皇家のルーツである本来の女系の縄文系王朝ではなく、男系(大陸系)の弥生系国家群に象徴されるイメージです。多少硬質な印象があります。加えて、「和」は、稲穂の垂れる収穫期の祭り(祀り)という意から、文明の頂点を極めた後の爛熟期における文化的調和と百花繚乱を暗示します。「この国では、どんな考えを持つのも自由だし、日本なんて自分には関係ない、と思うのも自由だ」というわけです。さらに、和睦は和睦でも、一方的に平伏を強要されるという暗示もあります。「和を強要されるなんて、嫌なこった!」と思う人もいるでしょう。

以上の字意から、見方によっては、秩序と客観性を重視するあまり、主体的に関わることを避け、共感や信頼の欠如した冷たい人間関係になりがちな、情や絆の薄い、他者への許容度の低い社会になることを暗示する面も、〝令和〟にはあります。客観性絶対視の風潮の中で、一方的に個人の切実な主観が、完全に無視され、蔑ろにされる恐れがあるというわけです。
言わば、「霊的な無視」の時代と言うのでしょうか。相手とちゃんと向き合って、言っていることは聞いているし、その言葉は理解しているし、きちんと受け答えも丁寧にしているのですが、相手の内心には実は興味がないのです。
相手の具体的な要求については考慮するし、真面目に応対しているのですが、霊的には完全に相手を締め出して遮断している状態です。「人の内心は測り難いので、考えるだけ無駄だ」と思っているのです。
けれども、日本は太古の昔から、〝言霊〟の支配する国でした。「言葉は、目に見えない鬼神の心をも動かす」と考えられてきたのです。言葉の意味するものを、より深く霊的に考えることは、決して無駄なことではありません。

「令和」は、「万葉集」の中の「梅花の歌三十二首」の序文に由来していると、政府によって正式に公表されています。
この序文は、8世紀前半、飛鳥末期から奈良時代初期にかけて活躍した武人であり歌人でもあった大納言大伴旅人が、晩年、大宰府の旅人邸(大宰府長官邸)で、自ら催した「桃花の宴」で詠んだ(730年正月13日/64歳)ものです。この宴には、当代一流の歌人であった山上憶良も参加し、邸宅に咲き誇った梅の花の美しさに酔いしれたのでした。
しかし、当時、旅人が大宰帥(だざいのそち/大宰府長官)として赴任(728年)して間もなく、長年連れ添った妻を失い、深い憂いの中にあったのに加えて、奈良の都(平城京)では、藤原四子による陰謀によって、最高権力者だった長屋王一家5人(本人、妻の吉備内親王と3人の子)が自殺(事実上の刑死)に追い込まれた直後だったこともあり、その悲劇的な政変への無念の思いが読みとれるとも言われます。(*一方で、旅人本人は、帰京直前に、臣下最高位の大納言に任ぜられ、帰京後は従二位に昇進しました。731年7月没)
この国は、太古の昔から、時勢の不幸な成り行きから、深刻な対立となり、ついには滅ぼすこととなった相手の怨念を恐れ、御霊として丁重に祀り、その無念と怒りを鎮め、恨みを浄化しようと努めることで、国の安寧を図ってきました。
事実、藤原四子が、長屋王の変(729年2月)の8年後、そろって天然痘で死んだのも、当時から長屋王の怨霊の祟りであると考えられていました。
法隆寺も、蘇我氏に一族を滅ぼされた聖徳太子の怨念を恐れて、その御霊を慰めるために、今日まで大切に信仰されてきました。菅原道真に関わる太宰府天満宮も、国譲りに関わる出雲大社もまた、然り、です。
時の権力者の氏神や祖霊を祀る寺社よりも、滅ぼされた人々の無念の思いを鎮める寺社の方をこそ、日本人は、より大切にしてきたのです。
今回の「令和」の選定にも、そうした祈りの思いがあるとすれば、これからの時勢の難しさを見極めた、実に優れた選定であったと言えるかと思います。
「令和」の典拠である「万葉集」の「桃花の歌32首序文」の成立した背景から考えて、この元号の背後にある重要なメッセージの一つは、「私たちは、如何なる対立や偏見や憎悪や不信の念をも乗り越えて、この国の未来を切り開いていかなければならない」ということです。

また、現在、世界で『元号』を使用している国は日本だけですが、これはそれほど不思議なことではありません。
Y染色体のハプログループから考えても、日本は、C1a1、D1bという固有の古代遺伝子(縄文遺伝子)の保有率が、人口の4割以上を占め、石器文明を継承する唯一の文化圏です。大和国家を建国した天皇家のハプログループもD1bですから、この国が世界で唯一つの古代文明の継承国であることは明らかです。
一方で、日本人の3割は、稲作文化を特徴とする長江文明を築いたO1bの継承者であり、そのハプログループO1b2a1も日本固有のものです。好戦的な黄河文明を築いた漢民族(O2系)によって、長江文明は滅ぼされ、O1b1は南へ、O1b2は北へ逃れたのですが、彼らは長い年月をかけて、沖縄から日本(O1b2a1)へ、そして朝鮮半島(O1b2a2)に再上陸し、満州へと広がりました。彼らは、稲作を伝えた初期弥生人です。
その後、戦国を逃れて後期弥生人として日本にやってきた漢民族(O2系)の血筋は、中国(66%)や朝鮮(51%)と異なり、日本では2割程度しかいません。つまり、好戦的な後期弥生人(漢民族・出雲)は、縄文文明を滅ぼして、漢民族の王国を日本に打ち立てることが、ついにできなかったということです。こうして1万年の歴史を持つ縄文の伝統は、危機を生き延びたのです。
日本では、古代遺伝子(D1b・C1a1)と最新の遺伝子(O1b2a1・O2b)が、約半々で存在するという稀有な状態が、2000年近く続いています。日本は、古代文明が、滅び去ることなく、現代に息づいている希少な先進文明国なのです。繰り返しますが、このような国は、他にありません。
本来、日本人は、目に見えるもの(科学技術文明)を大切にすると同時に、目に見えないもの(神々や精霊)に深く信頼を寄せることができる民族です。そうである方が日本人にとっては自然な生き方なのです。
ですから、現代のように、目に見えること、客観的評価に耐えうる事実や実績や結果のみにこだわり、外に未だ顕れない個人の資質や才覚を見抜くことができず、行動によって証明されない個人の内心を理解することに、まったく意識が向かない人々が、これほど多くなった時代は、日本史上、これまでなかったのではないかと思います。
だからこそ、管仲と鮑叔の故事から、私たち現代日本人が学べることは非常に大きい、とも言えるのではないでしょうか。


紀元前6世紀〜5世紀にかけて、管仲・鮑叔の時代から100年後の中国春秋時代の後半に活躍した思想家である孔子と弟子の子貢との会話で、次のような有名なやりとりが「論語」の中にあります。

〈「論語」より/書き下し文〉
子貢政を問う。
子曰く、食を足し、兵を足し、民之を信にす。
子貢曰く、必ずや已むことを得ずして去らば、斯の三の者に於て、何をか先にせんと。
曰く、兵を去らんと。
子貢曰く、必ず已むことを得ずして去らば、斯の二の者に於て何をか先にせんと。
曰く、食を去らん。古自り皆死有り。民信無くんば立たずと。

〈現代語訳〉
弟子の子貢が、孔子に政治について質問しました。
孔子は「まず民の食を満たさねばならない。それから軍備を整えるのだ。そうすれば、国民に政府への信頼が生まれるだろう。」と述べました。
子貢は、「食(経済)、軍、信頼の三者のうち、止むを得ず、一つ省くとしたら、どれを先に省きますか?」と重ねて尋ねました。
孔子は「軍を省こう」と答えました。
子貢は重ねて「食と信の二者のうち、止むを得ず、どちらかを省くとしたら、どちらが先ですか?」と尋ねました。
孔子は「食を省こう」と答えました。
「古の昔から、人間というものは、遅かれ早かれ必ず死ぬものだ。しかし、死ぬことより、恐ろしいことがある。それは、社会から信頼が失われることだ。信頼のないところでは、精神そのものが失われる。誰もが、自分が生き残ることにしか関心がなく、人のために生きる者がいない世界では、人間の社会は決して成り立たない。信頼は、命よりも大切なのだよ。」と。

中国の人々は、日本を訪れると、この国の隅々にまで孔子の教えが息づいていることに、感銘を受けるのだそうです。JALやANAの旅客機に乗っただけで、それは誰にでも実感されると言われます。
人の内心を気遣い、慮り、真心で接すること。それは、儒教が日本に伝わって以来、1500年の日本人の営みの中で育まれてきた、日本が世界に誇る精神文化です。
しかし、今、その日本の精神文化が、危機に瀕しているのではないでしょうか。「食(お金・学歴・職)があれば、信(内心の安定・心の成長・他者への理解)など、どうでもいい」という価値観が、この国の人々の心を、次第に支配し、蝕みつつあるという気がしてなりません。
今だからこそ、「人を信じるとは、人の心を理解するとはどういうことか」、「運命を共にし、自分自身の命運をも託せる信頼とは何か」、この機会にじっくり考えてみたいものです。

「論語」の中で、何度も繰り返し出てくる孔子の言葉に、「巧言令色少なし仁」という有名な言葉があります。「言葉巧みに、見せかけだけの敬いの表情をして近づいてくる者に、真実の情愛(思いやり)を秘めている者は少ない」という戒めの言葉です。この場合の「令色」は、〝見せかけだけの優しさ〟を意味します。
「令和」の時代が、〝見せかけだけの平和〟〝見せかけだけの中身のない仲の良さ〟〝内心の情愛が乾ききった、見せかけだけの和やかさ〟に溢れた、冷たく潤いのない枯れた社会にならないように、そして、怨念を鎮め、嫉妬や憎悪を浄化し、深刻な対立を融和させる〝秩序(令)と調和〟の国として、21世紀の前半を、この国が生きのびられるように祈ります。


ちなみに、上記の山上憶良は、大宰府での大伴旅人との2年余の交流の中で、妻を失い、友を失った悲しみに沈む旅人の心を汲み、深い思いやりと気遣いで旅人の心を支えました。
憶良は、旅人より5歳年上で、旅人邸での「桃花の宴」の頃は、既に齢69歳でした。けれども、この二人の交流の中で、筑紫歌壇と呼ばれる大宰府の和歌文化の最盛期が生まれたのです。
身分は旅人より下でしたが、歌人としては旅人より著名であり、万葉集にも、旅人と同数の78首が収められています。それら2人の歌のほとんどは、大宰府で二人が一緒だった数年の間に詠まれたものなのです。
例えば、大宰府近辺の農民の困窮の様子を嘆いた憶良の代表作「貧窮問答歌」は、都へ戻ってほどなく旅人が亡くなった731年頃の作とされています。

世の中を 憂しとやさしと おもへども 飛びたちかねつ 鳥にしあらねば
(この世の中は、身が細るほど辛く苦しく耐えがたいと思うけれど、それでも何処かへ飛んで逃げていくこともできない。鳥ではないのだから。)

この歌は、「貧窮問答歌」に付けられた反歌です。憶良本人は、貴族として恵まれた暮らしをしていましたが、弱い者への視線は、限りなく優しく、共感に満ちたものでした。
その他にも、

憶良らは 今は罷(まか)らむ 子泣くらむ それその母も 吾(わ)を待つらむそ
(憶良は、もう帰ります。子どもが泣いているでしょう。その母も、私を待っているでしょうから。)

銀(しろがね)も 金(くがね)も玉も 何せむに まされる宝 子に如(し)かめやも
(銀も金も玉も何になろうか。それにも勝る宝は子どもだ。比べられるものが他にあるだろうか。)

など、飾らない家族への愛情を詠った歌が多くあります。素直で素朴な歌風です。
実は「令和」の典拠とされる「桃花の歌32首」の序文も、本当は旅人の代わりに憶良が詠んだものではないか、とする有力な説があります。それが真実であるなら、この序文は、傷心の旅人を思いやった心のこもった文章であったと思われます。
そう考えると、今回の元号についても、「今一度、人の自然な心にあふれる素朴な愛情を大切にする時代となるように」と祈りをこめた選定であったと推測されることから、「令和」は今の時代に真にふさわしい元号である、と言えるのではないでしょうか。
「人の心に寄り添いなさい、と私はあなたに命じる」という時を超えた誰かの声が、聴こえてはきませんか。



今日、2019年3月6日、就寝中の自分の妻をベッドの上で絞殺した講談社の元編集次長朴鐘顕(パク・チョンヒン)被告(43)に対して、「危険で悪質な犯行である」として、東京地裁は懲役11年の実刑判決を言い渡した。刑期を終える時には54歳だ。妻を絞殺して懲役11年という刑期が長いか短いかは別にして、考えさせられたことが別にある。
奇しくも同一姓の韓国の元大統領朴槿恵(パク・クネ)被告(67)は、友人崔順実(チェ・スンシル)との関わりで国政壟断(*)の罪に問われ、2018年4月6日の一審地裁判決では「懲役24年、罰金18億円」の実刑判決であったのが、2018年8月24日の二審高裁判決では、さらに重い「懲役25年、罰金20億円」を言い渡された。さらに、贈収賄でも「懲役8年、罰金3億円」の実刑判決が宣告された。二つの判決の服役刑の年数と罰金を合計すると、「懲役33年、罰金23億円」になるわけだ。33年の刑期を終えて自由の身になる頃には、朴槿恵は99歳になっている。おそらくは獄中死の運命だろう。事実上の無期刑である。
しかし、どうしてこうなるのだろうか。妻を殺して懲役11年なのに対し、友人を厚遇して監督を怠ったために懲役33年というのはどうだろうか。日本と韓国の法体系の違いもあるとは思うが、単純に考えて、朴槿恵が、例えば、「3人の夫を連続で次々と殺す」に等しいほどの重大な犯罪に手を染めたとは、到底考えがたい。
また、判例で言うなら、2018年4月13日、大阪地裁は、見ず知らずの家族の家に侵入して、就寝中の家族を襲い、刃渡り30センチの短刀で、父親を約30回にわたって胸などを突き刺して殺し、長女・次女・長男にも重軽傷を負わせた男に対して「懲役30年」の判決を言い渡した。遺族はもちろん極刑を望んだが、叶わなかったのだ。
そうした事例と比べても、ソウル地裁と高裁の判決は異常である。崔順実が、大統領の威光をかさにきて、横暴をほしいままにしたのは確かだろうし、その監督責任は問われるのは当然だが、それで懲役33年の罪になるのだろうか。国政壟断の罪って、一体何なのだ。
「最高権力者は、一般人よりも果たすべき責任が重い」というのはわかる。しかし、何事にも限度というものがある。いくらなんでも、何の法も犯していないのに、懲役33年の実刑判決は有り得ない。
有り得ないことが起こるのには、それ相応の理由があるはずである。その理由は、韓国という国が陥っている奇怪な異常事態によるものだ。その異常事態とは何か?
それは、現政権によって強力に推し進められている新たなる『親日派狩り』である。だが、多くの日本人は、就任当初から、あれだけ反日言動を繰り返していた朴槿恵が、韓国では〝親日〟とみなされて、激しく非難されていることに違和感しか感じないだろう。
しかし、「反日的」という意味では、韓国では保守であろうが革新であろうが、日本人から見れば、どちらも共に反日的なのだ。今や、政府も裁判所も反日的であるし、韓国国防部と軍も、「我らの主敵は、北朝鮮ではなく日本である」と兵士たちを教育している。
新聞でも、朝鮮日報・中央日報・東亜日報の三大保守メディアですら、左派のハンギョレと変わりなく、思想的・政治的立場は完全に「反日」である。そして、韓国の言論人についても、「日本を乗り越えて、日本の上に立とう」という「克日」論や「日本を韓国に都合よく利用しよう」という利己的な「用日」論をとなえる人は数多くいても、「本気で日本と親しくしよう」「事実は認めよう、日本の主張は正しい」と誠実に理性的に「親日」論を展開する人は、どこにもいない。
また、たとえ、親日を主張をする人がいたとしても、「日本の首相が変わるたびに、隣人を責め、謝罪を求めるのは恥ずかしいこと」と発言して猛バッシングを浴びた朴槿恵元大統領の実妹朴槿令(クンリョン)のように、韓国内ではほとんどまともに相手にされない。ネット上では、「完全に韓国に非がある」ことを、事実に基づいて理論整然と明快に主張する優れた匿名のブロガーが何人かいるにはいるが、その正当な主張が注目されることは全くない。
その辺りの事情は、おいおい説明していくとして、まずは、上記の朴槿恵元大統領に対する判決の異常性について、もう少し話を進めたい。


朴槿恵元大統領は、一般的な世間の常識に疎いお嬢様であったことは間違いない。幼い頃から権力者の家庭で育ったことから、お姫様と言ってもいいだろう。しかし、無能な大統領だったからといって、簡単に牢屋に入れていいわけではない。
そもそも、自尊心の強い潔癖症のお姫様である朴槿恵が、私利私欲のために、サムソンやロッテから賄賂を受け取るとは、まず考えられない。身内が私利私欲に走ることを恐れて、大統領になって以来、身内まで遠ざけていたくらいなのだ。「史上最もクリーンだった大統領」という親朴派の主張も、あながち間違ってはいないように思われる。
ミル財団およびKスポーツ財団設立へ向けての企業からの出資金を、こっそり自分の懐に入れたという証拠はどこにもないし、企業に出資を強要した事実もない。司法取引によって「すべては、大統領の指示だった」と証言して無罪(!)にしてもらった4人の元大統領秘書官たちの(虚偽?)証言を除けばだ。
国政壟断罪と贈収賄罪。常識的に考えて、これら二つの罪について、朴槿恵は無実であろうと思われる。単なる公開リンチに過ぎない〝茶番劇〟裁判を、朴槿恵がボイコットしたくなった気持ちも理解できる事態だ。
似たような容疑で拘束されていたゴーン氏も、李明博(イ・ミョンバク)元大統領も、ちょうど今日、日本と韓国で拘置所から保釈された。ゴーン氏は3ヶ月、李明博は1年拘束されていたことになる。森友学園の籠池泰典氏も、10ヶ月の拘束で、2018年5月28日に保釈された。しかし、ゴーン氏や籠池氏の場合は、小細工をして不正に巨額の金を自分の懐に入れたことは、本人もある程度認めているほぼ確実な事実なのだ。罪状の軽重は別にして、彼らは明らかに有罪だ。李明博も、「懲役15年、罰金15億円」の実刑判決(!)が出て控訴中だが、それでも、保釈はされている。
上記の妻殺しの罪で懲役11年の実刑判決を受けた朴鐘顕被告に対しても、東京地裁は保釈を認める決定をした。検察は、「逃走したら誰が責任を取るのか」と反発を強めている。(高裁は保釈を認める地裁の決定を取り消し、請求を却下した。)
ところが、朴槿恵だけが、2017年3月30日に逮捕されて以来、もう2年も留置所に拘束されたままなのだ。しかし、どう見ても崔順実への監督責任を怠っただけの朴槿恵が有罪であるとはまったく思えない。
あまりにも不公平で無残な話だ。しかし、〝ロウソク〟の偉業を誇り、「親日派の清算」を叫ぶ文在寅政権の下では、永遠に出てこれそうにない。
さらに、文在寅が望んでいるように、核を保有したままの北朝鮮との統一が果たされたとしたら、いよいよ朴槿恵の命運も尽きるよりほかないだろう。あらためて統一朝鮮民主主義人民共和国の「革命裁判」ということにでもなれば、「親日派=売国奴」を象徴する人物として、極刑もありうるかもしれない。悪夢のような話ではあるが、絶対に実現しないと断言することは誰にもできないだろう。
なぜなら、今、韓国で起こっている事態は、文在寅による、ある意味、大韓民国の過去の全否定だからだ。そして、保守派政権の時代の実力者たちが次々と逮捕され、あるいは、政府から追い出されている。国防部のメンバーも、全面的に文派に入れ替えられ、軍の幹部も、文派に批判的な人物は、ほとんど消え去った。
文在寅は、昔も今も〝革命〟を夢見ている。その〝革命〟は、「貧困を撲滅した平等な国家をつくりたい」という願望の実現を目指すものだ。その夢の向こうに、「北朝鮮の金王朝に主導された半島統一社会主義国家の建設」という輝かしいゴールが用意されていると、彼は信じている。
文在寅は、自分と同じように〝ロウソク革命〟の完遂を夢見る韓国民の約半数を占める同志たち、いわゆる〝従北左派〟とも言われる親北派の人々の代表であると、自らの立場を考えている。
だから、金大中政権や盧武鉉政権ですら、一部残していた、脱北者による北朝鮮人権問題に関する活動団体への政府援助を、国家予算からすべて削ったのだ。ともかく、理想の社会主義国家である北朝鮮政府を批判する者は、すべて敵という態度だ。文在寅にとっては、脱北者は、彼の愛する北朝鮮を誹謗中傷する憎き悪者なのである。
そして、朴槿恵のことは、文在寅の繰り広げる階級闘争の最大の敵であり、韓国社会にいまだ蔓延る「親日残滓(親日派)」の象徴であると考えているようだ。同時に、大統領退任後、親族の不正疑惑などから、崖からの飛び降り自殺に追い込まれた同志盧武鉉(ノ・ムヒョン)の最大の仇と考えているのかもしれない。
貧しい家庭で育ち、高校卒業後、独学で弁護士資格をとって、文在寅と共同で人権派弁護士事務所を立ち上げた盧武鉉は、政治の世界に入った後も、同じ目的を追い求めてきた、文在寅にとって唯一無二の同志だった。その彼を追い詰めたのは、政敵である保守派の指導者李明博であり朴槿恵だった。文在寅にすれば、彼らは仇であり悪の枢軸である。
朴槿恵は、「ロウソク革命」のお陰で権力の座に座った文在寅から、盟友盧武鉉の仇として、親日派の象徴(悪の象徴)として、完全に目の敵にされているということだ。そうである以上、文在寅をのし上がらせた「ロウソク革命」によって権力の座から追われた朴槿恵が、牢屋から解放される日が来る可能性は、このムン政権下では、まずないだろう。


しかし、そもそも、朴槿恵は、どんな罪を犯したと言うのだろうか?(確かに、度重なる〝告げ口外交〟は、愚かでムカつく行為ではあったが、国内法的に罰せられるべき罪ではない。)
韓国で現在進行中の裁判も、なんだか革命裁判(人民裁判)のような状況である。ロウソク裁判と言ってもいいかもしれない。
憲法裁判所が大統領を罷免した理由も、「反省に真正性がないから」という馬鹿らし過ぎて、あまりにも不当なものだった。大統領が崔順実に機密を漏らした証拠とされたパソコンも、実は偽物だった。すべては左派マスコミによってつくられた〝捏造スキャンダル〟だったのだ。朴槿恵には、反省して国民に謝罪しなければならない理由(機密漏えい・国政壟断・贈収賄の事実)が、そもそも一つもなかった。
その上、刑法で裁かれることになった21の罪状はと言えば、検察によって無理にひねり出された屁理屈ばかりで、ほとんどすべて、下衆の勘ぐりかでっち上げに近い。普通に考えても、企業が大統領に忖度して財団に出資しようが、大統領の罪になるわけがない。そして、「崔順実が私服を肥やしているのを、朴槿恵が知っていて、承知の上でそれを助けた」ということが証明されない限り、収賄罪は成立しないのだ。事実関係を証明できなくても、あったに決まっていると決めつけるのは、単なる下衆の勘ぐりである。
ところが、それが、韓国の裁判では、正論として認められてしまうのだ。司法の中立性など、どこにもない。
日本のリベラルは、なぜ、韓国のこの現状を強く批判しないのか。「帝国の慰安婦」裁判でも感じたが、日本のリベラル・メディアは、韓国内で批判されない問題に関しては、たとえそれがどれほど理不尽で深刻極まる状況であっても、敢えて無視しようとする傾向が強い。
それどころか、韓国人の自画自賛に同調して、「ロウソク民主主義」を褒めそやし、「声をあげない日本人より優れている」と、勘違いも甚だしいコメントを寄せる者も多い。
司法が独立性を保てず、反日政権の大統領府におもねり、反日国民情緒に迎合して、日本の立場と言い分に対して極めて妥当な理解を示そうとする「親日派」を、国を挙げて一掃しようとしている「同調圧力の塊」のような隣国の現状を、諸手を挙げて賞賛してどうするのだ。
隣国の「親日派弾圧」を見て見ぬ振りをするどころか、その理不尽な状況に理解と賛同を示すことで、日韓両国の関係の改善に向けて、何か寄与することがあるだろうか。両国国民の間に、互いへの敬意と信頼が生まれるだろうか。そんなことは絶対に有り得ない。
この国のリベラル・メディアは、その点で、致命的な思い違いをしている。しかも、この思い違いは、戦後一貫して70年以上続いているのである。
文在寅の盟友であった盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が、「日本を共通の仮想敵国に規定しよう」と提案してアメリカを困惑させたり、ドイツに「日本をナチス・ドイツと同様に非難する共同宣言を出そう」と持ちかけて、ドイツ側から「ナチスのホロコーストを日本の韓国統治と同一視するのは、人類史上最悪の犯罪への断罪の意義を逆におとしめる極めて悪辣な議論」と、激しい反発と非難を受けて相手にされなかった時も、日本のメディアは一切報道しなかった。
しかも、ドイツの拒絶にあって以来、韓国は、国を挙げて、「日本の韓国統治はナチスのホロコースト並みの人類に対する犯罪であった」ということを無理やり証明するために、〝ウリジナル〟な歴史の捏造に脇目も振らず邁進している状態である。その「対日歴史外交戦争」の旗振り役が盧武鉉であった。
『鬼郷(2016)』『軍艦島(2017)』など、日本政府や日本軍による架空の朝鮮人虐殺を描いた反日ファンタジー映画の数々も、そうした考えから作られている。しかも、それらの妄想映画は、「史実に基づいている」と喧伝されている。
今年は、関東大震災における朝鮮人虐殺を、日本政府による陰謀として、荒唐無稽な空想を交えて、ことさら残虐に、そして、現代韓国人の感覚に迎合したステレオタイプに描いたために、韓国で大ヒットした反日ファンタジー映画「金子文子と朴烈(パクヨル)(2017)」が、恐ろしいことに、この日本でも、2月16日から公開上映されている。
もちろん、関東大震災での朝鮮人虐殺自体は史実である。しかし、映画では「日本の権力の中枢(特に天皇制)が絶対悪とされ、民衆は本質的には善とされている」が、その見方そのものが、今日の韓国人の極めて左翼的な歪みの根本でもある。今の韓国を見てもわかるように、本当は国民(民衆)の品格と情念こそが国家をつくるのだ。当然、形成された権力の姿にも、その時代の国民性が顕現される。現在の文在寅政権のように。
大日本帝国は絶対悪ではないし、権力も絶対悪ではない。また、現実のアナーキストは絶対善の英雄ではないし、民衆の代表でもない。民衆を代弁し、民度や国民性を反映しているのは、むしろ映画そのものである。
しかし、日本の主要メディアは、「鬼郷」「軍艦島」といった、韓国の甚だしく極端な捏造映画について、特集を組んだり、詳しい検証をしたことは、いまだかつて一度もない。中国の反日ドラマについて特集を組まないのと同様に。


文在寅は恐ろしい。
元徴用工裁判についてもそうだが、こうした理不尽極まる数々の気狂いじみた判決には、当然、大統領府の意向が働いている。
朴槿恵の父親朴正煕(パク・チョンヒ)大統領(任期1963〜79)は、日本の陸軍士官学校を出て、満州国軍の連隊副官として中国軍やソ連軍と戦った〝親日派〟軍人の代表であり、その娘である朴槿恵(1952生)は、大統領である父の恩恵を受けて、何不自由なく育った上流の〝お姫様〟である。
朝鮮戦争後、北朝鮮からの避難民の息子として生まれ、差別と極貧の中で育ち、逆境の中で苦学して弁護士となり、自分の人生を独力で切り開いてきた文在寅(1953生)からすれば、お金の苦労をまったく知らない朴槿恵こそが〝親日派〟の象徴に思えるのかもしれない。したがって、文在寅のしきりに言う「親日残滓(親日派の生き残り)」とは、朴槿恵に代表される韓国の保守派全体(現野党)を指しているものと考えられる。
だから、ありもしない朴槿恵の罪をでっち上げる事こそが、文在寅がしきりに言う「ロウソク民主主義の成果」であり、彼が政治家として偏執的情熱を傾けている「親日派の清算」の一部なのだろう。そして、これは、おそらく彼の復讐でもあるのだ。既成の金持ちと権力者たちに対しての。
さらに、徴用工裁判において日本企業に賠償を求める判決を言い渡すことを避けたとされる元最高裁長官の逮捕(2019年1月24日)も、徴用工判決を防ごうとした朴槿恵大統領の意向にしたがったものとして罪に問われているものだ。それで、去年の秋頃から「朴槿恵は親日派!」とするメディアの非難が目立ってきている。
そもそも、親日派とは、戦前・戦中に日本との関わりで利益を得た者を指す。戦後、日本政府と日本人個人が権利放棄して韓国に残した資産を得て利益を得た者達は、ほとんどが、この親日派であろう。彼らが韓国を建国したのだ。つまり、韓国そのものが、親日派の国であると言える。親日派を清算するということは、多くの韓国人にとって、我と我が身を清算するに等しい。
ところが、上記の長官の例のように、日本との外交関係に配慮し、日本の立場や主張に一定の理解を示しただけで、誰でも「親日派(つまりは売国奴)」のレッテルを貼られる恐れがあるのが現状である。
そして、文在寅の強力な支持団体の一つである「民族問題研究所」という市民団体は、「親日派の清算」を掲げて、強力に「徴用工裁判」を支援している。慰安婦問題の「挺対協」も含めて、こうした理不尽極まる市民団体が、文在寅の政策を後押ししている。
もちろん、北朝鮮にルーツを持つ文在寅は、直接的には(**)、親日派としての恩恵にあずかってはいない。だから、なんの後ろめたさもなく(***)、堂々と「親日派の清算!」「過去の歴史(日帝残滓****)の清算!」を叫べるのだ。捏造されたフィクションに忠実になれるその純粋さが、文在寅の恐ろしいところだ。
現在、文在寅は、ネット検閲など、中国・北朝鮮並みを目指して情報統制を強めている。一方で、北朝鮮・中国に擦り寄る分、韓米同盟は静かに解消に向かっている。長年、北に憧憬を抱いている文在寅は、あわよくば、核保有国として核武装したままの北朝鮮主導による統一半島国家を実現したいと願っているようだ。
結局、文在寅は、実の兄を暗殺させ、叔父を銃殺し、何万人もの農民を餓死させ、政治犯をアウシュビッツ並みの収容所で大量虐殺しながら、まったく平気という冷血・残忍極まる独裁者金正恩の犬(代弁者?)になって、ご主人様に尽くせることを心から喜んでいる状態である。
これで、万が一、本当に韓国が北朝鮮に併合されたら、韓国の民衆は、かつての日本による併合統治の時代が、実は天国であったことに、遅ればせながら気づくことになるだろう。
さらに恐ろしいのは、その従北一辺倒を貫いている文在寅の支持率が、これだけ経済・外交政策で失敗を繰り返しているにもかかわらず、いまだに50%近くある(*****)ということだ。韓国人に恥はないのか?
もう一つ、恥はないのか、と言いたいのは、日本人の韓国への旅行者だ。2019年1月の訪韓者数は前年同月比で24%も伸びている。韓国にさんざんコケにされまくっていながら、それでも日本人は韓国へ行く。日本人に恥はないのだろうか?



*壟断(ろうだん)→自らの権力を用いて、利益を独り占めにすること

**実は北朝鮮も、日本がまるごと残した工業生産設備などの莫大な資産の恩恵で、建国初期には非常に豊かであった。

***文在寅大統領本人は、親日派の恩恵を一切受けてこなかったが、その一方で、大統領夫人は、日本文化に関心が深いのか、釜山で、京都裏千家の茶道教室に熱心にかよっていたらしい。また、大統領夫妻の長女は、東京の国士舘大学に留学した経験があるという。
国士舘大学は、柔道・剣道などの武道や、その他、サッカー・野球などのスポーツが盛んなことで有名な体育会系の大学である。
一方で、その前身の国士舘(大正期の私塾)と言えば、創立には、徳富蘇峰や渋沢栄一が関わっている。文在寅が執拗に攻撃する韓国の「親日派」と極めて関係の深い人々である。
韓国併合以前に、1902〜1904年まで、韓国では渋沢の肖像が描かれた第一銀行券が使用されていた。また、1910年の韓国併合後、徳富は朝鮮総督府の機関新聞「京城日報」の監督の任に就いた。
文在寅大統領の娘の留学先としては、かなり意外な気がする。
また、この長女は、夫や子どもたちと共に、去年からタイに移住している。大統領の就任期間中に、その家族が海外へ移住するのは初めての例だという。

****日帝残滓(にっていざんし)→表向きは、日本が朝鮮半島を統治していた時期に、日本から伝わった文化・文物の総称だが、実際には歴史的に日本から伝わったすべての文物が対象とみなされている状況である。
もっとも韓国では、本当は日本から伝わったものであっても、韓国から日本に伝わったものと捏造したり、勝手に信じ込んでいたりする場合も多い。
特に、非常に問題の多い「親日人名事典(2005年発表)」に名前の載っている人は、朴正煕含めて、4382人の著名人であり、彼らは日本統治期から活躍していたことを理由に、親日派(売国奴)のレッテルを貼られている。現在、彼らの作った校歌を歌詞の内容やメロディーに関わらず、ことごとく「親日校歌である」として、歌を変更するように、各地の教育庁が各学校に指導しており、この「親日校歌清算」の動きは全国に広がっている。また、彼ら「親日人名辞典」に載っている人物の詩碑や銅像も撤去が進んでいるほか、彼らが命名した道路名や町名まで変えようという動きがある。
さらに、「親日派の子孫は政府によって財産を没収される」という法律(親日派財産没収法)が、2005年に左翼の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の下で成立し、2015年までに96件の訴訟が起きて、そのうち93件で国が勝訴し、親日派とされた人の子孫の資産が没収された。その総額は120億円に及ぶ。
こうして親日派狩り(2005〜2008)を大々的に行い始めた盧泰愚政権の参謀だったのが、現大統領の文在寅である。そして、文在寅は、大統領就任前から、今回の三一事件100周年の演説に至るまで、一貫して「親日残滓の清算」を唱えている。
現在、与党共に民主党が多数派の京畿道議会では、道内4700の小中高校で、使用されている備品のうち、日本企業284社を戦犯企業と規定して、それらの日本企業が生産した製品に「戦犯企業がつくった製品」というステッカーを貼ることを義務付ける条例の制定を目指している。この戦犯企業の規定は、文在寅政権下で政府が発表した戦犯企業名簿を基にしている。

*****文在寅の支持率は、2019年3月18日、就任以来最低の45%を記録し、一方で不支持率は就任以来最悪の50%を記録して、初めて支持率を不支持率が上回った。しかし、アメリカのトランプ大統領や日本の安倍内閣と比べると、まだまだ支持率は堅調に見える。
2019年4月5日に発表された世論調査では、大統領支持率は41%と就任以来最低を更新し、不支持率も49%を記録した。支持率の41%は、2017年5月の大統領選における文在寅の得票率41.08%とほぼ等しいため、岩盤支持層を除く浮動層の支持と期待が、文在寅大統領からほぼ離れたということを意味する。
ただ、この41%の岩盤支持層は、文在寅の政策によって、どれほど経済が悪化しようが、企業が倒産しようが、アメリカ、日本、中国との外交がうまくいかなかろうが、不支持に回ることはない。
加えて、反日、セウォル号(⭐️)、北朝鮮などの、有効なカードが一つでも機能すれば、支持率はすぐに不支持率を上回る。
これが、文在寅の強みである。

⭐️4月6日、英国人ジャーナリストで元ソウル外信記者クラブ会長マイケル・ブリーン氏が、朝鮮日報にセウォル号追悼施設が、光化門広場につくられることに反対するコラムを記載した。
その理由として、ブリーン氏は「光化門広場は、韓国で最も有名な公共空間であり、韓国の歴史上最も尊敬を集めている二人の偉人世宗大王と李舜臣の銅像が建てられていること」「そこに、ソウル市がセウォル号の追慕施設をつくるのは、『韓国人は犠牲者』という韓国特有の〝自らを被害者と見る意識構造〟によること」「しかし、近年著しく助長されている、こうした韓国人意識が、現実と大きく隔たりを見せていること」を挙げている。
そして、「この国には、『自分こそが、邪悪な〝他人〟の犠牲者だ』とアピールしたがる傾向があり、これにより、『自分は道徳的だ』と感じたがるきらいがある」「日本大使館前の少女像がまさにそれであり、80年前のことで、こうした抗議をするのは、外交史上、前例がない」「少女像の横のテントで寝泊まりし、デモや抗議を続ける人々は、『自分たちは正義だ』と考えており、『自分たちは、犠牲者としての韓国を代弁しているのだ』と感じている」「一人ひとりの国民がそう感じるのならまだしも、公職者たちまでもが、こうした大衆の態度を支持し、大衆と同じように考えている」と指摘している。
その上で、「文在寅大統領は、セウォル号の惨事から4周年を迎えた昨年、フェイスブックに『セウォル号の悲劇以降、われわれは生まれ変わった』と書き『キャンドルデモも、新しい大韓民国の決意も、セウォル号から始まった』とつづった」と指摘して、現政権が、自らを正義と主張する上で、セウォル号の犠牲者たちを、政争に利用していると結論づけている。
それに応えて、4月9日、朝鮮日報の顧問である金大中記者(元大統領ではない)は、ブリーン氏のコラムの内容に関して、「恥ずかしいのは、こうした指摘と問題提起を、韓国の記者ではなく外国の記者が行ったという点だ」「自分を含めて、韓国人は、同様の意見を抱きながらも、それを公言することで、『セウォル号の冒涜者』の烙印を押されることが怖かったのだ」と率直に告白した。
そして、ブリーン氏が「今や韓国は世界で最も豊かで重要な国の一つであるにもかかわらず、『自分たちこそ〝邪悪な他人の犠牲者〟なのだ』と仕立てようとする、道徳的優越感に陥っている」と指摘したことについて、深く賛同し、「文在寅政権に代表される左派的思考こそ、『自らの道徳的・倫理的優越性を微塵も疑わない』という点で、現実を見ようとしないし、気づかないという罠に陥っている」という文脈の内容を述べた。
さらに、文在寅政権が、傍若無人にも、誤った道徳的優位性の極致を示している現状に対して、金大中氏は「惨憺たる気分である」と、その心情を吐露している。
ところが、これに対して、4月21日夜、韓国の公共放送KBSは、ブリーン氏から「朝鮮日報と相談して書いたコラムではない」という回答を得、ブリーン氏の書いた英文の原文も受け取って、原文を朝鮮日報が書き換えたわけでもないという証拠を得ていながら、「朝鮮日報が特定の内容のコラムを、韓国の事情をよく知らない外国人に書かせたか、外国人が書いたコラムを意図的に間違って翻訳したのだ」として、コラムの内容を集中的に批判する偏向報道(フェイク・ニュース)を放送した。番組のコメンテイターたちは、2本のコラムの内容について「徹底した偽善」「厚顔無恥」などの激しい言葉で攻撃したという。
英国人であるブリーン氏は、「現実を無視してでも自分が被害者となって、相手に対する道徳的優越感を持とうとする韓国人特有の態度」が、もっとも強く発揮されているのが、韓国の日本に対する姿勢であることを、よく認識している。
しかし、金大中記者は、韓国人として、そうした根本的な自覚を持つには至っていない。「セウォル号被害者の冒涜者」のレッテルを貼られることへの恐れは告白できても、「慰安婦の冒涜者」のレッテルを貼られることへの恐怖は、自ら認めることすら拒絶しているようだ。
KBSに至っては、「『被害者となって優越感を得る』という韓国人のもっとも目立つ文化的特性そのものを、それが明白な事実であるにも関わらず、一切否定する」という頑なな姿勢を崩さない。その姿は、文在寅政権とその支持者たちの独善に固執した姿勢と重なる。
これが、韓国の現状である。

🌟🌟奇しくも、2019年4月25日、日本ではカルロス・ゴーン容疑者の保釈申請が地裁によって再度認められ、再び釈放されたが、韓国では朴槿恵の刑執行停止申請を検察が却下し、拘留は2年と1ヶ月、まだ続いている。

🌟🌟🌟2019年5月2日、文在寅政権の外相は、80年前の自発的な朝鮮人労働者への賠償問題に関して、反日勢力による徴用工という偽りの建前化(いわゆる歴史捏造)を認めた韓国最高裁による日本企業への賠償命令判決以来、韓国内で進む日本企業の資産の没収および売却手続きへの政府の対処を問われ、「国民の権利であり、政府が介入することではない」と明言した。
自分で火をつけ、その火をさらに焚きつけておきながら、火が順調に燃え広がって大火事になると、「自然に火事になったのだから自分の責任ではない」と言い放つのは、文在寅政権の常套手段である。
さらに、外相は、日韓基本条約を完全に無視して「この問題は、日本政府が責任を取って、元朝鮮人労働者の納得する措置を取るべき」と主張した。
文在寅政権が、このように強気な態度に出るのも、『韓国は日本に対して道徳的に優位に立っている』という勘違いから、「社会的優位に立つ者は何をしても許される」という韓国人特有の「甲の横暴」の感覚に支配されて、精神が冒されているものと見ることができる。
いずれにしても、これで、日本政府が、韓国への報復措置を発動できる条件が整ったのではないだろうか。手始めは、韓国製品への報復関税、それと同時に韓国製品の輸入禁輸措置が妥当で効果的だろう。その後は、韓国側の対応次第で、その品目や関税額を徐々にあげていけばよい。
加えて、日本企業としては、韓国リスクを避けて、生産拠点の韓国から他国へシフトする方針を早急に固めるべきだろう。
日本側としては、韓国側の偽りの道徳的優位性を一切認めないという態度に出るのが最善の方策である。


🌌2019年8月29日、韓国最高裁は、朴槿恵前大統領が崔順実と共謀して巨額の賄賂を受け取ったとする収賄罪と国政壟断罪について、二審の懲役25年、罰金17億円の実刑判決を破棄し、ソウル高裁に差し戻した。
そもそも、朴槿恵が、サムソン会長からの賄賂など受け取るわけがない。崔順実との共謀など、絶対に成り立たない。
ところが、韓国最高裁は、国政壟断についても贈収賄の成立についても認定しており、結局、手続き上、この二つの罪は分けて量刑すべきということで、高裁に差し戻しただけだったのだ。今後、高裁の審理を経て、朴槿恵被告の長期懲役刑は、二分して言い渡されるということらしい。
それどころか、審理の見直しによって、懲役25年という二審判決よりも、合計では量刑が重くなる可能性が高い。すでに確定している他の有罪判決の量刑と合わせると、ほぼ確実に、懲役33年を超える実刑判決が下される見込みということだ。
まったく有り得ない司法の判断だが、その有り得ない判断が通用してしまうのが、韓国の司法の恐ろしいところである。
もっとも、「帝国の慰安婦」の著者にも、元慰安婦の名誉を傷つけた、と二審で有罪判決が下り、あの大韓航空機爆破事件でさえ、北朝鮮のせいではなく、全斗煥大統領による自作自演のテロだという主張がまかり通ってしまい、それを否定する元実行犯元死刑囚が、遺族への名誉毀損で訴えられるような国であるから、この程度の不当判決は当然なのかもしれない。
朴槿恵も朴裕河も金賢姫も、従北左翼の主導する文在寅革命政権の犠牲者というよりほかない。韓国は、もう手がつけられない。




2019年2月24日、米軍基地の辺野古移設に関する県民投票が実施されました。
投票率は、有権者数の52.5%で、まあ、普通です。県知事選の投票率63%に比べたらかなり低いですが、「県民投票には知事選ほど関心を持てない」人が、私を含めて、それだけ多かったということでしょう。
そして、その結果、有効投票総数の72%は「基地反対」で、「基地賛成」は19%、「賛成・反対、どちらでもない」は9%でした。つまり、大雑把に言って、基地反対と賛成・容認の割合が、およそ7:3ということです。
ちなみに、23年前、1996年に大田昌秀知事が実施した普天間基地の県内移設の是非を問う沖縄県民投票では、投票率が、今回よりかなり高く(有権者の59.5%)、有効投票数の実に91.3%が「米軍基地反対(縮小賛成)」票で、「基地(維持)賛成」票はわずか8.7%であり、反対と賛成・容認の割合は、およそ9:1でした。
米兵による少女暴行事件の翌年に行われた投票だったこともあり、その票差は今回よりはるかに大きかったのです。実際、23年前には、私自身、米軍基地反対派でした。というのも、当時は、アメリカ軍のプレゼンス(存在感)が、それだけ圧倒的だったし、飢餓に苦しむ北朝鮮は、核兵器を一発も保有していなかった(*北朝鮮の核保有は2006年から)からです。また、1996年当時、GDPが日本の1/6しかなかった中国の軍事的脅威なども、ほとんど感じられませんでした。その結果として、総有権者の過半数(53%)が「米軍基地の維持反対」に投票したわけです。
一方、今回の基地反対と容認・賛成の票差(7:3)が、前回(9:1)ほど大きくないのは、推進派に「市街地の中にある普天間基地所属のオスプレイやヘリを、ほぼ海上基地である辺野古沿岸の埋立地に移動するため」という大義名分があることも影響しているでしょう。また、中国の軍事的脅威が、1996年当時と比べて、比較にならないほど現実的なものになってきたことも、もちろん影響しているはずです。(*2019年現在、中国のGDPは日本の3倍、実質軍事費は日本の5倍、軍事費の伸び率は日本の8倍です。中国は、すでにアジア最強の軍事国家でありながら、さらなる軍事大国化を、今も急速に進めているのです。)もちろん、北朝鮮のICBM開発による核の脅威の増大や韓国の過激化する理不尽な反日なども、特に若者の票に関しては大いに影響していると思われます。
ただし、今回は、前回(1996)と違って、3択で投票が行われたわけですが、一般的に、「賛成でも反対でも、どちらでもない」人は、そもそも投票自体に興味がないでしょう。わざわざ、「どちらでもない」に投票するために、投票所まで足を運ぶ人は、相当に物好きな(というか、真面目な)人たちだと思います。
それに、「この県民投票が、米軍基地反対派の『精神勝利!』のデモンストレーションに過ぎない」と感じている県内では少数派の移設賛成派の多くが、よほど暇でない限り、はなから大負けするのを承知で、わざわざ極少数派の「基地賛成」に投票しに行くことも少なかったでしょう。ですから、賛成派の大敗?(7:3)は、不思議でもなんでもありません。誰でも予測できた当然の結果に過ぎず、まったく驚くには当たらないし、大騒ぎすることでもありません。


こうなることが予測されていたからこそ、5市が県民投票への不参加を表明した時、「やるなあ」と思っていたのですが、結局、公明党の裏切りによって、選択肢が3択に改定された時点で自民も腰砕け。5市も投票に加わってしまいました。
結果としては、総有権者数における「基地反対」票の割合は37.7%に過ぎず、前回(1996)のように過半数(53%)には届きませんでした。が、そうは言っても「基地賛成」に投票した人の数は、さらに微々たるもの(10%)でした。つまり、積極的反対派は県内有権者の4割弱、積極的賛成派は1割ということです。まさに、予想通りです。それでも、たとえ消極的ではあっても、米軍基地の容認派の割合は、実はもっと多い(3〜4割)とは思います。
投票後、「実際には、辺野古基地建設に、諸手を挙げて賛成の人は、沖縄にはほとんどいないのではないか」と容認派の方が言っていましたが、私はその「諸手を挙げての純粋な賛成派」のひとりです。とは言え、上記の方がおっしゃるように、日本を取り巻く国際環境が急速に変化しているにもかかわらず、県内では、積極的基地賛成派は、いまだにごく少数派なのでしょう。沖縄では、私は〝希少生物〟 にあたるというわけです。苦い現実です。
活字メディアでは「沖縄の米軍基地〝賛成〟派が大敗」という文字が、いたることころで踊っています。しかし、沖縄の民意は、そもそも、こんなものなのです。沖縄には消極的な「基地〝容認〟派」は半数近くいるものの、積極的(純粋)な「基地〝賛成〟派」となると、今でも1割もいない、ということです。
県民の平均的認識として、あくまでも「米軍基地は、一種の迷惑施設」なのです。火葬場や保育園や児童擁護施設や自衛隊基地などと同様に、「絶対に必要なのはわかるが、迷惑なので、ここではないどこか他の土地につくってくれ!」(「でも、補償や補助金や基地使用料は、やっぱり欲しい!」)というのが、県内多数派の本音です。ちょっと複雑でわかりにくいのは、「反対することで、基地から得られる利益がさらに増える」というずるい感覚です。ある意味、不正直なのです。
だから、この「基地反対4割弱/消極的容認&県民投票自体への反感&決まりきった結果への無関心5割強/積極的賛成1割」という県民投票の結果は、ほぼ予想通りの妥当な数字であり、今更、大騒ぎをすることでもないし、屁理屈をこねて分析するまでもなく、県民なら誰でも容易に予測がついていたことです。
玉城デニー陣営は、県内に恐らくは4〜6割ほど存在するサイレントマジョリティーの基地〝容認〟派を、暗に攻撃して揺さぶりをかけるための材料として、今回の県民投票の数字を派手に振りかざしています。「〝賛成〟派大敗」の五文字を言い募ることで、容認派の穏健な主張をも封殺し、「反対は当然」という空気を醸成し、県民を強制洗脳しようとしているのです。これが、そもそもの県民投票実施の目的です。動機が不純すぎて、嫌になります。
やっぱり、沖縄は独立(*)した方がいいのかもしれません。そうしないと、県民は、現実が見えてこないでしょう。ともかく、頭が凝り固まり過ぎていて、なかなか言葉が通じないのです。



*沖縄の基地反対運動の方向性は、ちょうど、北朝鮮の核を頼って、親米路線から親北路線に舵を切ろうとしている韓国の文在寅政権の志向とよく似ています。韓国は、いずれ、北朝鮮主導での朝鮮半島統一を実現するかもしれません。その場合、もちろん、米韓同盟は破綻します。そして、韓国人は、そのすべての責任を、日本のせいにするでしょう。実際、今回の米朝会談の決裂に関しても、韓国の主なメディアや政治家は、すべて日本の陰謀のせいだと主張しています。さらには、統一への過程で、文在寅の方向性や政策を批判する少数派は、手当たり次第に親日派のレッテルを貼られ、「国民の敵」とされて、徹底的に弾圧されることになります。
沖縄もまた、近い将来、中国の核、北朝鮮の核を頼って、日本からの独立を実現しようとするかもしれません。それに伴って、米軍基地も沖縄から全面撤去を余儀なくされるとなると、当然ながら、日米同盟は極度に弱体化するでしょう。その場合、日本は、自前の核を持つことを、国防の選択肢の一つとして、否応なく考えなければならなくなります。一方で、沖縄は、調子に乗った中国人に、ますます荒らされるようになるでしょう。そうした情勢への批判や懸念を示す者は、すべて「戦争好きの親日軍国主義者」とされ、北朝鮮好きの独立派や中国好きの反米主義者から、バカ右翼として激しく攻撃されるようになるでしょう。
それにしても、基地反対派は、日頃「少数派の意見を尊重せよ!」と政府に猛烈抗議している割には、自分たち自身は、異なる意見を持つ人々に対して、非常に偏狭で、まったく相手の意見を受け付けない態度であることを、一切恥じることがないのは、実に都合の良いダブルスタンダードな姿勢であると思います。
いつも思うのですが、辺野古の全有権者1700人だけで住民投票を実施したら、結果はどうなるのでしょうね。住民の方は「推進派と反対派の割合は半々だ」とおっしゃっていましたが。
「教育とは何か?その3」の考察に続いて、教育について根本から考える思索の第四弾として、以下の文章を記す。


私は、教育の根本は、国語教育にあると考えている。人間の思考能力、人格、教養の基盤は言語であり、言語の教育とは、第一言語である国語の教育から始まるからだ。そして、国語教育の根幹は、読解力の養成である。
ところが、近年、これまでの国語教育の課題や弊害が明らかとなり、世界的に深刻な問題となっている。その問題とは、一言で言えば、「これまでの学校教育では、子どもたちの読解力が、まったく伸びていない」ということだ。言い換えれば、今の教育のあり方では「どんなに一生懸命勉強しても、本を読める(理解できる)子にはならない」ということでもある。そして、この基礎的な読解力の欠如は、学力上の根本的な欠落を生じさせるとともに、人間性の重大な欠如を生む原因ともなりうる。
なぜなら、読解力がない人は、人生を豊かにする教養を養えないだけでなく、意思疎通(基本的なコミュニケーション)にも支障をきたし、社会生活そのものが困難になる可能性もあるからだ。
「読解力とは何か?」ということを掘り下げながら、まずは、以下の三つの実例について考えてみて欲しい。


例えば、日本では、「AIを東大に合格させよう」という東ロボくんプロジェクトが、挫折に終わったという事例がある。発足(2011)当初は、年々、順調に成績が伸びていたが、やがて、模試の偏差値が57で頭打ちになり、Al研究の優秀な研究者たちが、どんなに多くのデータを入れ、プログラムを改良しても、三年間(2014〜16)連続で偏差値58の壁を超えられなかったのだ。
原因は、AIには、人間が五感を通して全人的な体験を重ねることで会得していく〝読解力〟がないからだ。特に、前後の文脈から推測する能力、つまりは〝想像力〟というものが、AIの場合は完全に欠如している。したがって、AIに、どれほど知識を詰め込んでも、決して東大に合格することはない。せいぜい、他の中堅程度の国公立大学や私大にしか合格することができないということが明らかになったのだ。
逆に言えば、人の場合を考えると、「人間的経験に乏しく、そのために読解力がまるでなく、本がまったく読めない人であっても、猛烈に受験勉強をしさえすれば、入試偏差値57までの実力は、なんとか身につけられる」ということでもある。それで、「国公立大学や有名私大に合格・卒業してはいても、実は本(文学/時には絵本レベルでさえ!)がまったく読めない(理解できない)」ということが、現実に起こってくるのである。下手をすると、「大学院生であるとか、博士課程を卒業しても、本が全然読めない」という人がいても、何ら不思議ではない。
一説によると、「日本人の5人に1人は、教科書がまったく読めない」という。また、「イタリアでは、成人の3割にあたる人が、新聞が読めない」のだそうだ。
こうした現実に、遅ればせながら気づいたことから、日本でも、近年、生徒に読解力を身に付けさせるための授業の研究が盛んである。
しかし、「そもそも授業で、読解力を身に付けさせるということが、果たして可能だろうか?」という根本的な疑問が、学校教育信仰に根深く致命的に冒されているがゆえに、この国では、真面目に問われることがない。
というのも、読解力不足の見直しが、「読解力がなければ、偏差値57以上には学力が伸びない」「東大に入れない」「教科書も読めない子どもたちが半数近くいて、意味もわからず授業を受けている現状がある」という教育現場での危機感(動機)から始まっているためだ。だから「読解力を身に付けさせるためのスキルアップの授業を研究しよう」という発想になる。
また、「読書の量や質と読解力は、必ずしも比例しない」という奇怪な発想が、こうした〝授業信仰(教育信仰)〟に拍車をかけている。
東ロボくんプロジェクトの責任者だった新井紀子氏の「リーディングスキル(読書技術)を鍛えよう」という発想もまた、実は、子どもの読解力を非常に限定的なものとして捉えていて、そのために、氏の努力は、むしろ、子どもの能力のAI化を進行させてしまうのではないか、という懸念がある。
これは、日本的管理教育が、生徒の自主性や創造力を阻害することと、構造的によく似た問題である。


中国では、農村戸籍の生徒が都市部の大学に進学するのが、あまりにも狭き門であるため、日本よりはるかに受験競争がシビアで激烈である。そんな中国でも、受験のための詰め込み教育、いわゆる〝応試教育〟の弊害が明らかとなり、2000年以降、国を挙げて、試験対策一辺倒の応試教育から教養と情操教育重視の読書教育(素質教育)への転換が図られている。
試験で勝つためにだけ勉強してきた若者たちには、人間として大切な教養と良識が欠如していることに、遅ればせながら気づくようになったためだ。テストには強くても、親から自立できず、我儘で人と交われず、社会性と道徳心に乏しい子どもたちが、あまりにも増えてきたのである。
かつては、中国では「読書は受験の役に立たないから時間の無駄だ」と考えられていた。ところが、現在、中国の小学校に掲げられている標語は「息を吐くように読書をしよう」というものだ。「呼吸をするように、日常、普通に自然に読書をするような人になろう」ということである。小学生は、卒業までに、少なくとも100冊の本を読むことが義務とされている。
しかし、ここにも問題がある。読書をするのは良いが、それが読書を楽しむというよりも、むしろ、「何が何でも読書しなければならない」という勢いに見えるのが、どうにも気にかかる。
応試教育の全盛期に教育を受けてきた教師たちが、果たして読書の真の喜びを知っているのか、という疑念がある。実際、教師たちの多くは、学生時代に受験勉強一辺倒だったために、読書教育の指導に欠かせない個人的な読書体験が乏しい。上から命じられるままに、子どもたちに、自分は読んだこともない本の読書を強制するようでは困るのだ。
中国の富裕層の子供たちが通う私立学校では、さらに極端な教育方針をとる学校も注目を集めている。小学校一年生から論語を暗唱させ、さらにラテン語で聖書を暗唱させるという古典教育に徹した寄宿学校が創立され、大変人気があるのである。そこでは、「意味がわからなくてもいいから、徹底して原典を原語で暗唱させる」という少々強引な教育方法がとられている。さらには、布団の畳み方から食事の後片付けまで、生活の隅々にいたるまで、教師たちが厳しく指導する。まるで、中国式のお寺か修道院の生活かと思うような寄宿学校であるが、学費は年間240万円もする。
毛沢東の文化大革命によって、孔子が徹底的に否定され、論語が焼き捨てられていた時代と比べて、隔世の観がある。当時は、論語を持っていたら命の危険があったのである。変われば変わるものだ。
「人格教育には古典教育しかない」という考えは一理あるとは思う。しかし、この場合も、「意味のわからない教典をひたすら暗唱する」という苦行を課すことが、子どもたちの教育にとって、本当に良いことなのか、という疑問が残る。


一方で、世界的に有名な教育大国(読書大国でもある)フィンランドでは、考えうる限り最善の理想的な国語教育が行われている。
すべての教育が無料の公教育というフィンランドの国語の授業では、教科書を使った通常の授業以外に、漫画でも何でも、自分の好きな本を自由に読んでいいことになっている読書時間が豊富にあるようだ。その趣旨は、「子どもたちに本を読むことが大好きになってもらいたい」ということである。
だから、興味の持てない本を無理やり強制的に読ませたり、テストに出るからと、大人の都合で実利的な動機付けを与えたりはしない。感想文を書かせたり、感想発表を義務付けたりもしない。(もちろん、通常の授業においては、そうした発表や討論の時間はある。)
大切なことは、自由に好きな本を選び、自由に読ませるということなのだ。もちろん、読み方も、完全に生徒たちの自由だ。教室の隅に座り込んで読もうと、教室の床に寝そべって読もうと、好きな格好で読んでいい。無理やり、硬い椅子に長時間行儀よく座り続けることを強いるというような残酷なことはしない。
そんなことをしたら、生徒たちは、読書の時間が嫌いになってしまう。それでは「本を大好きにさせたい」という教育目的にとって、まったく逆効果であることを、教師たちは知っている。
「なぜ、そうまでして、子どもを本好きにさせたいのか?」というと、フィンランドでは、「一冊の本を読むことは、一つの新しい体験をすることであり、特に、それが質の高い物語であれば、人生における得難い貴重な体験となることもある」と考えられているからだ。加えて、フィンランド人は、五感を通して身をもって体験する学習を重視している。それによって、教育は、身体と精神に深く浸透するのだ。
このような方針によって、フィンランドは、1人当たりの図書館の年間貸出数が世界一(21冊)となっている。
そして、OECDが、2000年から3年ごとに世界各国の15歳の子どもに実施している読解力・数学・科学・問題解決能力の到達度を測る国際統一テスト「学習到達度調査(PISA)」において、フィンランドは3回連続で総合一位となった。特に、読解力テストに関しては、常に非常に高い結果を残している。
一方で、日本は、特に、読解力テストに関して順位が低く、しかも、8位→14位→15位→8位→4位→8位と低迷している。
しかも、フィンランドには私立学校がなく、塾もない。特別な英才教育など行われていないのである。また、フィンランドの学校の授業日数は年間190日で、OECD諸国中最短日数であり、日本より40日ほど少ない。1日の授業時間も日本より短い。放課後の塾もない。2ヶ月半もある長い夏休みには、宿題も課題も一切出されない。(逆に、学期中は宿題・課題が多い。また、テストもあるが、◯✖️式ではなく、深い内容理解を問う論述式である。)
それでも、日本よりもはるかに短い授業時間で、日本よりも、ある面では優秀な人材が育っているのだ。


高度に研究された授業によって読解力を養おうという日本、読書と古典の暗唱を徹底して強制しようという中国、自由に本を読ませることで、本が好きになるように促すフィンランド。いずれの国が、真の意味で読解力を養うことができるか、自ずと明らかではないだろうか。
フィンランドでは、国民の70%が、1日平均1時間以上の読書をしているという。一方で、日本では、16歳以上の男女のうち、1ヶ月に一冊も読まない人が47.5%いる。
以下に、2016年にフィンランド大統領が国民に呼びかけた言葉を記す。
「国民全員、特に子どもたちに、もっと本を読ませて、あるいは読んであげて、彼ら自身の人生を豊かにしてあげたいと思う。読書をすることは、物事を考えて想像し、心で感じることだ。それに、読書は、そもそも楽しいものである。」
真の読書家であれば、誰でもわかることだが、単に情報を得るためでなく、本にどっぷり浸かって、実のある体験として、読書を心ゆくまで楽しむためには、たとえ読書に慣れた大人であっても、少なくとも一日に数時間の予定のない自由な空っぽの時間が必要だ。子どもであれば、なおさら、もっと余裕が必要となる。誰にも監視されていない、ぽっかりと空いた自由な一日。それが読書家にとって、大切な実り多い時間となるのだ。そういう完全に自由な時間がなければ、読書も単なる情報収集の時間になってしまい、実のある体験にはなり得ない。虚しい〝空読み(からよみ)〟に終わってしまうのだ。
ところが、残念ながら、日本の大人たちにも、子供たちにも、そのぽっかり空いた自由時間がまったくない。だから、読書に費やされた時間が、ちっとも読解力の発達に繋がらないということが、起こってくるのである。
特に、日本の親は、子どもを手放して自由にすることのできない親が多過ぎる。近年は、1歳から能力開発の塾に通わせる親も多い。能力開発教室に多額の費用を払って、かえって、我が子の読解力、想像力、自主性、創造性、共感力、そして、何よりも好奇心の発達を、完全に阻害してしまう牢獄のような環境づくりに力を尽くしているのである。
そもそも、親の世代自体が、そのように育ってきたため、この負の連鎖は、とどまるところを知らない。読解力に乏しい、好奇心や想像力や共感力の欠如した教師や親たちが、さらに読解力のない、精神的に未熟で混乱した、自立心と生きる歓びに欠ける子どもたちを、生み出している。それが、あまりに救いがない。
また、日本では、教育にとってもっとも重要な幼少期の教育を担当する幼稚園や小学校の先生のレベルが低すぎるのではないだろうか。「教える内容が初歩的だから、初歩的なレベルの教養しかない先生でも務まる」と、誰もが勘違いしているのだ。社会や父母の側からの先生に対する敬意もない。
社会の常識に従って、学校で朝から晩まで机に座っているより、教養も共感力も誠実さもない愚鈍な大人たちによるチェックの視線から逃れて、いっそのこと、毎日、蔵書の充実した図書館にこもって、好奇心の赴くままに本を手当たり次第に読んでいる方がが、子どもたちにとって、結果的に、よっぽど良い教育環境にいることになるかもしれない。