今回、玉城デニーさんの知事再選に関して、県内メディアなどで「沖縄の民意が示された」とよく言われる。

この場合の〝民意〟というのは「米軍基地反対」の民意と言うことだ。細かく言えば「辺野古米軍基地建設反対」ということだ。

辺野古基地建設反対派の玉城デニーさんの34万票に対し、基地容認派の佐喜真淳さんは27万5000票であった。これをもって、5対4で反対派の勝ちというわけだ。

では「辺野古だけの問題か?」というと、そうでもない。

 

特に、座り込みを続けている市民らなどは、「アメリカ軍は沖縄から全員出ていけ!」と抗議している。

実際、辺野古の海岸には「米軍は出て行け!(USA Army, go home!)」の大きな横断幕が貼ってあるのだ。

さらに、反対派は、辺野古の抗議活動で、「アメリカ軍出て行け!自衛隊出て行け!」の大合唱をするのである。

ということは、反対派は、すべての米軍基地と自衛隊基地に反対しているということなのだろう。

それが、玉城デニーさんを支持する「オール沖縄」の〝民意〟なのだろうか?

 

しかし、私は、〝沖縄の民意〟という表現、「オール沖縄」という政治勢力の名称にも、メディアによる〝印象操作〟の臭いを嗅いでしまうのだ。

辺野古の基地反対派運動家たちは叫ぶ。

「米軍は沖縄から出て行け!」

「自衛隊も出て行け!」

「武器を持つから戦争になる!」

「基地があるから攻撃を受ける。だから、基地はないほうがいい。」

「戦争大好きな安倍は死ね!」

「沖縄は中立だ!」

本当に、それが県民の多数派(つまりは民意)なのだろうか?

そして、県民の大多数が、日米同盟は要らないと考えているのだろうか?

アメリカの核の傘など要らないと考えているのだろうか?

そこのところが、現実とは異なるという気がしてならない。

考え得る可能性としては、下記のようになるだろう。

 

 

 

玉城デニーさんを支援する「オール沖縄」勢力の主張する〝沖縄の民意〟の内実とはー

 

 

(1)①辺野古米軍基地の埋め立て建設には反対だが、沖縄のすべての米軍基地の存続に反対しているわけではない。日米同盟には反対しない。核抑止力は必要と考える。自衛隊基地建設にも反対しない。基本的には、沖縄の米軍基地及び日米同盟を容認する立場で、自衛隊基地の増強にも寛容。

 

▶︎このような現実的で穏健な考え方の人々が、実は、「オール沖縄」勢力を支持する県民の多数派なのかもしれない。そうであるなら、彼ら①グループの辺野古基地容認への心理的距離は、それほど遠いものではない。

彼らは、政府による沖縄への米軍基地押し付けに不快感を持っている。とは言え、国土防衛の必要性は、よく理解しているのだ。

しかし、こうした巷でよく聞く理性的な意見は、少なくとも、県内メディアや学識者の論調の主流ではない。メディアは、よりはっきりした米軍基地反対の立場を鮮明にしたがる傾向が強い。そうしたメディアの過激な論調によって、県内の世論が不自然に誘導されてしまっている傾向があると、私は思っている。

 

 

(2)②辺野古基地建設に反対であるだけでなく、沖縄の米軍基地は、なるべくなくすべきだと主張する。しかし、自衛隊基地は容認。加えて、日米同盟は必要と考え、自衛隊は増強すべきと考える人々。米軍基地負担は県民への差別と考え、県内の米軍基地の県外移設を主張する立場。

 

▶︎この主張をする人々は、国土防衛の必要性は認めるが、米軍基地の県内比率の異常な高さを問題としており、基地負担の軽減を主張する。このような偏りの少ない考え方の人も相当程度存在する。

しかし、この種の人々②グループは、上記①グループの人々と同様に、むしろ、基地容認派予備軍と考えられる。国からの補償次第では、基地容認となるだろう。そして、この①②グループが、県内の無党派層の多数派である。

ただし、この①②グループの人々の一部は、「反対した方が補償が大きくなる」と考えて、利を求めてわざと反対の立場をとる傾向がある。実際、県内では、こうした悪しき風潮が相当に強いのが現状である。

現在、基地関係の国家予算は年間5000億円で、そのかなりの部分が沖縄に投入されている。例えば、基地使用料が2000億円、さらに、思いやり予算として基地従業員の給料、米軍人の家賃として県民に支払われているお金もある。加えて、自治体への特別に高い補助金もある。すべて、国民の納める税金である。

あまりにも上記のような「補償を吊り上げるための姑息な反対の態度」が目立つと、県外の人々から、沖縄が白い目で見られるようになってしまう。現にそうなっている面もある。残念なことである。

 

 

(3)③辺野古基地含む、県内県外すべての米軍基地に反対の立場。日米同盟は必要ないと考えている。ただし、自衛隊は増強すべきだし、場合によっては独自核武装も視野に入れるべきと考える。

 

▶︎アメリカからの完全な自立と自主防衛を志向する立場の人々。アメリカの核の傘に頼るよりも、むしろ、自前の核を持つべきと考える。極めて愛国的であると同時に、自立的な国家像をビジョンとして掲げる独立独歩の生き方を好む人々である。しかし、この③グループの勢力は、沖縄だけでなく、今の日本国内では極めて少数派であろう。当然だが、「オール沖縄」支持者の中にも、この③グループは、ほとんどいないと思われる。

 

 

(4)④辺野古基地含む、すべての米軍基地は、沖縄には必要ない。それだけでなく、この国に米軍基地は一切必要ないし、日米同盟そのものが要らない。つまり、「アメリカの核の傘は要らない」ということだ。

加えて、沖縄には自衛隊基地も必要ない。アメリカにも日本にも守ってもらう必要はない。「この島には、いかなる国の軍事力も要らない」という立場だ。

❶何故なら、「核攻撃力を含む軍事力を背景としない、威嚇を伴わない穏便な話し合い、つまり、非武装・中立の外交力で、東アジアの平和と安全は維持できる」と信じるからだ。彼らは、むしろ、「基地があるから、自ら武器を持つから戦争になるのだ」と主張する。

 

▶︎まず、県内でも、最もナイーブかつ純真な、子供のように欠片も邪気のない方たちの考える沖縄の民意は上記の考え方であろう。「殺すより、殺されたほうがいい」というフレンド派(クェーカー)の信仰に基づいて作られた憲法前文と9条の平和主義の精神に殉じるものでもある。

しかし、多少なりとも考える頭があり、現実を知っている良識のある大人であれば、「攻撃するより、攻撃されたほうがいい」というような無防備極まる非武装の方針には従えないだろう。アーミッシュのような筋金入りの信仰者であれば別だが。

もっとも、県内に、そのような筋金入りの平和信仰者がそれほど多くいるとは考えにくい。むしろ、国際政治の過酷な現実を見ようとせず、妄想のファンタジーに浸っている非現実的な夢想者が、この種の人々④❶グループの多数派であろう。大学生など、世間知らずの若者に多いようだ。さもなければ、裕福に育った左翼の頭の凝り固まった理想主義者だろうか。内地出身の活動家も多い。

いずれにせよ、彼らは、ロシア・ウクライナ戦争のような侵略戦争に実際に晒されない限り、目覚めることはないだろう。目の前に爆弾が落ちない限り、目覚めない人々である。

 

 

ところで、④の「沖縄に武器はいらない」「核も米軍もいらない」「日米同盟も自衛隊もいらない」派の人々の中には、実は、④❶グループの「お花畑な人々」以外に、もう一つ、別の考え方を信奉する人々がいる。それは、アメリカ以外の核に依存することを夢見る人々である。この人々が、いわゆる〝沖縄独立派〟である。

沖縄独立派には、大まかに考えて以下の二つの潮流がある。

 

 

(5)④辺野古含め、あらゆる米軍基地・自衛隊基地は、沖縄にはいらない。

❷何故なら、「沖縄は、中国の庇護のもとで繁栄できる」と信じるから。最悪、「中国の核によって守られればよい」と考える立場である。

彼ら④❷グループは、基本的な心情として、中国が好きで、日本は嫌いなのである。

 

▶︎沖縄には、もともと、中国にルーツがあることを誇りとする一族が多くいる。韓国ほどではないが、歴史的に「事大主義」の勢力が強いのだ。

彼らは知事や国会議員など、多くの権力者を輩出し、沖縄の政界・経済界・学会に隠然たる巨大権力を有している。そして、彼らは、「日本の一部であるより、むしろ、中国の一部であったほうがよい」と考えているようだ。

沖縄では、島国であることもあって「長いものには巻かれよ」という強者への迎合の意識が根強いが、その〝長いもの(権力者たち)〟が、県内では伝統的に中国シンパの勢力であるため、この親中派④❷グループは、潜在的には県民全体の1/3程度を占める大勢力となっている。また、中国がより強大になってきたことで、このグループは、以前より力が強まっている。

彼らは、そもそも日本人であるという意識が薄い。だから、政府のことを、わざわざ〝日本政府〟と呼ぶ。言外に「自分たちの政府ではない」ということを匂わせる物言いである。

そして、この④❷グループの人々が、沖縄の言論をリードしている。彼らは、県内の学者、文化人、ジャーナリスト、教育者などの中核を成しているのだ。

 

 

(6)④辺野古含め、あらゆる米軍基地・自衛隊基地は、沖縄にはいらない。

❸何故なら、「沖縄は、北朝鮮の核によって守られるべきだ」から。

北朝鮮は、偉大な指導者金正恩によって統治される〝地上の楽園〟であると信じる人々。彼らによれば、アメリカの核は悪の核であり、北朝鮮の核は善の核である

基本的な心情として、彼ら④❸グループは、日本もアメリカも大嫌いである。

 

▶︎沖縄の社会活動家、学者、政治家の中には、毎年1月に那覇市で、『金正恩生誕祭及びチュチェ思想勉強会』を開催している人々がいる。その会合では、100名以上の同志たちが集まり、辺野古基地反対運動の報告もなされる。

オール沖縄勢力の中核には、この北朝鮮シンパの④❸グループの人々がいる。数はそれほど多くないが、沖縄の左派の社会活動家は、大なり小なり、この親北派④❸グループの影響を受けていると考えるべきである。

その特徴は〝強烈な反米・反日意識〟にある。

特に、辺野古・高江に集う過激な活動家ほど、このグループに属している可能性が高い。在日朝鮮人グループや、韓国の従北左派の若者などが、辺野古などの反対活動に参加するのも、こうした思想的親和性の高さから、仲間意識が醸成されやすいためと考えられる。

 

 

 

 

以上、概観してみただけでも、沖縄の未来をどう考えるか、そのビジョンがあまりにも異なる人々(1)〜(6)が、ごちゃ混ぜになって、「オール沖縄」勢力を名乗っていることがわかる。

そもそも、日米同盟は必要と考える人々①②グループと、中国の一部になってもよい人たち④❷グループと、北朝鮮の核に期待する人々④❸グループと、純粋に非武装の平和な中立の島となることを夢見る人たち④❶グループが、同じ船に乗って仲良く進めるはずがない。

この辺をはっきりさせなければ、いずれ、とんでもないことになるだろう。「船頭多くして船山に登る」ということになりかねない。

いや、むしろ、今、すでに、そうなっているのかもしれない。

 

ちなみに、私自身は辺野古容認派である。そして、①②③グループとは、話が通じ得ると考えている。だが、④❶、④❷、④❸のグループとは、まったく相容れない。私からみると、彼ら④グループは、まるで話の通じない人々である。彼らと理解し合えるという期待は一切ない。

だが、この④グループが、知事選で「オール沖縄」勢力(玉城デニーさん)に投票した民意の多数派であるとは、私には思えない。④グループは、むしろ、県内の少数派だろう。

それでは、沖縄の民意とは、いったいどのようなものなのか?

結局、何が沖縄の民意なのか?

その答えは、まだでない。

少なくとも、辺野古で抗議している偏った思想に凝り固まった少数派の人たちの意見が、沖縄を代表する民意というわけではないはずなのだ。

それだけは、はっきりしている。

 

遊説中の銃の狙撃による、安倍晋三元首相の突然の悲劇的な死に対して、その国家的な喪失感を表し癒すために、内外の弔問者を迎えて、今日、国葬が行われました。

安倍さんのいない日本に生きることの心許なさは、筆舌に尽くし難いものがあります。これからの日本の安泰が、甚だしく脅かされているという、寄る辺ない不安感が拭えないまま、私たちは、今日の国葬の日を迎えました。

安倍さんは、日本が、アメリカ、中国、そして、世界とどう向き合っていくか、的確で明確で説得力あるビジョンを持って、具体的・現実的なリーダーシップを取ることができた、この国で唯一の政治家でした。

私の個人的な感覚では、エリザベス女王の死と安倍さんの死では、1人の日本人として、喪失感の重みが違いすぎて、まったく比べ物になりません。

エリザベス女王の死は、悲しい出来事とは言っても、大往生ですし、さらに言えば、遠い海の彼方の国で起こった他人事の事件です。

それに対して、安倍さんの死は、この国の行く末を左右する大きな悲劇であり、まったく他人事では済まない大変な出来事です。

私にしても、「これから、この国は、どうなってしまうのだろうか?」という不安が、いかにしても振り払うことができない焦燥感となって、今も心の奥底にたゆたっている状態です。

そうした不安感と哀しみは、安倍さんの国葬に反対する人々を、ニュースなどで目にするたびに、ますます強まります。彼らの心無いアジテーションは胸に突き刺さり、心の深いところで鋭い痛みをいっそう際立たせ、私は怒りすら覚えます。「いったい、この人たちは、何を考えているのだろうか?」とため息をつき、首を降らざるを得ません。

安倍首相の国葬に反対する人々、彼らは、なぜ、反対するのでしょうか?

今回の記事のテーマは、このことについてです。

まず、その理由を、整理してみましょう。

 

安倍さんの国葬に反対する理由

 

①安倍さんが嫌いだから

私のみたところ、デモをしてまで国葬に反対している人たちのほとんどは、安倍さんが大嫌いです。首相としてまったく評価していなかったどころか、早く辞めて欲しかった人たちです。さらに言えば、死んで喜んだ人たちもいたはずです。

「どうして、あんな奴の葬儀が国葬になるんだ?」というムカつきが感じられます。

だから、国葬当日にまで、反対のデモ行進をして、花を抱えて弔問に向かう人々の心を深く傷つけても、気にしないでいられるのです。

これは、ある意味、悪質な嫌がらせです。そのぐらい安倍さんが嫌いなのです。

また、アンケートなどで、国葬に反対と答えた人たちの多くは、安倍首相の功績をそれほど重く考えていない人が多いでしょう。

逆に、国葬に賛成の人たちは、安倍首相の功績を高く評価しているだけでなく、今の日本の政治に欠くことのできない重い役割を果たし続けているリーダーとして、今後の活躍にも大きな期待を寄せていた人たちが多いはずです。私のように。

結局、安倍さんが好きか嫌いか、それですべて決まりなのです。国葬の手続きが云々とか、法的根拠が云々とか、いくら屁理屈を言い立てても、そんなことは実は理由にならない(←特に、一般の人にとっては/よほどのへそ曲がりでない限り)。

安倍さんを好きな人は普通に国葬をやりたいし、嫌いな人は、なんだかんだと理由をつけてやりたくない。シンプルな話です。それだけのことですよね。

国葬が分断を生んだのではなく、もともと国民の間に根深い分断があるのです。

 

②自分の評価していない人の葬儀に、国費がつかわれることが不満だから

「なんであんなヤツの葬儀に、私が納めた税金を使うのよ!」という納得できない感があるようです。

国の費用としては、「いったい誰がこんなに費っているのだ?」と、よく問題になる生活保護費や精神障害年金の予算何兆円などと比べれば、たかだか十数億円程度の話なのですが、それすら費わせたくないという〝セコさ〟と〝みみっちさ〟を感じます。

同時に、税金をびた一文使わせたくないほど安倍さんが嫌い、という面もあるでしょう。

ただ、安倍さんが大好きだった私としては「なぜ、こんなに国費を使うんだ?」という反対に対しては、「なんてせこい人たち!」「セコいというにも、あまりにセコすぎて、このみみっちさは、形容のしようもないほど! ともかく酷すぎる!」という思いを禁じ得ません。

たとえ反対するにしても、そこまでセコい話をするか、と悲しくなります。

私欲ではなく、国のために命懸けで尽くした人に対して、そのぐらいの敬意を表して、税金使ってもバチはあたらないと思うのですが…。

ともかく、昨今は、あらゆる面で、日本人の精神が、どんどんケチ臭く、みみっちく、セコく、意地悪くなってゆく。100均精神というのでしょうか。情けない限りです。

皆んなが皆んな、百円均一で間に合わせようとする社会では、その国の文化は消滅し、経済もジリ貧になっていきます。自分で自分の首を絞めているようなものです。

結局、現代日本人のセコい精神が、いずれはこの国を滅ぼすことになるように思えてなりません。

 

③嫌いな人の葬儀に「弔意を示せ」と国から強要されていると感じ、ムカつくから

「あの人が死んでも、何も悲しくないのだが、どうして弔意を表さねばならないんだ?」「国が国民に葬式行けって強制するな!」という言い分です。

これも、共産党などが主張していることですが、そのくらい安倍さんを嫌いだし、国民にも安倍さんを評価させたくないという、反啓蒙(本人たちは啓蒙だと思っているようですが…)の意識の表れでもあるでしょう。

安倍憎し、ここに極まれり。

同時に、それほどまでに、彼らは、人も国も政府も神も、まったく信じていないのでしょう。だからこそ、むしろ、共産党の人たち(あるいは極左)ほど、自らの我欲に満ちた卑近な意思を持って、そして、自らの世俗に汚れた手で、フランクフルト学派の言う道具的理性を用いて、国(あるいは他者)をコントロールしたいという、上から目線の思い上がった欲望(権力欲/権力への意志)に、心が支配されやすいように思えます。

そのくせ、そのような傲慢な態度をとりながら、自分たちが、どれほど国によって守られ、世話されているか、なんの自覚もないようです。コロナ治療費が全額タダになる国に住み、当たり前のように恩恵を享受しながら、「この国は、国民のことを何も考えていない!」と、国に向かって唾吐くのはいかがなものか、と思うのですが…。

 

④安倍さんはカルト(統一教会)とつながっていたじゃないか、と非難の気持ちがあるから

安倍さん、及び自民党が、統一教会の支持を受け、その支持を利用していたというのは確かです。けれども、カルトと政治の問題は、統一教会との関係だけにとどまるものではありません。極右にも極左にも、政治に関わるカルト(≒セクト)集団は山のようにあります。

右であれば、顕正会、幸福の科学が、その代表でしょう。一方、左であれば、中核派・革マル派があります。その他、ラエリアンとか、アーレフとか、エホバの証人とか、いろいろ不思議な興味深いカルト・セクトが山のようにあります。ともかく、非常に香ばしいSF・ファンタジーを教義・ドグマとする集団が数多くあり、それらのカルト・セクトにまつわる事件や悲劇も数多く起こっています。

カルト・セクトは、日本の社会の闇であり、重大な社会問題であると同時に、社会に根を張っているという意味では、根絶し難いものであって、日本社会の根幹に関わる大問題でもあります。

私は、広い意味では、池田大作の創価学会も不破哲三の共産党も、カルト(セクト)と言ってよい権力装置・集金装置なのではないかと思っています。

その意味では、今回、メディアが、左翼セクトに加担して大騒ぎしているから、殊更、統一教会の問題だけがクローズアップされているという面も強いと思うのです。

つまり、メディアも安倍さんが嫌いで国葬にしたくないし、安倍さんを賞賛したくないと思っているということですね。

 

⑤安倍さんのような極悪人を国葬にしようとする政府・自民党・国は信用できないから

根本には「安倍は戦争好き」「安倍は権力を私物化した悪人」「殺されて当然の極悪人」という勝手な思い込み(妄想)があるようです。

だから、国葬の日に、安倍さんの遺影を射的のまとにして、嘲り嬲るという、信じられないほど無神経で品性下劣な反対集会を行うことができるのです。

そして、こうした「安倍は大悪党だ!」という共同幻想を国民に広めようとする洗脳戦略に、大々的に加担している一部メディア、一部政党、一部市民団体などに、私は、強烈なカルト・セクトの匂いを嗅いでしまうのです。

彼らは、信じたいものを信じる。信じたくないものは、何があっても信じない。これって、カルト・セクトの構成員(信者・メンバー)の基本姿勢ではないでしょうか。

そういう意味では、安倍さんの国葬に反対する人々の姿を見ていると、「カルト・セクトに踊らされる情けない日本人」を見せつけられているようで、やるせない、そして、とても情けない気持ちにさせられます。

特に、メディアは、国葬において献花に訪れる何万人もの良識ある国民の姿を、市民の心情に寄り添うかたちでは報道しようとはしません。そして、一部少数の非常識な連中による破廉恥な反対集会の様子ばかりを好意的にとりあげるのです。偏向報道、ここに極まれり、との感があります。少なくとも、メディアの報道からは、追悼の気持ちは一切感じられませんでした。残念なことです。

 

 

 

盟友菅義偉さんの弔辞で、安倍さんが最後に読んでいた『山縣有朋』のマーカーが引いてあった箇所として紹介されていた、盟友伊藤博文に先立たれた山縣が詠んだ歌。

 

かたりあひて 尽しゝ人は 先立ちぬ 今より後の 世をいかにせむ

 

菅さんの想いが伝わってくる気がします。

安倍晋三元首相のご冥福をお祈り致します。

 

ここ数日、吉田松陰の辞世の句が思い出されてなりません。

 

身はたとえ武蔵の野辺に朽ちぬとも留めおかまし大和魂

 

 

老人ホームは、姥捨山の虐待小屋である。

目に見えるかたちでの暴力や暴言といった虐待がなかったとしても、この国の老人ホームのほとんどは、老人を死ぬまで閉じ込めておく〝姥捨山〟であり、控えめにいっても、入居者の人権をすべて剥奪した状態に置いて管理する、人権蹂躙の〝虐待小屋〟である。

そう言える根拠を挙げよう。

 

①入居者の運動スペースがない

ともかく、寝たきり、座りきりで、ボーと虚空を見つめて、触れ合う相手もなく、1日が過ぎていく。放置老人である。当然だが、どんどん身体が衰弱していく。

スペースの問題もあるが、自由に外へでることも、公園に散歩に行くことも、スーパーに買い物に行くこともできず、ある意味、監禁状態にある。刑務所の服役囚と変わらない。しかも、終身刑である。

また、日常、生活を共にする子や孫と触れ合うこともなく、自分で料理することもないため、身体を動かす機会がない。なんの意欲も生まれない。

もともとスマホもろくに扱えないから、外界から情報を取り入れることがほとんどなくなってしまう。

そうすると、脳への刺激が足りないので、どんどんボケ老人になっていく。記憶が定かでなくなり、次第に言葉もろくに話せなくなってくる。

急速に老化が進むのだ。

 

②食事が足りない

ほとんど飢餓状態である。本来、消化力が弱っている老人は、吸収力が弱いので、量を多く食べなければ栄養を吸収しきれない。特に、糖分、甘いものは、毎日、摂取が必要である。一般に、長生きしている元気な老人の多くが、どれほどたくさん食べるか、身近で生活を共にする人や、世話をしている人なら、よく知っているはずである。

チョコレート、ケーキ、コーラ、栄養ドリンク、カップラーメンを毎日欠かさず飲食するという老人など、90歳を過ぎても、元気に満ちあふれている。

一方で、たとえ、必要最低限の栄養は与えていると言っても、その半分しか吸収できない老人にしてみれば、たちまち飢餓に直面してしまう状況なのである。しかし、そうした観点が、老人ホームの食事には、決定的に欠落している。あるいは、経営上の観点から、半ば意図的に看過されているのかもしれない。

実際、老人ホームでは、雀の涙のような食事しか与えない。だから、どんどん痩せていく。入居者は常に飢えているが、それ以上に衰弱しているので、ボーとしてしまって文句も言えない状態にある。慢性的なエネルギー不足で、大変おとなしい。手がかからないので、職員は大助かりである。

 

③誰も、気配りしてくれる相手がいない。

はっきり言って、どんどん衰弱させて、死ぬのを待っている状態である。〈静かなる虐待〉であり、〈沈黙による無視〉によって囲まれた冷血極まる生活環境であると言える。

誰も、心から気にかけてくれる人がいない場所に、長期間放置されては、もうこれ以上、長生きしたくなくなるだろう。すなわち、生きる気力を失くす。老人を早く始末するには最適の環境である。

側にいて安心でき、痒いところに手の届く伴侶もおらず、背中を掻いてくれる孫子もいない。悲しみややるせなさを共有できる相手もいない。心から信頼できる相手が誰もいないのだ。世界に一人ぼっち。完全に見捨てられている。凄まじい孤独である。

「この地獄から出してくれ!」と抵抗する老人は、反抗的な入居者として、ベッドに縛り付けられたり、安定剤を投与されたりして、無理やり大人しくさせられるだけだ。いずれにしても、希望はない。

 

特に、②が致命的である。歳をとって死ぬ前に、こんな飢餓状態に置かれて、どうして成仏できるというのか。「ひもじい、ひもじい…」と化けて出てもおかしくない。

このような「早く死ぬのを待っている」だけの〝虐待施設〟に、親を預けている子どもたちは、一種の「親殺し」の罪を犯している。

自分達も定年退職して、悠々自適で暇を持て余しながら年金生活している子に限って、親の世話を老人ホームに押しつけて、まるで親などいないかのように、自分は勝手に老後を気楽に過ごしているものだ。

そして、役に立たなくなった親を厄介払いしたい人たちは、渡りに船の勢いで、政府の用意した介護保険報酬に群がって興隆する介護ビジネスの餌食に、自ら進んで、なっているのだ。


子どもたちは、格安の老人ホームに親を預けて「これで、面倒なく死ぬまで任せられる(放置できる)」とひと安心する。

哀れな年老いた親は、ひとたび老人ホームに突っ込まれてしまえば「お前はもう死んでいる」と言われているも同然である。たちまち衰弱して、物言わぬ石になる。後は干からびるのを待つだけ。姥捨山といっしょで、合法的殺人である。

そう考えると、〝静かなるアウシュビッツ〟と言ってもいいかもしれない。しかも、そこに老人を入れるのは、ナチスではなく、肉親、ほとんどの場合は、実の子どもたちなのである。

情けない子どもたちだが、そのような薄情・冷血・自己中心的な子に育ててしまった親の自業自得であり、自分達もまた、親を老人ホームへ入れた世代かもしれないので、因果応報とも言える。これも社会的な負の連鎖である。

 

悠々自適の年金生活者である老人たちが、近所での保育所の建設に、「子どもがうるさい、迷惑だ」と反対し、暇なくせに孫の面倒を見るのを嫌がり、やがては、自分の身体が利かなくなって、実の子どもによって老人ホームへ遺棄される。愚かなること、極まりない。

老人が孫の面倒をみないから、少子化が進んでいるにも関わらず、つくってもつくっても、保育所が足りない。子どもが親の面倒をみないから、老人の健康寿命が伸びている上に、国が予算をつぎ込んでも、質の良い老人ホームが常に足りなくなる。

本来、必要のない人たちが、保育所・老人ホームを安易に利用するから、必要な人が困るのだ。

 

結局のところ、本当に必要な人のための保育所、本当に入所がやむを得ない人のための良心的な老人ホームが足りないのは、政府のせいではない。実は、私たち自身のせいなのだ。

多くの人が、身内や家族で支え合ったり、自分が家族のために負担を背負う事をせず、家族を簡単に見捨て、放置するためだ。自分さえ良ければ、と考えてきたツケが、最後に自分に回ってくる。

家族とともに生きる感覚を喪い、厄介ごとは他人任せにしたがる現代人は、こうして惨めな最後を迎えることになる。

未来予測による危機管理能力と想像力の欠如がもたらす、負のスパイラルである。

 

子どもがいじめで自殺し、大人が過労死し、老人が遺棄される社会に、いったいどんな未来があるというのだろうか?

 

1970年代から1980年代前半まで活躍したイギリスのプログレッシブ・ロックのグループや個人(ソロアーティスト)の中から、私個人の独断、偏見、趣向により、以下のグループ、個人を紹介します。

 

ちなみに、ブリティッシュ・プログレッシブ・ロックの始まりは、イングランドの裕福なミドル・クラス出身の恵まれた環境で育った子どもたちが、パブリック・スクールなどのエリート校へ進学した時に出会った音楽好きのクラスメイト同士親しくなって結成された、かなりマニアックな若者たちを中心メンバーとするいくつかのバンドが、1970年頃に創り出したムーブメントです。

そして、それらのグループが、彼らの恵まれた生い立ちから、貧乏を知らないがゆえに、商業的成功をほぼ無視して、各々が独自の趣味的な音楽を自由に追求していったことで、生み出された新しいロックのジャンルなのです。

その特色は、クラッシックとロックの融合、ジャズ・フュージョンとロックの融合、民族音楽とロックの融合、そして、当時先進的だったシンセサイザーなどエレクトリックな機器・楽器の使用、加えて、哲学的で内省的、あるいは、文明批評的・政治的な歌詞が多いことなどです。

この記事で後述・紹介するバンド、ソロアーティスト以外では、元祖プログレ・グループである〝王者〟キング・クリムゾンなども活躍しました。

ちなみにキング・クリムゾンのリーダーであるギタリストのロバート・フリップも、13歳からクラッシック・ギターを学ぶ傍ら、ボーンマス&プール・カレッジで政治学を学び、優秀な成績で卒業した経歴の持ち主です。非常に知的で教養の深い人で、ギターを持った大学教授という風貌の人物です。

また、この1970年という時期は、ベトナム戦争の真っ只中で、戦争反対の気運が高まり、学生運動や前衛的な芸術運動が激しかった時期でもあります。

こうした時代背景もあって、保守的な社会に反抗的な、知性と教養ある若者たちが、プログレッシブ・ロックの担い手であったということです。

そういうわけで、1970年代前半は、前衛的・先進的なバンドの活躍するプログレッシブ・ロックの興隆期だったのです。

 

〈ELP(エマーソン、レイク&パーマー/Emerson, Lake & Palmer)〉

シンセサイザーを初めてステージ上で楽器として使用した天才キーボード奏者であるキース・エマーソンを中心に、ボーカル・ギター・ベース担当のグレッグ・レイク、ドラムス担当のカール・パーマーの3人が、1970年に結成したプログレッシブ・ロックのスーパー・グループです。

代表作は、1971年にリリースされたライブ・アルバム「展覧会の絵」です。ロシアのクラッシック作曲家ムソルグスキーのピアノ組曲「展覧会の絵」を基にしたロック・Liveです。特に、日本では、異常に人気の高かったアルバムです。

その他、1970〜74年の5年間に4枚のオリジナル・スタジオ録音アルバムを制作して、それぞれ、かなりの売上をあげています。

1974年のアメリカ・ツアーを最後に、グループは活動休止状態に入ります。ですから、1970年のデビューから1974年までがグループの全盛期です。

バンドの活動は1977年に再開されますが、もはや時代遅れをオールド・ウエーブと批判され、活動はうまくいかず、1980年に正式に解散が宣言されました。その後、バンドは1992年に再結成され、1997年まで活動が続けられました。さらに、2010年にはロンドンで一夜限りの再結成演奏が行われています。

2016年には、キース・エマーソンとグレッグ・レイクが相次いで亡くなり、バンドは完全な終焉を迎えました。

 

〈ピンク・フロイド(Pink Floyd)〉

1965年に、ロンドンのウエストミンスターの建築学校の22歳の同級生同士で、ベースのロジャー・ウォーターズを中心に、キーボード奏者のリチャード・ライト、ドラムスのニック・メイスン3人で結成されました。

1967年にギターのシド・バレットが加入しますが、過度のLSD接種によって異常をきたしたバレットが1968年に脱退し、代わりにデヴィッド・ギルモアがギタリストとして加入することになります。

その後、1970年にアルバム「原子心母」が全英1位を獲得し、翌1971年のアルバム「おせっかい」も全英3位を記録して、ピンク・フロイドは、プログレッシブ・ロックを代表するグループとして認知されるようになります。

1974年にリリースされたアルバム「狂気(The Dark Side of The Moon)」は、全世界で5000万枚を売上、翌1975年にリリースされたアルバム「炎〜あなたにここにいてほしい(Wish You Were Here)」も全英・全米1位を獲得し、フロイドは世界的なスーパー・グループとなりました。

その後、1970年代後半には、ブリティッシュ・プログレッシブ・ロック自体の人気が低迷しますが、フロイドの人気は根強く、1979年にはアルバム「ザ・ウォール(The Wall)」が全米1位を記録し、全世界で3000万枚を売上ました。

ここまで、1970年のアルバム「原子心母」のリリースから、1979年のアルバム「ザ・ウォール」リリースまでが、ピンク・フロイドの活動の全盛期と言えます。

しかし、その後も、断続的にグループの活動は続けられ、その人気は2000年代になっても衰えませんでした。最終的に2015年にグループの活動の終結が宣言されるまで、紆余曲折はありながらもバンドは存続しました。

 

〈ジェネシス(Genesis)

1967年に、イングランド南東部のサリー州の主に裕福で優秀な子どもが入るエリート寄宿学校であるパブリックスクール「チャーターハウス・スクール」の同級生同士で、当時、17歳のピーター・ガブリエル(ボーカル)を中心に、トニー・バンクス(キーボード)、マイク・ラザフォード(ベース)らと共に結成されました。

1970年に、後にリーダー的存在となるフィル・コリンズがドラマーとして加入しました。

1975年に中心メンバーのピーター・ガブリエルが、あまりにも強烈な個性ゆえに、メンバーとの軋轢を生じ、プライベートでの結婚や妻の妊娠などもあって、グループを脱退しました。

これ以降、ボーカルはドラマーのフィル・コリンズが務め、1978年のアルバム「そして3人が残った」は、全英3位を記録しました。それ以降も、1990年代まで、グループはヒット・アルバムを制作し、旺盛な活動を続けます。

1984年にリリースされた代表作とも言うべきアルバム「ジェネシス」は、全英1位、全米9位を記録し、当時、フィル・コリンズは、世界のスーパー・スターへの最後の階段に足をかけていたところでした。

ここまでが、プログレッシブ・ロックとしてのジェネシスの存在が感じられる時期です。

この後、ジェネシスは急速にポップス化していきます。

バンド自体は、紆余曲折はありながら、断続的に活動は続き、2022年現在も活動が続けられています。

 

〈ピーター・ガブリエル(Peter Brian Gabriel)〉

ジェネシス脱退後、1977年にソロ・アーティストとして活動を再開し、地道にアルバム制作、ライブを続けていきます。

1980年に、名作アルバム「ピーター・ガブリエル Ⅲ(通称Melt)」を発表し、その思想的な内容の深さから、世界的に大きな反響を呼びました。特に、アルバムのラストを飾るバラード曲「ビコ」は、アパルトヘイト下の南アフリカで活躍し、刑務所で政府に殺された黒人意識運動の提唱者スティーブ・ビコの死について歌った曲で、反アパルトヘイト運動を象徴する曲として、1980年代後半には世界的に知られるようになりました。

一方で、ピーター・ガブリエル本人については、1985年5thアルバム「So」が、全英1位・全米2位と世界的に大ヒットし、世間にその名が知られるようになりましたが、私としては、あまり興味の持てないアルバムでした。80年代らしい洗練された綺麗な音だな、とは思いますが…。

 

〈イエス(Yes)〉

1968年に、ボーカルのジョン・アンダーソン(24歳)とベースのクリス・スクワイア(20歳)が出会い、意気投合して結成されました。

1971年の4thアルバム「こわれもの(全米4位・全英7位)」、翌1972年の5thアルバム「危機(全米3位・全英4位)」は、代表作とされます。

アルバム「こわれもの(Fragile )」からは、オープニング曲の「ラウンドアバウト(Roundabout )」が、シングル化され、全米13位を記録しました。この曲は、グループの代表曲とされています。

その後、バンドはメンバー・チェンジを繰り返しながら活動は断続的に続けられました。そして、1983年に、自身もイエスのファンを自認するプロデューサーのトレヴァー・ホーンの手腕で完成したアルバム「ロンリー・ハート(90125)」は、久々に大ヒットとなりました。加えて、このアルバムからシングル化された表題曲「ロンリー・ハート」は、イエスの楽曲として、唯一、ビルボード・シングル・チャートで1位を記録しました。

その後も、イエスの活動は、細々と続けられ、中心メンバーであるジョン・アンダーソン(2008年脱退)・クリス・スクワイア(2015年死去)がいなくなった今も、バンドの活動は存続しています。

 

以上、ここまで解説してきた4つのバンド、および、1人のソロアーティストの曲から計14曲を紹介します。選曲は、私の独断と偏見、独自の趣向によります。

 

 

〈ELP〉

①賢人(The Sage)

作詞作曲 グレッグ・レイク

◯アルバム「展覧会の絵(Pictures at an Exhibition )1971年/Live/全英3位・全米10位・日本2位」初収録。

グレッグ・レイク作の名曲。グレッグ・レイクのクラシカルなアコースティック・ギターと透明感のある歌唱が素晴らしい。そして、グレッグ・レイクの書く詞は、哲学的・文学的で、とても意味深く美しいです。

「私は、振り払うことのできない旅の埃を身に抱えて、旅を続けている。その埃は、日々、息をするたびに吸い込んでいるために、私の内に深く棲んでいる。あなたと私は、昨日の出した答なのだ。過去の地球は、新しく生まれ変わるのだ。時の河に侵食されて、今の私たちの有する姿へと造形される。私の命の息吹と躰とを、共に分かち合おう。そして、私たちの生命の奔流を、私たちの時代の流れる時間に委ね、命を時に重ね合わせよう。輝かしい無限の時の流れの中で、私たちの個人的で些細な事情は、大きな運命の流れに呑み込まれ、消えていくのだ。」

I carry the dust of a journey

That cannot be shaken away

It lives deep within me

For I breathe it every day

You and I are yesterdays answers

The earth of the past come to flesh

Eroded by times rivers

To the shapes we now possess.

Come share of my breath and my substance

And mingle our streams and our times

In bright infinite moments

Our reasons are lost in our rhymes.

 

②キエフの大門(The Great Gates Of Kiev)

作詞作曲 ムソルグスキー/グレッグ・レイク

◯アルバム「展覧会の絵(Pictures at an Exhibition )1971年/Live/全英3位・全米10位・日本2位」初収録。

コンセプトLive「展覧会の絵」のエンディング曲。グレッグ・レイクのボーカル、そして、トリオの演奏が楽しめます。

「展覧会の絵」は、もともと、ロシアの作曲家ムソルグスキーが、親友で画家のハルトマンの死(享年31歳)にショックを受け、その遺作展からインスピレーションを受けて、創り上げた組曲です。

そして、グレッグ・レイクの詞もまた、生と死をテーマとしたものです。

「愛を燃やす薪の中から出てくるがいい。命の火を燃やせ。命の炎を燃やせ。愛を燃やす薪から出てくるがいい。その灼熱の中で、誰もが生き続けることを渇望している。そして、その痛みの中で、無数の新しい生命という報酬がもたらされる。湧き出す塩辛い水がかき混ぜられ、そして、化石の太陽の光が漏れ出す暗く隠された裂け目から、彼らは、その門から送られてきたのだ。運命の潮流に乗って。運命の潮流に乗って。彼らは、その門からやって来た。その灼熱の中で、誰もが、生き続けることを渇望する。そう、生き続けることを。私の命に終わりはない。私の死に始まりはない。死は生そのものなのだ。」

Come forth from love's pyre

Born in life's fire

Born in life's fire

Come forth from love's pyre

In the burning all are yearning

For life to be

And the pain there will be gain

Lots of new life!

Stirring in salty streams

And dark hidden seams

Where the fossil sun greams

They were sent from the gates

Ride the tides of fate

Ride the tides of fate

They were sent from the gates

In the burning all are yearning

For life to be

Oh, To be

To be!

There's no end to my life

No beginnning to my death

Death is life

 

③ナットロッカー(Nut Rocker)

作詞作曲 チャイコフスキー/キム・フォーリー

◯アルバム「展覧会の絵(Pictures at an Exhibition )1971年/Live/全英3位・全米10位・日本2位」初収録。

Live「展覧会の絵」のアンコール曲。インストルメンタル曲です。

ロシアの作曲家チャイコフスキー作曲のバレエ組曲「くるみ割り人形」の第二曲「行進曲」を、アメリカ人プロデューサーのキム・フォーリーがロック調にアレンジした作品のカバー。

三原順作の漫画「はみだしっ子」の主人公の1人である平素クールなグレアムが、パブのピアノで、キース・エマーソン風のナットロッカーを楽しそうに弾いているというので、それを、実際、どんな風に弾くのか聴いてみたいと言った相手(アンジー)に、「ELPのレコードを買えよ!」とグレアムが照れて言うシーンがあります。

 

〈ピンク・フロイド〉

吹けよ風、呼べよ嵐(One of These Days)

作詞作曲 ニック・メイスン/デヴィッド・ギルモア/ロジャー・ウォーターズ/リチャード・ライト

◯アルバム「おせっかい(Meddle)1971年/6th/全英3位・全米70位」初収録。

全日本プロレスで1970年代大いに活躍したNo1ヒールのアブドーラ・ザ・ブッチャーの入場テーマ曲として、当時、日本ではよく知られていた曲です。そのため、日本のみで、シングル化された経緯もあり、多くの日本人にとっては、ピンク・フロイドの代名詞的な曲として認知されています。

ほぼインストルメンタルの曲ですが、特に、曲の冒頭の部分が、あまりにも有名です。

ロジャー・ウォーターズのベースの響きが原初の音のように、心の深い部分を刺激して、落ち着かなくさせられます。

 

⑤あなたがここにいてほしい(Wish You Were Here)

作詞作曲 デヴィッド・ギルモア/ロジャー・ウォーターズ

◯アルバム「炎〜あなたがここにいてほしい(Wish You Were Here)1975年/9th/全米1位・全英1位」初収録。

アルバムの表題曲で、カントリー調のバラード曲です。詞の内容は、薬物過剰摂取により精神に異常をきたしてバンドを脱退した元メンバーのシド・バレットへのメッセージとも言われています。一方で、ロジャー・ウォーターズは、より普遍的な意味が込められていると言っています。

ちなみに、このアルバムは、デヴィッド・ギルモアとロジャー・ウォーターズが、最も気に入っているアルバムだと言うことです。

「それで、君は、天国と地獄の違いを、青空と苦痛の違いを、理解できるのかい? 君は、緑の草原と冷たい鋼鉄のレールの違いを、微笑みと顔を覆い隠すベールとの違いを、ちゃんと認識できているかい? 見分けられるのかい? そして、君は、君のかつてのヒーローたちを亡霊たちと、燃え尽きた熱い灰を緑の木々と、熱風を涼しい微風と、気休めにもならない慰めを変化と、交換することに応じたというわけだね? そうして、戦場で端役の道を歩む人生を、檻の中で主役を務める人生と交換したんだね。ああ、君が、ここにいてくれたらなあ。僕らは、金魚鉢の中をぐるぐる泳いでいる、二つの失われた魂さ。来る年も来る年も、お馴染みの旧態依然とした世界を駆け回り、そうして、僕らは何を見つけた? 昔から変わらない恐怖があるだけだ。君がここにいてくれたら…。」
So, so you think you can tell Heaven from Hell, blue skies from pain.
Can you tell a green field from a cold steel rail?
A smile from a veil?
Do you think you can tell?
And did they get you to trade your heroes for ghosts? 
Hot ashes for trees?
Hot air for a cool breeze?
Cold comfort for change?
And did you exchange a walk on part in the war for a lead role in a cage?
How I wish, how I wish you were here.
We're just two lost souls swimming in a fish bowl,
Year after year, running over the same old ground. 
And what have we found?
The same old fears.
Wish you were here.
 

⑥アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(Another Brick in The Wall)

作詞作曲 ロジャー・ウォーターズ

◯アルバム「ザ・ウォール(The Wall)1979年/11th/全米1位・全英3位」初収録。

◯シングル(1979年/全英1位・全米1位)

ピンク・フロイドの楽曲の中で唯一のシングル・ヒット曲です。

とても衝撃的で扇状的な歌詞です。

尾崎豊の「卒業」は、学校という組織の支配構造を歌っていますが、この曲では、社会そのものの支配構造を歌っています。

「僕らに教育は要らない。僕らに洗脳(思考支配)は要らない。教室での教師たちによる生徒への辛辣な皮肉や嫌味やあてこすりも要らない。先生たち、子どもたちを、放っておいてくれ! つまるところ、それは、壁に塗り込められた一つのブロックに過ぎない。結局、あなたも、壁に積まれたブロックの一つに過ぎないのさ。僕らに教育は要らない。思考統制も要らない。教室で浴びせられる辛辣な皮肉もあてこすりも要らない。先生、子どもたちを放っておいてくれ! つまるところ、そいつは、壁に塗り込められるブロックに過ぎない。結局、あなたも壁に積まれるブロックに過ぎないのさ。」

We don't need no education

We dont need no thought control

No dark sarcasm in the classroom

Teachers leave them kids alone

Hey! Teachers! Leave them kids alone!

All in all it's just another brick in the wall.

All in all you're just another brick in the wall.

We don't need no education

We dont need no thought control

No dark sarcasm in the classroom

Teachers leave them kids alone

Hey! Teachers! Leave them kids alone!

All in all it's just another brick in the wall.

All in all you're just another brick in the wall.

"Wrong, Do it again!"

"If you don't eat yer meat, 

you can't have any pudding. 

How can you have any pudding 

if you don't eat yer meat?"

"You! Yes, you behind the bikesheds, 

stand still laddy!"

 

〈ジェネシス〉

⑦ママ(Mama)

作詞作曲 フィル・コリンズ/マイク・ラザフォード/トニー・バンクス

◯アルバム「ジェネシス(Genesis)1983年/12th/全英1位・全米9位」初収録。

◯シングル(1983年/全英4位・全米73位)

ジェネシスのシングルとしては、全英最高位の4位を記録した、記念すべき曲です。

堕胎されようとしている胎児から母親への訴えが歌詞になっています。キーボードとシンセサイザーのみの伴奏で始まる前半から、徐々にドラムとギターがより激しくなっていく後半までのアレンジが秀逸です。

「僕にはママが見えない。でも、もう我慢できないんだ。ママに触りたい、ママを感じたい。僕は離れているなんてできないよ。街の熱気と奔流の中、それが僕を走らせ、僕は止まれない。だから。僕を助けるって言ってよ、ママ。だって、とても苦しいんだ! 今は、僕はママと一緒にいられないけど、でも、いつもママがそこにいるのは知っているんだ。ママは耳を澄まし、僕に触る。僕は、ママの内側にいて、ママが気遣ってくれているんだ。だから、僕のそばに、ここに降りてきて。ママ、どこにも行かないで。僕はママを傷つけたくない。でも、とても苦しいんだ! ママ、僕がここにいるのがわからないの? ママ、ママお願いだよ。僕の心臓の鼓動を感じないの? 聴いてよ、ママ! 僕の最後のチャンスを奪わないで。僕の心臓の音が聴こえないの? 暑い、暑すぎるよ、ママ。もう我慢できないんだ。僕の眼が燃えているよ、ママ。身体が震えているんだ。痛いんだ、何とかしてよ。ママを傷つけたくないのに、でも、どうにもならないよ、ママ。」

I can't see you mama

But I can hardly wait

Oh, to touch and to feel you mama

Oh, I just can't keep away

In the heat and the steam of the city

Oh, it's got me running and I just can't brake

So say you'll help me mama

'Cause it's getting so hard

Now I can't keep you mama

But I know you're always there

You listen, you teach me mama

And I know inside you care

So get down, down here beside me

Oh, you ain't going nowhere

No I won't hurt you mama

But it's getting so hard

Can't you see me here mama

Mama mama mama please

Can't you feel my heart

Can't you feel my heart

Can't you feel my heart oh

Now listen to me mama

Mama mama you're taking away my last chance

Don't take it away

Can't you feel my heart?

It's hot, too hot for me mama
But I can hardly wait
My eyes they're burning mama
And I can feel my body shake
Don't stop, don't stop me mama
Oh make the pain, make it go away - hey
No I won't hurt you mama
But it's getting so hard - oh

 

⑧ザッツ・オール(That's All)

作詞作曲 フィル・コリンズ/マイク・ラザフォード/トニー・バンクス

◯アルバム「ジェネシス(Genesis)1983年/12th/全英1位・全米9位」初収録。

◯シングル(1984年/全英16位・全米6位)

ジェネシスのシングルとしては初めて全米ビルボード・ベスト10圏内に入った曲です。この曲も、アレンジのセンスが抜群に良いです。

歌詞の内容は、情熱的なラブソングですね。

「自分で考えている通りに、うまくいっていたんだ。その判断が正しいと思い込んでいた。ところが、自分が間違っていることに気づいた。いつもおんなじさ。恥ずかしい話だが、それだけのことさ。俺が昼と言えば、お前は夜と言う。それが白だと俺が知っているものも、黒だと言うがいいさ。いつもおんなじことさ。恥ずかしい話だが、それだけのことだ。俺は、別れようと思えば、いつでも別れられたが、俺の心がそうしろと急かせても、俺はそうしなかった。今じゃ、頭のてっぺんから爪先まで、俺は何も感じなくなった。だが、お前が俺を見ている時でさえ、俺がお前を見ていると、いつも、思われてしまうのはなぜだ? いつも同じさ。恥ずかしい話だが、それだけのことだ。俺をその気にさせたり、うんざりさせたり、俺がまるで欲望の塊のように感じさせる。お前といっしょに暮らすのは、年中、お前に振り回され続けるってことだ。浮気をして、一晩中帰らない。つまみ食いする代わりに、いっそのこと、全部食べてしまえよ。お前と暮らすのは、年がら年中、そういうことに振り回されるってことさ。出て行くことはできるが、そうする方が簡単だと知っちゃあいるが、俺は、そうしない。頭の先から爪先まで、もう何も感じないのさ。だが、お前が俺を見てるのに、なぜ、いつも、俺がお前を見ていると思われるのか。いつも同じさ。恥ずかしい話だが、それだけのことさ。本当のところ、俺は、自分でそうなろうと望んだわけじゃないが、お前を愛しているのさ。隠そうとしたって無駄なんだ。お前以外には、誰も、俺にこんな風に感じさせる女はいない。死ぬまで一緒だって言ってくれよ。」

Just as I thought it was going alright
I find out I'm wrong, when I thought it was right
It's always the same, it's just a shame, that's all

I could say day and you'd say night
Tell me it's black when I know that it's white
Always the same, it's just the shame and that's all

I could leave but I won't go though my heart might tell me so
I can't feel a thing from my head down to my toes

But why does it always seem to be
Me looking at you when you looking at me
It's always the same, it's just a shame, that's all

Turning me on, turning me off
Making me feel like I want too much
Living with you is just a putting me through it all of the time

Running around, staying out all night
Taking it all instead of taking one bite
Living with you is just a putting me through it all of the time

But I could leave but I won't go well it'd be easier I know
I can't feel a thing from my head down to my toes

But why does it always seem to be
Me looking at you, you looking at me
It's always the same, it's just a shame, that's all

Truth is I love you, more than I wanted to
There's no point in trying to pretend

There's been no-one who makes me feel like you do
Say we'll be together till the end

 

⑨ホーム・バイ・ザ・シー(Home By The Sea)

作詞作曲 フィル・コリンズ/マイク・ラザフォード/トニー・バンクス

◯アルバム「ジェネシス(Genesis)1983年/12th/全英1位・全米9位」初収録。

シングル化されませんでしたが、このアルバムで一番好きな曲です。メロディーラインが印象的で、アレンジがカッコよくて、記憶に残る曲です。

ただ、歌詞はかなりホラーな内容で、まるで「ホテル・カリフォルニア」を連想させるような詞なのです。

「死角に忍び寄り、壁を照らし、夜の闇に紛れて忍び込む。窓からよじのぼり、部屋に踏み込み、左右を確認する。ガラスの破片を拾い集め、片付けて、何かがおかしいと感じる。誰か助けて!私をここから出して! その時、突然、暗闇から声が聴こえる。〝海辺の家へようこそ〟そして、どこからともなく、開いたドアから、上から下から押し合いながら、人のかたちをした、実体のない影が、姿を現した。転がったり、転んだり、滑ったりしながら、彼らはやってきた。進む方向もなく漂い、目に絶望を漂わせて。それから、いっせいに、彼らはため息をついたり、うめき声をあげたりし始めた。誰か助けて!私たちをここから出して!ここで、あまりにも長く、誰も来ないまま、生きてきた。自由になる日を夢見ながら。そう、ずっと昔、私たちが初めて〝海辺の家へようこそ〟という声を聴く前には…。座って、座って。あなたに語ることで、私たちは、自分の人生を思い出すことができるから。悲しみのイメージ、喜びの映像、それらは、人生を作り上げていくもの。終わりのない夏の日、朝の光を待ち続ける長い憂鬱な夜。さほど重要ではない情景、フレームに縁どられた写真。それらは、人生を創り上げていくもの。座って、座って。あなたはもう逃げられないのだから。いいえ、私たちといっしょに、残りの一生を、あなたは、ここで過ごすのよ。だから、座りなさい。あなたに語ることで、私たちは自分の人生を思い出すことができるのだから。私たちに思い出させて。」

Creeping up the blind side, shinning up the wall
Stealing through the dark of night
Climbing through a window, stepping to the floor
Checking to the left and the right
Picking up the pieces, putting them away
Something doesn't feel quite right
Help me someone, let me out of here
Then out of the dark was suddenly heard
"Welcome to the Home by the Sea"
Coming out the woodwork, through the open door
Pushing from above and below
Shadows with no substance, in the shape of men
Round and down and sideways they go
Adrift without direction, eyes that hold despair
Then as one they sigh and they moan
Help us someone, let us out of here
Living here so long undisturbed
Dreaming of the time we were free
So many years ago
Before the time when we first heard
"Welcome to the Home by the Sea"
Sit down... Sit down
As we relive our lives in what we tell you

Images of sorrow, pictures of delight
Things that go to make up a life
Endless days of summer, longer nights of gloom
Waiting for the morning light
Scenes of unimportance, photos in a frame
Things that go to make up a life

Sit down... Sit down
Cause you won't get away
No with us you will stay for the rest of your days. So sit down
As we relive our lives in what we tell you
Let us relive our lives in what we tell you

 

〈ピーター・ガブリエル〉

⑩ノー・セルフ・コントロール(No Self Control )

作詞作曲 ピーター・ガブリエル

◯アルバム「ピーター・ガブリエル Ⅲ  1980年/3rd/全英1位・全米22位」初収録。

◯シングル(1980年/5th/全英33位)

個人的には、このアルバムで、もっとも印象的な曲です。

「何か食べないといけない。いつもとてもひもじいんだ。この飢えをどうすれば止められるのか、わからない。眠らないといけない。夜にはひどくナーバスになるんだ。この不安をどうしたら止められるのか、わからない。電話しないといけない。どこにでも電話する。誰と話すのでもいいんだ。僕は、今回は、あまりにも遠くまで来てしまった。これまで自分がしてしまったことを考えたくない。その椅子の後ろにはいつも、隠された沈黙が控えている。海岸が透明な時に、彼らは現れる。彼らは動くものは何でも食べる。膝がガクガク震えだす。灯りが点灯され、星々は、ミツバチの群れのように落ちてくる。自己制御ができない。」

Got to get some food

I'm so hungry all the time

I don't know how to stop. I don't know how to stop

Got to get some sleep

I'm so nervous in the night

I don't know how to stop. No, I don't know how to stop

I don't know how to stop. I don't know how to stop

Got to pick up the phone

I will call any number

I will talk to anyone

I know I'm gone too far

Much too far I gone this time

And I don't want to think what I've done

I don't know how to stop. No, I don't know how to stop

There are always hidden silences waiting behind the chair

They come out when the coast is clear

They eat anything that moves

I go shaky at the knees

Lights go out, stars come down like a swarm of bees

No self-control

 

⑪アイ・ドント・リメンバー(I Don't Remember )※旧邦題「記憶喪失」

作詞作曲 ピーター・ガブリエル

◯アルバム「ピーター・ガブリエル Ⅲ  1980年/3rd/全英1位・全米22位」初収録。

◯シングル(1980年/8th)

◯シングル(1983年/11th/Live/全英62位)

フィリップ・K・ディックのSF小説、例えば長編小説「『流れよ、我が涙』と警官は言った」の世界を彷彿とさせる詞の内容です。

「私には、自分の身元を証明する手段がなかった。自分が何者か、示すための身分証明書がない。だから、君は、私を見つけたその場所に、私を連れて行った方がいい。起こってしまったことは仕方がない。胃袋は空っぽ、頭も空っぽだ。心は空っぽで、ベッドも空っぽなのさ。私には思い出せない。何も覚えていない。記憶を呼び覚ますことができないんだ。一切の記憶がない。」

I got no means to show identification
I got no papers show you what I am
You'll have to take me just the way that you find me
What's gone is gone and I do not give a damn
Empty stomach, empty head
I got empty heart and empty bed
I don't remember
I don't remember
I don't remember, I don't recall
I got no memory of anything at all
I don't remember, I don't recall
I got no memory of anything
-Anything at all

 

⑫ゲームズ・ウィズアウト・フロンティアーズ(Games Without Frontiers )

作詞作曲 ピーター・ガブリエル

◯アルバム「ピーター・ガブリエル Ⅲ  1980年/3rd/全英1位・全米22位」初収録。

◯シングル(1980年/4th/全英4位・全米48位)

これも、歌詞が非常に意味深長で、サビの部分が忘れがたく、脳裏に刻まれる曲です。

「ハンスはロッテと対戦して、ロッテはジェーンと対戦する。ジェーンはウィリーと対戦して、ウィリーはまた喜ぶ。スキはレオと対戦して、サッチャはブリットと対戦する。アドルフ(ヒトラー)が篝火を積み上げると、エンリコ(フェル二)が、それに火をつける。ホイッスルが鳴ったら、僕らは海岸の砂丘に隠れる。ホイッスルが鳴ったら、僕らはジャングルでヒヒにキスするんだ。〝It's a knockout(欧州の〝風雲たけし城〟っぽいTVバラエティ番組) ”さ。〝Games without frontiers (フランス版番組名)”では、涙を流さない戦争が繰り広げられる。もしも、コスチュームで人を殺せるなら、彼らはきっとそうするさ。国境なきゲームは、涙の流されない戦争なのだから。」

Hans plays with Lotte, Lotte plays with Jane
Jane plays with Willi, Willi is happy again
Suki plays with Leo, Sacha plays with Britt
Adolf builds a bonfire, Enrico plays with it
Whistling tunes, we hide in the dunes by the seaside
Whistling tunes, we're kissing baboons in the jungle
It's a knockout
If looks could kill, they probably will
In games without frontiers
War without tears
If looks could kill, they probably will
In games without frontiers
War without tears
Games without frontiers
War without tears

 

⑬ビコ(Biko)

作詞作曲 ピーター・ガブリエル

◯アルバム「ピーター・ガブリエル Ⅲ  1980年/3rd/全英1位・全米22位」初収録。

◯シングル(1980年/7th/全英38位)

◯シングル(1987年/20th/Live/全英49位)

ピーター・ガブリエルの代表曲。アフリカン・リズムのバラード。

歌詞は、本当に力強い。まるで、神通力が宿っているようです。Yihla Mojaは、南アフリカの黒人の言語で「魂よ、来たれ」「魂よ、我に来たれ」「魂を引き継ぐ」という意味で、日本風に言えば、吉田松陰の辞世の歌にある「留めおかまし、大和魂」のようなものです。

「1977年9月、ポートエリザベス、天気は晴れ。それは、いつも通りの仕事だった。警察の619号拘置室。おお、ビコ、なぜなら、ビコだから。魂よ、来たれ! 魂よ、来たれ! その男は死んだ。夜、寝ようとすると、僕は、真っ赤に染まった夢ばかり見る。外の世界には、黒と白しかない。そして、死んだのは片方の色だけだ。おお、ビコ、なぜなら、ビコだから。魂よ、来たれ! 魂よ、来たれ! その男は死んだ。君は、ろうそくを吹き消すことはできる。だが、ここで生まれた一つの小さな熾火すら、吹き消すことはできない。ひとたび、炎となって燃え始めたなら、風が、その炎を高く舞い上がらせるだろう。おお、ビコ、なぜなら、ビコだから。魂よ、来たれ! 魂よ、来たれ! 男は死んだのだ。そして、世界の眼は、今、見ている。今も、見ているのだ。」

September '77
Port Elizabeth weather fine
It was business as usual
In police room 619
Oh Biko, Biko, because Biko
Yihla Moja, Yihla Moja
The man is dead
When I try to sleep at night
I can only dream in red
The outside world is black and white
With only one colour dead
Oh Biko, Biko, because Biko
Yihla Moja, Yihla Moja
The man is dead
You can blow out a candle
But you can't blow out a fire
Once the flames begin to catch
The wind will blow it higher
Oh Biko, Biko, because Biko
Yihla Moja, Yihla Moja
The man is dead
And the eyes of the world are watching now, watching now

 

〈イエス〉

⑭ロンリー・ハート(Owner of A Lonely Heart )

作詞作曲 トレヴァー・ラヴィン/ジョン・アンダーソン/クリス・スクワイア/トレヴァー・ホーン

◯アルバム「ロンリー・ハート(90125)1983年/11th/全米5位・全英16位」初収録。

◯シングル(1983年/全米1位)

イエス唯一の全米No1ヒット曲です。このアルバム完成のために再結成した新生イエスの放った最大のヒット曲であると同時に、1980年代を代表する曲の一つでもあります。1980年代らしい、アレンジに隙のない、ある意味、パーフェクトな楽曲です。

このアルバム全体がそうですが、プロデューサーのトレヴァー・ホーンの色合いが強い楽曲(アレンジ)になっています。

私自身、イエスの楽曲の中では、この曲が一番好きです。

歌詞では、複数の自分が対立し、葛藤する姿が描かれています。

「自分から動くんだ。君は未来について考えることなく、いつも、自分の価値観の枠の中で生きている。自分の能力を示せ。行動が君を造形するのだ。勝つか負けるか、一か八かやってみろ。自分を見つめるんだ。君が登るステップが、君を高めるのだ。君には君のやり方があるはずだ。それが唯一の道なんだ。君自身を揺さぶれ。君の行うあらゆる行動が、君を形成する。こうして物語は進行する。」

「孤独な心の持ち主は、傷ついた心の持ち主よりマシだよ。言いなさいよ、思い切ってやってみる気なんてないって。これまで、たくさん傷ついてきたから。見なさい、ワシが大空を飛んでいくのを。その飛ぶ姿が、どれほど気高く孤高であるか。」

「不安を振り払って、無心でやってみるのよ。いいえ、お願いしているわけじゃない。孤独でいるべき理由なんて、本当はどこにもないのだから。人と交わりたいという、正直な、ありのままの自分自身でいることよ。あなたの自由意志に、チャンスをあげて。あなたは、成功を求めるべきなの、孤独な心の持ち主さん。」

Move yourself
You always live your life
Never thinking of the future
Prove yourself
You are the move you make
Take your chances win or loser
See yourself
You are the steps you take
You and you, and that's the only way
Shake, shake yourself
You're every move you make
So the story goes
Owner of a lonely heart
Much better than a owner of a broken heart

Owner of a lonely heart
Say - you don't want to chance it
You've been hurt so before
Watch it now
The eagle in the sky
How he dancin' one and only
You, lose yourself
No not for pity's sake
There's no real reason to be lonely
Be yourself
Give your free will a chance
You've got to want to succeed
Owner of a lonely heart

 

メン・アット・ワーク、U2、ラッシュの名曲集です。

この三つのグループの共通点のひとつは、1980年代に人気のピークにあり、活動の全盛期であった、あるいはグループの音楽的発展段階の一つのピークにあったということです。

二つ目の共通点として、この3つのグループは、歌詞に、政治的・哲学的・内省的なテーマの曲が多いことがあります。逆に、普通の恋愛テーマの曲などは、ほとんどないのです。

もう一つは、3バンドとも、ロックのメインストリームである米英の出身ではなく、その周辺国出身のバンドであること(ただし、英語圏)、そして、それぞれの国において、国民的なグループとしての強い存在感を持っている(いた?)ことです。

 それでは、この3つのバンドについて、順に多少の説明をしておきましょう。

 

まずはメン・アット・ワーク(Men at Work)から。

メン・アット・ワークは、オーストラリアのロックバンドで、ボーカルでリーダーのコリン・ヘイを中心に1979年に結成され、1981年に1stアルバム「ワーク・ソングス(Business as Usual )」をオーストラリア国内でリリースしました。アルバムが好評だったため、1982年に世界発売されるやいなや、瞬く間に世界的なムーブメントを巻き起こし、英米含めて世界各地で、この1stアルバムはチャート1位を記録しました。次いで翌1983年にリリースされた2ndアルバム「カーゴ(Cargo)」も、全米3位・全英8位を記録しました。

ボーカルとサウンドは、ポリスを庶民的にした感じで、センスがありながら親近感と気安さを感じさせるものでした。皮肉の効いた歌詞が、独特の世界観を持っていて、ハスキーなボーカルも個性的で、ほかにはない魅力にあふれていました。この時期、全世界を虜にしていたと言っても過言ではないでしょう。

しかし、それ以降、バンドの人気は下降線をたどり、1985年に活動を停止し、1996年に再結成されるも、2002年には再び解散してしまいました。

ここでは、世界的によく聴かれていた1st ・2ndの2枚のアルバムに焦点を当てて、名曲を紹介させていただきます。

 

次にU2についてです。

U2は、アイルランドの国民的なロックバンドで、1980年に結成されました。そして、1983年の3rdアルバム「WAR(闘)」が、初の全英1位を記録、全米でも12位を記録し、全世界でトータル1100万枚のセールスを記録しました。アイルランド人としてのアイデンティティと政治的問題意識を表現した、このアルバムの世界的なヒットによって、バンドは人気を確立しました。

当時、アイルランド国旗をはためかせながら歌う姿が鮮烈で印象的でした。

その後、1987年に、最高傑作と名高い5thアルバム「ヨシュア・トゥリー(Joshua Tree)」が、英米含めて世界各地で1位を獲得し、2500万枚のセールスを記録しました。

このアルバムが、U2の音楽の一つの完成形を表しています。エッジのギター、アダムのベース、ラリーのドラムスが繰り出す独特の硬質なロック・サウンドと、ボーカルのボノの美声が唯一無二の音楽を創り上げているのです。

この時期が、バンドの人気のピークでしたが、それ以降も、1990年代、2000年代まで、U2の世界的な人気は衰えず、現在に至るまで、オリジナル・メンバーのまま、旺盛に活動を続けています。

今や、押しも押されぬ、ロックの大御所、世界のスーパー・バンドです。

ここでは、1980年代におけるバンドの代表作3rd・5thの2枚のアルバムに焦点を当てて、名曲を紹介させていただきます。

 

最後にラッシュ(Rush)です。

ラッシュは、カナダのロックバンドで、1968年に結成され、1974年にデビューしました。その後、1980年リリースされた7thアルバム「パーマネント・ウェイブス」が初の全米4位・全英3位を記録し、さらに翌1981年の8thアルバム「ムービング・ピクチャーズ」は全米3位・全英3位を記録して、ラッシュの全アルバム中で、最も売れたアルバムとなりました。ここまでのラッシュは、タイトでヘビーな演奏をする、超絶テクニックのスリーピース・ロックバンドでした。特に、ドラムスのニール・パートは、ロック史上最高のドラマーとも言われます。

ところが、この直後、ラッシュのサウンドは、劇的に変化します。突然、シンセサイザーのサウンドを全面にフィーチャーした1980年代風の曲作りを始めたのです。

こうして、9th「シグナルズ(Signals1982)」10th「グレイス・アンダー・プレッシャー(Grace Under Pressure 1984)」11th「パワー・ウインドウズ(Power Windows 1985)」という3つの傑作アルバムをリリースし、安定した人気を誇りました。

その後、ラッシュの音は、再び原点に回帰し、エレクトリックな音は影を潜めます。そして、オリジナル・メンバーのまま、ドラムスのニールの腱鞘炎が悪化して演奏が不可能になった2015年まで、旺盛な活動が続けられました。(※ニールは2020年に脳腫瘍で67歳で亡くなっています。)

U2と並ぶ、伝説のバンドと言えるでしょう。ただ、日本での知名度は、海外と比べて、非常に低いのです。

ここでは、日本での人気が頂点にあった第3(4?)期と呼ばれるエレクトリック・サウンド全開の9th・10th・11thの3枚のアルバムに焦点を当てて、おすすめの曲を紹介させていただきます。

 

 

では、主に1980年代に発表された上記3つのグループの曲から、16曲を紹介します。

選曲は独断と偏見によります。曲順は、グループごとに、発表年次順に準じます。また、同一アルバム内の曲は、アルバム内の曲順に準じます。

 

 

〈メン・アット・ワーク〉

①ノックは夜中に(Who Can It Be Now?)

作詞作曲 コリン・ヘイ

◯アルバム「ワーク・ソングス(Business as Usual)1982年/1st/全米1位・全英1位)」初収録。

◯シングル(1982年/2nd/全米1位・全英45位)

初の全米1位を記録したヒット曲。神経症的な独特のユーモアが効いた歌詞が印象的な作品です。

「誰がドアを叩いているんだ? 行っちまえ、この辺りをうろつくな。もう夜遅いってわからないのか? 俺はとても疲れているし、気分も良くない。俺は、一人でいたいんだ。近寄るな、俺の部屋に踏み入るな。お前は外をうろついていりゃいいんだ。入ってくるな、俺は、急いで隠れるぞ。今頃、誰だ。誰がいるんだ。ドアを叩いているのは誰だ? 音を立てずに、つま先立ちで床の上を歩く。もし、物音が聞こえたら、奴は一日中、ドアを叩き続けるだろう。俺は閉じ込められて、ここに居続けなきゃならなくなる。俺は誰も傷つけたことはないし、ひとりでいるだけだ。俺の精神状態に問題は何もない。子供の頃から一緒の友だちと、ここにいるのが好きなんだ。ほら、彼らがやってきた。いつものお馴染みの感覚が、また、やってくる。」

Who can it be knocking at my door?
Go 'way, don't come 'round here no more
Can't you see that it's late at night?
I'm very tired and I'm not feeling right

All I wish is to be alone
Stay away, don't you invade my home
Best off if you hang outside
Don't come in, I'll only run and hide

Who can it be now?
Who can it be now?

Who can it be knocking at my door?
Make no sound, tip-toe across the floor
If he hears, he'll knock all day
I'll be trapped and here I'll have to stay

I've done no harm, I keep to myself
There's nothing wrong with my state of mental health
I like it here with my childhood friend
Here they come, those feelings again

 

②ダウン・アンダー(Down Under)

作詞作曲 コリン・ヘイ/ロン・ストライカート

◯アルバム「ワーク・ソングス(Business as Usual)1982年/1st/全米1位・全英1位」初収録。

◯シングル(1982年/3rd/全米1位・全英1位)

英米はじめ世界各国で1位を記録した最大のヒット曲。バンドの代表作と言える楽曲。

Down Underは、赤道を越えた向こう側(南半球)、英国から見て地球の反対側(オーストラリア・ニュージーランド)を指します。

「ヒッピーのルートをオーバーヒートしたフォルクスワーゲンのミニバンで辿る旅。マリファナに浸かっている頭。俺は奇妙な女に出会った。女は俺を苛立たせた。それでも、女は俺を泊めてくれ、朝食を食わせてくれた。そして、女は言った。あんた、オーストラリアから来たの? 女が魅力的で、男が略奪する国だね。雷の音が聞こえないのかい? 早く逃げな、身の安全を確保したほうがいい。ブリュッセルで、男からパンを買った。身長193㎝で、筋肉の塊のような男だった。俺は言った。俺の国の言葉を話せるかい? 彼は、ただ笑って、俺にベジマイトサンドイッチをくれた。そして、こう言った。俺もオーストラリアから来たんだ。ビールが美味くて、男が略奪する国さ。雷の音が聞こえないか? 早く逃げたほうがいい。避難しろ。」

Travelling in a fried-out Kombi on a hippie trail, 
head full of zombie
I met a strange lady, she made me nervous
She took me in and gave me breakfast
And she said:

"Do you come from a land down under
Where women glow and men plunder
Can't you hear, can't you hear the thunder
You better run, you better take cover."

Buying bread from a man in Brussels
He was six foot four and full of muscle
I said, "Do you speak-a my language?"
He just smiled and gave me a Vegemite sandwich
And he said:
"I come from a land down under
Where beer does flow and men chunder
Can't you hear, can't you hear the thunder
You better run, you better take cover."

 

③オーバーキル(Overkill)

作詞作曲 コリン・ヘイ

◯アルバム「カーゴ(Cargo)1983年/2nd/全米3位・全英8位」初収録。

◯シングル(1983年/6th/全米3位・全英21位)

メン・アット・ワークの曲の中で、私が一番好きな曲です。

不眠症の男が、夜な夜な街をうろつき、幽霊を見るのですが、ついつい、その男に〝ベトナム帰還兵〟の暗示を感じてしまいます。Overkillを、〝考え過ぎ〟と〝過剰殺戮〟の両方の意味で聴くことができます。作者のコリン・ヘイは、そういうことを考えて作った歌ではないようですが。

「眠れない。あまりにも深く、言外の意味を探り過ぎて、おそらく、複雑に考え過ぎているんだ。特に、夜には、状況が心配になる。大丈夫だとわかっているんだ。たぶん、ただの妄想なのさ。日毎に、それは現れる。夜毎に、俺の心臓の鼓動は、恐怖によって脈打つ。幽霊が現れては、消えていく。シーツを被ってひとりでいても、激しい憤りが湧いてくる。通りをうろつく時間だ。絶望の匂いがする。少なくとも、灯りはかなりある。代わり映えはしないけれど。考え過ぎ(※過剰殺戮)のせいで、夜は台無しになる。日毎に、それは現れるんだ。夜毎に、俺のハートは不安から激しく脈打つ。幽霊が現れては消えていく。次の1日がやってくる。眠れない。あまりにも深く、言外の意味を探り過ぎて、おそらく、複雑に考え過ぎているんだ。とりわけ夜には、状況が心配になる。考え過ぎ(※過剰殺戮)だって、わかっているんだ。日毎にそれは現れる。夜毎に、俺の心臓の鼓動は恐怖を示す。亡霊が現れては消えていく。」

I can't get to sleep
I think about the implications
Of diving in too deep and possibly the complications

Especially at night I worry over situations
I know will be alright
Perhaps it's just imagination
Day after day it reappears

Night after night my heartbeat shows the fear

Ghosts appear and fade away…

Alone between the sheets
Only brings exasperation
It's time to walk the streets
Smell the desperation

At least there's pretty lights and though there's little variation
It nullifies the night from overkill
Day after day it reappears
Night after night my heartbeat shows the fear
Ghosts appear and fade away…

Come back another day

I can't get to sleep
I think about the implications
Of diving in too deep and possibly the complications

Especially at night I worry over situation
I know I realize it's just overkill

Day after day it reappears
Night after night my heartbeat shows the fear

Ghosts appear and fade away…

 

④イッツ・ア・ミステイク(It's a Mistake)

作詞作曲 コリン・ヘイ

◯アルバム「カーゴ(Cargo)1983年/2nd/全米3位・全英8位」初収録。

◯シングル(1983年/7th/全米6位・全英33位)

最後の全米10位以内を記録した楽曲。これも、間違いで起こる核戦争をテーマとした、ブラック・ユーモアとアイロニーに満ちた名曲です。

「防空施設から飛び降りろ、逃げるんだ。少年兵たちは、銃を構えている。教えてください、将軍。戦争(パーティー・タイム)が始まるんですか? もしそうなら、俺たち、全員参加ですか? 俺たちが何も知らないと思うなよ。俺たちが何もしていないなんて思うな。俺たちの動きがとろいなんて考えるなよ。泣いたって無駄さ。今更、間違いだ、なんて言ってもダメさ。笑い声もすっかり消えた。そして、少年兵たちは、皆、楽しみを終えた。今は、物音ひとつしない。言うべきこともあまりない。彼らは、悪い奴らを逃走させたんだから。謝る必要なんてないのさ。奴の方が先に銃を抜いたんだ、なんて言い訳する必要もない。奴らは行って、ロニー爺さんを捕まえた。そして、こう言ったのは、彼だけってわけじゃない。間違いだったんだ。ほんの手違いだ。ちょっとしたミスだ。」

Jump down the shelters to get away
The boys are cockin' up their guns
Tell us general, is it party time?
If it is can we all come
Don't think that we don't know
Don't think that we're not trying
Don't think we move too slow
It's no use after crying
Saying
It's a mistake, it's a mistake

After the laughter as died away
And all the boys have had their fun
No surface noise now, not much to say
They've got the bad guys on the run
Don't try to say you're sorry
Don't say he drew his gun
They've gone and grabbed old Ronnie
He's not the only one saying
It's a mistake, it's a mistake
It's a mistake, it's a mistake

 

〈U2〉

⑤ニュー・イヤーズ・デイ(New Years Day)

作詞作曲 U2

◯アルバム「WAR 1983年/3rd/全米12位・全英1位」初収録。

◯シングル(1983年/9th/全米53位・全英10位)

名盤「WAR」を代表する名曲。U2初の全英10位ヒット曲。硬質なキーボードの音が印象的な名曲。実は、日本でも、よくラジオや有線でかかっていました。当時、聴いていた多くの日本人にとって、U2の代名詞的な曲だと思います。

ポーランドの自由を求める政治的運動〝連帯〟への共感、同時にアイルランドへの愛国心がテーマとなっています。

「すべてが静まり返った新年の元日。真っ白の雪で覆われた世界が動き出す。僕は君と一緒にいたい、夜も昼も。この新年の元日も、何も変わらない。僕は、もう一度、君と共にいるようになるだろう。血のように赤い空の下、白と黒の群衆が集う。(警官の前で)腕を組んで連帯を示す、選ばれた少数の人々。新聞は、この衝突が事実だと伝えている。僕らは打ち勝つことができる。たとえ、二つの立場に引き裂かれようとも、僕らは一つになれるんだ。僕は、もう一度、始めよう。たぶん、その時が来たんだ。おそらく、今夜…。」

All is quiet on New Year's Day

A world in white gets underway

I want to be with you

Be with you night and day

Nothing changes on New Year's Day

On New Year's Day

I will be with you again

I will be with you again

Under a blood red sky

A crowd has gathered in black and white

Arms entwined, the chosen few

The newspapers says, says

Say it's true it's true...

And we can break through

Though torn in two

We can be one

I...I will begin again

I...I will begin again

Oh...maybe the time is right

Oh...maybe tonight...

 

⑥ブラディ・サンデー(Sunday Bloody Sunday)

作詞作曲 U2

◯アルバム「WAR 1983年/3rd/全米12位・全英1位」初収録。

◯シングル(1983年/11th)

北アイルランド紛争の「血の日曜日」事件(1972)を題材にした名曲。

1972年の「血の日曜日事件」は、北アイルランドで2つ起こっています。

北アイルランドのイギリスからの自立とアイルランドへの併合を求める北アイルランド紛争(1960年代後半〜1998年)のさなか、1972年1月、北アイルランド第二の都市ロンドンデリーで、デモ行進中の市民が、イギリス軍に銃撃され、14人が死亡、13人が負傷したのがひとつ。さらに同年7月、北アイルランドの首府ベルファストで、IRAが80分間に20発の爆弾を爆破させる連続爆破テロ事件を起こし、イギリス軍兵士2名を含む9名が死亡、130人が負傷しました。これが二つ目です。

ボノは、このうち前者の事件について歌っています。とは言え、どちらでも、あまり違いはないようにも思えます。

歌詞にあるように、報復に次ぐ報復。そこには勝者はいません。

「今日のニュースが信じられない。その映像を見ないように目を閉じることも、ニュースを頭から消し去ることもできない。僕たちは、いつまで、この歌を歌い続けなきゃならないんだ? 今夜こそ、僕らは一つになれる。子供たちの足元に散乱する割れたガラス瓶。通りの袋小路に散乱する死体。でも、僕は、戦いを呼びかける声に従うことはないだろう。それは、僕を怒らせ、僕を追い詰める。血にまみれた日曜日。さあ、行こう! そして、戦闘が始まった。多くの命が失われた。でも、教えてくれ。誰が勝者となったんだ? 僕らの心の中に塹壕が掘られた。そして、母親たち、子どもたち、兄弟たち、姉妹たちが引き裂かれた。血ぬられた日曜日に。」

I can’t believe the news today
Oh, I can’t close my eyes and make it go away
How long, how long must we sing this song?
How long? How long?
'Cause tonight, we can be as one
Tonight

Broken bottles under children’s feet
Bodies strewn across the dead end street
But I won’t heed the battle call
It puts my back up
Puts my back up against the wall

Sunday, Bloody Sunday

Alright, let’s go!

And the battle’s just begun
There’s many lost, but tell me, who has won?
The trench is dug within our hearts
And mothers, children, brothers, sisters
Torn apart

Sunday, Bloody Sunday

 

⑦約束の地(Where the Streets Have No Name)

作詞作曲 ボノ/U2

◯アルバム「ヨシュア・ツリー(The Joshua Tree) 1987年/5th/全米1位・全英1位」初収録。

◯シングル(1987年/17th/全米13位・全英4位)

名盤「ヨシュア・ツリー」の一曲目にして、このアルバムからの3rdシングル。アルバムの代名詞的な曲であり、グループの代表曲の一つ。

「ヨシュア・ツリー」は、アルバム・タイトルからしてそうですが、非常に宗教的な曲が多いアルバムです。この曲も、とても宗教的な印象の強い曲です。

「僕は逃げて隠れたい。僕を閉じ込めている、この壁を打ち壊したい。手を伸ばして、その炎に触れたい。名前のない通りで。太陽の光を顔に感じたい。僕は、砂塵雲が跡形もなく消え去るのを見る。僕は、毒性雨から避難したいんだ。名前のない通りで。僕らは、まだ構築しつつある愛を燃やし尽くそうとしている。愛を燃やし尽くすんだ。そして、僕がそこへ行くとき、あなたとともにそこへ行く。それが僕にできるすべて。」

I wanna run, I want to hide
I wanna tear down the walls that hold me inside
I wanna reach out and touch the flame
Where the streets have no name

I wanna feel sunlight on my face
I see the dust-cloud disappear without a trace
I wanna take shelter from the poison rain
Where the streets have no name

We’re still building and burning down love
Burning down love
And when I go there
I go there with you
It’s all I can do

 

⑧終わりなき旅(I Still Haven't Found What I'm Looking For)

作詞作曲 ボノ/U2

◯アルバム「ヨシュア・ツリー(The Joshua Tree) 1987年/5th/全米1位・全英1位」初収録。

◯シングル(1987年/16th/全米1位・全英6位)

「ヨシュア・ツリー」の二曲目にして、このアルバムからの2nd シングル。U2の二番目にして最後の全米1位を記録したヒット曲。とても宗教的な歌詞の曲で、ここで使われているyou は、主イエスを指しています。

「俺は、最も高い山々に登り、原野を走り抜けた。ただ、あなたのそばにあるために。俺は走り、這い、これらの都市の城壁をよじのぼった。ただ、あなたのそばにあるために。けれども、俺は、まだ、探しているものを見つけていない。俺は、蜂蜜のような唇にくちづけた。彼女の指先に癒しを感じながら。それは炎のように燃えた。この燃えさかる欲望が。俺は天使の舌で話し、悪魔の手を握った。それは暖かい夜だったが、俺は石のように冷えていた。しかし、まだ、俺は、探しているものを見つけていない。俺は、神の王国がやってくることを信じている。その時、すべての血と肌の色が、一つに混ざる。だが、俺は、まだ走っている。あなたはくびきを解き放ち、鎖を緩めてくださる。俺の恥辱の十字架を背負ってくださる。そうとも、あなたは、俺が信じていることをご存知だ。だが、それでも、まだ、俺は探しているものを、見つけていないんだ。」

I have climbed the highest mountains
I have run through the fields
Only to be with you
Only to be with you

I have run, I have crawled
I have scaled these city walls
These city walls
Only to be with you

But I still haven’t found what I’m looking for

I have kissed honey lips
Felt the healing in her finger tips
It burned like fire
This burning desire
I have spoke with the tongue of angels
I have held the hand of a devil
It was warm in the night
I was cold as a stone

But I still haven’t found what I’m looking for

I believe in the Kingdom Come
Then all the colours will bleed into one
Bleed into one
But yes, I’m still running

You broke the bonds
And you loosed the chains
Carried the cross of my shame
Oh my shame, you know I believe it

But I still haven’t found what I’m looking for

 

⑨ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー(With or Without You)

作詞作曲 ボノ/U2

◯アルバム「ヨシュア・ツリー(The Joshua Tree) 1987年/5th/全米1位・全英1位」初収録。

◯シングル(1987年/15th/全米1位・全英4位)

「ヨシュア・ツリー」の三曲目にして、このアルバムからのファースト・シングル。U2初の全米1位を記録した大ヒット曲。このバンドの曲としては珍しく純粋かつストレート(?)なラブ・バラード。

「君の瞳の中に石が見える。君のそばには茨がうねっているのが見える。僕は君を待つだろう。巧妙な策略か運命の悪戯か。針の筵の上で彼女は僕を待たせる。そして、僕は君なしで待つ。君がいてもいなくても。嵐をくぐり抜けて、僕たちは岸に着く。君は、すべてを惜しみなく与えてくれるけど、それでも僕の飢えと渇きはおさまらない。そして、僕は君を待っている。君がいてもいなくても、僕は生きていけない。」

See the stone set in your eyes
See the thorn twist in your side
I’ll wait for you
Sleight of hand and twist of fate
On a bed of nails she makes me wait
And I wait without you

With or without you

With or without you

Through the storm, we reach the shore
You give it all but I want more
And I’m waiting for you

With or without you
With or without you, ah-ah
I can’t live with or without you

 

〈ラッシュ〉

⑩サブディビジョンズ(Subdivisions)

作詞 ニール・パート 作曲 アレックス・ライフソン/ゲディー・リー

◯アルバム「シグナルズ(Signals)1982年/9th/全米10位・全英3位」初収録。

◯シングル(1982年/21st/全米105位・全英53位)

9thアルバムの一曲目で、このアルバムを代表する佳曲。重厚なシンセサイザーと、ラッシュらしい転調するリズム、複雑なベースライン、ニールの哲学的な歌詞、サビで聴かせるアレックスのギター、いくぶん抑えられたゲディーのボーカル、これが、このアルバム「シグナルズ」の魅力です。これでもか、とばかりに、惜しげもなく、ドラマチックなプレイが、繰り広げられます。

歌詞は、人間を差別し、不適合者を排除していく都市の機能に拘られた人々の悲劇を歌っています。

「幾何学的な秩序のある都市の縁から無秩序に広がる乱雑な世界。輝かしい都市の灯りとはるかに遠く広がる灯りのない未知の世界の間にある隔絶された境界線。ここ(都市)で成長することは、とても一方的で偏っているように思える。すべて与えられた意見、大量生産工場(教育区域)で、あらかじめ定められ、孤立させられ、細分化された未来。ここでは夢見る者や孤独な不適合者はどこにも居場所がない。高校の教室で、ショッピングモールで、人々は再分化される。適合者か廃棄処分か。地下のバーで、クルマの後部座席で、再分化される。合格か廃棄処分か。どんな逃避も、この不愉快な真実を見ないで済ますのには役立つかもしれない。だが、事実を言うなら、この都市の境界線の向こう側(郊外)には、若者のやむことのない夢をなだめるだけの魅力はないのだ。」

Sprawling on the fringes of the city in geometric order
An insulated border in between the bright lights
And the far unlit unknown
Growing up it all seems so one-sided
Opinions all provided
The future pre-decided
Detached and subdivided
In the mass production zone
Nowhere is the dreamer or the misfit so alone

Subdivisions
In the high school halls
In the shopping malls
Conform or be cast out
Subdivisions
In the basement bars
In the backs of cars
Be cool or be cast out

Any escape might help to smooth the unattractive truth
But the suburbs have no charms to soothe
The restless dreams of youth

 

⑪アフターイメージ(Afterimage)

作詞 ニール・パート 作曲 アレックス・ライフソン/ゲディー・リー

◯アルバム「グレイス・アンダー・プレッシャー(Grace Under Pressure)1984年/10th/全米10位・全英5位」初収録。

◯シングル(1982年/26th)

この10thアルバムを象徴する、緊張感と冷たさ、鋭い痛みと哀しみが同居する名曲です。

友人の死がテーマとなっています。

「突然、君は逝ってしまった。この生命の世界から彼岸へと。君自身が存在した痕跡だけを残して。僕は思い出す。霧深い夜明けに、僕らがどんなふうに話し、一緒にお酒を飲んでいたかを。僕はその声を聞く。僕らは、夏の濡れた芝生の上を、水辺へと走った。僕はその足跡を見る。僕は思い出す。君が生きていた時、君がそうだったように、今も感じるんだ。君の声を、君の気配を、君の息づかいを、感じるんだ。君がまだ生きているように、君の存在を感じるんだ。」

Suddenly, you were gone
From all the lives
You left your mark upon
I remember 
How we talked and drank
Into the misty dawn
I hear the voices
We ran by the water
On the wet summer lawn
I see the footprints
I remember
I feel the way you would
I feel the way you would
I feel, I feel the way you would

 

⑫レッド・セクターA(Red Sector A)

作詞 ニール・パート 作曲 アレックス・ライフソン/ゲディー・リー

◯アルバム「グレイス・アンダー・プレッシャー(Grace Under Pressure)1984年/10th/全米10位・全英5位」初収録。

◯シングル(1982年/25th)

近未来(遠未来?)の人類滅亡の危機というSF的な絶望的シチュエーションをテーマとした曲。アレンジも未来的で、冷たくドラマチックな曲想を感じます。

「僕らにできることは、生き残ることだけ。僕らにできることは、ただ生き延びることだけだ。薄汚れた灰色の不規則な列。骸骨たちが、足を引きずって歩いている。叫ぶ警備兵たちと煙を吐く銃が、不運な者たちを倒していく。」

「収容所の門のところで銃声が聞こえる。解放者がいるのか? 僕は希望を持つべきなのか、恐怖するべきなのか? 父さんや兄さんのためには、もう、手遅れだ。でも、母さんが立ち上がるのを助けなければいけない。僕らは地上で生き残った最後の人間なのか? 生き残っている人類は、僕らだけなのか?」

All that we can do is just survive
All that we can do to help ourselves is stay alive
All that we can do is just survive
All that we can do to help ourselves is stay alive
Ragged lines of ragged grey
Skeletons, they shuffle away
Shouting guards and smoking guns
Will cut down the unlucky ones

I hear the sound of gunfire at the prison gate
Are the liberators here?
Do I hope or do I fear?
For my father and my brother, it's too late
But I must help my mother stand up straight
Are we the last ones left alive?
Are we the only human beings to survive?
Are we the last ones left alive?
Are we the only human beings to survive?

 

⑬ビトゥイーン・ザ・ホイールズ(Between the Wheels)

作詞 ニール・パート 作曲 アレックス・ライフソン/ゲディー・リー

◯アルバム「グレイス・アンダー・プレッシャー(Grace Under Pressure)1984年/10th/全米10位・全英5位」初収録。

アルバムのラストを締める、重苦しさと軽やかさ、相反する感覚を交互に表現した、忘れ難いイメージを残す佳曲。一方で、ニール・パートの歌詞は、ひたすら深刻で苦悩と絶望に満ちています。

「僕らは、のっぴきならない板挟みに陥って進退極まる苦境を生きている。時代の狭間で、ゴールデンアワーの番組のブラウン管の光を浴びながら、この時代に、僕らは二つの戦争の狭間の時を生きている。現実を生きてはいるが、これまで良い時代を過ごしてきて、今では、その良かった昨日に、しがみついている。スピードを出している君のクルマの車輪に、今、まさに轢かれようとしているウサギが、轢かれる直前に、どんなふうに感じるか、わかるかい? フロントガラスに向かって飛んでくる蠅のように、鮮烈なイメージが、瞬く間に通り過ぎてゆく。致命的な登山で凍りついていく遭難者がそうであるように、運命の車輪は、君を置き去りにして先へ回転していく。その車輪が君を引きずり回す。そして、君を切り裂く。」

To live between a rock and a hard place
In between time-
Cruising in prime time-
Soaking up the cathode rays
To live between the wars in our time-
Living in real time-
Holding the good time-
Holding on to yesaterdays...
You know how that rabbit feels going under your speeding wheels
Bright images flashing by like windshields towards a fly
Frozen in the fatal climb-
But the wheels of time-
Just pass you by...
Wheels can take you around
Wheels can cut you down

 

⑭ビッグ・マネー(The Big Money)

作詞 ニール・パート 作曲 アレックス・ライフソン/ゲディー・リー

◯アルバム「パワー・ウィンドウズ(Power Windows)1985年/11th/全米10位・全英9位」初収録。

◯シングル(1986年/27th/全米45位・全英46位)

11thアルバムの一曲目で、ファースト・シングル・カットされた、アルバムの代名詞的な勢いのある曲。ヘヴィーかつハードで、パワーと疾走感があり、重厚でありながら爽快感もあります。

この11thアルバムの特徴でもありますが、ゲディー・リーの神業ベースが、弾けて、跳ね回って、強烈な印象です。

「ビッグマネーが世界をまわる。ビッグマネーは地下にも巡る。ビッグマネーは並外れた声をあげる。ビッグマネーはまったく音を立てない。ビッグマネーは100万の糸を引っ張る。ビッグマネーは賞賛を得る。ビッグマネーは巨大な網を織る。ビッグマネーはハエを引き寄せる。時には人々を振り回す。時には人の足をすくう。時には人を激昂させる。時にはその怒りをとめる。それは力と栄光そのものだ。それは楽園の中に戦争を引き起こすものだ。そして、一か八かのシンデレラ・ストーリーを創り出すのだ。」

Big money goes around the world
Big money underground
Big money got a mighty voice
Big money make no sound
Big money pull a million strings
Big money hold the prize
Big money weave a mighty web
Big money draw the flies
Sometimes pushing people around
Sometimes pulling out the rug
Sometimes pushing all the buttons
Sometimes pulling out the plug
It's the power and the glory
It's a war in paradise
A cinderella story
On a tumble of the dice

 

⑮マラソン(Marathon)

作詞 ニール・パート 作曲 アレックス・ライフソン/ゲディー・リー

◯アルバム「パワー・ウィンドウズ(Power Windows)1985年/11th/全米10位・全英9位」初収録。

◯シングル(1986年/30th)

このアルバムのイメージを象徴するような明るく弾けている元気な曲。数あるラッシュの曲の中でも、もっとも明るいポジティブな曲の一つではないでしょうか。

It's not how fast you can go
The force goes into the flow
If you pick up the beat
You can forget about the heat
More than just survival
More than just a flash
More than just a dotted line
More than just a dash
It's a test of ultimate will
The heartbreak climb uphill
Got to pick up the pace
If you want to stay in the race
More than just blind ambition
More than just simple greed
More than just a finish line
Must feed this burning need
In the long run

 

⑯ミドルタウン・ドリームズ(Middletown Dreams)

作詞 ニール・パート 作曲 アレックス・ライフソン/ゲディー・リー

◯アルバム「パワー・ウィンドウズ(Power Windows)1985年/11th/全米10位・全英9位」初収録。

シングル・カットされませんでしたが、このアルバムで、一番好きな曲です。メロディアスで、ドラマチックで、美しい曲です。しかしながら、その歌詞の内容は、ミドルタウン(地方都市)の少し憂鬱な現実を描いたものです。

「オフィスのドアは早々と閉まり、隠されていた酒のボトルが取り出された。セールスマンは窓のブラインドを降ろしに行った。ちょっとトロい動作で、ちょっとでっぷりした風体で。けれども、彼は、依然として、出世街道を諦めてはいない。いつだって、今もなお。とは言え、今日のような退屈な日が続くと、どんな男の耐えられる限界をも越えるだろう。その都市の中央部を貫いて夢は流れていく。人々の生命力(炎)を喰らい、夢は欲望を運ぶ。そして、鬱屈したあなたの心を奮い起こさせる。夢は、この街から出て行く人々を運ぶ。5月初めの草原を、少年は親友と歩いている。二人は黙って歩いている。ひとりは親密な気持ちで、ひとりは心を彷徨わせて。そう、彼は、ひとり、ギターを抱えてバスに乗るつもりだ。輝く流れ星のように、天上を駆けて輝くために。中年のマドンナは、隣人と電話している。日々、季節は過ぎゆき、彼女の人生を寂しく置き去りにする。けれども、彼女は、ある晴れた午後に、そのドアを出て行く。地方都市の孤独な屋根裏部屋から出て、大都市を飾る輝く存在となるために。独身の人であれば、できるならば、ここではない、どこか遠く良い所へ行きたいと考えるのは、理解できないことではない。たとえ、この小さなご近所での暮らしが、悪くないものであっても。彼らは地方都市で夢を見る。」

The office door closed early
The hidden bottle came out
The salesman turned to close the blinds
A little slow now, a little stout
But he's still heading down those tracks
Any day now for sure
Another day as drab as today is more than a man can endure
Dreams flow across the heartland
Feeding on the fires
Dreams transport desires
Drive you when you're down
Dreams transport the ones who need to get out of town
The boy walks with his best friend through the fields of early May
They walk awhile in silence
One close, one far away
He'd be climbing on that bus just him and his guitar
To blaze across the heavens like a brilliant shooting star
The middle-aged madonna calls her neighbour on the phone
Day by day the seasons pass and leave her life alone
But she'll go walking out that door on some bright afternoon
To go and paint big cities from a lonely attic room

It's understood By every single person
Who'd be elsewhere if they could so far so good
And life's not unpleasant in their little neighborhood

They dream in Middletown