今回、玉城デニーさんの知事再選に関して、県内メディアなどで「沖縄の民意が示された」とよく言われる。
この場合の〝民意〟というのは「米軍基地反対」の民意と言うことだ。細かく言えば「辺野古米軍基地建設反対」ということだ。
辺野古基地建設反対派の玉城デニーさんの34万票に対し、基地容認派の佐喜真淳さんは27万5000票であった。これをもって、5対4で反対派の勝ちというわけだ。
では「辺野古だけの問題か?」というと、そうでもない。
特に、座り込みを続けている市民らなどは、「アメリカ軍は沖縄から全員出ていけ!」と抗議している。
実際、辺野古の海岸には「米軍は出て行け!(USA Army, go home!)」の大きな横断幕が貼ってあるのだ。
さらに、反対派は、辺野古の抗議活動で、「アメリカ軍出て行け!自衛隊出て行け!」の大合唱をするのである。
ということは、反対派は、すべての米軍基地と自衛隊基地に反対しているということなのだろう。
それが、玉城デニーさんを支持する「オール沖縄」の〝民意〟なのだろうか?
しかし、私は、〝沖縄の民意〟という表現、「オール沖縄」という政治勢力の名称にも、メディアによる〝印象操作〟の臭いを嗅いでしまうのだ。
辺野古の基地反対派運動家たちは叫ぶ。
「米軍は沖縄から出て行け!」
「自衛隊も出て行け!」
「武器を持つから戦争になる!」
「基地があるから攻撃を受ける。だから、基地はないほうがいい。」
「戦争大好きな安倍は死ね!」
「沖縄は中立だ!」
本当に、それが県民の多数派(つまりは民意)なのだろうか?
そして、県民の大多数が、日米同盟は要らないと考えているのだろうか?
アメリカの核の傘など要らないと考えているのだろうか?
そこのところが、現実とは異なるという気がしてならない。
考え得る可能性としては、下記のようになるだろう。
玉城デニーさんを支援する「オール沖縄」勢力の主張する〝沖縄の民意〟の内実とはー
(1)①辺野古米軍基地の埋め立て建設には反対だが、沖縄のすべての米軍基地の存続に反対しているわけではない。日米同盟には反対しない。核抑止力は必要と考える。自衛隊基地建設にも反対しない。基本的には、沖縄の米軍基地及び日米同盟を容認する立場で、自衛隊基地の増強にも寛容。
▶︎このような現実的で穏健な考え方の人々が、実は、「オール沖縄」勢力を支持する県民の多数派なのかもしれない。そうであるなら、彼ら①グループの辺野古基地容認への心理的距離は、それほど遠いものではない。
彼らは、政府による沖縄への米軍基地押し付けに不快感を持っている。とは言え、国土防衛の必要性は、よく理解しているのだ。
しかし、こうした巷でよく聞く理性的な意見は、少なくとも、県内メディアや学識者の論調の主流ではない。メディアは、よりはっきりした米軍基地反対の立場を鮮明にしたがる傾向が強い。そうしたメディアの過激な論調によって、県内の世論が不自然に誘導されてしまっている傾向があると、私は思っている。
(2)②辺野古基地建設に反対であるだけでなく、沖縄の米軍基地は、なるべくなくすべきだと主張する。しかし、自衛隊基地は容認。加えて、日米同盟は必要と考え、自衛隊は増強すべきと考える人々。米軍基地負担は県民への差別と考え、県内の米軍基地の県外移設を主張する立場。
▶︎この主張をする人々は、国土防衛の必要性は認めるが、米軍基地の県内比率の異常な高さを問題としており、基地負担の軽減を主張する。このような偏りの少ない考え方の人も相当程度存在する。
しかし、この種の人々②グループは、上記①グループの人々と同様に、むしろ、基地容認派予備軍と考えられる。国からの補償次第では、基地容認となるだろう。そして、この①②グループが、県内の無党派層の多数派である。
ただし、この①②グループの人々の一部は、「反対した方が補償が大きくなる」と考えて、利を求めてわざと反対の立場をとる傾向がある。実際、県内では、こうした悪しき風潮が相当に強いのが現状である。
現在、基地関係の国家予算は年間5000億円で、そのかなりの部分が沖縄に投入されている。例えば、基地使用料が2000億円、さらに、思いやり予算として基地従業員の給料、米軍人の家賃として県民に支払われているお金もある。加えて、自治体への特別に高い補助金もある。すべて、国民の納める税金である。
あまりにも上記のような「補償を吊り上げるための姑息な反対の態度」が目立つと、県外の人々から、沖縄が白い目で見られるようになってしまう。現にそうなっている面もある。残念なことである。
(3)③辺野古基地含む、県内県外すべての米軍基地に反対の立場。日米同盟は必要ないと考えている。ただし、自衛隊は増強すべきだし、場合によっては独自核武装も視野に入れるべきと考える。
▶︎アメリカからの完全な自立と自主防衛を志向する立場の人々。アメリカの核の傘に頼るよりも、むしろ、自前の核を持つべきと考える。極めて愛国的であると同時に、自立的な国家像をビジョンとして掲げる独立独歩の生き方を好む人々である。しかし、この③グループの勢力は、沖縄だけでなく、今の日本国内では極めて少数派であろう。当然だが、「オール沖縄」支持者の中にも、この③グループは、ほとんどいないと思われる。
(4)④辺野古基地含む、すべての米軍基地は、沖縄には必要ない。それだけでなく、この国に米軍基地は一切必要ないし、日米同盟そのものが要らない。つまり、「アメリカの核の傘は要らない」ということだ。
加えて、沖縄には自衛隊基地も必要ない。アメリカにも日本にも守ってもらう必要はない。「この島には、いかなる国の軍事力も要らない」という立場だ。
❶何故なら、「核攻撃力を含む軍事力を背景としない、威嚇を伴わない穏便な話し合い、つまり、非武装・中立の外交力で、東アジアの平和と安全は維持できる」と信じるからだ。彼らは、むしろ、「基地があるから、自ら武器を持つから戦争になるのだ」と主張する。
▶︎まず、県内でも、最もナイーブかつ純真な、子供のように欠片も邪気のない方たちの考える沖縄の民意は上記の考え方であろう。「殺すより、殺されたほうがいい」というフレンド派(クェーカー)の信仰に基づいて作られた憲法前文と9条の平和主義の精神に殉じるものでもある。
しかし、多少なりとも考える頭があり、現実を知っている良識のある大人であれば、「攻撃するより、攻撃されたほうがいい」というような無防備極まる非武装の方針には従えないだろう。アーミッシュのような筋金入りの信仰者であれば別だが。
もっとも、県内に、そのような筋金入りの平和信仰者がそれほど多くいるとは考えにくい。むしろ、国際政治の過酷な現実を見ようとせず、妄想のファンタジーに浸っている非現実的な夢想者が、この種の人々④❶グループの多数派であろう。大学生など、世間知らずの若者に多いようだ。さもなければ、裕福に育った左翼の頭の凝り固まった理想主義者だろうか。内地出身の活動家も多い。
いずれにせよ、彼らは、ロシア・ウクライナ戦争のような侵略戦争に実際に晒されない限り、目覚めることはないだろう。目の前に爆弾が落ちない限り、目覚めない人々である。
ところで、④の「沖縄に武器はいらない」「核も米軍もいらない」「日米同盟も自衛隊もいらない」派の人々の中には、実は、④❶グループの「お花畑な人々」以外に、もう一つ、別の考え方を信奉する人々がいる。それは、アメリカ以外の核に依存することを夢見る人々である。この人々が、いわゆる〝沖縄独立派〟である。
沖縄独立派には、大まかに考えて以下の二つの潮流がある。
(5)④辺野古含め、あらゆる米軍基地・自衛隊基地は、沖縄にはいらない。
❷何故なら、「沖縄は、中国の庇護のもとで繁栄できる」と信じるから。最悪、「中国の核によって守られればよい」と考える立場である。
彼ら④❷グループは、基本的な心情として、中国が好きで、日本は嫌いなのである。
▶︎沖縄には、もともと、中国にルーツがあることを誇りとする一族が多くいる。韓国ほどではないが、歴史的に「事大主義」の勢力が強いのだ。
彼らは知事や国会議員など、多くの権力者を輩出し、沖縄の政界・経済界・学会に隠然たる巨大権力を有している。そして、彼らは、「日本の一部であるより、むしろ、中国の一部であったほうがよい」と考えているようだ。
沖縄では、島国であることもあって「長いものには巻かれよ」という強者への迎合の意識が根強いが、その〝長いもの(権力者たち)〟が、県内では伝統的に中国シンパの勢力であるため、この親中派④❷グループは、潜在的には県民全体の1/3程度を占める大勢力となっている。また、中国がより強大になってきたことで、このグループは、以前より力が強まっている。
彼らは、そもそも日本人であるという意識が薄い。だから、政府のことを、わざわざ〝日本政府〟と呼ぶ。言外に「自分たちの政府ではない」ということを匂わせる物言いである。
そして、この④❷グループの人々が、沖縄の言論をリードしている。彼らは、県内の学者、文化人、ジャーナリスト、教育者などの中核を成しているのだ。
(6)④辺野古含め、あらゆる米軍基地・自衛隊基地は、沖縄にはいらない。
❸何故なら、「沖縄は、北朝鮮の核によって守られるべきだ」から。
北朝鮮は、偉大な指導者金正恩によって統治される〝地上の楽園〟であると信じる人々。彼らによれば、アメリカの核は悪の核であり、北朝鮮の核は善の核である。
基本的な心情として、彼ら④❸グループは、日本もアメリカも大嫌いである。
▶︎沖縄の社会活動家、学者、政治家の中には、毎年1月に那覇市で、『金正恩生誕祭及びチュチェ思想勉強会』を開催している人々がいる。その会合では、100名以上の同志たちが集まり、辺野古基地反対運動の報告もなされる。
オール沖縄勢力の中核には、この北朝鮮シンパの④❸グループの人々がいる。数はそれほど多くないが、沖縄の左派の社会活動家は、大なり小なり、この親北派④❸グループの影響を受けていると考えるべきである。
その特徴は〝強烈な反米・反日意識〟にある。
特に、辺野古・高江に集う過激な活動家ほど、このグループに属している可能性が高い。在日朝鮮人グループや、韓国の従北左派の若者などが、辺野古などの反対活動に参加するのも、こうした思想的親和性の高さから、仲間意識が醸成されやすいためと考えられる。
以上、概観してみただけでも、沖縄の未来をどう考えるか、そのビジョンがあまりにも異なる人々(1)〜(6)が、ごちゃ混ぜになって、「オール沖縄」勢力を名乗っていることがわかる。
そもそも、日米同盟は必要と考える人々①②グループと、中国の一部になってもよい人たち④❷グループと、北朝鮮の核に期待する人々④❸グループと、純粋に非武装の平和な中立の島となることを夢見る人たち④❶グループが、同じ船に乗って仲良く進めるはずがない。
この辺をはっきりさせなければ、いずれ、とんでもないことになるだろう。「船頭多くして船山に登る」ということになりかねない。
いや、むしろ、今、すでに、そうなっているのかもしれない。
ちなみに、私自身は辺野古容認派である。そして、①②③グループとは、話が通じ得ると考えている。だが、④❶、④❷、④❸のグループとは、まったく相容れない。私からみると、彼ら④グループは、まるで話の通じない人々である。彼らと理解し合えるという期待は一切ない。
だが、この④グループが、知事選で「オール沖縄」勢力(玉城デニーさん)に投票した民意の多数派であるとは、私には思えない。④グループは、むしろ、県内の少数派だろう。
それでは、沖縄の民意とは、いったいどのようなものなのか?
結局、何が沖縄の民意なのか?
その答えは、まだでない。
少なくとも、辺野古で抗議している偏った思想に凝り固まった少数派の人たちの意見が、沖縄を代表する民意というわけではないはずなのだ。
それだけは、はっきりしている。