ちょっち、「代表取締まられ役」が考えたこと。 -42ページ目

ありがとう




魔女に会った。後姿だけだったけれど魔女に違いない。



その魔女は、すさんだ様子だった。



どうしてかというと、箒(ほうき)がボロボロだったからだ。



もちろん、ウソ。



下りのエレベータで私の前に立っていた女性のポニーテールを見た感想。ポニーテールは中途半端に右に寄っていて、枝毛だらけで、染められた色はまばらだった。


その魔女のお蔭なのだろうか、10日間もづログを書き続けられた。どうも、ありがとう。

 
 

視野はどこまで広げられるか


「思い切って海外で生活すると視野が広がるかもしれない」と言う人に会った。

確かに視野は広がる。しかし、それは結果論だ。

例えば、何人かと共同でアパートメントを借りたとする。ある朝、バスルームの床に1本、陰毛が落ちていたらどうなるか…。

その陰毛が間違いなく自分のものだと認識できたりする。きっと他の住人は「あいつの陰毛だ」とあまりいい思いをしない。

というのも、他の住人は金髪で黒髪は日本人の自分だけだったりするから。

とういうわけで海外で生活するとバスルームの床にまで視野を広げざるを得なくなる。

ちょっち、ふざけすぎましたね。


働くおじさん


赤信号で立ち止まっていたら通りの向こうにある2台の自動販売機が気になった。「大変な仕事だなぁ」と横断歩道を渡りながら思った。早速、自動販売機の前で私は調べ始めた。

1台の自動販売機に12本の飲料が3列あって36種類。2台で72種類。重複するブランドを減らしても全部で61種類!

もし、自分が自動販売機の補充をする仕事だったら私は途方に暮れるだろう。

どのブランドを何本補充しなければならないとかは何か便利な機械があったとしても補充そのものは手仕事だ。きっと私が担当する自販機はお客さんから「コーヒーを買ったのにお茶が出てきた!」と苦情殺到するだろう。さらに、自社の宣伝部からは「キャンペーンのラベルを張ってない自販機がある!」などと叱られたり…。

今度、飲料メーカーのトラックが止まっていたら、どんな方がどういう動きで仕事をしているのかを観察しなければ、と思った。


割り箸


割り切れない“という方にお会いした。その方は、Aの業務を数年やって、1ヶ月ほど前からBの業務になったそうだ。

私からするとBの業務は初めてなのでいい経験になるからいいんじゃない、なのだけれどその方は、慣れたA業務の方がやりやすかった、とのこと。

最初は、「現実的にB業務になったんだからそこで工夫してみれば」、と伝えて割り切ることを薦めたが進展しない。

「じゃあ、何があれば割り切れるのですか」と質問すると「充実感」と言う。A業務では充実感があった。でも、B業務では充実感を経験していないから割り切れないわけで、それを割り切れと言われても割り切れるはずがない。

「B業務で充実感を得るためにどんなことができますか」と尋ねたらようやく会話が回り始めた。

きっと、その方は割り切らないままB業務で充実感を得るだろう、その結果、A業務もB業務もそれぞれいいところがあるし、今後どうしようと益々割り切れなくなるだろう。

割り箸は割っていないときに商品価値があるけれど割った途端、道具になる。自分の市場価値を高めるには割り切らない方がいいのかもしれない。

 

覚悟できない理由とは?


「覚悟できない」と言う人に会った。

そもそも“覚悟“は何に対してするのだろうか。目標や到達点が見えたからっといって覚悟しない人はしない。それに至る道筋があっても覚悟しない。到達した人を見ても覚悟できない。

確実なものを求めているのだろうか?

この世の中に確実なものは吉野家の牛丼の味くらいしか見当たらない。牛丼だって牛肉騒動で一時危うくなったしね。結婚式で永遠の愛を誓っても離婚するし、しなくても危機は何度となく訪れる。

失敗を恐れているのだろうか?

失敗を恐れるにはまず成功が必要だ。ヒット曲連発のミュージシャンや8年連続200本安打を期待されているイチロー選手じゃあるまいし…。

そっか、覚悟ができない人は期待していないんだ、自分に。

“自分自身に期待できない人は覚悟ができない“と私は思う。

 

上司の仕事


7時44分。野良猫「二代目クロネコヤマト」がやってきた。エサ箱に鼻をつけて、食べないまま、牛乳をぺロリと一口舐めて立ち去った。

その間、10秒くらいだったろうか。

見回り、というか、上司として私の顧客サービスぶりを確認しにいらっしゃったのだろう。野良猫さんたちの業務も大変だなぁ、と思った。

ほぼ毎日、お疲れ様です。


福田首相と冬柴大臣へのメッセージ


国会の場で話し合いをしよう。議論をしよう、と福田首相は述べられましたね。

はぁ?ですよ。

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数週間前に国会の予算審議をテレビで観た。民主党の代表質問に対し、冬柴国交大臣や福田首相の答弁は、質問をはぐらかし、全く筋違いでしかも根拠のない言い逃れでしかなかった。

話し合いでもなく、議論でもない。決定事項なんだから、あなたたち(民主党)の意見も「一応聞いておきましょう(聞くだけだけどね)」程度だった。

今後10年間で日本に59兆円!もの道路予算が必要なのだろうか。まず、10年という区切りが怪しい。59兆円の根拠も過去の実績では無謀としか言いようがない。

さて、

3年前の統計で日本の人口が初めて自然減になったそうだ。生れた人が死ぬ人の数を下回る時代。それを国単位ではなく、地域単位で分析すると今後10年間で地方における平均年齢は加速度的に上昇するだろう。

昨年生れた赤ちゃんは確か約100万人。10年間で1,000万人。いやいやそれじゃあ人口減は止まらないから、倍にして2,000万人。もっともっとで5,000万人にして、一人当たり100万円の祝儀をあげても50兆円。9兆円も余る。

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福田さん!道路より少子化にお金を使わなきゃ。ほら、そうすると支持率も間違いなく上がりますよ。それだけじゃなく日本経済も確実に活性化する。

冬柴さん!あんた馬鹿じゃない。答弁で子供の夢のためにも道路財源が必要だって答弁したでしょ。論理が飛躍どころか支離滅裂。


分岐点


分岐点橋下大阪府知事による30歳以下の職員を集めた会合が報道されたのは最近ですよね。そのとき思ったのは、「33歳まで対象にすればいいのに」、だった。

というのも、弊社の統計によると33歳までは自分自身や組織を変革しようという覚悟をして一歩を踏み出せるけれど、それ以上は自己制限して、「できればいいと思う、けど…」、とできない理由をモゴモゴ言ったり、固定観念で、「どうせ駄目だから」、と選択肢から排除したりする。

もちろん33歳以下でも以上でも気概のある方、ない方はいる。

だったら全員を対象にすればいいじゃないか!と思われるかもしれないが残念ながら“分岐点“がある。

“分岐点“は何に対してかというと”期待”。つまり、組織それぞれが想定する“期待の分岐点”。

“期待の分岐点”を越えるには、2つあります。

  1) “場”があればアピールする
  2) “場”がなければ自ら行動で示す

何歳であろうが覚悟をして、一歩を踏み出せる人を組織は大事にする。


理由


今日の午前中、お会いした方に開口一番、「今日は天気がいいですね~。気持ちいいです」と伝えたら、冴えない返事。

本当は、朝に感激した言葉を続けたかったのだけれど花粉症で大変なようだったので止めた。

さて、私が気持ちよかったのは地下鉄神保町駅を降りてすぐに発見したものがあったから。








は、


桜。


可憐に咲いていたよ。



天敵


「先入観があり、柔軟な発想ができない」、という方と話す機会があった。

“先入観“を持たないようにしましょう。なぜならば…、などと正論は言いたくないし、伝えても性格的な事情もあるのでなかなか直らない。そもそも人間には物事を合理的に判断するために“先入観“がとても重要だ。

その方の課題の本質は、どんなことに対し“先入観”を持ち、どういう結果に至っているかだ。

“先入観“は、既知の知識や過去の経験でもたらされる。つまり、新しい行動を始めるのには天敵となる。