喧嘩
早起きして仕事に集中していたら急に途切れた。
喧嘩している声が聞こえてきたからだ。
なんだーぁ?お前っ!
俺が先だろっ!
どけっ!
どくわけねーだろ!
なにーぃ!
やんのか?
やんだったら受けるぜっ!
喧嘩に関わるのも何だけど、身内に助っ人したくなるのは当然だろう。私は大きく手を振りまわして威嚇した。
私は野良猫「二代目クロネコヤマト」の味方なのだ。
見知らぬ野良猫は退散したが、「二代目クロネコヤマト」は興奮が収まらないようだった。
月曜日の憂鬱 その2
今日は祭日ですよね。でも、月曜日でもある。
ひょっとしたらカレンダーがなくても月曜日だとわかるのではないだとうかと思うほどだ。
そう、月曜日の憂鬱は他者からもたらされる。
今日の憂鬱は前回の会議で決まったことに違和感を持っている、というメールが届いたこと。
面倒なので今日、本人に直接会って解決することにした。
月曜日の憂鬱
3週連続で不快な出来事に遭遇している。感情に走った感傷的なメールをもらったり、根拠のない主張をされて困惑したり、独り善がりな発想しかできない人に会ったり、思い込みや憶測でしか発言できない人と会ったり、だ。
あれっ、3週連続じゃなくて4週連続だった。
月曜日に集約されていることが分かって楽チンな気分になった。
と、ここまで読んだ方は、「んな訳ないじゃん、明日にでも不快な出来事があるよっ」と思われたかもしれない。
はっ、はっ、は。
私において、月曜日以外の出来事は不快に成り得ない、というセルフコントロールができるようになった話で した。
狙いを定めて
右目に何やら違和感を感じたので目薬を注した。
1滴、2滴、3,4,5,6滴。
あれっ、瞳に入らない。
落ち着いて再挑戦したら、多分、黒目の中心に3滴命中!
ティッシュで拭いたら何もしていない左目から涙が出ていた。
これって本能なのか、な?
中年オヤジの見栄と決断
とあるコンビニに入ったら何だか様子が違う。普通であれば棚の下にある商品が上段に並んで、しかも品数が多い。
その商品はお菓子。10円、20円のチョコレート群。
とあるコンビニは日本の最高学府に属する教育機関の内部にある。近い将来最先端の研究 者になるであろう若者たちの嗜好は子供だったのである。
学生食堂にも行った。
何を食べようか迷ったのだけれどメガプレートにした。メガプレートはトンカツとハンバーグがドドーンと乗っかっている大盛りカレーライス。中年オヤジも君たちには負けないぜと考えたからだ。
席について周囲を見回してもメガプレートなんて食べてる人はいなかった。男女とも定食でバランスを気にしているようだった。そういえば栄養に関するチラシやポスターが何枚も貼られていたことを思い出して恥ずかしくなった。
さて、メガプレートで満腹になった私はトレーをどこに片づけるのか分からなかったので学生さんに尋ねたら礼儀正しく、とても丁寧に教えてくれた。
彼らが将来の日本を支えるのだとしみじみ思った。そして、次の瞬間、そこで仕事をしている私(たち)はいつも以上の力を出し切らねばと気合が入った。
情けない30代
前回の記事で30代が情けないと書いた。その理由をあれこれ考えた。
30代は両極化している。
リーダー職でも、リーダー職じゃなくても広い視野で行動している人は大丈夫だと思う。
しかし、情けない30代は与えられた仕事をこなすことで十分だと思っているふしがある。そこそこ仕事ができるようになって、そのまま安住しているわけだ。
よくよく考えればリーダー職は数に限りがあるので当然といえば当然なのかもしれない。また、ひょっとしたら、情けない30代も20代前半の頃は、認められたい、少しでも早く役に立ちたいという気持ちで試行錯誤をしつつ、一生懸命だったのかもしれない。
どの時点で情けなくなったのだろう?
両極化する前に分岐点があったはずだ。
本人のせいにするのは簡単だけれど、組織という観点で考察すると組織力が低下しているわけで由々しき事態だ。情けない30代がどうしようもない40代になる前に何か手を打たなければ組織は立ち行かなくなる。
たまに40代の方と話す機会がある。「上司が自分より年下だけれど自分は気にしない」と自慢げに語られたりするが、年下の上司は使いづらい人材と思っている視点が抜けている。
情けない30代やどうしようもない40代は自己完結の視点から抜け出せないのである。
30代は両極化している。
リーダー職でも、リーダー職じゃなくても広い視野で行動している人は大丈夫だと思う。
しかし、情けない30代は与えられた仕事をこなすことで十分だと思っているふしがある。そこそこ仕事ができるようになって、そのまま安住しているわけだ。
よくよく考えればリーダー職は数に限りがあるので当然といえば当然なのかもしれない。また、ひょっとしたら、情けない30代も20代前半の頃は、認められたい、少しでも早く役に立ちたいという気持ちで試行錯誤をしつつ、一生懸命だったのかもしれない。
どの時点で情けなくなったのだろう?
両極化する前に分岐点があったはずだ。
本人のせいにするのは簡単だけれど、組織という観点で考察すると組織力が低下しているわけで由々しき事態だ。情けない30代がどうしようもない40代になる前に何か手を打たなければ組織は立ち行かなくなる。
たまに40代の方と話す機会がある。「上司が自分より年下だけれど自分は気にしない」と自慢げに語られたりするが、年下の上司は使いづらい人材と思っている視点が抜けている。
情けない30代やどうしようもない40代は自己完結の視点から抜け出せないのである。
20代前半の人へ
先日、20代半ばの若い人と話す機会があった。いろいろ勉強になりました。ありがとう。
それに対し、30代の若い人はどうかというと情けない状況で社会人というより男としてどうなのか?と首をかしげたくなるときもある。何だかねぇ、守りに入っている。しかも守る範囲が自分の領域だけ。30歳も超えれば自分の後輩やチーム、組織まで視野を広げるべきなのにさ。
20代前半の人は腐った30代の先輩に振り回されないようにしていただきたい。
部下を褒めるには何が必要か?
部下を褒めることに関して書籍にもサイトにもいろんなノウハウがある。コーチングという何やら怪しい言葉まで輸入してお勉強に仕立て上げられている感もしないではない。
さて、私。私は部下を褒めることにひどく抵抗感を持っている。
心理学によると自己評価の低い人は人を褒めない傾向にあるそうだ。その反面は然りで、自己評価の高い人は人を褒める傾向にある。どういうことかというと、人間は接する相手に自分自身と同じレベルを求めるからだそうで、私の場合は自己評価が低いので褒めるのも褒められるのも苦手だ。褒められると馬鹿にされている気さえする。
とはいえ、組織運営に部下を褒めることは重要。
そんな私がどうしているかというと、演技。実はシーンをいくつか設定している。最近は演技力が向上していると自負しているが相手にとっては怖い顔をして褒め言葉を発しても意味ねー、と思っているかもしれない。
先日、地下鉄のホームで、よちよち歩きの子供を連れた母親が何かにつけ子供を褒めている姿を見て、自分に必要なのは演技力ではなく無償の愛ではないかと思った。
