画家の雑記帳 -289ページ目

左手だけで書いてます


いつもみなさまありがとうございます。
今日もあるテーマを思いつき
それを書こうと思ったのですが、支障が・・。

12日から盆休みに入り、
ひたすら家で
このブログと
絵画制作(大型の油画)
の2つをやっていたのですが・・・

今日、昼過ぎに起きると、
(朝まで起きてました)

右腕の筋肉が
かなり痛く・・・。

ブログ&絵で
ひたすら、身動きあまりしないで
手ばかり丸2日動かしてたためか
右腕が極度の筋肉痛・・・ショック!
使うと上腕が痛い・・。

両手ならブラインドタッチも
できるし、早いのだけど
左手片手だけだと、
やっぱり不便ですね・・・。
「打ち」が煩わしい・・・


そんなわけでマッサージいってきます。


考えてみえば、楽しいことは
手をつかうことばかり・・。
手って大事ですね。
大事にしなくては。。。

ゲーマーもやはり
腕の筋肉痛になったりすんのかな。。

いや、単にもう年かな・・(笑)

まぁ回復力早い方だし、
明日には完治してるはずです。。。

って、報告だけのつもりが
けっこう
左片腕だけで、たくさん書けた。。。



追伸

それから
いまだに現時点で
昨日の記事や前々日の記事に
コメントいただいていて
ものすご~く嬉しいです。
たぶん、半日後とか明日に
なりますが、
まとめてレスさせていただきますね。
もはやブログはライフワークになってる
生き甲斐のひとつなので
僕の筋肉痛に関係なく
遠慮なくコメ&ペタください^^。

エッセイ「自殺における男女の違い」


このところ、
ディープなネタをネタを提供している
sizingakaです(^^;)
画像ソフトが不具合で
文章系ばかりの記事ですみません。

さて、今日とりあげる話は
単純に2つに1つに分けれる話しではないんですが、
ちょっと「自殺」について話そうかなと思います。
ちなみに、僕は
自殺願望ゼロですので、ご心配は無用です。

よく男が自殺する場合、
仕事や地位の喪失がきっかけとなる場合が
とても多い気がするんです。

しかし、女性の自殺はそうではく、
男が原因で自殺する場合が多い気がするんです。
これまでの歴史の統計的な側面として。。

もちろん、男でも、女性に振られ、
それを苦に死んでしまう人だっているのだろうけど、
女性のそれに比べ、ぜんせん少ない気が
するんだけどいかがだろう・・・

なんというか
女性というものは、惚れた男のためには
自分のすべてを犠牲にできるぐらい、
相手が自己の人生の「全て」になってしまう
そんなタイプの人も多い気がするんです。

で、この違いってどこからくんのかなぁ・・
とふと思う時があるんです。
特にそういうニュースや記事などに
触れるたび・・。

自分の話しをするとなんだけど・・・
自殺とかまではいかなくても、
昔つきあった人の中には
別れたあとに、1年くらい「ひきこもり」になって
その彼女の友人から
なんとかしてくれと言われたことがある。
ほかにも、すでに両親がいなく、
すでに天涯孤独なのに、
別れるとき、全財産(実家のうったお金とか)
の通帳(おそろしい金額)をもってきて、
全部あげるから別れないで・・
とか(もちろん拒否しました)、
はたまた、別れたあと、
1年くらいはストーカーになっちゃう子とか・・・。
わりとそういう類いの女性も何人かいたわけです。

男なら、なかなかそういう風にならんと思うけど・・
女性の場合は、そういう風に、
恋愛すると、
なにもかも見えなくなってしまうタイプの人が
本質的に男より非常に多い気がするんです。
以前、「恋愛中毒」なんてタイトルの
ドラマがありましたが・・・。
ちなみに主演の薬師丸ひろ子さん、
大好きです(笑)。


まぁ、こんなことを書いても
どうしょうもないのだろうけど、
なんかそういう意味合いにおいて、
恋愛って怖い部分もあるなというのも
実際のこれまでの感想で・・・・。

恋愛初期段階において、
相手があまりにも
一生懸命になってきだすと、
「この人は、万が一、
 別れたりすることなったら、大変かも・・・」
と、まだわからぬ未来の余計な心配を
ついしちゃうことなんかありました・・。
考えすぎかな・・・。
考えてもそんなもんしょうがない事なのかな・・。
ちなみに、
今はそんな恋愛的境遇にいるわけでないのですので
ご心配なく^^;


人生、最後はやっぱり「愛」だと思うんですよ、
物とか財産ではなく・・・。

ただ、昨日の記事のコメント欄でも
またこれまでのコメントのやりとりでも
男女間においては
その距離感をどうバランスよくとるか
ということを大事にされてる方が
とても多かったですが、
ほんと極端なブレは、互いを不幸にするもの
と感じます。

なんだか、「自殺における男女の違い」
と書きながら、
かなり恋愛論に偏向してきた気が(^^;
あぁ~何がいいたいのかぁ・・
自分でもよくわかなくなってきた(笑)ので
軌道修正しつつ、もう少しでやめときます^^;。

ともあれ、「命」ってすごい
大事なもので、
もし、仕事でも恋愛でも
何かとても苦しいことがあって
そのため、死にたいなんて思ってる人は
どうか冷静にと願うばかりです。

戦争直後の悲惨極まりない時代より
現代のほうが、ものすごい数で
自殺する人が、この日本、
増え続けているので
自分なりにいろんな角度で
こうしたことも考えて記事に
したかったというわけです・・。

今日も世界中の病院などで
明日への命と向き合いながら
懸命に生きよう生きようと
苦しみながら懸命に日々を
闘ってる人もたくさんいます。
ブログで知り合った
僕の友人もいます・・・。

人生は仕事でも人間関係でも
恋愛でも、その人にしかわからない
大きな苦しみや試練はありますが
一人でも多く
どうか生きて生きて生き抜いて
そして生きてよかったなぁと
思える日が来てほしいなぁと思います。

夜中の終戦などの特集番組が
このところ多いですが
そうしたものを見るたびにも
「命の大切さ」を思い知る次第です。



ペタしてね


「LOVE & PEACE」な日々を願いつつ・・・。
 元気だしていきましょ~。

エッセイ「人間を狭くする愛 人間を広くする愛」


詩のスタイルにしようかなと思いつつ、
いや、これは思いつくまま書きなぐろうと
意を翻しましたので、それでいきます。。^^;

今日は、個人的な恋愛観を・・・。

当たり前のことですが・・
愛は大切。人生でこのうえない泉。
そんなことはわかっているのだ。。
そのうえで、よくこれまで思ってきたこと・・。

なんというか・・たとえば
好きだからって、べったりいつも「二人の世界」
などというのはワタシは嫌いだ。

ワタシは、相手が男であれ女であれ
そんなこと関係なく、いい人だなぁ~とか
素敵な人だなぁ~とか、触発されるなぁ~
尊敬できるなぁ~など
いわゆるそういう魅力を感じる人なら
一人でも多くのたくさん人と繋がっていきたい。
と、つねづね強く思っている。
それが自分を広げることだと思ってる。


このブログを通しても、たくさんの人と
こうして繋がりあえて
交流も嬉しいし、触発しあえたり
共感しあえるるから
毎日のように更新もするし
いろいろ張り切ってるわけで^^。

ちょっと話しずれるけど
よく男と女の友情は成り立たないという人も
いるけど、ワタシはそんなように思って
いないし、現実にこれまでたくさんの
男女の友情を築いてきてもいる。
異性だからって、なんでもかんでも恋愛対象
なんてこと、そもそもないのだし。

けれども、これまた、たとえばだけど・・
彼女が出来たりすると
「もっとワタシだけを見て!」というタイプの人も
いるだろうし、こうしたブログにさえ嫉妬するタイプ
の人もいるだろう。。
「なんで、こんなにいつもブログで仲良く・・」
などと・・。
でもそんな風に思われるのは
僕にはありえない世界。
そんな了見の狭い人なら
まず、つき合えないなぁ~~。

でも、恋愛っていうのは
時として、「二人だけの世界」
だけに閉じこもるような
言い方は悪いかもしれないのだけど
そういう方向性の人も
それなりにいるんではないだろうか・・。

また、結婚してもそう。
オレの妻とか、私のダンナとか、
あんまり所有物みたいな感覚は
受け付けないなぁ。。
もちろん、性的な・・
いわゆる浮気とかそういうのは
論外ということを前提とし、
僕個人としての考え方は
別に、食事して語らおうが
メールしようが、そんなもん、別に
いいじゃないと思う。
それは相手に対しても、自由にどうぞ
と思ってる。

誰かと付き合うことで、
人と人の繋がりやそうした
世界が極端に狭くなるなんて、
ぼくには嫌なことだ・・。

・・と、こんなことを書いているが
もちろん、僕には彼女もいるし、
ちなみに
彼女はいつもこのブログを見ている(笑)。

でも、こうしたことは理解して
もらってるつもり。いや、無理やり
理解させているのかもしれない。
いや、そうさせた(笑)。。

これまでも
誰かとつき合う場合でも
いつもそういう部分が無理なら
理解できないのなら
つき合えません!というくらい
強い意思表示で接してきた。。。
だってそれが僕だから仕方ない。。。
偽りたくないし、
愛し合うようになったからといって
毎日べったりなんて、
最初のひと月目から無理なのだ。。
ラブラブなんて言葉は
僕はあまり好きではないんだな・・
「ラブ」でいいじゃんと。
「ハイ」も一回でいいとよく
親に言われたし(笑)。

ともあれ、
すべてが大事なんだもの。
そう、すべて。
よく君だけを・・という
愛の感覚ありますよね。
もちろん、ワタシも人間ですから
普通にそういう感覚はちゃんとあります。
だからって、それはそれとして
同じくらい
繋がりあえてる人達、みんな大事。
恋をしても、恋だけで
心が一杯一杯はなれない・・。

このブログだって
ちっともバーチャルな世界でなく
インタラクティブに
多くの人と繋がりあえるわけで、
単なる日記でもなく
この相互交流の世界は、
書くこと、共鳴しあうこと、考えることが
同じ趣味の人や同じテーマで
日々交流できてるわけで、
たまにあう現実の友達より
実際、深い関係性を感じたりもする^^。

ともあれ、
広く、博く、寛く、
ありたいな。。人間として。。

というわけで
日頃の皆さんの愛に支えられてることに
感謝して
心からのKISSを贈ります(^^;)。
男性はよけてください。
女性は彼氏や旦那さんに見つからぬよう
そっと受け取ってください(爆)。

と冗談はさておき、、、
このブログを通して、
その向こうの
「人間」そのものに
まず恋してます^^。


恋愛・・
まぁいろんなカタチがあるものだけど
で、どれがいいとか悪いとか
言うつもりはないのだけれど
人間を狭くする愛は小さくって嫌だなぁ~
より人間を互いに広くしあえる愛がいいな~と
そんなこと、よく思います。。

なんだか、変な記事になっちゃったな・・^^;
ではまた♪


ペタしてね

エッセイ・「神」は放置する・・・


昨日、詩の中で「神」について触れた。
で、今日は角度をかえて、
エッセイとして、僕が
「神」そのものについて
感じてることを論じたいと思います。。

とはいえ
でも僕は別にクリスチャンでもないので、
僕の言う「神」とは
あくまで便宜上の「神」で、
読み手によってキリストでもいいし、釈迦でもいい。
はたまた、その他どんな「絶対的なるもの」でも、
「something great」と思えるものに
置き換えて捉えていただいてもいいです。
僕は「絶対的」なものはあるとは思うけど
でも見たことないし(笑)
誰も証明できないものだから、
とりあえずの「神」です。

さて、「神」は我々のいちいちすることに
とやかく関知しない。
もし、「ちょっかい」
と言っては語弊があるかもしれないが
我々を監督し「干渉」するものならば、
たとえば9・11のような
そうした惨劇は起こらないのである。

もしも、あなたが
全治全能な「神」ならどうするでしょう・・・
たとえば、凶悪なやつがいて
何の罪もない幼子を残虐にも殺してしまうような
ことが起こるとしたらどうするでしょう。

まず、僕が「神」なら
全治全能なんだから、食い止めますよ。
そんなの見てられないもの。
きっとあなたもそうだと思う。
でも、「神」は違うんだな・・きっと。。。
これだけ、世界中で
痛ましい事件事故が
毎日のようにどこかであるというのに
どう見ても関与してない。
ほったらかしのようにも思える・・
そうじゃないだろうか・・。

なぜだろう・・・・
そういうことに
思いを馳せたことはあるだろうか・・・。
まぁこれは「神」がいるという
前提でのお話しなわけですが・・・。

私は決して
ふざけてこういうことを言ってはいない、
いたって大真面目に
よくこういう類いのことを、
時に考えたりしてしまうのです。

私が思うに、
我々はすべて自己の魂に責任を持たされるような、
そんな気がするのです。そう、魂の自己責任。
乱暴な言い方をすれば、
良いことしたいやつは良いことしまくればいいし、
悪いことしたいやつは悪いことしまくればいいと。
ただ、そのすべての諸行為は魂に刻まれるのでは・・?
ということのような気がするわけです。

で、自然の世界でも科学の世界でも、
そのすべてに原因と結果があるように、
良いことも悪いことも、魂に刻まれた因と果が
まさに因果関係として、
平等に、その魂に報いとなって
その人に現れるような
そんな気がするんです。

だから、そういう点で、
東洋思想でいう「輪廻」(りんね)
ってあると思うんです。個人的に。

生まれ変わりがあって、
前の生でいろいろやっちゃったことは、
報いとして、良いこと悪いことも、
結果として次の生にでちゃうというか・・。
で、もし思わしくない人生であったとしても、
嘆くなかれ、どうあれ、その中から、
いいこといっぱいして、懸命に徳を積んでゆけば、
さらにその次の世がぐんとよくなるというか・・・
そう思うし、そう考えて、やっと個々人の
「人生の差別」も
割り切れるようような気がすんですよね~なんだか。

だって、一回きりの人生なら、
なんでこんなに人によって
いろいろ差がありすぎるのだと、そう思いますもん。
「神」は不公平すぎるぞ!と^^;。
やはり『自分で播いた種は自分で刈り取るしかない』
と古い聖書にも仏教書にも
同じ趣旨のことが書かれていたりもする。
そんな感じで
魂に刻まれたカルマなるものがあると、
そう考えるわけです。
そういうシステムじゃないのだろうかと・・・
だから、
いちいち干渉しないで「放置」すると・・・。

で、もしそうならば
そういう「差別」があること自体、
神なるものが存在するということだ。
というわけで、敬愛するニーチェ様、
たぶん、「神」は死んでいない(笑)。

などと・・・
まぁいろんな角度から「神の放置論」を展開したわけだが、
ほんと言うと、これも疑問だ^^;。
大事故でも、九死に一生を得るみたいなこともあるし、
僕も幼いころ、その経験をした。
(今でも脳裏に焼き付いてるすごく不思議な体験だった。)
逆に、階段でつまづいてしまっただけで
死んでしまうような人もいる。
すごくかわいそうなことだけど・・。
まぁ、そういう特異な例をあげなくても、
何をやっても厄病神がついてるような人だっていれば、
現実の人生が、明らかに何かに守られまくってるような
ラッキーで福徳の花が満開のような人だっているし・・。

これも現世における因果応報なのかもしれないが、
なにかこの宇宙には、
宇宙それ自体のバイオリズムみたいなものがあって
それに合致しゆくような、
こちらの魂のバイオリズムがあって、
それで「うまくいく」ようなことや
「奇跡的」なこともあるのかもしれない・・・。

ともあれ、こういうことばかり論じると、
無神論者の方にはカルト的に思われるかもしれないが、
そういう人は、価値観の相違ですので
こんな記事、「放置」しといとくださいね(笑)。
※あくまで個人の感想です^^;

ついでに言えば、
こういうこと信じようが信じまいが、
何を言いたいのかをいえば、
人生いろいろあるけど、
笑顔を絶やさず、
そして徳を積んでいきましょ~!ということです。
「陰徳あれば、陽報あり」
座右の銘にしてる好きな言葉です。。
まぁなんだか偉そうなことを言ってますが^^;、
自分自身にもよく言い聞かせてることです。

すべては自分に返ってくる・・・
良きにつけ、悪しきにつけ。
昔の人は、こういうことを
「笑う門には福来たる」とか
「身から出たサビ」っていったんだろうな・・・。


<付記>
こういう精神的な世界を
書くと、ネットの世界では
とかく宗教系広告的コメントや
はたまた中傷的コメントが
入ることも懸念されるので、
あまり書かないようにしてるのですが、
でも書いちゃったので(笑)
そういうのに当てはまるコメの
場合は承認できませんので
あらかじめ、ご了承ください。。。


ペタしてね

(追伸)
どうか芸術の神さまだけは
放置しないで
降りて来てくださ~いと
いつも願う僕でした(笑)

グルっぽの報告です。すごい^^


おかげさまでわずか1ヶ月で
「創作表現者たちの輪」が
なんと本日100名となりました。目
すでにたくさんのスレッドも立ち、
新しいブログ交流の輪も
グループ内で生まれてきていて
そうした賑わいをみせています。
開設した者として、とても嬉しいです。

これからも
どんどん輪を広げていきたいと思います。
創作や表現する世界に興味ある方なら
誰でも大丈夫です。
プロもアマも問いません。
純粋に、たくさんの心と心が
相互交流の中、
発見や感動や友好の輪が
幾重にも広がっていくことを
望んでいます^^。

また、グルっぽ参加の人の
一人一人にご挨拶は出来ておりませんが
この場を借りて
心から感謝の気持ちを・・・。
みんなで盛り上げていきましょう♪
どうもありがとう。。。

参加をご検討の方は
下記をクリックしてくださいね^^


詩「深淵の中の光り」


泣くだけ泣いて涙も枯れ果てて
そしたら何故だか
急に笑い出したくなっちゃって
そんなことってないかな・・・

闇を存分に味わったら
もう朝がくるしかないように

君にいつまでも
悲しみばかりはなく
絶望に永遠もなく

たとえ今は
不条理の雨に打たれたとしても
君の魂に光りがあるならば
やがては
晴れ渡る空が君を包んでいくだろう

時に倦怠と混乱の中で
君は身動きとれぬまま
闇を彷徨うかもしれない

苦しい時間の1秒は
楽しい時間の1時間よりも長く感じられ
君は眠ることも出来ぬまま
孤独と痛みだけが
汲々と心と体を絞めあげるのかもしれない

もはや悲しむことも笑うことも
無意味に感じられたとしても
闇は君の魂まで奪うことは出来ない
たとえ肉体は疲れ果てても
たとえ心が萎えきってしまっても
君の全体が蝕まれることなどなく
いかなる障魔も侵入できぬ領域が
君の中にあることを
君は知らなければならない

大輪の花でさえ最初は小さな種
同じように君の根源は
冒されることのない光源を宿し
いずれ仮の世の仮の身を
本来の君へと変えてゆく 

消えることない光りが君の中にある
そこにしか本当の救いもなく
闇を光りに変えてゆくのも
そう すべてはそこから

どこか遠くに天国があるわけでもなく
どこか遠くに神様がいるわけでもなく
君の中にこそ天国が存在し
そしてそこにこそ神も住んでいて
それを魂に覚知した時
すべての闇も遠ざかり
君が無垢の君自身へとたどり着くはず

深淵 君の中の奥の奥・・・
消えることなき光りが
永遠と繋がっている・・・


「三日月も、そこに見えない全体があるように・・」


今日はエッセイを・・。

去年も、今年に入ってからも
あまりに多くの社長、政治家、有名人
などの転落劇がニュースを賑わしている。
まったく後をたたないでいる。。

あたり前のことだが
もはや有名とか財産で
偉さの決まった時代は過ぎ去ったといえる。

ハタからはキャーキャー言われるような
そんな存在の人でさえ、
その見えない部分の闇は深く、
事件が明るみにでると
まさかこの人が・・と
驚愕させられることは多い。

ここ一週間騒がれている彼女も、
父親の事故死に、暴力団の弟に
不幸な結婚、別居・・と
あまり幸せでなかったといえる・・。

いつも部分観で見えていることが
すべてではない・・・。
なのに部分観だけでチヤホヤしてしまう
世情というものにも
昔から、それもどうかな・・
と感じてきたことが多かった。

世界で名を成した成功者の中で
本当に立派な人達もたくさんいることだろう。
けれども、
成功イコール、
偉い人・素晴らしい人
という単純な図式ではくくれないはず、
近頃ますますそう思う。。。。

部分的な事実が
そのままその人と真実とは
関係がないのだ・・。

一人の人間として
どうあるか・・。
それがきっと大切で、
地位や名誉があるとかないとか
成功しているとかしてないとか
そういう基準で
人の全体を判断すること自体が
もはやナンセンスなのかもしれない。

と、ますます感を強めた
今日この頃・・・。



ペタしてね

我が輩の休日


たまにアップしている休日編のパート・・、
もう何回目だろう、忘れちゃった(笑)。

ちなみに私の休日は土日ではなく
水木です。
日頃は、家好きなので
職場(お店)と自宅の往復のみで
まずほとんど外出しません・・。

お出かけするのは休日の2日か
もしくは1日だけ。。
しかも、いつも自宅周辺・・・。

と前置き長いので、そろそろ始めます^^。

今回も、自宅からタクで1メーターの場所。
ホテル、ニューオータニに
行ってまいりました。
というのも、ニューオータニ美術館で
「小林かいち展」
がやっていたからです。

画家の雑記帳


画家の雑記帳

入り口のPOPからでしかその絵を紹介できませんが
このように素敵なデザイナーさんです。
明治生まれで、主に大正から昭和の戦後あたりに
かけて活躍されました。
僕としては、竹下夢二さんより好きな作家さんで、
この時代はまだデザイナーなんて言葉なかったと
思いますが、絵葉書などのデザイン、イラスト
の数々の素晴らしい作品を遺されています。

洗練されたモダニズムと叙情性・・
って感じの作品群にとても感銘受けました。
平日とはいえ、とても人も入ってました。。

このあとは、ニューオータニのそばの
たまに利用するお気に入りのカフェ、
オーバカナルで一休み。
ここのカプチーノうまいです。。
(他は飲んだことない^^;)

画家の雑記帳

下は、バカナルの斜め向かいにある、
空いたら住みたいレンガ色のマンション。
ってたぶん、空いても高すぎて
どうせ住めないのだろうけど・・(笑)。

画家の雑記帳

カフェのあとは、このすぐそばに
ある「弁慶橋」の下にあるボート場へ。

画家の雑記帳

画家の雑記帳

で、ボートにのり
お堀の川をしばしボートで楽しみました。

画家の雑記帳

橋の下、白鳥がいたりします・・。


画家の雑記帳

で船をこぎだし・・・、
こんどは・・

画家の雑記帳


鷺がいました・・風情あります。。

そしてまた漕ぎだし・・

画家の雑記帳

こんどは・・・


画家の雑記帳

未確認飛行物体がやってきました。。

まだ小さな点の時は
さもやUFOで
あ、さらわれてしまうと心配になったのですが
(嘘です)

画家の雑記帳

はい、気球でした^^

で、そんなこんなで1時間ほど
ボートを楽しみ・・・

疲れたので
ちょっとぼんやり黄昏れてました^^↓

画家の雑記帳


で、パワーを取り戻したあとは
こんどはこの弁慶橋すぐそばの
赤坂エクセル東急にある
Barジパングへ、まったりしにいきました。


画家の雑記帳

一見、トラディショナルな
渋いフローリングの広いバーで・・

かつ展望階なので
窓辺にも席があったりするのですが・・

画家の雑記帳

この赤い席から奥は
別世界で・・・


画家の雑記帳

真っ赤な世界に
なっていたりします・・

ここで飲んだことない
変な名前のカクテル飲んだりして
(名前忘れた^^;)、
しばしの時間を過ごしたあと
また近くの
そば屋さんで
じゃこ丼&鴨せいろを食べ

そして、、

自宅に帰りました^^。

ではまた♪



ペタしてね
皆さんの応援ペタが
毎日更新のエネルギーです^^。

ロンドン紀行〜ロンドンブリッジ編〜後編


前回のロンドン紀行の後編です。

さて、やってきましたロンドンブリッジ。

画家の雑記帳


橋の上の警官にご注目↓。

画家の雑記帳

白馬に乗ってご警備中です^^。


さてロンドン塔と呼ばれる古城は
この橋をおりてすぐです。
なかには、皇族の貴重な歴史遺産が
展示されてるので、パシャパシャ
できませんが、ドアの外から・・
こんな感じです↓。

画家の雑記帳


そして階段も素敵です・・↓

画家の雑記帳


城壁の風景・・↓


画家の雑記帳


建物の敷地内はこんな感じ・・↓


画家の雑記帳


まさに中世にタイムスリップしたような
まるでメルヘンの世界にいるような
そんな風情に包まれます・・・。


ここを出た後、いったん
ロンドンバスでホテルへ。

そしてホテルからほど遠くない
サマセットハウスという美術館へ・・。
テムズ川沿いを歩いてゆきました。。

途中の風景・・↓

画家の雑記帳


いよいよ美術館に到着。

美術館前はスケートリンクで
たくさんの人が楽しんでました。。↓
(ちなみに、このときは
 冬の夕暮れ時でした・・)


画家の雑記帳


サマセットハウスという美術館は
その内容があまりに素晴らしく
19世紀の数々の巨匠の作品群に
しばし胸を打たれる時間を過ごしました・・・。

その後、夜はトラファルガー広場へ。
ミュージカル「メリーポピンズ」を鑑賞^^。

ここでひとつ、
お洒落なレストランバーを紹介。

画家の雑記帳

店名はシャーロックホームズ。
ここで葉巻をくゆらせながら
コナンドイルを読みふけりました。(嘘です^^;)

翌日は一日、ポートベローの骨董市へ。
ヨーロッパでも最大級の蚤の市で
アンティークショップや雑貨店も
数多くひしめいているスポットです・・・。

この時のロンドンは
短い期間でしたが・・・
これまで幾度も訪れ
膨大に写真も残っているので
またの機会に
いろいろ紹介したいと思います。

それでは、パリへ立つ
直前に立ち寄った
テムズ川の風景で終わりにします。。。


画家の雑記帳



<おまけ>

よく皆様に写真がうまいと
お褒めに預かっているので
調子をこいて、ここで、ひとつコツを・・・。
それは写真を構えたときに
「写真家気取り」になるという事です^^。
きっとカメラマンなら
こんな感じで撮るだろう的な
想像力と気分でアングル決める、
というようなそんな感じ^^。
何かをする時、イメージはとても大事です。
僕は、ビリヤードする時でも
全米第一のハスラーとか
そんな気分になって(笑)
近くにはテレビカメラを向けられる
というような妄想まで作り
そして玉を打ちます^^。
馬鹿みたいな話しですが、
意外となんでもイメージする力が
不思議と、無意識の世界に
+αな力を与えてくれるものだと
僕は信じています・・。



ペタしてね
応援ペタ、いつもありがとうございます。
更新の励みになってます^^。


エッセイ「道に迷い、道を知る」


このところ、欧米旅行紀行文を
書いているので
僕流の旅のひとつの在り方を
ひとつ紹介しようかな・・・と
思います。

基本、旅をする時は、
あの美術館に行きたいとか
あの風景を見にゆきたいとか
あの骨董市に行きたいとか
そういう目的をもとに
スケジュールを組み
そしてそれに応じた動きで
旅でするものだけど、
大抵、何も予定をいれない日を
一日作り、僕はあることをします。

なかなか忙しい旅の時でさえ、
比較的スケジュールの少ない日の
それが終わった後などに、
その「あること」をします。

それはある意味、
迷子になる、ということです(笑)。

回りくどくてすみません^^;

詳しく言うと
たとえば、
予定が終わった場所から、
まったく何処へゆくかもわからない
郊外へのバスなどに
無目的に乗りこんじゃうのです。

それは初めての20代の時での
スイス旅行でさえ、やっちゃいました。
言葉すらロクに通じないのに・・。

ただボ~ッと、流れゆく街の景色を眺め、
「あ~なんかいい街だなぁ・・」なんて
感じると、次のバス停で降り、
その街を散策するのです。

ガイドブックには
詳細地図が乗っていない街
での旅の1ページ。

ここでは長くなるし、取り留めが
なくなりそうなので詳しくは
書かないけど、これまでそれで
たくさんの発見や感動がありました。


そして、最終的には
また元のバス停に戻ったり
適当にタクシーにのり
とりあえずそこからの
最寄の駅まで行って、
で、駅の路線図を見て、都心の自分の
ホテルがある駅まで辿りついたり
するわけですけど、
ちゃんと帰れるかな~とか
プチ・ドキドキもあり(笑)、
まぁ帰れるから、今の自分が
ここにいるのですけど^^
ちょっとした冒険になります。。

ただ、おすすめではありますが、
もし異国の地で迷子になっても
保証はできませんので
やってみようという方は
くれぐれも「自己責任」で
お願いします^^;


<おまけ>

人生も無駄と思われるようなことからも
いろんなドラマが生まれるような事が
時にはあると思います・・・。
また、たとえ、失敗があったとしても
その中から学ぶものも多いと思います。
ただ合理性だけを求めたり、
型にハマったやり方で動くのではなく
時には、子供の頃のような
好奇心や冒険心を蘇らせて、
発見や感動を、日々の中にも
見つけてゆきたいものですね・・・。

ではまた^^
ペタしてね