「三日月も、そこに見えない全体があるように・・」
今日はエッセイを・・。
去年も、今年に入ってからも
あまりに多くの社長、政治家、有名人
などの転落劇がニュースを賑わしている。
まったく後をたたないでいる。。
あたり前のことだが
もはや有名とか財産で
偉さの決まった時代は過ぎ去ったといえる。
ハタからはキャーキャー言われるような
そんな存在の人でさえ、
その見えない部分の闇は深く、
事件が明るみにでると
まさかこの人が・・と
驚愕させられることは多い。
ここ一週間騒がれている彼女も、
父親の事故死に、暴力団の弟に
不幸な結婚、別居・・と
あまり幸せでなかったといえる・・。
いつも部分観で見えていることが
すべてではない・・・。
なのに部分観だけでチヤホヤしてしまう
世情というものにも
昔から、それもどうかな・・
と感じてきたことが多かった。
世界で名を成した成功者の中で
本当に立派な人達もたくさんいることだろう。
けれども、
成功イコール、
偉い人・素晴らしい人
という単純な図式ではくくれないはず、
近頃ますますそう思う。。。。
部分的な事実が
そのままその人と真実とは
関係がないのだ・・。
一人の人間として
どうあるか・・。
それがきっと大切で、
地位や名誉があるとかないとか
成功しているとかしてないとか
そういう基準で
人の全体を判断すること自体が
もはやナンセンスなのかもしれない。
と、ますます感を強めた
今日この頃・・・。
